戦争が始まって2年。

時空管理局への加盟を容認し、統一機関を創設しようとする統合派。

時空管理局への加盟を否決し、従来の国家連合の枠組みを続けようとする反統合派。

 

戦火は平等に広がり、人々は日常を失った。

 

「捕捉したわ」

 

放棄され、無人となったある街の市庁舎。

大理石を敷き詰めたロビーの床には、放棄の際に倒れた観葉植物がただ枯れるままになっている。

受付のカウンターも、応接用の椅子やテーブルも薄っすらと埃が積もる。清掃されることのなくなった窓はまだら模様の汚れがついていた。

人が居ない建物は朽ちる。言葉どおりに、市庁舎は日々、削られるように人の気配を薄れさせていく。

 

「どうするの?」

 

人気がなくなり埃臭い空気に、振り返った少女の紫水晶色の銀髪が靡く。

舞った首筋までのショートヘアからは甘やかな芳香が漂い、空気が華やぐ。

少女の声は愛らしく独特の声質だが、事務的な硬さを伴う。

 

少女の振り返った先には三次元表示された空間モニターが展開され、一人の青年が口元に手を当ててそれを見詰めていた。

青年はくつろいだ服装で、濃紺のスラックス、同色のベストに袖を通し、腕部分の布地をわざとだぶらせたシャツを着ている。胸元のタイは締められておらず、小さく鎖骨を覗かせている。

銀髪ではなく、卯の花色の白髪を弄るとその髪を左右に振った。

 

「僕達は手を出さない」

 

空間モニターを引き連れ、青年はそこだけ埃の払われたソファにそっと腰掛ける。

輝度が明る過ぎず暗過ぎない桑染色の瞳はどこか残念そうにしていた。

 

「良いの?」

「今回は、あまり僕らがのめり込んで駄目な気がする・・・」

「どうして?」

 

少女は直裁に尋ねる。

青年は考えろとは言わない。

 

「恭也は、[FALEKN]――――琥冴哭綺のことがあって以来、過去に異常なまでの執着を持っている。蒼天の魔導書のことについても、多分歯止めが利かなくなる」

「貴男が、歯止めになるつもりなのね」

「できることならそうしたいとは思う」

 

恭也をゲートキーパーズへ誘った責任からではない。

一つの方向へ純化し過ぎるが故に、歯止めをかけられない危うさを放ってはおけない。

おそらくこれから先も、半永久的に生き続ける“理解者”を失いたくはないから。

 

「前回の死亡時に、明星がまだ不完全だと解った・・・そして、あの戦いは恭也にとっても良くない方向へ精神を傾けさせている。彼だって精神は人間に近い―――無理が過ぎれば壊れてしまう」

 

既に壊れてしまい、己の闇を殺戮で体現するカーマイン。

己の在り方を純化し過ぎて常人とはかけ離れた精神構造を自ら構築したシモ。

諦念と希望の摩滅により一切を客観視するダグラス

日常と非日常の境界を定めて自在に切り替えるゼオン。

 

彼らと比較すれば恭也の精神はまだ、人間だ。

そして、恭也もまた人間で在り続けることを望んでいる。

それ故に仲間は誰もが彼をどこかで羨み、僅かな妬みと同時にそうであり続けて欲しいと願い、助ける。

 

「本末転倒とも言えるこの戦争は、恭也の精神を蝕むわね・・・ドゥヴネ卿に共感してしまう」

「そのジレンマはまだ良いんだ。でも、僕らは星一つを潰すことが可能でも、神様でもなければ万能の超人でもない。魔法という一定の法則に則った魔導士の枠に居るに過ぎない・・・」

 

いかに自己同位体を複製できても。

いかに不老不死の秘法を感得しようとも。

 

万人を救える、救世の手は持たない。

 

頑張ったけれど救えなかった。それでは意味がないのだ。

救いとは結果が全てだ。過程の努力など、失敗にとって不要。

今回もまた何かを一つ、救えない結末でなければ他が救われないものとなる。

予言者ではない青年にも、摂理にも等しい結末が見えている。

 

だから、瞳は輝きもしなければ暗く沈みもしない。

 

名誉も地位も捨て、万難を受けてもなお愛する者のために剣を手にして、かつての仲間を滅するディアルムド=ウア=ドゥヴネ。

一人の男として、理非善悪の前に憧れてしまうような生き様。

“愛に生きる”という陳腐なロマンシズムが、苛烈なほどに光を放つ。

 

けれども、不破恭也は違う。憧れない。

その意思の強さ。護ることへの言葉では表現できないほどの強烈な想いに、共感し、きっと同調してしまう。

それは良い。良いのだ。不破恭也という人間にとって当然の帰結なのだから。

 

問題となるのは、それがジレンマになること。

共感し、同調した末に芽生える想いが行動に移るとき、彼が為すと決めたことと相反してしまう。

相反する際に取る行動は、万人に共通する。

折衷策。どっちつかずとも表現できるその考えが導く未来を、青年はしっかりと脳裏に思い浮かべることができる。

 

「私達には・・・きっと、大きな流れを自在にする力はないわ。だから、足掻くんじゃないかしら」

 

体ごと青年へ向き直り、少女はゆっくりとした足取りで近づく。

 

「100年を生きようと、1000年を生きようと、僕らは目の前にある一粒を見過ごしてはいけない。カーマインやダグラスは鼻で笑うだろうけど、最近はそう思う」

 

深い苦悩を詰め込んだ頭を、少女はそっと胸にかき抱く。

決して豊かではない胸だが、それでも青年へ一時の精神の平穏を授けるには十分。

背中の空を舞うにはあまりの頼りない、本物の翼がゆっくりと一羽ばたきする

 

「私も思うの・・・誰もが大筋で正しくて、少し間違っている。そんな時の最も傷つかない解決法をまだ誰も見つけられていないのだと」

「ああ・・その通りだ・・・でも―――」

 

その解決法。答えは、おそらく存在しない。

青年も、そして口にした少女もとっくに気付いている。

少しの間違いであるが故に人はそれを正せない。万全の“完全に正しい答え”がこの世に存在しない限り、それこそが最善の解なのだから。

 

少しの間違いは誰かを傷つけずにおかない。間違いが少しだから傷が少ないとも限らない。

人間の限界なのだろう。ハリネズミが孤独から他者と体を交わそうとするほど傷つくジレンマのように、人は正しさを求めるほどに確実に誰かを傷つける矛盾を背負うことは。

 

 

「・・・いつの日か、誰も知り得ない、存在しないかもしれない、その答えが見つかったときには・・・」

 

 

―――僕ら、ゲートキーパーズは解散することになるんだろう

 

青年―――ゲートキーパーズを提唱した人物、スレイン=ウィルダーはそう思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、スター○レック・・・・」

 

アースラを降りたなのはの第一声は、某超長寿かつ有名なSFドラマシリーズのタイトル。

場所は時空管理局本局。公称3千万の職員を抱える次元世界最大の組織。

ミッドチルダのように魔法文明の中心にある次元世界の者達にとっては当たり前でも、知らない者にとっては現実離れしている。

 

そう、正しくSFに出てくるような巨大なステーションとでも評するのが適当だ。

 

 

「はぇ〜〜〜〜」

 

右を見て驚きの声。

 

「ほぇ〜〜〜〜」

 

左を見て驚きの声。

 

「うわぁ〜〜〜」

 

 

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 

夜行列車で上京した中卒青年が始めてみた首都の威容に感心するしかできないように、なのはの口から出てくるのはとにかく驚き。一年の驚きをここで全部終わらせようとするかのような驚き方。

 

フェイトは“おのぼりさん”な親友の様子にどうすることもできずに、ニコニコしながら見守る。

クロノは口元を手で隠し、かろうじてがっくりと項垂れないようにしているが、視線はあらぬ方向を見ている。もはや、それは他人のフリと言っても良い。

そのクロノを、アルフがジト目で見ながら肘鉄を入れる。

 

(ぐっ・・・何を・・・)

 

良い角度で鳩尾に入った肘を抗議しようとしたクロノに、アレとアルフは目線で示す。

 

(どうして僕が・・・)

(クロノのポジションだろう?)

 

アルフからは、フェイトに水を差させるのかという意図が感じ取れる。

驚きと感動の中に居るなのはを現実に引き戻して、恥ずかしがらせるのは酷だろうと。

だったら、しばらく黙って見ていればと思いはするものの、結局のところ年長者として堪えて動くのがクロノだった。

 

「んんっ―――」

「あ、クロノ君、クロノ君!あれって何!?」

 

なのはの指差した先には、本局の中心を貫く巨大な柱があった。

巨大な柱と言っても、柱という枠には収まりきりそうにないほど巨大である。

 

「ああ・・・あれは、中央エレベーターだよ」

「中央エレベーター?」

「本局は都市が丸ごと一つ入っているようなものだが、一応管理局の施設だから一般居住用の区画と管理局の区画を分ける必要がある。この区画は階層別になっていて、管理局の重要施設や船渠は中央エレベーターを使って移動することになっている。それに、物流用のエレベーターもあるし、実際はエレベーターというよりもモノレールが走ってる。移動制限のための関もあるから、あれだけ大きい。まぁ、構造上の耐久性からあれだけ大きくなってるらしいんだが・・・」

 

それ以上のことはクロノも詳しくは知らない。特に興味もなかった。

なのはに話したことも管理局職員なら誰だって知っている内容だ。

 

今、四人が居るのは居住区画を一望する外縁部。

アースラが寄航し、投錨した本局外周の港の待合スペースである。

本局は円形の上部に大きな円錐が、下部に小さな円錐がくっついたような形状であり、円形部分の外周全て港湾施設となっている。

つまり、数十万単位の人々が生活する居住区画は最大の容積を持つ円形部分の内部に設けられている。

なのは示した中央エレベーターは構造上、本局を縦軸方向に貫いているため港の待合スペースからならばどこからでも見ることができる。

 

 

(ハッ!?)

 

クロノはあれやこれやと聞かれながら、ようやく我に返る。

何だかんだと言いつつも聞かれれば答えてしまう性格が出てしまっていた。

背中にはアルフからの冷たい視線がひしひしと伝わってくる。それは理不尽ではないかと内心で不服に思いつつ、また咳払いを一つ。

 

 

「んんっ―――なのは、そろそろ移動したいんだが・・・」

「うん!・・・それで、クロノ君―――」

 

立派な返事というか、返事だけ立派というか。

 

結局、好奇心溢れるなのはを強引に引き摺って連れて行くまで二人の不毛な遣り取りは続くことになる。

 

 

 

 

 

港からの直通便を使い中央エレベーターの内部に入った四人は、モノレールに乗って管理局の区画に入る。

居住区の乗り場もそうだったが、街中や港とは違いほぼ全員が管理局の制服を着ている。

クロノと同年代の職員もいるが、当然と言うべきかそれ以上の年齢の職員がほとんどを占めている。

 

クロノやフェイト達は慣れたもので、簡単に手続きを済ませるとどんどん進んでいく。

 

いつもは一緒のユーノが別行動ということもあって、なのははそれが少し寂しい。

友達になっても、やっぱり二人とは生活している基盤が違うのだと今更ながら思い知らされた。

本当に今更過ぎると、自分で自分を笑ってみるが余計に空しくなるだけだった。

勿論、それでみんなとの関係が変わるわけでもないのだと分かっていても誰かと隔てられる何かが気持ちの良いものであるはずがない。

 

胸に湧くモヤモヤとしたものを置き去りにするように足を速め、三人から遅れないようにする。

 

「これからどこに行くの?」

「ん?・・・そう言えば、まだ言ってなかったな」

 

別に意地悪で教えなかったわけではない。

なのはがアレだったので伝えるタイミングを逸しただけ。

 

「フェイトのもう一人の保護監察官の所だ」

「もう一人?」

「審判で、念のためにもう一人監察官をつけることになったんだが、今回の緊急出動のおかげで顔合わせできずに出てきてしまったからな。ちょうどこうして戻ってこれたから今のうちに顔合わせを済ませておこうということになったんだ」

 

リンディは召喚状に従い出頭しているし、エイミィはその付き添い。

ユーノは敵の正体の手掛かりとなる情報収集。セーラは特にすることもないので、本局に滞在しているナインブレイカーの所へ帰っている。

 

クロノはフェイトの案内人で、フェイトが行くならアルフも行くのが当然。

そうなると、なのは一人を艦に残すことになる。だったら、後々のためにも保護監察官に会っておくのは悪くないだろうという流れが本人の預かり知らないところで行われていた。

 

保護監察官というと、何となく厳格そうな人物を想像してしまう。

現に、御雫祇はフェイトのことを可愛がってはいたが、厳しいところはきっちりと厳しい人だった。

 

 

「大丈夫だ。その人は僕や母さんもよく知っている人で、僕の知る限り一番の人格者だと思う」

 

心配を感じ取ったクロノがフォローを入れる。

 

そこまで話すと、周辺の様子がそれまでと変わる。

それまでも管理局というお役所らしい空気の“堅さ”があったが、ここはぴりぴりしたものも混じっている。

その空気に少し呑まれて会話が途切れる。

慣れ始めた頃に、クロノが一枚のドアの前で立ち止まる。ドアの上部にはネームプレートが掲げられていて、「Ad.ギルバート=グレアム」と彫られていた。

 

「どんな人かは、自分の目で確かめてくれよ・・・」

 

そう言うクロノは気心の知れた友人と久しぶりに会うかのように、少し逸っていた。

珍しいものを見た他の三人が驚いている間に、クロノはインターフォンを押してから中に入っていく。

三人も続いて入っていくと、室内はかなり広い執務室兼応接室だった。元々は別々だった部屋を、壁を取り払って繋げらしい痕跡が壁や天井に僅かながら残っている。

広い部屋が好きなのか、それとも部屋を別ける必要がないと考えたのか、どちらにしろ部屋の主の性格が覗いているのかもしれない。

 

 

「久しぶりだね、クロノ・・・元気にしていたかい?」

 

先に入ったクロノは部屋の主らしき、もう老人と言って良い年齢の男性と話をしている。

 

「はい、おかげさまで。提督もお元気そうでなによりです」

「はははは・・・君にまで提督と呼ばれると妙な感じだよ。ここには身内だけだ。プライベートの時のように、ギルで構わないよ」

 

畏まるクロノに、老人は気さくな態度で接している。

老人の制服が提督であるリンディと同じであることと、クロノが提督と呼んだことから提督という高い階級に居ることが分かる。だが、リンディ同様に地位が与える、身構えさせるような威圧感は感じさせない。

 

「おー、クロスケ。やっと来たな」

「もっと早く来るものだと思っていたけど・・・あれだけ面倒を見たのに成長したらポイッなんて、薄情よね」

 

横合いからリーゼロッテとリーゼアリアが現れてクロノの頭をグリグリと撫でる。痛いほどの撫で方なのだろうが、クロノは嫌がる素振りを見せながらも本気で嫌がってはいない。

 

「・・・誤解を招くような言い方をするんじゃない。第一、この前も二人には会ってるだろう」

「そっか・・・クロスケも反抗期か。ふふふふっ、おねーちゃんは何だか嬉しいなぁ」

更に頭をグリグリ。

「そうやって、私達の扱いはとりあえず顔を会わせておけば良いって程度なのね・・・昔は下の世話まで――――」

「うわっ!それを言うのはなしだろう!?」

 

子供の頃に世話をしてもらった相手というのは、思春期の少年にとっての天敵だった。

自分で抑え込んでいるつもりのクロノだが、顔は赤くなり、あたふたしながらアリアの言葉を遮る。

その姿は見慣れたクロノの大人びた立ち居振る舞いと違って、14歳という年齢相応の少年に戻っていた。

 

「「「・・・・・・・」」」

 

悪いことではないのだが、珍しいを通り越して微妙に変だった。

 

「あれはまだクロスケが3歳の頃だったかなぁ〜〜〜」

「だから、それは――――」

「“おが〜さぁ〜ん”だったかしら?」

「誰の真似だ、誰の!そんなこと言った覚えはないぞ!!」

 

ワイワイと楽しそうにしている三人とは別に、グレアムがなのは達に視線を向けてから、

 

「こらこら、客人を放って盛り上がっては駄目だろう」

「は〜いはい」

「ぐっ・・・・すまない、みんな」

 

自分のポジションを思い出したクロノは、それはもう誰の目からもわかるほどに取り繕いながらいつもどおりを装う。もはや手遅れなのだが、それでもやらずにおれないのが人の性だった。

 

「こちらが、フェイトの保護監察官をしてもらうことになったギルバート=グレアム提督だ」

 

紹介された老年の男性、ギルバート=グレアムは三人に歩み寄ると手を差し出す。

 

「初めまして、ギルバート=グレアムだ。ギル、と呼ぶのはまだ躊躇われるだろうからグレアムと呼んでくれたらいい」

「あ、はい・・・初めましてグレアムさん。フェイト=テスタロッサです。こっちが私の使い魔で友達のアルフです」

「初めまして」

 

やっぱり初対面の人間に警戒しつつも、アルフはきちんとお辞儀する。

 

「私は、高町なのはです」

 

アルフに続いてちょこんとお辞儀をするなのはを見ると、グレアムはクロノやフェイトの時と違った相好の崩し方をする。どこか、故郷を思い出した懐古のように。

 

「君の話は聞いているよ・・・浅からぬ縁もあるようだしね」

「え?」

「実はね、私も君と同じ97管理外世界―――地球の出身なんだよ」

 

 

「えええぇぇぇぇーーーーー!!?」

 

 

何故かは自分でも分からないが、とにかくなのはは驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アースラを降りたセーラは合流したナインブレイカーとファーストフードを買い込むと、管理局区画にある御雫祇に宛がわれている部屋へ入った。

その特異な立場から実務に携わることは稀で、書類仕事もほとんどしない御雫祇の部屋は他の職員専用の部屋とは違い、ほとんど物がない。使われている形跡はあっても、何に使っているのかは分かりにくい。

カーペットと照明の他には部屋の奥で四角形に配置されたソファとガラステーブルがあるだけ。

 

リストラ要員に掛かっていながら解雇はできないため、閑職に回して一切仕事をさせずに自主退職へ追い込む企業側のイジメのような風景だが、この部屋は御雫祇の要望でこうなっていることを知る者は少ない。

 

エビチリ味のヌードルを啜るナインブレイカーは、向かいでセーラが持ってきた映像に注視する御雫祇など眼中になく、次に蟹・海老・スモークサーモンなどをトッピングしたシーフードピザを口に入れる。

セーラは隣に座り、ピクルス抜きのチーズバーガーをリスのように小刻みに噛み付いて、あっという間に食べ終わる。

顔は似ていないが、ジャンクフードを食べる姿は正しく親子だった。

 

一頻り味わうと、ナインブレイカーはブレンドコーヒーを一口。

軽く二人前ほどを食べてから御雫祇が注視している映像を一緒に眺め始める。

セーラはまだ食べていた。自分が持ってきた映像だけあって、興味はあまりないらしい。

 

 

映像が終わる頃には十人前はありそうだった食べ物はあらかた食べ尽くされ、ジャンケンで負けたセーラが渋々と片付け始める。

 

 

「それで、感想は?」

 

口元をナプキンで拭きながら尋ねる。

 

「・・・・・・」

 

御雫祇は返事をせず、動画ソフトに編集を命じる。

映像は守護騎士となのは達の戦いのものだが、その中でもシグナムとフェイトのものだけを編集し、連続再生させる。

 

 

「影流・・・」

「知っていたのか?」

「家のライブラリーで見たことがあります」

 

御雫祇は視線を映像から外そうとしない。

 

「影流ならば、相手は古代ベルカ式の達人―――」

「ですが、本当に影流ならばこんなことをしているとは思えません・・・何か、知っているのですね」

 

現代までベルカ式の伝統を守る聖王教会騎士の中でも、極一部が修める流派―――影流。

本来、魔導士にとって武術は必要ではない。しかし、武器をデバイスとしたアームドデバイスを使うベルカ式では武術の修練が求められる。その中で武術の流派が生まれるのは必然であり、影流もその中の一つ。

ただし、古代ベルカ式を前提とし、修得も難しいことから今では数えるほどしか流派の使い手はいない。

 

そんな影流の使い手が四人―――おそらく、サポートに回っていた五人目も影流だろう。

これで何かが裏にあると疑わない理由がない。

 

「その点はノーコメントだ・・・・本当は大して興味もないだろう」

 

新しいコーヒーの入ったコップを受け取るとナインブレイカー。

 

「絢雪御雫祇としては、貴方達の悪巧みを興味がないで片付けるわけにはいきません」

「・・・メルセデス=ブロムクイストとしては?」

「・・・貴方も、最初から知っていたのですね・・・・・・・」

 

映像は最後の最後。

【ブリッツアクション】で高速移動に入ったフェイト。

迎え撃つシグナムの[レヴァンティン]

達人同士の戦闘において速度よりも重要とされる要素をフェイトは見切られていた。

 

―――攻撃タイミングの見切り

 

電光石火の攻撃も、攻撃タイミングを見切られていれば例え見えていなくとも攻撃を当てられる。

フェイトは見切られていることを薄々感じていても、手も足も出ない。

それほどにシグナムとフェイトには、魔導士以前の実力差がある。

 

 

「ああ、知っていた―――と、言えば満足なのだろうが。我々も各々のプライベートを全て把握しているわけではない」

 

 

しかし、最後のフェイトの一撃。明白な実力差を覆した奇跡の一撃。

迎え撃つシグナムの斬撃が軌跡を描き始めたと同時。

 

 

―――フェイトは更に加速した

知覚の限界へ到達する速度――――

 

 

「我らの秘奥―――血統にのみ発現するはずの、ソレをあの子が・・・・不完全とは言え使いました。それの意味するところを、この私が解らないとでも思いましたか?」

 

おそらく、あの刹那にシグナムは全ての“機”を外された。

斬撃以外の全ての攻撃手段も無効化された。間に合わない。

それでもなお、彼女は斬撃を[バルディッシュ]の柄へ中て、切断せしめた。

 

「・・・・ッ!」

「――――」

 

セーラが戦闘態勢に入りかけるが、ナインブレイカーは気配だけでそれを制した。

 

(流石は絢雪御雫祇の名を継ぐだけのことはあるわけか・・・)

 

御雫祇は感情を爆発させることもなく、平静そのものでソファに座ったまま姿勢も揺らがない。

気配が変わったわけではない。身を包む魔力も膨れ上がることもない。

完全に己の感情を意思と理性の下に制御している。

 

しかし、心奥に渦巻く感情は如何なるものなのかは感じ取れても推し量れない。

良い方向性のものではないだろう。さもなければ、セーラが気を立てない。

 

 

切れ長の翡翠色の瞳が強い印象を与える小顔の美顔に、菩薩のようなアルカイックスマイルが浮かぶ。

 

 

「そうであるなら、フェイトさんを鍛える人が必要になりましょう・・・ふふふっ」

 

小さくはあるが声まで出して御雫祇は笑う。

 

「そうか・・・その映像は残しておく。参考にすればいい」

「・・・・・」

 

ナインブレイカーは用事を終え、立ち上がる。

片手にゴミの入った袋を持っているので締まらないような気もするが、それすら気にならなくなるほどの貫禄が発されている。

セーラもその動きに倣う。

 

 

「御雫祇」

 

特に引き止めるでもない御雫祇に、ナインブレイカーは気にした風もなく出て行こうとして途中で振り返る。

 

「ほどほどに・・・」

「ええ。心得ています・・・多少の意趣返しで終わらせるつもりですから」

「そうか」

 

その答えを背中で聞きながら、廊下へ出た。

空き部屋の多い区画であるため人通りはまったくなく、怪奇現象でも起きそうなほど閑散としている。

二人の足音だけが響き、そこにカシャンと金属の開く音がした。

ナインブレイカーは懐から取り出した愛飲のタバコを口に咥えると、年季の入ったライターで火をつけた。

 

紫煙が歩く方向と反対にたなびき、散る。

セーラはその匂いに何も言わない。その性格から嫌いそうな匂いだが、嗅ぎ慣れた匂いはむしろ義父の存在を感じさせるアイテムとなっている。

 

 

「・・・・あの人は、フェイトを・・・どうするつもりなの?」

「心配か?」

「・・・・少し」

 

良い兆候なのか、迷うところであるがナインブレイカーは答えを返す。

 

「男女関係の縺れが子供にまで飛び火した悪い例だ」

「??」

 

解らないという顔を、おそらくナインブレイカーにしか解らないように顔へ出す。

彼はその頭をくしゃっと撫でてから、笑いが似合わない顔にそれを貼り付ける。

 

「あの子が最後に使った速度強化はな、“カライドスコープガイスト”を除けば特定の血統にしか使えないものだ」

「そう・・なの?」

「ああ」

 

知覚の限界に到達する速度。

それには二つの呼び名がある。

 

「【ロスヴァイセ】だ」

「!?」

 

 

もう一つの名を―――――『神速』と呼ぶ。

 

 

「だったら・・・あの子は、恭也の――――」

 

光の加減で色の変わる瞳を持つ目が、少し大きく開かれている。

セーラにとってはこれでも最大限の驚愕。

 

「俺も最近知ったことだ。カーマインがプレシアについていながら、何故あいつまでと疑問に思っていたが、これなら説明もつく」

「そう・・・」

 

(だから、とーさまはあの子に付き合うことを許してくれた・・・)

 

過去の因果であまり自分のことを表に出したがらないこの義父が、許してくれたのにはそれなりの理由があったことになる。

ミッド空軍という、もはや形骸化した組織に伝説的な魔導士であるナインブレイカーが所属し続けるのは一重に目立ちたくないため。内へ抱えるにしては、大きすぎる存在だから自分から外側に出た。

ミッド空軍はナインブレイカーを閉じこめて置く為の檻と言っても過言ではない。

 

目立てば、騒乱が起きるため。

かつて、親子になるときにした約束のため。

 

そのために、“友人”と呼べる存在を持ったことのない自分を良しとはしていなかった。

けれども、それを素直に喜んでいいのかセーラには判断できない。心中複雑だった。

 

私に・・・

 

小さく声に出す自分の甘えに、セーラは顔を薄っすらと紅に染め、反対側を向いてしまう。

 

「お前は、No.31などではない。そのお前は俺が殺した。新しく生まれ変わり、セーラという少女にもう一度なった。だったら、それを全うするように」

「・・・・・うん」

 

男料理しかできず、ジャンクフード好きで、片付けも苦手という魔導士以外の私生活では駄目さが出ている父親だが、それでもセーラにとっては唯一無二の父親。

 

「・・・御雫祇はどうしたらいいの?」

 

フェイトに危害を加えようとするときに、セーラが御雫祇を止める方法がないわけではない。

固く禁じられているセーラ本来の能力を全開にすれば、おそらくは止めることができる。

だが、当然ながらリスクが高すぎる。

 

 

「放っておけ」

 

意外なほどに、淡白な答えだった。

 

「でも――――」

「彼女は、そんな単純な考えをしない」

 

ミラーシェードで隠された瞳の苦い光はセーラには見えない。

 

「理解するな。しようともするな。当代の絢雪御雫祇は、身の内に魔物を飼っている」

 

深遠を除く者は、自らも深遠から覗かれていることを忘れてはならない。

ただの一太刀で己を潰した相手を。ましてや、尊敬していた父親を殺した相手に骨の髄まで惚れる。

もはや、心が壊れている。

身も心も支配して欲しいというマゾ的な欲求と、他の誰にも渡さない絶対的絆を求める狂気じみた独占欲の混在した、思慕とも、愛慕とも言えない感情は当人にしか理解できまい。

 

そして、性質が悪いのは“それ以外全てが淑女の嗜みを修めた才色兼備の女性”であること。

理外の感情を持ち、行動原理の中枢にありながら彼女は普通に生きていける。

人格的に清く、対人関係もいつの間にか円滑に収めてしまう。

ただの狂気ではない。理性的な狂気とでも評すべき状態にあり続けている。

 

「気をつけるのは、彼女の深遠にフェイト=テスタロッサが取り込まれないようにすることだ」

「取り込まれたら?」

「もう一人、身の内に魔物を飼う女が出来上がる」

 

何となくではあるが、ナインブレイカーはフェイトから御雫祇と同じ匂いを感じていた。

ベクトルの違いは多少あるが、二人を近づければコピー品のように同じ魔物が誕生するだろう。

 

「どうしたらいいの?」

「二人を引き離すのが一番だが、無理だろうな。影流の達人相手に梃入れしようと思えば、彼女の協力は不可欠だろう」

 

スレインが間に合うならそれも必要ないが、おそらくまだ動けない。

恭也本人が介入するのが一番の解決策だが、彼女の現状を知らない恭也は動かない。

 

そうなると、打つべき手は他にない。

 

「こちらに留まらせろ。御雫祇の精神状態は全てを投げ打てるからこそできることだ」

「なれる・・・と思う?」

 

不安げなセーラを、歩きながらぐっと引き寄せる。

 

「それは努力次第だ・・・友達作りというのは難しいようで、終わってみると簡単なものだ」

 

我ながら、父親らしいことを言っていると思うナインブレイカーは引き寄せられた体勢から抜け出そうともがくセーラが内心微笑ましかった。

生殖能力のない自分にできた娘の成長というのは、二度の結婚と離別とは違う感慨があった。

 

 

 

 

 

 

 

全ては自分達のあずかり知らないところで回っている。

地球におけるユダヤ陰謀論。次元世界におけるバーテックス陰謀論。

バーテックスと並ぶ、管理局陰謀論。

 

都市伝説と一笑に付す者もいる。

真剣に論じて証拠を集める者もいる。

だが、人の関心はやがて訪れる情報の氾濫により薄れて“どうでも良い現象”と扱われる。

 

けれども、リンディにとってそれは現実から乖離した笑い話の種ではない。

現在進行形の事実であり、光景。

 

 

威厳の演出のために整えられた室内。

高価であることが分かる高級木材の木製デスクを挟んで、管理局海中管理部(海軍)長官ともう一人男性が。反対側にリンディとレティ。

余裕、疑念、錯誤、誤解。緊張感に混じる要素が、空気を一層重くする。

 

召喚状が出されたときから良い話ではないだろうと思っていたが、これは想像以上に悪いものになることを長官室に入ってから確信した。

 

一見すると秘書のように長官の横に立つ男は、よく見るとそうではない立ち位置にある。

梔子色の金髪を乱れのない角刈りに整えた髪や、彫りが深い顔立ちには厳しさを超えて苛烈さが放たれている。長身で武装隊の制服の奥には鍛え上げられた肉体が押し込められていることが分かる。

例えるなら肉体美を追及した地球のルネサンス期における彫刻そのもの。

 

リンディは彼との面識はないが、何者かの予測はついていた。

制服の肩と胸につけられたワッペンは所属部隊ごとに異なる部隊章を表す。

彼の部隊章は“武装七課”共通の紋章が入っている。

第二分隊――オヴニルは見たことがあるから知っているが、違う。第一分隊であるユーピオは“ディジョンの乱”によって解散した。

 

つまり、残った第三分隊―――グラーバクの人間ということになる。

 

 

 

「・・・今回の任務は、バーテックスの直接的な介入の可能性がある、と?」

 

ほぼ一方的に喋り続けた長官の長広舌が終わってから、一拍を置いてリンディはその要旨を言った。

 

「そう、聞こえなかったのかね?」

 

要点を述べずにぐだぐだと経過を話し続けただけの長官は、さもリンディの理解が悪いと言わんばかりの態度をとる。

 

「しかし、今回の任務に関しては初期からバーテックスの関与や介入の可能性についてはないということでしたが?」

「それについては、私から説明をしよう」

 

グラーバグの男は、一歩前に出る。

 

「武装七課第三分隊の隊長を務める“ベルニッツ”だ。そちらについてはすでに知っているので、無駄は省かせてもらう」

 

ここは互いに改めて自己紹介をするのが礼儀だと思うが、彼、ベルニッツにはそれがないらしい。

 

「・・・それで、何を聞かせてもらえるのかしら?」

 

レティは無礼とも言えるベルニッツの態度にムッとしつつ、それを表には出さない。

 

「二人は“117”を知っているか?」

「・・・・・・」

 

一瞬、これがハイメロートならば「コーヒーのことだ」とボケるのだろうと過った。

リンディは時報のことかと喉元まできたのを我慢して、知らないと答える。

 

「バーテックスの組織の一つ。そこらの犯罪組織と異なり、バーテックスを捜査しようとする管理局のスタッフを積極的に殺害する、本物の特務組織だ。今まで多くの魔導士が彼らに殺害されてきた」

 

「我々は十年前から彼らを捜査し、闘ってきた。その中でここ最近の戦闘から奇妙な動きがあり、探っていた」

「それが、私達が追っている事件と関係があると?」

「そういうことだ。さっき言ったように彼らは本来攻性の組織だが、今回に限っては特定の誰かを標的にしているような動きがなかった。そこで、彼らの目的の分析手法を変えたところ、君らの追っている事件と符号する点が多い」

「バーテックスが直接犯行に加わっているという可能性は?」

 

なのは、フェイト、クロノの三人が負けるほどの相手が在野にいるとは考えにくい。

これがグラーバグを相手にするほどの攻性組織であるなら納得がいく。

 

「それはない。彼らの動きは事件の発生後だ」

「失礼だけれど、随分と曖昧な話ですね」

 

具体的な話の内容がない。

分析についてもその根拠もプロセスも説明されないのであれば、信憑性がないに等しい。

 

「アライアンスの任務は、機密性が高い。君らに話すわけにはいかない理由があることを考慮したまえ」

 

ベルニッツの目配せを受けた長官が、割って入り不満を抑えつける。

機密と言えば聞こえはいいが、肝心の中身からは部外者扱いされていることになる。

会話の先の展開が読めている者にとっては、不愉快極まりない。

 

「そういうわけだ、今回の事件は統幕のほうでも重要視されている」

 

(何が“そういうわけだ”よ、この狸親父)

 

ステレオタイプの管理職である長官を二人は内心で罵る。

 

「陸士や空士に協力要請はおそらく無理だろう。海士の武装隊も派遣し、君らの戦力増強を認める。既に武装5課の先遣隊に1隻つけて先行させている」

「・・・そうですか」

 

(・・・ここに呼ばれたのはそのためね)

 

リンディは内心で長官に対する憤りが湧いてくる。

 

レティも同じ気持ちだが、より冷静に分析する。

PT事件でのリンディの功績は高く評価されている。本人にその気がなくても、出世のポイントはおそらく今のところトップだろう。

艦長や提督クラスの同僚の中には、若手ながら出世の早いリンディを妬む声も少なくない。親の七光であると陰口を叩かれることもある。出世が実力であっても、関係なく足を引っ張ろうとする者がいるのが組織の悪い部分である。

 

将来的に統幕議長の椅子に座りたければ、長官は今の間からポイントを稼ぎたい。

他の艦長や提督にしてもこれ以上リンディにポイントを稼がせず、なおかつ自分たちがポイントを稼ぎたい。

今回はその利害が一致した。

陸士や空士に協力要請をすれば海軍の功績がそれだけ減る。海軍の戦力のみで事件を解決することで、海軍の発言力の向上が望めることを考えれば、おいしい話だ。特に今回の相手は管理局が十年以上に渡って暗闘を繰り広げてきた相手。見返りはかなり大きいものとなる。

 

辞令を出した以上はリンディ達を任務から外すにはそれ相応の失態という理由がいる。

だから、一度呼び戻しその間に自分の手駒を送り込んだ。

姑息な手口。頭には出世しかないとしか見なせない。他の武装隊をまわした分をどうやって補うのか、考えられていない。

 

 

「私から許可を出す、殺傷設定の使用も今回に限り許す」

「逮捕ではなく、殺せ、と?」

「そうは言わんが・・・あるとないとでは違うだろう?」

 

二人の蔑みにとんと気づくことなく、長官はさも部下思いであるかのように振舞う。

確かに、腰巾着にとってはいい上司だろう。

 

「なお、任務には117に詳しいグラーバクも参加する。所属は違うが、同じアライアンスのオヴニルとも協力したことのある君たちならうまくやれるだろう」

「了解しました」

 

努めて、平坦にリンディは反応した。

態の良いお守りを押し付けられたのだ。

話を持ってきたにしても、海軍所属ではないグラーバグに功績をやる義理はない。口にしたような理由で出撃を遅らせ、現場の主導権を与えないつもりらしい。

 

(彼らがそんな甘い考えに大人しく従うはずがない・・・)

 

海千山千のアライアンスは浅知恵に気付いている。

 

(・・・・・ッ!)

 

目が合った――気がした。

そう感じたのは、口元にぞっとするような薄ら笑いを浮かべているからだ。

この男は全て見透かしている。

長官や腰巾着の浅知恵だけではなく、それを読み切り蔑んだリンディとレティの内心も。

 

全部を見透かした上で、乗っている。

いや、乗っているというのは間違いだ。

話を持ちかけた時点で彼は何もする必要がなくなった。

長官達の私利私欲。その思惑に従順な振りをしながら独自の考えを巡らせるリンディとレティの動きを最初から見透かしているからこそできる。

最初からこの展開になると分かっていれば操縦すらせずに、乗っているだけでいいのだ。

 

今の薄ら笑いもわざとそれを気付かせるための小道具に過ぎない。

 

(気持ち悪い・・・)

 

畏怖よりも、生理的嫌悪が勝った。

爬虫類の縦に裂けた瞳孔を見たときに似た、怖気と吐き気。

 

だが、生理的嫌悪が勝りはしたが、先を見通す力に畏怖を覚える。

この男の実力は認めざるを得ない。

 

一番の敵は外ではなく、内のこの男かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、地球では第二次中東戦争と呼ばれる戦争があった。

超大国の思惑と、大国から滑落しかけた国、新生した国家の思惑が絡み合った戦いは、時代が変わったことを思い知らせることとなった。

 

若き日のギルバート=グレアムはその戦争に新兵として参加し、偶然にも魔法と出会うことになる。

 

 

 

「―――と、言っても君ぐらいの年齢では知らない話だろうがね」

 

リーゼアリアの淹れたコーヒーを飲みながら、仕方ないというようにグレアムは笑う。

なのはと同じ地球出身であるグレアムの魔法との出会いは、なのはにとっては自分の祖父・祖母の時代の話であるため全然ピンとこない。

 

(だったら、おにーちゃんも・・・・)

 

結局聞くことのできなかった、“何故恭也は魔法を使えるのか”という疑問と重なる。

兄もそうして魔法と出会ってしまったのだろうか。

失踪してしまった間に魔法と出会った。けれども、だったら何故失踪してしまったのか。

 

疑問は多いが、答えを知る者はここにいない。

 

 

 

「―――私は、君が大切なものを裏切らないのならば好きにして良いと思っている」

 

保護監督官となったグレアムの出した条件はその一つだけだった。

フェイトの発した「自分はどうしたらいいのか」という問いから、彼はそれだけで良いと判断していた。

 

長年、この仕事に携わってきた。

既にキャリアは50年以上。善人も悪人も飽きるほど見てきたその眼の判断に狂いはないと信じている。

 

 

「だが、一つだけ聞かせてほしい」

「はい」

 

長いキャリアの中で、グレアムの得たものの一つに雰囲気作りがある。

執務官時代に、容疑者や貴重な情報を持っている者から情報や自供を引き出すためには、単純な証拠集めや理詰めだけでは通用しないことを思い知った。

表情や仕草などの立ち居振る舞いを意識し、雰囲気を恣意的に操る。交渉術のテクニックであるこれらを、実地で研鑽した。

 

グレアムは今、好々爺ではなく、まるでベテラン教師が諭すような雰囲気に三人を引き込んでいる。

 

 

「君は―――君達は、何のために戦う?」

 

 

唐突で、抽象的な言葉に三人は面食らう。

 

「このあと、君達は任務に戻ることになるだろう。そして戦うことになる」

 

答えを急かさず、ゆっくりと語る。

 

「戦うことは、簡単だ。誰にでもできる。だが、“戦い続けること”は誰にでもできることではないんだ」

 

―――だから、戦う理由がなければ戦い続けることはできない

 

特にまだ幼い三人に、社会正義や固い信念に基づいた使命感があるのか。

今後のことも含めて、グレアムは知りたかった。

偽善であると知りながらも。

 

 

 

 

 

「・・・・・・何のために戦うのか、か」

 

三人が部屋に訪れてから二時間。

再びリーゼ姉妹とグレアムの三人だけに戻った部屋で、グレアムは短く呟いた。

 

「・・・その言葉の意味を一番見失っている私の言葉か」

 

見下げ果てた奴だと、自分自身に吐き捨てる。

 

 

―――私には、力があるから。守られるだけじゃない、誰かを守ることのできる力が。

 

力強く確信を持った目をした少女、高町なのはは戦う理由をそう答えた。

力持つ者の義務感かと思ったが、それよりも“守る”という言葉への感情の入り方は違うものを感じさせた。自分の意思で選び取り、何よりもその一点に重きを置こうとしているようだった。

少女という年齢に不相応な覚悟は違和感さえある。言わば、強迫的なものを背後に抱えているような。

 

けれども、不安定な要素を抱えながら彼女にはしっかりとした軸がある。

その大黒柱のような軸を曲げられるほどの出来事がない限りは、安泰だろう。

 

 

―――それが私のせめてもの償いで、友達と一緒に未来へ進むための歩みだからです。

 

悲しいほどに自分の立場を理解している少女、フェイト=テスタロッサは戦う理由をそう答えた。

遠まわしに戦う道を選ばなければ自由を得られないように追い込まれていることを知りながら、それでも未来を見据えようと痛々しいほどに勇気を振り絞っている。

戦いたくて、戦っているわけではない。なのはように考えて選ぶ余地がないために、その意義を本当に見いだせずに戦っている。

 

迷いはあっても、戦うだろう。

そして、彼女はなのはと一緒にいることで不安定な内面を安定させることができている。

しかし、それはまだ本当に対等な関係とは言えないのかもしれない。

 

 

―――父のような立派な魔導士となり、罪なき人々を災厄から救いたいから

 

親友の遺児である少年、クロノ=ハラオウンは戦う理由をそう答えた。

うろ覚えである父親の背中を追いかけるのは、美談だ。

彼ならばそうなれるだろうと思いつつも、深奥ではその果てに彼が真実を知ったときの絶望を思ってしまう。戦う理由を他人に仮託してしまうことは、望まぬ結果により理由を失いやすくする。

 

 

 

「くっくっくっくっくっ―――中々、面白いことをぬかす小僧どもだったな」

 

「「!!?」」

「よせ」

 

嘲笑しながら、男は溶け込んでいた空間から凝固して造形されたかのように現れた。

リーゼ姉妹が瞬時に臨戦態勢に入るのを、グレアムが鋭く声を出して留めた。

 

男は恐ろしく平凡な顔をしていた。

特徴がないことが特徴とでも言えるほどで、似顔絵を描くことなど不可能とさえ思える。

嘲っている顔ですら、記憶に留めることが難しい。

 

「・・・ぜひ、入口からアポイントメントをとるようにしてください」

「さもないと、次にやったら命はないものにするからな」

「おお、怖い怖い」

 

二人の吐息にも殺気が交る言葉を、小馬鹿にした態度のままグレアムの前まで進む。

リーゼ姉妹からはクロノをからかうときのような陽気さは欠片もなく、張り詰めた気配で満たされている。

 

 

「教えてやらないのか?」

「・・・何をだ」

「くくっ、お前のパパは民間人もろとも――」

「よせ、その話はするな」

 

子供たちと対面していたときの優しげな雰囲気が嘘と思えてしまうほど、グレアムの気配も鋭くなる。

 

「関係のない話をしにきたのなら、早く帰ることだ。我々の関係は知られるわけにはいかんのだろう、マーシレス」

「まぁね・・・ここに来たのは子供達だけってことだからな」

 

言いながら特徴のないのが特徴の男―――マーシレスは一枚のディスクを机の上に置き、グレアムへ向かって滑らせる。

グレアムも鍵のついた引き出しを開けると、別のでディスクを投げ渡す。

 

「我々としては、役に立ちさえすればそれでいい。あの子供がどうなろうがな。親父みたいにしたくなけりゃ、全力で守ってやるこった・・・ただし、ジャックとの約束をしっかりと守った上での話だがな」

「・・・君らに言われるまでもない」

「ま、そうだろうな・・・・だが、忘れんなよ」

 

用事があると、マーシレスはリーゼ姉妹の殺されそうな視線を怖がるそぶりをわざと見せながら出ていこうとして、ニヤリと憎悪をかきたてるような笑いを見せる。

 

「アンタらだって、俺らと同じ穴の狢なんだぜ、偽善者。人格者の仮面被って、小僧っこや娘っこと仲良くするのは勝手だが、そこんとことよく覚えておいてくれよ、愛すべき卑劣漢の同志さん」

 

「・・・失せろ」

 

踏みにじるような言葉を前に、グレアムはそう言い捨てるのが精一杯だった。

 

 

 

 


あとがき

 

「プレデター」の話で周囲の友人と出した結論。

戦士度高ぇー。

どうでもいい切り出しからでした。

 

サブタイトルをつけるなら「イカれた大人達」とでも題すべきアールズ6です。

個人的にはその中で、目をキラキラさせるなのはと、ごはんもきゅもきゅなセーラが好きでした。

何気に大食いが多いですが、別に魔法とは関係がありませんので(笑

それと、9歳のなのはがスタートレック知ってるのかっていう突っ込みもノーセンキューで。

 

ブレイドストームをプレイしました。

そして、絶望しました。

決して面白くないわけではないが、細かいところが投げっぱなしジャーマン状態です。

イベントの発生条件がほぼ横一列なので、ランダムです。しかも、条件を満たしているのに発生しなかったり。頑張ってパラメーターを上げても、2週目が存在しないのでドラクエやFFのレベル99と同じ。

最強武器である村正もほぼ全てのイベントが終了し、使い所がないまま終わる。

特別ステージも何のメリットもなく終わり、しかもバグによる無限ループに陥る罠。

 

繰り返しますが、決して面白くないわけではなく、PS3のスペックを上手く使ったプレイを堪能できるゲームです。それだけに、プレイヤーを最後まで楽しませる、無双シリーズのような作業プレイに陥らないギミックをぜひ盛りいれて欲しかった・・・。

あと、騎兵オンリーでクリアできる兵科のバランスの悪さも。

 

 

それでは、余計ないことをダラダラと語りつつ、あとがきを終わります。

次回にまたお会いしましょう。





組織内部で足の引っ張り合いか。
美姫 「ただでさえ、人手不足と言われる管理局なのにね」
この影響がどう、なのはたちに及んでしまうのかが心配だ。
美姫 「これから先、どんな展開が待っているのかしらね」
御雫祇によるフェイトの事も気になるし。
ああ、次回が待ち遠しいです。
美姫 「楽しみにしてます」
待っています。



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