カンカンッ!

 

 

「不破恭也――――魔導士人権特別措置法に基づいて、次元牢への無期幽閉を言い渡す」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

恭也は無言で監視の兵士連れられていく。

 

「何で・・・何でだよっ!!恭也は皆のために戦ったんだろう!?なのにっ!!なのにっ!!何でこんなことになるんだよ!!」

 

エントランスに出ると一人の少年が叫んだ。

 

「恭也が間違ってるって言うんならお前ら全員間違ってるだろう!!ベルカ騎士を滅亡させるための謀略戦争だったくせに!!」

 

詰め掛けていた傍聴者がざわめく。

 

「『国境なき世界』だって――――」

 

御雫祇(みなぎ)!」

 

なおも言い募ろうとする少年――御雫祇を警備員が追い出そうした矢先、無言だった恭也が鋭く名前を呼んだ。良く音が響くエントランスでも一際響き、場を静まらせた。

 

「フォルテや皆を頼む―――お前に授けた教えを実践するんだぞ」

 

「恭也・・・恭也は何も悪くないのに・・・」

 

悔し涙を流す少年を置いて、強引に引き摺られながら恭也は連れて行かれる。

ドアが開かれ、外の光が眩しいほど差し込む中で恭也は最後の教えを授ける。

 

 

「御雫祇―――生き残ること、自分のルールを護ること・・・そして、憎しみを持たぬこと。それが俺達『円卓』で戦ったエースの掟だ。憎むな―――その果てに、お前が俺達の戦いを超えて新しい世界を作ってくれ」

 

それが、『円卓の鬼神』と謳われた次元世界最高のエースの言葉で少年が記憶している最後。

15年後の環太平洋ベルカ事変において『ラーズグリースの悪魔』と謳われ、ベルカの亡霊から次元世界を救った英雄が最も尊敬した男の最後の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――これはきっと夢なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おぼろげに理解していても時間を打ち切ることができない。

何時もより視点の低い世界。小さな自分の体。

季節は同じだけど、少し涼しかった頃。

 

主観と俯瞰を同時に見る光景を、頭の片隅で夢だと理解していた。

 

まだ美沙斗おねーさんが家に居ない頃。

まだフィアッセが家に居たけれど、レッスンのためにロンドンに行っていた頃。

 

この日は中々寝付けないほど興奮した。

日曜日で、お兄ちゃんが遊園地に連れて行ってくれる日だったから。

 

おかーさんは翠屋でお仕事。

おとーさんは月一回の検査入院の日。

お姉ちゃんは体育祭の委員の仕事。

 

だから、お兄ちゃんが時間を作ってくれて二人で行く予定だった。家族皆で行きたかったけど。

 

早起きをしてポシェットに持っていくものがちゃんと入ってるか確認しました。

どんな服を着ていくか昨日決めたのにまだ迷いました。

ご飯を食べても顔を緩んでしまいます。

 

皆が出かけた後、一人朝の鍛錬に出かけたお兄ちゃんを待ちます。

アリサちゃんやすずかちゃんにはお兄ちゃんと一緒に出かけるって自慢したことを思い出すとまたにやけてしまいます。

 

天気も良くて、でも暑いというほどでもない行楽日和。

早く帰ってこないかな、とじっと時計を睨めっこします。

 

 

でも、お兄ちゃんは約束の時間になっても帰ってきませんでした。

 

5分が過ぎて、

10分が過ぎて、

20分が過ぎて、

30分が過ぎて、

1時間が過ぎて、

1時間半が過ぎても、

 

お兄ちゃんは帰ってきませんでした。

 

帰ってきたのは、約束の時間を2時間も過ぎてから。

日が中天を過ぎてしまってからでした。

 

息を切らして、汗を垂らしてお兄ちゃんは帰ってきました。

苦しい息の中で謝るお兄ちゃんを、見たくなかった。

いつもなら辛いけど、お兄ちゃんを許してあげられたのに。

久しぶりのお出かけで楽しみにしていたから。

約束を破ったことのないお兄ちゃんが相手だったから。

 

まだ今から出かけても十分に遊べたのに。

今考えるとすごくつまらない意地を張りました。

 

「すまない、なのは・・・・今からでもよければ―――」

 

「もういいよ・・・・お兄ちゃんの嘘つき!!」

「わたしずっと楽しみにしてたのに!!」

「約束を破るお兄ちゃんなんて大ッ嫌い!!!」

「もう二度と口も利きません!!だから、どこかに行ってーーーっ!!!」

 

お兄ちゃんの言葉を遮って、そう叫んで・・・その日は一日中拗ねて家で泣きました。

お兄ちゃんなら解かってくれてると思ったから。理由もなしに約束を破るはずがないと解かっていても、逆にお兄ちゃんだから許せなくて・・・。

 

次の日から言ったとおりにお兄ちゃんとは口を利きませんでした。目も合わせないようにそっぽを向いて。

おとーさんもおかーさんも困っていたけど、やめたくなかった。

謝って許してもらおうとするお兄ちゃんのことも無視しました。しつこいから、また「どこか行って」と言って。

 

でも、学校に行ってからお兄ちゃんが約束を破った理由を知ることになりました。

 

学校で会ったアリサちゃんが「お兄さんにありがとうって伝えておいてくれる?」って言ったから。

お兄ちゃんは朝の鍛錬から帰ってくる途中で、事故に巻き込まれそうだったアリサちゃんを偶然助けてくれていました。

 

「怖がる私を落ち着かせて、病院まで連れて行ってくれた優しいお兄さんじゃない――でも、怪我は本当に大丈夫だったの?」

 

「怪我?」

 

「そうよ、怪我。知らないわけないでしょう?お兄さん、背中をざっくり切った以外にも打撲とか、無傷の私なんかより大怪我だったんだから」

 

 

―――嗚呼、そうだった

―――この時初めてお兄ちゃんが大怪我を負ってることを知ったんだ

―――ちゃんと見なかったし、無視もしたから全然気付けなかっんだよね、わたし。

 

アリサちゃんに慌てて詳しい話を聞いて呆然とした私は、その日の学校の記憶がありません。

 

お兄ちゃんは人助けのために仕方なく約束を破った。もし、お兄ちゃんが約束を護ったらアリサちゃんは死んでいたかもしれません。本当は、すぐに許してあげなくちゃいけなかったのに。意地を張ってお兄ちゃんの話を聞かなかったから。

 

急いで家に帰った。運動は苦手だし、小さい私の速さなんて大したことがないけど。

一秒でも早くお兄ちゃんに会わなくちゃいけなかった。

お兄ちゃんを許してあげて、今度は私が謝りたい。

 

家に着いてもお兄ちゃんは居ませんでした。

 

その日、お兄ちゃんは帰ってきませんでした。

次の日も、

その次の日も、

その次の次の日も、

その次の次の次の日も、

その次の次の次の次の日も、

その次の次の次の次の次の日も、

お兄ちゃんはお家に帰ってきませんでした、

 

皆、一生懸命に探したけどお兄ちゃんは見つかりませんでした。

まるで高町恭也が最初から存在していなかったみたいに。

 

――嗚呼、わたしはこの時に泣いて叫んだんだ

 

楽しみにしていた気持ちを、お兄ちゃんへの信頼を裏切られたのは事実だけど。

お兄ちゃんは大怪我をして苦しくて、血もちゃんと止まってなかったのに、最低限遊びに行く約束を護るために辛いのを我慢して戻ってきてくれた。

 

そんなお兄ちゃんを許してあげなかったから。

 

―――嗚呼、わたしが「どこか行って」と言ったからなんだよね

 

私の言葉どおり、あの時に望んでしまったとおりに、お兄ちゃんは「何処か」に行ってしまいました。私の―――なのはの知らない「何処か」へ。

 

御免なさいお兄ちゃん

大嫌いなんて嘘だから、本当は大好きだから、

「何処か」へ行っちゃわないで、戻ってきて!

 

 

―――場面が暗転する―――

 

「わたしは、貴女と友達になりたいの」

「トモ・・・ダチ・・・?」

 

鸚鵡返しにされた

刹那、まるで大鴉が地上の獲物を捕獲するかのように黒い人影が二人へ覆い被さりました。

 

膨大な魔力を電気変換して生起された雷が落ちた。

間一髪でフェイトとアルフを庇ったガルムへ直撃する形で。

私とユーノ君は吹き飛ばされます。

 

なのはには見えてしまいました。

 

(え・・・・?)

 

落雷の直撃を受けたガルムさん。

二人への防御魔法に全力を注ぐ代わりに苦悶の声を噛み殺す姿。

バリアジャケットが裂け、シンボルとも言えるクローズドヘルムが弾けて素顔が見えました。

 

―――自分の兄である高町恭也と瓜二つのその顔が

 

「おにい・・・・ちゃん・・・・?」

 

お兄ちゃん、どうしてそこに居るの?

 

「なのはが望んだことだろう?」

私が?

「大嫌いな俺に何処かへ行って欲しかったんだろう?」

違う!違うのお兄ちゃん!

「気にするな。怪我は辛かったが、要らない兄なら望みどおり消える」

違うの・・・お願いだから、言わないで・・・

 

「そう、気にしなくていい」

フェイト・・・ちゃん?

「貴女が要らないお兄さんでも、私のお兄さんになってくれるから」

やめて・・・

「こんなに優しくて強いお兄さんを要らないなんて酷い」

やめてよ・・・

「そんな酷い子と友達になんかなりたくないよ」

やめてぇぇぇーーーー!!

 

「行こう、お兄ちゃん」

「そうだな、フェイト」

 

いや、いや・・・行かないで・・・!

私が悪かったの・・・だから行かないで!

私のお兄ちゃんを・・・お兄ちゃんを奪わないで!

 

 

 

「私を置いて行かないでっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バサッ!!

 

 

「うわぁっ!?」

 

ばね仕掛けのように飛び起きたなのはに、椅子に座ってこっくり船を漕いでいたユーノは驚いてひっくり返る。そのまま後頭部をぶつけて視界に火花が散る。

原因であるなのはは、全く気付かずベッドの上で荒い息を吐いている。

 

「あ・・・ああ・・・あ・・・」

 

意味を成さない音が漏れる。アデュラリアンブルーの瞳は慄くように大きく見開かれ、快活な笑みの浮かぶ面は恐れに強張る。瘧のように震える全身は荒い呼気と激しく脈を打つ心臓のせいで乱されている。

震える手をそのままに、額から流れてくる汗を拭う。服がじっとりと汗で湿って重たい。

 

怖い。何が怖いのか分からないほど、怖い。夢を見ていたはずがその夢を思い出したくたない。思い出してしまったらきっと心が折れてしまう。

“怖い”というのもそれ以外に表現が見つからないから。なのはにはそれを人が何と呼ぶか分からない。

もしそれを知るものが居れば、それはきっと“罪”と呼ばれるものだと分からなかった。

 

master, Are you ok?

 

「レイ・・・ジン・・グ・・・ハート?」

 

サイドボードに置かれた[レイジングハート]の呼びかけで、ようやく我に返る。

 

「痛い・・・あ、起きたんだ。大丈夫?」

 

「ユーノ君?・・・ここ、『アースラ』だよね?でも、何で私・・・」

 

「落雷魔法の余波で吹き飛ばされたんだ。戻ってくるまでは意識があったんだけど、着いた途端に気絶しちゃったんだ。覚えてない?」

 

言われると思い出した。

自分の【ディバインバスター・フルパワー】よりも更に出力で上回る落雷。

フェイトとアルフへ直撃する前に黒い人影が・・・

 

――お兄ちゃん

 

ヘルムが弾け飛んだ素顔は兄である高町恭也だった。

ほんの一瞬だったが焼きついた映像。大好きな兄を見間違えるはずがない。

 

「ねえ、ユーノ君・・・ガルムっていう人とあの子、どうなったの?」

 

言えなかった。ガルムが兄であるなんて。きっとユーノはあの時に見えていなかっただろうから。

 

「直撃を受けてすぐに転移したせいで、後は追えなかったんだ。『アースラ』も落雷の直撃を三発受けてほとんどの機能が停止しちゃってるし」

 

「『アースラ』が・・・そんな・・・」

 

「うみ」で航行する『アースラ』を攻撃できる方法がある。

ユーノの説明では『次元跳躍魔法』と呼ばれるもので、S+の魔導士でようやく使えるレベル。強力な落雷魔法を連発して次元跳躍させるとなれば、S+以上の実力者と見て間違いない、と。

 

「幸い非殺傷設定だったおかげでみんな怪我だけで済んでるから」

 

ただ、直撃を受ける形になった武装隊は重傷。その場に居たリンディも咄嗟にシールドを展開できたおかげで重傷こそないが、しばらく安静にしなければならない。

 

「ジュエルシードは6個とも持っていかれたから・・・僕らの負けだね」

 

「うん・・・・・・」

 

「なのは?・・・もしかして、まだ気分が悪いの?」

 

話しかけても反応が薄いなのはにユーノが尋ねる。

覗き込むようにして視界に入ってくると弾かれたように顔を上げて、

 

「う、ううん!何でもないよ、もう元気だから!」

 

言いながらできもしない力瘤を作ってみせる。少し引き攣った作り笑いで。

 

「そ、そう?それじゃあ、艦長達に呼ばれてるから行こうか?」

 

「うん、行こう」

 

ユーノは嫌な予感がした。

妙に明るすぎるなのはがどこか危うく感じられる。

自分の知っているなのはは、空元気の作り笑いを引き攣らせてしまうような子だったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦長室で重い倦怠感を我慢しながらリンディは溜息を吐いていた。

先ほど目を覚ましたなのはとユーノを叱ったばかりで、少し気持ちも重くなっている。

好ましくあるが、それはそれ。これはこれ。約束したからには責任を持って果たしてもらわなくては困る。

過ぎたことは仕方ない。叱責して、してはならないということを教えなくてはいけない。それに、即物的な言い方だが、今のところ戦力としてのなのはとユーノは貴重だ。追い出すわけにはかない。

 

 

「本当に大丈夫なの、リンディ」

 

空間モニターではリンディと同年代の女性が心配そうにしている。

 

「うん・・・まぁ、まだ痺れは残ってるけれど他の武装局員ほどでもないから」

 

「そう・・・貴女が無事って言うなら私から言うことはないけど」

 

「ありがとう、レティ」

 

感謝されて、空間モニターに写る女性―――レティ=ロウラン提督は少し照れる。

 

「それで貴女に送ったデータにはもう目を通した?」

 

「ええ、正直助かってるわ」

 

リンディは新たな空間モニターを開こうとしたが、処理が遅いため時間が掛かった。

『アースラ』はまだダメージの回復が追いついていない。ここ数年、艦へのダメージなど皆無であったためパニックも起きている。仕方なく、復旧と艦長室へ残った艦の処理能力を集中させているため、照明まで制限されていた。

 

暗がりの中、レティから送られてきたデータに再度目を通す。

 

「次元跳躍魔法を使えるS+以上の魔導士で、現在所在不明。そして、魔力の性質変換が電気という条件に該当したのは一人だけよ」

 

「プレシア=テスタロッサか・・・」

 

空間モニターには顔写真付きでしっかり纏められたプレシアのデータが並んでいる。

 

――プレシア=テスタロッサ

 

名前だけならリンディも聞いたことがある。

 

『ミッドチルダ世界』の最高学府(クラナガン中央魔導大学)を飛び級で博士号まで修めた天才魔導士。

次元航行システムや魔力駆動炉の分野の第一人者として活躍。その理論や技術は高い評価を得て、『アースラ』の各所にも応用されている。自身も優れた魔導士で、SS以上の女性魔導士に与えられる大魔導士(メハシェファ)と称されていた。

 

 

「管理局のシンクタンクの一つに入社。新型の大型魔力駆動炉開発の責任者に就任するも、杜撰な管理で上からも下からも突き上げられ、功を焦った結果に大事故を引き起こしてる・・・まぁ、典型的なエリートが人間関係で上手く行かずに失敗した例よ」

 

「そうね。会社を告訴して和解金までせしめてる辺りはちゃっかりしてるけど・・・」

 

事件で娘を一人失っているのに、とリンディは内心で嫌悪を催す。

 

「その後は地元のアルトセイムに引き篭もっていたけど、誰にも知られず失踪して以後の足取りは掴めていないわ」

 

「そして、ジュエルシードを狙って再び現れたわけね」

 

そうなると金髪の女の子は娘(?)になるのだろう。

事故から14年が経っている。子供が一人できていても不思議はない。

 

「犯人は分かったけど、動機とか今の潜伏先が分かるような情報はないの?」

 

「あのねぇ・・・それを探すのが現場の仕事でしょう?今回はテスタロッサが比較的有名で新しい人間だったから無限書庫でヒットしたのよ?まったく、こっちの苦労も少しは分かってよ・・・」

 

「ふふっ・・・ごめんなさい」

 

げんなりするレティに、リンディも笑いが零れる。

 

レティは提督と呼ばれているが、艦隊を指揮しているわけではない。まして、自分の艦も持っていない。

予算という大人の事情で簡単に艦隊行動が取れない管理局では、普段現場に出る指揮官とそれ以外の指揮官がいる。リンディが前者でレティが後者である。

レティの場合、緊急時は艦隊司令官となるが通常は文官に属する。だから、管理局の「うみ」における拠点である本局に勤務し、こうして現場に出るリンディのサポートも行う。

 

 

「動機は後回しにするとしても、潜伏先は最優先ね・・・12個のジュエルシードは向こうが持っているでしょうし」

 

「次元跳躍を逆探できなかったの?」

 

「まさかそんな大技で来るなんて予測できるわけがないでしょう?準備もしてなかったわ」

 

「だったら、もう一発ぐらい誘ってみたらどうなの?」

 

「じょ、冗談じゃないわよ、もう!」

 

ぷんすか、と怒るリンディを今度はレティが笑う。

実際は笑いごとではなく、後一発でも受ければ『アースラ』は沈みかねない。

 

「全部回収されている以上、向こうからアクションがないとこちらは打つ手がないわ。しばらくは『アースラ』の修理と静養に勤めるから、そちらも何かあったら連絡をちょうだい」

 

「了解・・・あ、忘れてたわ」

 

通信を切ろうとした手が止まる。

 

「どうしたの?」

 

「貴女たちの事件、少し怪しい話を聞いたから」

 

自然とレティの声が密やかなものになる。自室だろうに、念入りに周囲まで窺っていた。

 

「ガルムっていう、特S級犯罪者が関わってるのよね、今回の事件」

 

「ええ、そうよ」

 

「どうも、上層部はそのガルム討伐を本格的にやりたがってるらしいのよ」

 

「上層部が?」

 

リンディがムッとなる。

管理局は官僚組織の側面もあるため、上層部は一部を除けばいけ好かない連中で占められている。

何か不始末を起こすとそれしかすることないのか、もしくはそれが趣味なのかと思うほどにネチネチと不要な査問を吹っかけてくる、嫌な奴ら。

 

保身と退職金の計算しか頭にないか、昼行灯の巣窟である上層部が特S級のガルムとは言え積極的なのは疑わしさを通り越して、気持ち悪くさえある。

 

武装七課(アライアンス)に声が掛かってるらしいのだけれど、別任務で集結が遅れてるから、集結が終わり次第何らかの命令が来るわよ」

 

「っ!・・・第一分隊(ユーピオ)第二分隊(オヴニル)第三分隊(グラーバク)のどれなの?」

 

「そこまでは解からないわ・・・ただ、長引くようなことになれば武装七課の全戦力も考えられるわ」

 

 

武装七課と言えば管理局きっての武闘派として特別教導十二課と並ぶ戦闘集団。

所謂、「殺しのライセンス」を得たハンター達だ。逮捕は不要。対象を抹殺することに重きを置く。

 

本来は不穏組織を潰すような大掛かりな捕物が専門のはず。

 

 

「一体何がどうなってるの・・・ガルムって一体何者なの?」

 

 

リンディの問いに、レティは答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・言い訳は?」

 

カーマインはむっつりと、分かりやすい怒りを浮かべてベッドのプレシアを薄く睨む。

治療を終えたばかりで魔力を大量消費したため怒りの陰には疲労の色も見える。

 

「ないわ・・・・」

 

「そうか、そうか・・・まったく、少しは言葉の使い方を考えろ」

 

この御莫迦娘は、と付け加える。

頭を抱えたくなってきた。昔はあんなに素直な子だったのにと、言おうものなら激しく拗ねられるので黙っておく。

 

「アルフには素直に言えば良かっただろう。わざと当てたわけではない、あくまで喀血して狙いが逸れたと言えば理由になったはずだ」

 

 

プレシアが放った【サンダーレイジO.D.J.】は、見事に『アースラ』へ直撃した。

しかし、トドメとなる四発目を発射する段階でプレシアの体に限界が来た。負担の掛かった内臓のせいで喀血し、跳躍の座標がズレた。

ズレる場合、因果があればランダムになることはない。つまり転送用のパスを繋いでいるフェイトという因果へ座標が向けられることになった。

 

間一髪、座標のズレに気付いたガルムによってフェイトとアルフは無傷で済んだ。だが、二人を庇ったガルムは直撃を受けて重傷を負っている。

 

問題なのはこの後だった。アルフにもあれがプレシアの『サンダーレイジ』と分かっている。

それが何故フェイトへ向かって放たれたのか。説明を求めるというよりも、一発ぶん殴ってやらないと鼻息荒く乗り込んできた。

 

方や直情熱血娘。

方や捻くれ魔導士。

言葉のドッヂボールが四度ほど行われたところで、乱闘となった。

 

アルフも一歩までプレシアを追い詰める奮戦を見せたが、地力の違いで撃沈された。

後腐れないようにと興奮したプレシアがトドメを刺そうとうするところでようやくカーマインも動いて、アルフを逃がした。そして、暴れたおかげで治療をパーにしたプレシアを叱りながら、再び治療して今に至っている。

 

 

大部分が金髪に戻ってしまった髪を弄りながら、プレシアはポツリと漏らす。

 

 

「いいのよ・・・あの子やフェイトには、私は悪い魔女で」

 

「・・・やっぱり、フェイトをアルハザードへ連れて行くつもりはない、か」

 

「ごめんなさい・・・貴方の時間を十年も奪っておいて、勝手よね・・・」

 

謝罪の言葉を口にして、泣きそうになった顔を俯かせて隠す。

カーマインは随分と痩せ細ってしまった手を握り、体が少しでも楽になるように魔法を掛ける。

 

「いいさ、気にするな。どうせ俺や恭也にとって十年なんてあってないようものだ。分かるだろう?老いない体がどういうものか・・・」

 

「空しくなるわよね・・・私は老いない代わりにこの脆弱でいつ死ぬか分からない体だけど、貴方や恭也は違う。ずっと、ずっと、本当は死ぬはずだった年になってもそのままの姿であり続けなければならない」

 

―――地獄よね

プレシアは口には出さなかったが、そう思った。

 

「まぁ、これはこれで悪くないこともある。そう気に病んでくれるな」

 

そう言って、カーマインは笑う。

地獄も住めば都。獄卒を倒して支配者に収まるのも一興だと。

 

「二十二年前、貴方と恭也が私の前から居なくなったのは私に迷惑が掛かると思ったからでしょう?」

 

「ああ・・・俺も恭也も犯罪者だったし、老いない俺達が側に居れば迷惑が掛かると思った。でもな、今は後悔してる。もし、あの時に俺達がそのまま一緒に居ればヒュードラの事故は起こらなかった。そうすれば、アリシアは死なずに済んだ」

 

「たられば」を思っても仕方ない。

それは胸の内に仕舞う。次に後悔しない糧とするために。

後悔ばかりの人生を送ってきたカーマインにとって、それが処世術だった。

 

人間って奴は処世術がなくてはいけないようにできているのだろうと、思えてしまう。

 

 

「でもな、プレシア。事故の後から歩んできたお前の人生を否定するな。事故のことも間違っていないと胸を張ればそれでいいんじゃないのか?」

 

「カーマイン・・・・・」

 

「十年、俺はお前とフェイトを陰から見守ってきただけだ。今更かもしれない。怖いなら怖いでいい。俺は何もしてやれないだろうが、せめてお前のやろうとすることを背中から支えてやることぐらいはできる。だから、今からでもフェイトと向き合ってはやれないのか?」

 

「遅いのよ、何もかも・・・時間は止まったままと思っていたのに、進んでもいたのだから」

 

暖かく、苦痛を緩和してくれる波動がカーマインの手から伝わってくる。プレシアはその手にもう一方の手も重ねる。少しずつだが、五感が弱り始めている。それがもう自分の体が長く保たないと伝えていた。

 

「私は貴方の言うように莫迦だから、あの子の手を離すことも、愛してやることもできない。憎もうと思っても憎みきれない」

 

プレシアの菫色の瞳から一筋の涙が零れる。

 

「あの子がね・・・お母さんって呼ぶのよ?」

「アリシアと同じ声と、同じ顔で、お母さんって・・・」

「それを聞くと嬉しくて堪らないの。私にはもう一人の娘がいるって」

「アリシアの模造品でしかなくても、まだ私の娘がいて、私はお母さんなんだと」

 

「でも、同時にどうしようもないほど・・・切なくて悲しいの」

「アリシアと同じだけどアリシアではない声。アリシアと同じ顔だけどアリシアではない顔」

「あの子の声を聞くと、もうアリシアは居ないことをどうしようもないほど思い知らされるの」

「私のせいで死なせたことを・・・私の愚かさが殺したことを・・・私の側にいないことを・・・」

 

また一筋、もう一筋と次々に涙が零れてシーツに染みていく。

涙は滂沱と流れ出して止めることができない。

 

「愛してるわ、あの子のことを・・・どんな形であっても、私の娘だから・・・」

「憎んでるの、あの子のことを・・・人の形をした、私自身の罪だから・・・」

 

「愛憎は紙一重だから・・・あの子を・・・」

 

拭おうとしないプレシアに代わって、涙を拭ってやりながらカーマインが呟く。

 

「最低よ・・・自分から手を離せないから、あの子から離すように仕向けるしかない・・・それでも、あの子はお母さんと慕ってくるの・・・最近ではどうしたらいいのか分からないわ」

 

理不尽な仕打ちにも、苛烈な体罰にも耐えて、いつの日か母親に戻ってくれる日を信じるフェイト。

抱きしめて謝りたい。でも、もしそうしたらフェイトの奥に居るアリシアを裏切ることになる気がしてならない。

 

「俺には、フェイトの気持ちも分かる。誰のコピーであろうと、アイデンティティーを持てればそれは違う個体なんだ。そして、この世でフェイトを認めてやれるのはお前だけだ、プレシア」

 

「だから、言ったでしょう?もう遅いって・・・私とあの子にやり直す時間は残されていないから」

 

ジュエルシードはもうすぐ数が揃う。

そうなれば次は儀式に入る。遅らせれば体が儀式に耐えられなくなるまで弱ってしまう。

 

時間がないのだ。やり直したくても、これまで迷い続けた代償に。

 

プレシアは涙を零し続けながら、それでも微笑む。精一杯の強がりで。

 

 

「だから、貴方だけではなく、父親の恭也にもお願いしたの・・・だから、お願い・・・こんな私の代わりにあの子の未来を拓く手伝いをしてあげて・・・」

 

 

 

 


あとがき?

 

一万九千回転!!(挨拶

2007年F1におけるエンジン回転数の上限規定です。意味なしジョークなので流してください。

 

ちょっと暗い雰囲気が漂うリバースですが、予定でリバース12か13で終了予定です。多分。

謎を作り続けては割合放置していますが、しっかりと回収予定です。但し、A‘S編へ持ち越す謎もあるので、全てが解決されるわけではありません。

 

>恭也=ガルム(?)

さて、どうでしょう?リバース4でガルムと恭也は同じ顔という文がありますから。

謎は深まるばかり、かと思いきやそうでもありません。ガルムが何者で何故同じ顔なのかについては大きなヒントが作中に潜んでいます。わっしょいわっしょい。

 

>魔導士ランク

StSにおいては管理局における、どれぐらいの難易度の任務をクリアできるかの証明だそうです。

大凡の場合、試験をクリアすることで昇格するシステムですから実力どおりとは限らない。シグナムやヴィータは試験を受けていないだけでオーバーSの可能性もあるわけで。部隊の総合戦力をこれ以上上げすぎるわけにもいきませんし。ちょっと話が逸れました。

リバースで出てくる魔導士ランクはAAA+“相当”という意味で取ってください。実際に数値化すると違ったりします。ややこしいのですが、クロノやリンディのような管理局側の人間はStSに準拠したランクとします。

 

 

それでは今回はこれぐらいで。

掲示板で感想を下さった皆さん、ありがとうございました。





父親? 一体、どういう事なのだろか。
美姫 「ガルムに関してもちょっと意味深よね」
もう一度読み直してみたら、何か分かるかもしれないぞ〜。
美姫 「いよいよ物語は終盤なのね」
うーん、これから先の展開がとっても楽しみだ〜。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



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