抑えられない想い

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上だ。それでは皆、気をつけて帰るように」

 

いつものように一日が終る。

そして俺の元には、これまたいつもどおりにいつもの奴らが集まってくるわけだが……。

 

「稟、今日はこの後どうする? 俺様的には皆でカラオケかボーリングにでも行きたいところだけど」

 

真っ先に樹が俺の所にやってきて、早々になにやら楽しそうに言っている。

大体、一番席の離れたこいつが何で一番なのか?

 

「はいはーい♪ 私は大賛成なのですよー♪ 楓もいくわよね?」

 

そして帰り支度が女性人の中で一番早いコイツ、麻弓が真後ろからノリのいい返事を返してくる。

俺は丁度正面に座っているので確認したことはないが、一説によるとコイツは紅女史の監視をかいくぐって最後のHRの間に帰り支度を済ませているらしい。麻弓いわく、「土見君が前の席で助かるのですよ」だそうだが……俺はもしかして壁役になっていたりするのか?

 

「私は……稟君さえよろしければ」

 

俺の隣から楓が控えめな声をあげる。

立ててくれるのは嬉しいが、なんと言うか、たまには自分の意思のようなものはないのか?楓さん。

 

「皆が行くならあたしもいくよ〜! お夕飯はお母さん達に任せるから全然オッケー!」

 

「私は……聴いているだけでもいいのでしょうか?」

 

シアとネリネも一応は乗り気のようだ。

それはいいのだがシア、それで神王のおじさんは納得してくれるのか?

ネリネも、それじゃあカラオケにいく意味がないだろ?

 

「それで、稟? 君はどうする?」

 

そういえば答えていなかったな。

折角の半日授業日なんだし、たまにはそういうのも悪くはないかと思うのは確かにあるが、そうなると……、

 

「おにいちゃ〜ん! 一緒に帰ろ〜!」

 

やっぱりプリムラもくるんだよな。

でもこれだけじゃ終らないような、なんだか嫌な予感がす……、

 

「稟ちゃ〜ん、あっそびにいこ〜♪」

 

「お邪魔しますわ、稟さん」

 

……全員集合か。

まわりの視線が一人増えるたびに鋭くなっていく。

お付き合いしたいのはやまやまだがこの状態で外なんか歩こうものならそれこそ視線だけで殺されてしまいそうだ。

何とか断る術は……、紅女史はまだ残ってるのか。

なんだか困ったような顔をしているように見えるけど、大丈夫なんだろうか?

……なんだかここ最近、気がつくと紅女史を視界に捕らえてるんだよな、俺。

やっぱりそうなんだろうか? 仮にそうだとしてもどうせ相手があの人じゃ叶うはずもないけど……、でもやっぱりあの表情は気になるな。俺で力になれる事なら……。

 

「悪いな。ちょっと紅女史に声かけられてるんだ。無視すると後が怖いんで、いってくる」

 

皆すまん。悪いがどうしても紅女史のあの表情が気になるんだ。

しかし普段の紅女史の人柄(?)のおかげか、皆少し同情的な視線を俺に向けて、

 

「じゃあしょうがないね。今日のところはカラオケはなしって事で」

 

という麻弓の声をきっかけに散り始める。

 

「カエちゃん、一緒にお買い物して帰ろ〜!」

 

「はい、リムちゃんも一緒にいきましょうね」

 

「うん! ネリネも一緒に行こう?」

 

「はい、ご一緒させてください」

 

ご近所四姉妹は買い物らしい。

なかなか華やかな買い物になりそうだ。

 

「カレハ、ボクたちはフローラでお茶でもしていこうか?」

 

「ええ、かまいませんわ。麻弓さんもご一緒にいかがです?」

 

「え、いいんですか!? 是非ご一緒させてください!」

 

先輩達と麻弓はフローラか。

これもまたナンパが後をたたなそうだ。

戦力的に考えれば……、そうだろうな。

樹に目配せすると、樹も軽く口の端をあげて答える。

 

「亜沙先輩、俺様もご一緒させてください。虫除けくらいはしますから」

 

樹のその言葉に亜沙先輩は少し意地悪げな微笑を浮かべながら、

 

「そういう緑葉君が一番大きな虫のような気もするんだけど……、ま、いいか!」

 

と申し出を受け入れる。

心の中で樹に感謝しながら、俺は逸る気持ちを押さえながら、先ほどから此方をうかがっている紅女史のほうに足を進めた。

目の前まで行くと、紅女史は少し驚いたように俺に焦点を合わせて、

 

「な、なんだ、ツッチー? どうかし……」

 

少し動揺気味な紅女史に違和感を覚えつつ、俺は紅女史の言葉を遮る。

 

「すいません。あまりに視線が痛すぎて逃げてきたんです。話をあわせていただけますか?」

 

それだけ言うと、少しだけ驚いたように目を見開くと、

 

「よ、よし、それじゃツッチー、少し付き合ってもらうぞ」

 

そういって俺の肩を軽く叩いて教室の外に出るよう促す。

さすが紅女史。すぐに事情を理解してくれたらしい。

樹の視線が少し痛かったが、後で埋め合わせはさせてもらおう。

 

「とりあえず回りの目もあるし、職員室までいくぞ」

 

後ろから声をかける紅女史に従って、俺は職員室まで素直に歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

正直驚いた。

いつの間にかツッチーを目で追いかけている自分がいる。

正直いって、今まで私に言い寄ってきた男共はクズばかりだった。

自己顕示欲の強い男や、女を自分の欲望を満たす道具くらいにしか考えていない男。そうやつらに限って私の周りに寄ってくるのは、自分でいうのもなんだがやはり私の容姿が関わってくるのだろう。

正直言って、私は学生時代からよく男に声をかけられてきた。

その都度奴等は口々に私のことを綺麗だの美人だのと、とにかく容姿ばかりを褒めちぎってきてなんとか私を振り向かせようとしてきた。

まあ実際の所、奴等だって心底本気ではなかったからこそ私が少々きつめに断っただけで身を引いていたのだろう。

本気で私を思ってくれた男なんていなかった。

だから私は段々と男そのものがくだらない生き物に思えてきた。

そしてそんな時、私のクラスに土見稟が新入生として入ってきた。

第一印象は、凛々しい顔立ちと、それに似つかわしくない影のような雰囲気をもった少年。

彼の家庭の事情などを上から聞かされていた私は、入学したての彼と、居候先の娘の芙蓉を呼び出して話を聞くことにした。正直、いくら幼馴染とはいえ芙蓉ほどの美少女に想われていて手の一つも出していないなどということは絶対にないだろうと思っていたからだ。

しかしツッチーは、そんな私の先入観を見事に打ち払って見せた。

ツッチーは、自分が芙蓉にとって特別な人間であることを理解しているのにもかかわらず、頑なに一線を踏み越えることをよしとしていなかった。

そんなツッチーに、人間として好感をもったのが、私の今の気持ちの始まりなのだろう。

それからもう二年が過ぎようとしているが、その後もツッチーはその一線を護り続け、そればかりか自分を慕ってきた神界、魔界のプリンセスや昔から世話になっていた姉のような存在、その友人や魔界から自分を頼ってきた少女など、いずれも負けず劣らずの美少女達からの求愛にも答えずに頑として何か自分の中のルールを守っている。

今まで見てきたくだらない男達とは明らかに違う、愚直なまでの頑なさと、当たり前のことを当たり前のようにできる優しさと強さを持った少年。

傍に緑葉のような人間がいたところで決して流されることのない、強い意志を持ち合わせたこの少年を、私は明らかに意識し始めていた。

 

「その優しさが、時として自分の首を絞めることになるんだ、ツッチー」

 

いつもの面子に囲まれて今日もそれを羨む視線との板ばさみ状態になっているツッチーを見てつい独り言がもれてしまう。

ついつい目で追ってしまう自分に呆れながらも、それでもやはり目を離せない。

さすがに自分に向けられる視線には鋭くなっているツッチーは、何度目かで私の視線にはっきりと気付く。

慌てて目をそらしたが、ツッチーはそれに構うことなく暫く何か考え込むような仕草を取ると、緑葉達に一声かけた。

何を言ったのか聞こえないが、それを聞いたメンバーは残念そうに笑いながら散り散りになり、ツッチーは残った麻弓たちと緑葉になにか一言かけると此方に向かってくる。

そして私の目の前に立って私を見つめるツッチー。

私は突然視線に反応したように此方に来たツッチーに驚きつつも、何とか平静を保つってどうしたのかと聞くと、話をあわせてくれと頼んできた。

どうやら私からの呼び出しという言い訳で逃げてきたらしい。

生徒達の私に対する評価と、それを利用するツッチーには少々憤りを感じないでもないが、それでもツッチーが私を頼ってくれたようで喜んでいる自分がいる。

喜びが顔に出そうになるのをなんとか堪え、私はツッチーを促してとりあえず職員室に行くように声をかけた。

中を覗くと他のクラスの担任達はまだ長々とHRをやっているらしく、職員室内は私から離れた席の先生達しか戻っていない。とはいえこのまま入るわけにもいかないのでどうするか考えていると、

 

「ちょっと屋上で話し、聞いていただけませんか?」

 

とツッチーが提案してきた。

私はすぐさまその案に飛びつき、二人して早足で屋上に向かう。

 

「話を合わせて頂いてありがとうございました。それと言い訳に使ってしまってすいませんでした」

 

幸いなのか、誰もいない屋上について早々、ツッチーは私に頭を下げてきた。

やはり少しは頼られていたことを感じるような一言に、私は、

 

「気持ちは分からんでもないが、あまり毎度のようだとあいつらにも気を使わせることになってしまう。気をつけるんだな」

 

とつい少し捻くれた返答を返してしまう。

しかしツッチーはそれを聞くと、

 

「そうですよね。あいつ等は一緒にいて楽しいし、彼女達の気持ちも……まあ嬉しいんですが、だからと言って俺は全員にいい顔したくないですし、それに皆が想ってくれているから俺はその中から誰か選ぶ、みたいのは嘘でしょう?」

 

と真面目に返事を返してくる。

やはりしっかりした考え方をしているな、コイツは。

 

「ではツッチーは彼女達の中から選ぶ気はないのか?」

 

「選ぶ気はないです。俺にだって自分で人を好きになる権利くらいあるでしょう?」

 

「それはそうだな。しかしその口振りだとツッチー、お前もう好きな人がいるような感じだな」

 

つい気になって突っ込んだことを聞いてしまった。

どうせツッチーの事だから、選んだのではなく好きになったんだ、とでも言うに決まっているのに。

私は自分の言葉に概ね後悔し、しかしほんの少しだけ違う答えを期待しながらツッチーの言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

妙な緊張感の中、二人は屋上で向かい合っていた。

撫子のほうは妙なことを聞いてしまった事に対する気まずさ。

稟は稟で、その質問に対する答えをここで言ってしまっていいのかという不安。

しかし稟はやがて覚悟を決めたのか、一息はくと、

 

「たとえば、ですね……」

 

と切り出した。

撫子は先を促すような、それでいてその先を聞きたくないような微妙な表情を浮かべている。

 

「歳の差って、どれくらいなら許容範囲ですか?」

 

突然少し的の外れた質問をする稟に、撫子は少し考えていたが、やがて、

 

「そ、そうだな……、本気で好きならそれはあまり気にすることでもないと思うぞ?」

 

と少々落胆した様子で答える。

その答えに稟は撫子とは対照的に少し嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「それじゃあ……俺、その人に告白してみようと思います」

 

そんな稟に、撫子は少しだけ寂しそうに微笑んで、

 

「そうだな、早く言ってあげるといい。きっとあの子は喜んでくれるだろう」

 

と稟を昇降口へと促そうとする。

しかし稟はその場に立ち止まると、撫子の正面に立った。

顔を心なしか赤くして目の前に立つ稟を、撫子は分からないといった表情で見つめる。

 

「俺は、紅女史、いや、撫子さんが好きです」

 

「…………え?」

 

稟の突然の告白に、撫子はなにを言われたのかはっきり理解できなかった。

 

「……ツッチー、お前今……私? え? プリムラじゃないのか?」

 

「え? プリムラ? なんで……?」

 

「だ、だってお前、歳の差が云々って……」

 

混乱してしまって感情がはっきりと顔に出てしまっている撫子。

顔を真っ赤にしておろおろしている撫子を見て、稟は返事を聞くのも忘れて微笑む。

 

「俺と紅じょ、撫子さんだって少し歳が離れてるじゃないですか。それに撫子さんほどの素敵な人が俺みたいな子供相手に……」

 

「そ、そんなことはない!」

 

稟の言葉に撫子は思わず熱くなって強い声を出してしまう。

叫んでから自分でも驚いていたが、こうなるともう止まらない。

 

「ツッチーは私が今まで見てきた男の中の誰よりも真直ぐで、優しくて、魅力的だ。そんなお前だから私だって……。何度諦めようと思ったかわからんくらい、気がついたらお前のことばかり見ていた。歳の差だってあるし、お前の周りにはお前と同じくらいの、若い魅力的なやつらが大勢いたし……。でもやはり駄目だった。どうしてもお前は特別に見えてしまうんだ」

 

「そ、それじゃあ」

 

「随分歳も上なのだが……、私でいいのか?」

 

「貴方じゃないと嫌なんです」

 

なんの迷いもなく即答する稟を見て、撫子はやはり自分の人を見る目は正しかったことを実感する。そして、

 

「私も、土見稟を愛している。……傍に、いさせてくれ」

 

それはとても不器用だったが、撫子の人生の中で始めての告白だった。

その初々しい告白に、稟は何も言わずに唇を軽く合わせることで答えた。

そして稟が唇を離そうとすると、撫子はそれを拒むように稟の頭を抱えてその口内に舌を滑り込ませる。

そうして二人は、お互いに同じ気持ちだったのにも関わらずそれを伝えることの出来なかった時間の埋め合わせをするかのように、空が赤く染まるまでそこで二人だけの時間を過していた。

 

「学校やあいつらには……どうします?」

 

「学校にはとりあえず黙っておく。あいつらには……どうせばれるだろうからいっておいたほうがいい」

 

「……そうですね。あいつらにはあまり隠し事はしたくないですし、それに……」

 

「それに、なんだ?」

 

「……隠す意味がないです。自慢してやりたいくらいなんですから」

 

「なら私もちゃんとライバル達に宣言しないとな。ツッチーは私がもらったと」

 

そういって笑いあう二人は、誰が見てもカップルにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、この二人の関係は学校側にばれることとなる。

しかしどこぞの世界の王たちからの圧力と、本人達が極めて自覚ある大人として学園生活を送っていることは明らかだったので、いつのまにか二人は学校全体公認の婚約者ということになった。

 

「暫くはあまり一緒にいられないかもしれませんが、がんばりましょうね」

 

「そのことなんだが……ツッチー、そ、その……、私と、一緒に暮らしてくれないか?」

 

二人の関係は、まだ始まったばかり、のはず?

 

 

 

 


あとがき

 

なんだか中途半端な感じな最後ですが紅薔薇撫子女史、略して紅女史をお届けしました。

私が書くと紅女史はどことなく鉄乙女さんに似てくる傾向にあるのですが、その辺は気のせいだと思ってやってください。

やっぱり紅女史にだって恋する乙女のようなシーンが欲しいんですよ!

というわけで広い心で読んでやってくださ〜い♪

それでは〜





恋する紅女子。
美姫 「とっても可愛らしいわね」
やっぱり普段の凛とした所とのギャップも見所。
美姫 「麻弓に続き、今回は紅女子でした」
ありがとうございました。
美姫 「それでは、この辺で」
ではでは。



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