「ただ一つ欲しいのは……」
12月24日。前日からの雪が降り積もるニューヨークの町外れにあるアパートの一室で眠るシェリーは、一本の電話で目覚めた。
「あ、シェリー? 朝早くからゴメンね。今日は貴方、非番でいいから。そのかわり何かあったら呼び出すからそのつもりでいて」
寝ぼけ半分の頭にそんな隊長の言葉を聞いたシェリーはなんとか理解したと返事を返そうと口を開いた。
「……ふぁい」
「……Hi……日本語でOKってことよね? ……まぁいいわ。いつまでも寝ぼけてないで、ちゃんと目を覚ましておいてよ? いざというとき呼ぶのが不安でたまらないわ」
明らかに苦笑している隊長の声を、シェリーはまだ覚醒しきっていない頭でぼんやりと聞いている。
「じゃあ、何かあったら呼ぶから。それまでは彼氏とでもイブの日を楽しんで……」
そこまで聞いたときシェリーの頭は完全に覚醒した。
「あ、あの!」
「ん? どうした?」
突然声をあげたシェリーに隊長は少し驚きながらも優しげな声を響かせる。
「今日ってたしか……」
「今日は身寄りのない子供達の施設のクリスマスパーティでのボランティアだけど……」
「行かせてください、隊長!」
「……え?」
「私も……行かせてください」
「……そうだったの」
無理を言ってイベントに加えてもらったシェリーは隊長に事情を説明した。
「今日は恭也君と一緒だと思ってたんだけど……余計な事しちゃったわね」
「いえ、そんな……ちゃんと理由があるのはわかってるんです」
恭也と最後に話したのは22日の夜。その時恭也は普段と変わらない声で24日は仕事が入っているとシェリーに告げた。
恋人である自分と過すより仕事を選んだ。
そう思ったシェリーは少なからずショックを受けたが、同時に恭也の仕事に対する想いは誰よりも理解している。だからシェリーは淡々とそう告げる恭也にただ「気をつけてね」とだけ言って電話を切った。
「私達にとってお互いの仕事は二人を繋いでくれた絆でもあるし、お互いに誇りを持ってやってますからそれを個人的な都合で蔑ろには出来ません」
そう言って強がって笑って見せたシェリーだったが、その笑顔にははっきりと無理していますと書かれているように寂しさが滲み出ていた。
隊長はそんなシェリーに仕事のときのような厳しい視線を向ける。
「シェリー? そんな顔してたら子供達だって楽しんでくれないと思うわ。自分の事情がどうであろうと貴方は自分で今日のイベントに加わったんだから、皆に楽しんで貰える様に笑顔で、ね?」
「……はい」
「それにね……」
「…………?」
「今日はクリスマスイブ。もしかしたら何かいい事があるかもしれないわよ?」
そう言って隊長はシェリーの頭を軽く叩き、少しだけ悪戯そうに微笑んだ。
隊長の言葉でシェリーはとりあえず気を持ち直した。
行った施設でサンタクロースの格好で出て行ったシェリーはその少々幼い容姿となにより女性という事もあって散々子供達に偽者扱いされてからかわれた挙句、数人のませた男の子達にセクハラされたりと散々な目にあった。数人の男性職員達の視線も恥ずかしかったが、その人達にはそれぞれ決まった人達がいるらしく、見咎めた女性職員達にからかわれたり怒られたりしていて見ていて微笑ましくもあった。自分の隣に恭也がいない事を再認識させられて寂しさが込み上げても来たが、明るい女性職員達や自分達の境遇にも負けずに元気にはしゃぎまわる子供達にシェリーの表情はたしかに朝よりも明るくなっていた。
そしてあっという間に時間は過ぎ、楽しかったパーティーも終わりの時間になる。
「それじゃあ皆、今日来てくださったNYレスキュー6のお兄さんお姉さん達にお礼を言いましょうねぇ〜」
『ありがと〜ございましたっ!』
施設の女性職員の明るい声に答えるように声を揃える子供達。
素直な感謝の気持ちを照れくさそうに受け取るシェリー達若い隊員と、慣れているのか小学校の先生のように微笑んで返事を返す隊長達ベテラン隊員。
そして隊員達の前に子供たちが並び、この日のお礼にと子供達からのクリスマスプレゼントが渡される。
「シェリー、今日は楽しかった。ありがとな!」
シェリーの前に立った少年はそう言って照れくさそうに包みを差し出す。
皆で遊んでいた時はポニーテールを引っ張ったりサンタ服のスカートを捲ろうとしたりしていた少年だったが、やはり一人になると歳相応に可愛らしい所を見せる。
「ありがと♪ でもあんなことばっかりしてたら女の子にモテないぞ?」
そう言って微笑みながら少年のおでこを軽くつつくシェリー。
すると少年は顔を真っ赤にして逃げ出してしまった。
それを見ていた周りの子達が可笑しそうにそれを見て笑っている。
「あはは♪ シェリーさんったら罪な女だぁ!」
誰かが言ったそんな台詞。そこから一気に火種が広がり始める。
「あ〜あ。シェリーったら駄目じゃないか。恋人のいる身であんな純情そうな少年を毒牙にかけちゃ」
それは今日の事情を聞かされていない仲間の隊員からの何気ない冗談のような言葉。
しかし恭也と会えないシェリーにとってそれはしばしの楽しい時間で忘れられていた現実を呼び戻す。
「あれ? シェリーどうしたの?」
男の子の次にシェリーにプレゼントを渡そうとしていた女の子がシェリーの様子がおかしいことに気付いて心配そうに声をかける。
「え? う、ううん。なんでもないよ!?」
いきなりの事に泣きそうになってしまったシェリーは何とか今の状況を思い出して無理矢理涙を押さえ込み、明るく首を振りながら心外だといわんばかりの表情を作る。
そして笑顔で少女からプレゼントを受け取ったシェリーを見て、渡した少女の方も安心したようにシェリーに微笑みかけた。
「メリークリスマスイブ、シェリー! 彼氏さんから素敵なプレゼントもらえるといいね♪」
無理矢理気持ちを押さえ込んだシェリーの耳に、少女のそんな無邪気な言葉がいつまでも残っていた。
「プレゼントかぁ…………そんなものいらないよ…………」
パーティーが終ってアパートへの帰り道。シェリーを引き取ったアルバレット家からの誘いはあったが、それを受ける気にならなかったシェリー。
街を行き交う楽しそうな子供達の声。恋人達の語らい。そして流れる楽しげなクリスマスソング。
一人アパートに向かうシェリーの耳にそれらはなにか心に追い討ちをかけるかのごとく響いてくる。
「I don’t want a lot for Christmas…………」
7オクターブの音域を持つといわれる女性歌手の歌ったクリスマスソングを口ずさみながら部屋への階段を上がるシェリー。
それはシェリーの気持ちを表すかのような内容の歌詞。
それを一人とぼとぼと階段を上がりながらぽつぽつと呟くように口ずさむ。
そして自分の部屋まであと少し。歌もサビも終りに差し掛かったその時、シェリーは自分の部屋の前に一つの人影を見つける。
いつでもリミッターを外せるようにしながら部屋へと慎重に足を進めるシェリー。
しかしその人影はシェリーに気付いたのかもたれ掛かっていた壁から背中を離し、階段まで歩いてくる。
緊張に身を固くし、いつでも反撃できるように身構えたシェリー。
しかしその影が月明かりに照らされた時、シェリーは信じられないものでも見たかのように固まってしまった。
「シェリーさん、遅かったですね?」
「……え? き、恭也君? なん……なんで?」
その人影、恭也は混乱しているシェリーに微笑む。
「シェリーさん。日本とニューヨークじゃ時差があるんですよ」
「…………へ?」
付き合い始めてはじめてのクリスマスイブを一緒に過せないと思い込んでしまってそのことで頭が一杯になってしまっていたシェリーは、今自分の目の前に現れた一番逢いたかった人の言葉も混乱してしまって理解できない。
「つまりですね、日本でイブに仕事が入っていたんですが、其方が終ってからすぐに最終便に飛び乗ったんですよ。そうすれば此方で深夜には十分間に合う」
そこまで言って恭也は何故か一拍置いて照れくさそうに頬を掻く。
「実はプレゼントを用意出来ていないんです。時差の事を知ってすぐに行動してしまったので」
「……そんなのいいんだよ……来てくれたんだから……」
シェリーのそんなうれし涙混じりの呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか。
しかし恭也の言葉はシェリーのそれに答えるかのような言葉だった。
「なので……俺がクリスマスプレゼント、というのは……やはり気障すぎますか?」
そんな恭也の言葉にシェリーはいてもたってもいられずに階段を駆け上がって恭也の胸に飛び込んだ。
小さな体で勢いよく飛び込んできたシェリーを、恭也は優しく抱きとめる。
「プレゼントなんかいらないよぉ……だからこれからも私の傍にいて……」
シェリーの気持ちを表す言葉はその唇から囁くように紡ぎだされる。恭也の胸に顔を埋めたまま。まるで直接恭也の胸に届けといわんばかりに。
「私が一番欲しかったのは…………」
あとがき
誰がなんと言おうとクリスマスSSです。短いですがそうったらそうなんです。
実は仕事でちょっとしたアクシデントがあって怪我をしてしまい、これを書きかけのまましばらく何も出来ない日々でした。
なんとか完治した頃にはもう今年最後の日。というわけで正月SSは期待しないでおいて下さい。
アイディアが浮かべば書かせて頂きますが、それよりも暫く滞っている連載が先なので…
それでは、サブキャラスキーとして短編は誰かが物好きにもリクをくれた時以外シェリーメインでいこうかと本気で思ってるアインでした。
クリスマスSS〜。
美姫 「メリクリー」
アインさん、ありがとうございます!
美姫 「うーん、何か優しい感じのお話ね」
最後の方の、恭也とシェリーの会話が良いな〜。
美姫 「本当にありがとうございました」
ました〜。