KanonSS










『違う結末』









「祐一、別れよう」
「分かった」

 放課後、俺は名雪から言われた言葉に頷いた
 七年前のことと決着をつけて、秋子さんが戻ってきて、順風満帆というのか
 春が過ぎ、夏前、付き合い始めて三ヶ月から四ヶ月の間の事
 俺は、どこか他人事のように受け止め、頷いた
 名雪は、涙を流しながら走り去っていった
 俺は追いかけることはせず、ただ、カバンを持ち歩き出す
 今日は水瀬家に帰りにくいな
 どこか遠くから自分を見つめる俺……そんな変な感情に支配されてしまっている

「あら? 相沢くん」
「ん、香里か……どうかしたのか? 普段なら部活とかじゃなかったっけ」
「それはそうなんだけど……それよりも相沢くんだって」

 美坂香里は普段と同じように声をかけてきた
 親友が泣いていたのを見ていたのではないのだろうかと少し考えるが
 ま、そのことで怒るなら今じゃなくても構わないという事だろう

「名雪に呼び出されたからな」
「そう……大体分かってるつもりなんだけどね」
「なら、聞くなよ」
「一応確認は取りたいじゃない……名雪が相沢くんを振った理由とかね」
「ん〜、なんとなくだったかな。俺も深く聞くことはしなかったから」
「そう」

 そっとため息をつく香里はどこか疲れた顔をしている

「確か妹が復学してるんだってな……栞だよな」
「まぁね……姉が妹離れしないとね
 そのために、北川くんと付き合ってって言われて一度デートしたけど
 罪悪感が勝っちゃったわ」

 香里も色々あったのだろう……俺からしたら友達だと思ってたし相談してほしかったかなぁくらいだ
 無理な相談とか色々あるものなのだ

「あれだけ、好きあってたのに、意外ともろいものよね」
「俺にはよく分からないんだよな」
「え?」
「名雪は多分、七年のギャップで別れたんだろう
 俺と七年前、いや八年前になるのか、その俺とだよ」
「……それは」
「好きで待っていた……それって言葉は良いが
 俺には重かったように思えるし、イチゴサンデーとぬいぐるみのかえるさえあれば
 満足で春な名雪に付き合っていたわけだ」

 そういって香里は納得した顔になる

「疲れてきていたら付き合うということに、疲れがあったってこと?」
「まぁな……真琴やあゆのこともあるし、家を出たいんだがな」
「お金あるの?」
「何のために仕事に就く予定だと思うんだ?」
「そういえば、相沢くんってどこの仕事に就くの?」

 香里は少し楽しげに聞いてくる

「言わないでくれよ……うちの両親の手伝いだ
 だから、正確な就職じゃないが、家業を継ぐようなものなんだ」
「そうなんだ……それは知らなかったわ」
「言ってないからな」

 にやりと笑い、お互いに小さく笑う
 歩き出すと香里もついてきた

「校門まで一緒に行きましょ……向かう方向同じだし」
「別に裏から抜けても良いんじゃないか?」
「別にそこまでは考えてないわ」

 校門からの方が家に近いからな
 栞の退院記念にってパーティで名雪と俺も御呼ばれしたのだ
 秋子さんも一緒であゆや真琴もついてきた

「でも、相沢くんのご両親って何されてるの?」
「何って……企業秘密だ」
「企業秘密って……秋子さんじゃないんだし」
「言ったら駄目って言われてるし、言うと就職できなくなるんだ」
「あ、それなら聞かないわ」

 香里はそういって嘆息
 ま、仕方ないだろう……校門で別れて歩いていく
 夏前になるとだいぶあったかくなってきて天気も気持ちが良い物がある
 暑いとか考えると少し厳しい気がしないでもないけど




 家に帰ると、名雪も帰っていたみたいで部屋で泣いてると秋子さんが教えてくれた
 俺に聞かれても俺は、名雪に振られたって事を伝えると、秋子さんは謝って何も言わなかった

「祐一さんはそれでよかったんですか?」

 その一言に俺は、どう応えて良いかわからなかったけど

「名雪の欲するものを俺は渡せなかった……そして、お互いが窮屈だと、退屈だと思うなら
 別れて正解だったんじゃないかと思いますから」

 そう答えを返して部屋へと戻る
 秋子さんは、俺を見送るだけだったような気がする
 声はかけられなかったと思う

「さすが秋子さんだよな」

 勝てない人という意味で秋子さんだ……
 さてと、宿題とかしていかないと





 夜になって、あゆと真琴が名雪の席が空いてるのを気にしていたが
 秋子さんが今食欲が無いからって事で収まった
 俺は何も言わず食べていく……ちゃんと挨拶くらいはしたぞ

「ごちそうさま」

 食器を片付けて、シンクにつけとく
 秋子さんの代わりに洗い物くらいはしないとな
 コーヒーを入れて、そのままテーブルにつく
 まだ、あゆも真琴も秋子さんも食べてるし

「祐一くん」
「ん?」
「あのさ、名雪さんと何かあった?」

 あゆが食事を終えて聞いてきた

「別れ話切り出されて、別れただけだけど」
「…………ええっ!!」

 驚いた声を出すあゆ
 俺は何も言わず、ため息を吐く
 真琴も驚いてるみたいだ

「んでだ、考えてたんだけど、此処を出ようかと考えてるんだ」
「それは聞いてません、祐一さん
 何より姉さんたちに相談無しでは」
「母さんたちには俺から話します……勿論、許可もらえない場合は仕方ないですが」
「そうですか……分かりました」

 秋子さんが頷いて納得する
 勿論、これはこれ、それはそれなのだが

「え〜〜、祐一くん出て行くかもしれないの!?」
「まぁ、部屋数考えたら俺は邪魔になるしな……母さんや父さんたちと一緒の方が何かと良いだろう」
「それは」

 あゆや真琴にとって家族は此処に居る皆だ
 俺も含まれるのかどうかわからないが、俺の両親のことを出せば心苦しい部分がある
 それを上手く使ったわけだが

「ま、二人とも俺が出て行けば念願の一人部屋だぞ」
「分かったわよ〜」
「うん」

 納得したようだ
 ま、ありがたやありがたや
 説得完了とも言えるけど

「電話は後で借りますね」
「分かりました……祐一さんの決めることですし、反対はしたいのですけど」
「秋子さん、大丈夫ですよ
 今生の別れじゃありませんし」
「そうですね」





 電話の結果、ちょうど日本に帰ってくる予定もあるので夏にってことになった
 その日の日程もほとんど帰ってくる家族が荷物を預かってくれるので最低限置いておくという方針になった
 まだ6月だから、後一月あるが、そのことに文句は言われなかった
 父さんたちも何事かあったかは秋子さんから聞いてるのだろう




「そんなの聞いてないよ」

 名雪がその次の日、起きてきて秋子さんへと言ったが
 秋子さんも俺が決めたことだから……その一言で名雪をなだめた

「秋子さんにも言ったけど、今生の別れじゃないんだし、大丈夫だって」

 そして、舞や佐祐理さん、栞、天野、香里たちに伝えると、驚いていたが
 俺の決意が固いと知ると納得してくれた
 名雪と別れて、ちょっと居づらいからというのもある
 それを考えてくれたのだろう






 そのまま母さんと父さんが居るであろう街へと戻る
 暑い夏の日……日中はとても暑いのだが、父さんたちが喫茶店を指名していた

「祐一、待たせたわね」
「ああ、母さんか……悪い、ボーっとしてたわ」
「それくらい構わないわよ
 まぁ、大体の事情もね」

 母さんはそういうと何も言わず、こっちって事で引っ張っていく
 荷物のバックを持ってるし、家なんかも母さんが詳しいからな
 俺は、久々の町で変わってるから、微妙だ

「急に帰りたいなんて、何かと思ったらどうしたの?」

 家に帰り麦茶を出され、母さんはそういって座る
 俺も座って、麦茶を貰う

「名雪と別れたのを知ってるなら……言わなくても分かると思うけど」
「そう……分かったわ」

 母さんはそう呟いて、携帯を使いどこかに電話する

「あ、あなた……うん、祐一の用事分かったわ…………あの、話受けてくれるって」

 母さんがそういって俺を見つめる

「分かってるわ……一応成績なんかも大丈夫だし、そんな心配ならまた頑張ってもらうわよ」

 勉学方面だろうか……確かにあれらの後、少し遅れたから
 ちょっと頑張らないと……何より、高校は出たい

「政略結婚みたいで悪いのだけど、貴方に婿入りしてほしいのよ」
「良いぞ」
「ありがとう……それは前に言った話だものね」
「ああ……婿入りか、転校して違う場所か」

 婿入りとは、日本のある政財界で活躍してる女性の婿となるのだ
 勿論、それは生半可じゃなく大変らしいが
 ま、振られた俺だしな……投げやりだし良いだろう
 捨てられても、ある程度の学力があれば良いだろうし

「先方が気に入ってって聞いてたけど大丈夫なのか?」
「ええ……名前は、倉田佐祐理……貴方が会っていた先輩よ」
「うぇ!? でも、会う前からって」
「ええ……また同じように話してOKなら、あなたは倉田祐一になってもらうわ
 そして、倉田家で生活して、色々勉強から何までしてもらうわ」

 頷く
 良いか……もう、なんだかなぁって感じがするけど
 倉田家がどれだけ大きいのか分からないし
 家には行ったけど、今ひとつそれで格が分かるとも思えない

「分かった……あ、母さん」
「何?」
「俺、間違ってたと思うか?」
「別にそうは思ってないわ……相性や自分たちの個性とか、付き合うってそのつど大変なものよ
 ま、倉田家ではそれ以上に求められるのはカリスマ性とかだしね」
「……そか」

 俺にそんなものあるのかな?
 ま、良いか……家で少しのんびりさせてもらおう

「二学期からは倉田家で生活だから、荷物はあまりあけないように
 といっても、着替えなんかだけだけどね、持っていけるのは
 後、家庭教師はその佐祐理さんがついてくれるわ」
「了解」

 これが香里に話した就職口……何でも、この話にのれば就職も続くことになるのだ
 だから、考えてこっちにしたのだ……元より、俺はその話に最初乗り気だった
 ただ、雪がちらついて離れなかったから、北の町へといったのだから

「ごめんね」
「何謝ってるんだよ……父さんたちは気にしすぎ」
「でも、あなたの恋愛や自由を奪ってるわ」
「嫌だったら抵抗するさ……会って駄目なら駄目って言うよ」
「分かったわ……」

 自分のことなのに他人事のように感じる
 だからこそ、別に良いかと思うのだ







 そして、俺は二学期から倉田家から登校し始めた
 勉強し、礼儀作法、更にダンスから何までと佐祐理さんに教わり、倉田祐一となった
 それはちょうど自分の誕生日の日

「どういうこと?」

 香里や栞、天野や友達が全員着てる
 久瀬もきていた

「どういうことだい? 相沢くんが倉田さんの婚約者だなんて」
「そのまんまな意味だ……香里、以前、俺が就職するって言ったよな」
「そうね……確か、就職先が両親ってどういうことよ?」
「……家の両親は倉田さんとことは仲が良いんだよ
 んで、倉田一哉が亡くなった時、ショックを受けた両親は俺をほしいと思ったそうだ
 小さな頃だったし俺もどうにも言えなかった
 で、その両親はあきらめず、俺に婿に来てほしいって言ったんだそうだ
 こっちに転校は最初から決まっていて、水瀬家か倉田家かの違いだ」
「それじゃあ、なにかい? 君は、水瀬さんの恋人を下から振るつもりだったと」
「いや、振られたから、自分に見切りをつけた……でも、今度は振られないように努力しようともな」

 そう、振られたから次へじゃなく、俺は努力してるのだ
 まだまだ追いつけない所もあるし、名実共にとは言えない
 でも、それでも、俺は頑張るしかないのだ

「それじゃあ、家から通っても」

 名雪がそういうが……俺は首を横に振る

「それじゃあ駄目だからだよ……俺は今教育されてるとも言えるからな」

 と、ドアが開いた

「祐一さ〜〜ん」

 手を振ってるのは佐祐理さんだ

「どうしたんですか? これ」

 この様子に佐祐理さんはどうなってるのか聞こうとしてる
 周囲は急に来た佐祐理さんに驚いてる
 なんせ、大学に通ってるのに高校にきたら驚くだろう

「俺が倉田祐一になるってことで少し」
「そういうことですか……あはは〜、祐一さんは昔から倉田家が目につけてた人なんですよ〜」

 そういって、佐祐理さんは俺の手を持つ

「祐一さんには祐一さんの理由がありますが、佐祐理にも佐祐理なりの理由があって祐一さんを迎え入れました
 確かに親同士の婚約という形ですが、それが全てというわけでもございません
 その人となりを見て、決めたことですから
 それでは皆さん、今度はお茶でも飲みながら話しましょう」

 そういって引っ張られる
 そのまま俺も歩いていく

「お姫様とお昼だから……ま、何がどうとか、従姉弟だろうが喋る気は無いから」
「相沢、それは俺にもいえないことか?」
「北川、家の事情なんだ……それ以外は語る気が無い」

 皆に、あきらめにも似た顔が浮かぶ

「倉田家と相沢家の問題も含まれますし、祐一さんが佐祐理の夫となる
 それだけですよ……皆さんとの関係が壊れるとかそういうことは無いです
 ただ、家を引っ越したことと苗字が変わったことくらいですよ」
「どうして倉田に?」
「お互い得をするからですね……そのあたりは経済学でも学んでいたら分かりますよ」

 と、久瀬が不意に思い出したかのように言った

「倉田一哉の代わりとでも? 相沢くんは相沢くんだ……それなのに、また同じようにするつもりですか?」

 佐祐理さんが強く俺の腕を持つ
 そして震えてる

「これ以上、倉田家の暴言は止めてもらえないか? 何より、代わりなんていうのは侮辱だ
 佐祐理さんにも、俺にも……俺は元から決めていたことだ
 家を残すんじゃなく、少しでも俺の負担を少なくするために選んだんだ
 そして、俺も選んだ……だから、誰にも止めようが無い
 それに、もう彼氏でもないのに心配なんかするな、名雪」

 ぴくりと震える佐祐理さん

「過去は変えられない……それはどんなときも同じだ
 それに、俺は倉田佐祐理を愛してる……それで十分だろ?」

 俺はそのまま佐祐理さんを抱きしめる……教室中で色々な話し声がやみ
 そして、皆こちらを見ている
 その告白に驚く者たちは居るが、それはそれ、これはこれだ

「祐一さん」
「これは俺の偽らざる気持ちだ……だから、従姉弟とか持ち出されても
 血縁的なつながりだけで、もう、法律的なつながりは無い男のことなんて忘れておけ」

 決別はきっちりしておく……これは、変な期待はもたないほうが良いということも当てはまる

「でも、相沢くんは倉田さんを知らなかったんでしょう?」
「……知っていたからこそ、一緒に居た……元より此処に来た目的がこのことが多く含まれてるからだ」
「相沢くんのご両親はこのこと知ってるのよね?」
「ああ、俺は両親からこの話を聞いて、自分を考えてのことだということで頷いた」
「それじゃあ、どうして、名雪さんと付き合ったか? 真琴や栞さんを助けたか分からないじゃないですか?」
「勘違いしてる……俺は友達を助けたに過ぎない
 何より、最後までいたしてない……名雪と付き合ったのは、もしも俺が本気になれるなら
 俺はそのまま結婚とかまで考えていたが、名雪から別れ話が出て、俺は捨てられた……
 もし酷いなら、俺の方が佐祐理さんに対して代わりを押し付けてるかもしれない
 そんなつもりは全く無くてもな」

 それに……

「俺は助けたなんて思ってない……ただ、言葉をかけた
 背中を押したとかは本人の思い込みだ……友達だからこそ助けたいと思った
 彼女とかなら近くに居て、無理やりにでも何とかしようと考えていたさ」
「そんな」
「お前らにとって、特別でも俺にとっては特別とは言えないことがある
 人の感じかたってそういうものだ……と、佐祐理さん、そろそろご飯食べに行きましょう
 本気で時間がなくなります」
「あはは〜、本当ですね……でも、祐一さん、一つだけ教えてください」
「舞のことは大切な親友……それじゃあ駄目か?」
「いいえ、佐祐理と同じ意見で安心しました」

 そのまま二人寄り添って歩く
 これからも指し示すように……レールに沿ってではないかもしれない
 途中でこけるかもしれないけど
 それでも、歩いていこう

「ま〜い」
「悪い」
「良い……祐一が傍に居てくれるだけで満足
 大切な親友だから……」
「おぅ」

 自暴自棄な舞が発した言葉……そして本心に俺たちは応えられなかった
 舞は佐祐理さんが一番大切だと……だからこそ、俺たちは本当のことをすべて話した
 舞はそれを受け入れて、同じ親友だからって事で祝福もしてくれたのだ

「じゃ、食べよう」
「待っててくれたんだな」
「当たり前……前は勝手に食べてたけど、良くない」
「そうだな、皆で食べたほうが美味しいからな」

 そして、俺たちは何時もの日常を過ごす
 ちょっと変わった関係で……






 ただ、俺は見下ろす……自分が何を感じ、あったかくなってるか
 今、ひとたびの優しさをくれる二人に









 おわり









名雪エンドからのお話って事かな。
美姫 「これもまた一つの結末」
祐一の選んだ事と。
美姫 「久しぶりのKanon短編〜」
投稿ありがとうございました。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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