仁村知佳 誕生日記念SS
present dream after
* * * * *
真雪は不機嫌だった。
徹夜明けということもあるが、何よりその原因は彼女の妹だ。
あくびを噛み殺しながらリビングへと入った真雪は、そこでいつになく機嫌の良さそうな知佳を発見した。
今日は自分たち姉妹の誕生日である。逸早く耕介にプレゼントでももらったのだろう。
分かりやすいというか、交際を始めて既に何年も経つというのに、二人のラブパワーは衰えるどころかどんどん強くなっていっている。
さすがに節度のある交際をしているようで、それに関しては姉の真雪からは別段何か言うこともないのだが、あまり甘ったるい空気を振り撒かれると一人身の彼女としては少々居心地が悪かった。
まあ、今回の不機嫌の理由はそこではない。
軽く挨拶を交わし、今日の新聞を手に知佳の対面へと腰を下ろした真雪は、妹の左の薬指に見慣れない指輪がはまっているのに気づいた。
指輪に付いている虹色に輝く石は小さいが本物のオパール、十月の誕生石だ。
耕介の奴、ずいぶんと奮発したじゃねえか。
そんなことを考えつつ、真雪が何となくその指輪を見ていると、視線に気づいた知佳が慌てたように左手を後ろに隠した。
そう、これだ。
誕生石の付いた指輪と、まるでそれを見られては困るとばかりに隠した知佳の態度。そこから導き出された結論に、途端に真雪の表情が不機嫌なものになる。
あいつら、付き合い出したときもそうだったが、どうしてすぐにあたしに報告しないかね。
別段やましいことでもない。寧ろ、姉としては祝福してやりたいというのに、当人たちが二の足を踏んでいるせいでこちらから動くことが出来ない。
タバコを銜え、新聞を広げて顔を隠す。要するに、良いからさっさと言いやがれと態度で示しているのだ。
「あ、あの、お姉ちゃん、何か食べるよね?」
途端に不機嫌になった真雪に、知佳は慌てたようにそう言って機嫌を取ろうとする。
「キムチチャーハン、二人前」
「えっと、朝からそんなにたくさん食べるの?」
「一つはおまえの分だ」
「ええっ、わ、わたし、もう朝ごはん食べちゃってるし、そうでなくてもあんな辛いの食べられないよ」
「つべこべ言わずに付き合え」
慌てて逃げ出そうとする知佳を捕まえると、真雪はそのままの体勢でキッチンで洗い物をしている耕介へとそれをオーダーする。
「はい、キムチチャーハン二人前っすね。って、何やってるんすか?」
オーダーを確認しにリビングのほうへと顔を向けた耕介は、真雪に腕を捕まえられてじたばたともがいている知佳を見て頓狂な声を上げた。
「なに、こいつが偶にはあたしと同じものを食べてみたいなんてかわいいことを言ってくれるもんだから、つい嬉しくなってな」
「言ってない!わたし、そんなこと言ってないよ」
「知佳、照れ隠しに暴れるのはどうかと思うぞ。かわいいけど、真雪さん困ってるじゃないか」
「こ、耕介お兄ちゃんまで何言ってるの!?」
「んじゃま、料理のほうは頼んだぞ」
暴れる知佳をがっちりフォールドしながらそう言う真雪に、耕介は微妙に引き攣った表情で頷くとキッチンに引っ込んでいった。
「うう、舌がひりひりするよぉ……」
結局、一人前すべて平らげさせられた知佳は、食後数十分に渡って唐辛子の辛味に舌を虐められ続けたのだった。
「耕介お兄ちゃんの裏切り者」
「すまん、知佳。俺も真雪さんのあの目には勝てなかったんだ」
「はぁ、良いよ。うっかりしてたわたしも悪いから」
謝る耕介に溜息を吐きながらそう言うと、知佳は普段より数段甘くしたミルクティーを口に含む。少しでも舌に残った辛味を中和しないと痛くて堪らないのだ。
「それにしても、真雪さん。あれは完全に気づいてるな」
「だね。わたしの指輪見た後から機嫌悪くなったし」
「これは早急に報告しないとやばいな。主に俺の命が」
二人が付き合っていると報告した時のことを思い出し、耕介の顔がみるみる蒼くなる。
「だ、大丈夫だよ。今回はまだ何時間も経ってないんだから。予定通り、今夜に二人で報告しよ」
*
そして、夜。
「で、あたしに話って何だ?」
二人はピリピリした空気を纏った真雪の前に立っていた。前回はかなり長いこと待ってくれていた彼女だが、今回はそうもいかないらしい。
報告する内容が内容だけに、耕介は以前の二の舞になることを覚悟する。
そして、あるだけの勇気を掻き集めると、耕介は口を開いた。
「実は俺たち、婚約したんです」
その瞬間、真雪から殺気が噴き出す。それはもう、ツキノワグマも裸足で逃げ出すような凄まじい殺気だ。
「いつだ」
そんな殺気とは裏腹に、静かにそう尋ねる真雪に、耕介は思わず唾を呑み込んだ。
「昨日、……いえ、正確には今朝方になりますか」
「そっか」
素直に答えた耕介に、真雪は一言そう言うと小さく息を吐いた。同時に凄まじかった殺気も霧散する。
「それで、式はいつにするんだ?」
「えっと、とりあえず、知佳が大学を卒業してからにしようかと」
「何だ、まだ大分先じゃねえか。せっかく、こいつの似合わないウエディングドレス姿を拝んでやろうと思ったのによ」
「ちょっと、お姉ちゃん!いくらなんでもそれは酷いんじゃない」
「知るか。大体、おまえにドレスなんて生意気なんだよ。そういうのはもっと背とか胸とかでかくなってからにしやがれ」
姉に気にしていることを言われ、ガーン、という擬音付きで落ち込む知佳。
「お、おい、軽い冗談じゃないか。そんな落ち込むなよ」
「良いもん。どうせ、わたしは背も胸もちっちゃいもん。でもね、少しずつ、本当に少しずつだけど、ちゃんと育ってるんだよ」
「ああ、分かった。分かったから泣くな。お、おい、耕介、見てないで何とかしやがれ」
「知りませんよ。真雪さんが悪いんですから」
「てめぇ、耕介。おまえ、それでも婚約者か」
涙ぐむ妹におろおろし、耕介に助けを求めるも拒否され、終いにはうがーっと吼える真雪。そんな彼女を見て、泣いていたはずの知佳は思わず吹き出してしまった。
「あ、あははは」
「ち、知佳、てめぇ、あたしをからかってやがったな!」
「普段のお返しだよ」
からかわれていたことに気づいて軽く睨むも、知佳はぺろりと舌を出してそんなことを言う。
「ま、まあまあ、真雪さん抑えて。普段ご自分がしてることに比べたら、これくらいかわいいもんじゃないっすか」
「んだと。耕介、てめぇも共犯だっただろうが。しかも、何か聞き捨てならないことを言ったな」
「げっ」
「ちくしょう。おまえら二人そろってあたしをコケにしやがって。こうなったら自棄酒だ。おい、耕介。有りっ丈の酒、それとつまみもだ。すぐに用意しやがれ」
「イッ、イエッサー!」
頭をがしがしと掻きながら耕介にそう命令する真雪。耕介は逆らえるはずもない。
「あ、あの、お姉ちゃん……」
「おめでとうなんて、言ってやんねえからな」
「そんなぁ。せっかくすぐに報告したのに」
「うっせぇ。そんなの当たり前だろうが。そもそも、妹の分際で姉をからかうたあ、良い度胸じゃねえか。ちょっと、そこに座れ」
お説教モードになって床を指差す真雪に、知佳は条件反射的に背筋を伸ばして正座してしまった。その瞬間、真雪の顔にニヤリと嫌な笑みが浮かぶ。
「あっ、図ったわね」
それに気づいた知佳は慌てて逃げ出そうとするが、いつの間にか背後へと回っていた真雪に肩を押さえられてしまった。
「まあ、待て。今日はおまえらのめでたい日なんだ。主役がいなくてどうする」
「自棄酒って言ってたじゃない。そもそも、わたしまだ未成年だよ」
「つべこべ言わずに付き合え。さもなくば、耕介を脅しておまえの恥ずかしい姿について根掘り葉掘り聞いてやるぞ」
「そんな、理不尽な!」
姉に脅迫され、動くに動けない知佳。そうこうしているうちに耕介が戻ってきて、三人での宴会が始まってしまう。
「真雪さん、これ、俺と知佳からプレゼントです」
「お、変わった酒だな。なになに、……一撃必殺、天上天下。って、何だこりゃ?」
「咲耶に紹介してもらったお店の通販で買ったんだよ。何でも、天国に逝けるお酒なんだって」
「天にも昇る心地になれるって意味か。そりゃ、すごそうだな。それじゃ、早速……」
耕介から渡された酒を開け、お猪口に注ぐ真雪。
「ほれ、知佳、おまえも飲め」
「だ、だから、わたし、未成年」
「飲めないとは言わせねえぞ。こちとら佐伯の嬢ちゃんから聞いてるんだ。おまえ、結構いける口なんだってな」
「あう、理恵ちゃん〜」
「ってなわけで、かんぱーい!」
けらけらと笑いながら軽くお猪口を掲げると、真雪はそれを一気に呷った。
* * * fin * * *
あとがき
龍一「えっと、そういうわけで、続きです」
知佳「何がそういうわけなのか分からないよ」
龍一「お、知佳、何か顔が赤いぞ」
知佳「明け方までまゆお姉ちゃんに付き合わされてたからね。それで、何がそういうわけでなの?」
龍一「ほら、前のあとがきで美姫さんが真雪さんの出番がないのはかわいそうだって言ってただろ。だから、誕生日に間に合うかどうかは別として、こうして書いたわけだ」
知佳「なるほど。何かまゆお姉ちゃんの性格が変わってるような気がしないでもないけど」
龍一「ま、まあ、大丈夫だと思いたいな(汗)」
知佳「それはさておき、何なのあの何処から突っ込めば良いか困るような名前のお酒は」
龍一「そこは深く考えない。みなさんも作者のお遊びだと思って、見逃してください」
知佳「ま、良いけどね」
龍一「では、今回はこのあたりで失礼します」
知佳「お酒は二十歳になってからだよ〜」
龍一「で、ではでは」
* * * * *
美姫の我が侭ですみません。
美姫 「これで仁村姉妹揃っておめでと〜う、ね」
お前は少しは大人しくしてろよ。
美姫 「何でよ!」
いや、何でって……。
美姫 「安藤さん、ありがとうございました」
ありがとうございます。