険しさという言葉だけでは足りないほど、狭く険しいムント峡谷を抜けた先にそれはあった。
『ベルカ世界』の擁する最も堅牢な要塞。
―――アヴァロン要塞
ダムを改造し、物理的にも魔導的にも禁呪クラスの魔法を受けても破壊できない究極の要塞。
その遥か、遥か上空。
下界と天界と分けられてしまう高さ。
そこで彼らは―――身を削り、血を吐き、精神をすり減らし、殺し合っていた。
「降ってきたか」
右手に剣を、左手に杖を持った若い男―――ラリー=フォルクは呟いた。
所々焼け焦げた跡のあるグローブに当たっては融けていく雪の結晶。上空数千mの高度で吹き付ける風は体感温度を大幅に下げ、小さく軽い雪の礫が小石のように衝突する。
苛烈な吹雪の中、ラリーは身に纏うバリアジャケットと周囲に展開する不可視の防御フィールドで影響を最小限に抑えている。そうでなければ、とっくに凍死しておかしくない。
ラリーのバリアジャケットはミッドチルダの管理局が使用している廉価品に似ているが、無数に独自の改造が施されている。ほとんど目立たないが、この世で一着だけのワンオフ。特に彼の異名の所以である左肩だけ色のセンスの良くない中で、真紅という異彩を放っている。
―――『Solo Wing Pixy』
―――『片翼の妖精』
『ベルカ戦争』においてトップエースを五人挙げろと言われて、その名を挙げない者はいないエース。
戦争中盤で認定された魔導士ランクはSSクラス。それまで以上の激戦で磨かれた今は更なる高みに達したのではないかとさえ言われている。
本人は妖精という可愛らしい異名に反して、むしろ渋さを感じさせる容貌をしている。
「不死身のエースっていうのは戦場に長く居過ぎた奴の過信だ」
「・・・・ああ、そうだな」
ラリーの言葉に応えたのは、15mほど離れた位置で浮遊しているラリーよりも若い男。
黒、真っ黒、漆黒。
黒に関する言葉が三つ並ぶほど、その男―――不破恭也の出で立ちは黒で統一されている。
袍に似た下半身の自由度が確保されたロングコート仕様のバリアジャケットだけではなく、靴から手袋、スラックスに至る全てが黒で統一された黒尽くめ。
色が違うのは露出した顔と首、そして両手に握られた小太刀サイズの光刃の色だけ。
「お前のことだよ、相棒」
恭也のことを言ったつもりが、当の本人は他人事として処理したのが可笑しかったラリーは笑いを我慢できずに吹き出していた。
「相変わらずの天然だよ」
「・・・・大きなお世話だ」
天然というのは半ば自覚しているが、治せるものでもない。
そんなくだらないことだ。
《何をしてるんだ、恭也!【V2】の発動までもう時間がないんだぞ!?》
別の場所で戦う仲間から念話が届く。
念話の帯域を指定する余裕もなく、内容はラリーも拾っている。
「で、まだやるか?」
「ああ・・・それ以外に道もない」
おどけるラリーに恭也は素っ気無く返す。恭也の知るラリーは戦場で冗談は言っても、おどけるようなことはしない。それが却って、ラリーの態度の不審さを表している。
敗戦国となることが決定付けられた『ベルカ世界』が残した遺産。
一撃で次元世界へ致命的な破壊を齎す究極の魔法――――【V2】
アヴァロン要塞内において建設された、巨大な補助用魔法陣であると同時に要塞の名前の由来である戦略級ストレージデバイス『アヴァロン』。
これをタイムリミットまでに破壊することは不可能。制御装置を破壊した恭也だったが、もう一つの補助用制御装置が存在した。
ラリー=フォルクの持つ複合式デバイス――――『MORGAN』
それこそが【V2】の補助制御装置であり、たった一つだけ残された『V2』阻止の手段。
ラリー自身に阻止する意思はない。彼は、【V2】の使用を肯定している。
ならば、『MORGAN』の破壊しかない。『MORGAN』を破壊すれば、ロックが掛かり【V2】の発動は未然に停止する。
「一つ、聞いておくことがある」
今度は恭也が先に口を開いた。
「なんだ?」
「お前が俺と袂を別つまでの戦い―――その戦いはこの結末のための戦いだったのか?」
共に駆け抜けた戦場での日々。
この戦争の最初の戦場もまた、険しい峰々の聳え立つ山脈。
そして激しい雪の日だった。
「そうとも言える。だが、その“ため”だけでもない・・・・ただな、あの戦いがこの結末を導いたのは確かだ」
恭也はその言葉に瞑目する。
最初に袂を別った時は悔しかった。
背中を預けることは命を預けること。
そこまで互いを信頼し合っていたはずの男の変化を見逃した。
それが堪らなく悔しかった。
「恭也―――魔法文明は発達し過ぎた」
眼下に広がる巨大な魔導兵器が形作った魔法陣を見ながら、ラリーは紡ぐ。
「本来ならば連結されることのないはずの世界同士が、次元世界と呼ばれ、連結される。そして、それを自在に行き来できる次元航行船、次元跳躍。あらゆる世界へ自在に戦略級魔法を撃ち込める『エクスカリバー』。たった一機でミッドチルダの次元航行船全てを凌ぐ『フレスベルグ』。一軍、都市一つを丸ごと焼き尽くし永い間生物が住めない世界にする『レディオアクティブ・ディトネイター』。そして―――次元世界を崩壊させる究極の魔導兵器『V2』」
その危惧は以前からあった。魔法の発展は人々の精神の進化を遥かに凌ぐ早さで進展していた、いや、現在進行形でしている。魔法文明の恩恵が世界を支えている今、それを止めることはできない。
「お前なら分かるはずだ。どれほど管理しようとしても、管理しきれぬ魔法の力は他の次元世界へ影響を及ぼし続けている」
「・・・・・・・」
互いに構えを取る。
ラリーは話を続け、恭也はそれをどこか苦みばしった表情で聞いている。
恭也は魔法文明のある世界の人間ではない。全く関係のない世界から魔法文明の持つ次元跳躍の力に巻き込まれ飛ばされてきた。言わば魔法文明の持つ、黙認された弊害を受けた。
だから解かる。次は恭也のように一人だけで済むのか。いや、エースクラスの魔導士が本気で魔法戦闘を行えば都市の一つは吹き飛ぶのだ。戦略級魔法ではなくとも、戦争に巻き込まれて関係のない世界を滅ぼしてしまうかもしれない。
魔法という強大な力。今や最強の一角に数えられる恭也だからこそ、その危険性が嫌というほど解かる。
例えそこに悪意がなく、必死に管理しようとしても犠牲を防ぐことはできない。
「ここから境目が見えるか?異なる次元世界―――そんなものはどこにも見えない」
「そこには人がいる。俺達が護ろうとした、戦争とは無縁で、平和に生きる人々が」
「そうだ。平和に生きて、自分達が持った大き過ぎる力を忘れている。それは良い!だが、同じように平和を謳歌する権利と資格を持つ多くの魔法に関わらない次元世界はどうなる!?同じ文明を共有する俺達ですらこの有様だというのに、認識の外にある世界など誰が気に留める!?」
両者が動いたのは、同時。
―――【ドライヴ】
―――【瞬速】
高速移動魔法の詠唱。
掻き消えるという言葉が生易しいほどの速度はm二桁の距離を無視するが如く。
音速を超える機動速度に吹き荒れる暴風が幾重にも重ねられる。
―――【虎乱】
―――【ムーリャルタッハ】
間合いを読み合った直後、二人の剣戟が激突。
圧縮された魔力が付与された斬撃が何合、何十合と打ち合わせられ、爆轟が悲鳴となり、空間が絶叫を上げる。
恭也は御神の―――不破の剣士として、
この一年を戦い抜いたエースとして、
練磨した戦闘思考は冷静に分析をする。
―――ラリーは強い
背中を預けてきたからこそ解かる。
互いの手の内は知り尽くしている。
イエーガー、ケラーマン、ブフナー、カプチェンコ――――戦争の中で死闘を繰り広げたトップエースに匹敵するかそれ以上。挙げた四人のトップエースとラリーの強さはまた別の所にある
破壊力と衝撃浸透性に勝る恭也の【虎乱】が【ムーリャルタッハ】を押し切り、ラリーは耐え切れずに吹き飛ぶ。剣を持つ右手にはフィールドで軽減されてもなお、痺れが走った。
複合式デバイスとは言え、カートリッジも使用せずにこの威力。
地表に近ければ地面に斬撃の痕跡をくっきりと残すだろう一撃。それが無限と錯覚するほど連続で打ち込まれ続ければ仕方ない。
近接戦闘において、恭也は魔導士最強に違いない。
永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術において閉鎖空間戦闘となれば、重火器で武装したプロが百人いて勝てるかどうか。魔法を行使しなくともその領域にある恭也にとって、近接戦闘は十八番。
(罠?)
恭也はラリーが吹き飛ぶのを見て、思考を跳ばして直感的に悟った。
クロスレンジにおける優位性を認識しているが、それにしてもラリーの吹き飛び方は大袈裟すぎる。
―――御神流奥義之参
罠に怯むは惰弱。恭也は心の内で切り捨てる。
小細工を弄して罠を避けるは笑止。打ち破るのみ、と。
―――“射抜”
背の筋肉、骨格が、弓が引かれるように強烈な撓りを見せ、恭也のデバイス『FALKEN』からコッキング音が一度。二つで一対を成す『FALKEN』にはベルカ式最大の特徴であるカートリッジシステムが搭載されている。
魔力の制御能力が他者に劣る恭也は砲撃系魔法が苦手であるが、最大瞬間放出量は極端に高い。
だからこそ、近接戦闘最強。
その証左がここに。
―――【ヴァルトラウテ】
一条の閃光――刺突。
鋩から魔力が螺旋の渦を描き包む。
歩みを妨げる者全てを粉砕し、塵芥に変え、蹂躙する。
音の壁を超越した恭也の【射抜】―――ラリーは吹き飛んだ状態から瞬きの間に、建て直し、迎え撃つ。
ラリーには、おそらく世界で一人しか持たない異能が備わっている。
魔法の常識を覆す異能――――発動状態に入り、二つの魔法陣が別種の魔法発動のために中空へ描かれる。
「モルガン・ル・フェ」
始動キーが入り、
「撃ち貫け、赤槍――――【ガ・ジャルグ】」
「舞い狂え、黄槍――――【ガ・ボー】」
元の魔力の色が不明なほど収束された魔力の砲撃―――【ガ・ジャルグ】が恭也目掛けて駆け、四十九条の光線と化した魔力―――【ガ・ボー】の精密自動誘導射撃が乱舞する。
迫り来る奔流。都市の半分を薙ぎ払いかねない莫大な魔力。
近付くだけで脈動する余波に肌がビリビリと震えが伝わってくる。
恭也は口の端を吊り上げていることに気付かず、
天空の梯子を駆け上がるかのような【ガ・ジャルグ】と【射抜】が一片の躊躇もなく激突。
(皮肉だな、相棒)
(何のことだ?)
(終止符が番犬『ガルム』同士とは)
ガルム―――地獄の番犬の異名を持つ、狼に近しい姿の最高の犬。
今、二匹の『ガルム』は方や地獄の蓋を開けようとし、方や地獄の蓋を閉じようとしている。
(お前は本当にそれで良いのか、ラリー)
(・・・問題は他次元だけじゃない。見ろ、近しい世界ですらこの有様だ。同じ人間で、同じ魔法文明を享受している者達が、戦争を起こす)
(それだけじゃない。それを鎮めよう必死に戦う俺達は甘い汁を吸おうと、利権を求めようと群がる者達に使い捨てられ、裏切られ、襤褸切れのように葬られる)
(ホフヌングの無差別攻撃。『レディオアクティブ・ディトネイター』で同胞すら巻き添えにする。そんなことが当然のように行われる)
(俺はそんな世界を許さない)
(だから全てをやり直す。そのためのV2だ)
(やり直すことすらできない人達はどうなる!この先に待っているのはただの終焉だ!)
激突で放散していく魔力が大気を引き裂き、雷鳴の如き轟音を響かせる【ヴァルトラウテ】と【ガ・ジャルグ】
その均衡が破られるのは存外に早かった。
同じ高収束性であっても【ヴァルトラウテ】が貫通力に優れていた。
そのベースとなった技を表すかのように【ガ・ジャルグ】を射抜き、押し込んでいく。
同時に、恭也自身も攻めるべき矛であり、身を守る楯でもある【ヴァルトラウテ】のフィールドを違う角度、側面から【ガ・ボー】の光線に貫かれかけている。
その性質上、正面よりも側面のフィールドが薄くなるのは止むを得ない。
一撃必殺の技をほぼタイムラグ無しで発動できる恭也への対抗手段。
一撃ではなくとも、異能を以って二撃で必殺となすラリー。
「覇アアアアアァァァァァァァァァァッ!!!!」
「王オオオオオォォォォォォォォォォッ!!!!」
愚者を無条件で平伏させる雄叫びに応じて、天井知らずに上がり続けた魔力は収束限界を超えて全方位へ向けて、爆発と同じ現象を引き起こしながら弾け飛んだ。
空気を圧死させると錯覚するほどの、音。
音さえも超越した、音とは言えない金切声じみた超音。
―――“射抜氷雨”―――【ゲイレルル】
―――【ベルスロンディング】
「っ!」
「がっ!」
爆轟の瞬間。
五感の全てが閉ざされたような中、二人は同時に魔法を放ち相打った。
恭也は最も派生に優れる“射抜”の中で殺傷力の高い、二段“射抜”と言える“射抜氷雨”を以って。
ラリーは発動時間0で、威力は弱いが必ず身体のどこかに命中できる【ベルスロンディング】を以って。
方や装飾である赤い肩を血で深紅に染めて、
方や黒を漆黒へと変えるように肩を染めながら。
共に心臓を狙った一撃を本能と経験則から外していた。
「ハァハァハァハァ――――厄介だな、互いに手の内を知り尽くしてるのはよ」
「ハァハァハァハァ――――まったくだ、少しは忘れていろ」
相手の魔法を知るが故に、相手の癖を知るが故に、次の一撃が手に取るように解かってしまう。
そのせいで小細工は一切通用せず、こうやって真正面からぶつかり合うしかない。
消耗は激しい。カートリッジの温存も、潮時だ。
大技を一発撃ち合っただけでこの消耗では、長期戦はできない。
何より【V2】発射まで時間がない恭也に微かな焦りと違和感が湧いてくる。
――ラリーは決着を求めている
【V2】を発射するだけならば、ここで時間稼ぎをすれば良いのだ。
「ラリー・・・お前は―――」
「戦いに慈悲はない。生きる者がいるか、死ぬ者がいるか、それが全てだ」
それで、恭也は確信できた。
自分の読みの正しさを。
しかし、ラリーは口元を歪め、泣き笑いに近いが喜びの笑みを浮かべた。
「時間だ―――相棒、これは終わりじゃない。始まりなんだ」
「!?」
あらゆる生物を超越し、世界の王として君臨する。
そんな表現が陳腐でありながら相応しい。机上の数値であるグーゴルスープレックスに匹敵すると思わせしまうほど超巨大な魔力。
魔法文明とはここまできたのか?
「カプチェンコの【インフィニティドライバー】の原理を応用した、最強最悪の破壊魔法だ」
理論上、まさしく無限の魔力を保有できる、
アヴァロン要塞の直上に顕現した半径が数kmに達する魔力の球体。
あれだけで『ベルカ世界』の文明を崩壊させるのは十分。
しかし、球体の目的は『ベルカ世界』の文明崩壊ではない。
球体の周囲に何十、何百という数の魔法陣が描かれ始める。
「次元跳躍用の魔法陣・・・・・」
正体は事前に聞かされていた。
聞くと見るとでは大違いだ。
【V2】―――正式名称:無限動力搭載型多次元跳躍並列精密照準式対界殲滅崩壊砲撃禁呪儀式魔法
カプチェンコの『インフィニティドライバー』
イエーガーの『ディメンションフォールドアウト』
ケラーマンの『ムルシエラゴ・ドンカーヴォルケ』
ブフナーの『オラトリオヴェイロン』
そして、ベルカの誇る数多くのエース達の持つ魔法を研究し、応用した。
尽きることのない無限の魔力の動力。
任意の次元、空間を精密に跳躍させて砲撃する跳躍砲。
万を超える魔導砲台を制御する並列精密射撃。
あらゆるフィールドを貫徹し、空間さえ撓ませる超砲撃。
その全てを兼ね備える――――【V2】
本能で悟る。
これならば魔法文明を消せる。
一撃で世界を崩壊させ得る。
「惜しかったな、相棒」
【V2】の最後の制御装置である『MORGAN』を手に、ラリーは貫かれた肩を応急的に治癒していた。
「歪んだパズルは一度リセットするべきだ。この【V2】で全てをZEROに戻し、次の世代に未来を託そう」
哀切に満ち満ちたラリーの語りには、真実、人間の存在と未来を憂う心がある。
高まり過ぎて制御できなくなった魔法文明に他次元世界が巻き込まれぬように。
薄汚い権力者の手で戦士達の魂が汚されぬよう、平和を願う人々が蹂躙されぬように。
「違う!!」
―――“神速”―――【ロスヴァイセ】
確信を否定する一撃が、ラリーへ振り下ろされた。
咄嗟に上げた右の剣で受けるが、フィールドが破壊され直接攻撃を受けざるを得なかった。
「お前の言っていることはブリストーの言葉だ!!革命という理想に自分自身が取り憑かれて妄念にしてしまった、哀れなあの男の!!」
コッキング音が三つ。
―――“虎切”―――【ジークルーデ】
―――【モラルタ】
―――【ベカルタ】
有り得ない間合いからの一刀一撃陣風となって迫り、ラリーは二つの魔法を剣で同時発動させてかろうじて凌ぐ。
態勢までは保ちきれず、筋肉の幾つが千切れる嫌な音が体内に響く。
「俺はブリストーとは違う!理想と私欲を混同して我を失った奴とは!!俺は全ての憎しみを背負える!!」
――世界のためなら
同時発動させていた追尾砲撃魔法【ベカルタ】が恭也のフィールドへ取り付き、強烈な爆轟と衝撃波の圧力で押しつぶしてくる。衝撃に圧迫され、肋骨に罅が入り、一本が折れた。
「救世主にでもなったつもりかラリー!!どんな理由をつけようとも虐殺は虐殺だ!!」
呼吸もギリギリの量。
度重なる大出力の魔力放出に全身から悲鳴のような激痛が走る。
それはラリーも同じだと言い聞かせ、精神力で捻じ伏せる。
「見るんだ!!下で『国境無き世界』と戦う者達を!!あれが俺達の望む姿じゃないのか!?」
―――“伏龍”―――【ゲルヒルデ】
空中ということを差し引いても人体の可動限界を超えた角度や位置から無数の連撃が、どれも必殺の破壊力を込めて放たれる。
再び、コッキング音を剣型デバイス[STREAL EAGLE]から鳴らす。
――――【アイグロス】
纏った魔力で巨大な光の刀身へ変化させると、フィールドもバリアジャケットも【ゲルヒルデ】でボロボロにされながら、肉を切らせて骨を断つべく真っ向から振り下ろした。
この間合い、刀身の巨大さならば回避は不能。
―――【ロスヴァイセ】
限りなく瞬間移動に近い恭也最高の移動魔法が、かろうじて致命傷を避けたが、袈裟懸けにバリアジャケット諸共に切創が大きく走っている。
冷気を帯びた【アイグロス】の刀身のおかげで派手な出血はないが、内臓にまで達したダメージが口から血を溢れさす。
一方のラリーも無傷ではない。こちらも決定的な致命傷こそないが、全身に受けた斬撃と刺突の傷からの出血が止まらない。主要な筋肉や腱も幾つか切られ、激しい動きが制約される。
「ハァッハァッハァッ―――――」
文字通り紙一重で外した眼球への斬撃だが。瞼を切りつけられ、流れた血が入ったことで右目が見えない。
仕方なく残った左目だけで眼下の光景へ目を凝らす。
「・・・・・・っ」
そこには、【V2】を使ってでも世界を変革しようとして目指した光景があった。
『ベルカ世界』の兵士が、『ミッドチルダ世界』の兵士が、『ウスティオ世界』の兵士が、『サピン世界』の兵士が――――世界も、国境も、宗教も、人種も、信条も、身分も、階級も関係なく手を携えて、【V2】が予備発動に入ったにも関わらず、それでも阻止の可能性を諦めずに戦っている。
汚い政治も、穢れた利権も入る余地のない純粋な「世界の崩壊の危機へ立ち向かう」べく。
「今、あの光景を実現したのはお前達の言う【V2】の恐怖支配や、リセットではない!!」
声帯を震わせるだけで切創に心臓が止まりそうになるほどの激痛。
痛みは熱さへと変わり、全身が焦がされる。
もう二度と話せなくなっても、この時に言葉を紡がずしていつ紡ぐのだ。
「人の心だけが成し遂げる!!」
「未来を託すべき次世代に見せるのは【V2】による破壊の光ではない、人の心が集まって見せる輝きの光のはずだ!!【V2】による荒廃した世界を押し付け、恐怖だけを残してはならない!!」
その光を信じて俺もお前も戦ってきたはずだ、と。
「間違っても人は進み続ける!転んでも立ち直れる!!薄汚れてしまっても!!道を誤ったのは辿り直せる!!誤ってしまったときに多くが傷つかぬように俺達が戦えば良い!!拝金主義者の傭兵と罵声を浴びても、願いを胸に!!」
守るために殺す。
誰も傷つかぬよう、自分を殺しても守る。
それが恭也の学んだ『御神流・裏』、不破の教え。
「それでも・・・・それでもなお、破壊の光を望むのであれば」
―――不破の意義は、守るために殺す矛盾を背負うこと
ならば、最後の不破となるだろう自分が背負うべきは一つ。
「俺が、お前を倒して止める」
正しいとか、正しくないとか、そんなのではなく。
未来を信じるか否かの違いであるのなら。
重傷を負いつつの言葉に勇ましさはない。
しかし、凛然とした意思に裏打ちされた力強さは吹雪にも消せない。
「ふぅっ・・・・・俺と前は鏡のようなものだな」
「・・・・・・・・・・・・」
「向かい合って初めて本当の自分に気付く」
けれども鏡は。
「似てはいるが正反対だな」
大きく息を吸い込んで吐き出す。
喉に血が絡んでくるが、吐かず飲み込む。
世界の命運を握る融合型ストレージデバイス[MORGAN]の先端にあるソケットへ[STREAK EAGLE]を差し込むことで一つの矛とする。
「―――もう一度正面からだ」
言葉はもう要らない。
剣士であれば剣で語れ。
魔導士であれば魔法で語れ。
それが戦士で、もっと屈折した傭兵だ。
ガコンガコンガコンガコンガコンガコンガコンガコン――――!!
カートリッジのロードとコッキング音だけが、無数に鳴り響く。
ここまでで二人は認識を改めた。
魔力を温存している場合ではない。
決着をつけるべきだ。
次の一撃を以って、終止符とする。
ならば温存など必要なし。
一撃に魂魄の全てを賭せ!
そして果たせ。
『円卓』で戦いし、大空の騎士たちの誓約を。
恭也の周囲を未知の魔法陣が取り巻く。
強力なだけの砲撃魔法などエースには通じない。
御神の奥義を魔法に応用して辿り着いた境地――――誰にも真似できない、恭也だけのハイエンド。
ラリーの周囲を圧縮された何千、何万という魔法陣が包む。
強力なだけの砲撃魔法などエースには通じない。
魔法同時発動という異能を駆使し続けた境地――――誰にも真似できない、ラリーだけのハイエンド。
―――きっと、辿り着くのだ。
―――きっと、立ち塞がるのだ。
「神威蹂躪、不破無敵――――“不破流奥義之壱・幻月”」
不破流―――そんなものがあるのかと聞かれれば、とんでもないと苦笑と共に恭也は返すだろう。
できることなら祖霊に詫びたいほどだ。奥義というものはその基本三形を極めたからこその奥義。
基本を蔑ろにした恭也は名付けたくせに、これを奥義として認めていなかった。
最大の理由は、剣士にあるまじき魔法を前提とした奥義であるから
「「「「「「「「「「「「“御神流歩法之極・三段神速”――――【ロスヴァイセドライ】」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「“御神流奥義之陸・薙旋”―――【シュヴェルトラウテ】」」」」」」」」」」」」
寸分違わぬ十二人の不破恭也が神速を三段重ねる、未知の領域へ足を踏み入れながら奥義を放つ。
「白熱の光、強雷の太陽、全ては我が長き腕の射程――――【ゲイアサイル】」
「不撓不屈の魂は折れず、刃は輝きを増して閃く――――【ノートゥング】」
ビキビキと、音をたてそうな勢いで体表に血管が浮き出す。その内の幾本かは切れて内出血を起こす。
ラリーは我ながら無謀な魔法だと思う。しかし、恭也に勝つためには恭也の知らない戦略級の魔法が必須。
最早、引き返せない。自分と恭也――『ガルム』に憧れ、新たな『ガルム』となったPJを殺したのだ。
何より、世界を崩壊させる【V2】の制御装置を握っている。
それで良い。恭也の言葉も承知の上で、とんだ大莫迦野郎と自覚して、ここにいる。
だから、この魔法に全てを。
二度と魔法を使えなくなっても―――いや、そんな能力ぐらい、これが撃てるのならくれてやろう。
「王は再び降臨す――――【エクス・カルス・リベレア】」
魔法文明史上初の、個人が行使する魔法同時発動による合成魔法
直径100mの五条の光速砲撃が無限再生されて全天光檻となす、殲滅空間
これがラリー=フォルクの全身全霊をかけた魔法。
これほどの男を相棒としていたことを、改めて誇らしく思う。
同時に、これほどの男に背中を預けることは二度とないだろう。
【ロスヴァイセドライ】の機動速度は、如何なる魔法を以ってしても捕捉できない。
魔導士を中心とした全方位魔法も【シュヴェルトラウテ】の一撃目で粉砕される。
だったら発想をシンプルにしてしまえば良い。
恭也の動きが捕捉できず、捕捉できても一撃目で粉砕されるのならば。
―――全方位から空間を埋め尽くすほどの砲撃を途切れることなく撃てば良い。
(流石だ)
【シュヴェルトラウテ】―――“薙旋”の初撃。
防御を開門させるための初撃でフィールドまで到達したのは三撃。
残りの九つは全天光檻に阻まれて到達し得なかった。
(攻防一体か)
斬撃の直後、三人の恭也が全天光檻に呑み込まれた。
―――残り九人
恭也の『FALKEN』の特徴の一つに、カートリッジリローディングがある。
外部から一瞬でカートリッジをリロードすることで、予備カートリッジが続く限り使用し続けられる。
――――ガコン!
【シュヴェルトラウテ】―――“薙旋”の二撃目。
念入りに防御手段を奪うための二撃目で到達し得たのは二撃。
フィールドに若干の綻びが生じ始める。
(やはり、[MORGAN]の力だな)
本来ならば初撃の段階でフィールドは砕け散っていたはず。
それがまだこうして強固な防御として斬撃を凌ぎ続けている。
斬撃の前後に四人の恭也が全天光檻に呑み込まれた。
―――残り五人
【V2】の無限動力の一部を[MORGAN]から供給されている。
カートリッジは発動段階のためのものであり、【エクス・カルス・リベレア】とフィールドの維持に無限動力の一部を使用し続けている。
だが、そんな無理を続ければ命を失う。
命と引き換えに行使する、身命の魔法。
―――ガコン!
【シュヴェルトラウテ】―――“薙旋”の三撃目
それも必殺の破壊でありながら捕らえる牙の三撃目で到達したのは四撃。
放った全ての斬撃が、最大の威力で到達してフィールドを破った。
(足りん!!)
十二人居た恭也は今や一人。
フィールドは破壊したが、既に猛烈な勢いで再構築が始まっている。
直感で再構築されたフィールドを残った自分の一撃で破壊できないと悟った。
冷徹な剣士としての直感を恭也は誰よりも信じている。
(俺はここで止められるわけにはいかんのだ!!)
背負ってきたものの重さを競うつもりはない。
しかし、護るべきものが確かにある。
―――アントン=カプチェンコ
『国境無き世界』の創設者にして指導者、更には『ベルカ世界』の誇る魔導兵器開発の大家。
そして、アヴァロン要塞へ到る『円卓』での戦いで恭也に敗れ、彼に希望を見出して世界を託した男。
後に知られるが、彼は『円卓』の地上でアヴァロン要塞の方角を向いて自害していた。
―――『円卓』の戦いで、世界と祖国に絶望しながらも再度希望を見た男の願い。
―――ディトリッヒ=ケラーマン
エースオブエースと呼ばれ、その優れた技術を後進に伝授した魔導士。
そして、恭也へ歴戦の猛者として戦いの何たるかについて身を以って叩き込んだ敵。
憎しみを持たぬこと、生き残ること、自分の決めたルールを守り通すことを次世代の恭也へ託した。
―――『円卓』の制圧戦で、老兵としての務めを果たして託された次世代への教訓。
―――ウォルフガング=ブフナー
ベルカ軍最高のエースと讃えられながらも、軍を脱走するという最悪の汚名を着た男。
しかし、それは自世界内で禁呪の使用命令を拒否しての脱走。己の良心を裏切らぬ誇りある騎士。
今も彼は良心に従い、恭也とラリーの一騎打ちを演出するために他のエースと戦っている。
―――ジャック=バートレット
大国ミッドチルダ軍のエース。とにかく破天荒な男で命令を屁とも思わず、部下を護るために無視する男。
そして、脱走したブフナーを一緒に撃墜された縁で自分の部下だと嘘を吐いてミッドチルダに匿った。
彼もまた相棒となったブフナーと共に『国境無き世界』のエース達と戦っている。
―――二人が見せてくれた敵同士でも解かり合え、共に行けるという希望。
―――ここまで護衛してくれた各世界のエース達。
アヴァロン要塞へ到るための難関、王の谷。
恭也が無数の対空魔導砲台の防御システムに魔力を消耗しないように盾となってくれた。
世界を滅ぼす【V2】を止められるのは恭也だけだと、命を賭して。
―――彼の命を賭してまで託した世界を護ろうとする願い。
―――パトリック=ジェームス=ベケット
TACネームのPJで呼ばれ、恭也とラリーのコンビに憧れ、追い着こうとした男。
そして、アヴァロン要塞直上でラリーの【ゲイアサイル】から恭也を庇って即死した恭也の新しい相棒。
プロポーズするはずだった恋人を基地に残して、それでも恭也の命を救った恩人。
―――彼の命を護れなかったが護られた命の意味。
―――ラリー=フォルク
この世界に迷い込んだ恭也を拾い、魔法と生きるための術を教えてくれた凄腕の傭兵。
半身とさえ言えるほど信頼する、この世で唯一背中を預けて戦える男。
戦争の意義を見失い、魔法文明に危機を覚え、人間に失望して、リセットを決意した魔導士。
―――友であり、兄弟とも言える最高の相棒が背負い、託そうとしているもの。
御神の剣士の本領は護るための剣。
違う――――御神の剣士だからではない。
護るための力が御神の技だっただけだ。
諦めるな。
諦めは、護ると誓ったもの全てへの裏切りに他ならない
【ロスヴァイセドライ】の負荷に恭也の肉体は死に掛けていた。
その前ですら重傷を負っていた。今や全身は噴き出した血で赤黒く染まっている。
意識も加速させ続けたことで、脳内は焼き切れそうになっている。
だからどうした。まだ死んでいないのならば戦え。
≪ヘル恭也、勝利を≫
(ああ、[ADLLER])
[FALKEN]と対と成る融合型デバイス[ADLLER]
(ラリー・・・・信じていない理想を信じようとすることは辛いだろう)
ラリーが身命の魔法ならば、それに応えるべきだろう。
――――『円卓の鬼神』
大層な異名だ。しかし、今この時だけは鬼神となろう。
そう、今この時だけならば到達できると何の根拠も無く確信できる。
「“御神流奥義之極・閃”――――【ブリュンヒルデ】」
閃
無限継続の全天光檻を超越し、完全修復間際のフィールドを破壊し、バリアジャケットを打ち貫いた。
それこそが、御神が御神を名乗る所以。
それこそが、不破が不破を名乗る所以。
その技こそが、破れ不る所以。
その技こそが、神たる所以。
「止めたぞ、ラリー」
「ああ、そうだな・・・・・」
“閃”の直後、ヘッドオンからのすれ違いざまに言葉を交わし、超音速で二人は離れていく。
恭也はラリーの言葉の後半を聞き取ることができなかった。
けれども、それで良かった。
最後の一撃で互いの思いはぶつけ合ったのだ。
全身の感覚器官が死に絶えた中で、両の手には確かに[MORGAN]の中枢を破壊した感触が残された。
《こちらAWACS『イーグルアイ』!【V2】の起動式の減衰を確認、『国境無き世界』は降伏した!世界は護られた!!》
混濁する意識の中で、恭也は全軍に伝えられた報告とエース達の大きな歓声を聞いていた。
そこに垣根はない。敵だった者も、味方もこの成功を歓喜し、祝福している。
その姿の何と素晴しきことか。
(ラリー、世界を見限るのはまだ早い。俺達の戦いは無駄などではないんだ)
地平線の彼方へと慣性のまま吹き飛んだ相棒へ、伝えたかった。
最後の最後で、裏切ってしまった相棒に止めてもらうことを望んだラリーへ。
「ガルム1―――サイファーより、イーグルアイ、各機へ。ミッションコンプリート、RTB」
おそらくもう二度と使うことのないだろうコールサインとTACネームで帰還開始を報告する。
戦いは終わった。そして、やるべきことは全てやった。
後は生き残ることだ。それが、多くのエース達から学んだこと。
生きろ―――円卓の騎士の唯一の交戦規定
血染めで、全身の激痛も麻痺してしまった恭也はそれでも笑みを浮かべていた。
新しい相棒を失った悲しみも、その相棒を殺したかつての相棒をその手で仕留めた苦しみも含めて。
この戦争を通しての全てを、笑みに込めたかった。
――――不破 恭也
ウスティオ軍第六飛行師団第六十六飛行隊、通称『ガルム隊』一番機。TACネームはサイファー。
『円卓の鬼神』と謳われる『ベルカ戦争』最強のエース。
『ベルカ戦争』のたった数ヶ月間の間、彼は存在していた。
その後の消息は不明。彼は決戦の終結と共に忽然と見えなくなってしまう。
それは御伽噺になってしまった時代。
誰もが忘れ去り、真実過去へとされてしまった時代。
それは二人の少女が出会う遥か、遥か昔の時代。
――――RTB(RETURN TO BACE)
おお、格好良いな〜。
美姫 「戦闘シーンが熱いわね」
うんうん。投稿ありがとうございます。
美姫 「もの凄く読み応えがあったわね」
ああ。本当に面白かった。
この後、恭也は何処へと行ったのか。
美姫 「色々と想像できる最後よね」
この終わり方はとっても良いな〜。
美姫 「本当に投稿ありがとうございました」
ではでは。