『An unexpected excuse』

   〜室町由紀子編〜



     

     

「俺が好きなのは……」

 

とここまで何とか口にしたはいいが、恭也はまだ躊躇っていた。その人の名前を言うこと自体は何の問題もないかもしれないが、その人を知っている人間に知られてしまったら彼女がどうしようもなくまずい立場に追いやられてしまう可能性があるのだ。

 

「……ねぇ恭也?いないならいないって言ってくれればそれでいいんだよ?」

 

「そうだよ、恭ちゃん。いない事は何の恥でもないんだから」

 

「そうですよ恭也さん。何も恥じる事はありませんよ」

 

しかしどうやら自分の目の前にいる三人を初めとしたここに集まっている人達はそれを許してくれそうにない。

 

「い、いや、いるんだ。実は……」

 

「へ?なに?」

 

「だから……いるんだ。俺にも好きな人は。その人とお付き合いさせてもらっているし、出来れば……そ、その……そういうことだ」

 

恭也はテレながらも事実を口にした。

そう。用は彼女の名前も身分も出さなければ事は済むのだ。条件がそれだけなら他はすべて事実を告げてしまえばこんな面白半分な集まりは終わるだろう。恭也はそう思ってしゃべり、事実彼のファンを名乗っていた女の子達は恭也にそういった人物がいるらしいと知ったところで諦めてつぎつぎとその場を後にしていった。

そして残ったのは忍たち5人。彼女達だけならば本当に知りたいと言って来れば教えても実害はないだろう。恭也はそういったところ彼女達を信頼していた。

しかし彼女達が口を開く前に、

 

「あら、美青年発見」

 

透き通っていて、それでいてはりのある声が響いた。

 

「それに周りの子達も皆美少女ぞろいよ、泉田君。この子達みたいなのならはべらしてみたいと思わない?」

 

そこに立っていたのはもはや女神とでも形容するしかないほどの絶世の美女だった。見事なまでの脚線美を短いタイトスカートから覗かせて堂々とそこに仁王立ちしている。

恭也はその声を聴いた瞬間に忍達に目で指示を送った。「はやくもどれ」と。

訳が分からないながらも素直に指示に従った彼女達に心から感謝した恭也は、そのまま疲れたように実の前の女性に視線を向けた。

その女性の傍らには背の高いハンサムな男性が一人。恭也とは違ったタイプだが、彼もまた少なからず人目を惹く容姿をしていた。安物のコートがなければ、だが。

 

「警視、やめましょう。やはりこんな私的な理由で高校に入り込むなんてまずいです」

 

「だって気になるじゃないのさ。まさかあのお由紀の恋人ってのが高校生だなんて。一体どんな叔母さん趣味の子なのかしら?って…………え?」

 

彼女、薬師寺涼子はそこで始めて気がついた。

先ほど自分自身が美青年と評価した男が誰なのかを。

指を真っ直ぐにさし、珍しく唖然と口をあけている涼子の横で背の高い男、泉田準一郎の目線が恭也のそれと重なった。

 

「え?恭也君?」

 

「……こんな所で何をしていらっしゃるんですか、泉田さん。それに……」

 

そして恭也はジト目で、いまだに自分を見て驚いている彼女に挨拶した。

 

「お久しぶりですね。薬師寺涼子さん」

 

「…………なんで」

 

涼子はいまだにショックから抜け出せていないかのように恭也を指差したまま固まっている。

 

「警視、とりあえずその手を下げましょう。それと……大変申し上げにくいのですが目当ては彼なのではないかと……」

 

泉田に言われてしぶしぶといった感じで腕を下げた涼子は改めて恭也を見やって少し悔しそうに泉田の左腕にしがみついた涼子。

 

「……少し見直したわ、お由紀の奴。いい男に目をつけてるじゃない。あれ?さっきの美少女達は?」

 

「貴方が泉田さんとじゃれている間に教室に戻りました。彼女達を授業に遅れさせるわけにはいきませんから」

 

「……ふんっ!それで?岸本からの情報だとお由紀の恋人はこの町の高校生で高町って言ってたけど……それってアンタの事?」

 

ストレートにさっきと同じ質問をされる恭也。

しかし今回はどうやら逃げるという選択肢は用意されていないらしい。泉田もとなりで両手を合わせて軽く頭を下げているだけだ。

それをみて恭也はため息をつき、口をひら――

 

「ちょっとお涼?!一体どういうつもり?!ってきょ、……高町君!」

 

こうとした所でもう一人乱入者が現れる。

 

「げっ?!お由紀!……もうかぎつけたか」

 

「まったく、どういうことなの?!岸本警部補の様子がおかしいから問いただしてみたら貴方こんなところに!しかも泉田警部補まで!」

 

完全に頭に血が上ってしまっている由紀子が涼子に噛み付くが、そんな様子を涼子は余裕で受け流す。

 

「へぇ?アンタがそこまで逆上してくるってことは本当なのね?恋人が高校生ってのは」

 

「なっ?!そ、それは!」

 

「彼でしょ?アンタの恋人って。高町って聞いてちょっともしかしたらとは思ってたけどまさか本当にそうだったとはね」

 

そこで由紀子が明らかな動揺を示した。

彼女は恭也が涼子と知り合いという話は聞いていないのだ。

ほとんど無意識に由紀子は恭也に視線を向けてしまう。「いったいどういうことなの?」と。

その拗ねた様な視線が可笑しくて苦笑を零しかけた恭也だったが、由紀子の性格を考慮してそれを押さえ込む。

 

「以前俺がリスティさんに協力を要請……まぁ無理矢理でしたが要請なのでしょうね、あれは……ともかく頼まれて手伝いにいった時にお会いしました。それ以来何かと薬師寺さんの個人スタッフになれとしつこくて……」

 

「当然でしょ!こんな美青年で腕の立つ人間他に二人といないわよ。私が敵わないと認めてるんだから後は手に入れるだけでしょ!」

 

そう言ってどうだ!と言わんばかりに堂々と胸を張る涼子。

泉田はもう疲れましたとばかりに軽く頭を振っている。

 

「ま、今はそんな事はどうでもいいのよっ!問題はアンタよ、お由紀!」

 

「え?わ、私?」

 

いきなり話の矛先が自分に戻ってきて戸惑う由紀子。

涼子はそんな由紀子の鼻先にずずいっと指を刺しながら近づく。

 

「そうアンタ!あたしは今日ここにアンタの恋人ってのを見に来たのよっ!もうネタは上がってんだからちゃっちゃと白状しちゃいなさい!」

 

「そんな警視、個人のプライバシーの問題ですよ?!」

 

理不尽極まりない詰め寄り方をする涼子を泉田が諌めにかかった。

 

「なによ?!じゃあなんで泉田君は付いてきたのよっ?!興味があったんでしょ?!」

 

「貴方がむちゃな事をしようとするのを止める為です」

 

「じゃあ全く興味ないって言うの?!」

 

「いえ……しかし室町警視は言うべきときにはきちんと教えてくださる方ですから」

 

「そんなふざけた事言うのはこの口か?泉田君は私の部下なんだから私だけ信用してればいいのよ!」

 

なにやら段々痴話喧嘩じみてきた。

恭也と由紀子がそれを最早呆れたようにみていると、涼子はどうやら無理矢理泉田を引き離したらしい。そして、

 

「いいことお由紀!アンタがはっきりしないならこの男はあたしが貰うわ!」

 

と事もあろうに恭也の右腕を自分の左腕で絡め取ってしまった。

 

「なっ?!や、薬師寺さん?!」

 

驚いて身動ぎする恭也だったが、相手が女性という事もありあまり力ずくという訳にも行かないのでどうしようもない。

 

「こんな良い男でしかも業界じゃ知る人ぞ知るボディーガードよ?聞けば成金で性格ひねてるウチの親父は全然相手にされなかったらしいし、ちゃんとポリシーもってやってる所も使える男の証拠よね?」

 

じゃれ付くようにしてしがみついている涼子のそれが本心でない事は、普段鈍いと言われる男二人には理解できていた。恭也はその人物観察眼から、泉田は長い付き合いからすでに理解しているのだ。

 

((この人が攻撃を人任せにしてのうのうと踏ん反り返るなんてありえない))

 

そしてそれは普段の冷静な由紀子ならば看破出来たのかもしれない。

しかし由紀子はもう完全に頭に血が上ってしまっていた。なぜなら、

 

「恭也君は私の大切な人です!貴方になんか取られてたまるものですかっ!!!!」

 

しがみつかれていた恭也こそ、本当に彼女の恋人だったから。

そして由紀子は涼子の腕から恭也を引き剥がすと自分がその腕にしがみついた。

 

「ゆ、由紀子さん?」

 

しかし由紀子はただ涼子を威嚇するように睨み付けているだけ、のように見えたのだが普段から二人のやり取りを見慣れていた泉田はその由紀子の表情を見て思わず絶句してしまった。

 

「うぅぅぅぅぅぅ」

 

涙ぐんでいるのだ。あの由紀子が。

普段から凛としていて、涼子と唯一渡り合える芯の強い人間である由紀子が目に軽く涙を浮かべて恭也の腕をもう放さんとばかりにしがみついているのだ。

そして始めは戸惑っていた恭也がやがて優しくそのしがみつかれた腕から由紀子の腕を放してそのまま由紀子の腰を抱くと、安心したように軽く恭也に身を寄せる。

 

「へぇぇぇぇぇ?」

 

しかしそんな様子を面白そうに眺めていた人物が一人。

 

「ドサ廻りのお由紀が可愛らしくなっちゃってまぁ!」

 

明らかに楽しんでいる涼子。

由紀子はそんな涼子を真っ赤になって睨みつける。

いつもならここで舌戦が繰り広げられ、泉田が胃の痛むような思いをしながら何とか収める所、なのだが今回は予想外の出来事が起こった。

普段ならこの場にいない、それでいてここにいる全員の関係を理解している恭也が行動に出た。

 

「由紀子さん」

 

「え?あ、ちょっと恭也君?!」

 

由紀子の腰に回していた腕で、そのまま由紀子を抱き寄せたのだ。

呆気にとられている涼子の前で、恭也は近づいた由紀子にそっと耳打ちする。

 

「……言い返します」

 

「え?」

 

そして恭也は呆気にとられている涼子に目を向け、

 

「そうです。由紀子さんは素直で可愛い女性なんですよ、薬師寺さん」

 

「なっ?!ちょ、ちょっと恭也君?!」

 

「とても有能で、厳しく、それでいてきちんと融通も利く女性です。貴方とは違ってね

 

「なんだと?!」

 

由紀子ははっとして恭也の目を見て、そして悟る。

からかっている、と。

よほど逆上しているのか顔を真っ赤にしている涼子に恭也は余裕の笑みを浮かべていた。

 

「貴方はたしかに目を見張るような美人で有能でもありますが、大切なところで素直になれないようでは由紀子さんには勝てませんよ?」

 

「あ、あたしがいつお由紀なんかに負けた?!」

 

「そうは言いますが薬師寺さん、貴方は……」

 

そして恭也はその成り行きを相手がいつもと違う分内心ハラハラしながら見守っていた泉田にチラッと視線を向け、そして涼子に戻すと、

 

「捕まえられてないじゃないですか」

 

と見せ付けるように由紀子をさらに強く引き寄せた。

ピシリと音を立てて固まる涼子。

これが切り札だった。

本人以外にはもはや周知の事実になっている涼子の泉田への気持ち。そしてそれが泉田自身が鈍いのと涼子がまったく素直でない為に全く伝わっていない事。

それを相手、つまり恭也と由紀子が完全に知ってしまっている以上、涼子には勝ち目がないのだ。

涼子がいくらからかっても、本人達が惚気てしまいさえすればそこで終わり。勝負にすらならない。

 

「捕まえられてから出直してください、薬師寺さん」

 

終始恭也が涼子を圧倒したまま、涼子はついに、

 

「か、帰るわよ、泉田君!からかってやろうと思ったのにこんなバカップルじゃやりがいがないわ!」

 

と負け惜しみじみた言い訳をしながら泉田を引き連れて帰っていった。

帰り際に苦笑しながらも申し訳なさそうに頭を下げてきた泉田に、恭也は同じく苦笑しながら、

 

「もう少し好意的に見て上げて下さい」

 

その意味がいまいち分からずに首を捻りながらも涼子に引っ張られるように去っていく泉田の背中を見送った恭也と由紀子は、どちらからともなくゆっくりと身を放した。

 

「すみません、由紀子さん」

 

そしてそれと同時に頭を下げる恭也。

 

「立場的にはまずいんでしょう?高校生が恋人というのは。それを自らばらすような真似をさせてしまって」

 

「恭也君が謝る必要はないわ。自分が勝手に、その……嫉妬してばらしてしまったんだから」

 

思い出したのか赤面してしまう由紀子。

しかし恭也はそんな由紀子をまた軽く抱き寄せると、

 

「大丈夫ですよ」

 

と囁いた。

 

「帰ったら伝えてください。香港警防にコネがほしければわかっていますね、と」

 

つまり恭也を通じてコネがほしければ黙っていろ、という事だ。

しかし由紀子はそれを聞いて不安そうに、

 

「……いくの?香港に」

 

と恭也の目を覗き込んだ。

由紀子にしてみればそれは恋人と離れ離れになるという事。それを素直に喜べるはずはない。

そんな由紀子に恭也は安心させるように微笑んで見せた。

 

「いきませんよ?誰も行くなんていってません」

 

と言ってのけた。

 

「俺はわかっていますね、と言ってほしいといっているだけです。それが俺だとは一言も言ってません。俺は卒業後はここで翠屋の店員ですよ」

 

「……本当に?」

 

「貴方に嘘は付きませんよ」

 

それを聞いて安心したように、由紀子は恭也に身を任せた。

静かに抱き合う二人の邪魔をするものは、もうここにはいない。

 

「恭也君、午後の授業は?」

 

「俺はもうすぐ卒業ですから、もう自主登校です。由紀子さんこそお仕事は?」

 

「……いてもたってもいられなくて午後からお休みいただきました」

 

お互い苦笑を交わしながら、二人はどちらから言い出すでもなく歩き始める。

恭也はさりげなく左腕を差し出し、由紀子は意識的に恭也の左腕に抱きついて。

 

「……お涼が泉田警部補にしているのをみて、実は憧れてたのよ、これ」

 

普段からは想像も付かないいたずらな笑みを浮かべる由紀子。

その表情は本当に幸せそうで、となりに立っていて恭也はとても誇らしい気分になって微笑み返す。

そんなちょっと幸せな午後の一時。

 

 

 

 


あとがき

 

……う〜ん、なんか違うかも

ブリジット「というかアインの妄想はいりまくりです」

ってな感じで今回は「薬師寺涼子の怪奇事件簿」シリーズよりドラよけお涼の最大のライバル室町由紀子様でございます!

ブリジット「かろうじてな、です」

……お前なんで剣を習いにいってデフォの口の悪さに磨きがかかって帰ってくるんだ?

ブリジット「剣?なんです、それ?美姫さんと浩さんに出してもらったお菓子食べていっぱいおしゃべりしただけです」

……師匠……ありがとうございます……言葉だけなら何とか耐えられる……かもしれません

ブリジット「?なんで泣いてるです?……まぁそれより今はお由紀さん編です」

かなり可愛くなってもらったのにはそれなりに理由があります

ブリジット「へぇ?どんなです?」

漫画版のお由紀さんめちゃ可愛いんですよ!絵が綺麗なのもあるんですがなんかコミカルタッチになったりして!もうとにかく小説の2割から3割り増しくらい可愛いっす!

ブリジット「たしかに可愛いです。とても27には見えないです」

だろ?貝塚さとみちゃん編とどっちにしようかと思ったんだけど……

ブリジット「そういえば香港警防だせば簡単にからめられるんじゃないです?」

簡単そうすぎてやめた。

ブリジット「自分の力量ちゃんとわきまえろです」

…………はい

ブリジット「でもま、少しでも楽しんでもらえればそれでいいです。今回はアインにしちゃメインに近いキャラでしたですし」

……ってかこの作品はお涼以外のヒロインなどありえない作品だから彼女以外ならだれでもいいんだよね

ブリジット「マリアンヌ、リュシエンヌ、さとみちゃん……誰でもいいってこれだけじゃないです?」

……うんそう

ブリジット「……ま、いいです。そろそろ美姫さんにお茶にお呼ばれしてるです」

……あ、そう

ブリジット「アインが冷蔵庫に隠してたケーキはもっていくです」

…………どうぞ。美姫さんによろしくね

ブリジット「ハーイ♪ではでは皆さんSEE YAです♪」

え?!あ、ちょっと?!お前がいってから俺が挨拶しようと思ってたのにぃぃぃぃぃぃ……





という事で、今回はドラよけお涼こと、薬師寺涼子の〜から。
美姫 「しかし、本当に色んな作品を書かれるわね」
いや、本当に凄いなアインさん。
美姫 「ブリジットを鍛えてあげれば、どんどんネタが飛び出すかも」
お願いだから止めて!
美姫 「何でよ〜」
これ以上、これ以上、犠牲者は〜〜。
美姫 「犠牲者って、失礼な」
あはははは。……でも事実(ぼそっ)
美姫 「何か言った?」
ブンブンブン! 何も言ってないよ!
次は誰が来るのか楽しみだな〜って。
美姫 「それは確かにね。次はどんな作品の誰なのかしら」
また楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。
…………。
……。
さあ、ケーキが来るぞ〜。お茶の用意をしてください〜。
美姫 「まあ、アンタに淹れさせたら美味しくならないものね。その代わり、選ぶのは私が先ね」
まあ、それぐらいなら。
美姫 「って言うか、ケーキが来るんじゃなくてブリジットが来るのよ!」
ぶべらっ! そ、そんなの分かってるのに……。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る