『あのとき、未来は光り輝き、友は永遠だと思っていた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリカルアールズ1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、PT事件の担当判事は猛烈な胃の痛みに苦しみもがいていた。

約半年の審判も今日で判決日。かなりのスピード審判になるが、これもフェイト=テスタロッサの資質によるところがあるのだろう。

彼女の立場に十二分に情状酌量の余地があり、これを罰するのは管理局の憲章にも背くことになるだろう。

よって、今日の判決はとっくに決まっていた。判決文を書くのがこれほど楽な少年審判も珍しい。

 

だが、彼の悩みはまったく別にあった。

本来なら一つの審判が終わり肩の荷を降ろすところだが、それができない。

胃がキリキリとまるで毒を飲んだかのように痛む。

既に開廷してしまった以上、今更やめましょうとは言い出せない。

 

中央に立つフェイトは、しっかりとこちらを見て判決文が読み上げられるのを待っている。

実に良い子である。彼にも子供はいるが、ここまで素直になってくれればとついつい思ってしまう。

見ていてほんわか癒されてしまい、ほんの僅かだが胃の痛みが治まる。

 

だが、少し顔を上げて視線が映るとそこには地獄絵図が。

 

フェイト=テスタロッサの弁護人―――ゼオンシルト=タールホファー

時空管理局司法部執務官室参事官―――執務官におけるNo3。穏やかで人当たりの良さそうな優男風味の外見からは想像もつかないほどの辣腕家。敵対したものはどん底に突き落とされ、無抵抗になったところを禿げ上がるまで苛め抜くという噂がまことしやかに流れている。

敵に回してはいけない相手その1である。

 

後ろの傍聴席でこっちを見ている―――ディアーナ=シルヴァネールとクレヴァニール=リヒテナウアー

近年管理局と関係を結んだノイエヴァール世界の全権委任大使の二人組。管理局の先遣隊をフルボッコにした挙句、謝罪を勝ち取った経歴を持つ。二人との交渉を担当する者は大抵が譲歩を引き出されてしまうという鬼のような交渉上手。

敵に回してはいけない相手その2とその3である。

 

フェイト=テスタロッサの監督官―――絢雪御雫祇

管理局では知らぬ者の居ない、生ける伝説。武装隊名誉顧問と特別監査官を兼任し、特例的な自由行動が許されている。本人が職務に関しては理性的であるため事なきを得ているが、正面から文句を言えば膾にされかねないので何も言えない。

敵に回してはいけない相手その4

 

再び傍聴席でこっちを見ている―――ナインブレイカーとその養女

絢雪御雫祇と対等に戦える相手と言えば、誰もが彼と言う化け物。年齢不詳、経歴不明。だが、その実力は実質的に管理局最強。今もなおミッド空軍に在籍し続け、管理局には籍を貸すだけの重鎮。あまりの強さに誰もが称号でしか呼ばなくなった。

敵に回してはいけいない相手その5

 

 

その気になれば、この五人だけで管理局を全滅させることができる。

一人だけでも本局を破壊し尽くし、職員を皆殺しにすることもできてしまう。

彼ら、彼女らの前では誰もが一般人と化す。

 

そんな5人が揃った法廷では、判事の他にも書記なども居るが一様に緊張しきっている。

何せ無言のプレッシャーが掛かっている。

これは自分への無罪判決を下せという無言のプレッシャーなのだろうか。もし、そうだとすれば法曹界の端くれに座する身としては断固撥ね付けるべきだが、怖いものは怖い。

 

このまま胃潰瘍を飛ばして、胃癌になるんじゃなかろうか。

針でぶっ刺されるような痛みで意識が飛びかけながら、判事は己の不運を呪った。

 

 

 

 

 

カラカラカラ――――

 

ストレッチャーの車輪が転がる音がドップラーしていく。

リンディとクロノ、証人の一人として来ていたユーノはその音をあえて聞かないふりしながら、内心で同情する。

きっと審判を下した判事は、控え室に下がってから緊張が緩んで倒れたのだろう。

直接的に害される恐怖よりも、何をされるか分からない未知の恐怖にこそ人は怯えるものだ。

あれだけの面子からのプレッシャーに耐えながらもきっちりと役割を果たした判事は、賞賛を受けてしかるべきだろう。

 

 

「む・ざ・い!む・ざ・い!む・ざ・い!!」

 

法廷の外のホールでは、アルフがフェイトの無罪判決を本人よりも大喜びで跳ね回っている。

フェイトはそのはしゃぎ過ぎなアルフを恥ずかしそうに見ながら、止めることはしない。

 

クレヴァニール、ディアーナは祝辞を述べるとすぐに帰ってしまい、ナインブレイカーも娘を置いて何も言わずにどこかへ行ってしまった。

今ホールに居るのは、ゼオンとセーラ。リンディ、クロノ、ユーノにフェイトとアルフ、そして御雫祇の8人。

 

「あの、これから私は・・・自由なんですか?」

「色々、面倒な書類手続きはあるが、規則上、フェイト=テスタロッサは自由の身になる」

 

ゼオンが答えると、フェイトは大きく肯く。

 

「つまり、私との共同生活も一応、今日で終わりということになります」

「あ・・・・・」

 

フェイトの喜びが見る見るうちに萎んでいく。

御雫祇はフェイトの監督官として一緒に暮らしているため、無罪で自由になったフェイトと暮らす必要はない。元々御雫祇の家は別にあるのだから、そちらへ戻るのが筋だ。

 

「そんなに落ち込まないでください。共同生活が終わっても、私と貴女は友達のままなのでしょう?」

「はい・・・御雫祇さんは私の大事な、友達です」

「でしたら、まずはフェイトさんの無罪判決をお祝いしましょう。二度と会えなくなるわけではないのですから」

 

リンディへ目配せすると、頷きが返る。

しっかりと場所も押さえてある。今日はこのまま祝賀会へ雪崩れ込む準備は万端。

 

「いいですか?貴女はこれから自由なんです・・・私に会いに行こうとすることもフェイトさんの自由。それを邪魔する何人もいません」

「自由・・・」

 

それが、自由。気兼ねすることのない、自由。

この半年間、欲しくて止まなかったものが、実際に手に入ると今ひとつピンとこなかった。

でも、今分かった。何でも自由になるわけではない。だけど、望む範囲では自由になれるのだ。

 

 

「フェイト・・・これ」

 

タイミングを窺っていたセーラが、ずいと大きな花束をフェイトへ押し付ける。

 

「わわっ・・・!」

 

フェイトの小さな体では抱えきれず、それどころか花束に隠れて見えなくなってしまっている。

それほど大きな花束。看板用の祝い花と紙一重の大きさだ。一体どこに持っていたのかは謎だが。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

大きくとも、大雑把ではない。ちゃんと華を一本一本丁寧に見立て、アレンジメントしている。

お金で価値を図るわけではないが、おそらくとても高価なものだろう。

フェイトにはよく分からないが、それでも大きさからはちゃんと気持ちが伝わってくる。

 

「・・・・とーさまが持って行けと・・・・」

 

ポツリと、セーラはそれだけ言う。

意訳すると、義父であるナインブレイカーが持って行けと言ったから持ってきただけで、別にフェイトのことをどうこうというわけでもないと言いたいらしい。

 

御雫祇は笑いこそしないが、セーラとナインブレイカーの二人が花屋で買い物をしている姿を想像して口元が微かに吊り上る。それは花屋の店員もさぞ苦労したことだろう。

 

「一応・・・・おめでとう・・・」

 

一応とは言うが、それから「おめでとう」まで視線をさ迷わせる。

フェイトは照れ隠しであるとは気付かず、また素直にお礼を言う。

 

嘱託魔導士試験では結局勝つことができなかった。

格も違えば、場数も違った。クロノとの訓練のように、何とかなりそうな気配は一切ない。

どういうわけかセーラは致命的な一撃を入れなかったおかげで、残り時間僅かまで粘らせてもらったが、最後の最後に沈められてしまった。

その時もセーラは、視線をさ迷わせながら「頑張った」と小さく褒めてくれた。後から、勝敗そのものは試験の合否に関係がないことを教えられて、慌てたのは別の話。

 

それ以来、フェイトは何故かセーラのことが好きになってしまった。

性格が近いかもしれない。不器用な者同士、気が合ったのかもしれない。

御雫祇とは親子ほど年が離れているし、ディアーナはずっと年上のお姉さん。セーラだと比較的、年齢の近いお姉さんと会ったような気がする。

 

「スメラギ一等空尉も一緒にどうですか?」

「・・・・?」

 

リンディの誘いの言葉の意味が分からず、セーラはちょっと怖い顔をするが怒っているわけではない。

 

「フェイトさんの祝賀会を開くことになっているんです」

「・・・・いいの?」

「ぜひ、来てください」

 

花束で体が隠れたままのフェイトが嬉しそうに言う。

 

敵対していた頃の暗いフェイトを知っているユーノは、クロノの脇を肘で突付いて説明を求めるが、僕に聞くなと目で答えられる。女の子の機微など、この二人には知る由もない。

理由は分からなくともフェイトは少しずつ明るくなっている。きっと、なのはも再会したら喜ぶだろうとユーノは思う。恭也がイギリスへ行ってから、何だか色々思うところがあったらしく、魔法の訓練にも一段と凄みが出ている。

少し肩の力が入りすぎている気もするが、ユーノはその勢いを止めるができそうになかった。聞いてもなのはは大丈夫だからと答えるだけだ。

 

「それじゃ、移動しましょう・・・・あれ?」

 

話しがまとまったところで、リンディは一行を促そうとして止まった。

 

「どうした・・・キャッチ?」

「クロノの方も?」

 

リンディとクロノの念話チャンネルにコールが入っている。

 

 

「・・・とーさま・・・?」

 

それはセーラの方も同じらしい。彼女は義父であるナインブレイカーから。

三人とも空間モニターに出力する。セーラだけは軍用の秘匿回線なので、出力された映像を本人しか見ることができない。

 

《リンディ・・・クロノ君も一緒にいるなら良かったわ》

 

モニターには、仕事中のレティが映し出されている。

仕事の真面目な顔だが、焦燥が滲む。眉間には難しそうな皺が寄っている。

 

「どうしたの、一体?」

 

あまり良くない知らせの予感に、リンディとクロノはフェイト達から少し離れる。

 

《本局の武装四課の第一分隊から30人を重装備で出動させてたんだけど、ほとんど壊滅状態で発見されたの》

「壊滅って・・・武装隊が?」

 

まさかと思う。

ガルムほどの使い手になれば、武装隊五課第三分隊を一人で、かつ短時間で全滅させていた。

しかし、それほどの魔導士がそうゴロゴロしているわけがない。それに、武装隊も本来はそんなに簡単に壊滅させられるわけがない。最低でもBランク以上の魔導士で構成されているのだ。

 

《連続襲撃事件が起きていて、その調査と犯人逮捕のために武装隊が派遣されていたのだけど、駄目だったわ》

「本当に、返り討ち・・・?」

《証言だと二人だけということだけど、一級捜索指定のロストロギアが関わっている可能性があるそうよ》

「一級・・・」

 

クロノが苦い顔になる。

それはジュエルシードと同等のレベル。つまり、次元災害を引き起こす危険がある。

 

「それを私たちのところへ言いに来たということは・・・・」

《管理局・・・というよりも、ミッドも『ディジョンの乱』から立ち直れていないから本局もそのサポートで人がかなり出払っているのよ。休暇の上に裁判直後で悪いけれど、出動してちょうだい》

「とんだ・・・貧乏籤ね」

 

腕組みし、額へ手を当てながらリンディは溜息を吐く。

任務そのものが面倒で嫌なわけではない。タイミングが悪すぎる。

クロノは仕方ないと肩を竦める。公僕というのは最終的に自分の幸せよりも、人の幸せを守るために働くものなのだから。上司にしてみればありがたいことだが、我が子としてはその割り切り方は複雑だ。

 

それよりも、もっと不憫なのはフェイトだ。

たった今から自由を得たばかりで、こういうことになるとは。

武装隊30名を2人だけで壊滅させる相手なら、高ランクの相手になる。クロノ1人ではやや荷が重いかもしれない。レティもそう考えての人選なのだろう。

 

気付かれないようにしながら、ゼオンやセーラ、ユーノ、アルフ、御雫祇と話しているフェイトを見る。セーラの通信はもう終わっているらしい。

自由を噛み締める間もなく任務になっても、フェイトは不満を言わないだろう。逆にこちらに気を使って大丈夫なように見せる。そういうことに慣れてしまっている子だから。

考えて、そう思っている自分に少しだけ苦笑。笑ってしまうくらいに、フェイトのことを気に掛けてしまっている。忘れてはいけない。自分は提督であり、フェイトは嘱託魔導士。嘱託がくればフェイトは引き受け、自分が上司となる。

公私の区別をつけなくてはならない。フェイトもまた、それを承知で嘱託魔導士の資格を取ったはずなのだから。

 

とは言え、

 

 

「気が重いわ・・・」

《同情するわ》

 

ずーん、と肩が重くなる。

実際に直接的な調査をするのはクロノだが、全体の指揮権を持つのはリンディであるため、クロノは黙って二人の遣り取りを見ている。クロノもクロノで、フェイトのことでしっかりと引け目を感じているので、多少逃げを打っているが。

 

「他人事だと思って・・・」

 

それでもレティに貴女か彼女に言ってと言わないのが、リンディの大人な部分。

リンディの仕事であって、レティの仕事ではないのだ。

 

《こちらのほうでも最大限の便宜を図るわ・・・今度埋め合わせもできる限りするから》

「期待しておくわ。必要な事項や書類はいつものように」

《分かった。それじゃ、お願いね》

 

空間モニターが消えてから、クロノと見合う。

 

「逃げたいわ・・・」

「・・・頼むからやめてくれ」

 

幸せそうなフェイトを見ると、どうしても決心が鈍ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神恭也は、ソファに座って夕方のニュースを見ていた。

比較的治安の良い海鳴でのローカルニュースは他愛のないものが多いものの、やはり全国版では凶悪な事件が多い。八神家の男手として、恭也の防犯意識は高い。その特異な容姿のために敬遠されがちだが、地域行事にも積極的に参加することで近隣住民からの信用は篤い。

 

ニュースがスポーツへ移った頃、シャマルが側を通り過ぎた。

 

「ん?出かけるのか、シャマル」

 

コートを着て、外出姿のシャマル。さっきまではエプロンをつけて、今日の食事当番であるはやてと二人でおさんどんしていたはず。

八神家では、はやての希望で週三日ははやてが料理を作ることになっている。恭也の負担を減らしたいということと、自分で料理を作ることが好きになこともあって、趣味と実益を兼ねている。

 

「はい、材料で足りないものがあったので・・・別になくても完成するんですけどね」

 

マフラーを首に巻きながら、シャマルは失敗しましたと言う。買い忘れがあったらしい。

 

「そうか・・・だが、一人で大丈夫か?」

「ええ。重いものでもありませんし、一つだけですから」

「いや、そうではなくてだな。夜になれば女一人では何かと物騒だという意味なんだが・・・」

 

何を勘違いしたか分かっているが恭也はあえて言わなかった。

言って更に追い詰めるようなことでもないが、口調の端々にしっかりとからかいが入っている。

 

「・・・・・・恭也さん、苛めっ子ですね」

「この場合は、勝手に荷物のことと勘違いしたシャマルが悪いと思うがな」

 

うぅ〜、とシャマルは唸る。この場は分が悪い。

 

「しかし、本当に大丈夫か?」

 

心配する気持ちは本物の恭也に、シャマルはちょっと拗ねながらも頷く。

 

「日が落ちてますけど、大丈夫ですよ。ご近所ですし」

「なら良いが・・・俺も行った方がいいか?」

「いいえ。大丈夫ですって。それに、その状態の恭也さんを動かすわけにはいきませんから」

 

恭也の顔から視線を下ろしていく。

そこには、恭也に膝枕をしてもらい丸くなって眠っているアストラが居た。

性格的にも猫に近いせいか、ご主人の膝の上で丸くなっている猫のようだ。その気持ちよさそうな緩みきった寝顔は正直、羨ましい。以前、ヴィータも膝枕してもらいそれ以来病みつきのようだが。

 

「そこまで言うなら良いが・・・十分に気をつけるんだぞ?」

「もし、私が痴漢に襲われたら飛んできてくださいね?」

「その時は痴漢が飛んできそうだな」

「もうっ!恭也さん!」

 

怒りながら、もう知りませんと言ってシャマルは居間を出て行った。

 

「・・・ふむ」

 

後姿の残像を追いながら、無意識にアストラの頭を撫でてやる。ちょっと前まではこうしてはやてを昼寝させていたことが昨日のことのような気がする。

結構、大きな声で話していたと思うのだが、それでも起きないアストラは大物だろう。

 

「あれ?シャマルはもう行ってしもうた?」

 

キッチンから車椅子のはやてが出てくる。

 

「ああ。まだ何かあったのか?」

「いや、そう言うわけやないんやけど。ほら、シグナム達が遅いやろ?何か聞いとらんかったかと思うたんやけど」

「確かに。ヴィータはご老体方の家に招待されているだけかもしれんが、シグナムはどうだろう。二人とも可愛いし、美人だから非常に心配だな」

「そやなー・・・・・え゛?」

 

同意してから、はやての笑いが凍りつく。

 

「恭兄ぃ・・・何て言うた?」

「?・・・非常に心配だな、と」

「その前や」

「ヴィータは―――」

「その後や!」

 

微興奮のはやてに、恭也はちょっと引く。

何か拙いことを言った記憶はないのだが。

 

「二人とも可愛いし、美人だから・・・か?」

「・・・・恭兄ぃ・・・普段は朴念仁のくせに、しっかりと二人をそう思ってたんやな?」

「何の話だ?俺は見たままを言ったつもりで、他意はないが。世辞ではないぞ。はやてはそう思わないのか?」

 

心の中で失礼な義妹だと思いながら恭也は聞き返す。

シグナムは凛とした感じで、しっかりとした性格もあってか、美人ということがしっくりとくる。

ヴィータは外見の子供らしい可愛いさに、生意気で手の掛かる妹という点では容姿・性格両面から可愛いだろう。

改めて考えても自分の認識が間違いではないと思う。

 

「ウチかてそう思うけど・・・」

 

妹しては複雑なのだ。

それに、恭也にもそういう感性がまだ残っていたことに驚く。

この兄と言えば、女人を断つ修行僧のように異性への興味がとんとない。それが急にこういうことを言い出すと、どう返していいものか迷う。

 

「まぁ、ええか・・・・で、恭兄ぃは四人の内で誰にするん?」

「何の話だ?」

 

はやての親父の入ったにやけ顔に、恭也は軽い頭痛を覚える。

どこで何を間違ったのか。こういう顔をするようになったのは。きっと、純文学のせいだろう。

 

「またまた、わかっとるくせにー」

「・・・・?」

「ヴォルケンズの中で誰を選ぶかに決まっとるやない・・・・で?」

 

ずずぃっ、と迫ってくるはやてに恭也は下がることはない。

 

「ウチとしてはやっぱシグナムかシャマルやないかと・・・アストラは何か友達みたいで可能性は高くなさそうな気がするんやけど・・・」

 

恭也は取り合えず喋るだけで喋らせておこうと静観していたが、今アストラの肩が動いたような気がした。

きっと身じろぎしたのだろうと思うことにする。ここで起こしてもややこしくなるだけだ。

 

「・・・でもなぁ、流石にヴィータはアカンで?いや、ほら、ウチかて本人同士の意思を尊重したいんやけど・・・こればっかりはなぁ・・・・」

 

ヴィータには絶対に聞かせられない。

ただでさえ、近所の大きなお友達には大人気なのだから。ご近所では「大きな友達VS老人連合」による熾烈な暗闘があるとかないとか。

 

「・・・あまりそういう話はするな」

「えぇ〜・・・」

「守護騎士たちはみんな素敵な者達だ。俺なんかでは釣り合いが取れんだろう。それに、みんなはやてを守ることのほうが何より優先だからな」

「またそないなこと言って・・・恭兄ぃも十分に魅力ある言うてるやろう?」

 

顔の大火傷というコンプレックスがあるせいか、自分の良さを本人が一番分かっていない恭也にはやてはモヤモヤする。

 

「何やったらウチでもええで?」

「・・・・今度、矢沢先生には足ではなく頭を見てもらえ」

「酷ッ!」

 

はやては、割と本気で傷ついていた。

けれども、まだ面と向かって否定されないことが救いだと思う。

もし否定されるときが来たら、恭也がここから離れてしまうときだと漠然と思うから。

 

 

 

 

 

玄関を出たシャマルは、門のところで一度振り返る。

居間の明かりが外にも漏れている。

それが灯台のように帰るべき場所であることを示してくれている。あの灯りがある限り、二度と自分達が迷うことはない。

 

「ごめんなさい、はやてちゃん、恭也さん・・・」

 

二人を騙していることの後ろ暗さが胸を締め付ける。今まで感じたことがない“感情”。

人はその感情を罪悪感と呼ぶらしい。なるほど、巧く言うものだとシグナムは言っていた。

とても嫌な感情だ。自分で自分を痛めつけたくなる衝動というのは。

 

「それでも、私たちは二度と失いたくないんです・・・」

 

―――記憶にノイズが走る

二度と?何を言っている?

 

はやてを失えば、自分達は帰るべき場所を、そこを示す灯りを失うことになる。

残された恭也は自分達を憎むだろう。いや、憎まないかもしれない。

けれども、はやてを失うことも、恭也を傷つけることも絶対にしたくなかった。

 

蔑まれてもいい。それだけは嫌だった。それと引き換えにできるなら。

 

 

 

人気のないところで、シャマルは転移魔法で姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャマルが外出よりも時間は少し巻き戻る。

海鳴市の中央のビル街にヴィータは居た。路地を歩いているのではなく、ビルの一つの屋上に。

安全のための柵を超え、まるで自殺志願者のように端へ足をかけている。

 

シャツにミニスカートという普段着ではない。

キャミソールのようなインナーに上着を着ている。スカートも膝丈で飾りのような大きなリボンが腰からちょんと垂れている。帽子には珍しく恭也とはやてにねだてって買ってもらった、変な顔のウサギのぬいぐるみに似た飾りが左右についている。

猩々緋色というちょっと暗めの赤で統一されているその格好は、改めてヴィータがこの国の容姿とは違うことを印象付ける。

 

その姿を、ヴィータ達守護騎士は騎士甲冑と呼ぶ。

魔力で構成された魔法の鎧。八神家で生活しているときには魔法とは無縁でありながら、こうしているとヴィータも魔法という超常の存在の世界に生きていることが分かる。

人ではないが、人としての心と体を与えられた者。それがヴィータ達、魔法生命体。

 

「早く見つけねーとな」

 

今日ははやてが食事当番の日だ。恭也の料理も好きだが、はやての料理はもっと好きだ。

握り箸も大分矯正してきたので、最近ではスムーズに食べられるようになってきた。冷めたご飯は美味しくない。

 

足元に魔法陣が展開される。

三つの円を頂点とする三角形の中に剣十字。赤い魔力光。

 

シャマルの情報だと、この近辺で毎日定期的に高い魔力反応がある。

結界で巧く隠しているらしいがシャマルの広域探査はその偽装をしっかりと見抜いていた。

ここまで特定できていればヴィータの探査魔法でも十分に発見できる。

 

「ん?」

 

場所は、すぐに特定できた。

獲物の良さに、ヴィータは軽く驚く。魔法によらない科学の発展しているこの世界で、ここまでの魔力反応は予想外。何となくだが、天然というよりも鍛えている感じのする反応。

それはとりもなおさず、魔導士ということだ。どういう訳でここに居るのかは知らないし、この際は関係ない。だが、それなりに歯応えのある相手になる。

 

最近の管理局の局員ではろくな稼ぎにもならなかった。随分と質が落ちたものだと思う。

以前なら――――以前なら?

 

「あれ?それ、何時だっけ?」

 

思い出せないが、大した問題でもない。

それに相手がどれだけ強かろうが、ベルカの騎士は負けない。

負けないことこそがベルカ騎士たる証なのだから。

 

「さーて・・・軽く揉んでやるか」

 

動き始めた高い魔力反応に、ヴィータは老人達とゲートボールをやるときのような気軽さで戦闘態勢へ入った。

 

 

 

 


あとがき

 

今回は短めに。初回ですから。

どうでもいいことですが、とらハでも八神っていうキャラが居るの知ってます?

 

冒頭の過去話は今回お休みです。代わりに、ちょっとした言葉を。元ネタ分かる人おそらく居ないと思いますが。ちょっと変更してあるので、検索しても多分出てきません。

最終回まで見るとちゃんとこの言葉の意味が分かるようになっていたり。

タイトルの「アールズ」というのは色々考えた末です。数字を限定するのではなく、複数形にする方がいいのではないかと思いまして・・・アールの複数形って、アールスじゃないですよね?(英語苦手

 

アールズにも幾つかのテーマがあります。その内の二つは、

・不破恭也にとっての救いとは一体何か?

・取り戻せない過去を、人はどうしたらいいのか?

この二つになります。後者は前作リバースから引き続き。

ただ、今回はもっと陰惨な場合になります。リバースでの言葉を借りるなら「みんな悪くない」ではなく、「みんな悪かった」ことになるので。

 

何故、恭也は八神家に居るのか。

何故、11年前にも闇の書事件が起きたのか。

何故、残り二名の守護騎士はデータが破損しているのか。

冒頭の物語は一体何を意味するのか。

などなど、これらの謎もちょっとずつ明かされますので。

 

できたら二話目以降から、各話ごとにその話の開始時点での登場人物紹介をつけてみようとかとも考えています。レギュラーキャラ以外にも増えてきましたし。

 

それでは次回、またお会いしましょう。





遂に本編が始動!
美姫 「早速、ヴィータが獲物を見つけたわね」
いやー、今回はどうなっていくのか楽しみです。
美姫 「本当に。ところで、とらハでの八神さんって……」
ああ、居たな。とらハ2で、名前だけ出てきたと思う。
美姫 「多分、彼女よね」
多分な。と、まあ、それは置いておいて。
次回も楽しみに待っています。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る