《それじゃ、おとーさんおしごとがんばってください》

 

空間モニターに映る3歳の息子のビデオメールを見ていたクライド=ハラオウンは、緩みきった頬を両手で揉みながら直そうとする。

しかし、すぐに緩みきった幸せ一杯な表情に戻ってしまう。

 

「・・・クライド、その顔で部下の前に出ないようにな」

「そんなことはしませんよ。ほら、今だって真面目な顔に戻ってるでしょう?」

 

隣で一緒に歩くギル=グレアムに顔を向ける。

 

「・・・それのどこか真面目なんだ・・・」

 

どこからどう見ても、顔の筋肉どころか脳みそのネジまで緩んでそうなアホ面だった。

 

「今回の任務が気の進まないものだということは私も承知しているが・・・あまり、ビデオメールばかりを見ないようにな」

「分かってはいるんですけどね。クロノの“お父さん頑張って”を一日一回は聞かないとどうも調子が出なくて・・・」

「・・・・・そうか」

 

一日一回と言いつつ、これで三回目だということをギルは心の中に留めた。

どうせ、“まだ”三回しか見てませんとかそんな返事がくるだけだ。

 

 

「でも、気が進まないのは本当ですよ」

「仕方ない。統幕会議も大きく揉めた末の決定だ。三提督の意見も割れたと聞いている」

「・・・どうせ、最高評議会から圧力が掛かっただけですよ」

 

それを言ったら御終いだとギルも表情を曇らせる。

各世界からの代表者が集う最高評議会における決定は重い。

司法機関であるが、その前に各世界の合議制を取る以上、その決定に反することはできないのがネックだ。

 

「すいません・・・なんか、苛々してて・・・」

「気持ちは分からなくもないが、お前も艦長だ。部下の前でそういう態度は慎むようにな」

「はい。でも、本気なんですか?アルカンシェルの、それもWを装備して出撃するなんて」

「L級はUだが・・・実際に、戦争は激化の一途というのが先遣しているフライトナーズ第四戦隊の報告で、武装四課100名は全滅寸前だからな」

「だからって・・・管理局が戦闘当事者になるのは気が重いですね」

「・・・・・・」

 

まったくだと言い掛けてギルは言葉を飲み込む。

同じ気持ちだが、上官である自分が同意するわけにはいかない。

 

「切り替えるんだ。所定の目的を達すれば我々は早期撤退も可能なのだ」

「そう・・・ですね」

 

その目的の達成が簡単であれば苦労しない。

フライトナーズも苦戦しているとなれば、一筋縄ではいかないことは明白だ。

今回の件には聖王教会の神殿騎士団や、バーテックスのイミネントストームも介入しているとの未確認情報もある。早期撤退はかなり難しい。このことは黙っておくべきだろう。

 

滅入りそうになっているクライドを見ながら、ギルは内心済まなく思う。

精神的にタフであることと、事態に対して抱く暗鬱な気持ちは別物だ。

 

ギルは少しだけ後悔していた。

執務官コースからクライドを引き抜いて海軍へリクルートしたのは失敗だったかもしれない。

クライドは、清濁を併せ呑むことはできても最後まで割り切れる感情を持ち合わせていない。

それはやはり、執務官や捜査官のように個別の犯罪に対処する役職の方が向いていたのだろう。

 

「それでは、後で落ち合いましょう」

「ああ、そうだな・・・」

 

それぞれ、自分の艦の準備に入るべく分かれる。

 

クライドの後姿を見ながら、割り切れない感情がこのままクライドを窮地に追い込む予感がして、ギルは頭からそれを振り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時空管理局本局・トレーニング区画

 

時空管理局の本局は巨大な一つの都市船である。

内部には都市がまるごと一つ入っており、管理局の職員とその家族が生活している。

一般人の居住がないことを除けばその他の都市と変わることがない。

 

管理局の区画の一つには魔導士のための訓練施設も備えられ、所属の魔導士達は日々精進することになる。

クロノも今日はフェイトの次の公判日が先で、仕事もないため本格的に研鑽を始めていた。

 

 

 

拳打が頬を掠め、空気が唸りを上げる。

バリアジャケットでダメージはないが、受けるインパクトは大きい。

だが、拳打を外すことには成功した。

 

[S2U]を回して足払いを掛ける。

 

「読みが浅いっ!」

 

叱咤と共に払うべき両足が地面から離れ、

 

「疾ッ!!」

 

咄嗟に深く屈み込んだクロノの頭髪を刈り取る。

ここまでは予定通り。この蹴りを誘ったのだ。

蜘蛛のように地面に張り付いた体勢から全身のバネで後ろへ跳躍。

そこへ直前の位置へ踵落しが入り、地面を大きく陥没させる。

 

「少しは―――」

 

杖を軽く振りかぶり、

 

「―――加減しろ!!」

【スティンガースナイプ】

 

誘導操作できる光弾が射出する。

この距離なら【スティンガーレイ】でも良かったが、相手は瞬発力に優れる。確実を期すべきだ。

 

踵落しで動きが一旦止まっていた相手は、何を考えたのかスティンガーレイへ直進する。

避わせないのか、避わさないのか。どちらかは分からない。

突飛な手に僅かな思考ノイズが生じるも、そういう相手だったと切り替える。

 

相手は直進の体勢を崩さない。

嫌な手だ。【スティンガースナイプ】が誘導操作のために速度が若干遅いことを周知した上の手だ。

今更左右には振れない。

 

その間に相手は光弾を正面から切って落とし、更に加速をつけて突貫する。

 

手を間違った。それを考える時ではない。

杖を前へ突き出す。

相手は杖の先端に狙いを定めると、あろうことか前蹴りで突き出された杖を押し込んだ。

 

「ッ!?」

「斉ッ!!」

 

前蹴りの足を軸に左手の払いが喉元にするりと入り込み、軸足の吊り込みで地面へ叩きつけられる。

衝撃が軽減されても軽く息は詰まる。

そのまま喉を押さえ込まれると、血流を止められたクロノの意識は一瞬でブラックアウトした。

 

 

 

 

「まだまだねぇ、クロスケ・・・・ニャハハハハ」

「悪かったな・・・・」

 

クロノを軽く締め落としたリーゼロッテは意地悪な顔で高笑いをする。

まだ少しクラクラするクロノは仏頂面の眉間に深い皴を刻む。

 

「アタシらに勝つのは後30年は早いかな?」

「・・・僕が幾つになったときの話だ、それは」

「ま、その時は流石にアタシらも生きてないだろうけどね」

 

ロッテは横にいる瓜二つだが、姿勢が良くロングヘアのリーゼアリアに振る。

 

「そうだね・・・その頃はお父様も、人間としての寿命が訪れるでしょうし」

 

ロッテとアリアの二人は、ギル=グレアム提督の使い魔だ。

歴戦の勇士であり、クロノの父親の上官だったギルも高齢で近々引退を予定している。まだ魔導士としては現役だが、後進に道を譲ると言っている。

その彼の使い魔であるロッテとアリアもデバイスは、使い魔でありながら並の魔導士では及ばない一流の魔導士。そして、クロノの魔導士としての師匠になる。

 

「それはそうと、今日は一段と気合が入ってたけど何かあったの?」

「・・・別に。偶の訓練だから真剣にやってるだけだ」

「ふーん・・・」

 

フリフリ

フリフリ

 

含みのある笑いをわざとらしく手で隠しながら、ロッテは尻尾を左右に振っている。

 

「さては・・・」

「・・・・・・」

「誰かにケチョンケチョンに負けたな!」

「・・・・・・(ムッ)」

 

黙っていても、クロノの顔にはその通りだよ、と書いてあった。

 

「そうか、そうか、負けたのかー」

「・・・・・・」

「うん・・・それは良い経験だよ、クロノ」

「え?」

 

からかい調が一転。ロッテは優しい顔で、クロノの頭をポンポンと撫でる。

同じようにアリアも肩に手を置く。

 

「最初から強い人なんて、居るものじゃない。みんな強くなろうとして、強くなる。クロノも頑張ってるけれど、頑張ってるだけじゃ見えてこないものもあるよ」

「それが良い経験だと?」

「そう・・・私達やお父様だって同じ。みんな誰かに負けて、自分は誰かより弱いんだと思って、もっと強くなろうと努力をする」

 

クロノは考え込まされる。

ガルムとの戦いが今のロッテとの模擬戦のようなものだったのなら、まだそう思えただろう。

しかし、ガルムとの戦いは戦いというよりも弄ばれたようなものだ。

今の戦いにしても、ロッテはおそらく全力ではないだろう。ガルムもその点は同じだが、強さの桁が違う。

 

「・・・努力すれば」

「ん?」

「・・・努力をすれば、強くなれるのか?」

 

武装隊30人を軽々と潰し、自分となのは、ユーノを瞬殺する。

それを「強い」の一言で片付けてしまっていいのか。いや、あの強さは努力で得られるものなのか。

 

俯くことはないが、下唇を噛み締めるクロノは強い焦りを滲ませている。

その表情に、ロッテとアリアは目配せする。

二人は後ろからクロノの頭をむんずと掴むと、グリグリと撫で回す。

 

「いたたたっ!」

「クロスケ!悩みがあるならはっきり言えばいいの!」

「まったくね・・・」

「だから何だって言うんだ!」

 

「言いたくない悩みの一つもあるだろうけど、言って解決することもあるのを覚えておきなよ?」

 

一際力強く頭を撫で回してからロッテが言った。

 

「それと“努力をすれば強くなれるのか”の答えはね・・・YESで、NOよ。私達はクロノに努力することを教えた。けれど、努力が全て報われないことは自分が一番良く知っているでしょう?」

「・・・・・・」

 

アリアの言うことに、黙するしかない。

努力がすべからく報われないことはクロノもよく知っている。

なのはのように場を一瞬で引っ繰り返す奇才もなければ、フェイトのように無限とも思える成長を促す才能もない。二人と同じだけの努力をしたところで、クロノはおそらく報われる量が絶望的に少ない。

 

今はまだ5年というアドバンテージがある。その間に積み重ねた努力。

その努力がまだかろうじて二人に勝っている。だが、努力の結果の差という不公平さは厳然とある。

 

「でもね、クロノ―――努力がすべからく報われなくても、努力の価値が消えるわけではないでしょう?努力をしなければ今のクロノはないんだから。報われる量が少なくとも、努力を諦めたら強くなれない」

 

きっと、クロノもアリアの言っていることを頭では理解している。

けれど心は違う。二人だってそれぐらい見抜いている。

 

「人と比べることは悪いことじゃないよ。実際に敵わない相手だって存在する。アタシやアリアだって教導隊の非常勤アシスタントをやるけれど、オヴニルの隊員にはアタシらが一蹴されるほどの魔導士がごろごろしてる」

「でもね、私達は比較して弱いと感じてもそのことに劣等感を覚えない。ちょっとは才能に嫉妬するけれど、そこまでこだわることでもないでしょう?私達に必要なのはお父様の役に立つ範囲であればいいのだから」

「だから、クロスケ―――クロノ。比較するなとは言わない。自分より強い相手に劣等感を覚えることも仕方ない。だからっていじけるな。自分が何のためにどれだけ強くなりたかった、思い出すんだ。それを忘れて自分の努力に疑問を持つようなことは、それこそ十年早いぞ」

 

ロッテは、聞き入るクロノの額をツンと小突く。

 

一度は誰もが通過する試練だ。自分よりも圧倒的に強い存在と対峙し、卑小さを嫌というほど思い知らされる。時には挫折とも呼ばれるそれを、クロノはある意味で生まれて初めて体験している。

人は人生の節目ごとに大小の差はあっても挫折を味わっていく。

父親の拳骨。子供同士の力による上下関係。多くの人と会う内に、自らの能力や在り方を幾度も問い直し諦めることもある。それが人生の厳しさだ。

しかし、クロノはこれまで本物の挫折を味わっていない。

強いだけなら師匠である二人や、ギル、リンディ、レティのように優れた魔導士は大勢いる。それは挫折を味わう壁ではない。

父親のクライドは既に亡くなり、二人から英才教育を受けたクロノは同年代でも抜きん出ている。その果てがAAA+。オヴニルのような先鋭化された部隊ならいざ知らず、そう居るものではない。膨大なスタッフを抱える管理局でも200人ほどしか居ない。

 

思春期の挫折というのは、克服できれば得られるものが多い。

だが、扱いを間違えれば心に消えぬトラウマを刻み込む。

それが自分の強さという根幹に関わるものなら、ロッテもアリアも口を挟むわけにはいかない。

 

クロノが自分で乗り越えるべきことであって、してやれることなどこうして言葉を掛けてやることぐらい。

 

 

「僕は・・・」

 

何かを言おうとして、クロノは言いよどむ。

 

 

「・・・ほら、考え込む前に体を動かす。考えれば解決するようなことでもないって」

 

下手に考え込ませるよりも、とロッテが背中を押す。

 

「・・・そう・・だな」

「誰もが一度は通る道よ。私達はどうしたら良いと言ってあげられるけれど、どうしろと命令することはできない。だから、せめてこうしてクロノが強くなるための努力を手助けする」

 

クロスレンジからショートレンジを得意とするロッテから、ミドルレンジからロングレンジを得意とするアリアに相手が代わる。

クロノも訓練用のフィールドへ入ると[S2U]を構える。その立ち姿にやはり迷いが見て取れる。

 

脇目もふらず、強くなろうとした少年の一時の停滞。

アリアはカードを指に挟み、弄びながらその姿に一抹の寂しさと不安を感じる。

 

(私とロッテも・・・あと、どれくらいこの子を鍛えてあげられるのかな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海鳴市郊外・月村邸

 

海鳴市の高額納税者のトップを争う月村家の広大な庭に、恭也は美由希を連れてきていた。

他にも住人である月村忍・すずか、使用人のノエル・ファリン。遊びに来ていたなのはとアリサ(+フェレットユーノ)が居る。

 

季節もすっかり夏めいてきた。

緑に囲まれた月村邸には蝉の鳴き声がちらほらと聞こえる。

恭也と美由希は、外野がパラソルの下でお茶を楽しんでいるのを尻目に日の当たる場所に立っている。

 

「さて、忍のおかげで道場や家の庭を水浸しにせずにすむわけだが・・・準備はいいな?」

「はい、師範代」

 

御神流の鍛錬の際には“恭ちゃん”ではなく“師範代”。

それが二人のけじめ。

 

「足の運び、体捌き、機の見極め・・・よく見ておくように」

 

言いながら恭也は背負差しの小太刀の柄を軽く握り、感触を確かめる。

視線の先には10リットル入りのペットボトルが据え置かれている。

距離は6m。特に刃渡りの短い小太刀では一足一刀の間合いからはほど遠い。

 

「神速は使わんからな」

 

言葉と同時。

瞬きの間に、6を0へ。

 

左切上げからの一閃でペットボトルは上下に分かれる。しかし、水が零れない。

そして、上下に離れたペットボトルがゆっくりとずれ始めると、遅れて水が零れ出した。

 

「はにゃー・・・」

「うわー・・・」

「ほぇー・・・」

「はぁ・・・」

 

小学生組とファリンは感嘆詞の呆けながら口にする。

恭也が動いたことまでは見えても、それを正確に知覚することはできずペットボトルが切断されてから初めて気付いた。

 

「ノエル、追えた?」

「何とか」

「んー、ノエルでもか。前はまだ追えてたのに」

「恭也様はまた速くなられました」

 

忍は苦笑する。あれで神速を使っていないというのだから、信じられない。

そういう技法であると分かっていても、やはり凄い。

今の自分が全力になって、勝てるだろうか。

 

 

驚嘆する外野の声を聞きながら、恭也は刀の水気を軽く払い落としてから納刀。

言われるまでもなく恭也の動きを分析していた美由希の方へ戻る。

 

「今のが奥義之壱“虎切”―――とーさんが一番得意とする奥義だ」

「使ったのは“斬”と“貫”・・・歩法は、うぅ盗めなかった・・・」

「お前の眼力でそこまで初見看破できれば上出来だ。歩法を教えてやれないこともないが、これは一定ではないから自分で考えてから聞きに来い」

「ここがこーで・・・あそこがあーで・・・うぅん・・・全然できる気がしないよぅ」

 

初見とは言え使っていた技法を看破していても、美由希は自分ができる姿をイメージできない。

 

「莫迦弟子。最初から俺と同じレベルでできるはずがなかろう・・・取り合えずやってみろ」

 

いつのまにかアシスタントのノエルが切断されたペットボトルを取り換えていた。

 

構えを取る美由希。

構えの時点で本来は指導を入れるところだが、最初だからどれだけ理解しているか見守ることにした。

足場を何度も確かめながら、恭也よりも短い4mから挑む。

美由希には恭也が滑るように動いて見えた。それならいつでも任意の位置で踏み込みができる。だが、見えていても肝心な“どうやって”が今ひとつ分からない。

 

恭也が取り合えずやってみろと言うからには、失敗しても気付くことがあるのだろうと思い直す。

 

 

 

思い直して――――

 

 

ざっぱぁ〜ん♪

 

 

「きゃーっ!!つめたーいっ!!」

 

「莫迦が・・・」

 

思いっきり水を引っ被った美由希に、恭也は小声で思いっきり罵倒する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あはははは!!」

「もう、お姉ちゃん笑いすぎだよ」

「でもさ、“ざっぷ〜ん♪”だよ?・・・美由希ちゃんも芸人体質が板についてきたよねぇ〜」

 

まだ苦しそうにお腹を押さえている忍は涙さえ滲ませている。

幸い美由希は濡れ鼠の服を変えるために家の中に入っている。

 

「歩法に気を取られて、まさか斬撃を失敗するとは・・・特別メニューの刑にしてくれる」

 

剣呑なことを口にしながら、恭也は特別に入れてもらった宇治抹茶アイスティーを飲む。

 

「美由希さんも剣術やっているときは別人みたいにキリッとしてるのに、何でああいうところだけいつも通りなんだろう・・・」

「えっと・・・どうしてだろうね」

 

何気に酷いことを言うアリサ。

 

「まぁまぁ、あれがないと美由希ちゃんじゃないっていうか。ドジッ子属性ではファリンと良い勝負なんじゃない?」

「へっ!?わ、私もドジッ子なんですか?」

「いや、ファリンがドジッ子じゃなかったら、ドジって言葉が消滅しちゃうよ」

「そ、そうなんですか、すずかお嬢様!?」

「え?・・・えっと、ね・・・うん、ファリンは頑張ってると・・・私は思う、よ?」

 

最後にアクセントがつく。

誰の目から見ても苦しい。

 

「しくしく・・・いいんです。私なんて、私なんて・・・」

「ああ、ファリン落ち着いてー!」

 

どこからともなく縄と踏み台。

 

「ほら、ファリン。あそこの梁なんて丁度良いわよ?」

「さすが忍お嬢様です・・・うぅ、駄目な私にこうして優しいアドバイスを・・・」

 

「「「「アドバイス違う!!」」」」

「お姉ちゃん!!―――ファリンもどうしてこういう時に限ってキビキビしてるのー!」

 

縄をかけて、結んで、開いて、確かめて・・・絡まって。

 

「あれ?あれ?あれ?あれれぇ〜?」

 

もがけばもがくほど縄が絡んで身動きが取れなくなる。

そうこうしている間に、体勢が崩れて踏み台が外れ―――

 

 

「・・・・何をしているんですか、ファリン」

 

美由希の着替えを手伝っていたノエルが戻ってきて一言。

 

「うぇーん・・・責任とろうとして身動きできませーん」

 

見事に縄が絡まったファリンはあられもない姿で宙吊りになってしまっている。具体的に言うと見えてはいけないスカートの奥とか、何故かボタンが開いている胸元とか。

 

「えーーーっと・・・緊縛プレイ?」

 

言って、物凄く恥ずかしそうに一人照れる美由希。

 

 

「恭也さん見ちゃ駄目だからね?」

「?」

「ふぁ、ファリンの主人として見せられません!?」

「いや、何のことだ?」

 

アリサとすずかのダブルブロックで艶姿が見えない恭也は首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お昼のドタバタから夜になり、週末の小学生組は月村家でお泊り会。

年長組がリビングでワイワイやっている間に、小学生組もすずかの部屋でワイワイ。

フェレット状態のユーノはすずかやアリサの玩具にされながら、そこはかとなく幸せそうだ。

 

昼間見た、なのは宛に届いていたフェイトからのビデオレターで一頻り盛り上がって喉が渇いた三人は部屋に備え付けの水差しから注いだ水を飲む。

 

「うーん・・・」

「どうしたの?」

 

コップを手に、うなり出したアリサ。

 

「うん・・・恭也さんとこうして会えるのも夏限りなんだなぁ、と思って」

 

しみじみと口にすると、はしゃいだ雰囲気が落ち着いていく。

 

「あ・・・うん、そうだね」

「イギリスだったよね?」

「うん」

 

ローウェル家の護衛実地テストを経て、恭也の能力は申し分ないとされた。

最新のSPについての知識と技術は後で教え込めば十分で、そのほとんども無自覚に身に着けている。

エリスは太鼓判を押し、夏が終われば恭也はクリステラ家の専属SPとしてイギリスへ渡ることになった。

 

ティオレではなく、フィアッセ専属になるがそれでも今までのように海鳴で暮らすわけにはいかない。

 

 

「どうせなら私の専属になってくれればいいのに・・・」

「「さすがアリサちゃん・・・」」

 

ちっ、と舌打ちしながら堂々と言い放つアリサに二人は苦笑いしつつ感嘆する。

 

「お父様ももう一踏ん張りしてくれれば・・・」

「やめようね〜・・・」

 

噂だが、英国政財界に太いパイプを持つデビットがマクガーレン社とクリステラ家に戦争を仕掛けそうになったとか、ならなかったとか。

その後に自分がセキュリティサービスの会社を設立して恭也を雇えば良かったのだと気付いたが、後の祭りというのは実話である。

 

「・・・こうなったら私もイギリスへ行くしか・・・」

「そ、それは駄目だよ!」

「そ、そうだよ!」

「じょ、冗談よ。冗談・・・でも、こうなったら、刺客を送り込むしか」

「「おーい、アリサちゃん戻ってきて〜」」

 

メラメラと青白い炎を燃やすアリサに呼びかけるが、自分の世界にトリップしてしまう。

その手はしっかりとユーノの首ねっこを掴み、良い感じに気道を絞めていたりするが誰も気付かない。南無。

 

 

「でも、なのはちゃんも寂しくなるね」

 

仕方なくすずかはなのはに話を振る。

 

「え・・あ・・・うん・・」

「?」

 

歯切れが悪いものの、すずかはそれが寂しさからくるものだと勘違いする。

 

(もしかしたら、私達のせい、なのかな・・・)

 

プレシアの起こした事件。恭也はそこで特S級指名手配犯の正体であることがバレかけた。

恭也は自分のアバターであるガルムを殺すことで疑惑を回避したが、このまま自分が魔法に関わり続ければ露見してしまうことを予見しての英国行きなのかもしれない。

 

なのはは、フェイトと別れたあの日から恭也と魔法に関係する話をしたことがない。

ガルム=恭也という事実さえ今では夢だったような気さえする。

夢であって欲しい。だから話せない。

話した末に、恭也がまた自分達の前から姿を消したら・・・。

 

「ていっ!」

「にゃにゃっ!?」

 

アリサぷれーす。

 

「あ、アリサちゃん・・重い、苦しい・・・」

「失礼な!私は軽いわよ!ほら、ほら、軽いって言いなさい!!」

「にゃ〜〜〜」

 

プレス、プレス、プレス。

どっかのフィットネスビデオの掛け声が聞こえてきそうなアリサの攻撃に、なのはは呻くしかなかった。

 

「まーた、暗い顔して!恭也さんが居なくなって暗くなりたいのはこっちよ!ねぇ、すずか!」

「え?え?え?・・・ええっと、そ、そうだね」

「「へっ!?」」

 

硬直。

 

((あ、あれ?何でそこで顔を紅くするの!?))

 

その紅顔は正しく、乙女だ。枕に“恋する”がつく。

 

「や・・・」

「や?」

「藪を突付いてタイガースネーク呼んじゃったっ!?」

 

オーマイガー、と頭を抱えるアリサ。

なのはも目をまん丸にして口をパクパク。

 

騒がしかった室内は一瞬にして静まり返り、気温が乱高下する。

 

 

「すすすすすすすすすすすすす、すずかちゃん!!!」

 

「ななな、なの、は、ちゃん、おち、つい、てぇー!」

 

 

肩を掴んでガックンガックンと前後に揺さぶられるずすかは、目を回しながら落ち着かせようとするも失敗。錯乱したなのはは取り合えず名前を呼ぶだけで、次が出てこない。

 

「お、思わぬ伏兵だったわ・・・落ち着きなさい、なのは」

 

スパカンッ!

 

「あう」

「きゅ〜〜」

 

室内用スリッパで軽くなのはの頭を叩いた大物アリサだが、既にすずかは目を回して気絶しかけている。

そんなことを気にせず、アリサはナイトスタンドを運んでくる。スイッチをONにすると、ぺかーとすずかに白熱電球の明かりが向けられる。

 

「うぅ、眩しい・・・」

「それは後ろ暗いことがあるからよ・・・さぁ、隠していることをキリキリ吐きなさい」

「そんな、隠し事なんてないよ」

「犯人はみんなそう言うわ」

「わ、私犯人なの!?」

「アリサちゃん、何か変・・・にゃにゃっ!?」」

 

ボソッと呟いた声を聞き逃さず、明かりはなのはに向けられる。

 

「しゃらーっぷ!オンナの戦いは先手必勝、不意打ち上等、勝てば官軍よ!」

「意味がちがうよーな、あってるよーな」

 

間違っていようが、合っていようがこの際アリサには関係ないが。

アリサは明かりを下げると、真面目な顔で二人ににじり寄る。

 

「二人とも・・・私が冗談で言ってると思ってる?」

 

真剣なアリサに、二人は気圧される。

 

「私は二年前に恭也さんから助けられてから、ずっと恭也さんだけ見てきたのよ?子供だからとか関係なく、恭也さんには私を選んで欲しい。私も恭也さんだけを選ぶように」

 

アリサにとっての努力は、恭也に選んでもらうためのものだ。

勉強も、運動も、何かに頑張って打ち込む人を好ましく思う恭也が相手だから負けず嫌いという性格以上に努力している。

年齢の差は絶対だ。覆しようが無い。それを埋めるための努力。幼くとも恭也に振り向いてもらうため。

それが今度は現実の距離まで離れようとしている。これを焦らずして何を焦る。

 

「すずかのことは友達だと思うし、恭也さんと好きならそれでもいい。けれども、私は絶対に恭也さんを譲らない。今は年齢のせいで手が届かない相手でも、どれだけ時間が掛かっても振り向かせてみせる―――すずかに、それだけの覚悟はある?」

 

幼いながらもオンナの顔を見せるアリサ。

すずかは気圧されながらも、そんなアリサをどこか好ましく思う。

 

「あるよ。ううん・・・私は、恭也さんの隣に居たいから。私にとって恭也さんはアリサちゃんやなのはちゃんと違う意味で、私を受け容れてくれる人だから」

 

そっとヘアバンドを撫でるすずか。

自分と同じ匂いをさせるすずかに、アリサはニヤリと笑う。

 

「なら良いわ・・・勝つのは私だけど、その粋や良しよ。ライバルに認定してあげる」

「勝ち負けじゃないけれど、うん」

 

お互い、同じタイミングで差し出した手をがっちりと握り合い。

火花が飛び散って見えるのはユーノやなのはの見間違えではないだろう。

 

「さて・・・」

「・・・なのはちゃん」

「え?え?」

 

握手のまま、二人の視線がなのは集まる。

心なしか、瞳がギラついて見える。いや、ギラついている。

 

「まさかとは思うけれど、なのは“も”っていうことはないわよね?」

「うん、まさかだよね。私はなのはちゃんのこと“信じてるから”」

 

(め、目が口ほどにものを言ってるよぅ)

 

ここでYESなんて言った日にはどんな目に合わせられるか。

学校のようにチャイムという天佑はない。すずかの家で、明日は日曜日だから時間もたっぷりある。

このままでは二人の取調べを受けて、あることないことを自白強要させられてしまう。

 

(って、私はおにーちゃんのことをそんな風に思ってるわけでじゃなくて・・・ああ、でもおにーちゃんのことは好きだけど・・・その好きじゃないような気がしないでもなくて・・・おにーちゃんが居なくなると思うと凄く寂しいけれど、これはおにーちゃんだからで・・・あれ、おにーちゃんだからなのかな・・じゃなくてぇー!)

 

脳内ではマッハの思考が流れ、垂れ流し。

その間にも二人のやたらと生暖かい笑顔と、ちっとも笑っていない目が向けられる。

 

「い、い、嫌だなぁ、二人とも。わ、私はおにーちゃんは兄妹だよ?おにーちゃんのことは好きだけど、二人とはちょっと違うかなー、なんて・・・あはははは」

「そうよね・・・あはははは」

「そうだよね・・・うふふふふ」

 

「あはははははーーーー」

「あはははははーーーー」

「うふふふふふーーーー」

「あはははははーーーー」

「あはははははーーーー」

「うふふふふふーーーー」

「あはははははーーーー」

「あはははははーーーー」

「うふふふふふーーーー」

 

 

(怖ッ!?)

 

唯一笑っていないユーノは、部屋の隅でガタガタブルブル。

天国のお父さん、お母さん・・・女の子って凄く怖いんですね。

 

 

 

「って、何であんなに凄いお兄さんのこと好きにならないのよ!!」

「なのはちゃんって、意外に見る目がないね・・・」

 

 

 

「私、どう答えたら良かったんだろう・・・ぐすん」

 

 

男が絡む女の友情は怖いことを、なのはは初めて思い知った。

 

 

 

 


あとがき

 

タイガースネークはキングコブラよりも強力な毒を持つ蛇。

何だろう・・・プロット通りかと思いきや、妙に迷走している感じがする。

ほのぼのできるのが今の内とは言え。

 

この幕間は次回で一応終わりの予定です。

あるシーンを入れるか入れないかでもう一話伸びるかもしれませんが、そこは作者の気分次第です。

入れなくとも本編の意味は通じるので。

 

以前、感想をいたただい人の中に「恭也海外逃亡するしかないな」ということを仰っていた方が何名かいましたが、半分は当たりでした。次元跳躍でアリバイが成立しないとは言え、海外に居る恭也に注目が集まらないのは道理です。

家族に累が及ばないことが第一なので、恭也はこの選択をします。

 

 

 

それでは、今度こそ次回「人と人との距離」でお会いしましょう。





恭也はイギリスに行っちゃうのか。
美姫 「にしても、恐ろしいわね恋する乙女のパワーは」
あ、あはは……。
美姫 「今回はドタバタって感じね」
いやー、次回も楽しみだよ。
美姫 「続きを待ってますね」
ではでは。



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