『An unexpected excuse』
〜ナインハルト・E・新庄編〜
「俺が好きな人は……」
追い詰められて恭也が口を開こうとしたその時、恭也を取り囲んだ女子生徒達の後ろのほうから冷たい声が響いた。
「あんたら……何しとる」
底冷えのするような冷たい関西弁。
普段からお笑い番組などでよく耳にする明るい感じでも、レンのようなのほほんとした感じでもない、何の感情も篭らないような関西弁。
なまじ普段聞いているその方言が明るいものが多いだけに、そんな彼女の言葉は必要以上に聞いている女子生徒達を威圧した。
モーゼの十戒のように段々とわれ始める生徒達の群れ。
そんな様子に取り囲まれていた恭也が気付くが、最前線で恭也に詰め寄っている美由希達はまだそれに気付けない。
「お、おい美由希?」
「恭ちゃん?ちゃきちゃき答えた方が身のためだと思うよ?」
「へぇ?答えんかったらどないするつもりです?」
「そりゃあ……ねぇ?忍さん?」
「ええ♪なんだったら私の“力”使ってでも私の事を……」
「へぇ?自白剤とかつかうんですか?まぁ、自白剤じゃ忍さんの事好きとはいわんやろうけど」
「そうですよっ、忍さん!自白剤なら名前が出るのは……そ、その……私、かなぁ、なんて。えへへ〜♪」
「……それもないよ?」
いい感じにトリップ仕掛けている美由希に見も蓋もない言葉を浴びせる彼女。
さすがにもう那美や晶、レンは彼女に気付いており、苦笑いを浮かべて一歩下がっている。
そして……
「あのなぁ美由希、忍。お前等いいかげん、誰と会話してるのかくらい考えろ」
恭也の呆れたような一言に、ようやく自分達が誰かの言葉に答えていた事に気がついた美由希と忍。
そして思い出す。
その言葉は、冷静さを感じさせる関西弁だったと言う事を。
あまりに心当たりのある事実に二人が、まるで錆付いているかのようにゆっくりと首を回すと……
「まったく……なにやっとるんですか、二人共」
小柄で、金髪をポニーテールに纏めて眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の美少女が呆れたように立っていた。
その身を包む制服から、少女が海鳴中の生徒である事がわかる。
「「あ、あはは〜」」
別に威圧しようとしているわけではないのに、その少女の雰囲気になんとなく呑まれてしまって誤魔化し笑いする二人。
ただ聞いただけなのに、そんな誤魔化し笑いをみて彼女は、二人がなにやらよからぬ事を企んでいたのだろうと読んだ。
とたんにさっきまでの冷たい雰囲気が戻ってくる。
「美由希ぃ〜?忍さぁ〜ん?」
なにやら彼女の背後に黒いものが浮かび上がりかけたそんな中、この場で唯一被害者と言っていいだろう恭也が溜め息と共に、
「エリーゼ、もういいだろ」
と、金髪の彼女の頭に軽く手を置いた。
「怒ってくれるのは嬉しいが、別に何かされそうになっていたわけではない。気にするな」
そう言ってポンポンと彼女の頭を撫でると、とたんに彼女の冷たい雰囲気が霧散する。
「せやかて恭兄、なんか責められとったみたいやし」
彼女の顔に浮かんだのは、心配そうな表情。
先ほどまでの冷静な雰囲気とはうって変わった不安そうなそんな表情に言葉に詰ってしまう恭也。
とそこに、先ほどは引き下がった二人が口を挿んだ。
「ち、違うのよナイン!?私達はただ……」
「そ、そうそう!私達はただ恭也の好きな人を知りたくて……」
「……へ?」
「中々教えてくれないから詰め寄るみたいになったけど、別に他意はないの」
「ふ〜ん……じゃあ、“力”がどうとかってのは?」
「そ、それは……正直に言ってくれないなら力ずくでと……」
明らかに年下の少女に威圧されまくる美由希と忍。
おそらく先ほど、お互いに微妙な事を口走った自覚がそうさせるのだろう。
そんな様子を冷静に眺めていた少女は、呆れたような溜め息と共に鼻の上の眼鏡を指で押し上げた。
「わかりました、信じましょう。……で、恭兄?」
「ん?」
「だ、誰が好きなんでしょう?」
「……は?」
忍達の言い分を認めた彼女は、今度は仲間に加わった。
しかしその表情は真赤。
何かを期待するような、それでいて何処か不安そうな視線を向ける彼女に、恭也は観念したように一度目を閉じた。
「わかった。答えよう」
短い言葉に忍達も含めた女性陣の視線が一気に恭也に集まる。
そして恭也はゆっくりと、口を開いた。
「俺が好きなのは……ナインハルト・E・新庄。つまり……この娘だ」
そう言って恭也は、目の前の少女肩を優しく抱き、忍達のほうを向かせた。
そしてくるっと回った彼女は真赤な、しかし幸せ一杯の表情で笑う。
「ウチが恭兄、高町恭也さんの恋人の、ナインハルト・E・新庄です♪」
ファンという名の客が引き、中庭に残ったのは恭也、ナインハルト、忍、美由希、那美、晶、レンといったお馴染みに面々。
「で、いつから付き合ってるのさ?」
この中の誰も、まったく気付いていなかったのに一番驚いていたのは他ならぬ当人達だった。
てっきり皆気付いているだろうくらいに思っていた二人は、今はとにかくきちんと説明しようと皆に残ってもらっている。
「あー……と、どこから話したものか」
「えーっと、そうですね。説明言われても、改めて説明するような事は……」
「あ、あの……お二人は付き合っていらっしゃるんですよね?」
何処か戸惑ったような二人に、更に戸惑ってしまった那美がおずおずと口を挿む。
「で、でしたらこう……きっかけみたいなものはないんですか?」
「そ、そうですよ師匠!どっちから告白した、とか!」
「ナインもや!恋人同士って事はそうなった区切りがあるやろ!?」
那美の言葉に同調するように声をあげる中学生組。
特にレンは、同い年で同じ方言を使うというこの自分と大差ない少女がいつの間にといった理不尽さのようなものを感じている。
「告白ですか……それなら一応、ウチから恭兄にしたって事になるんですけど……」
やはり煮え切らない感じのナインハルト。
それならばと忍は、
「じゃ、じゃあさ。その付き合うきっかけになった時を再現できる?」
と何とか自分達で納得する術を思いつく。
普通告白の再現などおいそれとできるものではないのだが、二人は互いに視線をちらっと合わせただけで快諾した。
「その前に……美由希。もともとエリーゼが俺といつも一緒にいたのは覚えているな?」
「え?うん。修行の時以外は殆ど一緒だったよね?ってあれ?そういえばあれっていつから?」
「それはまぁいい。とりあえずそれを踏まえたうえでの話だ」
「えっと、それじゃあ。ウチが海中に上がる時の話なんですけど、恭兄と一緒に勉強しとったんですよ。一応受験なんで」
語り始めたナインハルト。
中学に上がる前と言う事は、そんなに前の話ではない。
なにせナインハルトは現在中学一年。上がったばかりだから。
「まぁいつも恭兄の部屋で勉強しとったんですけど、たしか受験の前日やったかな?ウチも人の子ですから、万が一海中受かんなかったらどうしよ思ってちょっと不安になりまして。そんでちょっと、軽い気持ちでいったんです。“ウチ、受からんでも毎日ここに来ていいですか?”って」
ナインハルトの言葉に恭也以外が首を傾げる。
それもそのはず。なにせその言葉はどう考えても告白の類には聞こえなかったから。
しかしナインハルトはそんな事もお構い無しに話を続ける。
「そしたら恭兄、別に構わんゆーてくれて。だからウチも何気なく、“そないゆーたらウチ、居つきますよ〜”って言ってみたんですけど、そしたら……」
どこか言いづらそうにするナインハルトをみて、恭也が自分で言うと彼女を目で制した。
「俺もな、もうその時はエリーゼが隣にいるのが自然になっていて……だから“いいぞ”と、本当にすんなり言って……まぁ、後はそのまま流れるように、な」
「はい。せやからホント、きっかけとか節目みたいなのはないんです。なんて言うか、気がついたら告白みたいな事してて……」
「で、俺も気がついたらそれを受けていて」
「「「「「……で、気がついたら付き合ってた?」」」」」
「「ああ(はい)」」
予想だにしていなかった結末。
「っていうかさ、美由希ちゃん。話聞いてるとこの二人、もう随分と長い間一緒にいるみたいだけど?」
「で、ですよね?美由希さん、気がつかなかったんですか?晶ちゃんにレンちゃんも」
忍と那美からジト目で見られる三人。
みれば恭也も、なんで知らないのか不思議でしょうがないといったような表情を浮かべている。
「ウチ、てっきり皆もう知ってて気を遣ってくれてるものだと思うとりました」
ナインハルトもそれは同じなようで、恭也と揃って首を傾げている。いつの間にかぴったりと寄り添って。
そんな中三人は顔を突き合わせてなにやらヒソヒソと話し始めた。
「ど、どうなの晶?」
「あ、いや……俺はてっきり……」
「でもたしかに普通は……」
「あ、あ〜……そ、そうだよね〜」
「……ですよね〜」
「……ですか、やっぱり」
そして暫くして三人が出した結論。それは……
「「「いやぁ。あまりに自然すぎて気がつかなかった〜♪」」」
そんな三人に呆れたように溜め息をつく残りの四人。
そんなこんなしている間もナインハルトは当然のように恭也と手を繋いでいる。
恭也もそれを振りほどくでもなく、極自然な振る舞いでナインハルトの小さな手に指を絡ませていた。
もちろん、それを見逃すような面々ではなく、
「「「「「…………自然だ」」」」」
なんとなく納得してしまうのだった。
そしてその後、放課後同じ面子で翠屋によって二人が付き合っている事を桃子に説明した所……
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!?」
「……まさかかあさんまで気付いていなかったとは……」
本当に意外そうに呟いた恭也。
まさかゴシップ好きの桃子まで気付きもしていないというのは想像していなかったらしい。
そんな恭也に対しナインハルトは嬉しそうに、
「そんだけウチらは自然なお似合いって事ですよね?」
と、それが当たり前であるかのように腕を絡める。
「そうだな。というか、もう今更エリーゼが隣にいない事のほうが想像つかん」
恭也も自然に組まれたナインハルトの腕を下へと導き、腕を組んだままの状態で互いの掌を合わせ、
「はい。ウチもです」
と、ナインハルトもそれに答えるように指を絡ませる。
流れるような一連の動き。それを殆ど意識せずにやっているのを改めて見せ付けられた美由希達は、今更ながらまるで夫婦のように息の合った二人に形容のし難い溜め息をつく。
「……もう私達もそれが想像出来なくなってるのがちょっと癪だなぁ」
「っていうか師匠、さっきからなんでナインの事エリーゼって呼んでるんですか?」
そんな中、今やっと気がついたといわんばかりに首を傾げた晶。
「ウチのミドルネームやから。EはエリーゼのE」
何でもない事のように答えるナインハルトだったが、よくみると頬が少し紅い。
いつの間にか腕を組んでいた状態から腰を抱かれる状態に移行していたようで、さすがに少々照れているのだろう。
それでも何処となく心地良さそうなナインハルトに、Eの意味を聞いたレンが、
「おっ、可愛らしいなぁ。ウチらもそう呼んで……」
と自分達もそう呼ぼうとするのだが……
「駄目や」
やはり恭也が特別なだけのようだった。
「今まで恭兄以外には教えたことないウチのミドルネーム、教えてもらっただけで喜んどき。後にも先にもウチの事エリーゼって呼んでええのは恭兄だけや」
幸せそうにそう言いながら背伸びして恭也と唇を軽くあわせるナインハルト。
恭也も、それに応えるように屈んでキスを返す。
身長差からまるでナインハルトに覆いかぶさるようになっている恭也と、すっぽり包まれて幸せそうなナインハルトのバタフライキスの応酬。
それすら自然に見えてしまう様子を、最早呆れるしかないといった表情でみていた一同は一言。
「「「「「……ご馳走様です」」」」」
「んにゃ?お兄ちゃんとナインちゃん、偶に一緒にお風呂はいってたよ?」
「……あ、だから恭也とナインちゃん、最近偶に朝二人揃って恭也の部屋から出てきてたのね?」
……………………………………………………………………………………それは気づけ?
あとがき
というわけでとらハ3の没キャラ、ナインハルト・E・新庄編でした〜
ブリジット「ひそかにボクのモデルとなった娘です」
外見の設定は殆ど彼女です。眼鏡がないくらいかな?
ブリジット「眼鏡です?う〜ん……かけたらイチ、喜ぶです?」
さぁ?でも好きな人は好きみたいだよ?試してみたら?て、そうじゃなくて!
ブリジット「今回はちょっと可笑しな感じです。お互いに特別何をしたというでもないです」
あ、ああ。結構さ。気がついたら好きになってて、気がついたらいつも一緒で、気がついたら付き合ってた、みたいなのってありえなさそうで。
ブリジット「でもちょっといいですよね?もうお互いに分かり合ってる感じです」
そうそう。なんかこう、特に意識してないんだけど、そこになきゃ生きていけないって
ブリジット「空気とか水です?」
そう、そんな感じ。そんなカップルって、いつまでも一緒にいられそうじゃない?
燃える様な恋愛の果てっていうのもドラマチックだけど、こういうのは結構大切なんだと思う。
ブリジット「まぁアインの恋愛論はともかく。Eがエリーゼというのは何故です?」
それはね、お友達の、とあるブリジットのファンの人(笑)とEはなんなのかって話をした結論w
ナインハルトってどっちかっていうと男の子の名前だし、ならEのところに可愛いミドルネーム入れてあげようってw
ブリジット「それでエリーゼです?」
ドイツ系の女の子の名前からそれっぽいの選んだ。
ブリジット「というわけですので、公式設定とかとはまったく関係ないです。ご注意下さいです」
ま、いいじゃない。可愛ければw
ブリジット「……それにしても、空気のような水のようなと言っておきながら結局ラブラブです」
まぁ、甘さのないアインのSSなんて、ソースのないソース焼きそばみたいなもんらしいし
ブリジット「……それって殆ど味しないです」
そうともいう
ブリジット「……救いようがないです。もうここは去るのみです」
え?ちょ、ちょっと?
ブリジット「それでは、ちょっとでも楽しんでいただけていれば幸いですっ!今回はこの辺で、SEE YOU AGAIN♪」
おおう、こういうパターンも良いですね。
美姫 「気付いたら自然といつの間にかってね」
いやはや、参考になるな〜。
美姫 「本当に楽しませてもらいました」
それでは。
美姫 「まったね〜」