「えいっ!」
 気合いを込めて振り下ろされた真琴の手刀の先から青みがかったオレンジ色の炎が放たれる。数個の礫となって飛来するそれは、妖狐の標準装備として知られる狐火である。
「はっ!」
 わたしはそれを腕を軽く横に振って打ち消す。力を纏った腕と大気との間に生じる摩擦によって、発生する空気の流れを彼女の炎にぶつけて相殺したのだ。
「まだよっ!」
 攻撃を防がれた真琴は、今度は胸の前で両腕をクロスさせて振り下ろす。揃えて伸ばした両手の指先から合計六つの細長い炎が噴き出し、それが弧を描きながらわたしに向かって飛んで来る。
 左右から三つずつ、微妙にタイミングをずらして飛んでくるそれらを前に出ることで避けると、わたしは懐へと飛び込んできた真琴の拳を迎え撃った。真琴の拳、炎を纏ってオレンジ色に輝くそれと、わたしのたまもの力を纏った金色の拳がぶつかり、あたりに盛大な爆発音を轟かせる。
 たまもからもらった霊媒を得た真琴は、まるで無限機関を取り込んだ某汎用人型決戦平気の如くよく動く。戦い方こそはまだまだ素人の域を出ないものの、そこから捻出される妖気はまるで底なしだ。
「すごいわ、これ。さっきから全開で狐火を使ってるのに全然疲れないんだもの。まだまだ行くわよっ!」
 自由に動けることが嬉しくて堪らないのだろう。真琴は思いつく限りの力の使い方を試すかのように、果敢に攻め込んでくる。
「嬉しそうね。でも、ちょっと調子に乗り過ぎているんじゃないかしら!」
 そう言ってわたしは、再び懐に入ろうと飛び込んできた真琴の足を払って転ばせる。突っ込んでくるばかりだった真琴は、堪らずバランスを崩して転倒した。
「あいたた……」
「武術の心得のある人が相手の場合は単純な力技だけでは勝てないこともあるの。覚えておきなさいね」
「はーい」
 転んでしまった真琴を助け起こしながら、わたしは彼女に一つ注意を促す。研鑽を重ねた技術の前では、多少の力の優位なんて、簡単に覆されてしまう。だから、武術を納める者は技を磨き続けるのだ。
「少し休憩にしましょうか。そろそろ祐一たちも来る頃だし、そうしたら今度は体術の訓練よ」
 そう言って真琴にタオルを渡すと、わたしも身体を休めるために手近な石の上に腰を下ろす。二月も半ばを過ぎ、寒さもピークを越えたように思う。この町での生活も後少しで終わる。
 ――わたしは、目的を果たせただろうか。
 舞と二人で最後の戦いに臨んで、魔物の正体を知った。彼女は自分を許せず、俺は彼女を救えなかった。
 そして、暴走した力に呑まれ、流れ着いたこの世界で、わたしは自分のやりたいことをやってきたつもりだった。
 例え、自分のいた世界の、自分の知っている人たちではなかったとしても、不幸になると分かっていて、黙って見過ごすなんて、出来なかったから。
 でも、それももう終わる。
 悲劇のシナリオは破綻し、今はそれぞれが自分の足で歩き始める段階に来ている。彼女たちの行く末を最後まで見届けることが出来ないのは残念ではあるけれど、わたしもそろそろ自分の舞台に上がらないといけないだろう。
 真琴はわたしに付いて来たいみたいだけど、そうすると、この町を離れないといけなくなるわけで、祐一とも会えなくなってしまう。そのことを言ったら、彼女は少し悩んでいたようだった。
 舞と魔物たちとの関係も何とか落ち着いてきているようで、最近ではわたしとの打ち合いの中でも“力”の乗った一撃を出してくるようになった。
 一度などは、たまものフォローがなければ、押し負けてしまったかもしれないほどだ。こちらの舞も確実に強くなってきている。
 栞は二月の初めに一度発作を起こして倒れていたが、それもこれまでのものに比べればずっと軽いもので、倒れたのも本人が油断していたからに過ぎないとか。
 まあ、復学が決まって浮かれているというのは分からないでもないのだけれど、栞はもう少し自分の身体を大事にすべきだと思う。もちろん、そのあたりのことはちゃんと香里と二人で本人に言い聞かせた。
 交通事故に遭うはずだった秋子さんだけど、これはわたしが職場見学と称して彼女のオフィスに押し掛けることで、半ば強引に回避させた。
 さすがに社外秘となっている書類の片付けを手伝うことは出来なかったけれど、彼女の上司に圧力を掛けて早めに帰らせてもらうことには成功したのだ。
 その話をその日の夕食の席でしたら、名雪がえらく喜んでくれた。
「舞歌さんのプレッシャーは凄まじいものがあるからな。その人も気の毒に」
 少し呆れた様子でそう呟く祐一に、その左隣に座るあゆもコクコクと頷く。祐一は聞こえていないと思っているのかもしれないけれど、ちゃんと聞こえてますよ。
「でも、そのおかげで、今夜はお母さんと一緒にご飯が食べられるんだよ」
「秋子さんのご飯は美味しいから」
 満面の笑顔でそう言って箸を進める名雪。舞もそれに頷いておかずをお代りしている。
「皆さん、わたしの迫力云々に関しては否定してくれないんですね」
「まあまあ、それだけ舞歌様が頼りになるということではありませんか」
「普通の女の子としては、喜んで良いのか微妙なところですよ、それ」
 がっくりと肩を落とすわたしに、たまもがそう言って肩に手を置くけれど、あんまりフォローになっていないような気がするのはわたしだけだろうか。
 皆、笑っているし、からかわれているんだろうというのは分かるのだけど、その発端が祐一というのはどうにも面白くない。
 この頃は鍛錬にかまけてあまり構ってあげなかったものだから、寂しがっているのだろうか。
「な、何ですか、その邪悪な笑みは」
 にやり、と笑みを浮かべて視線を送るわたしに、祐一がそう言って少し身を引く。おっと、いけない。表情から思考を読まれるなんて、わたしもまだまだですね。
 それとも、祐一のほうに修行の成果が現われ出しているのかしら。だとしたら、それは喜ばしいことではある。
 何にしても、これからわたしが彼に対して取る行動に変りはないのだけれど。
「いえ、最近は修行以外であまり一緒にいられないものですから、少し寂しいなと思って」
 わたしがそう言った途端、名雪とあゆの動きがぴたりと止まる。舞はわたしの正体を知っているので、すぐにからかっているだけだと気づいたようだ。
 意外だったのは、真琴が先の二人と同じような反応を示さなかったことだ。もしかしたら、怪我をしていたところを助けられたことに恩義を感じているだけで、恋愛感情にまで育っていないのだろうか。
「そんな、舞歌様。あなたにはわたくしがいるではありませんか。それとも、わたくしのような年増よりも若くて逞しい殿方のほうが良いんですか?」
 そう言ってよよよ、と泣き崩れる真似をするたまも。素晴らしい演技だ。彼女には女優の才能があるのかもしれない。
「えっ、舞歌さんとたまもちゃんって、そんな関係だったんですか!?」
「こら、栞。そんなに嬉しそうに目を輝かせないの」
 目をキラキラさせながら身を乗り出す栞を香里が窘める。まあ、ドラマ好きの栞が好きそうなネタではあるわね。
「でも、舞歌さんって小学校からずっと女子校なんですよね。なら、そういうのもありなんじゃないですか?」
「倉田先輩もそう思います?」
「栞、いい加減にしなさい!」
「お姉ちゃんだって、そういうの好きなくせに。わたし、知ってるんですよ。お姉ちゃんの部屋に……な本が結構な数あるってこと」
「なっ!?」
 思いもよらなかった妹からの反撃に、香里は顔を真っ赤にして沈黙する。香里のこういう表情も珍しくて新鮮だ。
 それにしても、さり気なく場を掻き回すのに協力してくれる佐祐理さん。あなたは間違いなく同士です。
 そう思って軽く親指を立ててみたら、しっかりといつもの笑顔で答えてくれた。
「…………」
 そして、無言で味噌汁を啜る天野。やはりと言うべきか、彼女はたまものことが気になるようで、表面上はいつもの落ち着いた態度を取り繕いながらも、時折ちらちらと視線を送っている。
 今では大分、力を失っているようではあるけれど、仮にもこの地の退魔を司る一族の末裔だ。たまものことも薄々、感付いてはいるのだろう。
 まあ、そのあたりのことも含めて、今日は知り合いを全員集めたのだ。
 元々は秋子さんの事故を回避するために用意した策の一つではあった。香里から得た情報で事故の起こる日時を知っていたわたしは、その日に合わせて水瀬家で親睦会を開く計画を立てていたのだ。
 さて、契約によってわたしの守護霊となったたまもだけど、元が神格者だけに、実体化すれば普通の人間とも触れ合えるし、食事を摂ることも出来る。
 さすがに一般人の前で力を使わせるわけにはいかないけれど、予め実体化させておいて、普通の人としてなら皆とも仲良くなれると思ったのだ。
 問題は、彼女のことを何と紹介するかだった。結魂(誤字にあらず)したわたしたちは夫婦と呼べなくもないのだけれど、さすがにそのあたりの事情を話すわけにもいかないし、説明抜きでそこだけ言えば、それはそれで愉快なことになりそうだった。
 結局、良い案が思い浮かばなかったわたしは、適当に場を引っ掻き回して、有耶無耶の内に溶け込ませてしまうことにした。
 念を押して、たまもに軽く幻術を掛けてもらう。親しい人たちに対して嘘を吐くのは心苦しくはあったけれど、そこはわたしがこちらにいる間だけだと割り切った。
 しかし、そんなわたしの行動が真琴にはお気に召さなかったようだ。彼女はわたしがお手洗いに行くために席を立ったのを見て、後に着いてくるとストレートにそれをぶつけてきた。
「ねぇ、どうして話さないの? 少なくとも、秋子さんや舞はたまものこと、受け入れてくれるんじゃないの」
「それがたまものためだからよ。それに、秋子さんたちのためでもあるわ」
「人間じゃないから。それが知られちゃったら、もう仲良く出来ないって、そう言いたいの?」
 わたしを睨み付ける真琴の目尻に涙が浮かぶ。これは、彼女自身のことでもあるのだ。わたしは屈んで真琴と目線の高さを合わせると、そっと指でその涙を拭った。
「真琴の言いたいことは分かるわ。わたしだって、出来ることなら、ちゃんと知ってもらった上で仲良くなってもらいたいもの」
「じゃあ、どうして?」
「あなたの言う通り、秋子さんも舞いも分かってくれる。でも、そんな人たちばかりじゃないの。世の中には、人と少し違うだけで、信じられないような酷いことをする人だっているんだから」
 泣きそうになるのを必死に堪えて見上げてくる真琴の頭を撫でながら、わたしは諭すようにそう話す。脳裏を過ぎるのは、心無い人々がわたしの家族に浴びせた言葉だ。
 命を助けてもらっておきながら、彼らは妹を、親友を、化け物呼ばわりしたのだ。あの時のことは、思い出すだけで腸が煮えくり返る。
 おまえたちのほうが余程醜いと罵ってやりたかった。その場に彼女たちがいなければ、わたしは自分が退治したばかりの霊障に代わって、彼らを切り刻んでいたかもしれない。
「舞歌……」
 怯えたような声で真琴に名前を呼ばれて、わたしはハッとした。
「……ごめんなさい。皆を信じていないわけじゃないんだけど、たまもは、そのまま紹介するにはちょっと有名過ぎるの。本人もそのあたりのことで騒がれたくないって言っていたし」
「そうなの?」
「ええ、だから、誤解されないように、皆にたまも本人をよく知ってもらってから、そのあたりのことは話そうって、二人で話して決めてたのよ」
「そういうことなら、良いんだけど」
「ありがとう。さあ、もう戻りましょ。皆、待ってくれているわよ」
 聞き分けてくれた真琴の頭を一度、少し強く撫でると、わたしは彼女を解放して立ち上がる。真琴はそれに小さく頷くと、先にリビングのほうへ戻って行った。
 多くの人間は自分と違うもの、理解出来ないものを許容することが出来ない。本能的な部分に起因する恐怖は、彼らを簡単に恐慌状態に陥らせてしまうからだ。
 真琴に言ったように、皆のことを信じていないわけじゃないし、生物の生存本能に異を唱えるつもりもない。ただ、その結果として耐え難い苦痛を味わうのもまた、同じ心を持った“ヒト”であることを覚えておいて欲しいのだ。
 そのためにも、今は少しずつ、ゆっくりと知っていってもらわないといけない。例えどんな力を持っていて、人とは違う存在であっても、真琴は真琴で、たまもはたまもなのだと、皆が分かってくれるように。
 ――わたしも、頑張らないと。
「そうですね」
 心の中で呟いたはずのそれに、いつの間にか隣に立っていたたまもが嬉しそうに頷く。いえ、何となくそんな気配は感じていたのだ。
「あなた、わたしの心を覗いていましたね」
「あら、いけませんでしたか? わたくしはてっきりお気づきになられていて、あえて見せてくださっていたものとばかり思っていたのですけれど」
 しれっとした態度でそう言うたまもに、わたしはこれみよがしに溜息を漏らす。
「確かにあなたに心を許しているという自覚はあります。けれど、そこにある感情まで勝手に持って行くのはどうかと思いますよ」
「分かち合いたいのです。喜びも、怒りも、悲しみも。あなた様の感じておられるすべてを、わたしもこの身で、心で、感じたい。この願い、聞き入れてはいただけませんか?」
「はぁ、たまもは欲張りなのね」
「わたくしだけではありませんわ。恋し、愛を知れば、女は途端に貪欲になる。そういう生き物なのです」
 艶然と微笑むたまもに、わたしはもう一度溜息を吐く。敵わないのだ。いや、元より似非物の女でしかないわたしが、数千の齢を重ねて尚、輝きを失わずにいられる本物の美女に敵うはずもない。
「……分かりました。でも、そういうのは出来れば次から二人きりの時だけにして下さいね」
「?」
「その、気持ち良くて、無防備になってしまいそうですから」
 少し顔を赤くしながらそう言うわたしに、たまもの顔に笑みが浮かぶ。良いことを聞いた、そんな笑顔だ。
「では、今宵は身も心も一つに」
「……言ってなさい」
 からかいモードに入ったたまもを置いて、わたしは真琴を追ってリビングへと入る。そこは祐一を中心に混沌を形成しており、もう大分良い時間だというのにまだまだ収まりそうになかった。
   * * * * *
  Maika Kanonical〜奇跡の翼〜
  第17章 夜明け前の怪異、その前兆
  * * * * *
「では、わたしはそろそろお暇します」
 嫉妬の嵐に呑まれてぐったりとしている祐一を横目にそう言うと、天野は空になった湯飲みを置いて席を立つ。
「送りましょうか。この頃は何かと物騒ですし」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
 送っていくというわたしに、彼女は少し考えるような素振りを見せると、そう言って頭を下げた。相変わらず礼儀正しいというか、物越しの上品な娘さんだ。
「今、何か失礼なことを考えませんでしたか?」
「まさか。そう言う天野さんこそ、同じ女のわたしが送るって言うのに、少しも不安そうじゃないじゃないですか」
「それは……」
「はいはい。どうせわたしは、頼もしい女ですよ。良いんです、遠慮しなくても。天野さんだって、わたしのこと、強姦なんて歯牙にも掛けないと思ってるんでしょ」
「いえ、寧ろ熊も裸足で逃げ出すくらいかと」
 わざとらしくいじけて見せるわたしに、天野はうっかりと言った様子で本音を漏らしてくれる。なるほど、天野はわたしのことをそんなふうに見ていたわけだ。
「あ、あの、今のはその、言葉のあやと言いますか」
「いいえ、構いませんよ。だって、その見解は概ね正しいんですもの」
「えっ?」
「そう、あれは友人の仕事の手伝いで、北海道は旭川まで出掛けた時のことでした……」
 困惑する天野に、わたしは真顔でそんなことを言う。物語の語り手のような調子でメリハリを利かせて、最後に少し遠い目をして締め括るのだ。
 騒いでいた人たちもいつの間にか大人しくなって、わたしの話に耳を傾けていた。
「なんてね。まさか、幾らわたしでも素手で熊を相手にして、返り討ちにするなんて出来るわけないじゃないですか」
「あ、あははは、そうですよね。幾らなんでも」
「ですよねぇ。まったく、舞歌さんの話し方が上手いから、つい引き込まれて信じちゃうところだったじゃないですか」
 軽く場を解すようなわたしのその言葉に、佐祐理さんと名雪がそう言って笑う。しかし、わたしの実力の一端を知る真琴や舞は、そうはいかないようだ。
「……舞歌ならやりかねないわよね」
「…………こくこく」
「そこ、聞こえてますよ」
「あぅ」
「舞歌は卑怯なくらい強いから」
 軽く怒ったふりをして見せるが、二人とも分かっているらしく、顔を見合わせて肩を竦めるばかりだ。というか、舞は腕力だけならわたしより強いのに、えらい言われ様である。
「あの、本当にそろそろ……」
「そうでしたね。では、ちょっと行って来ます」
「ごちそうさまでした」
 キッチンで洗い物をしている秋子さんにそれぞれ声を掛け、わたしと天野は水瀬家を出る。この時はまだ、何も変ったことはなかったのだ。
 ただ、出掛けるために一度部屋へと戻ったわたしは、無意識に仕事用のほうのコートを取ってしまった。この所いろいろあって、こちらを使うことのほうが多かったからだろう。
 しかし、あまり天野を待たせるのも悪い。そう思って、わたしはそれをそのまま着ることにしたのだけど、何か予感でもあったのだろうか。
 その選択が、後にわたしの命を救うことになった。
 天野と二人、夜道を歩く。時間が時間だけに、商店街を過ぎた頃には、あたりに人の姿を見つけることも難しくなっていた。
 天野の家は住宅街の中でも割と商店街寄りの場所にあり、そこから朝も早くに町外れの神社まで掃除をしに行っているというのだから、大したものである。
「実家の手伝いですから」
 褒められる程のことでもないと言う天野は、やはり、何処か物越しに上品さを感じさせた。これでお洒落な格好でもしていれば、佐祐理さんとはまた違ったタイプのお嬢様に見えたことだろう。
「天野さんのほうが余程似合いますね」
「はい?」
「いえ、わたしがこちらに来る前に通っていたのは、地元では有名なお嬢様学校でして、わたしのような庶民は少数派なんです」
「はぁ」
「それで、浮いてしまわないように、見よう見まねでそれっぽく振舞っていたんですけど、やっぱり本物には敵いませんでした。その点、天野さんなら違和感ないなと思いまして」
 嫌味にならないように、わたしがなるべく自然な笑顔をオプションにそう言うと、天野は何故か顔を赤くして慌て出す。
「そんな、わたしなんて、地味なだけですって」
「服装とかは確かにそうですけど、中身は十分素質があると思いますよ。せっかくですから、わたしがコーディネイトしてあげましょうか」
「あぅ」
 目を輝かせながらそう言って迫るわたしに、天野は更に顔を赤くして後退る。何か、こういう彼女も新鮮で良いわね。可愛いし。
「か、考えておきます……」
 堪りかねたようにそう言うと、天野はすぐ側の民家の敷地内へと逃げ込んだ。表札を見れば、そこはもう彼女の家だった。
「送ってくださってありがとうございました。それと、今夜は楽しかったです」
「またいつでもいらっしゃい。わたしも秋子さんたちも歓迎するから」
「あ」
「どうかした?」
「い、いえ、では、おやすみなさい」
 首を傾げるわたしに、天野は慌ててそう言って頭を下げると、家の中へと入っていった。こういうのを見ると、やっぱり彼女も可愛い女の子なんだなと思う。
「またね、美汐ちゃん……」
 呟くようにそう言うと、わたしは踵を返して天野家の前を後にする。よく女の子の一人歩きは危ないと言われるけれど、わたしの場合、それが当て嵌まるのは童謡に謳われる怪異の道くらいのものだ。
 しかし、今宵はどうやらそういう道に迷い込んでしまったらしい。
 ――道の両側に等間隔で設置された街灯。
 質量を増した濃紺の闇の中、それが何処までも続いている様は、正に怪異の具現だった。
「たまも……」
 声に出して呼び掛けると、一拍置いてすぐ傍らに彼女の気配が出現する。
「あなたの力でこの怪異をどうにかすることは出来ますか?」
 問われた彼女は軽く辺りを見渡すと、申し訳なさそうに首を横に振った。
「残念ですが、今はまだどうにもなりません。こちらから干渉するにしても、曖昧過ぎて逆にどのような変異を来たすか分からない程です」
「そうですか……」
「申し訳ございません」
「良いんですよ。それに、今はまだ、と言うことは、状況が変りさえすれば、どうとでもなるということなのでしょ?」
「それは、……その通りでございます」
 不敵な笑みを浮かべてそう尋ねるわたしに、たまもは少し困ったような表情を浮かべて頷く。見透かされたことが恥ずかしいのか、その頬は少し赤い。
「なら、今は待ちましょう。刻が満ちる前に体勢を整えて、完全に消滅させるんです。期待していますよ」
「……仰せのままに」
 主としての態度でそう言うわたしに、たまもは恭しく頭を垂れる。公私をきっちり分けるのは、わたしなりのけじめで、たまももそれには賛同してくれている。
 対魔師とは、あくまで防波堤でなければならない。怪異の波打ち際にあって、それが日常を侵食するのを防ぐのだ。
 しかし、怪異を退け得る力は、それを知らないものの目には同じ怪異にしか映らない。その結果として、護るべき日常を壊してしまっては、本末転倒というものだった。
 それにしても、たまもに続いて、黄泉路の門まで出てくるとは、これはもうわたし一人の手に負える段階ではないのではなかろうか。
 ――そろそろ潮時、なのかもしれませんね。
   * * * つづく * * *



真琴も何やら出来るようになっているし。
美姫 「まあ、まだまだみたいだけれどね」
にしても、またしても大きな事態が。
美姫 「本当に息吐く暇もなしね」
ああ、どうなっていくんだろうか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。



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