吹っ飛びながら、フェイトは恐怖する。
強い。フェイトの積み重ねた技術の悉くが通用しない。
先の読み合いでは一枚上手。
中距離の撃ち合いに持ち込んでも射撃魔法を一蹴される。
得意の高速攻撃も完全に見切られている。
致命打ではなくてもダメージは蓄積し、積み重ねた魔法と技術が一つずつ潰されていく過程がフェイトを押し潰そうとする。心が折れそうになる。
勝てない。
―――負ける。
敗北の二文字がフェイトの戦意を削る。
(でも・・・それでも、それでも私は―――!)
負けられない。
心が折れそうでも折れていない。
戦意は削られてもまだ残っている。
負ければ、後に残る無防備のなのはが餌食になる。
させない。友達を傷つけさせない。なら、まだ自分が傷つく方が何倍も何十倍もマシだ。
例え、折られ、削り倒されようとも。
シグナムはフェイト体勢を立て直した直後に動いた。
[レヴァンティン]が排莢を行うと深緋の炎が刀身を包む。
フェイトにもシグナムが勝負を決めにきたことが解かる。
あの一太刀。火炎を止める術を持たない自分ができることは一つ。
迎え撃つ。それも玉砕覚悟で。上手く行けば無事で済むかもしれないが、あまりに虫の良すぎる考え。
だから、全力で迎え撃つ。いや、全力で立ち向かう。
「バルディッシュ!」
《Yes Sir!》
相棒と意思を確認しあう。
度重なる打合でフレームに微細な亀裂が入り始めていることをフェイトは知っている。
今は相棒である[バルディッシュ]に我慢をしてもらうしかない。
ごめんね、と心の中で呟いてからマグマのような火炎を纏い突撃してくるシグナムを睨む。
もう一度。自分の一番自信のある方法で。
スタンスを広げ、腰を少し落とし[バルディッシュ]を引き手に構える。
焦がすような熱さからの汗ではなく、緊張の冷や汗が流れる。しかし、不思議と肝が据わると汗が止まった。手の震えも止まり、肩で腕の痛みも一時忘却する。
(今なら、やれる!)
シグナムが間合いに入る寸前、フェイトが動いた。
―――【ブリッツアクション】
黄金の鎌刃が彗星の牽く尾のように軌跡を残す。
見ることができなかったが、確実に手応えはあった。
これで。これで、倒せたはず。
駆け抜けた後で、倒したはずのシグナムを振り返り、
「―――が、」
「そうやって、俺も倒すのか?―――」
清冽さの中にも芯へと伝わる優しさを含んだ声。
袍に似た下半身の自由度が確保されたロングコート仕様のバリアジャケットだけではなく、靴から手袋、スラックスに至る全てが黒で統一された黒尽くめ。
「――が・・る・・む・・・さ・ん・・・」
「―――フェイト」
力強く、見る者を惹き込まずにはおかない黒曜石の瞳。
そこに浮かぶ色は――――
死に物狂いで足掻いて、突き破るようにしてフェイトは覚醒した。
酸欠寸前になりながらも浮上しようとするダイバーさながらの必死さ。
「――――――ッ!!!!!」
跳ね起きた。
「フェイト!?」
側に居るアルフの呼び声も全く耳に入らない。
ただ、眼を血走りそうなほどに開いて何物も見逃さないように周囲を大急ぎで見回す。
花瓶。
活けられた花。
クローゼット。
テーブル。
椅子。
デスク。
簡素な、それでいて機能十分に果たせる調度品や家具。
アースラにある自分の部屋を構成するそれらを違うと断じながら、自分の部屋であることにすら気付かない。
確認し終えるまでの数秒。
そして、フェイトは放心する。
居ない。どこにも居ない。居るはずがない。
安堵はない。寂寞と、心の慟哭だけが湧き上がる。
「―――フェイト!フェイト!フェイト!」
「あ・・・・・アルフ・・・?」
唐突に体を揺さぶられていると自覚する。
一体いつからそうされているのかも分からない。
視界一杯に広がるアルフの顔。心配のあまりのせいか、泣きそうになっている。
フェイトにはその心配の理由が分からずに、首を傾げてしまう。
その拍子にフェイトの眦から涙が一筋、頬を伝った。
「・・・あ・・れ?」
どうして、涙なんかが出ているのだろう。心底不思議でならない。
泣くことなんて―――泣くことなんてあるはずがなかったのに。
泣きそうになっていたのはアルフのはずだった。だって、こんなに視界がぼんやりしているのに。
「大丈夫だよ、アルフ」
「――――ッ!?」
呪文のように紡がれた言葉に、アルフは応えなかった。
代わりに掴んでいた肩を引き寄せて抱き締める。
それから先の言葉を出せないように強く、強く胸に顔を埋めさせる。
無力さが悔しくて、フェイトの生き方があまりに辛くて泣きそうになる。
アルフは泣くものかと顔を上向かせる。泣いていいのはフェイトだ。
言ってあげられるのは月並みな言葉だけ。それでもアルフはいつものお決まりの慰めを口にする。
それが辛いのではなく、慰められない自分が嫌いになる。
分かっている。
今のフェイトに一番必要なことは、なのはと会ってちゃんと話をすることだと。
「・・・・フェイトさん、その・・・いつからなの?」
様子を見に来たリンディが言いにくそうにしながらアルフに尋ねる。
シグナムとの戦いで最後の最後で一太刀を浴びせたフェイトは、相打ち同然に受けた斬撃で意識を刈り取られていた。非殺傷設定だったとは言え、あれほどの斬撃の直撃を受ければ無事では済まなかっただろうが、[バルディッシュ]が盾となったことで危うく難を逃れている。
引き換えに、[バルディッシュ]は並のデバイスを遥かに凌ぐ強度を持つ柄を両断され、中破している。
意識を失ったのは、極度の疲労であり、実際にフェイトの全身は信じ難いほどに疲弊していた。
リンディはそのことを心配して様子を見に来たのだが、フェイトはちょうどアルフの胸の中で眠っているところだった。
泣き疲れ、少し腫れぼったくなってしまった目元をアルフがそっと撫でる。
何があったのかはリンディも察することができた。
「ずっと・・・かな」
「ずっと?」
「ん・・・プレシア達が居なくなって、ガルムが死んでから・・・毎日ってわけじゃないけど・・・」
少なからず、リンディは衝撃を受ける。
日常のフェイトはそんな素振りを少しも見せない。
油断していたと言い切れないが、どこかにサインがあったはずなのにそれを見通していた。
「フェイトは絶対に辛いって言わないよ」
「・・・・そう、ね」
諦め混じりにアルフが言う。
どうしてとは聞かなかった。理由が漠然と分かる。
フェイトが辛いと口にする姿がイメージできない。負けず嫌いなのではなく、心に言ってはいけないというロックをかけている。言ってしまえば、辛さに負けてしまうと誰よりフェイト自身が分かっている。
「私たちに、何かできることはないのかしら・・・」
「多分、ない」
諦めた深めた言葉に、リンディは反発が湧いた。
「そんなに簡単に言ってしまっていいの?」
「・・・・簡単なわけ、ないだろう?」
貪婪な襲撃者から我が子を守ろうとする母狼のような凶貌を向けられ、言葉を呑む。
「ごめんなさい・・・貴女にとっては侮辱と同じことね。今の言葉は」
「いいよ・・・アタシのことなんか」
フェイトが至上である。
アルフの言葉の端々、金色の髪の毛を梳る手つきからひしひしと伝わってくる。アルフは母であり、姉であり、妹であり、友達でもあろうとしている。だが、アルフもそれら全てをこなせるほどの人生経験があるわけではない。
無理があると自分でも分かっている。分かっているから悔しい思いをしている。
(でも、私だってどうかは分からないものね・・・)
健気に頑張ろうとするフェイトを見て、手を差し伸べたいと思う。それは彼女の周りに集まっている人達も同じだろう。
レティに言った「養子として引き取りたい」という気持ちに嘘はないし、本人さえ承諾してくれれば本気で話を進めるつもりでいる。
けれども、フェイトの抱えているものを少しでも和らげてあげられるのかという問題に対しては、自分自身で懐疑的になっている。はっきり無理、と言い切るのは一児の母にとっては癪ではある。
11年前、夫であるクライド殉職の知らせで失意のどん底にあったリンディは気付いた。
人は生きるための土台を持っていることで生きていくことができるのだと。
生きていれば、辛いこと苦しいことに巡り合う。時には生きることを投げ出してしまいたくなることだってある。それでも人が生きていけるのは、それまでの人生に楽しくて幸せなことがあるからだ。
家族や大切な人と過ごす楽しい時間や思い出。人の生きたいという活力はそこから生まれてくる。
リンディにとって、生きる活力は幸せだった時間の中で残されているクロノだった。
今のフェイトが生きるための活力がないとは言わないが、そこからもう一歩進んで乗り越えることができないでいるように見える。
まだ過去に縛られている。そこまで考えて、それは今もクライド殉職の真相を追い続ける自分も同じかと苦笑させられる。
自分にとってのクライドの事件が、フェイトにとってのプレシア達の喪失と同じなのだ。
結局のところ、時間が経つのを待つしかないのか。
こうして痛ましい姿を見て、何もできないでいることは歯痒過ぎる。
最近知り合ったばかりの自分がそうであれば、ずっと一緒に居るアルフの想いの深さならばどれほど無力感を覚えているのか。
それでも、こうして耐えている。耐えているだけではなく、今フェイトにできるせめてものことをし続けている。
「貴女がいるから、フェイトさんは救われているのね・・・」
素直に口から出た本音に自分で驚く。
言われたアルフは少し驚くそぶりを見せたが、微かに怒りを交えながら曖昧に笑む。
「どうなんだろう・・・でも、同時にこれがアタシの限界なんだよ。きっと」
「・・それは――――」
「アタシじゃ、ガルムや高町なのはのようにフェイトを前に進ませてあげられないんだ」
「・・・・・・・」
言ってくれた気持ちは嬉しいけど。曖昧さの中にそう潜ませる。
欲張りだとアルフも分かっているのかもしれない。
ガルムやなのはと、アルフとでは違う。二人にできないことをアルフはできる。
けれども、フェイトのためなら何でもしたいアルフにとっては自分ができないで、二人ができることもしたいのだ。できれば、それだけフェイトの気持ちを幸せにしてあげられるから。
どこまでも純粋に想うがための反動。
それはやはり、フェイトと似ている。
裁判で語った、母への想いと。
「それでも、私は―――」
「うん・・・ありがとう」
どこか常の元気さと明るさとは違うアルフのお礼は、狙ってリンディの言葉に被さった。
リンディはそのことに少しの無念と、多少の満足を覚えた。
どう受け止めたのかはまでは分からないが、アルフはちゃんと分かってくれている。
フェイトに尽くすアルフにだって、心はあるのだ。
誰か一人くらい、そうやって頑張るアルフを讃えたとしても罰は当たるまい。
なのはが意識を覚醒させて初めて見たのは、ちょうど扉を潜って来たフェイトだった。
まだ薄ぼんやりとした頭は、これが夢なのだと誤認させる。
やけに体が重く感じられるのも夢だからと可笑しな納得させることしばらく。
「にゃにゃ?・・・・・夢じゃない?」
ようやく気付いたなのはの惚けた様子に、部屋に居たフェイト、アルフ、リンディは吹き出してしまう。
「あれ?あれあれ?」
そう言えば自分はどうしてここに居て、何故寝かされているのか。
そもそもここはどこなのか。
加速度的に疑問が膨れ上がっていく。
「ここはアースラの医務室よ、なのはさん」
言われて、見たことのある内装だと思い出す。
「ちょっと記憶に混乱があるようだけど大丈夫みたいね・・・思い出せそう?」
「え・・あ、はい・・・・」
少しずつ前後の記憶がはっきりしてきた。
鉄槌の少女―――ヴィータとの戦いと、苦い敗北。
助けに入ってくれたフェイト。そして、ユーノやクロノ。
結界を破壊するために【スターライトブレイカー】を撃ち、引き換えに胸の奥から何かを引きずり出された。
あの、ずるりとした胸の奥を掴まれる感触を思い出して吐き気が込み上げてくる。
「あの後、どうなったんですか?」
「結界を破壊されたことで向こうも退いてくれたわ・・・痛み分けというところね」
セーラ一人が敵を抑え込んでいる以外は劣勢だったことを考えれば、痛み分けというのも過大評価だが。
それでも敵の目的が何だったにしろ、実質的な損害ゼロであれだけの敵を退かせたのならば十分だ。
正直、すぐにでも次の手のために対策を練りたいところだが、リンディはそれを抑える。
さっきから後ろでオロオロしながらタイミングを計りかねるフェイトの手を握ると、なのはへにっこりと笑いかけながら前へ押し出す。
「―――フェイトちゃん」
「―――な、なのは・・・」
ベッドで横になっているなのは。
服の下に大量の湿布薬をつけているフェイト。
万全の再会とは言えない。戦いを挟んでの再会と、互いの負傷が切なさを含む。
けれども、二人は忘れていなかった。
友達の一歩として始めた約束事。
―――名前を呼んで
「えっと・・・ごめんね、こんな格好で」
「ううん・・・私こそ間に合わなくてごめんね」
大切な人の痛みは自分の痛みと同じである、二人は負傷に気付いている。
本当は起き上がるのもまだ辛いはずのなのはは、仄かに鼻をつく湿布薬特有の匂いを嗅ぎ取っているように。その逆もまたしかり。
だから。だからこそ、思い遣り、思い遣ってくれる誰かの存在を強く感じ取れる。
なのはもフェイトも得た。
そして、この半年越しの再会に、切なさに勝る喜びを表すように抱擁を交わす。
かつて、なのはが口にしたようになった。
傷つくことの悲しみは半分に。感じる喜びは倍に。
友達となった二人は抱擁する胸の内でその喜びを噛み締めていた。
第97管理外世界に程近い“海”に停泊していたアースラへ本局からの召喚状が出されたのは、なのはとフェイトが意識を失っている間のことだった。
受け取ったリンディは顔に出さないようにしたが、困惑していた。
召喚状を出される理由に思い当たることがない。
緊急出動に近いものだったが、手続きは全て適正だったのだから。
詰まる所、この召喚状は政治的理由から発せられたものということになる。
なのはを襲った鉄槌の少女とその仲間の4人。一連の襲撃犯だとして、この襲撃事件の裏に管理局の暗部が関わっているのではないかと勘繰ってしまう。
―――管理局が嘘を吐いているとは考えないのかしらね?
時の庭園での戦いでプレシアが嘲りを込めてそう言った。
リンディとて管理局を清廉潔白な組織とは思っていない。むしろ、組織とは常にそうした後ろ暗いことを持つ。
後ろ暗いことはあくまで必要悪であって、その領域を脱してはならない。
実際の犯罪を裏で糸を引く。それは必要悪の範疇を逸脱するものなのか。一概には言い切れないが、許されて良いものでもない。
考えすぎかもしれない。そう思い直したが一度湧いた猜疑の心は容易に宥めることができない。
11年前のあの日。届けられた素っ気無い通知。あれが猜疑の原点である限り。
頭を振り、考えを払う。無理と解っていても今なすべきことに集中しなければ。
起き上がれるまで回復したなのはに、アースラが管理局の本局へ向かっていることを伝え、詳しい状況を説明するために別室へ案内する。
なのはに説明すべきことは多い。できれば、フェイトとの再会をじっくり味あわせやりたいが気がかりを残したままではそれもままならないのだろう。
いつもはスタッフのために使われるブリーフィングルームには先客が居た。
四人が入ってきた入り口からは一番奥にある端末に向かうエイミィと、空間モニターを覗き込むクロノとユーノ。整然と並ぶ席の一つに座り、一人でスフィアの構築と分解を飽きもせずに繰り返すセーラ。
「なのは、眼が覚めたんだ。大丈夫?」
一番に気付いて駆け寄ってきたユーノは心配顔をする。
なのはは、まだ少し気だるいが元気と言えば元気だと自分に言い聞かせて、笑顔を見せて応える。
「うん、もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「ううん・・・大丈夫ならそれで良いんだよ・・・」
本当に大丈夫なのかまだ不安そうなユーノだが、聞いても返事は決まっていた。
「んんっ!―――なのはも大丈夫と言うことだし、フェイトも治療が終わったようだから早速始めたいと思うんだが・・・良いか?」
何となく、ユーノとなのはの間に流れる齟齬を感じ取ったクロノは咳払いで場をまとめる。
負傷者二名を心配しているが、それを言い出すとしばらく話が進みそうになかったのでやや強引に進める。
横のエイミィはかく言う自分も鉄槌の少女にぶっ飛ばされた負傷者だろう、と心の中で突っ込んでおくのを忘れない。
銘々好きな位置に座ると、流れで司会進行役に収まったクロノが壇上に立つ。
席はフェイトとなのが当然のように隣同士。微妙にいちゃいちゃなオーラ。アルフはフェイトの隣。
リンディとユーノはそれから一つ席を空けて。セーラの位置はそのまま。
「それでは、第97管理外世界において起きた魔導士襲撃事件と、それ以前のおそらく同一犯の連続襲撃事件についての状況説明を始める」
「え?連続?」
なのはの頭に“?”が乱舞する。
それを見て、クロノはすぐに納得顔になる。
「ああ、なのはは知らなくて当然か。なら、おさらいも兼ねて最初から話そう・・・エイミィ」
「アイアイサ〜」
「ポチッ、とな」という具合にエイミィがキーを押す。
空間モニターがクロノの後ろで大写しになり、タイムラインが示される。
「詳しい発生時期が何時、というのは判らない。だが、おそらく同一犯だろうと思われる最初の犯行が確認されたのは9月だ」
最初の犯行時の現場写真が映し出される。
「巡回中だった巡視観測隊が何者かの攻撃を受け、全滅した。所要時間は記録上で4秒。C〜Bランクで構成された8名の小規模な部隊とは言え、管理局の部隊が秒殺されている」
「殺された・・・の?」
全滅。秒殺。
物騒なクロノの言葉に、なのはが恐る恐る尋ねる。
「いや、幸いと言うべきか非殺傷設定による攻撃だったので命に別状はなかった。けれども、やられた8名全員に共通することがあった・・・彼らは全員がリンカーコアから直接体内の魔力を全て抜き出されていたんだ」
「りんかーこあ?」
またもや頭上に乱舞する“?”
流石にこれで疑問を持たれると思っていなかったクロノは予想外のことに面食らう。
それからじとりとユーノを半睨みする。
(何をやっている教育係)
(僕のせいにしないでよ・・・理論より実践派なんだよ、なのはは)
恨み節と言い訳じみたアイコンタクトを一瞬で交わす。
ユーノはここで自分が責任を持って説明しようと、口を開きかける。
「リンカーコアって言うのは、私達の体内に集積される魔力の核のことだよ」
「え?そうなの?」
「うん・・・えっと、どう例えたらいいかな・・・」
友達とは言え暮らしていた世界が違うせいで、適当な例えが見つからない。
なのははフェイトが良い例えを出してくれるのを待つが、説明役の機会を失ったユーノががっくりしていることには気付かない。リンディが微妙に慰めてくれているが、逆効果だ。
「一番理解し易いのは、光合成じゃないかな?」
フェイトに、エイミィが助け舟を出す。
「うん、光合成が一番近いよね」
「光合成って言うと・・・えっと、植物が二酸化炭素を吸収しながら光を浴びると、っていうアレのこと?」
小学校三年生ではまだ光合成の実験をやらないが、昨今の環境問題のおかげでなのはも断片的に知識は知っている。
「こんな感じかな?」
エイミィが即席の図を作成して、表示してくれる。
デフォルメされたクロノの胸の中心に、イメージ化されたリンカーコアが輝いている。
「魔法に魔力を使うのは知ってると思うけど、基本的に私達はその魔力を空間に満ちている自然の魔力から得ているの。それで、どうやってという仕組みがこのリンカーコア」
胸の中心のリンカーコアに向かって魔力が集まる。
「リンカーコアは周囲の魔力をこの図みたいに周囲の空間に満ちている魔力を体内に蓄積させる。私達はこうして集積された魔力を消費して魔法を使うってわけ。根源的な“どうしてリンカーコアにそんな能力があるの”っていうのはナシでお願いね。それは科学の役割じゃなくて、哲学や神学のお話だから」
「へぇ〜・・・」
ボタンがあれば20回ほど叩きそうななのはの感心っぷりに、エイミィはVサインで返す。
が、そのなのはの後ろで落ち込んでいるユーノを見ると苦笑いに変わった。
ユーノは見えない毛虫をつついてすっかりいじけてしまっていた。でもやっぱり、席が後ろのせいでなのはは気付かない。
「・・・じゃあ、そのリンカーコアから直接魔力を抜き取られたらどうなるの?」
「それは身をもって体験しただろう」
「あ・・・・」
あれだ。【スターライトブレイカー】を撃つ直前に胸から生えた腕が掴んでいた光球。
ずるりと、這いずるような異物に感じた嫌悪が甦り、ぶるりと身を震わせる。
できることなら二度と同じ経験はしたくない。あれに比べれば20cmのゴキブリもまだ・・・いや、それはそれで怖い。十分すぎるほどに怖い。きっと【ディバインバスター】で周囲まるごと吹き飛ばす勢いで。
「リンカーコアをどうこうしたところで、よほどのことがない限りは命に関わることはない」
クロノは一応、と前置きしてから付け加えた。
調べた限りでは、リンカーコアに細工をすることで殺す方法も存在する。
高位魔導士の戦術の一つにはリンカーコアに瑕疵を与えて魔法を使えなくするものもある。
「リンカーコアがどういうものか解ったところで、話を戻すぞ」
「あ、うん」
ユーノよりも説明を優先するクロノ。
「事件はこれ以降、複数回に渡って繰り返されることになる。一時期は人間以外の生物も襲撃を受けていたようだが、そこを縄張りとする“王者”の怒りを買ったらしく最近では人間以外を襲わなくなっている」
多次元世界―――つまり魔法文明を有する各々の次元世界には人類だけが生存しているわけではない。
人類以外の生物も多数存在し、中には人類を遥かに凌駕する精神性と戦闘能力を持つ生物も存在する。
例えばアルザス世界の龍であるマリアルエは神として崇拝され、如何なる国家元首もマリアルエから下される神託に逆らうことはできない。人間以外の生物が人間を支配している好例である。
そう言った強大な存在を管理局では“王者”と呼び、尊重することになっている。
ということを、ようやくユーノがなのはに説明して活躍の場を得ていた。
「・・・まぁ、そういうことで君を襲った彼女達が一連の襲撃犯と同一犯という可能性は極めて高い」
「うん・・・そこまでは、何とか・・・」
基本的に頭の回転が速いなのはは、これまでの説明で大体の状況を呑み込む。
クロノも詳しい説明を更に続けずに済ませてくれるなのはの頭の巡りに感心するが、顔には出さない。
「でも、どうして私を狙ったんだろう・・・私は魔力の反応を察知して飛び出したんだけど、向こうは最初から管理局の人間かどうか判ってたとは思えないんだよね」
むしろ、管理局の人間かどうかはあまり関係ないようだった。
そうだ。魔導士だから襲ってきたという感じだ。それも自分の魔力の反応が高いことを逆に喜んでいたような気がする。
「なのはの言うように、彼女達の狙いは管理局の職員ではなく魔導士・・・というのが僕とエイミィの結論であり、担当捜査官から送られてきた所見になる」
「より正確に言うなら、魔導士のリンカーコア。その魔力ね」
やけに静かだったリンディが口を開いた。クロノは肯定の意を示し、頷く。
けれども、なのははともかく、フェイトやユーノはやや怪訝そうにする。
「リンカーコアを狙うとして、その目的は分かってるの?」
「それが分かれば僕らも苦労はしない・・・だが、襲撃を受けて倒された者達の共通点はリンカーコアから直接魔力を抜かれているという点にあるのであれば、そう考えるのが自然だろう?」
ユーノが目的を聞く理由をクロノも承知している。
リンカーコアから魔力を吸収する。それだけならば実のところ然程難しいことではない。理論を学べばクロノにだってできる。
問題なのは、抜くことは簡単でも人の魔力を利用することは基本的に不可能だということ。
例えば車の燃料。同じ燃料であっても、オクタン価が異なれば利用できない車もある。人間も同じように、人の魔力を自分の魔力として使うことはできないのだ。
わざわざ手間を掛け、魔導士を襲うリスクを冒してまでやることではない。
「正直言って、情報が足りない・・・一級捜索指定のロストロギアが関わっている可能性があるそうだからリンカーコアの魔力を利用する術があるのかもしれないが、今のところこれは考えても無駄だろうから置いておく」
そこで、と一旦区切る。
背後の映像が切り替わり、戦った5人がそれぞれ映し出される。更にそれぞれのデバイスをCGで加工し、本人と対比する形で並べている。
「戦ってみて分かったと思うが・・・彼女達は強い」
言葉にしても、誰も否定しない。ここで否定する者はいないだろう。
特に、デバイスが中破しているフェイトやなのは、ぶっ飛ばされたクロノは肌で実感している。
「彼女達が何者であれ、再戦の可能性はかなり高い」
「・・・攻略法を考えるの?」
「一応、そのつもりだ」
あればの話だが、とクロノは心の中で呟き、打ち消す。
内心の弱気を戒めながら視線を、沈黙を保っているセーラへ向けて合図を出す。それを受けたセーラは音を立てずに立ち、壇上の位置をクロノと交代した。
フェイトやなのはは何故そこでセーラが出てくるのかは分からない。特に、なのははまだセーラが何者かの説明すら受けていないので益々分からない。
「まだ、なのはには紹介してなかったと思うからここで紹介する・・・ミッド空軍のセーラ=A=スメラギ一等空尉だ。今回、アースラの戦力強化のために同行してもらっている」
クロノの簡単な紹介が終わると、セーラはなのはへ向かって一礼する。
倒れている自分に向かっての直裁かつ辛辣な物言いで怖い人のように思えたが、嫌われてはいないような気がする。と、考えたところで慌ててお辞儀を返す。
「は、初めまして。高町なのはです」
「うん・・・・よろしく・・・」
「よろしくお願いします」
今見ると怖い人、というよりかはつかみ所のない人のような気がする。
それでも受け答えはしてくれるので、会話が成立する。どういうわけかボソボソ喋っているように聞こえていながら、声は何を言っているのかしっかりと聞こえるからだ。
「早速だけど、彼女達・・・名前が分からないから武装と騎士甲冑の基本色からコードネームをつけた」
騎士甲冑?―――なのはは何のことか分からないが、何故か疑問を口にする前にセーラの目線で封じ込められた。その辺も含めて後でまとめて説明するからと語るような瞳に。
「最初は彼女―――武装が鉄槌だから“鉄槌の少女”、剣は“真紅の剣士”、獣人は“蒼狼”、槍使いは“黒の槍匠”、バックアップは“指輪の女”の合計5人」
それぞれが手早く画面に表われ、現在分かっているデータが列挙される。
親切にも人数分が用意されていて、見やすいように手元まで配布される。
「ベルカ式?」
分かりやすくはあるが、魔法の基礎知識には疎いなのはにとって専門用語が飛び交う難解なものとなる。
その中で魔法方式という項目に共通して記される文字。ベルカ式。
見越していたセーラが壇上で一つのデバイスを起動させる。
売り文句は“頑丈さ”とつきそうな無骨で装飾過少の竿状武器。おそらく槍だろう。
見た目はなのはの使っている[レイジングハート]と形状が変わらないように見えるが、何となく用途を違える思想を感じさせる。例えるなら一眼レフとデジカメのような。
フェイトの[バルディッシュ]に近いものを感じるが、それも少し異なる。[バルディッシュ]も竿状武器に変形するが、[レイジングハート]により近い。
「ベルカ式というのは、かつてミッド式と勢力を二分した魔法方式。その方向性を武器の形状を持つデバイスによる近接戦闘に求めたもの」
「・・・・だから、デバイスが鉄槌や剣だったんだ・・・」
でも、セーラは“かつて”と曰くありげに口にした。過去そうであったという意味の言葉は、今は勢力を二分していないことを表す。
「・・・貴女は、少し、思っていることを・・・・隠した方が良い・・・」
「・・・・へっ!?」
考えていることが顔に出ている。暗にそう言われたのだと、なのはが気付くのに寸秒掛かった。
慌ててぺたぺたと自分の顔を触り、すぐにやめた。周りから笑いが漏れたのが聞こえた。
「・・・詳しい事情は省くけれど、ベルカ式は一度衰退した。今でも利用者は居るけれど、ミッド式に比べると数で劣る」
普段の喋りと違い、説明する際のセーラの言葉は途切れなく整然としている。
原稿を漠然と読み上げているようでいて、人の血の通っていることを感じさせるバランスの良い喋り方だ。
「でも、おそらく彼女達は現代のベルカ式の遣い手ではないと思う」
「どうしてかしら?」
意外そうにリンディが尋ねる。
「ベルカ式が用いる武器の形状を採るデバイス―――アームドデバイスは、現在では限られたデバイスメーカーが製造・販売している。けれども、そのいずれのメーカーもカートリッジシステムを内蔵したデバイスの販売は行っていないから」
「あ・・・そうか。そうだよね」
エイミィは納得するが、他の面々は何の話か今ひとつ分からない。
そもそも、カートリッジシステムが何のことかが分からない。
「この映像にあるように、彼女達のデバイスは空薬莢を排莢すると同時に急激な魔力の高まりを見せている。かつて、ベルカが次元世界最強と謳われた所以の一つ。魔力を詰めたカートリッジを装填し、状況に応じてカートリッジ内の魔力を消費することで、瞬間的な魔力量を魔導士の魔力容量に関係なく行使できる技術―――それがカートリッジシステム」
魔力をカートリッジに詰める。言葉で言うのは簡単だが、技術的には難しい。
魔導士の初歩に魔力のスフィアを形成することがある。スフィアの形成は魔導士に必要な能力の全てを使うためである。
高位の魔導士は口にする。スフィアの形成こそが初歩にして奥義と。
一定の指向性と形状を維持したまま、カートリッジに保存する。それはスフィアを使用されるその時まで維持するということ。使用されないならば半永久的に保存できなければならない。
考えるほどに、その技術は高度になる。
「文明崩壊前のベルカではごく当たり前のシステムであり、デバイスに標準装備されていた。けれども、現在では一度は実用に漕ぎ着けたものの、多くの事故により廃棄されてしまった。近く欠陥を取り除いた改良版のカートリッジシステムが販売される予定になっている―――だけど、彼女達が使っているデバイスは、廃棄されたものでも、販売予定の改良版のいずれにも該当しない」
入手する二つの方法は否定された。
それでいてセーラの態度はまだ入手する方法が別にあることを示している。
しかし、それを口にしたのはクロノだった。
「遺跡からの発掘品や、骨董のデバイス・・・・か」
「あ、なるほど・・・」
本業であるはずのユーノは自分の迂闊さに苦笑いする。
「そう。さっき言ったように、文明崩壊前のデバイスはカートリッジシステムを内蔵していた。考えられる可能性はこれだけ」
なのはは骨董のデバイスと聞いて、あれほどの性能のデバイスがそうとは納得できなかった。
「骨董品でも・・・使えるんですか?」
骨董品とは、実用に耐えられぬからこそ骨董。
時代に遅れ、しかし在りし日の懐古のためにその地位を得たもの。
「いいえ、骨董品だからこそ。おそらく、現在のデバイスではその骨董品である古代魔法文明のデバイスには及ばない」
「でも・・・」
「崩壊した文明の方が現在よりも遥かに高度だったから」
それで納得して欲しいとキッパリ告げられる。
その終局が四十七の巨神兵。伝説とは言え、知れば納得できるほど古代魔法文明は強大だった。
だが、セーラは何故かそれを説明しなかった。
―――ピピピッ
「ありゃ、時間だ」
アラームにエイミィが、忘れていたことを思い出したように零す。
「予定より・・・長引いた・・・」
「いや、仕方ない」
説明していたときと会話の調子が変わったセーラに、クロノが首を振る。
「着いたって・・・どこに?」
「ああ、なのはには言ってなかった?」
みんな知っていたせいかすっかり言い忘れ、なのはだけが知らなかった。
アースラがどこを目指して移動していたのかを。
「なのはさんも、後学のためにも一度見ておいたほうが良いと思って――――」
空間モニターに何かサインを書き込んだリンディが向き直り、
「ようこそ、時空管理局本局へ」
歓迎を込めてにっこりと微笑んだ。
お久しぶりの更新です。
髄膜炎と巷で噂のノロ君で死に掛けた綾斗です。
ここ最近のハードスケジュールが祟りました。
前回から一ヶ月以上が経過してしまいどんな話か忘れられていることでしょう。
今から頑張ってペースアップしたいと思います。
現在のところデバイス集は完成し、魔法集を製作中です。
今のところオリジナル魔法ばかりですが、原作の魔法も出した方が良いのでしょうか?
原作は原作でその設定に沿っているので、わざわざ書いても同じ内容の焼き直しになるので無駄な気がします。
それと告知ですが、掲示板で書いていたACE3の話は無期限凍結しようと思います。
時間がないということもありますが、先の分まで書いていてどうも納得できる出来になりそうにないので。
リクエストしていただいたホークスさんには申し訳がありませんが。
その代わりと言っては何ですが、不定期にリバース・アールズ本編のオマケ話を不定期にアップしようとかと考えています。多分、激しく不定期でしょうが。
それでは、次回またお会いしましょう。
なのはとフェイトの再会。
美姫 「そして、新たな事件の幕開けね」
うーん、リンディが召喚されたりと裏でも何かありそうなんだが。
美姫 「どんな展開が待っているのかしらね」
凄く楽しみです。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています!