――ラダトーム王国北西の森
   ミリィの家 1F 浴室――
  * * * side ミリィ * * *

 細くしなやかな指が肌の上を滑っていく。繊細なタッチで触れてくる指先からは気持ちが伝わってくるようで、あたしは思わず溜息を漏らした。
「……はぁ……」
 思いがけず艶っぽくなってしまった自分の吐息に、頬に熱が集まるのを感じる。何ていうか、ただ身体を洗ってもらうだけのことがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。
 とは言え、先に提案したのはあたしだ。白地のような彼女の肌を見て、スポンジじゃ刺激が強すぎるかもしれないからって。たぶん、少しくらいは建前も入ってたと思う。
 傷の手当てをした時はもちろん、抱かれた時にも余裕なんてなかったから、あたしはこの時初めてじっくり見ることになった彼女の裸に緊張し、興奮していたのだ。
 ボディソープの泡越しに触れた堕天使様の素肌は思わず溜息が出ちゃうくらいに滑らかで、とても戦場なんて過酷な環境にいたとは思えなかった。
 こんなきれいな人があたしの恋人なんだって思うと嬉しくて、つい調子に乗って弄り倒しちゃったんだよね。その逆襲を今は受けているわけなんだけど、うん、これはすごいね。
「うっ……、はぁ……」
「うふふ、気持ち良いのね。良いわ、さっきのお返しも兼ねて今度はわたしがミリィのこと、たくさん気持ち良くさせてあげる」
「ひゃっ、……はぁぁ……」
 彼女の爪先が敏感なところを掠めるたびに、喘ぐような声が漏れちゃう。羞恥に火照った身体の熱さを触れられた箇所から知られているかと思うと、幾ら抑えようとしても無理だった。
 だけど、嫌じゃないんだよね。
 危ないくらいに加速してるこの心臓の鼓動も、くすぐったいような快感も全部、大好きな人からの贈り物だと思うと寧ろ嬉しくて、逆にもっとして欲しいっておねだりしちゃいそうになるんだ。
 あたしからのちょっと乱暴なアプローチで結ばれたこの関係はまだ始まったばかりだけど、ずっと続いて欲しいと心の底から思ってる。例え何が立ちはだかろうとも、あたしから離れたりするもんか。
 ――そのためにも、まずは明日、頑張らないとね……。

  * * * side out * * *

  堕天使ユリエルの異世界奮闘記
  第9章 真夜中の邂逅

 夕食後のことについてはこれといった問題もなく、すべて恙無く終了することが出来た。
 僥倖だったのは、やっぱり壊された結界に自己修復機能が備わっていたことだろう。
 新しい結界を作るために再び魔法陣の設置されているほうの地下室に降りたところ、ほんの僅かずつではあるけれど、破損した術式の一部が直り始めていたのだ。
 あまりに微々たる変化だったために先に調べた時には気づけなかったみたいだけど、これなら数ヶ月か数年後には完全に元の強固な結界を展開出来るようになることだろう。
 新しい結界はその修復と再展開を邪魔しないようにやや外側に、天上界の宝物殿にも使われている強力な物を二重に張っておくことにした。
 後、おまけとばかりに、ディーネちゃんたちが倒した地獄の鎧にミリィの家の地下にあった不幸の兜を被せ、破壊の剣と嘆きの盾を持たせたものにわたしの魂の欠片を埋め込んで自動迎撃ユニットに仕立ててみたり。
 物品はすべて呪われていたので、きちんと浄化した上で見た目の禍々しさを消すために変装用に覚えていた染髪魔法で明るい系の色にリペイントしてやったわ。
 装備だけでも元の地獄の鎧とは比較にならない凶悪さだとはミリィの談。ペイントマジックにも色が落ちないように保護と衝撃吸収の効果が付加されているから、胴体部分の守備力も多少向上しているだろう。
 これで襲撃者が結界を壊そうとしてもそう簡単には手が出せないはず。少なくとも今日戦った程度の相手なら問題なく撃退出来ると思われた。
 さて、防衛の準備はこれで整った。次は戦うための装備の調達だけど、こちらはミリィの手持ちで揃えられるとのこと。
 とは言っても、彼女の家にある戦闘装備は彼女自身のものを除けば地下室の呪われたアイテムくらいだと思ったので、そこを聞いてみると、何とこれから取り寄せるのだと返された。
 ミリィも登録している冒険者協会が運営している預かり所では、オクルーラという物品転送魔法を利用した転送サービスを実施しているのだという。
 完全予約制の上、予め登録した場所にしか転送してもらえないらしいのだけど、それでも町から離れたところに住んでいるミリィのような人には重宝されていることだろう。
 ちなみに、年間利用料は3000Gで、転送してもらう物品の重量によっては別途費用が掛かる。
 オクルーラを使える魔法使いが限られているので昔はもっと高かったらしいのだけど、利用者が増えるにつれて料金が下がり、十年ほど前に今の価格に落ち着いたとのこと。
 予約事態は冒険者に配布される手帳の通信機能で出来、受付も二十四時間してもらえるとのことなので、寝る前にでも皆で相談して決めようということになった。
 そして、いよいよお待ちかねのお風呂タイム。今回はミリィのほうから誘ってくれたけど、わたしだってこういうのは大歓迎なのだ。
 背中を流すついでと言うか、背中を流すのがついでと言うか、とにかくそんな感じで全身撫で回されたりもしたけれど、まあ、気持ち良かったし、偶には良いわよね。
 ただ、明日のことを考えて本番行為はなしにしておいた。
 きっと、今日よりも激しい戦闘が予想されるし、楽しみは後に取っておいたほうが頑張れるもの。
 ――ねぇ、ミリィ。あなたもそう思うわよね……。

  * * * side ???? * * *

 皆が寝静まった頃を見計らい、そっと窓から外に出る。
 こういう時、小さな身体は本当に役に立つ。
 食事を恵んでもらった恩を返さないまま、黙っていなくなることに申し訳なさを感じないわけはないのだけど、今のわたしにはそれよりも優先すべき使命があった。
 敵は慎重で狡猾。
 きっと、人間たちは誰もまだ奴らの企みに気づいてはいないのだろう。
 急がないと。手遅れになる前に、このことを仲間に伝えて、反撃のための戦力を整えてもらわなければこの世界、アレフガルドは再び闇に閉ざされることになる。
 そう、闇の大魔王が現れたあの時のように……。
「こんな夜更けにどちらにお出掛けですか?」
 窓枠を蹴って、音もなく着地。そう、わたしは音など立てていない。だというのに、そのまま走り出そうとしたところを、頭上からの声に止められた。
 声のしたほうへと視線を向ければ、そこには小さく羽ばたきながらこちらを見下ろしている妖精が一人。確か、ノームと呼ばれていた女性だ。
 ノームというのは人間の言葉で大地の精霊種、もしくは大地の精霊そのものを指す言葉だったか。
 ただの妖精に付けるには随分と仰々しい名だと思ったけれど、それも昼間アンデットどもを相手に披露したでたらめな強さを見れば頷ける話だった。
 どうでも良い。今のわたしは崇高な使命を帯びた神の使徒。幾ら強かろうと得体の知れない異界の来訪者などに構ってはいられないのだ。
「答えられませんか。いえ、その呪いのせいで言葉を話せないのですね」
 黙って行こうとしたわたしの耳に、再びノームの声が届く。分かっているなら聞くなと言いたいけれど、彼女の言う通りに今のわたしは呪いによって多くを封じられている。
 言語もその中の一つで、ユリエルという名の異世界の天使が持つ聖波動を浴びたおかげで人の姿こそ取れるようになったものの、震わせた声帯が形作る音は未だ動物のそれだった。
 しかし、それでも筆談で意思を伝えることは出来る。ならばこそ、こんなところでもたもたしている暇はないというのに。
「我が主なら、あなたに掛けられたその呪いも解くことが出来るでしょう。何なら、わたしからお願いしてみましょうか」
 わざわざこちらの正面に回り込んでからそんなことを言うノームに、わたしは即座に距離を取りながら首を横に振った。信用出来ない。そもそもそうする利点があちらにはないのだ。
「でも、今から森を通って近くの町だか村に行くのは危険では。狼もいるみたいですし、食べられちゃいますよ」
 あなた、美味しそうじゃないですか。そう言ってこちらを指差してくるノームに、中途半端に解けた呪いのせいで頭に残っていた長い耳がぴくりと跳ねる。聞こえたのは狼の遠吠えだった。
「…………」
 頬に一筋、冷たい汗が垂れるのを自覚したわたしは、彼女に言われるまま、すごすごと家の中に戻るしかなかった。
「信用出来ないんでしたら、とりあえず明日一日わたしたちを見ていれば良いです。それでどうするか決めてもらえれば」
 背後から掛けられたその言葉には返事をせず、動物の姿に戻ったわたしは不貞寝するようにソファの上で丸くなるのだった。

  * * * side out * * *

 ――朝が来た……。
 新しい、だけど、希望に満ちているかはまだ分からなくて、人によっては期待と不安に動揺する心を抱えながら迎える、そんな一日の始まる時間。
 世界を越えた拍子に狂ってしまっていたらしい体内時計も三日目ともなれば大分元に戻ってきたようで、今朝のわたしはかつて自宅で家事をこなしていた頃とそう変わらない時間に起きることが出来ていた。
 ただ、目が覚めただけで、実際に起き出すまでにはそれから幾らか要したのだけど。
 ところで、ミリィの家に客間は存在していない。より正確に言うのなら、ベッドは彼女の寝室にあるセミダブルのものが一つだけだった。
 他人を泊まらせる気がないのか。それとも、泊まらせる相手とは必ず同衾するという意思表示なのか。
 それ以前に、わたしが気を失っていた間、ミリィは何処で寝ていたのだろう。気になって尋ねたところ、予備の毛布を出してリビングで寝ていたという答えが返ってきた。
「怪我人を床で寝かせるわけにもいかないし、遠出の際の野宿に比べれば全然平気だったから」
 気にしなくても良いよ。そう言ってミリィは笑うけれど、わたしとしてはやっぱり申し訳なくて、だから、彼女のお願いを一つ聞くことにした。
 この同衾はその結果でもある。
 寂しいから一緒に寝て欲しいだなんて、可愛いじゃない。もちろん、一も二もなく了承したわ。
 例え、一緒のベッドなら気分が高まっても逃げられないからというような邪な思惑があったとしても、期待されているのだと思えば悪くなかった。
 そもそも、ミリィが言うほど遊んでいないどころか、色事に関してはまだまだ青い果実であることは最初の夜の営みで分かっていた。誘い方が露骨というか、節々に見栄を張っているような感が否めないのだ。
 背伸びをしたい年頃なのかもしれないけれど、わたしだってこの身体で関係を持つのはミリィが初めてなのだから、別に無理をしなくても良いのに。
 ――まあ、それもわたしを繋ぎ止めたいがための行動だと思えば嬉しくはあるのだけど……。
 隣で眠る少女の寝顔を見ながら、胸の内に灯った暖かなものに自然と笑みがこぼれるのを感じる。初体験の時も含めて同じベッドで目覚めるのはこれで三度目になるのか。
 別に連日事に及んだとか、そんなことはないのだけれど、こうして目が覚めた時、傍らに愛しい人の存在を感じられるのはとても幸せなことだった。

「じゃあ、出掛ける前にもう一度装備の確認しとこうか」
 そう言うと、ミリィは一度身に着けたものを全部外して下着姿になった。
 今日の彼女の下着はミントグリーンのショーツに同色のブラジャー。どちらも控え目なレースに縁取られたおしゃれな一品だ。
 ミリィはショーツの上にショートパンツを履き、上半身はノースリーブのシャツと同じく袖のないベストに長袖のジャケットという、一見、普段着と変わらない出で立ちだった。
 しかし、よくよく観察してみると、その装備のほとんどが魔法的な効果を備えた魔道具、アーティファクトだということが分かる。それも、極めて完成度の高いものばかり。
 例えば彼女が頭に巻いている虎柄のバンダナは、身に着けたものの敏捷性を大きく向上させてくれるという。見たところ、右手に填められたシンプルな指輪にも同様の効果があるようだ。
 スピード重視の戦闘方法を取るミリィにはどちらも相性抜群の装備だろうけれど、うちの世界で同じものを作ろうとして出来る人間が果たしてどれだけいるだろうか。
 聞いてみるとこちらでも製法は失伝しているらしく、ミリィのそれらは遺跡からの出土品をそのまま使っているのだとか。
 彼女はこの他にも履くと脚力を強化してくれる韋駄天ブーツと装備者の素早さを二倍にする星降る腕輪を所持しており、これらすべてを装備した時のスピードは魔物の最速種族であるメタル属にも追いつける程だという。
 そのメタル属の速度が分からないから何ともいえないけど、少なくともそれらの品々に使われている魔法技術がとんでもないということだけはわたしにも理解出来た。
 ミリィが着ている今日の下着にしても繊維の一本一本に魔力を通しながら織られた特注品で、ナイフくらいなら止められる程度の防御力を備えている。
 そのくせ、下着としての機能性や肌触りの良さもまったく損なわれていないというのだから、この世界の魔法技術の高さが伺えるというものだ。
 いや、魔法が表社会に普及し始めてから高々二十年少々のうちの世界と比較すること自体、意味のないことか。
 うちで科学が占めていた部分がこちらでは魔法だと考えれば、そんなに不思議なことでもないわけだし、魔物という脅威が身近な分、身を守る手段に特化した発展を遂げているのだろう。
 話を戻そう。シャツやショートパンツが特殊な繊維で作られているのは言うまでもないとして、ポケットのたくさん付いているベストは何とスカイドラゴンという飛竜の翼幕で出来ていた。
 更にその上に羽織っているジャケットには鋼鉄の繊維が編み込まれていて、上手く受け流せれば同じ鋼鉄製の剣にも切られることはないという。これに先程の加速装備四つ。
 武器はミスリル銀製のダガーを腰の両サイドに一本ずつ下げ、ジャケットの袖と内ポケットには投擲用のスローイングナイフを持てるだけ隠している。
 その他にも今回の敵がアンデット中心になることを考慮してだろう、ベストのポケットには魔除けの効果を持つ聖水の小瓶を多めに入れてあるようだった。
「ねぇ、そんなにたくさん持って大丈夫なの?」
 ともすればアーティファクトまで使って増幅した速度を殺してしまいかねない程の装備の量に、わたしは思わず心配になって尋ねていた。
「大丈夫。遺跡に潜る時の装備に比べれば全然軽いし、ちゃんと動きを邪魔しないように考えて仕舞ってるから」
「なら良いんだけど」
「ほら、ユリエルも早く準備して。今日のうちに済ませちゃうつもりなら、そろそろ出ないといけない時間だよ」
 ミリィに急かされ、わたしも自分の装備を確かめる。とは言っても彼女に比べれば微々たるもので、わたしたちはそれからそう時間を掛けずに出発することとなった。

 ・ミリィの装備
 武器:ミスリルダガー(攻撃力+68/悪魔・アンデット系モンスターにダメージ1.25倍)
 頭部:しっぷうのバンダナ(守備力+21/素早さ+30)
 胴体:アーマージャケット(守備力+48)
   :ワイバーンベスト(守備力+25/炎・吹雪のダメージ25l減)
   :シルクのブラジャー(守備力+11)
 腰部:ショートパンツ(守備力+14)
   :シルクのショーツ(守備力+8)
 脚部:韋駄天ブーツ(守備力+18/素早さ+45)
 装飾:はやてのリング(素早さ+30)
   :星降る腕輪(素早さ×2倍)
  :聖銀のロザリオ(魔封じ・混乱・幻覚・催眠・即死立25l減)

  * * * 続く * * *



 思ったより物語が進まないリメイク版第9章。
 作者です。
 本当は死霊術師が工房にしている場所での最初の戦闘まで描く予定でしたが、長くなりすぎそうだったので一旦ここで切りました。
 ・ナイフを止められる下着について。
 ドラクエIXに登場する女性用下半身防具のブラックガード(黒い下着)の守備力が14で、これは銅の剣やブロンズナイフの攻撃力よりも高いです。
 ・装備について。
 ドラクエIXでは装備可能な身体の部位が頭、腕、胴体、下半身、足と細かく分かれています。
 また、いろいろなドラクエの二次創作で服系統の装備の上に鎧系統の防具を重ね着している描写を見かけます。
 これらのことから、本作では物理的に可能な場合は装備を重ね着出来るものとしました。
 装備一つ一つの能力に関しては、webサイトのDQ大辞典を作ろうぜ(第2版)に掲載されている原作情報を参考にさせていただいています。
 これらについてご意見、ご指摘等ありましたら、感想掲示板のほうにお願いします。



物騒だが、中の人には安心な防犯システムが出来たな。
美姫 「見た目だけでも充分そうな代物よね」
まあ、それは兎も角、大きな動きはまだないけれど、ちょこちょこと動いている子がいるって感じかな。
美姫 「結局は留まる事になっているけれどね」
だな。さて、次回はどんな話になるのかな。
美姫 「次回も待っています」



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