涼宮ハルヒの終焉

 

本章第5話

 

魔王の力

 

 

考えてみれば、てんで浅はかなことだ。

TFFIの情報制御下となった文芸部室の扉の前で、舌打ちをする。

彼女が――いや彼女の作り主である連中があの程度の脆弁で納得するはずがない。となると、なにか俺に仕掛けてくるのは至極当然のことなのだが、まさかいきなりこういう手でくるとは……

 

「主流派にしちゃあずいぶんと強引なんじゃねえか?」

 

背を向けたまま、多少ドスの利かせて威嚇するように声を放った。慌てふためいたキョン君の彼女の名を呼ぶ声が聞こえるが、それを完全に無視して彼女は淡々と感情が乗っていない声で俺に返してきた。

 

「現在私の機能は情報統合思念体と一時的にダイレクトリンクしている。私を通してあなたの回答を受け取った情報統合思念体は、それが不十分なものと判断し全体一致であなたの捕獲を決定した」

 

 

全体一致っておいおい、連中はそんなに俺の存在が気になるのか? いやもうそんなレベルじゃねえな。空腹の中森をさ迷っていたところに極上の子山羊を目にしたファングのように貪欲だ。それが木の上だろうが滝壺の中だろうが、迷わず飛びかかろうとするなまじ正気を失って狂気に身を任せるそれと同じだ。上層世界という名の自分たちが知らぬ情報を前に手段を選ぼうって気がないように見える。そういえば向こうの連中も最初は俺を介して第六層界への通行手段を探ってたな。情報が読んで字のごとく命の奴らにとって自分たちの認識している以外の世界は魅力的らしい。まあその分その世界のオリジナルの情報を得ることができるから当然ちゃあ当然か。

だが向こうはこんな無謀としか言いようがない暴挙に出ることはなく、あくまで穏便な接触を図ってきた。俺という存在を十分に理解し、行動していたのだ。それがこちらの連中ときたら。おそらく有希ちゃんとリンクしているのは彼女の創り主だけではない。ほとんどの思念体とリンクしているはず。それは彼女にとって大きな負荷となっているだろう。おそらく彼女の体にガタがくるほどの。それは連中が一番わかっていることだ。にもかかわらず……

 

そこで俺は踵を返して、彼女をじっと見据えた。彼女の両側の2人はいきなりの展開と彼女の行動に足がすくんで動けないと言った状態で彼女に視線を向けている。そりゃ普段おとなしいというか自分から動かない有希ちゃんがこんな強引なことをしたんだ。驚くなというほうが無理だ。にしてもこの2人全くの蚊帳の外だな。この狭い空間で、この俺を捕まえようとして2人がとばっちりを受けるとか考えてないんだろうか? それほど俺の捕獲が容易と思ってるのか、それとも連中はこの2人がどうなろうとお構いなしなのか。もちろんはく製のような彼女の顔からはそれをうかがい知ることはできない。ダイレクトリンクが継続中の上に情報制御、相当きついだろうにそんなことは全く感じさせないその冷たい表情の裏でどれほどの負荷に耐えているのやら。そしてそれで捕獲できると思っているところがまた……

 

「愚かだな」

 

彼女の眉がわずかに弾んだ。

 

「この地上全体の記憶を弄ってまで踏み入ってきたこの俺をただの平行世界から来た人間だと判断し、たかがヒューマノイド1体で捕獲しようなど。進化が止まったどころか退化してボケてきてんじゃねえのか。君の上司たちは」

 

ダイレクトリンクしているなら俺の声も直接奴らに届いているはずだ。自分たちにとって低級で低脳な存在であるはずの人間に小馬鹿にされたらどんな気持ちだろうな。考えると愉快でたまらん。彼女に向って挑発の笑みを浮かべながら、ブレザーの胸内ポケットに手を突っ込む。

 

拳銃でも出すのかと思ったらしく、有希ちゃんの両側の2人は顔を引きつらせて一歩分体を引かせている。そんなことは気にせず俺は、そこに仕舞ってあったものを取りだしてその中にあった数本のうちの一本をつまみとって口にくわえた。

 

「タバコ……?」

 

キョン君が呆けているのを尻目にタバコのボックスと共に手にしたライターでくわえた煙草に火をつけた。 そして生み出された煙を呼吸と共に吸い上げる。 わずかに甘い感覚が舌を擽らせ、吸いこんだそれが肺へと流れ込んできた。

ふう、やっと吸えた。前に吸ったのはここに来る直前だったから大体五時間ぶりか。俺にしては良く持った方だ。本来なら学校を出るまで我慢するはずだったが、こんな外部と切り離された空間に閉じ込められちゃあ吸わずにはおれん。有希ちゃんには少しばかり感謝しないといけないな。だがだからってここで大人しく捕まってやるわけにもいかんが。

 

「厚顔無恥というかなんというか。ちぃっとばかし人類よりも進んだ技術を持ったたかだか人間モドキのマリオネットを創れる程度の情報の寄せ集めが、恐いもの知らずか。身の程知らずもいいとこだ」

 

その時、意外な人物が俺の言葉に反応して見せた。

 

「おい……聞き捨てならねぇなぁ先輩よぉ。長門が、人形だと? 初対面で随分分かった風に言いやがってっ!!」

 

おっと、これはこれは今まで得体の知れない俺を前に彫刻となっていたキョン君が声を上げて反論するとは。てっきりそれは一樹の役だと思ったんだが、やはり世界が違うと個々の他者への思い入れも異なるのか。

威勢良く声を上げたが、俺が視線を彼のそれとぶつけると右頬に冷や汗を一滴たらしながら再び身を引かせた。しかしそれでも、彼は負けじと言葉を続ける。

 

「長門はっ!! ――……長門は表面上こそ能面に見えちまうがちゃんと心があるんだ。それこそ、あんたみたいなのらりくらりとした言い回しばかりの野郎とは違う、強い心を持ってるんだっ!! パトロンの指示にだけ従ってる人形なんかじゃ絶対ねえ!」

 

……なんともまあ、モクの肴にはちょうどいいほどに晴れ晴れしたタンカを切るもんだ。

まるであの時の彼のように、そのちっぽけな存在に似つかわしくないほど熱いモノを眼に宿してこの俺と対峙して見せるか。

フッとわずかに口元がにやける。

余計なことを考えず、ただ真っ直ぐにただガムシャラに俺に向かって言える君こそ強い心を持っているよ。強い存在、強い人間だよ。なんとも素敵なことだ。だが、それにはあまりに無知すぎる。

 

「君が、いや君たちがそう思おうと彼女の創り主にはまぎれもなくそうなんだよ。連中にとっては彼女の存在など、進化の手掛かりを探る手段でしかない。いくら彼女自身に意思があっても連中の判断一つで彼女の処遇はどうにでもなる。連中、彼女たちTFFIがどうなろうと欲しいのさ。永遠の命ってやつが」

 

タバコをつまみ、灰を落とす、あとで再構成するだろうから問題はなかろう。そうして再びタバコを口にくわえてモクを吸い上げていると有希ちゃんの眼から強いモノが生まれているのに気づいた。

 

「私という個体もあなたという存在に強い関心を抱いている。あなたを、あなたの言う上層の世界をもっと知りたい。だから情報統合思念体の指示がなくとも」

 

突如彼女の頭上に光の粒が無数に発生しそれが混ざりあってグニャグニャと形を変えていき、やがて先端の尖った杭のような形に収まった。そして……

 

「私自身の意思であなたを捕獲する」

 

彼女の囁きと共に俺の体目掛けて突っ込んできた。しかし光の粒が集まっている時点で、攻撃の意図をこちらに示しているようなもの。体半分横に動かすだけでその光る杭は俺の脇を通り過ぎ背後の壁に突き刺さって、轟音とともに舞い上がった灰色の塵煙が俺の体を覆っていった。

 

どうやら、読み違えていたようだ。不意に笑いがこみあげてくる。ただ上に従っているだけだと思っていたが、彼女自身も好奇心にその身を委ねていたとは。しかもこんな炭素と鉄の浮遊粒子を混ぜ合わした無重力物理学の髄のような杭に神経麻痺系統のプログラムを仕込んで、俺にふっ飛ばしてくるあたりなかなかにクレイジーだ。今の状態でこんな攻性情報を少なからず消費する物騒な真似しでかすことから見ても自分の体の危険性など最初から考えていないように見える。

 

なんにせよ。今の一撃でスイッチが入っちまった。

 

「くくっ そうかそうか。成程成程。君もあいつ等も全く以てどうしょうもない連中だ。ならばこの俺が相手をしてやらなければいけないな。至極当然だ。一度滅ぼされなければ何もわからんのか」

 

最初は少しお灸を据えてやる程度で勘弁してやろうと思ったが、よりにもよって串刺しを狙ってきた時点で、もはやそれは無理だ。

 

もう俺の目には彼女が彼女に映らなくなちまったからな。

彼女と同じように相手をしてやる。

そう、君の同位体である彼女と

あの串刺し公の血と狂気を唯一正統に受け継いだ。

人でなしの吸血鬼の末裔と同じように。

 

体から湧き立つ闘争本能に急かされ、短くなったタバコを無造作に弾き捨て、俺は晴れ掛けていく灰色の世界の中で右手を自分の面前に翳す。

 

六封制御術式 

 

クラウディオ第一号、第二号

 

及び

 

クラウディア第一号解放

 

目前敵の完全崩壊までの間

 

能力使用限定解除開始

 

 

右手甲に浮かび上がっていたヘキサグラムがより一層の輝きを見せ、力の解放を示す。

それと同時に今の今まで抑え込んでいたモノが黄金の風となって体からあふれ出し、乱気流を以て塵煙を完全に消滅させると一定の落ち着きを見せ、俺の体にまとわりついた。

両手を握って感覚を確かめる。

うむ。やはり肉体的にも魔力的にも制限を設けるというのはどうも重苦しかったが、この解放感はなかなかに心地よいものだ。元に戻っただけなのに、体が軽く感じる。アドレナリンが大量に分泌され始めたみたいに、昂ってくるのがわかるぞ。

 

さて、と。

 

オーラを纏わせながら改めて三人のほうへと顔を向ける。さすがにというか少年2人は蛇に睨まれた蛙のような顔を浮かべて後ずさりしていた。だが少女がまったく動じていないのに男がおびえてどうすんだ。 キョン君はともかく一樹、君にもあの灰色の空間内なら同じようなことができるだろうが。

というもののただ一人、一歩たりとも身体を動かしていない少女の目は感情に反応しているかのように大きく揺らいでいる。そうさせるのは俺への恐怖か、それとも好奇心か……

 

「君たちが知らぬ異世界人の素性が気になるか? ならばかかってきな。もしかしたら壊れる前にはわかるかもな?」

 

挑発と同時に彼女は両手を上げる。すると待ってましたと言わんばかりに部室内のパイプイスやテーブル、挙句パソコンまでが浮き上がり、白い光を放ちグニャグニャとアメーバ状を経て数本の杭になっていく。量子力学と形而上学の複合もここまで来るとまるで魔法だな。だが、それは法則があることが前提だ。彼らは法則に従っているにすぎない。

 

やがて完全な漆黒の杭の形になったそれらが、天井近くのあらゆる方向から俺に先端を向けた。いつの間に? と聞かれればその刹那だろう。 俺が床を蹴ってテーブルが消えた部室を光速で駆け、情報操作に集中する有希ちゃん他2人の背後に回り込んだのは。

 

「何を狙っているのかな?」

 

突然、背後から聞こえた俺の声に腕を上げたまま首だけを振り向かせようとする。

 

「遅いよ」

 

彼女が振り向き切る前に体を捻りながら屈みこんだ俺は打ち上げるように彼女を背後からひじ打ちをねじ込んだ。骨が軋む感触が伝わるとともに華奢な体が宙を舞う。 それと同時にさっきから何が起こっているのか、目にも映っていないだろう有希ちゃんの両側にいた2人に手を伸ばす。向こうで彼らにこうして手を広げて向けたのは幾度だっただろうか?

 

「君ら邪魔」

 

強制移転。周りの空間ごと位相のズラした彼らの姿を視覚で捉えられないようになったのを確認して吹っ飛ばした有希ちゃんの方へと視線を向ける。器用にも弧を描きながら勢いよく飛んでった先にあったさっき俺に向けて放った杭に体が刺さる前に両手で掴み、勢いを殺さずに背を反らせてちょうど逆立ちの要領で杭の上に体を持っていき、その先の壁に背中を衝突させながらも己を静止させた。そう逆立ちのままで。それはつまり……スカートの中身丸見えなわけで、

 

(2人をズラしてよかったな)

 

この光景は思春期真っ盛りの青少年には刺激が強すぎる。と言ってる俺もこのままこの寡黙少女の純白のショーツを見続けると、向こうの彼女に何言われるかわからない。いやむしろ彼女の旦那の方が怖い。馬鹿がつくほど愛妻家だからなあの人。知られたらきっと俺は蛇の餌食だ。しかし、いくら集中していたとはいえ、俺が声を掛けるまで気配すら感じなかったとは、やはり下層世界か。TFFIだったころの彼女と比較しても劣る。それ故に彼女が、『長門有希』という名を持っていることが少々腹立たしかった。

先代第六天魔王、精霊王、そして覇王、そしてヴァチカン、そしてミッドチルダ、そしてアース神族……etcetc

 

そして……

 

串刺し公

 

闘争に明け暮れ、望まぬ血を流し這いつくばってきた俺のセカイの中で唯一、唯一闘争の享楽に心底身を委ねられた血族。その血をただ一人受け継いだ希代の超越者。

その彼女の同位体がこれほど脆弱でいいのだろうか? 

 

キリッ

 

歯切りの音が伝わった。もちろん俺のだ。理不尽なお門違いってことは分かっている。ハルヒに晴日を重ねていたこととなんら変わらない。この『長門有希』は彼女ではないのだ。だが、それでも奇しくも彼女と同じ戦法で仕掛けられた俺の中ではこの目の前の人でなしの怪でなしの少女によって彼女を。彼女たちを汚されたように感じてしまう。

冷静であれば、速攻でこの空間から抜け出していただろう。これ以上自分の感情を押し殺していられるか自信がない。このままでは彼女を殺すどころか存在そのものを消滅させかねん。そんな今の状況ではそれが最善だ。統合思念体のことは後でなんとかすればいい。

だが……、もはや生涯最大の好敵手への敬意が俺の冷静さを粉微塵に砕いていた

俺はゆっくりと立ち上がり、どす黒さが自分でもわかる声で彼女にこういった。

 

「あの2人の位相はずらした。これで君も遠慮なく仕掛けられるだろ? さっさとそのはしたない恰好はやめてかかってきんしゃい」

 

もはや冷静さなどとうに無くしていたみたいだ。俺は理性を辛うじて

下着を見られたからか、それともあからさまな挑発した俺が癪に障ったのかわからん彼女らしからぬ鋭利な視線、それと同時に浮きっぱなしになっていた杭が一斉に俺に向って降り注いできた。

 

君って奴は!

 

また俺の感情を逆撫でするか!!

 

こんな『赤い雨』モドキで、俺を狂わせるか!!

 

もはや、半分我を忘れそうになっている。 消えかけた理性が懸命に警告音を鳴らす。

だが、もう止められない。その名で呼ぶにはあまりにぬるい。ただ高速なだけで、覇気も威圧感の欠片もないくせにどこを狙ってくるか彼女の思念で丸わかりな陳腐な児戯を見せられたからな。そんなものを防ぐことなど造作もない。だが君がそうするなら俺もそれに応えさせてもらうか!

 

水平に両手を開き、その先で発生させた小規模のクレイホール。俺はその中から銃剣を数本取り出して指の間に挟み込んだ。他者から見れば一刹那の動作。きっと有希ちゃんには俺が何もない空間からそれを生み出したようにしか見えないだろう。

 

両腕を交差させる動きで勢いをつけ銃剣を迫る杭に向って投げ放つ。

 

双方の先端が激突し渇いた金属音を部室に響かせる。と同時に、法儀仕込みの銃剣の効果で情報操作を解かれた杭は光の粒となって崩壊していき、銃剣は余力でさらにさらに飛翔し天井に全て突き刺さった。

その刹那には衝動に突き動かされた俺は、体勢を整えていたTFFI目掛けて一直線に突っ込み、

 

「TFFIになぁ!」

 

その勢いのまま全ての杭を消されて呆けて、俺が懐に入り込んだことに気がつかずにいた彼女に右手をかぶせて頭部全体を鷲掴みにし、

 

「第六天魔王の捕獲などおぉっ!!」

 

後ろの黒い壁へとぶち当てた。

 

「できるわきゃねえだろおおっ!!」

 

 

 

 


あとがき

 

タカ「やっちまったな」

ああ、やったとも。

タカ「開き直んなっ! なんだよこのネタのオンパレードは!?」

おもいっきりHELLSING全開にしてやった。

タカ「……読者の全てが目が点になってるな。なんで彼女と串刺し公が同族になってる

のかって」

そこが本作のオリジナルではないか・

タカ「お前の場合、オリジナルじゃなくて、原作無視の平行世界でやりたい放題してるだけだろうが!」

原作無視? 甘っちょろい。それを原作と混ぜ合わせてるんだ。原作干渉といってもらいたいね。

タカ「……いいのか? 管理人さん。 こんなやつのさばらせといて。いっそのこと串刺し公本人を出してもよかった気がしてきた」

串刺し公は出す気ないけど。その分身と幻影は出す予定。

タカ「分身と幻影って……おい、まさかお前」

何のためにわざわざ正悟が串刺し公と異名で呼んでたか気付かなかったのか?

タカ「……どちらを先に出す気だ? てかいつ出す気だ?」

次回(キッパリ)

タカ「ちょっ、ちょっと待てぇ! この流れから来ると彼女を助けにくるって展開か!? 世界は違えどお前ならやりかねねえ!」

さてねぇ。 それは次回のお楽しみ。それでは今回はこの辺で。

タカ「勝手に終わらせんなぁ!!」




いやー、のどかな放課後……どころか、激しいバトル。
美姫 「ハルヒが居たら喜びそうよね」
いや、流石にこの状況では喜ばないだろう。
美姫 「有希でも敵わないみたいなんだけれど」
うーん、思いっきり敵対するような言動を取ってしまっているけれど大丈夫なのか。
任務初日でこれって。
美姫 「まあ、本人は任務を放り出す気だったしね」
さてさて、どうやって事態が終息するのやら。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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