* * * * *

 燦々と降り注ぐ陽光。

 それを受けてきらきらと煌く海は空のそれとはまた別の澄んだ、それでいて深い青を湛えている。

 そこは南国。

 赤道に程近いその島はリゾート地として有名なハワイ諸島の一角にあって、多くの観光客で賑わっていた。

「耕介お兄ちゃん、早く早く!」

 砂浜へと数歩駆け出したところでくるりと振り返り、手を振りながら大声で恋人の名を呼ぶのはさざなみの皆の妹こと、仁村知佳その人。

 下ろし立ての真っ白なワンピース水着に身を包み、嬉しそうに手を振る姿は彼氏とバカンスを楽しむ女の子そのものである。

 本日10月4日は仁村姉妹の誕生日。

 友達や家族からプレゼントをもらい、耕介の料理で誕生日パーティーの名を借りた宴会を開いて盛り上がる。例年であれば、そんな過ごし方をしているはずの知佳が何故耕介と二人きりでこんなところにいるのか。

   * * * * *

  仁村知佳 誕生日記念SS

  present dream

   * * * * *

 ことのはじまりは9月も半ばに差し掛かったある日のこと。

 リニューアルオープンした駅近くのデパートでアリスが福引に挑戦したところ、見事特賞を引き当てた。

 実は彼女、知る人ぞ知るとんでも強運の持ち主で、他にも1等から5等までの景品を独占するというありえない快挙を成し遂げていたりする。

 ところが、スケジュール調整のために開いたアリスの手帳は、10月末まで仕事で埋まっており、とても南国リゾートを楽しむ余裕などなかったのだ。

 マネージャーに泣きついてもこればかりは無理と言われ、だが、せっかくのチケットを無駄にするのももったいないということで、彼女はこれを知佳に譲渡することにした。

 南国の高級リゾートホテルで2泊3日。

 誕生日プレゼントとしては少々、いや、かなり豪華過ぎる気がするが、元手はタダなので気にすることはないと言われ、知佳は有難くそれを受け取ったのだった。

 ちなみに、タダなのはホテルだけで、往復の旅費は自己負担だったりするのだが、これはティナが長距離テレポートで送迎することで、あっさり解決することとなる。

 これにより、金曜の夕方に飛んで、日曜の夜に帰ってくるというスケジュールが立てられ、知佳の大学に影響が出る心配も無くなった。

「こら、知佳。先に日焼け止め塗っとかないと、あっという間に真っ黒になっちまうぞ」

 南国の日差しは強い。ただでさえ色白な知佳の肌では、たちまち深刻なダメージを負って泣くことになるだろう。

 日焼けも度を過ぎれば痛みを伴う。せっかく二人で遊びに来たのに、そんなことになっては元も子もないではないか。

 そう思って知佳を呼び戻した耕介だったが、彼は後にその発言を少しだけ後悔することになる。

「じゃあ、はい。これ」

 言われたことを想像でもしたのか、慌てて戻ってきた知佳はポーチの中から小さな瓶を取り出すと、そう言って耕介に差し出した。

「俺にこれをどうしろと?」

 差し出された瓶のラベルを見てすぐに彼女の言わんとするところを理解しながらも、一応そう尋ねてみる。その顔に暑さによるものとは別の汗が伝っているのは言うまでもない。

「腕や足はともかく、背中だと手が届かないところもあるから」

 そう言って、シートの上に寝そべった知佳は、既に水着の肩紐を外して背中を出していた。水着の白とは違う、それ以上に見慣れた白に、耕介の理性が悲鳴を上げる。

「待て待て待て。こんなとこで、そんな格好になるんじゃない!」

「でも、ホテルの部屋まで戻ってたら、その分遊ぶ時間が減っちゃうし、だからって塗らずに遊んだら真っ黒なんでしょ。わたし、どっちも嫌だよ」

「いや、まあ、気持ちは分かるけど、恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしいに決まってるじゃない。だから、早く塗って」

「……わかった」

 知佳に顔を赤くしながら急かされ、耕介は覚悟を決めると、日焼け止めクリームの瓶の蓋を開けて中身を手に取った。

「あ、な、何かくすぐったいよ……」

「我慢しろ。こういうのはちゃんと塗っとかないと、効果がないんだから」

 身を捩る知佳の背中に満遍なくクリームを塗り広げていく耕介。周りが家族連れか恋人たちばかりのせいか、そんな二人に嫉妬や羨望の視線が集まることもない。

「それじゃ、改めて」

 全身ばっちり日焼け対策を施してもらい、再度海へと向かって駆け出す知佳。今度は耕介もその後に続き、二人は勢いよく南海の青の中へと飛び込んでいった。

   *

 そして、夕刻。

 南国の開放感に引きずられるように、知佳と一緒になって遊びまくった耕介は、すっかりへばってしまっていた。

 今年で24歳になる彼だが、普段は管理人業務の忙しさにかまけて遊ばないため、偶に遠出すると疲れてしまうのだった。

 今回の旅は、普段働いてばかりの耕介に対する慰労の意味もあったのだが、これでは本末転倒というものである。

「もう、耕介お兄ちゃん、大人なんだからきちんと自己管理しなきゃダメだよ」

 部屋に戻った途端にベッドへと倒れ込む耕介に、知佳が呆れたようにそう言った。

「悪い。でも、二人きりでこんな遠くまで来るなんてこれが初めてだからな。今回だけは大目に見てやってくれ」

「はいはい。分かったから先にシャワー浴びちゃおうよ。もう乾いちゃってるけど、さすがにそのままじゃ身体に悪いから」

「ういっす」

 ベッドの上でぐでーんとなっている耕介を引っ張ってバスルームへと連れて行く知佳。甲斐甲斐しく世話を焼くその姿はさすが、皆の妹である。

「って、一緒に入るのか?」

「今更何言ってるの。お夕飯の時間までもうあんまりないし、ほら、早く脱いだ脱いだ」

「分かった。分かったから引っ張るなって」

 さすがに女の子の手で素っ裸にされるのは、男として情けないと思ったのか、耕介はそう言って知佳の手から逃れると自分で水着を脱ぎに掛かった。

「わぁ、高級ホテルのお風呂って広いんだねぇ」

 スライド式のドアを開けて浴室へと足を踏み入れた知佳は、その広さに思わず感嘆の声を漏らす。

「へぇ、ホテルの個室にある風呂っていえば、何処もユニットバスだとばかり思ってたけど、これはすごいな」

「ねぇ、耕介お兄ちゃん。背中流しっこしよ」

「お、良いな。それじゃ、先に洗ってやるから、そこ座りな」

 知佳の提案に耕介も頷き、そう言うとちょいちょいとお風呂椅子を指差す。

「先、頭からね」

「分かってる。せっかくのきれいな髪の毛が潮風とか海水とかで痛んだりしたらもったいないもんな」

「えへへ、ありがと」

 言いながら、一房ずつ手に取って丁寧に洗っていく耕介。無骨な指先に髪の毛を撫でられる感触に、知佳は気持ち良さそうに目を細めた。

   *

 夕食は夕日の見える窓際の席を取ることが出来た。

 料理は日本では珍しい食材を使ったものもあり、料理人としての耕介を飽きさせない。

「きれいだねぇ……」

 南国フルーツをふんだんに使ったパフェをスプーンで掬って口へと運びながら、知佳は窓から見える風景へと目を向けてそう言った。

「ああ、でも、知佳のほうがずっときれいだよ」

「耕介お兄ちゃん、酔ってるでしょ」

 恥ずかしいセリフを臆面も無く言ってくる耕介に、知佳は嬉しいやら恥ずかしいやら。

「まあ、でも、偶にはこういうのも悪くないよね」

「そう気軽に来れるもんでもないけどな。海外なんて、新婚旅行が最初になると思ってたよ俺は」

 苦笑しながらそう言う知佳に、耕介も頷くとメインの肉料理に合わせて注文したワインを傾ける。

「え?」

「そんな驚くことか。こんなに豪華なのは無理でも、それくらいの甲斐性は俺にだってあるつもりなんだけどな」

 新婚旅行というところに驚く知佳に、苦笑しながらそう言うと、耕介はグラスを置いて懐から小さな箱を取り出した。

「結婚しよう。今すぐじゃなくて良い。知佳が大学を卒業して、きちんと独り立ちしてからなら、きっと真雪さんも認めてくれるはずだから」

 そう言ってその小箱を差し出す耕介に、知佳は嬉しさのあまり思わず泣き出してしまった。

 高校を卒業したときにはまだ早いと言われ、それ以来、耕介がその話をすることはなかった。だから、本気で考えてくれていないのではないかとずっと不安だったのだ。

 その夜、耕介と一緒のベッドに入った知佳はいろいろな意味で興奮してなかなか寝付けなかったとか。

   * * * fin * * *




  あとがき

どうも、気がつけば9月も半ばを過ぎていて、慌ててこのような拙作を書き上げたお間抜け作家の安藤龍一です。

知佳「ほんと、お間抜けさんだよね」

龍一「うっ、分かっちゃいるが、君に言われるとグサっとくるな」

知佳「しかもこれ、天使の羽根の物語の一年後だよね?」

龍一「そこは出来れば突っ込まないでください」

知佳「まあ、わたしは良い思いしたから良いけど」

龍一「ほっ」

真雪「で、同じ誕生日のあたしには何もないってのはどういうこった」

龍一「い、いや、最初は前半知佳と耕介で、後半を真雪さんと知佳の話にする予定だったんですよ」

知佳「えっ、そうなの?」

龍一「ほら、本編でああいうことになったからその報告も兼ねて、南国土産の珍しい酒で飲むって展開をちゃんと脳内で用意していたんだ」

真雪「それを文にして書き足せ。今すぐだ」

龍一「む、無理っす。タイトルの関係で今回は夢落ちにするって決めたんですから。今更変更なんて出来ないし、そもそも書き足してる時間なんてありませんよ」

真雪「このへたれ作者め」

知佳「ちょっと待って。夢落ちって一体どういうこと?」

龍一「うむ。今回の南国旅行は咲耶とクリスフィード姉妹の三人掛かりでの演出で、そういうプレゼントなんだよ」

真雪「ああ、だからこのタイトルなわけか」

知佳「じゃ、じゃあ、あれは全部夢だったの……」

龍一「シチュエーションはな。でも、耕介も同じ夢を共有していたから、二人にとっては現実だ。ちなみに、指輪は耕介からのプレゼントとしてちゃんと残っているぞ」

知佳「良かった」

真雪「で、結局、あたしのSSはないのな」

龍一「済みません。今度、咲耶を経由して、天上界の美味い酒を送りますんで、それで勘弁してください」

真雪「ちっ、しゃあねぇな。今回はそれで許してやるよ」

龍一「では、いつもながら拙作を読んでくださった方、ありがとうございました」

知佳「ありがとうございました」

真雪「次はあたしのも書かせるからな」

龍一「また自戒作でお会いしましょう」

知佳「って、字が違ってるよ」

   * * * * *





知佳ぼ〜、誕生日SS〜。
美姫 「真雪がないのがちょっと可哀想だけれどね」
まあ、知佳の方はは喜んでいたみたいだな。
美姫 「安藤さん、ありがとうございました〜」
ました〜。



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