「撒けたか?」

 

「多分な・・・・周囲に連中の反応はない」

 

 

右目が金色で左目が銀色の青年―――カーマインは隣にいる黒尽くめの青年―――恭也の安全確認を信じてごろりと横になる。

 

周囲はミッドチルダの辺境地域だけあって豊かな自然に恵まれている。

天気も良ければ、風も心地よい。カーマインでなくとも横になりたくなる。

 

さらさら、さらさら。

春が訪れたばかりのこの地域は、本当に風が気持ちよい。

刺々しい緊張感も吹き流されていく。

 

 

「そう言えば、今日ので幾つ目だ?」

 

目を閉じたままのカーマインが尋ねる。

 

「十七個目になるな」

 

「そうか・・・だが、これ以上管理局と正面から遣り合うにはリスクが大きいな。ロストロギアは連中も最優先で狙ってくる」

 

カーマインの手にあるシガレットケースのような小さな箱。

中には五千年前に崩壊した古代魔法文明の遺産―――次元航行戦艦の設計図と動力炉の核となるロストロギアが収められている。おそらく、これ一隻を復元するだけで管理局の艦隊と対等に渡り合える。

 

 

「しばらく、この辺に潜伏するか・・・」

 

「そうだな」

 

さっき大きな仕事をしたばかりで、管理局の目が光っている。

他の次元世界へ移動したくとも転送ゲートを展開したが最後、場所を特定される羽目になる。

 

 

「さて、野宿の準備だな」

 

まだ日は高いが、その間に準備を整えておくのが野宿。

恭也は立ち上がると、簡易テントの準備に取り掛かる。

 

「それじゃ、俺は飯の調達を―――セレブは狩りを頼むな」

 

「了解した」

 

 

どこからともなく釣竿を取り出したカーマインは、影から抜け出したセレブに手近な獣の狩りを頼む。

二人とも文明社会の人間ではあるが、身軽さを優先するため食料を確保しなくてはならないこともある。

 

 

 

 

「お兄さん達、何をしているんですか?」

 

「「・・・・・・・!?」」

 

 

落ち着いた雰囲気の声に呼びかけられた二人は、弾かれたように顔を上げる。

人払いの結界を張ってはいないが、虫一匹も逃さない恭也の感知能力が捉えられなかった。

 

(敵意で判別したから、民間人に気付かなかった・・・・)

 

(・・・お前らしくないな、恭也)

 

(面目ない・・・・)

 

無理もないかとカーマインは思う。

合流するまでに恭也は追手を全滅させている。しかも、実行に移すまでの二ヶ月間は不眠不休で戦い、注意を惹きつけてくれていた。判断力が鈍っていても責められない部分がある。

 

 

二人は、土手の上の細道にいる少女を見上げる。

 

紺色のフレアスカートにフリルのついた白いブラウス姿の少女は、清潔感のある正統派美少女。金髪がキラキラと陽光を反射している。真っ白な日焼けしていない両手にはトパーズのような核が収まった長い杖が握られている。

 

 

「旅をしている最中なんだよ!だから、ご飯の確保をしようと思ってね!」

 

「駄目ですよ!ここは私有地なんですから!」

 

「固いことは言わないでくれよ!」

 

「個人所有であれば持ち主に迷惑が掛かるな・・・」

 

「お前・・・どっちの味方だよ」

 

そんなこと言っていると今日の飯がなくなるのだが、恭也はその辺融通が利かないところがある。

いざとなれば無視はするのだろうが、見咎められて反抗すような奴ではない。

 

 

「そうですよ、ここは私の土地なんですから!」

 

「なっ!?」

 

目の前の少女が土地の所有者。

まさかとは思いつつ、嘘をついているようにも見えない。

 

 

「ふむっ・・・・俺の名前は恭也、君の名前は?」

 

「私ですか?私の名前は―――――」

 

 

ぶわっ、と春の突風が吹いてから少女は大きな声で名前を叫んだ。

 

 

「―――プレシア―――プレシア=テスタロッサです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガルムは足元に三つ巴の描かれた魔法陣を展開させている。

魔法陣から放出される魔力は結界を構築し、何の変化もないように幻覚を見せている。実際にはフェイトとアルフが顕在化したジュエルシードを封印するために派手な魔法を行使しているが、かなり高位の魔導士でもなければ見破ることはできないようになっている。

 

フェイトを助けた数日前から一緒にジュエルシードの回収を始めた。

最初は断られたが、そこを強引に押し切ってサポートだけということで協力している。元より肝心の回収作業はフェイトにやってもらうつもりだったガルムにとっては都合が良かった。

 

 

海鳴の山側の展望台にカッと強い光が輝く。

ガルムはクローズドヘルムに覆い隠されているため光は問題ないが、思わず顔を背けてしまうほどの光。

 

 

「ガルムさん、回収完了しました」

 

すっ、と空からゆっくりフェイトとアルフが降りてくる。その手には元に戻ったジュエルシードが握られている。

 

「お疲れ様、フェイト」

 

「なんだい、私には言ってくれないのか?」

 

フェイトだけを労ったことにアルフが膨れっ面――獣形態なのでそういう気がするだけ――で言う。

 

「そう拗ねるな、アルフも頑張ったな」

 

 

苦笑と共に頭をワシワシと撫でてやると気持ちよさそうに目を眇める。

フェイトはちょっと羨ましそうにその様子を見ているが、自分もして欲しいとは言い出せない。

 

―――ポンポン

 

「あ・・・・」

 

物欲しそうな表情を見て取ったガルムがフェイトの頭も優しく撫でる。

手袋の感触が少し硬いが撫でられた頭からポカポカと体が温かくなって、浮くような感じに表情が綻ぶ。

 

撫でるガルムは思う。

何て甘え下手なのだろう、と。

原因が母であるプレシアにあることは分かりきっている。

フェイトは―――この子は求めることを許されていなかったから。

 

愛情は無償では与えられない。

愛情を求めてもいけない。

求めれば求めるだけ、愛情は遠ざかり続けるのだから。

 

だから、今のように求めても、欲しても待つだけ。

何時か、何時の日かと、か細く根拠のない愛情を与えられる時を待ち続ける。

 

 

プレシアのことを人は酷い親だと思うだろう。親とは子に愛情を注ぐことが暗黙のルールだから、そのことは仕方ない。そのルールに従えばプレシアは親失格になる。

 

けれども――――

 

 

―――何故、あの子は私を憎まないの?

 

 

その言葉を聞いてしまった。

こんなことになってしまった理由も知った。

 

自分には、フェイトの側にいる義務がある。責任を問われればないだろうが、それでも過去に果たせなかった己の在り方のために。

 

この甘え下手な子供に、プレシアから貰うよりも何十分の一、何百分の一程度にしからならないだろう愛情を注ごう。

今のようにジュエルシードを見つけて喜ぶなら、喜びを分かち合おう。管理局と戦い苦難に直面するなら、共に苦難を分かち合おう。本当ならば、プレシアと父親が果たすはずだった役割を。

 

 

 

「ガルムさん?」

 

気付けばフェイトが不安げに見上げている。

その声には微かな怯えが混じる。

 

「なんでもない・・・そろそろ、帰るか?」

 

「はい」

 

九日間で二つ。ペースは悪くない。

フェイトが同意するのを確認してから、ガルムは転送用の魔法陣を展開する。

 

デジタル処理のように周囲の風景が一瞬にして入れ替わり、気付けばそこはフェイトがこの世界で拠点としているマンションの玄関だった。

 

 

「さて、夕食の準備をするから手伝ってくれるか?」

 

「はい」

 

二人はバリアジャケットを解除し、普段着に戻る。

意識したわけではないが二人とも黒い服装のため合わせているように見える。

 

「ガ〜ルム、私は肉がいいな〜」

 

アルフが尻尾をパタパタと振りながら催促する。

 

「いいだろう・・・だが、その分だけ野菜も食べてもらうが」

 

「え〜!野菜はいいから、肉!肉!」

 

「そんなに野菜が嫌なら、無理に俺の料理を食べることはないぞ?」

 

「うっ・・・・」

 

アルフは本来、食べる必要がない。使い魔のエネルギー源は主人の魔力。すなわち、必要な分は常時供給されているのであって食事というある種不便な行為の必要性がない。

ただ、食べずに済むということと、食べないということは同義ではない。美味しいものを食べれば美味しいのだ。

 

「私は別に栄養とってるわけじゃないんだから肉だけでもいいのに・・・・」

 

「もう、アルフは・・・・」

 

仕方ないな、とフェイトが小さく笑う。

 

「ふむ・・・ドックフードも存外美味いものだが、あれでは不満なのか?」

 

「私は犬じゃないっ!」

 

曰く、誇り高い狼の同族らしい。

 

「・・・って、ガルムは食べたことあるの、ドックフード?」

 

「・・・・遠い昔の話だ。あの頃は色々あってな・・・食べられるものなら選んでる暇がなかった」

 

遠い目をするガルムの背が少し煤けて見える。

アルフとフェイトは顔を見合わせて、どうしようかと苦笑を交わす。

 

「解かったよ・・・・もう、普通でいいから戻ってこーい、ガルム」

 

「むっ?―――何から戻ってくるのか知らんが、よく我慢したな。少し肉分を多目にしておこう」

 

「本当に!?」

 

「俺は嘘を・・・偶にしかつかん」

 

色々と思い当たる節があって、断言できなかった。

幸いと言うべきか、アルフはもう聞いていない。肉だ、肉だと喜びながらソファの上で丸まってしまった。

 

 

「・・・・では、作るか」

 

「・・・・はい」

 

二人は間抜けになってしまい、気の抜けた状態で仕度に取り掛かった。

 

 

フェイトは料理を作れないが簡単な手伝いはできる。ガルムの手際は慣れたもので、刃物や火の扱いに無駄がない。性格が実によく反映されている。手伝いもないほうが楽なはずだが、一言もそんなことを言わずに片手間に丁寧な指導で料理を教えてくれている。

 

一方で教えられる側のフェイトも賢く、まだ未熟だが確実に教えられたことを吸収していた。

 

包丁とまな板がぶつかる音。

火に掛けられた鍋の沸騰音。

皿と皿が当たる音。

 

料理が織り成す家庭という音が、ただ帰って寝るだけだったフェイトの家に流れる。

 

 

 

フェイトは楽しかった。

アルフが戯れたり、笑ったりしている。

自分も笑えている。

プレシアのことを考えると悪いことをしているような気がするけれど。

 

ガルムが来てから、確かに変わってきている。

部屋は何一つ変わっていないのに、温かく明るくなってきた。離れがたく、安心できる。

それが家庭というものである、とフェイトには解からなかった。

 

 

ガルムが本当は何者なのかは解からない。カーマインに確認をとって味方だと解かったが、何故ここまでしてくれるのか解からない。

ガルムもカーマインも、フェイトの全く知らない魔法陣を扱う。そして、魔導士としては一流。おそらくAAA+には到達している。プレシアという別格の存在をさておいても、早々存在するものではない。

 

気にはなる。けれども、聞けない。

聞いてしまえば最後。ガルムが自分の側からいなくなってしまうような気がする。

 

 

「どうしたフェイト?」

 

「え?」

 

言われて考え事のあまり手が止まっていたことに気付く。

慌てて包丁を動かそうとしたところでガルムがその手を掴んだ。包丁は人差し指を切る寸でのところで静止した。

 

「自分の手を切るつもりか・・・包丁を扱っているときに考え事は危ないな」

 

「・・・・ごめんなさい」

 

「何か、聞きたいことがあるのか?」

 

時折、自分をちらちらと見ながら考え事をしていることに気付いてはいたらしい。

フェイトは僅かな迷いのあとに口を開く。

 

 

「ガルムさんは・・・どうして、私に優しくしてくれるんですか?」

 

「ふむ?――――優しくしている自覚はないが・・・仮に俺が優しくしているとして、人に優しくすることに理由はいらないとは思わないか?」

 

「っ!?」

 

 

あまりに普通に尋ね返されて息を呑んだ。何て酷いことを口走った。

ガルムの優しさに裏なんてあるはずがないのに。聞けば、ガルムの優しさを疑ってしまったことになる。

 

「あっ・・・あ・・あ・・」

 

一歩

一歩

一歩

 

フェイトは下がる。

 

 

「フェイト?」

 

成り行きを見ていたアルフは、突然の豹変に首を傾げる。その声も怯えるようにカタカタと震えるフェイトに届かない。

 

ガルムの顔を見ることができない。

もし、怒っていたら。

もし、悲しんでいたら。

もし――――嫌われてしまったら、

 

 

「フェイト」

 

「ひっ――――!?」

 

 

小さく悲鳴を上げて、フェイトは逃げ出そうとする。

 

怖い。堪らなく怖い。

ガルムが自分を嫌ってここからいなくなってしまうかもしれない。

そうなったらどうやって止めていいか解からない。

 

プレシアは鞭で叩いても、罵声を浴びせてもどこかに行くことはなかった。

 

何を言えばいいのか。何をすればいいのか。

解からないから、幼い精神は逃げることを選んだ。

はっきりと理由もないのに一秒でも早く逃げようと身を翻した、

 

 

「フェイト」

 

 

けれど、その手はガルムに掴まれて阻まれた。

 

「は、放して―――」

「俺は、こんなことでフェイトを嫌いになったりはしないぞ」

「っ!?」

 

どうして――――この人は、

 

 

「うっ・・・ぐすっ・・・ううっ・・」

 

嬉しくて、安心して、感情がオーバーフローした。

涙が止められない、口からは嗚咽が漏れる。

 

ガルムは何も言わず、顔を覆って泣きじゃくるフェイトを小さく笑みを浮かべてからそっと抱きしめた。

 

 

「お願い・・っく・・・です!・・・もう・・何も・・っく・・聞きません・・・・だから――――どこにも・っぅ・・行かないでくださいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

ガルムは泣き疲れて眠ってしまったフェイトを寝かせた。

本当に綺麗な金髪を手櫛で梳りながら、少し泣き腫れてしまった寝顔を見つめる。

 

「ガルム・・・・」

 

「ああ、すまない。支度はできているから、アルフは先に食べていいぞ。お腹が空いているんだろう?」

 

立ち上がって配膳しようとするガルムに、アルフは人間形態になって激しく首を振る。

 

「アルフ?」

 

「・・・・いい」

 

「?」

 

「要らない・・・」

 

「いや、だが・・・腹が空いているのだろう?肉もすぐ焼くぞ?」

 

「っぅう・・・それでも要らない!一人だけ食べてもつまらない!

 

“肉”に反応してしまう悲しい性だが、誘惑を振り切って要らないと言い張る。

この子には何よりフェイトが大事なのだと教えられる。フェイトにとってもアルフだけが無条件で一緒にいてくれる相手。それが、使い魔と主人の契約条件だから。

 

きっと、どちらも欠けてはいけない。

 

「そうか・・・なら、フェイトが起きたら一緒に食べような」

 

「・・う、うん」

 

柔らかく微笑むと、アルフは顔を赤くして小さく答えた。

 

 

 

 

 

 

 

それからフェイトが目を覚まして、三人は遅い夕食を摂った。

完成間際だった料理は出来たてで温かかったが、さっきの雰囲気を引きずっていつもどおりとはいかなった。けれども。十分に美味しくて、フェイトもアルフも笑顔で、知らず顔が緩んでいるような気がした。

 

 

「さて・・・と・・」

 

洗い物まですませたガルムが、ダイニングの椅子に座る。

向かいには洗い物が終わるまで待たせていたフェイトとアルフが座っている。

 

「少し昔話をするか」

 

「昔話・・・ですか?」

 

「そう、つまらないかもしれないが、俺の昔話だ」

 

聞きたくなければ素直に言っていいぞとガルムは言うが、アルフとフェイトはぜひ聞きたいというように言葉の一つ一つに耳を傾ける。

 

「俺の一族は特殊な家柄で、剣術を一族で伝えていてな、俺も物心つく前から学んでいた」

 

「剣術って・・・ガルムが使ってるのを見たことがないけど」

 

「魔法を使う際にあまり必要がないからな・・・」

 

百聞は一見に如かず。

手を翳すと、両の掌から生えるようにして二振りの小太刀が現れる。

 

「これが俺のデバイス―――[CARIBURN]だ」

 

「ちっちゃい剣だね」

 

「アームド・・・デバイス?」

 

自分の記憶の中から該当しそうなタイプを思い出すフェイト。

 

ベルカ式魔法という今では廃れてしまい、限られた一部の魔導士のみが扱う珍しいデバイスがアームドデバイス。一般的にはカートリッジシステムと武器の形を持つのが特徴とされているが、本で聞きかじっただけの知識なので自信はない。

 

「いや、アームドではないらしい。製作者によるとそんな野暮な区別はしないで欲しいらしい。カートリッジシステムがついているからアームドでも良さそうだが・・・そうだな、ついでというわけではないが紹介しておこう―――“明星”」

 

〔ヘルガルム、御呼びですか?〕

 

 

ガルムの呼びかけが前触れとなって、光の粒子が集まり人型を形成していく。

眩しくはないがどことなく神々しい光はやがてゆっくりと収束していき、消え去ったあとには一人の女性が立っていた。

 

スーパーロングのエメラルドの髪は、大きくまとめた一房を胸元へ垂らしているのが特徴的。

赤い瞳は茫洋としていて包容力を感じさせ、身長も高く出るところは出て締まるべきところは締まっているプロポーション、そして顔立ちは同性のアルフとフェイトが見ても美しい。

とどめとばかりに、服装もまたガルムのバリアジャケットとお揃いで色も黒。

 

 

「二人に自己紹介をしてくれ」

 

〔かしこまりました―――お初に御目文字に上がります、[CARIBURN]の管制人格を務める“明星”と申します。以後、お見知りおきを〕

 

 

恭しく礼をする明星に、フェイトとアルフはポカ〜ンとするしかない。

 

それほどに明星の存在は非常識。

[バルディッシュ]も意思の疎通が可能だが、人型をとって会話するなどとてもできない。

そもそも、そんな技術は聞いたこともない。

 

「ロスト・・・ロギア」

 

思い当たるのはそれ。

 

「まぁ、そういうことになるんだろうな」

 

〔わたしく自身にはそこまで大それた機能があるわけではありませんが、分類するならロストロギアになります〕

 

明星は触りたそうにしているアルフに手を差し出す。

了解が出て、さっそく触ると確かに人肌の温もりと感触がある。

ここまでくると人間とまったく同じと言っていい。

 

 

「それで、話を戻すがいいか?」

 

「あ、はい」

 

〔それでは、わたくしはお茶の用意をしますね〕

 

「ああ、頼む」

 

すっ、と場から引いて勝手知ったるがごとくキッチンでお茶の用意を始める。

 

「その剣術は何かを“護る”ことを至上命題にしている。“護る”ものは、人や物に限らず、信念や夢、希望のような形のないものまで様々だ・・・・俺も、何かを“護る”ために、剣を振るってきた」

 

だが、と区切る。

 

「世の中は、剣を振るえば解決できることのほうが少ない。そして、そもそも“護る”ということはただ体が傷つかず、夢や希望を阻む者達を排撃すればいいものなのかと、悩むようになった―――ちょうど、そんな頃だ。父さんが大切な者を護って昏睡状態に陥った」

 

父が倒れた。

 

まだ剣士として未完成だったガルムにとって、既に完成された剣士である父でさえ倒れたことが信じられなかった。神の速度へ踏み入れ、銃弾の雨さえ潜り抜け、重火器で武装した100人の猛者すら圧倒する、無敵の剣。

 

無敵の剣は折れたのだ。

たった一個の爆弾から、大切な者を護るために自ら折れた。

 

完成された剣士ですら護るためには命を落としかねい―――いや、落とす。

死は怖くない。幼い日に人を殺す世界に足を踏み入れた時から、殺される覚悟もある。

だが、命を失ってまで護ったモノは本当に“護った”ことになるのか。

 

 

「父さんは確かに大切な人の命を護った―――だが、そのせいで自分も死にかけた。生きているのは運が良かっただけだ。父さんがいなくなった家族の悲しみからは誰も護ってくれない・・・それから、俺はどこか狂い始めた」

 

「狂うって・・・・」

 

二人には、表情を変えないガルムの言っている意味が解からない。

多少変なところ―――フェイトとアルフの共通認識―――はあるが、狂っているというほどでもない。

 

 

「いや、あの頃は狂っていたんだと今なら思う。家族が悲しめば護ったことにならないから、父さんの代わりに懸命に家族を護ろうとした・・・・けれどな、“護る”ことの意味が解からなくなった。何を、どうやって護れば良いのか。死ななければ護れない時はどちらを選ぶのか。そんなことが頭の中をグルグルと巡るばかりで答えが出ない日が続いた」

 

 

子供の前で泣けないかーさん。だったら、せめて代わりに自分が泣かないからかーさんには泣いてもらうことにした。だが、それで護ったことになるのか?

 

とーさんと約束した剣士を目指そうとした妹。まだ未熟だったが、とーさんの代わりに完成された剣士を目指せるように指導した。だが、そんなことで妹の悲しみを埋めてやれたのか?自分やとーさんと同じ“護る”ことの苦しみを背負わせるだけではないのか?

 

とーさんが倒れたときに生まれたばかりだった末妹。可能な限り時間を作って、寂しい思いをさせないように一緒に居たつもりだった。父親も母親もめったに構ってやれない中で、自分が少し構ってやるぐらいで妹の悲しみをなくしてやれるはずがない。時折見せる寂しさを隠して無理をする態度や、孤独に涙する妹を護ってやれていないではないか。

 

 

「俺は、護れない自分を憎んだ。無力な自分を怨んだ。闇雲に剣の修行を続け、護れていない行為にしがみついて・・・あれは今思えば、生き地獄だったんだろう・・・・」

 

 

想いを伝えるように二人を見ていた視線が不意に外れる。そして、笑った。泣き笑いとしか見えない笑み。

 

見ていて、心が痛い。

どうしてと思うほどに鈍い痛みが胸の奥で疼く。

 

そんな心を察したのか、ガルムは笑みの質を柔らかいものに変えた。

 

「だから・・・その頃の俺に似ているフェイトを放っておけない――――俺が、もしそうしてもらえればどれだけ心が救われたと思うことを、したいんだ」

 

 

フェイトの頬を涙が一筋伝った。

嬉しさでも、喜びでも、安心でも、悲しみでもない。

 

信じられる。この人なら。

私を解かってくれるから。

言葉が―――言葉よりも、瞳が語りかけてくれる。

 

服よりも、黒髪よりもなお黒い瞳が。

 

 

ガルムもアルフもその涙を何も言わずに見守る。

 

 

「俺の気持ちはエゴだ・・・もし、要らないならそう言ってくれていい。受け取ってもらえるなら、この手を取ってくれ」

 

テーブルを挟んで差し出されるガルムの大きな手をじっと見つめる。

 

答えは決まっている。

フェイトは小さく笑ってから涙を拭いて、握りきれないほど大きなその手を握った。

 

「こちらこそ、お願いします」

 

「ああ・・・・」

 

(ガルムさんの手・・・大きくて、ゴツゴツして硬い・・・)

 

本人が生き地獄と言うほどの地獄の果て。目隠しして触ったら岩と間違えそうになる。

肉刺ができ、その肉刺が潰れた上に肉刺ができ続けた果て。掌が摩擦で裂け、皮が破れ、血が噴き出しても手に剣を縛りつけて振るい続けた果て。肉刺と乾いた血と千切れた皮膚が絡み合って、この岩のような手になった。

 

ガルムの艱難辛苦を語る手だ。

見た目は醜く、触れば手とも思えない。

 

でも、とても暖かい。

 

過去にあるプレシアが自分を包んでくれた、ひんやりと冷たくて気持ち良い手は違う。

 

 

―――まるで、お父さんの手みたいだ






少しだけ語られたガルムの心情。
美姫 「うぅぅ。ちょっと寂しいわね」
まあな。でも、それ以上に気になるのが冒頭部分!
どういう事なのか。
これは後々分かるのかな。
美姫 「とっても気になる部分よね」
ああ。管理局も動き始めてるし、このまま回収を続ければいつかは。
美姫 「ああ〜ん、どうなっちゃうのかしら」
次回も楽しみにしてますね。
美姫 「待ってますね〜」



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