フェイトが目を覚ました頃、なのはは家の居間で考え事をしていた。
時空管理局のこと。
ジュエルシードのこと。
これからの自分の行動のこと。
そして、金髪の少女―――フェイトのこと。
真剣に考えなくてはいけない。中途半端な気持ちでは駄目だ。恭也や美由希を見れば解かる。剣術を学ぶときの二人は混じり気のない純粋さで望んでいる。何かを成すにしても、極めるにしてもその純粋な気持ちなしに成し遂げられるはずがない。
「くそっ!本気でやりやがって・・・この親不孝者め」
「むっ・・それは聞き捨てならんな、愚父よ。もう年だと認めたほうがいいぞ?―――なぁ、美由希」
「いっ!?私に話を振るの!?」
「ふん、美由希はお前と違って俺を年寄り扱いするわけない!」
「・・・・思いっきり目を逸らされてるが?」
「な、何!?―――う、うそ、嘘だと言ってくれぇっ!!」
「見苦しいな父よ・・・」
「無表情のくせに無茶苦茶解かりにくい笑いはやめろ!腹が立つ!」
「何を言う。俺は笑ってなどいないぞ」
「ぼそぼそぼそ(ほら、美由希。早くフォローするんだ)」
「ぼそぼそぼそ(えー!?む、無理だよ!!)」
「ぼそぼそぼそ(そこを何とかしないと、いじけた兄さんはしつこいぞ?)」
「ぼそぼそぼそ(うぅ〜仕方ないなー)」
「さぁ、美由希!」
「え、あ・・・ああっと、お父さんは結構な年で衰えてるわりには頑張ってると思うなー、なんて」
「「・・・・・・・・」」
「俺・・・結構な年か?」
「まるでフォローになっていないな」
「・・・美由希、もう少し言葉を選ばないと。兄さんが部屋の隅っこで独り言を言い出してしまったよ?」
「え?私が悪いの!?」
「みーんみーんみーんみーんみーん――――」
「人が真剣に悩んでるのに・・・・・」
夜の団欒の一時は解かるが、にぎやか過ぎる我が家が今日ばかりは恨めしい。
しかも面白すぎて真剣な雰囲気が霧散してしまう。本音を言うなら笑ってしまいたい。
けれども、これから家族へ話すことを考えると笑ってもいられない。
「なのはー、お待たせー」
夕食の後片付けを終わらせた桃子がパタパタと歩いてきて、向かいのソファに座る。その横には恭也と美由希が無理に引きずって座らせた士郎がどんよりした状態で並ぶ。
大事な話があるからご飯が終わったら聞いて欲しいと言うなのはに答えて、高町家は勢揃いした。
「それで話っていうのは何かな?」
ニコニコしているが、桃子の瞳の奥には真剣な色がある。
ごくりと唾を飲み込み、大きく息を吸ってから、なのははその瞳をまっすぐに見て話を始める。
「最近ね、新しい友達ができたの」
「あら、それは良かったわねー」
「うん・・・それでね、その友達ととても大事なことを始めたんだけど、どんどん難しくなってるの。色々な人から色々なことを言われて、諦めてもいいって言われたけど・・・・」
さっきの喧騒が嘘のように高町家のリビングはしんと静まり返った。
末の娘の言葉を一言一句聞き逃すまいと。
「・・・でも、私は諦めたくないの。大切な友達とはじめたことだから、絶対に諦めたくないの。まだ、遣り残したことも一杯あるから。きっと、ここで諦めちゃったらずっと後悔することになるから」
「そう。なのはは、まだ続けるんだって決めたのね?」
「うん。どうしても、続けたいの・・・続けなくちゃいけないの」
「だったら、私はなのはのしたいことを応援するだけよ・・・ね?」
笑みを絶やさない桃子は、隣でようやく立ち直った士郎に言葉を掛ける。さっきの落ち込みが嘘かのように、士郎も父親らしい暖かな表情で頷きを返す。
「何をしてるかは知らないが、後悔を残すような真似はさせられないからな」
「何をしてるのかは・・・・・」
「言えないんでしょう?―――でも、大丈夫。私もお父さんも、なのはが悪いことなんてするはずないって信じてる。逆に悪いことをしてる子を叱りに行くぐらいに思ってるんだから」
パチッ、とウインクする桃子になのはは一瞬心臓が跳ね上がった。
「悪いことをしてる子を叱りに行く」・・・当たらずとも遠からず。まさか気づいているはずもないが、恐るべきは母の勘。
「夜に出かけてるのはやはり理由があったか・・・・」
「にゃっ!?な、何で知ってるの!?」
魔法で窓から外に出ているから、物音は立てていないはず。
「ふふふっ・・・父を甘く見るなよ、なのは。例え年寄り扱いされても、家に出入りしているぐらいは気付く!」
「まだ根に持ってたのか・・・・・まぁ、俺も美沙斗さんも気づくぐらいだからな」
「うぅ〜・・・私、知らなかった」
「はにゃ〜・・・・・」
美由希一人だけが気づいていなかったことにしょんぼりしているが、それでも士郎以外にも恭也と美沙斗が気づいていたことに、なのはは驚きを通り越して呆れる。
「うちの家族はみんな人間離れしてます・・・・」
「むっ、それは失礼だぞ、なのは。訓練すれば誰だってできる」
そういうところが割りと非常識な存在の証拠なんです、と兄への抗弁を心の内に留めておく。
「ほらほら、話が脱線しちゃったわよ・・・・まだ終わりじゃないのよ」
「うん・・・ここからが大事なの―――最後まで続けるためには、しばらく家を空ける必要があるから、そのことを認めてほしいの」
「家を空ける・・・って、そんな・・・・」
これには流石の桃子や士郎も動揺する。
深夜徘徊でもそれは朝になれば戻ってくる。しかし、家を空けるということは安否を確認する術がない。取り返しのつかない事態になっていても、知ることができない。
「しばらく、協力してくれる人のところでお世話になるから大丈夫だよ」
リンディやクロノには、ユーノから協力の申し出を行ってもらい了解を得ている。
あの『アースラ』で部屋を用意してもらえることになっている。
桃子と士郎は黙考してから、互いに顔を見合わせる。言葉を交わさず、魔法のように気持ちの確認をとるとなのはへ視線を戻す。
「どうしてもそうしなければならないんだな?」
「うん・・・どうしても」
固い決意を伝えるように、なのは力強く頷く。
「そこまでしっかり決意をしてるなら、私たちも口出しできないわね・・・・あ〜あ、何だかいつの間にかなのはも大きく成長しちゃった」
「お母さん」
「さっきも言ったが、後悔だけはさせたくないんだよ。俺も後悔したことは沢山あるからなおさらな」
「お父さん」
ほんわかと桃子と士郎が暖かな笑顔を浮かべる。
子供とばかり思っていた末娘の早すぎるかもしれないが、確かな心の成長に嬉しいような、悲しいような、やっぱり嬉しいような。そんな笑顔。
放任主義ではなく、ちゃんと子供を理解した上で信頼して送り出そうとしてくれている。
「ありがとう、お父さん、お母さん」
「うん♪」
「ああ」
新婚なみにラブラブな二人は揃ってVサインを返した。
「でも、一人旅って、とってもロマンチックな響きよね〜」
「よしよし、旅支度なら任せておけ。何せ父さんは長い間各地を流離った旅の達人だからな」
「きっと、どこかで素敵な男の子と出会ってひと夏の思い出を作るのよね!」
「なに!?男だと!?―――そんなことお父さん許しません!ってついに言えるんだな!よし来い!!」
「いい?ちゃんと相手は見極めて抜け出せないくらい虜になったところで、私たち両親のところに連れてくるのよ?」
「ふふふっ!「なのはとの交際権は俺を倒すことが最低条件だ!」とか、「結婚したくば御神流の師範三人に勝利してみせろ!」とか、言ってみたかったんだよな!」
「なのはにも私のシュークリームみたいな必殺のアイテムがあれば・・・これならもう少しお菓子作りを仕込んでおくべきだったわね・・・」
「万が一にも負けられんから、もう少し鍛錬を濃くするか・・・・相手を凹ませる高笑いの練習も必要だな・・・・「ふふふふっはははははっ!!」・・・こんな感じか?」
「ねぇ、恭ちゃん・・・・」
「何だ美由希。言いたいことは大体解かったが、あえて聞いてやろう」
「突っ込んであげたほうがいいのか?」
「やめておけ、どうせ曲解するか最初から聞かないかのどちからになるのがオチだな」
「やっぱり・・・・」
さっきのとても親として尊敬できる態度だったのに、と嘆かずにはいられない。
元の万年春爛漫ラブラブ夫婦に戻ってしまった。あれは何かの気の迷いだったのだろうか?
「まぁ、兄さんは昔からあんな感じだったから・・・・」
「美沙斗さん・・・フォローですか?」
「い、一応そのつもりだけど・・・・」
下手の考え休むに似たり。
「やれやれ・・・ん?」
テシテシと、リニスが愛らしい肉球で足の甲を叩いてから首を巡らし、なのはの方を向く。
何と無く言わんとすることが察せられた。日常では念話を使わないようにしているが、これであまり不便がないのはこうやって、察し合うことができるから。
「なのは」
「にゃ・・お兄ちゃん?」
「父さんも母さんもあんな状態で役に立たないから、俺が荷造りを手伝おう」
「えっと・・・あははは・・・・・・お願いします」
「それじゃあ、私も手伝うね」
完全にどこかへ思考が旅立ってしまった夫婦をおいて、美沙斗も入れて四人はなのはの支度を手伝うために居間を離れる。
恭也は自分の部屋にある一人旅に役立つものを取ってくると言って別れ、なのはの部屋には美由希と美沙斗が一緒に入る。
「これから暑くなるから荷物は嵩張らなくてよかったね」
旅慣れている美沙斗は、服の効率的な詰め方を実演つきで教える。
「あの――――」
「ん?」
「美沙斗おねーさんは、反対しないんですか?」
「うん・・・しないというより、できないのかな」
「おねーさん」という呼ばれ方に慣れない美沙斗は照れながら答える。
桃子と違って自分の容姿がかなり若いことに自覚がないらしい。
「お母さんは、遠慮してるんだよ。桃子かーさんと士郎とーさんが決めたことなら、反対できないって」
美由希の言うように、美沙斗は二人に遠慮をして言い出さなかった。
何となく危険なことだと察していても両親が認めているのなら、疎遠だった叔母が口出しすることではないと。
「私も心配だし、できたら家を空けてほしくなんかないけど・・・なのはの気持ちも少しは解かるから応援したいと思ってる」
「おねーちゃん・・・」
「それに、なのはは恭ちゃんに似ちゃったみたいだから仕方ないよ」
「わたしが、おにーちゃんと?」
苦笑する美由希になのはは首を傾げる。
言われてもピンと来ない。恭也みたいに黒が好きではないし、寡黙でも無愛想でもない。似ているところを探すほうが難しいとなのはは思う。
「うん、そっくりだよ。全部自分一人で抱え込んじゃうとことか、すぐに無理をしようとするところとか、何でだろうって思うぐらいに根っこのところでそっくりなんだよね」
士郎が快復するまで父親をしていたから、似ちゃったのかなと冗談めかして美由希は笑う。
「そのくせ、人が悩んでたり無理してたりするといつも鈍感なのに鋭くて気づくんだよね、恭ちゃんは」
いつも人のことばかり気にして、自分のことを省みない。
だから未だに彼女の一人もできない。けれど、同時に安堵もする。
まだ、恭也に彼女―――何を差し置いても護る者がいないことに。
誉めてるようでいて、貶しているように聞こえるけれど、誇らしげにしているようにも思える美由希の言葉に、なのはは感覚的に解かってしまった。
その感覚が女の勘と解からなくても。
「おねーちゃんは・・・・おにーちゃんのことを好きなの?」
「・・・・うん。私は初恋からずっと恭ちゃんだけを見てきたから・・・今も好きだよ」
美由希は思っていたよりも素直に言えたことに自分でも驚いていた。
反対になのははちょっと胸が痛かった。
時々、ブラコンとも言えるほど恭也にべったりなことがあるが、それは好きな異性だから。
恭也とは本当の兄妹ではなく、従兄妹だと知ったときは嬉しかった。兄妹なら結婚できないが、従兄妹ならできる。そして、誰よりも恭也に近い位置にいることができる。
御神流を始めたのも、護りたかったら。
護られるばかりではなく、好きな人を護り、肩を並べる力が欲しかったから。
ずっと、ずっと、恭也が士郎の背中を追いかけたように、自分は恭也の背中を追いかけてきた。
恭也は知ってか知らずか、平然として振り向いてくれる気配さえないが。
「恭ちゃんはあんな風に不器用だけど、私はその恭ちゃんに憧れて、好きになったんだよ」
衒いもなく、美由希は言い切った。その表情は口に出した言えたことに満足して清々しかった。そして、少し意地悪な色を浮かべる。
「だからね、なのはに嫉妬して恭ちゃんと喧嘩したことだってあるんだ」
「にゃっ!?わたしに!?」
「そうだよ?―――恭ちゃん、自分も忙しいのに一生懸命時間を作ってなのはにばっかり構うから、ある日私が怒ったの」
―――『なのはばっかりズルイ!わたしだって恭ちゃんの妹なのに!』
―――『恭ちゃんはなのはだけが大事で、私なんか本当の妹じゃないから要らない妹なんだ!』
最初はそんな言葉を叩きつけて、それからは支離滅裂で酷い言葉をたくさん浴びせた。
「私もまだ小さかったらから、遠慮しなくて・・・でも、恭ちゃん全然怒らなかった。逆に、ポツッて言うの・・・・「すまない」って」
今だから解かる。そのときは解からなかった。
感情に任せた言葉がどれだけ恭也を苦しめたのか。
恭也が中学生になったばかりの頃の話だ。新入生同士で友達を作るはずが、恭也にはそんな時間すらなかった。桃子は翠屋の経営で忙しい以上、長男である恭也が家を懸命に護った。
睡眠時間を削って、美由希に御神流を教え、家の仕事を片付け、幼いなのはの面倒も見る。学校の成績が落ちたり、居眠りで授業態度が悪ければ桃子が呼び出されると解かっているから、最低限のレベルを維持した。
自分の時間なんて、一分もなかった。
もっと時間を自分に使えと迫った美由希は、後に愚かさのあまり死にたくなった。
それでも、恭也は泣き言も、不満も一言も言わなかった。ただ「すまない」とだけ。
己の力不足だから。言い訳することなく、偽者の父親でしかないことを詫びた。これから、もっと父親らしく平等に振舞うからと。
愚かな言葉で、恭也の心を削り殺した。
そのことにはっきりと気づいたのは、士郎が快復して戻ってからしばらくして、恭也が唐突に失踪してから。恭也が寡黙で、不器用で、滅多に笑わなくなってしまってからだった。
「あの頃なんだよね、自分の気持ちにはっきり気付いて―――同時に、あの言葉で私は恭ちゃんにとって異性じゃなく、護られる家族だけになったんだって・・・っと、ごめんね、何か変な話になっちゃった」
過去のつまらない話をしちゃったね、と美由希ははにかむ。
けれど、なのはにとっては詰まらないことなんてない話だった。
まだ自分が物心つく前の話。そして、子供の自分には誰も教えてくれない話。
恭也は決して自分から辛いことを話さないから知らなかった。
自分が寂しいと感じていた頃、本当に一番孤独だったのは家族を孤独と寂しさから護ろうとしていた他ならぬ恭也だった。
「私も、多分桃子かーさんや、士郎とーさんも、なのはが恭ちゃんに似てるって思ってるからできるだけ自由にさせてあげたいんだ・・・・恭ちゃんにはしてあげられなかったから、せめてなのはだけでもね」
贖罪の方法としては間違ってるかもしれない。
けれど、恭也は自分への贖罪なんて少しも望んでいない。あくまで大事な家族のためにやったことだから。
だからせめても、なのはを代償にしようとしている。恭也と同じ苦しみを味あわせまいと。
「おにーちゃんは、なのはのやろうとしていることに反対なのかな・・・・」
「うーん・・・・かなりね。恭ちゃん、やっぱり一番面倒を見てただけあってなのはのこと凄く大事にしてるから。さっき士郎とーさんが「結婚したければ〜」って言ってたけど、口に出さないだけで恭ちゃんのほうが本気で考えてると思うよ?」
なのはが連れてきた相手に仁王立ちになって、「認めてほしくば俺を倒してみろ」と告げる恭也。
あまりのハマリ具合に思わず、三人とも笑ってしまう。
だが、相手にとっては悪夢以外のなにものでもない。剣をやらないなのはの目にも、恭也は人間をやめてるとしか思えないほどに強いのだから、倒すのはまず不可能だろう。それこそ、魔導士でもない限り。
「でも、やっぱり恭ちゃんも反対するけど無理には止めないと思う・・・・なのはが決めたことなら、きっと応援してくれる。それが恭ちゃんだから」
「おねーちゃん・・・・うん」
いつもドジッ子な姉が、とても大人っぽく見えてなのはは頷く。
そのとき、半開きになっていたドアが開いて恭也が入ってきた。
一斉に集まってきた視線に怪訝な顔をする。
「なんだ?」
「ううん、なんでもないよ。ねっ、なのは」
「うん、なんでもないよ、おにーちゃん」
「ふふっ・・・」
「?」
何やら自分が不在の間に行われた女三人姦しい会話があったらしいと、恭也は肩を竦める。
「荷物の準備は終わったのか?」
「うん、そんなに持っていくものはないから」
そう言って、リュックを閉じる。
美沙斗のおかげで嵩張らずにすんだ。
「なら、俺からはこれを渡しておこう・・・」
「にゃっ?・・・・ブレスレット?」
「うわっ!これって、ラピスラズリのブレスレットだよ」
群青、瑠璃の青のコントラストの中に白と金色が混じった一級品のラピスラズリ。
「昔、旅をしているときに御守りとして貰ったものだ。なのはは俺や父さんみたいな旅をするわけじゃないだろうから、渡せるものはこんなものになるが」
「で、でも、こんなのもらえないよ〜」
「・・・・そうか。ならばこうしよう。預けるだけで、なのはが必要ないと思ったときに返してくれれば良い」
後は聞く耳持たない恭也はカボション・カットされたラピスラズリのブレスレットを、なのはの手首に嵌める。少し大きいかと思ったら、意外にぴったりと嵌まった。
(あれ?)
絶対にサイズが違うと思ったのに、ブレスレットの方が合わせてきたように見えた。
「・・・・・ねぇねぇ、恭ちゃん?」
「なんだ?」
「・・・・・その御守のブレスレットくれたのって、女の子?」
「・・・ああ、そうだが?なぜお前がそれを知ってる?」
「やっぱり・・・・」
胡乱な目つきの美由希に、恭也は感心しつつも首を傾げている。
なのははすぐに気付き、美沙斗も少しして美由希の推理に行き当たる。
「おにーちゃん、罪作りはいけないと思います・・・・」
「何のことだ?」
「なのは・・・・無駄だよ。恭ちゃんの朴念仁は筋金どころか鉄骨入りなんだから」
「・・・わ、私は多分恭也ほど鈍くはない・・・と信じたい」
「むぅっ・・・・・・」
とても理不尽な扱いに唸るしかない恭也だった。
準備を終えたなのははリュックを背負い、トントンと音をたてて靴をしっかり履いてから振り返る。
玄関には見送りのために家族が勢ぞろいしてくれている。
どこか心配そうで、それでいて応援してくれているような雰囲気に後押しされてなのはは笑顔を見せる。
「それじゃ、行ってきます!」
「無理しちゃ駄目よ?」
「頑張れと言わなくても頑張るだろうから、適度に頑張れなのは」
「自分のやれることをしっかりね」
「・・・前にも言ったけど、諦めることだけは駄目だよ?」
「うん!」
これ以上いると、別れがたくなりそうでなのはは戸に手を掛けて開く。
外はもう子供が出歩く時間帯ではなくなっている。本能的に竦みそうな暗さに、なのは足を踏み出してから家族に手を振り、ついに家から出た。
決めたから。最後まで遣り通すのだと。
テテテ、とフェレットになっているユーノが肩に乗る。
(ユーノ君)
(うん、なのは)
新しくできた友達と必ずやり遂げる。
戸を閉め、家族の姿が見えなくなった―――その時、
(元気でな・・・なのは)
「え?」
戸の向こう側にいるはずの恭也の声がやけにはっきりと聞こえた気がした。何時もユーノと交わす念話のように。
「元気で・・・って・・・・」
それはまるで、別れの言葉。別れは別れでも訣別に近いニュアンスの。
猛烈な不安にもう一度、戸を開いて兄の姿を確認しようとして思い留まる。
(何かあったの?)
(ううん・・・何でもないよ)
ユーノには聞こえなかったらしい。
空耳だったのだろう、と結論付けてなのはは家の門の外に出る。
その足早な速度は、不安を打ち消すように。
もしかしたら、確認しなかったのは戸を開けた向こう側に恭也の姿が消えてなくなっているかもしれないという恐怖のせいかもしれない。そんなことがあるはずはないのに、否定しきれない不安と恐怖がなのはの心に圧し掛かっている。
「駄目駄目・・・こんな気持ちじゃ!」
声に出して、自分を鼓舞するなのはは迎えてきてくれているはずの場所まで走り出した。
時間は少し戻り、ユーノが協力を申し出た後のアースラではリンディとクロノが執務官補佐のエイミィ=リミエッタと三人で顔を突き合わせていた。
その中でクロノが一番難しい顔をしていた。
「もう、そんなに民間の協力者が気に入らないんですか?」
端末で情報収集の結果待ちをしているエイミィが溜息混じりにクロノへ尋ねる。
「そんなんじゃない・・・・別にあの子がどうこうということわけじゃない。ただ、民間人に協力してもらうんじゃ僕ら管理局が何のためにあるのか解からないだろう?」
「まぁ、一応筋は通ってますけど・・・・本音はどうなんですか?」
今は敬語を使っているエイミィだが、管理局の士官学校時代からの付き合いなのでこの場にリンディさえいなければ敬語も使っていない。それでも、敬語に隠されたクロノへのからかいの色は隠せない。
「本音?」
本音も何も、クロノは本気で民間の協力者を快く思っていない。
捜査への情報提供はまだしも、事件の捜査そのものに民間人を加えるのは言語道断だ。
ただ、クロノが違うのはそこに付随する責任問題が面倒という理由ではない。執務官としての覚悟を決めて望む自分に対して、覚悟のない民間人がもし負傷するような事態が嫌なのだ。傷つくのは覚悟のある人間だけで良い。
エイミィも長い付き合いで知っているが、もう少し違う反応を期待しただけにレスポンスの悪いクロノに眉根を寄せる。
「執務官殿は何か不満がありますか?」
黙って聞いていたリンディが、割ってはいる。
「いいえ、僕は艦長の命令に従います」
命令だから従うんです、というニュアンスにリンディは溜息をつき、エイミィは苦笑する。
こういうのを拗ねるというのだが、口に出せばムキになって否定してくるだろう。
その辺はまだ子供なんだと母親でもあるリンディは少し嬉しくもあり、上官として困りどころでもある。
「てっきり、わたしは可愛い女の子には戦わせられませんと言うかと思いましたけど」
「ふんっ、馬鹿馬鹿しい!―――ほら、結果が出たみたいだよ」
「はいはいっと・・・・」
収集した情報を『アースラ』のデータと照合して、精度を高めていく。
金髪の女の子―――なのははまだ名前を明かしていない―――を助けた黒尽くめの男。
戦ってみたクロノの手応えでは自分と同等のAAA+の魔導士と予測している。しかも、かなり戦闘慣れしている。管理局でもあれほどの手練はそう多くない。近接戦闘に限れば、自分でも負けるのではと思っている。
ならば、と思い『アースラ』が観測した男のデータを抽出して検索に掛けてみることにした。
管理局は秩序維持機構である以上、過去の犯歴だけではなく指名手配犯や前科者の能力、更にはレアな魔法資質者に至るまで捜査へ必要になる多様なデータベースを作成している。AAA+ともなれば、データベースにヒットする可能性はかなり高い。
それほどにAAA+の魔導士というのは希少な存在になる。
「出ました、かなりの条件に該当するのが一人」
「出してちょうだい」
「はい」
リンディに言われて、エイミィは自分が確認する前に大型の映像を出す。
「これは・・・・驚いたわね」
「大当たりだぁ・・・」
「・・・・・っ」
三人は大型の映像に投影されている黒尽くめの男のデータへ釘付けになる。
「特S級の重要指名手配犯――――初めて見たわ、こんなの」
リンディも管理局に務めて十年以上になるが、ここまでの大物が実際の捜査線上に上がったのは初めてのことだった。
『管理局重要指名手配犯131号』
通称:ガルム
危険度:特S級
魔導士ランク:不明
その後には罪状が続き、その多さと内容の濃さは極刑以外の処罰が有り得ないほど。
そして、更に三人を驚かせたのは―――
「ねぇ、クロノ・・・・あなた、相手は若い男の声だったって言ったわよね?」
「ええ・・・言いましたよ」
落ち着き払ってはいたが、間違いなく若い男の声だった。
もちろん、魔法で声を変えることはできるが、それなら顔も魔法で変えればいいのだから隠す必要はない。
しかし、魔法で声を変えていたと考えるのが自然だった。
「今から三十四年前・・・・・管理局の支局を壊滅。職員の大半は――――」
―――死亡していた
合わない年齢に、とんでもない過去が判明。
美姫 「益々、謎が深まるわね」
いやいや、目が離せない展開ですな〜。
一体、何がどうなるのか!?
美姫 「次回が楽しみだわ」
その次回は後一本!