* * * * *
「……やっぱりいましたね」
 こちらに警戒の眼差しを向けてくる舞に向かって、わたしはなるべく友好的な調子で声を掛ける。
 ここは、花音高校の校舎内。時刻は既に夜の七時を回って、周囲はすっかり真っ暗になっている。
 野犬の騒動があったその日の夜、わたしは早速行動を起こすべく、こうして夜の校舎に進入したのだった。
「……こんな時間に何をしてるの?」
「そう警戒しないでください。それに、それはこちらが聞きたいです」
「言ったはず。わたしは、魔物を討つものだから」
 白々しく聞き返すわたしに、舞は隠すことなくそう答える。やはり、あの時、舞はわたしのことが見えていたのだ。
「わたしは答えた。次はあなたの番」
 相変わらず警戒を解かないまま、端的にそう言う舞に、わたしは困ったように軽く肩を竦めた。
「もう一度、夜のあなたに会いたかったから。これ、差し入れです。コンビにのおにぎりですけど、よかったらどうぞ」
 そう言って、途中で寄ったコンビにの袋を差し出すわたしに、舞は怪訝な顔をしつつそれを受け取る。具は牛カルビとツナマヨだ。
「隣、良いですか?」
「……好きにすれば」
 階段に腰を下ろして袋からおにぎりを取り出す舞に一言断ると、意外にもすぐに返事をしてくれた。それに少し驚きながら、わたしは彼女の隣に腰を下ろす。
「静かなものですね。夜の校舎はこれが二度目ですけど、まるで何もかもが眠ってしまったみたいです」
 静寂の中、舞がおにぎりの包みを破る音だけが聞こえる。いえ、もう少し耳を澄ませば、彼女の息遣いに胸の鼓動くらいは聞こえたかもしれない。
「……でも、いる」
「魔物ですか?」
 わたしの問いに、舞はこくりと頷く。その反応も、わたしにとっては既に予想済みのものだった。
 意識を集中させると、まだ遠く、けれど、確かにこちらへと向かってきている、それの気配を感じ取ることが出来る。数は3。記憶よりも多いのは、やはりわたしが介入したことによる変化か。
 慌てて食べて、おにぎりを喉に詰まらせたらしい舞の背中を叩いてあげながら、わたしは彼女に気づかれないようそっと迎撃の用意を整える。
 投擲用に細く軽量化した西洋の剣をこちらも3本、力の解放とともに撃ち出せるように準待機モードでイメージ。顕現のためのキーワードは……。
 その時、舞が剣を手に立ち上がった。既に彼女も捉えたようだ。
 こちらへと向かってくる魔物に対して、抜刀しながら駆け寄っていく。その舞の姿を盾に身を隠すと、わたしは死角から彼らに向けてそれを解放した。
   * * * * *
  Maika Kanonical〜奇跡の翼〜
  第13章 The brightness of my soul here
   * * * * *
 言葉には魔の力が宿っている。言霊と呼ばれ、それは少なからず世界に影響を与えている。
 わたしの場合、それは力の本質を隠すための蓑であり、イメージをより鮮明に世界に固定させるための殻だった。
「貫け、剣の三連射。――Carry it through; three blazes of the sword……」
 他人に聞こえるか聞こえないかという程度の微かな呟き。だけど、それは駆け出した舞の足を止めるには十分だったようだ。
 唐突に背後に出現した新たな気配に、思わずといった様子で足を止める。その舞の傍らを、言葉に沿って顕現したわたしの“力”が駆け抜けた。
 驚きに目を見開く舞の目の前で、あえて表面のイメージを曖昧にしたことで、不可視となった3本の剣が魔物へと突き刺さる。
「……吸収と解放の剣はその役目を果たし、仮初の主の下に還る。――The sword of absorption and the liberation serves as the duty and returns with a temporary master……」
 同質の力である魔物は、より強い概念であるわたしの剣に吸収される。後はこの剣を呼び戻して取り込めば、回収完了である。
「……剣は力に、力は魂に。――The sword for power the power in a soul……」
 還元した力が自分の中に定着するのを感じながら、わたしは軽く溜息を漏らす。術式を用いた回収はこれが初めてだったけど、さすがに3体同時というのはきついものがある。
 舞を見ると、彼女は何が起きたのか分からないという様子で、呆然と立ち尽くしていた。まあ、この頃はまだ、自分自身の力の本質にも気づいていなかったようだから、無理もないだろう。
 でも、それも今夜で終わる。わたしは世界の流れに割り込むという暴挙を成し遂げ、この先に待つ悲劇のシナリオをわたし自身のシナリオで塗り潰すのだ。
「舞、あなたの言う魔物とは、どういう存在なんですか?」
 不意打ちのようなわたしのその問いに、舞はハッとしたようにこちらを振り返る。その目が驚愕に見開かれ、彼女は思わず手にしていた剣を落としてしまった。
「……そ、んな」
 震える唇から紡がれた言葉は信じられないという思いで彩られていた。
「何をそんなに驚いているんです。あなたは最初に出会った夜に見ているはずです。それとも、もっとはっきりとした形で見ないと、信じられませんか?」
 怯えたように一歩後退る舞に、わたしは全身から気を立ち上らせながら一歩近づく。気分は舞台の上の悪役そのものだ。
「どうやら、あなたは自分の力について何も分かっていないようですね。いえ、気づいていて、それを見ないふりをしているだけでしょうか」
「何を言っているの?」
「目を背けたい気持ちは分からないでもありませんが、これ以上続けられてはあなたの命が危うい。突然で申し訳ありませんけれど、この演目、今宵で終幕とさせていただきます!」
 そう言うと、わたしは普段隠している自分自身の気配を解放した。瞬間、舞の言うところの魔物の気配に、彼女自身も持っている川澄流剣士の気が重なる。
「本当はもっと穏やかな方法を取りたかったのですけれど、これ以上あなたがあなた自身を追い詰めるところを見ていたくなかったものですから」
 それに、とわたしはそこで一度言葉を切った。
「剣の道を行くものの性とでもいいますか。一度刃を交えた以上、中途半端というのはどうにも落ち着かなくて。……決着を着けましょう」
 あふれ出した力を手の中に集束させて剣を作ると、わたしはそう言ってその切っ先を舞いへと向ける。
「うわぁぁぁっ!」
 舞は何かに耐え切れなくなったかのようにそう叫ぶと、足元に落とした剣を拾ってわたしへと切りかかってきた。
「ふっ!」
 構えも何も無く、上段から振り下ろされたその一撃を、わたしは手の中に顕現させた剣で受け止める。
「っ!?」
 自分の剣を受け止めたものを見て、舞の表情に驚きが広がる。が、それも一瞬のことで、流されそうになった上体を強引に剣を引くことで立て直すと、彼女は再び剣を振るった。
 そして、再びぶつかり合う二つの剣。魔物ばかりを相手にしているせいか、舞の剣は力強いが技巧に欠けるものだった。
 それでも、速さも一撃の威力も常人のそれとしては間違いなく一級品と言えるだろう。
 そんな舞の剣を、わたしはあえて真っ向から受ける。真琴に干渉した際の消耗が抜け切らない今の身体には少々きついけれど、彼女に自分自身の力の本質を自覚させるには、同じ舞台で戦うしかなかったのだ。
 腕に伝わる衝撃に顔を顰めつつ、わたしは重心をずらして舞の体勢を崩しにかかる。恐怖から逃れようと我武者羅に剣を振るっていただけの彼女は、それだけであっさりとバランスを崩して床に転がった。
「こんなものですか。自分自身の生み出したものが相手とはいえ、それでよく今まで生き延びてこられたものですね」
 よろよろと立ち上がった舞に、侮蔑の篭った視線を向けながら、わたしはほんの少しだけ、本気の殺気を解放して彼女を挑発する。途端、舞の身体がびくりと震えた。
「わたしの知っているあなたはもっと強かった。いえ、今にして思えば、弱かったわたしの目にそう映っていただけかもしれませんが」
 苛立ちを含んだ声でそう言うわたしを、舞が怒気の篭った視線で睨み付ける。
「わたしはあなたなんて知らない。何もかも知ったような口振りで、勝手なことばかり言わないで!」
「……っ!?」
 それは、わたしという存在に対する全否定。既に体感し、理解もしていたはずのそれは、わたしが思っていた以上に、わたし自身の心を深く抉った。
 確かに、舞の言う通りなのかもしれない。彼女にとって、わたしはイレギュラーで、とても容認出来るような存在ではないだろう。
 けれど……。
「すべて知っている。そう、言ったらどうしますか?」
「っ!?」
「あなたももう気づいているのでしょ。わたしがどういう存在なのかを」
 言ってわたしはゆっくりと舞に近づいていく。その手に既に剣は無く、ただ身体を支えるための気を纏っただけの状態だ。
「……初めて会った時から、似てるとは思ってた」
「一応、隠していたつもりだったんですけど」
 ポツリと漏らした舞の呟きに、わたしは苦笑しつつ肩を竦める。物事をありのままに見ることの出来る彼女だからこそ、そういうこともあるだろうと素直に納得することが出来た。
「わたしを、……切りますか?」
 少々意地悪な笑みを浮かべてそう尋ねるわたしに、舞はきょとんとした表情でこちらを見てくる。何を聞かれたのか分からない、そんな表情だ。
「必要無い。それに、今のわたしじゃ叶わないから」
 拗ねたようにそっぽを向く舞に、少しからかいすぎたかと反省する。けれど、こんな彼女の仕草も可愛いと思ってしまうのは、わたしがダメな人だからではないはず。
「それよりも教えて」
「何をですか?」
「わたしはどうすれば良かったのか。これからどうすれば良いのか。舞歌は知っているんでしょ?」
 今夜の舞はやけに饒舌だ。いえ、わたしがそうさせているのだろう。わたしが彼女に与えた衝撃はきっと、それほどまでに大きい。
「それを聞いてどうするつもりです?」
 真剣な眼差しでこちらを見てくる舞に、わたしも同じように真剣な目をして尋ねる。
「わたしのしてきたことが間違いだったなら、それは正さないといけないから。でも、わたしにはどうすれば良いか分からない。だから、教えて」
 淀みなくそう答える舞。その目には強い意志の光が宿っていて、それを見たわたしはふっと表情を和らげた。
「分かりました。でも、わたしが知っているのは、あなたが間違えたまま突き進んだ末の結果です。だから、わたしに出来るのはそうならないための助言だけ。それでも良いですか?」
「十分」
「では、今日はもう遅いですから、また日を改めて……」
 舞の返事に頷き、わたしがそう言いかけたときだった。
 不意に周囲の空間が揺らめいたかと思うと、そこから滲み出るようにして無数の魔物が姿を現す。だが、それらはこれまでのものとは異なり、すべてが肉眼で確認出来る程の濃度と密度を保っていた。
 わたしたちがそれに驚く暇も無く、襲い掛かってきた一体に向けてわたしは再び顕現させた剣を振るう。舞も戸惑いながらもこれまでの経験から、ほとんど反射に近い領域で一度は納めた剣を抜き放っていた。
「……わたしたちの戦いの気に触発されて出てきた」
 向かってくる一体を切り捨て、返す刃で頭上からの攻撃を受け止めながら、舞がこの状況に対する考察を口にする。
「いえ、それにしては数が多すぎます。それに、これは……」
 それに答えつつ、わたしは三方向から同時に襲い掛かってきた魔物たちを吸収の剣の投擲で迎撃し、それらの後ろから一気に踏み込んできた大きな固体を剣で両断する。しかし、これほどの数を相手にするのは、あの夜以来だ。
 ――嫌な予感がする。
 そう思った矢先、遠くでガラスの割れた音と、誰かの上げた悲鳴らしき声が聞こえた。
「祐一!」
 舞がそれこそ悲鳴のような声で、その声の主の名を叫ぶ。そう、その声は祐一のものだった。
「舞、行ってください。わたしが突破口を開きますから、一気に駆け抜けるんです!」
「でも……」
「迷っている暇はありませんよ。償うのでしょう。なら、まずはここからです」
 技を放つための気を高めながら、わたしはそう言って躊躇う舞を叱咤する。ぐずぐずしていて祐一にもしものことがあれば、きっと舞はこの先ずっと後悔することになるだろう。
「今です!」
 合図とともに集束させた気を解放し、それに僅かに遅れて舞が迷いを振り切るように駆け出した。
「――戦気解放。神威、光神波!」
 四百年の歴史を誇る退魔の一族、神咲一灯流の奥義を真似た我流退魔剣。
 オリジナル同様、圧縮すた霊力を一気に解放する技で、その威力はわたしが単一の力のみで放つものの中では、最強クラスだ。
 放たれた光の奔流が魔物たちを蹴散らし、それを追って舞が包囲網を突破する。何体かが追撃を掛けようとしたが、それらは、まいちゃんの制御で放たれた吸収の剣に貫かれて、あえなく還った。
「……行きましたか」
 舞の背中が廊下の向こうに見えなくなったのを確認して、わたしは小さく息を吐いた。
 ――あまり無茶をしないでよ。
 ――ありがとう。でも、それは少し無理な相談みたいね。
 心配そうに声を掛けてくれるまいちゃんにそう言って謝ると、わたしは改めて剣を構え直す。
 ――来る!
 舞の警告が飛び、それに合わせたかのように動き出す魔物たち。けれど、わたしにそれらに付き合うつもりは無かった。
 身体強化を維持するのもそろそろ辛くなってきているし、これ以上帰るのが遅くなると秋子さんたちも心配するだろうから。
 そんなわけで、ここは一気に決めさせてもらう。
「The fragment of the lost soul, come into the sea of stars, and sleep at a temporary place to go!」
   * * *
 翌日から舞は少しずつではあるけれど、祐一に対して積極的にアプローチを掛けるようになった。奥手な舞ではさすがにいきなり告白というわけにもいかないようだけど、そこはそれ、佐祐理さんが上手くフォローしてくれるだろう。
 それに、アドバイスをすると言った手前、舞の心理面でのケアはわたしもきちんとするつもりだ。
 問題なのは、寧ろ魔物たちのほうだった。わたしが覚えている限り、まいちゃん以外の魔物が姿を視認出来る程、顕現していたことはなかったはず。
 ところが、昨晩出現した魔物たちは、その多くが霊視の“眼”を開いていない状態のわたしにも見ることが出来たのだ。それが意味するところは一つしかない。
 ――即ち、魔物が強くなっている。
 純粋な能力はもちろん、存在の密度が桁違いに上がっているのだ。どのような要因でそんなことになっているのかは、皆目見当も着かないけれど、厄介なことこの上ない話である。
 ――真琴のこともあるし、誰かに応援を頼もうかしら。
 そんなことを半ば本気で考えつつ、表面上はこれまでと変らないように過ごしていた。
 舞はわたしの正体を知って、どう接すれば良いか分からない様子で戸惑っていたけれど、とりあえず、佐祐理さんたちの前ではこれまで通りにするつもりのようだ。
 あまり困惑を表に出していると、わたしにからかわれると分かったからなのだろう。でも、根が純粋な舞はそれを隠しきれていないので、からかいのネタには事欠かなかったりする。
 後、舞がわたしの鍛錬方法について聞いてきたので、素直に答えたら一緒にやらせてほしいと頼まれた。
 そろそろ祐一を鍛えようと思っていたところだし、舞もこの後のことを考えると、護りの戦い方を覚えておいたほうが良いかもしれない。それに、昨夜は流れてしまったけれど、彼女と本気で打ち合いたいというわたしの気持ちに変りはなかった。
 それらを踏まえた上で、わたしは舞の頼みを了承した。


   * * * つづく * * *





舞のイベントを強制的に変化させた結果、魔物が強くなったみたいだけれど。
美姫 「より強い魔物が出現したって事かしら」
うーん、一体なにが起ころうとしているんだろうか。
次回も気になるところ。
美姫 「続きを待ってますね〜」
待ってます。



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