「陛下・・・今、何と?」
初めて主の言葉を聞きなおした。
仕えて長くなる。この御方のためならば死ぬことも厭わない。
その主に向かって聞きなおすことは大いなる挑戦とも言えた。
「余は、ドクターユニバーサルの提案を受けようと思う」
玉座になくとも、威厳は微塵も損なわれない。
玉座になくとも威厳を発することができるからこそ、その非凡さが分かる。
だが、これは・・・。
「余はこの大地の王となった・・・しかし、今やそれに何の意味がある?」
「陛下・・・・・・」
「陰謀に気付けなんだった余が愚かだった。もはや、償う術もない。臣民も傷つき、多くを失った」
“聖王”などと呼ばれた己の末路はこれかと不思議に不快さも、無念さもなかった。
「後世、余の名は滅亡の王となるだろう・・・この際、悪名の一つや二つなど。彼女の提案を受け、限られてはいるが王たる者の最後の務めとして、臣民に生き残る術を残そうではないか」
薄っすらと笑顔を見せる王に、彼女は頭を垂れる。
「この身は王の騎士として捧げ奉った身。どこまでも―――」
「スカーサハ、お前は民を護ってくれぬか?」
身も、心も凍りつく。
「勘違いをしてくれるな。誓いを反故にするわけではない・・・」
「では・・何故ですか・・・」
「余は・・・王として死なねばならん。しかし、その後に残された臣民を護る者がなければならん。お前には、その役目を残したい。余が最も信頼する騎士として」
気軽に、お使いでも頼むかのように言う王の心中を察して益々深く頭を垂れる。
王は死なねばならない。生きていれば再起ができると人は言うだろう。
違うのだ。この御方は、最後まで民の尊崇を集めた聖王として“伝説”にならなくてはならない。
「直属の部下は連れて行くが良い・・・」
王は椅子代わりにしていた粗末な木箱から立ち上がり、小さな格子窓から見える小さな空を見上げる。
「残されたベルカの民を・・・頼んだぞ」
「・・・御意。ベルカ騎士団筆頭騎士・スカーサハ=インテグラ。一命に代えてもベルカの名を守り通しましょう」
時空管理局本局・第8法廷区画。
廊下に設けられている観葉植物のプラントで区切っただけの簡易な休憩スペース。
フェイトはゆっくりと長椅子に腰かけて、小さく溜息。
「緊張したかい?」
白練色の髪をした琥珀色の瞳の青年が声をかける。
青年は自動販売機にカードを通すと、ボタンを押す。
「・・・はい」
「まぁ、慣れろというのも不自然かな?でも、その内ちゃんとできるようになるさ」
「が、頑張ります」
気合を入れようとするフェイトの姿が可笑しくて、青年は笑みを零す。
今日はフェイトの初めての公判日。
10時から始まった裁判の内容は検察―――管理局側の人間による冒頭陳述で幕を開けた。
裁判というのは意外に冗長なもので、冒頭陳述とそれに対する検察・弁護側の抗弁で終わるのが常だ。
フェイトもその例外ではなく、ほとんど話すことなく終わってしまった。
拍子抜けした面もあるが、それでも法廷独特の雰囲気は知らぬ間に気疲れさせていた。
「フェイトー!」
「アルフ!」
てててーっと駆け寄ってきたアルフは、自分よりも身体の小さなフェイトに飛びつく。
フェイトもそれを受け止めると、ごろにゃーごろにゃーと甘えてくるアルフをあやす。
管理局の裁判制度では、使い魔は被告席には入れない。
主が罪を犯し、それを助けた場合は主のみが法廷で裁かれ、刑罰は一緒に受ける。これが一般的である。
別々に裁判を受けることもあるが、それは稀な話だ。
「なんかもー、見てるアタシのほうが緊張したよー」
使い魔であるアルフは証人席に座っていた。
「なんか、アルフらしいな・・・」
「むっ、それはどういう意味かな、フェイト」
「いつも私の心配ばかりしてるってことだよ」
「逆だよ!いつも心配させるのはフェイトじゃないか」
「うっ・・・それは、そうだけど・・・」
巧く言い返されてフェイトは言葉に詰まる。
思い当たる節がある。それを無視して突っぱねられるほど横暴ではないのがフェイト。
良くも悪くも正直者だった。
「あはははっ―――1本取られたな、フェイト」
青年は二人のやり取りに零すだけではなく、笑い出してしまった。
「楽しそうね」
「お疲れ様です、タールホファー参事官」
「お疲れ様です」
リンディもニコニコとしながら休憩スペースへ入ってくる。
好対照なのが、クロノとエイミィ。階級が上である青年に敬礼しながら入ってくる。
「ありがとう・・・何か飲みたいものがあるなら希望をどうぞ」
「それじゃ、“甘さ増量、激!お汁粉ココア!”をお願いね♪」
即答だった。誰が言ったのかすぐに分かる。
冗談みたいな飲料があるはずないと思うものが大多数でも、本局の自販機にはある。普通に。
「というか、お汁粉なのかココアなのか、はっきりしたら良いのに」
「その前に・・・お汁粉ってなんだ?」
息子とその部下の会話は届かない。
青年はと言うと、慣れからか、大物だからか気安く請け負うとボタンを押してしまう。
ちゃんとクロノとエイミィの分まで買うと順次手渡していく。
その中に明らかに不自然なデザインの缶が混じっていても、誰も気にしないようにしていた。
青年は女性陣と向かい合う位置に座ると、ミネラルウォーターを口に含む。
「今日は問題なく成功したけれど、次回からが本番だ。楽勝な裁判ではあるが、失言には気をつけるように」
フェイトの弁護人となった青年―――ゼオンシルト=タールホファーは釘を刺す。
「はい」
「必要なら、回答のマニュアルも作るが?」
「ええっと・・・一応、お願いします」
「模範解答だから暗記はしないように。管理局の裁判は陪審制ではないから、心証にそこまで気を遣わずに済むと言っても、心証が良いにこしたことない」
フェイトの審理は少年審理に近い。
被告を犯罪者ではなく、一人の未来ある子供としてその更生に適当である処分を下すものである。
懲役という罰を加えることは簡単だ。けれども、それが誰の利益になるかを考えなくてはならない。
賢しい子供も中にはいる。しかし、フェイトのように自分のやっていることが犯罪だと知っていてもなお、母親の愛を求めて手を染める者だって居るのだ。
行き過ぎな面はあるだろうが、その想いを否定して裁くことが果たして正しいのか。
管理局の司法制度はそんな疑問の投げかけの判断のために今回のような裁判制度を設けている。
審理官―――裁判官ではない―――は、フェイトの反省の度合い、性格や性向から判断することになる。
「それと、フェイトは嘱託魔導士の試験を受ける気はある?」
「嘱託魔導士・・・ですか?」
「そう、嘱託魔導士」
ゼオンの後をリンディが引き継ぐ。
「ゼオンさんとも相談したんだけれど、嘱託魔導士の資格を取れば裁判も有利になるわ。嘱託だけれども管理局の人間として魔導士になれば、貴女への行動制限や裁判も有利になるの」
嘱託魔導士試験には実技や筆記の他にも一定の人格テストがなされる。
いかに実力があろうとも法と秩序を司る管理局に性格破綻者を入局させるわけにはいかないのだ。
逆に言えば、嘱託魔導士とは管理局が魔導士の資格が十分とお墨付きを与えるとも言える。
管理局からの資格認定であれば、裁判におけるフェイトの人格判断にプラスの材料となる。
管理局にとって有用な人間ならば、という打算もないわけではないが。
その辺の細かなことを説明されるが、フェイトは乗り気というわけでもなかった。
「嘱託魔導士になれば・・・私は管理局で働くことになるんですか?」
「・・・必ずしもそういうわけではないけれど、協力要請はあるわ」
そして、要請を拒否するためには相応の理由が求められる。
半ば管理局の職員として働くことと同じだ。
「だが、資格があれば間違いなく裁判は早く終わる。遅くとも年内には。資格がなければ確実に年を越すことになる」
クロノがきっぱりと言う。
「えぇっ!?そんなに掛かるの!?」
アルフは不満を露にしてブーとなる。それだと半年以上も裁判に拘束されることになる。
管理局には鑑別所に代わる施設がないため、監督官のもと経過を見なくてはならないためだ。
「なのは・・・」
当然ながら、なのはと再会する日は遠のく。
けれども、すぐには是とできない。
プレシアの汚名。
アリシアの死。
自分の誕生。
それらは全て管理局が引き起こしたものだと、プレシアは言っていた。
事実確認はまだできていない。
裁判に影響するためできないことも、聡いフェイトは分かっている。
「今すぐに決める必要はないが・・・早い方が良いのは確かだ。よく考えておいてくれ」
「・・・はい」
子供達と別れた後、ゼオンはリンディに誘われて本局内にあるレティの執務室へ行くことになった。
よほどの有事でもなければ文官扱いであるレティがここから出て仕事をすることはない。
現場からの無理難題を時には弁舌で、時には力づくで処理する姿は・・・
「敏腕というよりも、豪腕よねぇ・・・」
「外野うるさいっ!」
ビシッ!
「あう!?」
サイン用のタッチペンが鋭く飛び、リンディの額に直撃。
投げたレティは最後の案件を片付けたところで、所狭しと広がっていた空間モニターを消していく。
「貴女が持ちかけたから私も時間を作ったのよ?」
「分かってますよーだ・・・。だからこうして、ゼオンさんも連れてきたんでしょう」
「やっ、ロウラン提督」
ピッと挨拶するゼオンに、レティも手を上げて挨拶を返す。
「なんか私のときと扱いが違わない?」
「そう?」
「きっと、若くて良い男だかr・・・・ナンデモアリマセンゴメンナサイ」
眼鏡が・・眼鏡が光って、レティの目が見えなくなった。
現場の誰もが恐れるレティさんのお怒りモードだ。前線では恐怖である、補給物資の遅配攻撃の前触れ。
一度受けた者は言う―――「初めてトイレットペーパーの有難味を実感した・・・ぐっすん」
レティ=ロウラン―――2○歳。バツイチ子持ちはその手の話題にとっても敏感なのだ。
秘書に飲み物を用意させると、レティは二人に応接用のソファを勧める。
リンディとゼオンが並んで座り、レティが向かい合う形になる。
「今回の話はオフレコなのね?」
「ええ・・・フェイトちゃんの裁判中でもあるから、絶対に外へは漏らせないわ」
念押しを受けてレティははっきり頷く。
「先に聞いておくけれど、彼女の裁判はどうなの?」
「問題はないというか・・・資質鑑別のために期間は長いものの、罪と問わないための資料が豊富だから無罪は堅い。邪魔がなければの話になるが」
主犯はプレシア。フェイトは従犯。
子供で、しかも洗脳の痕跡とプレシア本人の発言もある。
結局計画についてもほとんど知らなかった。
その他、諸々の証拠によればフェイトは責任論の段階で阻却されることになる。
弁護人にしてみれば、あらかじめ無罪にするためのお膳立てが揃えられていたとしか思えない。
「なら、一安心ね」
レティは空間モニターを開くと、資料を見せる。
「裁判記録からは不審な点は見つからなかったけれど、裁判資料として提出されていた計画のスケジュールは彼女の話と辻褄が合うわ」
資料にはヒュードラ事件裁判記録と表題がついている。
レティが法務部のデータベースから足がつかないように持ってきたものだ。
「つまり、研究主任となったプレシアは計画を成功させるために尽力していたということね?」
「そうとも読み取れる、というだけよ」
普通では考えらないタイミングでの視察や、その回数。不合理な日程の調整。
プレシアが言っていたような上層部からの圧力が感じられる。
だが、レティの言うように本当に上層部の圧力かは確信がない。
「・・・・・・証拠資料はこれだけなのか?」
「ええ、そうよ?」
「だったらおかしい。あるべきはずのものが足りない」
「「え?」」
ゼオンは目の前の空間モニターを脇へ動かす。
「プレシアや最後まで残ったスタッフ達の業務日報はどこなんだ?それに、実験中は万が一の事故に備えてのレコーダーがあるはずだ。本来、これらが重要な証拠として提出されるべきなのに、このリストには載っていない」
「証拠隠滅」
「・・・としか、考えられないわね」
限りなく黒に近い。
提出されなかった証拠を実際に確認するまでは何とも言えないが、そうと考えるのが自然だ。
「多分、もう見つからないわね・・・」
「14年前の事件だから無理もないわ。提出されなかった証拠は“この世に存在しなかった”ものとして葬られたでしょうし」
プレシアの冤罪を晴らす機会は永遠に失われたことになる。
法と秩序を司る管理局が主導した隠蔽工作による冤罪事件。レティやリンディは気が重くなる。
必死の努力を無にされ、その結果として娘を殺された上に、冤罪を呑むしかなかったプレシア。その無念さを思うと、敵対したとは言え同情を禁じ得ない。
子を持つ親である二人は、もしも同じように子供を失えば正気を保っていられるか自信はない。特にリンディのように最悪の形で夫を失い、クロノしか居ない身では。
天涯孤独。母は早世し、父もまた自身の研究を真っ向から否定されて失意のうちに亡くなった。
そして、最愛の娘さえも理不尽に殺された。気が狂わないわけがない。
管理局の闇が、今回の事件を招いたのだ。
「・・・それと、彼女の言っていたフェイトさんを作った研究については?」
重たい気持ちを振り払うように、リンディは尋ねる。
いつか、事実をフェイトに話すことになるだろうが、今はそのときではないと言い聞かせながら。
「これはお手上げよ」
「・・・どうしてよ」
「そんな顔されてもねぇ・・・予算から追いたくても特別会計は支出がトップシークレットだし、その手の研究を捜査しているアライアンスが情報をくれるわけがないし、でお手上げなのよ」
レティが提督という重要なポストにあっても、得られる情報には限りがある。
後先考えずにやるなら何とかなるかもしれないが、まだそれをやるには早すぎる。藪を突付いてアナコンダが出ては困るのだ。
「・・・つまり、これはバーテックスが関わっているということか」
「確信はないけれど、可能性は高いわ」
反管理局の地下組織―――それがバーテックス。
構成員は10万という話から、1000万という話もある。その戦力は次元世界の大国にも匹敵すると言われる、次元世界最悪の犯罪結社。
その根は深く、各世界の要人に太いパイプを持ち、管理局内部にも少なくないシンパを持っていると言われている。そのシンパとバーテックスの癒着による研究であれば、プレシアの言うように関係があるかもしれない。
「でも、フェイトさん一人で終わったとは思えないわ・・・」
「プロジェクトとして立ち上げたからには、相応の成果を上げたのでしょうね」
「・・・プロジェクトか・・・」
ゼオンがポツリと漏らす。空白に起きた独白は無駄に大きく響いた。
「今調べられるのはここまでね・・・」
追えば、フェイトの裁判という人質が発動する。
上層部―――統幕会議や理事委員会は正論が通じない伏魔殿だ。
余計な詮索には容赦のない一撃が下される。
リンディは、自分で口に出しながら内心で臍をかむ。
これでは11年前と同じだ。クライドが派遣されたヨートゥン事件は結局、身内であるはずのリンディにさえ何が起こったのか詳細は明かされることがなかった。
いつか、この病巣を糺したいと思っていたのに今まで来てしまった。
「せめて・・・子供たちが大人になるまでには、と思っていたけれども・・・」
「そうね。手を出せば出すほど、聳える壁の高さが増していくだけ」
「まだ、時間はあるさ・・・」
まだ足りないものが多い。提督という地位でも、真相は遠いのだから。
《提督》
新しい空間モニターが開き、レティの秘書の顔が映される。
提督、と呼ばれて危うく返事しそうになったリンディは自分の口を抑える。
「取次ぎは全て断るようにと言付けたはずよ?」
《申し訳ありません・・・タールホファー参事官の身内の方だそうで・・・その・・・》
スカートが破けて下着が見えてますよ、と言いたくても言えないような口ごもり方の秘書にレティのメガネが輝く。
「身内・・・?」
「はっきり言いなさい、はっきり」
ギロン、と睨まれて秘書の身体が震えたのは錯覚ではない。
「はい・・・あの・・・お母様と名乗られるお嬢様が・・その、いらっしゃって・・・ます」
「「お母様!!?―――って、お嬢様!!?」」
「ああ、なるほど」
ポンと手を打ってから、
「二人ともナイスリアクション」
にっこり笑う。
「おおおおおお、お母様ってどういうことなの!?」
「リンディ、落ち着いて・・・いくら彼が自分より年上だからって・・・」
挙動不審者のようにどもるリンディを宥めるが、レティも頬が引き攣っている。
ゼオンの出身である第115管理協力世界は、遺伝子に特別な因子を持つため人間はかなりの長寿を誇る。
まだ20歳前後の容姿のゼオンも、二人より年上だ。信じがたいが。
「ああ!困ります!?」
ドアがスライドし、秘書の制止の声を振り切るように人が入ってくる。
「「・・・・・・・・」」
二人は、ポカ〜ンと口を開けて見ていることしかできない。
入ってきたのは、本当に“お嬢様”という言葉がぴったりの少女。
年のころはクロノより少し下か同じぐらい。身長もそう変わらないかもしれない。
しかし、明らかに常人と異なる点がある。
―――言語を絶して、戦慄が走るほどに少女は美しいのだ
檳子染色(びんろうじそめいろ)のドレスの下に純白のインナードレス。
ストッキングやアームレストは錫色。背面のアクセントであるリボンはドレスと同色を基調とし、純白のフリルと猩々緋色の刺繍施され、ヘッドドレスとお揃い。頭にはヘッドドレスの他に、薄色のリボンが可愛らしく揺れている。
一見するだけで服の良さが見るものに伝わるものの、それでも少女の美貌には及ばない。
ヘッドドレスとリボンに彩られた黄八丈色のロングヘアは、若竹色の瞳を少し隠すように前髪が伸びている。造形美を追究した最果てのような鼻梁、輪郭は美の極致。
小さな体は全体的に細いが、そのプロポーションもスレンダーで少女らしい神秘さを感じさせずにはおかない。
二人は、思わずこの少女が本当に人間なのか疑ってしまう。
「ゼオンシルト」
「母さん・・・こっちには来ては駄目だって言ったでしょう」
「・・・ママ」
ゼオンから母さんと呼ばれた少女―――ニルヴァーナ=カイザーリン=タールホファーは短く単語だけを口にする。
「あのね・・・」
「ママ」
「だから・・・」
「ママ」
「話を・・・・」
「ママ」
「・・・ママ、話を聞いてくれる?」
ゼオン敗北。それでもママと呼ばれて嬉しそうにするニルヴァーナを見れば、誰だって呼んでしまう。
「なに、ゼオン」
「本局のエリアには来ては駄目だと言ったのに、どうしたの?」
「今日もママが晩御飯を作るから・・・一緒に帰ろう?」
「え・・・あー・・・・」
後ろからものごっつい視線が来てる。
具体的に言うと、リンディがキラキラ目を輝かせて涎を垂らしかけ、レティは興味ないように明後日の方向を見ながらもメガネを光らせチラチラと見ている。
背中から弁解のオーラを気分的に出してみるが・・・あまり効果がない。
そんな全くもって要らん生暖かい目を向けないでくれ。
「一緒に帰ろう?」
若竹色の瞳が、有無を言わせず迫ってくる。
「そ、そうだね・・・帰ろうか・・・」
とりあえず、逃げることにした。
「それでは、俺は先に・・・」
「そうねー・・・どうぞ、お母様とごゆっくり」
「ええ、私達のほうで後は・・・」
見送りを聞かないふりをしながら、失礼しますと言ってゼオンはニルヴァーナと手を繋いで退出していく。
秘書ははふぅっ、と怪しい溜息を吐きながら二人を見送っていく。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ゼオンが去った後の執務室には、無言が漂う。
「って!?親子!?」
「それはもういいから」
今更なリンディに、レティは頭を抱える。
「見てはいけないものを見たのかしら・・・」
「そうね・・・まさか、参事官にそういう趣味があったなんて」
「あんな子供にママなんて・・・」
「きっと、彼にも色々あったのよ・・・」
「そうね・・・」
「「はふぅっ」」
納得してはいけないとことで、納得した二人の提督。
いや、それは犯罪だからとツッコムべきなのに状況に流されていた。
「ゼオン・・・妙なことに関わっちゃ駄目よ?」
手を繋いで歩きながらニルヴァーナがゼオンだけに聞こえる小声で話す。
「貴方は、恭也との約束通りあの子を無罪にするだけ・・・それ以外は駄目」
「ママ・・・」
「ママはね、何でもお見通し。貴方は貴方の身体を一番に考えなさい」
何も話していいないはずなのに、ニルヴァーナは察していた。
これが子を想う母の力なのか。複雑だが、ゼオンは少しだけ嬉しかった。
「忘れないで、ゼオン。私がこうして人の姿をしているのは、貴方が居るから―――そうでなければ、私はいつ正気を失うか分からないわ」
「分かってるよ・・・」
親子は、ギュッと強く手を繋ぎあい家路に着いた。
「それじゃ、また明日」
「また明日な」
一緒に食堂で晩御飯を食べてから、フェイトはクロノとエイミィの二人と別れた。
「うん―――アルフ、入ろう」
「ん」
本局に係留中のアースラ。
その中の一室が今のフェイトの住まい。
リンディの好意で部屋は士官用の部屋なので、一軒家のリビング並みに広い。それでもフェイトの持ち物などバルディッシュぐらいだったため、部屋にはほとんど物がない。
ガルムとアルフの三人で暮らしたマンションは、オヴニルとガルムの戦闘で壊れてしまったため。
「とぅっ!」
お腹一杯食べてご満悦のアルフは、自分のベッドへダイヴ。
ごーろごーろ。食後の幸福感を楽しんでいる。
フェイトはそんなアルフを横目に、備え付けの端末に触れて空間モニターを開く。
検索エンジンにキーワードを入れ、ヒットした一番上の検索結果を展開する。
内容をスクロールさせながら熱心に見入るフェイトに、まだゴロゴロしているアルフが声をかけた。
「おーい、何してるの?」
「えっとね・・・嘱託魔導士についてちょっと調べてるの」
「しょくたく・・?ああ、さっきゼオンが言ってた何かの試験のこと?」
「うん・・・難しいみたいなんだ」
「どれどれ・・・」
ベッドからのそのそ降りたアルフが空間モニターを覗く。
「うわー・・・面倒そうだねー」
「もう、他人事みたいに言わないでよ・・・」
「ごめん、ごめん」
苦笑するアルフに、フェイトも仕方ないなーと笑みを返す。
魔法文明の魔法は万人が使えるわけではない。
通常の教育課程と異なる魔法に関する教育課程を経て、専門の知識と技術を修得しなければ魔法は使えない。なのはのように、ごく稀に理論や知識を素っ飛ばして感覚だけで魔法を使えるようになる例もあるが、これはかなりの例外になる。
専門課程を経るということは、魔法を使える人間がどれだけ居て、どれほどの能力を持っているかについて情報を得られるということでもある。こうして管理局は無秩序に魔導士が増えないように努力をしている。中にはフェイトのように個人での英才教育を受ける例もあるが。
魔法は日常生活の中で使うことはないし、法的に大きな制約が課せられている。
そうなると実質的に魔法を扱えるのは管理局のような公安秩序を守る組織の人間に限られる。要はなのはの世界における、警察官や軍隊の銃器武装と同じだ。そういう組織である以上はある程度の人格が求められる。
そして、その魔導士の中でも魔法を使うことを認め、管理局の嘱託を受けることで一定の権限の下に活動する魔導士を嘱託魔導士と呼ぶ。
「それで、試験を受けるの?」
「・・・ううん。まだ決めてない」
ツインテールが左右に揺れる。
「やっぱり・・・プレシアの言ってたことが理由?」
曇ってしまったフェイトの表情からアルフが察する。
だが、ツインテールは再び左右に揺れる。
「それもあるよ・・・でもね・・・」
「でも?なに?」
口ごもるフェイトの瞳が不安げな色を過ぎらせる。
膝の上に置かれた手はぎゅっと握られ、辛そうなのが一目で分かる。
「もし・・・もしもだよ?」
「うん」
「私が試験に受かって、嘱託魔導士になったら管理局で働くことになるんだよね?」
「まぁ、そうだよね」
嘱託魔導士というのはそういう資格だ。
「そしたら・・・私は・・・ガルムさんの敵に・・・なっちゃうのかな・・・」
「あ・・・・」
ガツン、と頭を一発やられたようなショックだった。
「ガルムさんはもう・・・居ないけれど・・・」
【幻月】によるアバターがガルム一人だけではない。
―――経験、知識、記憶、感情、判断、能力
―――高町恭也という人間を構成する全ての要素が同一である存在
つまり、ガルムでもある存在達。
「私は戦えない。絶対に、戦えないよ・・・」
フェイトにとって、ガルムは一緒に過ごしたガルムだけだ。
けれども、きっと会ってしまえばガルムであることを求めてしまう。
もし、見た目は酷く醜くとも、とても暖かいあの手で触れられ、頭を撫でられれば。
もし、清冽さの中にも芯へと伝わる優しさを含んだ声で、名前を呼ばれたら。
心はその甘美な気持ちに屈してしまう。どんなに心を強く持とうとしても。
「でもガルムがフェイトに――――」
慌てて言い掛けて、アルフは口を噤むしかなかった。
ガルムは、事件とは別に管理局を強く憎んでいた。新たに作られたアバターが立ち塞がることは十分に考えられる。
戦意を見せなければ、戦わなくて済むかもしれない。
しかし、フェイトは恐れている。アルフもそれが解かる。
―――管理局に入ったことで、見限られてしまったら?失望されたら?
ガルムがそんなことをする人ではないと頭では分かっているのに想像してしまう。
力強く、見る者を引き込まずにはおかない黒曜石の瞳に自分を蔑む色が浮かんだら、自分は正気では居られない。二度と立ち直れなくなる。
だったら、最初から資格を取らなければいい。
裁判は長引くかもしれない。なのはとの再会が先のことになるのは嫌だが、それよりもガルムと敵同士になってしまうことだけは絶対に嫌だ。
「フェイト・・・」
アルフは掛ける言葉がなかった。
なのはに誘われて高町家へ行けばそこにはオリジナルである高町恭也が居る。
その時、フェイトはどうするつもりなのか。
これがフェイトにとって、心を救い、未来を残してくれた故人の死を乗り越えるための試練なのかもしれない。
「未来を考えるのって・・・凄く難しいね」
母に言われるままに生きてきたフェイトにとって、初めて自分だけで考えなくてはならない未来の選択は最初から難関だった。
あとがき
幕間その2。タイトルは思いつきです。
フェイト初公判の日の出来事。時間軸では6月の半ばになります。
分量も軽く読める1万文字目指して書いてみました。
なんで八神家の続きじゃないんだとか、石を投げないでくださいね(お願いします
今回は管理局の裁判制度や嘱託魔導士の制度についての説明が多いです。
一応言っておきますが、これらはリバースのオリジナル設定で原作設定とは関係がありません。
私はこの辺の無駄設定が大好きなので。「しかしよぉ、資質鑑別がないくせに少年審判やろうってぇーのは無理がなくねぇ?」とか突っ込まないでくださいね。そういう組織で、問題点として指摘されてますから。
冒頭部分はこれから不定期に続く、A’s編の遠因となった過去のお話です。
途中で謎が解けても最後まで沈黙をお願いしますね。時間軸がバラバラなので分からないと思いますが念のため。
それでは、次回「出し抜きの合言葉直球勝負」でお会いしましょう
・・・あ、すいません、タイトルは嘘です、冗談です、アメリカンジョークです。
フェイトの裁判の様子。
美姫 「色々と悩んでいるわね、フェイトも」
悩み、考え、自ら答えを出す。
それは大事な事だよ、うん。
美姫 「えらそうに」
いや、何故凄まれなきゃいけないんだ?
美姫 「はいはい。うーん、 早くも次回が楽しみね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」