「アァッーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ――――!!!」

 

 

 

凶暴な暴風雨を生み出す強大な熱帯低気圧を、憎悪が掻き消した。

 

感情の表現を慟哭と言うならば簡単だ。

天よ落ちろ。我が激情に打ち落とされよ。

地よ裂けろ。我が憎悪を飲み干せ。

 

カーマイン=フォルスマイヤーは病を患った。

 

“絶望”という名の―――死に至る病を

 

 

全て失った。

母も、妹も、友も―――最愛の人も。

 

怒りと悲しみが渦を巻き、グツグツと沸騰して胸の内を焦がす。

打ち付ける豪雨が血涙を流すが、四方から吹く風のせいで顔は血化粧を施したように深紅に染まる。

 

ハオ

 

 

 

 

雷鳴をも打ち消す血の滴る憎悪の言霊が刃と化して、世界を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「5000年・・・その数字に間違いはないんだな」

 

豪雨で濡れ鼠になり、いつもはボサボサの髪は重く湿って垂れ下がる。

光も射さない闇の帳に溶け込むような黒尽くめの不破恭也は、目前の銀髪の青年―――スレイン=ウィルダーに問う。

 

「約、という点を除けば間違いは無い。かの古代魔法文明の大戦争―――ベルカ戦争からは5000年ほど経っているよ」

「ふっ・・・・嗚呼、何の冗談だこれは・・・」

 

ぐちゅり、と濡れた髪を無造作に束で掴む。

 

「気の狂う空間だったが・・・時間も狂ったとでも?笑えん・・・笑えん」

 

死力を尽くし、友と袂を別ったあの戦争から5000年も経ったのが現在?

5000年。不破恭也の世界において、有史が始まったのが五千年前。

同じだけの時間が経過したと言われて、笑い飛ばすことさえもできない。

 

いや、笑えない。笑った奴を殺してやると確実に殺意が芽生える。

狂気に脳髄まで犯され、血の呪詛を紡ぐカーマインの姿こそが正しい。

 

「魔法文明は滅んだのか」

 

四人目の人影―――シモ=ヘイヘが尋ねる。

 

 

「滅んだよ。502年前に」

「理由は?」

「魔法文明の業が生み出した47人の魔導士の戦いが引き起こした戦争。管理局も、全ての次元世界はこの47人を殺すためにほとんどの世界が滅び、魔導士どころか一般市民も死に絶えた」

「だからか・・・」

 

シモは納得がいったように、あらぬ方向へ視線を向ける。

横を向いた顔の右頬には大きな切創の傷跡がこれ見よがしに残っている。

 

「もう、君ら次元牢幽閉刑を受けた者達を覚えている人間は誰も居ない。管理局も一度滅び、極秘だった資料も消え、人間も死に絶えた」

「・・・何の意味がある」

 

恭也も、シモも、自分の胸の内に渦巻く感情を消化できない。理解できない。表現もできない。

 

「俺達は誰を憎めば良い・・・誰を殺せば良い・・・何にこの感情をぶつければ良い・・・」

 

滅びた魔法文明。

憎しみも、殺意も、憤りも、悲しみも、ぶつける対象さえも死に絶えた。

 

「願わくば、その感情―――僕が預かりたい」

「どういう意味だ。返答次第では、ぶつけさせてもらうぞ」

 

僅かに闘気を漲らせただけで、魔力が空間を拉げさせた。

 

「この世界も、駄目だ。古代の遺産に眩み出した。人間の分を弁えず、思い上がり、驕っている。いずれは同じように滅ぶだけだ」

「滅ぶなら滅べ・・・ここは俺の世界ではない。この世界はこの世界の人間が解決すればいい。俺はウンザリしている」

 

怒気を払うように動くと、水飛沫から簾のように跳ね飛ぶ。

世界に関わり続けた果てがこの仕打ちだというのならば、二度関わりたくない。

 

5000年は己の肉体と精神だけを残し、個を構成する全てを削り、失しなわせた。

 

「それは、違う」

 

しかし、スレインは言い切った。

 

「古代魔法文明と呼ばれる“僕達”が生きた時代は、確かに失われた。だが、“僕達”はここに居る。遺跡などよりも雄弁にその力を有する存在として。全力を出せば、天を焦がし、大地を崩壊させる破壊者。力を欲する者は俺達を利用しようとし、力を恐れる者はかつてのように自由をもぎ取ろうとする―――“人間”は“僕達”を自由にはさせてはくれない」

 

「ハッ・・・“人間”は俺達の敵か」

 

シモは鼻先で嘲る。

スレインではなく、“人間”の愚劣さを。

 

「僕は、静かに暮らしていたい。しかし、“人間”がそれを邪魔するというのならば排撃する。そして、そのために僕の持つ無限の命を以って全ての古代魔法文明の痕跡を消し、“向こう側”の世界との接触も不可能にする」

「“向こう側”の世界?」

「世界を滅ぼした47人の魔導士。その内の21人は封印という形で、一つの世界に封じ込められている。開けば、世界には黙示録が訪れる・・・それを理解できない者達は理想郷などという戯言を述べて、行きたがっている―――そうだ」

「なんだ?」

 

スレインが自分の方を向いたことに、恭也は怪訝な顔をする。

雨に濡れることに嫌悪はないが、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。5000年は恭也にとって、僥倖でもあったのだから。

 

「君が、TACネーム“ガルム1”、『円卓の鬼神』と謳われたエース・・・不破恭也だね」

「ああ・・・それがどうした?」

 

ニコリ、とまるで場違いな微笑を浮かべるスレイン。

 

「僕はフォルテに頼まれて、次元牢の探索と封印の解除をしに来た」

「!?―――フォルテもまだ」

 

無言で首を横にするスレインに、恭也の言葉が止まった。

 

「彼女はね、絢雪御雫祇と一緒に君との約束を護った。古代魔法文明が滅ぶまでの4500年間、人間の身体を捨て、世界の破滅を幾度となく救った。力なき者達が、理不尽な暴力により蹂躙されることのないように。その果てに、“47人の魔導士”を自分の居た世界ごと封印したんだ」

「4500年・・・フォルテと御雫祇が・・・」

「だからどうしろというわけじゃない。けれども、5000年の時間を君達が奪われたように、5000年の時間を捧げた人だっている・・・忘れないで。時間は君達から個を構成する要素のほとんどを奪ったけれど、君達の戦いこそが君達そのものだったはずだ」

 

“人間”から疎まれるほどの力を得てまで戦ったのは何のためだったのか。

護りたかったからではないのか?

正義は己で決めたかったからではないのか?

大切な人と生きるために“人”として生きたかったからではないのか?

 

「まだ、俺達には戦いが残っているというわけか・・・」

 

まるで顔を洗うようにシモは天を見上げる。

 

「この道より、われを生かす道なし。この道を歩く・・・恭也、お前はどうする?」

 

カーマインは是非もなくやるだろう。

人間を罰するために。人の分を教えるために。

否。もはや、臨界点を超えたカーマインの憤怒を止める術などない。管理局はもっともしてはならない仕打ちをしてしまった。

 

シモはカーマインが人間を皆殺しにしても、静観する。恭也とて、それは似たようなものだろう。

 

 

「・・・・・・・・・・」

 

恭也は答えなかった。

 

「俺は、“法と正義”の尊さを人間に教えるために戦う。カーマインは復讐のために戦うだろう・・・だが、恭也。お前に戦う理由がないなら、やめておけ」

「いや・・・」

 

暴風に掻き消されそうな小声で否定する。

 

「憎しみを持たぬこと、生き残ること、自分の決めたルールを守り通すこと・・・」

 

生き残った今、残りの二つとは何か。

憎しみ・・・もう、存在しない。5000年の歳月は、それさえも摩滅させた。

だったら、自分の決めたルールとは何だった?

 

 

 

―――未来を託すべき次世代に見せるのは【V2】による破壊の光ではない、人の心が集まって見せる輝きの光のはずだ!!【V2】による荒廃した世界を押し付け、恐怖だけを残してはならない!!

 

―――間違っても人は進み続ける!転んでも立ち直れる!!薄汚れてしまっても!!道を誤ったのは辿り直せる!!誤ってしまったときに多くが傷つかぬように俺達が戦えば良い!!拝金主義者の傭兵と罵声を浴びても、願いを胸に!!

 

 

 

ルールは、自分が吐いた言葉にある。

全幅の信頼を互いに持っていたラリーとの袂を別ったのは、一体何のためだった。

 

「俺には、背負ったものがある」

 

背負ったものの重さを語る必要は無い。それは己だけが知れば良い。

 

「俺には自分で決めたルールがある」

 

ルールは語るものではない。信じていればいいのは自分だけだ。

 

「5000年の時間は関係ない・・・俺が俺であり続けるために必要なことである限り、俺は戦う」

 

その言葉だけで、シモもスレインも察してくれた。

何故だろう。この場に居る者達に多くの言葉は要らないような気がする。

身も心も狂気に浸しているカーマインのことさえ、理解してしまえる。彼がああして狂気にいるおかげで自分達は平静でいられる。

 

スレインはまたニコリと笑い、自分の胸に手を当てる。

 

 

「僕らの“科学”は“魔法”を生み出した。けれども、“科学”はね・・・魔法を使うなとは言ってくれないんだ。次元牢の幽閉は君らから寿命を奪った。弊害の研究も、封印の解除方法も定かではないにも関わらず用いた代償に―――この世界も同じだ。言ってくれないなら、誰かがそれを言い続けなければならない・・・」

 

スレインが手を差し出す。

シモがその手に自分の手を重ねる。

恭也がその手に自分の手を重ねる。

狂気に冒されていたカーマインも、その手に自分の手を重ねる。

 

「変える必要はない・・・求めることもない・・・でも、僕らは願う。それが訪れることはないと知っていても、いつの日か人間が手にした光を手放すことのないように・・・滅びを排撃しよう」

 

 

四人はそれぞれの想いで頷き合う。

 

 

「僕らは『ゲートキーパーズ』・・・黙示録の扉を護り、人間へ光来るいつかまで守護する者達なり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恭兄ぃ・・・恭兄ぃ・・・」

「・・・・ん」

 

呼びかけられて、まどろみを断ち切った恭也は薄っすらと目を開く。

 

「やっと起きた・・・」

「ああ、はやてか」

「“ああ、はやて”やない・・・もう、アカンで?もう6月になるゆーてもこないな所で寝とったら、風邪ひいてまうで?」

「そうだな・・・寝るつもりはなかったんだが」

 

隣で心配半分、呆れ半分といった様子の義妹に苦笑を返す。

本当に寝るつもりなどなかった。

春と夏の狭間。その陽気につられ、ついついベンチでうたた寝してしまった。

 

「でも珍しいなぁ。恭兄ぃがうたた寝やなんて・・・もしかしたら、ウチ初めて見たかもしれへんなぁ」

「そうか?・・・俺もそういうことの一つもするさ。検査の方は終わったのか?」

「うん、いつも通りやて石田センセも言うてた」

 

いつも通りという言葉が、あまり良い意味ではないと分かっていても二人は慣れてしまっていた。

この明るく溌剌とした義妹は同年代の子達と一緒に走り回ることができない。

両親を亡くした交通事故以来、年々悪化する下半身の障害によって車椅子の生活をしている。

 

「でも、恭兄ぃの用事てなんやったん?」

「・・・それは、秘密だ」

 

髪の毛が乱れるほどワシワシと撫でる恭也に、はやては止めてと言いながら笑う。

 

「ええやん、教えてーな」

「駄目だ・・・もう少し、はやて大きくなったら教えてもいいが」

「あ・・わかった・・・恭兄ぃ、女の人と会ってたんやな?」

 

ニヤッと笑う義妹に、溜息混じりのデコピン。

 

「痛ッ!」

「俺のような奴を好きになる人など居るわけがないだろう?」

 

恭也は額の中ほどから左頬までを覆う通気性の良い特殊素材の仮面を指差す。

その下には皮膚移植でも治療しきれなかった熱傷が今も残っている。

すれ違えばハッとして振り返ってしまうほど端正な顔を、その仮面と熱傷が大きく損なっている。

 

「せやかて、デコピンせんでもえええやろう・・・」

「まぁ、許せ」

「そやなぁ・・・恭兄ぃがシュークリーム作ってくれるんやったら許したるよ?」

「分かった、分かった」

 

ベンチから立ち上がり、恭也ははやての車椅子の後ろに回ると押して進め始める。

電動式でもあるが、義兄妹の間ではできるだけ恭也が押してやるのが暗黙の了解だった。

 

「だが、あんまりシュークリームを食べると、俺が車椅子を押してやれなくなるぞ?」

「?」

「食べ過ぎて重くなるな、ということだ」

「ああ!!―――お、女の子になんてこと言うんや!!」

 

 

後ろにプンスカと抗議するはやては、顔を真っ赤にする。

一番気にしていることを言うデリカシーのない相手は怒らなければ。しかも、知っていて言うあたりが意地悪だ。

けれども、当の恭也は軽く流しながらどうする?と聞いてくる。

 

「もう、ええ!今日はやけ食いや!!」

「ほどほどにな」

 

からかうとリアクションの面白い義妹を宥めながら、恭也はさっきまでいた臨海公園を小さく振り返る。

 

遠くに金髪ツインテールの少女が、赤土色の髪の少女と別れて歩み去っていく。

金髪の少女の手には別れた少女がさっきまで結っていたリボンが握られていた。

 

 

(これからは自分だけの光を探して、幸せになってくれ・・・フェイト)

 

 

恭也―――八神恭也は、“自分”が救いきれなかった少女の幸せを願いながら、義妹と一緒に楽しげな会話をしつつ、家路を辿った。

 

 

 

 

これは春から初夏への物語。

過去の清算をできず、未来を与えてやれなかった大人たちと。

独力で未来への道筋を切り開いた少女達の。

 

けれども、戦いはまだ終わらない。

彼らの果たされる日が永久に来ないと分かっている望みが果たされるその日まで。

 

願わくば、僅かな休息の一時を。

 

 

This Episode End

   Next Episode Go to “A’s” Episode

 

 

 

 


あとがき

 

これにて、リリカルなのはリバースは一応の完結です。

s編という続編はありますが、一つの締めくくりはここまでですね。

 

この話の主人公は不破(高町)恭也とフェイト=テスタロッサです。

特に恭也は私の構想するシリーズ全体における主人公でもあります。

とらは3発売当時からやっていた私の、IFを込めたキャラに仕上がりました。

 

とらいあんぐるハート3は、恭也が膝を砕くことが絶対条件だと私は思っています。

一族を失い、目標である父も失い、家族の大黒柱となった少年は自ら膝を砕く災いを招き、人生の目標であった御神の剣士に永遠になれなくなってしまった。その彼は自分よりも才能のある弟子、美由希に夢を託し、それは果たされました。

御神静馬の才能を受け継ぎ、士郎が死してもなお見せた“護る”ことの意義や、己の人生の全てを自分の完成へと費やした恭也から理念と持てる技術を注いでもらった美由希が“閃”の境地へ至る。想いは受け継がれることを正しく象徴した、御神流という剣術の答えが出されました。

 

けれども、もし士郎が死なず、恭也の膝が砕けなければ・・・どうなったのか。

答えは“凶がる(まがる)”でした。膝を砕いたことで己の弱さを喝破できたことに対して、この恭也は剣士として間違いなく完成できます。“閃”を使えないことを除けば、歴代最強です。全力を出せば全盛期の静馬や士郎ですら足元に及ばないほどの剣士。

しかし、その強さ故に、強いだけでは護れないものがあることに苦悩するしかありません。その果てに、恭也は卑怯なことに自分のことを省みなくなります。自分の存在よりももっと誰かを幸福にできる何かがあると思い込み、自分を犠牲にして自分の思い込む相手の幸せを実現しようと全力を尽くす。自分の価値を自分自身が一番分かっていません。

護るために殺す“不破”としては完全無欠ではあるが、護るために在る“御神”としては最悪の欠陥品。それが私の描く“不破恭也”です。

 

そんな恭也君が魔法文明から一度身を引く形で実家で隠遁している所から、物語は始まりました。

その物語は多くのものがReverse(反転)したものです。

本当は正気のプレシア。魔法を使える恭也・・・など。しかし、反転しても結末は変わりません。私はいつか自分の作品で「コインの表と裏の違いはある。だが、表と裏の絵柄が違ってもコインという存在の本質は変わらない」ということが書いたことがあります。

反転しても、本質は変わらないまま。ならば結末も変わりようはありません。

 

文中の妙な文章もわざとです。簡潔かつ、余計な表現を入れない練習でもあります。

本当は長々しく書くのが好きなんですけどね。このあとがきみたいに。

 

このリバースでは、伏線を多く残しましたがこれはStS編までにゆっくり回収し、StS編で全てが明かされる予定になっています。まぁ、そこまで私に時間があるかは分かりませんが。

 

それでは、次回の幕間まで、しばしのお別れを。





エピローグにして、A’s編への、って感じですな〜。
美姫 「幾つか分かった事、まだ不明な事などなど」
A’s編が今から待ち遠しい限りです。
美姫 「ですが、とりあえずはここまでの執筆ご苦労様でした」
大変楽しませてもらいました。
美姫 「投稿ありがとうございました」
では、今回はこの辺にて。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る