An unexpected excuse

 

〜佐伯沙恵編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が好きな人は……」

 

詰め寄ってくる無数の女子生徒達を見回しながら、恭也は考えをめぐらせる。

そして、

 

「すまん。いる事はいるんだが、訳があって相手の名前はいえない」

 

なるべく正直に、言えるところまで言ってそう深々と頭を下げた。

そんな恭也をみて慌てる忍達とファンクラブの面々。元々そこまでさせようとは思っておらず、ただ恋人がいるのかいないのかを知りたかっただけなのだ。

しかし恭也は構わず、頭を下げたままで言葉を続ける。

 

「俺の、片思いだからな。ここで言ってしまえば相手に迷惑がかかってしまうだろう」

 

恭也とすれば、誠実に答えただけ。

忍達はそれで納得したように頷いたが、ファンクラブの面々はただ軽い気持ちで聞いただけだったので、その微妙に重い空気に居心地悪そうにする。

すると、

 

「あ、高町くんここにいたんだ〜」

 

そんな空気をぶち壊すような明るい声が響いた。

 

「佐伯さん。どうかしたか?」

 

「沙恵じゃない。恭也になんか用?」

 

シュタっと手を上げて懐っこい笑みを浮かべながら駆け寄ってきたショートカットの美少女は佐伯沙恵。恭也と忍のクラスメートであり、忍とは悪友でもある。

 

「ちょっと高町くん借りたくて〜」

 

「レンタル料は高いよ〜?」

 

「私のカ・ラ・ダッ♪」

 

「風俗に売っ払う?」

 

「やぁ〜ん♪高町くん助けてぇ〜♪」

 

「お、おい佐伯さん?」

 

沙恵と忍のおふざけのどさくさに腕に抱きつかれて慌てる恭也。

忍は、そんな二人を少し複雑そうに一瞥すると、苦笑を零しながら、

 

「はいはい。じゃあ恭也は用事があるみたいだから、今日は解散ね」

 

と美由希達を引き連れるようにしてその場を立ち去った。

 

「あ、それで高町くん。用事なんだけど……」

 

忍達の後姿を眺めながら、思い出したように話を切り出す沙恵。

しかし恭也はというと、少々頬を染めてあらぬ方向に視線を泳がせている。

 

「ん?どしたの高町くん?」

 

「あ、あのな佐伯さん」

 

「うん?」

 

「う、腕、なんだが……」

 

恭也に言われて視線を落とす沙恵。

そこで初めて気がついた。自分がいまだに恭也の腕にしがみついている事に。

しかも勢いをつけて抱きついた所為か、かなりしっかりとしがみついてしまっていて、控えめとはいえ形の整った沙恵の胸が惜しげもなく押し付けられて形を変化させていた。

 

「わわっ!?ご、ごめんっ!」

 

「い、いや。気にするな」

 

慌てて飛びのいた沙恵に、恭也も平静を装う。

 

「あ、あはは〜……あ、そ、それでね?用事なんだけど」

 

「あ、ああ。どうした?」

 

「またストリートテニスに行きたいんだけど、護衛つけろって煩くてさぁ。よ、よかったら明日また……お願いしていい?」

 

実はこの佐伯沙恵、日本で有数のレコード会社であるSAEKIレコード会長の孫娘というれっきとしたお嬢様なのだ。

おっとりとした変わり者だが基本的にお嬢様然とした姉の理恵とは違い、明るく陽気なアウトドア派の沙恵は自分がお嬢様として見られたり、そんな振る舞いをすることをあまり良しとしない。

だからこそ聖祥女子ではなく風が丘に通っているのだが、やはり家族はあまりそれを良しとしていないらしく、事ある事に護衛や見張りをつけようとする。

そこで沙恵が歳近い護衛をと我侭を言った結果としてティオレ伝でクラスメートの恭也が紹介され……

 

「ああ、構わない。いつもどおり迎えに行けばいいのか?」

 

「うんっ!よろしくねっ!」

 

という具合に、いつの間にか沙恵の専属のような扱いになっていた。

ともあれ約束のような依頼も取り付け、何もする事がなくなった二人。

静かになってしまうと、どうしても先ほどのお互いの温もりと感触を思い出してしまう。

かといってどちらも動こうとは出来ず、硬直状態。

そんな中口を開いたのは、やはり沙恵だった。

 

「あの、さ……高町くん」

 

「な、なんだ?」

 

お互いどこか緊張気味な応対。

 

「さっき……誰の名前を言ったの?」

 

しかし沙恵は、勇気を振り絞るようにしてそれを口にした。

先ほどまでの陽気な感じが全くしない真剣な表情からそれが冗談の類ではないと感じ取った恭也は、先ほど言ったとおりの返事を返す。

 

「そっか……片思い、してるんだ」

 

そう呟いた沙恵の表情は、寂しそうな笑顔。

 

「実はね、高町くん。私も、片思いしてたんだ」

 

そう言った沙恵の表情と言葉から、それが過去のものになっているとなんとなく理解した恭也。

下手に口を挿めないから黙って聞くことにしたが、その時の恭也の胸には、何か形容のし難い感情が首を擡げていた。

おそらく沙恵の気持ちに応えられなかったのだろう男への、可笑しな怒り。

想いが届かなかった辛そうな沙恵を目にしている辛さ。

そして……ほんの少しだけある、喜び。

それはすべて目の前の少女、佐伯沙恵こそが恭也の片思いの相手だから。

 

(くっ!何をっ!何を考えてるんだ俺はっ!こんな悲しそうな笑顔の彼女をみてほんの少しでも嬉しいだなんてっ!)

 

自分を叱咤しながら沙恵の言葉に耳を傾ける恭也。

すると話は、恭也の予想だにしていなかったものになった。

 

「あのね、高町くん。実はさ……私の片思いの相手って…………高町くん」

 

沙恵はそう言って、今出来る精一杯の笑顔を作った。

自分の片思いの相手が、誰かに片思いをしている。

沙恵とすれば恭也のその片思いの結末を見届けてからそれを告白すればよかったのだろう。

そうすれば可能性は、まだあったから。

しかし沙恵はそうはしなかった。

元来明るく正々堂々としている沙恵には、万が一恭也がその片思いの相手に振られたとしても、そこにつけこむような真似はしたくなかったから。

 

「だからさ、ヘンな言い方かも知れないけど……頑張って」

 

ここで自分の想いを終らせる。

その覚悟で恭也に自分の想いを告げた沙恵は最後にそういい残してその場を去ろうとする。

さすがに、これ以上ここにいては泣き顔を見られてしまうから。

しかし……

 

「ま、まってくれ、佐伯!」

 

恭也はそんな沙恵の手を、掴んだ。

言われている事が、信じられなかった。

 

「放してくれるかな?さすがにこれ以上は、惨めすぎるからさ」

 

先ほど少しでも首を擡げた感情を恥じた。

こんな辛そうな声の彼女をみて、少しでも喜んでしまった自分を。

 

「すまん。さっき佐伯さんの片思いが終ったらしいってわかった時、喜んでしまった」

 

だから、謝る。

深々と頭を下げる恭也を、沙恵が驚いてみる。

沙恵には何故恭也が喜んだのかわからないから。

そんな沙恵に恭也は、掴んだ手をゆっくりと離して自分の気持ちを伝えた。

 

「俺は貴女が……佐伯沙恵が、好きです」

 

何も飾らないストレートな言葉。

だからこそ沙恵はすぐにその意味を理解する。

しかし……

 

「嘘、だよ。そ、そんな気を使ってくれなくていいからさ。っていうか、それされると私、惨めだよ」

 

でも信じられない。

沙恵は恭也が優しいという事を知ってしまっているから。

 

「違うんだ、佐伯さん。俺、ずっと佐伯さんに片思いしてた。自分の境遇に胡坐をかかず、皆と分け隔てなく付き合って、皆と笑う佐伯さんに」

 

「……う、ウソ……」

 

「嘘じゃない。たしかに俺は、佐伯さんの片思いが叶わなかったと知った時、喜んでしまった。もしかしたら自分の想いが伝わるんじゃないかって」

 

拳を握ってそれを悔やむ恭也。

沙恵は……もうただ黙って恭也の言葉に耳を傾けていた。

 

「でもその相手が俺だって言われたとき、頭の中が真っ白になった。それまでを上回る後悔と、それすら上回りそうな歓喜と……それに、混乱した。何で俺なんか……」

 

「なんか、じゃないよ?」

 

泣き笑いのような顔で沙恵が口を開く。

 

「私はね、高町くん。私と同い年なのに、何か信念を持ってる高町くんに憧れたの。それで……それでも何処か危なっかしくて子供っぽくて優しくて……なんか消えちゃいそうな高町くんに、惹かれた」

 

そんな言葉を聞いて恭也は、唖然としていた。

自分の本質が見抜かれている事に驚いた。

たしかに恭也は、何かと自分を軽視している事が多い。自覚しているし直そうとも思っているが、それでも滅多に見抜かれたりはしなかったのに。

 

「だ、だからね?私が高町くんを繋ぎとめてあげられたら、なんて思ったりしてるんだけど……」

 

そこまで言ってふと思い立った。

これは……告白なのではなかろうかと。

自分は今、告白をやり直しているのではないかと。

 

「あ、あの……」

 

「は、はい!?」

 

「俺はさっきも言ったとおり、喜んでしまった。佐伯さんが辛いのはわかっているつもりなのに、それでも俺は自分の気持ちが通じるかもしれないと喜んでしまった。そんな俺なのに……」

 

「……いいんだよ」

 

何故沙恵が自分を好いているのかを理解した恭也。

しかしその事で余計に、先ほどの自分の感情を許せなくなってしまう。

自分は好かれていたのに、失望されていないかと不安に駆り立てられる。

しかし沙恵はそんな恭也に、優しく微笑みかけた。

 

「私はね、高町くん。嬉しいの。そこまで私を独占したいと高町くんが想ってくれた事が何より嬉しい。だからさ、高町くん……」

 

悔やみ俯く恭也の頬を、優しく包み込んで視線を合わせた沙恵。

 

「もう一回、言って欲しいな。今度は、名前で呼んで?」

 

そう言って微笑む沙恵の目には、たしかに涙が浮かんでいる。

恭也を理解し、受け入れた沙恵のその笑顔は恭也には神々しいとすら思えた。

もう一度、きちんと言わなければ。

はっきりと告げて、この人と結ばれたい。

その想いに突き動かされて、恭也はもう一度告白する。

 

「俺は沙恵が、好きだ。こんな俺でよければ、付き合ってくれないか?」

 

沙恵は頷く。何度も、何度も。

恭也の告白を一字一句かみ締めるように何度も首を縦に振る。

そして……

 

「お願い高町くん。私を放さないで下さい」

 

恭也の胸に飛び込んだ。

体中で喜びを表現する為に。

諦めかけた、諦める必要などなかった片思いが両思いに変わったことを確認する為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌年。

 

「沙恵、本当に良かったのか?」

 

恭也と沙恵はめでたく卒業し、大学への進学を決めていた。

恭也の努力の甲斐あって二人共同じ大学に合格していたのだが……

 

「家を出ることはなかっただろうに」

 

沙恵は高校卒業を期に家を出ることになった。

と言っても勘当されたわけではなく、我侭を言って外で生活出来るように交渉したのだが……

 

「なぁに恭也くん。私と一緒に暮せるの、嬉しくないの?」

 

なんと沙恵は恭也も知らないうちに桃子と交渉し、高町家に押しかける事になっていた。

そして今日がその最初の日。

荷物はもう運び込まれ、恭也の隣の部屋にすべて収まっている。お嬢様とはいえやはり持ち物の量の常識は弁えていたらしい。

 

「まぁ、前から使っていた部屋に本格的に住むってだけか」

 

「そうそう♪気楽にいこうよっ」

 

そう言って跳ねるように歩く沙恵の足取りは軽い。

 

「それにね、恭也くん。私、嬉しいの」

 

「?何がだ?」

 

「好きな人にただいまとお帰りを言えるって事。それに、言ってもらえるって事も♪」

 

「……そうだな」

 

そして二人は隣り合わせで歩く。

これからは沙恵の帰る場所にもなる、二人の家へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにさ、恭也くん」

 

「ん?」

 

「私が本当に“高町”になるのも、そんなに先じゃないよね?」

 

 

 

 


あとがき

 

とらハ3没キャラの一人、佐伯沙恵ちゃん編でした〜

ブリジット「ボク、性格はこっちがモデルらしいです」

明るくて陽気なお嬢様って基本設定がね。

それよりも今回のお話なんですが、ちょっとシリアスな感じにしてみました。

ブリジット「片思い同士だと思ってて、しかもすれ違いかけるです」

勇気を出して告白した沙恵ちゃんのおかげでなんとかなったけど。

ブリジット「珍しく恭也が結構後ろ向きっていうか、いつもにまして自虐的です」

それもまぁ、沙恵ちゃんを目立たせるため?

ブリジット「ナインハルト編は空気みたいな感じを目指したぶん、こっちは水あめのように重いです」

そうだね。こっちが水あめだと、ナインハルト編は綿菓子とかかな?

ブリジット「それにしても一日で2話とは、いつになく無茶したですね?」

そ、そりゃあまぁ……最近美姫さんに何も献上してないし

ブリジット「1000万HITのお祝い忘れたですしね〜?」

う、うぐっ!?……ご、ごめんなさい……

ブリジット「というわけで、せめてもの償いとしてお受けとりくださいです〜」

で、です〜

ブリジット「では、そう言うわけですので〜。SEE YOU AGAINですっ!」

ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!





今度は沙恵編〜。
美姫 「今回はまだ付き合っていないという所からね」
いやー、思わず優しい気持ちで見守るように読んでましたよ。
二人の想いが通じ合ってよかった、よかった。
美姫 「本当よね」
いやー、本当に堪能させてもらいました。
美姫 「ブリジットちゃん、ありがとうね〜」
アインさん、ありがとうございます。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る