それはきっと、最初から結果の見えていた勝負。

 

 

 

「―――勝負ありだよ、兄さん」

 

「うるっせぇ・・・・・こういう時は兄を立てて黙っとけ」

 

 

 

高町士郎は折れた肋骨の痛みに顔を顰めながら、片膝を離して立ち上がる。

 

桃子が見立ててくれたフォーマルスーツは数箇所切り裂かれ、朱に染められている。

折角見立ててもらったのにと惜しむが、それは余裕の無さを隠す演技だと自覚している。

 

 

四十年に及ぶ鍛錬があればこその勘で致命傷を免れている。

裏を返せば致命傷を免れることが精一杯で防御しきれていないことの何よりの証明。

 

 

 

 

――――ああくそっ!コンチクショウ!

 

 

 

 

心の中で毒づいて、両手の小太刀を握り直す。

 

 

 

「兄さん・・・やはり、どいてはくれないのか?」

 

「バーカ!どくんならこんな痛ェ思いしてまで戦うかっての!」

 

 

 

自分に似ず、痛いことを我慢してしまう息子とは違うのだ。

しかし、本当に痛い。思ったよりも体が動いてくれない。

 

日々の鍛錬も弟子を鍛えるついでにやっていたが、四十の坂に手をかけそうになるとこうも衰えるものか。いやいや、まだまだロートルと呼ばせない。

 

 

―――くくっ、帰ったら、なのはに続く子供を頑張るぞ、桃子!

 

 

 

さて、そのためには悪い夢に踊らされているマイシスターを―――御神美沙斗を止めないと。

 

 

 

「次は・・・・止めない」

 

「けっ!言ってろ!」

 

 

 

結論から言うと、士郎は美沙斗を打ち倒すことができないと悟っている。

 

ジャ○プやマ○ジンのアクション漫画でもあるまいし、都合良く奥義に目覚めたり、火事場の莫迦力で逆転勝利を収められるほど甘くはない。

 

 

良くて、相打ち。それも確率的にはよほど楽観視して、10%というところ。

 

 

 

けれど、やらなくてはならない。

男には負けると解かっていてもやらなくてはならないときがある―――なんてことを信じてはない。

 

 

ここで退けば、余命幾許もない親友の最後の願いをフイにしてしまう。

ここで退けば、道を踏み外し半ば外道と化している妹を見捨てることになる。

 

 

 

 

濃密な空気。吐き気さえこみ上げる緊迫感。

 

 

 

二人は同時に踏み込む。

 

得物―――小太刀の間合いにはまだ程遠い。

 

 

 

士郎が手首を動かすと、その手には魔法のように三本の飛針が握られる。それも手首のスナップと指先を使って、それぞれ別軌道で投擲。

 

 

 

ヒュッ

 

 

 

美沙斗は飛針の動きを簡単に見切るとギミックになっている鋼糸をリールから引いて、空間に孤を描く。

海鳴ベイシティホテルの廊下に設置された照明が鋼糸に光を反射させたと思った後には、三本の飛針が鋼糸で絡めとられていた。

 

 

 

(さっすが・・・・)

 

 

 

性格的に鋼糸や飛針の扱いが得意ではない士郎だが、一応達人レベルまで極めている。その飛針を容易く絡めとる美沙斗の技量が尋常ではない。

 

 

しかし、士郎は尋常ではない技量も織り込んでいる。

反対の手で同じくリールから鋼糸を引いて空間に放っている。

 

狙いは過たず、美沙斗が絡めとった飛針に巻きつく。

 

 

咄嗟に、士郎の思惑を推測した美沙斗は鋼糸を放し、廊下の中央から壁際に進路を移した。

 

小太刀を握ったままの士郎の手が撓りを繰り返す。そこで美沙斗は読み誤りに気付く。

正面からの打ち合いは肋骨を折った士郎に分が悪い。だから飛針や鋼糸といった本領ではない小道具を使ってきたのだとばかり思っていた。

 

 

だが、違う―――士郎は、美沙斗が極めた奥義之参“射抜”を使うスペースと姿勢を徹底して潰している。

多少無理な姿勢やスペースからでも打てる。当てることもできるが、それこそ士郎の狙い。

 

 

 

 

(小細工を!)

 

 

 

 

蜘蛛の巣のように美沙斗を絡めようと広がる鋼糸。

三本の飛針を新たな支点とすることで美沙斗の手放した鋼糸をも利用した、罠。

 

士郎は一番鋼糸。

美沙斗は零番鋼糸。

 

 

硬軟を併せ持つ人体を切り裂くには十分な鋭利さがある。

 

 

この程度の罠を抜けることは容易い。しかし、士郎が簡単な罠だけで終わらせるはずがない。

自分の鋼糸を利用されるというインパクトは大きいが、罠としては単純。落ち着きを取り戻せばどうということもない・・・・。

 

 

美沙斗は瞬き一つの間に判断を下した。

 

 

 

―――“御神流・虎乱”

 

 

 

罠が続くならば避け続けるは愚かなり。

小細工は踏み潰すのみ。

 

 

重さのほとんどない鋼糸の巣を“斬”が籠もった小太刀二刀の連続斬撃で切り破り、

 

 

 

 

―――“御神流奥義之歩法・神速”

 

 

 

 

照明のスイッチを切り替えるように、美沙斗の視覚から色彩が抜け落ちてモノクロ世界に変わる。

知覚と意識を加速させ、その加速に併せて身体能力のリミッターを解除する。

 

それでも意識と知覚の速度に追従できない体はスローモーションのように、鈍い。

 

 

切り破った鋼糸がコマ送りで落ちていく中、士郎だけが美沙斗と同じ速度で動いている。

最初から“神速”を使うつもりだったのか、美沙斗に合わせたのかは解からない。

 

 

一歩ずつ、間合いを詰める。

 

後一歩で美沙斗は“射抜”に必要な姿勢とスペースが得られる。

 

 

(獲った)

 

 

今の士郎では、“神速”の領域でもスローにならない“射抜”を回避も防御もできない。

 

 

 

 

 

――――嗚呼、自分は兄を殺すのか。

 

妙な感慨だった。

復讐を誓った日から数多の人間を殺してきた。

肉親を殺す時はもう少し違うのかもしれないと思っていたが違うらしい。

 

あるのは、何時も感じる僅かな罪悪感と着実に復讐の成功は近づいている喜び。

 

 

それならば、撃てる。

兄の心臓めがけて必殺の刺突を。

 

 

 

“射抜”の核となる背筋に力を溜めながら、踏み込みの左足を上げる。

 

 

 

 

 

 

直後、死角になっていた左わき腹へ二本の小刀が突き刺さる

 

 

 

 

 

(ば、莫迦な!?)

 

 

 

 

 

一体どこから来た、と考えそうになって美沙斗は自分を叱咤する。

士郎から以外のどこからも来るはずがない。

 

竜香湯の効果で痛覚の大半を麻痺させているが、小刀の勢いまでは消せず態勢が大きく崩れる。

 

 

崩れた態勢の立て直しを図りながら、視線は士郎から外さない。

 

 

左手に持っていたのは、小太刀ではない小刀だ。それを投擲したのはわかっている。

 

ならば左の小太刀は――――鞘に納まっている。

 

そして、士郎と美沙斗の間合いは――――

 

 

 

 

 

(最初からこれが狙いだったのか!!?)

 

 

 

 

 

得意ではない飛針の投擲も、

絡められた飛針に鋼糸を巻きつけたのも、

鋼糸で美沙斗を切り裂こうとしたのも、

美沙斗に“虎乱”で切り破らせたのも、

“神速”の領域に入ったのも、

陰刀技術で小刀を投擲していたのも、

 

 

全てがこの瞬間のための布石。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――“御神流奥義之壱・虎切”

 

 

 

 

 

 

 

 

(くっ!!)

 

 

 

 

形振り構っていられない。

無茶苦茶な態勢から筋肉を引き絞り、捻り、伸ばして、炸裂させる。

 

 

 

 

 

――――“御神流奥義之参・射抜”

 

 

 

 

 

 

 

刹那の交錯は――――――起こらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎の体重は細身だが筋肉質なおかげで80kg近い。

その士郎の体が、宙を舞い、廊下の突き当たりの壁に叩きつけられる。

 

 

 

「がっ!」

 

 

 

衝撃に呼吸が止まり、咳き込む。

そのまま倒れこもうとする体を踏ん張らせるが、言うことを聞かずにズルズルと壁と擦れながら尻餅をつく。

 

 

「莫迦だ、莫迦だと思ってたけど、そこまで莫迦になってるとはな・・・・」

 

 

怒りよりも哀れみが勝る視線で、士郎は右わき腹を薬と布で応急処置している美沙斗を見やる。

 

右肩は痛さを通り越して、神経が狂ってしまうような熱が踊っている。

美沙斗の持っていた白木柄の小太刀が士郎の右肩へ鍔元まで深々と刺さり、埋まっている。

 

 

士郎の“虎切”は美沙斗の肺腑へ到達する寸前に、“射抜”の勢いで刺さった直後に小太刀を投擲射出する“射抜涙雨”で体ごと吹き飛ばされて失敗した。

 

 

 

「莫迦でも、外道でも、畜生でも構わない・・・それで復讐が果たされるのなら、私は化け物で良い!!」

 

 

 

静かな語り口が壊れ、悲鳴のように士郎へ言葉を叩きつける。

 

麻薬である竜香湯を使って、痛覚を麻痺させて両脇の怪我は痛みを消している。

怪我はそれだけではない。奥義のような高度な技を崩れた態勢から無理に使った代償として、筋肉と骨格に過負荷が生じて、筋肉が千切れている。

 

現に、痛みからではなく、動かないせいで片足を引き摺り、痛んだ背筋のせいで右手がうまく上がらない。

 

 

 

「兄さんは・・・兄さんは悔しくないないの!?母さんを、父さんを、一臣を、琴絵さんを、静馬さんを、一族皆を殺した『龍』が憎くないのか!?」

 

 

 

―――永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術

 

 

その流派を名乗った御神の一族。

その血統は、今や四人しかいない。

 

士郎と美沙斗、士郎の息子で失踪してしまった恭也と、美沙斗の娘で士郎が引き取った美由希。

 

 

他の者達は二人の弟である一臣と親戚である琴絵の結婚式の日に、『龍』を名乗る組織が仕掛けた爆弾で全滅した。誰からも好かれた琴絵の結婚式には一族総出で集まったことが裏目に出た。

 

 

旅先で間に合わなかった士郎と恭也。美由希が熱を出して病院へ連れて行った美沙斗。

この四人だけが惨劇に巻き込まれず、生き残った。

 

 

その後は、解かり易かった。

家族を、夫を殺された美沙斗は美由希を士郎に預けて復讐に走った。

 

 

 

そして、運命の皮肉か、『龍』の情報と引き換えに暗殺を引き受けた美沙斗は、暗殺対象を護衛する士郎と戦うことになった。

 

 

―――ティオレ=クリステラ

戦災孤児という境遇から、歌手として頂点を極め、英国貴族で上院議員を務めるアルバート=クリステラと結婚した現代のシンデレラの一人。士郎にとって親友と呼べる夫婦。

 

ティオレは長年の無理が祟り、余命幾許もない。

彼女はその残り少ない命を自分の夢に費やすことを決めた。

一つは、頂点を極めたが故に利権が絡む公演ではなく、小さなチャリティーを世界各地で開くこと。

もう一つは、自分の娘で才能を全部受け継いだ娘であるフィアッセ=クリステラとの共演。

 

 

 

美沙斗は公演を全て中止することを要求し、さもなければ死んでもらうと勧告してきた。

その要求はティオレの夢を潰すことになる。時間的にも、機会的にも、今回がティオレにとって夢を叶える最後の機会になる。

 

 

だから、士郎は辞めたはずのSPの仕事を引き受けた。

親友の最後になるだろう夢を叶えるために。

莫迦な妹を止めるために。

 

 

 

(こいつは、鎖骨が完全に砕けたな・・・)

 

 

 

紙一重で動脈は切れていないが、“射抜涙雨”の破壊力は士郎の右鎖骨を完全に粉砕している。おかげで、右手はピクリとも動いてくれない。

 

 

全盛期の士郎なら今の麻薬まで使っている美沙斗にも勝てた。

しかし、かつてフィアッセを守るために重体から昏睡状態に陥った間の衰えと、長年のブランクが響いていた。

 

 

 

 

勝てない。そんなことは最初から承知で戦っていたのだ。

 

 

 

 

 

「憎いか、憎くないかで聞かれれば憎い。けれどな、俺とお前の憎しみは違う」

 

 

少なくとも自分の子供を捨ててまで復讐には走らない。

 

 

 

「俺があの時にお前を止めなかったのは復讐に賛成する気持ちがあったからだが、今のお前のそれは単なる八つ当たりだ。」

 

「八つ当たり・・・だって?」

 

 

美沙斗の声が震える。

 

 

「ああ、八つ当たりだ。この十数年、『龍』の足取りは追えたか?」

 

「・・・・・・追っている」

 

 

 

美沙斗のはっきりしない態度だけでわかる。

十年以上の月日を費やしても、『龍』の正体を掴むまでに至っていない。

 

 

 

「『龍』の幹部は?組織の規模は?拠点は?―――そのどれも解かってない。復讐したいのに、相手が見つからない。焦ったお前は、闇に手を染めて情報を求めた」

 

「ミイラ取りがミイラになっちまってやがる!殺すときに、心の中に喜んでる自分がいるだろう!?そいつは悪魔だ。本当の復讐の代わりに誰かを殺すことで衝動を止めようとする、復讐達成に一歩近づいてるっていう自己弁護で自分を誤魔化そうとする悪魔なんだよ!」

 

 

 

「うるさい!!兄さんに何が解かるんだ!!」

 

「解かるに決まってるだろうが、この莫迦!!」

 

 

 

美沙斗が肯定するかのように大声で怒鳴ると、士郎も負けじと怒鳴り返す。

 

 

 

 

見透かされた。

見透かされてしまった。

 

自分を必死に騙していた嘘も、本音も見透かされてしまった。

 

 

全部、全部、全部が欺瞞だったことを。

暗殺を請け負ってからは自己弁護と八つ当たりの殺戮だったことを。

そんなことで人を殺してきたから、益々後戻りができずに悪循環だけが続いた。

 

 

身も心も畜生に劣るまで堕ちてしまったことを、見透かされた。

 

 

 

「一つ教えておいてやる―――――」

 

 

 

美沙斗は、本能的にその次の言葉を聞いてはいけない気がした。

 

 

 

「――――『龍』なんていう組織は、この世に存在しない」

 

 

 

・・・・聞いてはいけないのに。

 

 

 

「な、何を言い出すんだ兄さん・・・・そんなわけ、そんなわけあるはずがない!」

 

 

 

頭が真っ白になりかける。

駄目だと叱咤を繰り返し、士郎は言葉で自分の戦意を削ごうとしているのだと言い聞かせる。

 

 

なのに、心臓がキュウと縮まる。

 

 

 

 

「『龍』っていうのは組織や個人名じゃないんだよ。その都度、その都度に結成される暗殺部隊の名前だ。色んなマフィアやカルテル、時には各国諜報機関や特殊部隊が隠れ蓑にするためのな」

 

 

 

止めきれず、今度こそ頭の中が真っ白になった。

 

 

 

「嘘だ・・・そんな・・・嘘に決まってる・・・」

 

「嘘だったら良かったんだが・・・・俺は現役時代に四回、『龍』を名乗る連中と戦った。そして、殺した奴の経歴を調べ上げて解かったんだ。もちろん、大部分は俺の推測だが、そうでもないと説明がつかないことが多すぎる」

 

 

 

簡単に言えば『龍』という組織は都市伝説の一つ。

全世界的に暗躍する謎の組織。アンダーグラウンドにおいて強固な基盤と数多くの兵を持つ。

 

もしかしたら最初は本当に存在したのかもしれない。

誰もが、自分だけと思って『龍』を模倣している内に、毎回中身の違う『龍』が生まれ、やがて都市伝説を形成していった。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

美沙斗の瞳から生気が失せる。

 

『龍』を追って十数年。

 

娘も捨てた。

人の心も捨てた。

肉体も捨てた。

 

『龍』を追うためだけに費やし、何もかもを捨てて得た答えが『龍』などという組織は存在しない。

 

 

士郎の答えへ到達した者は一体何人いるのだろうか。

おそらく、一人も居ないのだろう。そして、御神を滅ぼしたときの『龍』を知っているのはその時の『龍』だけ。考えるまでもなく、手がかりなどあるはずがない。

 

 

 

何もかも、全てが無駄だった。

 

 

感情が動いてくれない。

嘲り笑うことさえできない。

 

 

 

 

士郎は、天井へ顔を向けて動かなくなった美沙斗が哀れでならなかった。哀れんではならないと解かっていても。

 

 

 

「・・・・駄目なんだよ、兄さん・・・・」

 

 

力なく、覇気もなく、何もかもが失われた空気の振動現象だけの声。

 

 

「そうか・・・・駄目か・・・・・」

 

 

 

その声だけで、士郎はこの次の展開が知れた。

こうなる予測はついていたから。

 

 

『龍』の正体を明かすことが本当に有効なら、最初の邂逅で何をおいても使っていた。

切り札というのは最後にとっておくことで効果が生じるからこそ、切り札にするべきものだ。

安易に強力なものだけを切り札にすることは二流のやること。

 

 

 

 

「もう遅いんだ・・・私は、殺した。不破の、御神の教えを破って―――自分の欲望のままに剣を振るった。血に綺麗も汚いもないんだろうけど・・・誰が許しても私が許せないんだ!」

 

 

「莫迦が、大莫迦が・・・・・」

 

 

 

御神の剣士は護るときにその力を最も発揮する。

息子の恭也にも、義娘の美由希にもそう教えてきた。

 

 

それが本当ならば、今の自分の情けない姿はなんだ?

 

 

壊れそうになっている妹の心を止めてやるための剣を持つ力さえ残っていない今の自分は。

 

肩の傷は小太刀が刺さったままのおかげで出血は酷くないが、これまでの出血と消耗で全身が鉛になったかのように重い。指一本動かすにしても震えるばかりで遅々として動いてはくれない。

 

 

 

「もう、動かないでくれ・・・・兄さん。私は殺したくないんだ」

 

「だったら、剣を置いて『ごめんなさい兄さん』って言ってみやがれ」

 

 

小太刀を杖代わりに震えて砕けそうな足を騙して立ち上がりながら、軽口を叩く。

 

 

「・・・俺はな、息子に愛想つかされた上に、妹の非行まで見逃すほど阿呆じゃないでな」

 

 

こういう時、これっぽちも親に似なかった恭也ならもっとうまい言葉の一つや二つ思いつけるだろうに。

そう考えると苦笑が湧き上がる。あいつは、何も言わずに失踪した。その兆候さえ見れなかった自分が親父面するのも可笑しい。

 

 

 

「兄さん・・・・」

 

「さて、仕切り直しって感じでもないが―――もう一回やるか」

 

 

 

得物は左手の小太刀一振り。右手が動かないなら、他の武器は使えない。

翻って美沙斗は、両脇の負傷は軽くないが両手の自由は確保されている。片方の小太刀は士郎の肩に刺さったままで使えないが、満身創痍の士郎が相手ならばハンデにもならない。

 

 

試されているのか?

 

 

無駄だと知って、それを誤魔化すために更に自分を傷つけられるのかと。

ここで兄を殺せば、もっと引き返せなくなる。ただの殺人鬼として狂い死にするしかない。

 

 

 

 

士郎は二刀差しの鞘に小太刀を納め、“虎切”の構えを取る。

 

 

 

確実に敗れる。達人だろうと、素人だろうと、誰が見ても士郎は負ける。

世の中そんなに都合よくはできていない。

都合よくできているのならば、そもそも御神の一族は滅びなかった。

 

 

考えてもいないのに、美沙斗の体は反射の域で最も信頼する技―――“射抜”の態勢に入る。

 

 

 

(これが私なのか・・・・よくよく業の深い人間だな・・・)

 

 

 

十数年の修羅の生活は、考えずに体が動くまで戦闘者として練り上げられている。

 

 

このまま、士郎を殺すことを意識せずとも体が勝手に動いて士郎を殺すだろう。

 

 

何も考えずに済むのならそれで―――――

 

 

 

 

 

 

「―――――兄さん?」

 

 

 

 

そこで、美沙斗は初めて気がついた。

 

 

―――衣川館の弁慶

 

主君・義経を守護するために総身へ矢を受けてもなお立ったまま往生した武蔵坊弁慶。

士郎もまた、絶命こそしていないが、理想的とも言える“虎切”の構えのまま気絶している。

 

 

精神が肉体を凌駕するにしても、限界がある。

限界は唐突に訪れ、気絶した。それでもなお立ち続けるのは、“立つ”という強固な意志だけが気絶してなお意識し続けていることの証左。

 

 

 

「・・・めん・・・ごめん・・・ごめんなさい、兄さん・・・」

 

 

 

決して、憎しみでもなく、親友の夢を護るためだけでもない剣を以って戦った士郎に、謝ることしかできない。気絶する前に謝ることができたら良いのに。

 

 

 

修羅でも、外道でも、畜生でも。

それでもまだ自分を「妹」と呼んでくれることが堪らなく嬉しいのに―――どうして、自分は止まれない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その言葉が出てくるのならば、まだ間に合う―――――」

 

 

 

 

 

士郎と美沙斗以外の、第三者の声。

瞬時に切り替えた美沙斗が今度は自分の意思で“射抜”の構えを取る。

 

 

 

本来ならば構えで止まる美沙斗ではない。間髪入れず、“射抜”を文字通り射出していた。

それを躊躇わせたのは、これまでまるでその存在を気付かせなかった隠行を警戒したから。

 

 

 

「誰だ?」

 

 

問いかける間に、声の主は廊下の死角から進み出てきた。

 

 

黒、真っ黒、漆黒という黒の三重奏で統一された服装。

袍に似た下半身の自由度が高い黒のコート。それ以外にスラックスも、手袋も、靴も、とにかく身に着けているものが全て黒で統一されている。

 

おまけに口元を隠す覆面まで黒。

 

 

 

 

「―――不破の怨念・・・・とでも名乗ろうか」

 

 

「なに・・・を・・・・!?」

 

 

 

愚弄されているのかと思った矢先、覆面の――――声から察して――――男は小太刀の二刀を背負い差しにし、“薙旋”の構えを取った。

 

 

―――有り得ない

 

 

御神の技は失われて久しい。構えを覚えている人間がいたとして、ここまで再現できるはずがない。

構えだけではない。美沙斗には、この構えから限りなく完全に近い“薙旋”が放たれる様が想像できる。

 

 

御神の技を使えるのは、四人。美沙斗を除くと三人。

士郎は倒した。美由希はコンサートホールの通路にいる。

だったら―――――

 

 

 

「恭也・・・なのか?」

 

「ええ・・・お久しぶりです・・・・」

 

 

 

覆面の男―――高町、不破恭也は見抜かれたことにさして驚いた様子もなく認めた。

 

 

一年前に失踪した士郎の息子。美沙斗が会ったのは美由希を預けたとき以来になる。

子供の頃の面影はほとんどないが・・・何故か、何故か――――

 

 

「失踪した、と聞いていたが」

 

「色々・・・あったんですよ。けれど、今は美沙斗さんを止めるためにここへ来ました」

 

 

 

母さんや父さんに知れたら怒られるでしょうけど、と全然笑っていない苦笑を発する。

 

 

 

――強い

 

空気と変わらないが確かに発せられている剣氣。

死角も隙もない立ち居振る舞い。

 

おそらく、恭也は限りなく御神の―――不破の剣士として完成されつつある。

ここまでの強さは美沙斗の知る限り、母親の美影か、夫の静馬だけだ。

 

 

 

「君も私の邪魔をするのか?」

 

「俺は止めるだけです」

 

「同じだよ――――立ち塞がるのであれば、君だって・・・殺す」

 

「―――辛いでしょう、美沙斗さん」

 

 

威嚇の言葉を恭也はまるで聞いていない。

 

 

「全部が無駄と解かっていても、止まることができない。だから、俺が貴女を止めます。それが美沙斗さんの望みでもあるから」

 

「私の・・・望み・・・か。そうかもしれないね・・・・だが、復讐を果たすことも私の望みでもある」

 

「させませんよ」

 

 

異常なまでに落ち着いた恭也に違和感が増していく。

最後に会ったときから年齢に似合わぬ落ち着きを見せる子供だったが、今の恭也は違う。

 

 

 

もう止まれないのだ。復讐という目的を下げるわけにはいかないのだ。

この手には『龍』を追うために殺してきた者の血で汚れ、全身を朱に染めている。

情報を得るためには善人も殺した。悪人を殺したとき胸を撫で下ろして、殺人に悪を感じなくなり始めた自分に嘔吐した。

 

そんな。そんな自分が、架空の『龍』を負い続けて誤魔化すしかない自分が、日の当たる場所に出たら。

 

 

必ず、振り返った光景に押し潰される。

それは総身を切り刻まれるより酷い心の痛みとなって壊すだろう。

 

 

血と臓物で敷き詰められた道を走って、走って、走って無様に何も得られずに死ぬことが相応しい。

 

 

もう、それしか御神美沙斗には残されていない。

 

 

―――娘のことは、美由希のことは忘れろ!

 

 

 

 

「―――拾ってください」

 

「・・・何?」

 

「父さんの刀を拾って使ってください。一本では、“射抜”は“射抜”足り得ません」

 

「なっ!?」

 

 

美沙斗は絶句するしかなかった。

莫迦にされている以外の何者でもない。

 

 

如何に美影や静馬に匹敵する剣氣を発していようと。

如何に満身創痍で本来持ち得る実力の全てを発揮できずとも。

 

一介の剣士としてこの愚弄を許すわけには―――いかない。

 

 

 

「その驕りを許すわけにはいかない」

 

 

 

士郎の小太刀――八景を拾い、再度“射抜”の構えを取る。

 

 

 

「勝負です、美沙斗さん」

 

「ああ・・・・もう語る必要はないっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――“御神流奥義之歩法・神速”

 

 

 

 

 

同時に御神の剣士だけが達することのできる神の領域へ達する。

 

この僅かな時間だけ人外となる。

斬鉄を可能とする御神の剣士が、肉体の限界まで力を引き出せば。

三次元で戦う御神の剣士が、肉体の限界まで力を引き出せば。

 

 

ようこそ、銃弾さえ見切る世界へ。

 

 

 

ようこそ、修羅の世界へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

小細工を抜きにして間合いは詰められる。

 

芯の部分で冷静な剣士としての思考が美沙斗に選択させた。

痛みを感じなくとも切れた筋肉や腱は動かない。

 

 

“射抜”の利点である長大な射程は全身のバネと筋肉の柔軟性に裏打ちされている。

今の美沙斗では射程が短くなるのは必然。だから、間合いを詰めて恭也よりも疾く突く。

 

 

 

 

故に―――初めて試す

 

 

 

 

 

―――“御神流奥義之歩法・二段神速”

 

 

 

 

 

 

色の抜け落ちたモノクロの世界から、今度は濃淡が落ちる。

世界がただの線で縁取られた輪郭だけに入れ替わる。

 

 

これが神速を重ねた世界。

 

 

自分が呼吸しているのか、心臓が拍を打っているのか、血管を血が流れているのか、

それすらも認識できないほどに意識が加速される。ここではあらゆる速度が意味を成さない。

 

意識が細胞の一つにまで行き渡る感覚。

 

そうだ。細胞レベルで身体制御を行うことで、人間が可能とする最高の動きができる。

 

 

 

―――私は、これで恭也を殺すだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「休みましょう、美沙斗さん」

 

 

 

――――“御神流奥義之歩法・三段神速”

 

 

――――“御神流奥義之陸・薙旋”

 

 

 

速度が意味を成さない世界で、鳥籠から逃れた猛禽のように自由に動いた恭也がそう言った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・強くなったね、恭也」

 

 

廃品のベッドに粗末なシーツをかけただけの汚いベッドに座る美沙斗は、入り口横の壁に背中を預けて座る恭也に話しかける。

 

 

「・・・そんなことありません」

 

「私を倒しておいて謙遜すると、ただの嫌味だよ・・・」

 

 

 

負けた。

 

美沙斗にとってそれは忘れそうなほど昔にあるだけ。

この十数年間、負けることは死を意味するからこそ負けられなかった。

 

けれども、恭也に負けた美沙斗は生かされている。

知覚はできた。重ねた神速の世界の中で恭也の斬撃は見えた。見えたからこそ、どう足掻いても防げない一撃と理解して――――意識を断ち切られた。

 

 

士郎にやられた切創も、筋肉や腱もきちんと手当てされている。

場所も慮って、ベイシティホテルから美沙斗が潜伏先にしていた廃ビルの一室に移されていた。

 

 

 

―――大きくなったね、恭也

 

 

そう言おうとして、思い留まった。

その言葉を掛ける資格は自分にないのだと。

 

 

 

「私を生かしたのは、何故なんだ?」

 

「―――美沙斗さんを殺しても何の解決にもならないから、誰も喜ばないからです」

 

「私が殺してきた者は喜んでくれると思うよ・・・」

 

「―――そんな、どうでも良い連中のために俺は御神の剣を振りたくはありません」

 

 

自嘲しようとして、全く予想しなかった恭也の冷たい言葉に少し驚く。

 

 

「言っておくが、私が殺してきた人間は悪人ばかりじゃないんだ」

 

「解かっています―――俺に言わせれば、だからどうしたと。殺人という罪を犯したから美沙斗さんのことを見捨てろと言われて、はいそうですかと聞き入れるほど愚かではありませんから」

 

「恭也、君は・・・・・・」

 

「無責任とは解かっています。俺にとって、美沙斗さんはどれだけ人を殺していても優しいお姉さんだった美沙斗さんなんです。」

 

 

 

恭也はただ過去を懐かしんで、美沙斗の血に塗れた道から目を背けて都合良く言葉を口にしているわけではない。

 

美沙斗には直感的に恭也が人を殺したことがあると解かった。いや、恭也はそれ以前に突発的とは言え人を殺したことがある。それとは違い成長して、何かの目的の下に人を殺したことがある。

直感が正しければ一人や二人ではない。大勢の人間を殺してきている。

 

そうでなければここまであっさりできない。

まだまっさらで綺麗な剣を振るう美由希なら尚更・・・・。

 

 

「俺もたくさん殺しました・・・それが『円卓』で戦う掟だとしても、許されないとしても、その剣を振るうことに後悔だけはありません」

 

 

美沙斗の心を見透かした恭也はほんの少しだけ苦しそうな顔をする。

それは一瞬で、恭也はまた何でもない顔に戻る。

 

 

「でも、俺も過ちを犯しました。何の罪もない非戦闘員を数え切れないほど殺しました。空疎な大義と現実で理由を付けて、御神の剣を振るいました―――父さんや美由希に合わせる顔がないのは、俺の方かもしれませんね」

 

「君も、家には戻らないつもりなのかい?」

 

「いえ」

 

 

恭也は小さく頭を振る。

 

 

「俺の御神の剣は歪で凶がったものに成り果てました・・・けれど、俺はその歪で凶がった剣でしかできない方法で護りたいものを護ります」

 

「強いね、恭也は・・・・私にはとても真似できないよ」

 

 

復習を諦めたわけではない。生涯諦めることはない。

しかし、修羅としての御神美沙斗は恭也の薙旋で完全に粉砕された。

 

外道でも、畜生でも美沙斗は剣士。

剣士が剣で敗れることは剣に乗せた信念を破られるに等しい。

解かっていても防げないあの一閃。

自分では止まれない修羅を恭也が止めてくれた。

 

だから、復讐を諦めて日の当たる世界へ戻る―――ことができるほど器用になれない。

 

 

 

―――帰る場所などない。

 

一族は滅び、復讐のために美由希を捨てて自ら居場所を無くした。

 

士郎はあれだけボロボロにされてもきっと自分を受け入れて高町家に迎えてくれる。兄はそういう男だ。

美沙斗に帰れる場所があるならそこしかないが、そこにいられるか自信がない。

 

この十数年、人との付き合いは負のベクトルだけだった。

人を騙し、謀り、傷つけ、殺してきた。

高町の家に馴染めるはずがない。

 

何時か、必ず取り返しのつかないことをしてしまう。

何時の日か、穢れた自分でも迎え入れてくる高町の人達を手酷く傷つけてしまう。

優しくしてくれる人達を傷つけたくない。

 

 

何より――――

 

 

 

「―――美由希と会うのは、怖いですか?」

 

「・・・うん。理由があろうとも、母親であることを捨ててあの子から離れたことは事実だからね。怖いよ。怖くて堪らない・・・・・恭也は何でもお見通しなんだね」

 

 

年の離れた、甥っ子に心の裡を容易く看破されて情けないが、少し心地良かった。

 

 

「あの子は、私のことを覚えていないみたいだ」

 

「・・・俺も父さんも教えませんでしたから」

 

 

士郎は帰ってくるための場所を作るため、美由希と再び親子へ戻るため、待って準備をしていた。そのためには美由希に何故母親がいなくなったのかについて教える必要はないと考えていた。

 

恭也がそのことに気づいたのはもう少し後になる。

そのときの恭也は、美由希はそれで良いだろうが、捨てた側の美沙斗の問題は解決しないのではと思っていたが。

 

 

「美由希に会いたいでしょう?」

 

「ああ・・・・姿を見たときは勢いに任せて抱き締めたくて、それもできない自分が歯がゆくて崩れそうだった・・・何て莫迦で身勝手なことを思ったけど、止めようがなかったんだ」

 

 

 

美沙斗は十六になってすぐに結婚した。

御神史上最高の剣士と謳われた御神静馬が好きで、大好きで、すぐに結婚した。

未来の御神一族を背負っていく静馬に多くの縁談があったのは知っていたから。

 

その静馬との間に生まれた美由希を美沙斗は当然のように溺愛した。

陳腐な言い方をすれば愛の結晶である美由希を愛さない理由はどこにもない。

だからこそ、その美由希を捨て置いてまで走った復讐を諦めるわけにはいかなかった。

 

 

 

「私は、美由希に拒絶されると思うと怖い。想像するだけで震えが止まらない」

 

 

その恐怖のために、理不尽を押し通そうとした。

まだ戻れたはずなのに、自分自身の弱さのために狂い果てようとしていた。

 

 

「俺は――――」

 

 

恭也はそこで一旦言葉を切って立ち上がった。

 

何故か戦ったときにはあったはずの小太刀を持ってないのを美沙斗は不思議に思う。

 

 

「―――無理に美由希へ会えとは言えません。十年以上あいつの兄をやってきましたけど、桃子かーさんを思ってか一度も本当の母親について俺たちに漏らしたことがないから。会って、美由希がどんな反応を示すか・・・とてもじゃないですけど、解からないんです」

 

 

ここは空疎でもそれらしい励ましの言葉をかけるべきじゃないかと恭也も思わないわけではない。

けれど、空疎な中身に意味はない。求められるのは嘘ではなく、中身のあるハッピーエンドへの標。

 

人生はやり直しがきくという台詞がある。

それは常識の通用する世界だけの御伽噺だ。

美沙斗にとって美由希とやり直す最初で最後のチャンス。

 

娘を捨てて、信念を曲げて外道へ堕ち、一族を滅ぼしたものと同じ理不尽を通そうとした

それらを踏まえた上で、蟠りを解消するのは難しい。

誰よりも自分の罪を許せない美沙斗は、美由希とのやり直しに失敗すればあとは孤独の殻に篭り、狂うしかなくなる。

 

 

「美沙斗さんにはもう少し時間が必要だと思います・・・怖いでしょうけど、過去の罪と向き合ってください。ただ目を背けるだけではなく。もう一度、美由希とやり直すためなら・・・きっとできるはずです」

 

「厳しいな・・・・・けれど、それが条件でもあるね・・・」

 

 

希望に満ちた―――わけではないが、ほんの僅かだが光が射したのは恭也のみ間違いだったのか。

 

 

偉そうなことを言いながら、その実自信はない。

人の心などわからないと逃げを打つこともできる。美由希の真意は美由希にしかわからない。

本当は最初から可能性はないのかもしれない。それすらも可能性。

 

戻れる可能性があるのなら前に進むべきだと、思う。

 

 

何と無く、恭也と美沙斗の視線が合わさり、お互いに考えていることがわかって苦笑する。

 

 

 

「折角、恭也に憑物を落としてもらったのに・・・何だか情けないよ」

 

「そうですね・・・俺達はどれだけ剣を究めようと、剣士である以前に一人の人間だと思い知らされます」

 

「どんな修行よりも困難な気がする・・・・ふふっ、これに比べれば“閃”に達するほうが簡単な気がしてきたよ」

 

「そうかもしれません・・・・」

 

 

その笑い声が、美沙斗が無理した笑いと解かっていても恭也は嬉しかった。

あくまで仏頂面で嬉しさは他に解からないが。

 

立ち直ろうとしくれている。

自分の罪から逃れるために更なる罪を犯そうと自分を傷つけ続けた美沙斗が。

過去の清算はできない。それでも、未来はあるのだ。

 

生きることは未来をどうするのかと同じこと。

きっと復讐は諦めていないだろうが、美沙斗は立ち直る正のベクトルを得ようとしている。

 

 

それで良い。人は急に変われない。特に自分や美沙斗のような不器用な人間は。

だから言葉よりも雄弁な剣で自分も相手も傷つけながらでなければ分かり合えない、伝わらない。

 

 

人のことだけを心配している場合でもない。恭也もまた、もう一度居場所を作り直さなくてはならない。

一年間の失踪という、家族への裏切りを贖いながら。それが望んだものでないとしても。

 

――憎しみを持たぬこと

――生き残ること

――自分の決めたルールを守り通すこと

 

恭也はその教えを忠実に守り、親友の約束と家族を護るためにこの世界へ戻ってきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





美沙斗と対峙したのは士郎。
美姫 「恭也が失踪していたりと色々あるみたいね」
うんうん。この辺りの事情みたいなのも後々明らかになるのかな。
美姫 「楽しみよね」
連続投稿ありがとうございます。
美姫 「すぐさま次へと」
我々は最後でお会いしましょう。
美姫 「では、また後ほど」



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