LV級強襲揚陸戦闘艦―――『サンタクルス』

 

艦の主であるレオス=クライン大将は、何物をも見逃さない猛禽の目を艦橋へ走らせてから後の客人へ向き直る。

 

「用向きは?」

 

厳かでもなければ、渋いわけでもない。

けれども、幾多の修羅場を潜り抜いた人生経験の籠る声。

 

向かい合うのは、正装で整えたレオスとは対照的に戦場から抜け出してきたかのように汚れた男――ギル=グレアム

彼は、空間モニターを一つ展開させる。機密と書かれていても、今の彼には関係ない。

レオスはその命令書をちらりと見た。

 

「これか」

 

レオスはその命令書を既に知っている。つい先ほど同じものをもらった。

 

「これか・・・それだけなのですか?」

 

ギルの声は微かに震えていた。

怒りからか、体調不良からか。

 

「この命令を受け入れることの意味を、貴方が違えるはずがない・・・その上で・・・」

「そうだな・・・トチ狂った評議会の連中が後先を考えずに起こしたこの戦争。局の理念を信じ、命令に従い無駄死にを強いられた英霊を踏み躙る命令だ」

 

淡々と言葉の重みを打ち消すように、語る。自分の態度がギルの神経を逆撫ですることは、レオス自身がよく分かっていても。

 

 

―――『本件における一切の口外を禁ず』

 

 

短く、一部のみ。しかして、絶対を示すように命令は下されていた。

 

「評議会は全てを無かったことにするだろう・・・教科書には管理局は正義のために頑張りました、めでためでたし、と載る・・・・そんなふざけた未来を作る命令だ」

 

ギルは、口数が多く、辛辣な言葉を選ぶレオスがその実、自分以上に怒りをその身に満たしていると気付く。

怒りを発露させるのは言葉だけだ。目は変わらない。

 

 

「だが・・・それに従うのが、我々だ」

 

レオスの辛辣な言葉に期待し、心情を寄せていたギルは冷や水を浴びせられて止まった。

核心を抉る言葉にではない。その言葉の正しさに。

どれほど悪態をつこうとも。自分が言えないことを言ってくれるレオスに頼ろうとも。

 

最終的に自分は仕方無いと言って、命令に従う。

 

その醜さに気付き・・・どうしようもないほどに、ギルは絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月の日の出は遅い。

日中は学校に通うフェイトは、戦闘から一夜明けた朝も御雫祇との鍛練に励んでいた。

日の出前の朝独特の暗さでも適確な攻撃を繰り出す御雫祇に今日も防戦を強いられる。

 

一体どんな関節の構造をしているのか聞きたくなるような縦横無尽の斬撃と刺突に、フェイトは鍛練を始めて十八度目となる勝負有りを突きつけられる。

握っていた[バルディッシュ]が、[斬鉄椒林正宗]に弾き飛ばされていた。

 

 

「・・・今日はここまでにしましょう」

 

納刀されると、[斬鉄椒林正宗]は消える。

 

「はい・・・・」

 

フェイトも倣い[バルディッシュ]を待機状態へ戻す。

 

 

「ふぅ・・・・」

 

 

大きな溜息が白い息と共に吐き出される。

隠しようもなく混じる疲労を、御雫祇は聞き逃さなかった。けれども聞き流した。

 

 

経験も地力も技量も上回っている敵との戦いは、肉体的疲労はもとより精神的重圧が想像できないほどに大きい。知恵を振り絞り、持てる抽斗を総浚いし、出し尽しても倒せない。及ばない。

だが、敵は違う。こちらが破産覚悟の攻撃を、幾度となく繰り出せる。脳が焼き切れそうなほど考え、恐怖を抑え込んで放った勝機を賭けた一撃でも、相手は同じような攻撃を簡単に出せる。

 

摩擦熱で火を起こした者に対して、ライターでいとも簡単に着火するようなものだ。

 

それを幼いフェイトが負担に感じないはずがない。

辛いだろう。及ばぬと解かり切っている相手に小数点以下の可能性を恃み、不毛とも言える全身全霊の攻撃を繰り返す。そこに生じるストレスを慮ってやるべきだろう。

 

しかし、御雫祇はあえて触れなかった。

慰めない。励まさない。かつて自分がそうであったように、食いしばった歯があまりの強さに砕けてしまうがごとく、飲み込む反吐が何時しか血反吐へ変わるがごとく、壁を超えるために必要な試練だから。

 

 

「―――御雫祇さん」

「?・・・どうしました、フェイトさん?」

 

普段なら言われずとも自分でクールダウンをしているはずのフェイトが声をかけてきた。

 

「あの・・・聞きたいことがあります・・・」

「私で答えられることであれば・・・どうぞ」

 

ただならない質問になりそうな予感はある。

 

「・・・・戦いに向いている人って・・・どんな人ですか?」

「不撓不屈の鋼の意思を闘争へ傾注できるほど純化した者です」

 

淀みのない即答に、フェイトは唖然とするしかなかった。

 

――――闘争とは、理由の如何を問わず、己の心の如何を問わず、純粋に目的を遂げること

――――そして、それを成し遂げる鋼の意思

 

まるで唯一無二の解答として確立されているのか、シグナムと同じような言葉。

 

 

(だったら私は・・・・・・・・・・)

 

 

シグナムの言うように、戦いに向いていないのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイトと御雫祇が早朝の鍛練を終えた頃、本局のグレアムは執務室のソファに座っていた。

両手を組み合わせ、俯いた視線は一点を見ているようで見ていない。何より、表情がない。

 

 

「随分と浮かない顔だな」

 

ずるり。

天井の陰影からマーシレスが抜け出す。

 

「茶化しに来たのなら、失せろ」

「まさか。お互い同じ穴の狢だぜ?茶化せば自分にも等分に返ってくるのに、茶化せるわけがねぇだろうが」

 

大仰に驚き、肩を竦めるマーシレスをグレアムは無視する。

 

 

「別に、本当のことを洗い浚いぶちまけても良かったんだぜ?―――それで、今回の件は万事解決だ。黒幕も、真実も、倒されるべき悪人も確定すんだ。あの親子は間違いなく、管理局の英雄になれんだから、八方丸く収まるじゃねぇか」

 

今すぐ、この男を殺してやりたい。

グレアムは衝動に駆られ、理性で抑え込む。

 

できない。できるはずがない。全てを告白することも、マーシレスを殺すことも。

これは呪いのなのだ。十一年前、自らに染みついた習性に抗えないがために打ち込まれた呪い。

万を超える戦友を、破滅を押し付けてしまった友人を、更にどん底へ突き落とす選択を選べない。それが弱さ故なのか、臆病だからなのか、抜け殻である自分に残された最後の矜持なのか。分からない。

 

 

「提督さんよ、アンタは弱ぇ」

 

 

ずばり。

心を盗まれた。マーシレスの眼は笑っていない。

 

 

「ウチのボスみたいに、鋼の意思を以て狂ってるわけでもねぇ。歯を食い縛って耐えようともしねぇ。とっくに承知してんだろうが・・・アンタのそんなところに俺らはつけこむ」

 

グレアムの顔に刻まれた皺が深くなる。

加齢速度の遅い魔導士にありながら、グレアムは老化が早い。それが彼の苦悩の深さを物語っている。

 

マーシレスはグレアムの苦悩を、出来の悪いコメディのように笑い捨て一枚の紙をテーブルへ置く。

 

 

「これを私に準備しろ、と」

「聞くまでもないよなぁ。アンタは断れねぇってことも織り込んでんだからな」

「・・・君らの目的は一体何だ?」

 

マーシレスはまた、笑い捨てる。

 

「んなもん、教えるわけねーだろう」

 

ずるりと体が沈み始める。

転移魔法ではなく、隠形魔法。

 

「俺らとアンタは同志でもない。ただギブアンドテイクで動いてるに過ぎねぇ・・・そう、アンタも俺らみたいにイカレタ連中と取引をして利益を得てる、ドブネズミさ」

 

けらけら。

けらけら。

 

貶し、嬲ることに快楽を得ているように笑いながらマーシレスは頭の先まで沈み、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前線基地でもある家に、全員が集まった。

学校から戻ったなのは達を、本局へ出向いていたリンディが出迎えた。

 

夕日の差し込むマンションの部屋。

いつも朗らかなリンディの表情には僅かながら影が差している。

 

 

「それで、この事件の背景というのは何ですか?」

 

公私の区別をつけるとき特有のクロノは、あえて不安を隠した。

かつてクライドが危険な任務へ赴く際にリンディが見せた表情に似ている気がしたから。

 

「そうね・・・でも、私もまだどこから話せば良いのか迷ってるの」

 

リンディは一冊のテキストを取り出す。

 

「歴史の教科書?」

「ええ。ミットチルダで一般的に使用される高等教育用の歴史の教科書よ」

 

ぱらり、とページを捲りながらリンディは話をようやく始める。

 

「今から十一年前、大きな戦争があったわ。それはこの教科書にも載っているの・・・その戦争は舞台となった世界の名前を冠してヨートゥン戦争と呼ばれるようになったわ」

 

その名前を聞いて、クロノの顔が目に見えて険しくなる。

 

「戦争・・・ですか?」

「戦争、ね。貴女達がイメージするもので概ね間違いはないかしら」

 

言われても、戦争という言葉にヒステリックなまでに忌避感を与える洗脳にも等しい教育を与えられた日本の子供であるなのはにとって、戦争は映画でマッチョなおっさんがバリバリとライフルをぶっ放すものでしかない。

 

 

「勿論、魔法を使っての戦争・・・こういう言い方は好きではないのだけれど、色々な次元世界がある以上、戦争は珍しいというほどでもないの。管理局に在籍していると、いつもどこかの世界で戦争が起きていると耳にするわ」

 

 

どこの世界でも、人間やることは同じということらしい。

なのははそこまで明確に理解できずとも、感覚的に悟る。

 

 

「ただ、ヨートゥン戦争は他の戦争とは少し違う事情があったの」

「・・・えっと・・・管理局に加盟するかどうかで意見が真っ二つに割れたんでしたよね?」

 

歴史の内容を学んだことのあるエイミィは朧げになっていた記憶を掘り起こす。

 

「そ、それだけの理由で・・・・?」

「人が二人いれば意見は二つになる・・・人が三人いれば派閥ができる・・・・貴女達の世界の哲学者の言葉」

 

賛か否か。

それでも人は二つに分かれてしまう。

嫌でも何でも、それが世界。セーラの眼はそう告げていた。

 

 

「当時の管理局は、名前の示す通りに魔法を使用する世界への管理を強めようとするタカ派的な意見が多かったわ。ただ、要求内容は呑めないレベルではなかったはずだけど・・・ヨートゥン世界にとっては違ったようなの」

 

 

それはヨートゥン世界が抱える大きな問題であり、管理局が眼の色を変える理由でもあった。

 

 

「『アーキテクトデバイス』がヨートゥン世界にはあったの」

「『アーキテクトデバイス』が!?」

 

途端に、今度はユーノの顔色が変わる。立ち上がったまま二の句が継げない。

知っている者と知らない者の反応に極端な差が出た。

 

 

―――アーキテクトデバイス

 

一般には知られていないタイプのデバイス。

管理局も軽い情報統制を敷いて、その存在を一般人の目から隠そうとしているもの。

 

デバイスは基本的にストレージデバイスのことを指す。

安価で大量生産できるため、普及率も高い。そして、何より扱い易い。

使用者のコマンド入力に対して瞬時の判断を下し、魔法を実行する。

魔法を使用するという本来の目的にとっての最低限の性能を有している。

 

しかし、ストレージ以外にもデバイスの種類はある。

なのはやフェイトの持つ一定の意思を有する人工知能を搭載したインテリジェントデバイス。

今回敵対しているシグナムやヴィータの持つ、戦闘に特化した武器の形状を持つアームドデバイス。

 

主にこの三つがデバイスの種類とされているが、それ以外のもう一つがアーキテクトデバイス。

何故管理局が公にその存在を出さないようにしているのかは簡単な理由。

アーキテクトデバイスはインテリジェントの最上位だから。

 

つまり、アーキテクトデバイスは意思を持つ。

それもただの意思ではない。おそらくは人間と同等の意思・思考能力。

外部からの魔力供給さえ受ければ、魔導士が使用せずとも魔法を行使する究極のデバイス。

 

彼らは、データではなく経験を蓄積する。

彼らは、知識ではなく知恵を蓄積する。

彼らは、主に選ばれるのではなく主を選ぶ。

 

 

そのユーノの説明を聞きながら、フェイトには思い当たる節があった。

 

 

―――『CARIBURN』の『明星』

 

 

ガルムのデバイス。その管制人格である彼女がそうではないのか。

そこでフェイトは思考を払う。考えてはいけない闇が口を開けていた。この件に、ガルムが絡んでいると考えてはいけない。考えるだけで戦えなくなる。

 

 

 

「アーキテクトデバイスに選ばれた者が成長すれば、それは管理局の一軍を独りで倒すことができる・・・そう言われるほどのもの。現に、勃発してしまったヨートゥン戦争ではアーキテクトデバイスを使用した特殊部隊があったとも言われているわ」

 

 

だからこそ、管理局は危険視した。

ヨートゥン世界にはそのアーキテクトデバイスが五つもあった。

 

管理局としては是非とも管理したい。けれども、ヨートゥン世界にとっては世界統一にも大きな役割を果たしたまさに神器と言っても等しいロストロギアをむざむざ差し出すのか。

世界の切り札を出せと迫る管理局を信用するか否かで、折角統一を果たした世界は再び割れた。

 

「彼らは魔法を戦争に使うという意味では、かなり先進的だった」

 

故に、決定打はなく、鳩同士のように血みどろの争いとなった。

 

 

「三年・・・その間、休むことなく戦争は続き、誰もが最初の理由を忘れかけた頃に休戦することになったわ」

 

 

三年。殺して、殺されて。奪って、奪われて。

何の成果もなく、そのことに気付いて人々は座り込んだだけだった。

それでも終わりは終わり。

 

 

「でも・・・休戦条約の日に事件は起こったの」

 

 

 

 

 

 

 

 

「休戦に反対する過激派により、休戦条約の会場が襲撃され、双方の代表が殺された」

 

 

グレアムは淡々と結果を語った。

何が、どうなったのか。

襲撃を見越して会場を警備していた双方の精鋭は、僅かな時間で全滅。

会場も木端微塵に爆破された。

 

 

「一度の激発は、燎原の火の如く拡大した。休戦を御膳立てしていた管理局も巻き込まれ、撤退を余儀なくされた」

 

 

あまりに状況が悪すぎた。

 

 

「その中で、撤退した局員の一人が“それ”を持っていた」

 

 

どういう経緯で手に入れたのかは不明。

“それ”は一見しただけでは、危険物と判らない。

けれども、ただ“それ”だけで危険。

 

 

「一級指定のロストロギア―――“闇の書”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“闇の書”?」

 

それが何か知らなくても、その場の誰もがリンディの声音に宿る絶望的に響きを感じ取る。

 

「正確な正体へ不明。守護騎士と呼ばれる防御プログラムを持ち、膨大な魔力を蒐集して蓄えることで完全な状態へなると言われている――――その恐ろしさは、実際に証明されたわ」

「証明されたって・・・・・・」

 

ユーノはその次が容易に想像できた。

 

 

「理由は不明。突如として暴走した“闇の書”は次元航行艦をハッキングで乗っ取り、乗組員の虐殺を開始したの。更に、艦の攻撃システムを使って周囲の艦へ被害を及ぼしたわ」

 

そこから先の詳細をリンディは省いた。

グレアムから貰ったデータにはその時の虐殺の酷さが克明に記されていたが、とてもではないが子供には聞かせることができるものではなかった。

 

 

「それでどうなったんだ?」

「最後は、乗っ取られた艦の艦長が生き残った乗組員を全員脱出させ・・・・・・」

 

 

言葉に詰まった。

 

 

「・・・・・・持てる魔力を全て注ぎ込んで艦の防御システムを一時的に麻痺させ、そこを仲間の艦の主砲『アルカンシェル』で砲撃させ、艦もろとも破壊させたの」

 

 

クロノに震えが走り、

 

 

「まさか、その艦って――――」

 

 

リンディは無視するでもなく、

 

 

「艦の名前は、『エスティア』―――」

 

 

クロノの動揺を知りながら、

 

 

「艦長の名前は、クライド=ハラオウン―――――私の夫で、クロノの父親でした」

 

 

名前を告げた。

十一年前に封印されたはずの、夫の死を吐露しながら。

 

 

 

 

 

「え・・・えっと、つまり、それは・・・・」

 

 

聞かされた側にとっては混乱を引き起こすもの以外のなにものでもない。

 

 

「“闇の書”は仇?」

「・・・それは・・・違う」

 

セーラの問い掛けに、衝動的な否定が入る。

クロノは噛み締める。言葉も、唇も。

 

 

「僕は、管理局の執務官だ」

「・・・クロノ君」

「・・・クロノ」

 

 

それは、答えのようでいて、決定的に答えたり得ない。

けれども、追及を、話の流れを断つという意味ではクロノ=ハラオウンにとっては都合の良い、卑怯な答えでもある。

 

 

「それで敵の正体は解ったけれど、どうするの?」

 

 

御雫祇を除けば、今の戦力では敵の正体が解ったところで決定打にならない。

暗い話になった割には実入りのない内容となってしまう。

 

 

「方法はあるわ」

「本当に!?」

 

なのはに、努めて明るく振る舞うようにリンディは頷く。

 

「“闇の書”は、必ず起点となるマスターが必要になる。デバイスである限り、その決まりからは逃れられない」

「・・・デバイス・・なんですか?」

「そのことを説明していなかったわね・・・“闇の書”はデバイスだけれど、通常のデバイスと異なるの。ユニゾンデバイス―――所持するのではなく、マスターとデバイスが融合するデバイスよ」

「融合って、文字通りの意味・・・なんですか?」

 

マスターと一体化する。

文字通りに、物質ではなくマスターの一部となる。

 

リンディは、エイミィやユーノの補足を受けながら説明する。

 

インテリジェントデバイスがストレージに勝るのは、マスターとの相性により1+1を3にも10にもできる可能性を秘めているから。それは、人間と機械のある種の付き合いであり、両者の進化した姿でもある。

当然ながら誰もがインテリジェントデバイスの扱いに適性があるわけでもないし、習熟するまでには時間が掛る。フェイトでさえある程度の時間を要した。ぶっつけ本番で使えたなのはが例外。つまりは、万人に向かない、汎用性を欠いた道具。だからこそストレージデバイスが今も多数を占めている。

 

インテリジェントデバイスとマスターの関係を論理的に説明していこうとすれば必ずある言葉に行き着いた。

 

―――人機一体

 

 

機械が人間に歩み寄っているのか。

人間が機械に歩み寄っているのか。

それとも両方なのか。

いずれにしても、両者が意識を重ね、意思を重ね、行動さえも重ねていく。

時間と経験と人間の意思・感情のみ起こす、一つの奇跡。

 

だったら、最初からマスターと一体化できるデバイスを作れば良い。

それが安易な考えをする人類の愚かさが出した、結論。

 

 

「相反するから別々の存在で、最初から交われない。知りながらも、秩序を捻じ曲げて成し遂げた」

 

 

ユーノの声は少し暗い。

言葉には出さないが、脳裏には過ちを知りながら突き進んだプレシアが浮かぶ。

 

 

結論は、ユニゾンデバイスを生み出した。

リンカーコアと直接接続させ、体内に取り込むことで人機一体を推し進める。

理論的には不可能ではない。現実に、インテリジェントデバイスとマスターの関係では似たような現象が起きていたことを観測している。理論的に不可能ではないのならば、可能なはず。微妙に、そして些細な齟齬を含んだ、しかし理論を重んじる科学者にとっては検証によって否定されるまでは正しい理屈。

 

だから、いつも悲劇は終わってから悔やまれる。

 

ある者はデバイスを制御できず、リンカーコアを破壊されて廃人となった。

ある者はデバイスの人格と自分の自我の峻別ができなくなり、デバイスに主格を奪われた。

もっと酷い事例は数多報告されたが、それらをオブラートに包んで悲劇は語られる。

 

不可能事だった。ユニゾンデバイスは悲劇をもたらすだけ。

ほんの、それこそ砂漠の砂の一粒ほどの確率でしかユニゾンデバイスの適合者は見つからなかった。

 

 

 

「端的に言うとね、ユニゾンデバイスは絶大な効果を発揮するとの引き換えに数えきれない犠牲の上にしか、成立しない欠陥品だったの。だから、管理局はその製造も使用も禁止し、発見した場合は押収するようにしているわ」

 

そもそも、長年の研究によって適合者がいなければ使えないので非合法な実験もあまり行われていない。

 

「何か、話が逸れちゃったけれどユニゾンデバイスにもマスターは居るんだ」

「でも、そのマスターって強いんじゃないんですか?」

 

守護騎士のマスターなのだ。

直接は会ったことのないザフィーラも入れれば五人。

あれ以上の強さを持っていると考えるのが自然だ。

 

「そうでもないわ。記録では、マスターは魔力蒐集が完了するまでは守護騎士よりも弱いということになっているの」

「つまり、マスターを先に倒せば・・・」

「そう、倒せる可能性がある」

 

 

一筋の希望。

短期間で守護騎士を超えることは難しいが、マスターだけを狙うのならば難しくない。

難題があるとすれば、マスターを探し出すこと。

 

 

「・・・待って」

 

 

微妙に退屈そうだったセーラが、待ったをかける。

 

 

「アルカンシェルで・・・吹き飛んだ・・・はず・・じゃないの?」

「あ・・・」

 

クライドの命と引き換えにアルカンシェルの一撃で、闇の書は破壊されたはずではないのか?

 

「そもそも・・・前回のマスターと今回のマスターは・・・同一人物・・・?」

 

同一人物だとしたら、十一年前の時間が空いたのは何故?

 

 

「“闇の書”には、まだ僕らの知らないルールがあるってことか・・・」

 

 

守護騎士を回避する裏ルートでも、完璧ではない。

 

 

「あの・・・その調査を僕に任せてもらえませんか?」

「ユーノ君?」

 

何をどうすればその発言が出てくるのか・・・というわけでもないが、買って出たユーノ。

全員の視線が集まる。

 

「確かに・・・人選としてはこの上ないわね」

 

古代文明の発掘では次元世界屈指のスクライア一族の若き英才。

管理局の有するデータベースを彼に任せてみるのも、手の一つだろう。

グレアムは協力してくれているが、どうにも管理局全体でこの件を内々に処分したがっている節もある。身内を使うのが得策だろう。

 

 

「それじゃ、調査はユーノ君に任せるわ。詳しい話は後にするけれど、何とかして管理局のデータベースも使えるようにするからお願いね」

「はい」

 

 

グッと拳を作り、ユーノは意気込む。

 

 

(ユーノ君・・・)

 

 

少し焦っているのではないか。

人のことばかり言えないが、なのはにはユーノがそう映った。

 

それも、これまでの話のスケールが大きすぎてなのははしっかりと考えることができなかった。

十一年前のヨートゥン戦争。

その終結間際に起こった、“闇の書物”の暴走とクロノの父親の死。

現代に蘇った“闇の書”。

 

 

リンディとクロノを覗き見るようにして窺う。

平静に見えるが・・・どことなく、様子がおかしいのは勘違いではないはず。

大切な人を奪った仇。

 

さっきのクロノの反応ひとつをとっても、複雑な心境になる。

大切な人を失うことの恐怖は・・・もう味わった。

なのはにとっての恭也の失踪。

ちらりとフェイトを窺う。フェイトにとっても恭也―――ガルムを失ったことと重なる。

けれども、自分達の場合は誰かのせいというわけではない。それは仕方のない覆しようのなかったこと。クロノとリンディは“闇の書”のせいだと言える。

 

負の感情の矛先がある。

 

それがどういうことになるのか、幼く人生経験の浅いなのはには解りかねた。だが、それが良いことではないだろうという漠然とした予測ぐらいはできた。

 

 

(・・・敵の正体は解ったけれど・・・)

 

 

これで本当に良い方へ向いたと言えるのだろうか?

 

フェイトは重たい悩みを抱えているらしく、前回の戦闘から様子がおかしい。

ユーノは突然、徹底した裏方に回ると言い出す。

頼りになるはずのクロノやリンディは仇の出現に冷静でいないような感じがする。

御雫祇やセーラは最初からあくまで部外者を貫くつもりだ。

言っては悪いがアルフやエイミィは、場の良くない雰囲気に流されている。

 

かく言う自分だって、モヤモヤした悩みがつきまとってるせいか精神的に安定しているは言えない。

それが自覚できているだけでも良いが、だからと言って解決にはならない。

 

悪い流れだ。

例えるなら、調子は悪くないのにここで一番で勝てない野球やサッカーの試合のようなもの。

 

何かが決定的に欠けている。

けれども、その何かが解らない。

 

ジレンマという言葉が解らずとも、なのはは簡単には解決できないことは解る。だからこそ、より重荷となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なぁ、恭兄ぃ」

 

 

鍋パーティーも盛大かつ円満に終わり、寝る支度を終えてベッドへ潜りこんでいたはやて。

車椅子を動かし、はやてが夜中に目が覚めても大丈夫なように整理をつけている恭也へ声をかける。

 

 

「もう歯磨きをしたのだから、間食はダメだぞ?」

「え〜・・・そないなこと言わんと、あと少しだけ――――って、何でやねん!」

 

裏手ツッコミ、ビシィッ!!

 

「良い仕事したわ・・・じゃなくて、どうしてそうなるん!」

「・・・俺は何も言ってないが」

 

ノリツッコミから、一人で納得してからのツッコミ。

新たな境地を開拓してしまったことが嬉しくも悲しい。

そうだ。嬉しくも悲しい。

 

 

「みんな、ウチに隠し事してるのはなんでなんやろう・・・」

 

間を茶化してからではないと聞けなかった。

 

「・・・ホントはな、ウチも解ってる。別にウチが嫌いだからとか、そういう訳じゃないってことも。でもな、それでもな・・・・なんか、辛いんや・・・・・・」

「そうか・・・・・・」

 

恭也は、それっきり口を閉ざした。

帰ってきたシグナム達は普通を装っていたが、はやては敏感に何かを察していた。

察していても自分を嫌ってではないことを分かっている。嫌われているわけではないが、隠し事からくる疎外感が陰を落とす。

 

ただの不安。今が幸福だからこその、落差に戸惑う。

だから、恭也は黙ってはやてを胸に抱いてやる。

聡いはやてはその意図を半ば理解して、大人しく顔を埋める。

 

 

「ズルイなぁ、恭兄ぃは・・・」

「ああ、俺はズルイ・・・知っているだろう?」

「うん」

 

 

でも、そのズルさにずっと救われてきた。

恭也も嘘を吐く。隠し事をする。

けれども、それは優しい嘘。心地良く、騙されたくなる。

 

はやても薄々気付いている。シグナム達が自分に黙って何か魔法に関係することを行っていると。

恭也の優しい嘘に慣れているはやてには、少しそれが辛い。

恭也が甘やかしてきたツケではあるが、はやてが乗り越えなくてはならない人生のハードル。

 

 

「ウチも、強くならなアカンなぁ」

 

 

あの子達のお母さんを名乗る以上は、と笑みを交えて。

 

 

「そうだな・・・いつまでも甘えていられると思ったら間違いだぞ」

「えー・・・」

「えー、じゃないだろう。はやては、甘える側ではなくて甘えさせる側になるんだからな」

 

抱きしめたまま、頭をわしわしと撫でる。

 

「不公平だー!」

 

本心ではなく、冗談。

 

「そうでもないさ・・・結局、どこかで誰かに甘えているものだ。気付かない内にな」

 

冗談を知って、答えを返す。

 

 

「じゃあ・・・恭兄ぃも・・・?」

「ああ、俺だって例外ではないさ・・・」

「そうは見えへんけどなぁ・・・」

「大人になるほど隠すのが上手く―――不器用になるものだ、こういうことは」

「あはっ」

 

 

要するに、格好つけたくなってしまう。

 

(だからだな・・・・・・)

 

子供にはとても簡単な答えを、大人は見ないふりをしてしまう。

物分かりの良いふりをして、言葉を弄ぶことで尤もらしい理屈を捏ね回す。

 

 

(そして悲劇だけが莫迦みたいに積もっていく)

 

 

その一つが、プレシアだった。

自分ではない自分が引き起こした、悲劇の一つ。

そして、間もなく引鉄が引かれるだろう新たな悲劇の見せ場。

 

 

 

「はやて、心配するな・・・」

「そうやな・・・うん、何か久し振りに恭兄ぃに甘えたら元気が出たよ」

「そうか・・・」

 

つっ、と胸元から離れたはやては照れて頭を掻きながら、はっきりと伝えた。

改めて実感する。良い子だと。そして、強い子だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。なのは達との戦闘があった守護騎士達も今日ばかりは動かない。

魔力の回復も含め、大人しく寝ている。

 

恭也は二階のテラスへ出る。

恐ろしく気配のない動きで。幽霊と言われても信じてしまうほどの。

そのままの動きで靴を履いた足をテラスの壁にかけると、跳躍。軽やかな軌道を描いて、庭を越えて道路へ着地。そのまま何事もなかったように歩き出す。

 

夜の散歩にしては、明らかにおかしい。

そして用事もありそうにない。

 

いや、用事はある。

八神恭也ではなく――――ゲートキーパーズのガルムのとしての用事が。

 

 

 

目的もなくぶらぶらとしているように見えて目的地は決まっていた。

最初から知っていたわけではなく、恭也にしか分からないように符牒が施されている。

懐かしい記憶が喚起される。

 

 

そして、どこにでもありそうな駐車場。

敷き詰めたアスファルトが所々で罅割れてペンペン草が生え、月極駐車場の看板は錆が浮きて印字も読めなくなりつつある。日本全国探さなくても町内に一つはありそうな駐車場。

 

 

 

一歩。

踏み入れた、虚空。

 

 

 

当たったと錯覚する槍撃が二つ、耳の側を抜けた。

恭也はその槍撃を知っていて反応せず、全く重心をブレさせずに歩みを続ける。

 

 

「良い挨拶だ」

「そうか」

 

チャコールグレーの三つ揃えを着込んだ男――――ディアルムドは、合図することなく駐車場に止められた大型トレーターへ乗り込んでいく。その手には、先ほどの槍撃を放った槍はもうない。

恭也は黙って従い、トレーラーへ乗り込む。

 

トレーラーの中身は、スパイ映画に出てきそうな機械類に埋め尽くされ、その奥にSFチックな応接スペースが設けられている。

機械類を操作しているスタッフは何故か、普通に恭也をスルーする。

 

 

 

「さて、こうやって顔を合わせて話すのは――――十一年ぶりか」

「そうだな。お前が烏大老(ウーターロン)の勧誘を受けて以来だからな」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

会話が続かない。

応接セットに座り、さし向いになっても。

 

 

「あの子を、護り来たわけではないのだろう?」

 

 

先に沈黙を破ったのは恭也。

 

 

「逆だ」

「今回は敵同士か」

 

 

ディアルムド=ウア=ドゥヴネは、八神はやてを殺しにきている。

ならば、恭也は全力を以てその殺意と、この至高の騎士を排撃しなければならない。

別段驚きはない。十一年前に袂を別ってから、多分こうなることを予期していた。

 

笑みが浮かぶ。互いに。

何と莫迦正直で律儀なのだろう。

俺はお前の大切な者を殺す。お前は全力で大切な者を護ってみせろ。

 

その会話なのだ、これは。

一種の儀式なのだ。

裏社会に染まり、取り仕切る側になっても騎士時代の癖が抜けない。

 

 

「グラーバクはお前を殺しに来ているぞ?」

「知っている。だが、私を止められる敵は、恭也か絢雪御雫祇だけだ・・・それに、どの道、夜天の魔導書さえ破壊できれば私はそれで十分だ」

 

死ぬというのなら、十一年前に死んでいる。

 

「片手前に管理局の―――ああ、そうだ、ハラオウン親子を血祭りにあげようかとも思ったが、恭也が相手では難しいと思って諦めかけているところだ」

「・・・むしろ、そちらを殺す方が本題に近いと思うが?」

「見解の相違だな。片手間にやるかもしれないが。私にとっては、終わらせることが優先される」

 

 

恭也は、納得はしないが理解はした。

所詮、復讐ではなく、無意味で根拠のない使命感の産物なのだ。納得するほうが困難。

 

「ディアルムド、お前は存外、卑怯だな」

「知っている」

「・・・なら、もう俺から言うことはない」

「次に会う時は、互いに殺すことになる」

「楽しみだ」

「ああ、楽しみだ」

 

 

満足を得て、視線を切る。

儀式は終わりを告げていた。

 

ディアルムドは見送らなかった。

恭也も見送りを期待などしていない。一人、トレーラーの外に出て家路につく。思いの外、沈黙の時間が長かったのか空気はより一層冷たさを増している。

 

今年のクリスマスには雪が降るとの予報もある。

 

冬特有の澄んだ夜空を見上げながら、遅ればせながら胸の蟠りを自覚した。

何のことはない。大きな失敗をしでかしたときに感じる心の引っ掛かりだ。

自分はかつてと同じ失敗をした。

 

十一年前、ぶん殴ってでもディアルムドをバーテックスへ行かせるべきではなかった。

 

 

 

「はぁ・・・どうにも、救い難いな俺は」

 

 

PJ―――パトリック、俺はお前の犠牲をまた一つ無駄にした。

許してくれと言える立場ではないだろう。

結局、彼が命を賭けてまで俺に託してくれた世界を最後まで救ったのは、俺ではなかったのだから。

 

 

 

「俺の道のりは、まだ長いな」

 

 

復讐であり、贖罪でもある今。

最初から終わりなどないのだ。

 

 

 

 


あとがき

 

今期のHITは、内容的にFateの士郎を超える主人公補正の掛った“とある魔術の禁書目録”から。

女教皇こと、神裂火熾でした。シグナムと被ってるーとか思ってませんよ?

でも、あのエロエロ〜ンな格好は反則だと思います。内容はそっちのけで、神裂コールでした。

 

 

超久しぶりになる更新。

すいません、他の書いていて思いっきりサボってました。

 

そろそろ、十一年前に何が起こったのか推理できる材料が揃ってきました。

原作でちょっと不思議に感じるのは、闇の書に対してリンディやクロノって淡泊なんですよね。憎悪みたいな負のベクトルが感じられない。グレアムに対してのクロノの決め台詞も、それまでの過程であんまり悩んだ素振りがないので、違和感でしたし。

 

そう言えば、サウンドステージでアフターストーリーが出るそうで。

うむ、困った。もはや設定を取り入れる余裕がござりません。これはスルーということで。

実はですね、すっごいifの話で、八岐徹がリリカルStSに出てきたらどうなるかで妄想が膨らんでいるわけでして、一度こいつでネギま!?とのクロスもの書きそうになりましたし。

 

 

自重しろ、私。

しっかり、As編を完結させるんだ!




管理局やシグナムたちとは別に裏でも何やら動き出している感じ。
美姫 「過去に関するキーワードっぽいものもちらほらね」
うーん、益々続きが気になります。
美姫 「早く続きが読みたいわね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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