「それが、管理局が我々に押し付ける結論か―――っ!!」

 

 

反統合派の首魁は、円卓に拳を叩きつけ反対側に座る統合派の首魁を殺せそうな眼で睨みつける。

しかし、睨まれている統合派の首魁からは何の反応も返ってこなかった。

 

 

「そういきり立たずに。落ち着いて話し合いをしましょう」

 

 

どことなく憔悴している統合派の首魁に代わって応じたのは、ちょうど二人から等距離で三角形の頂点に位置する場所に居る人物。制服から管理局、肩章から提督であることが知れる。管理局の全権委任を受けた特使である提督は、多少の驕りはあるものの冷静な語り口はキレ者であることを伺わせた。

 

 

「落ち着いて・・・か。なるほど、管理局らしい発言だ」

 

 

皮肉る反統合派の首魁の言葉にも、提督は動じない。それが余計に苛立ちを募らせることになるのは提督も承知の上だが、皮肉に乗れば感情論の応酬になってしまう。

 

 

「そもそも、これは我々ヨートゥン世界の政治決定を行うための場ではないのか?」

「ええ・・・そのつもりです」

 

 

統合派の首魁が絞り出すように肯定する。戦争前には互いに知らない仲ではなかったが、随分と老け込んだな、と反統合派の首魁は思った。人の事を言えた義理ではないが、自分以上の老け込みかただ。お互いに溜め込んだ心労は並大抵ではないことを如実に表している。

 

 

「今更青臭い屁理屈を言うつもりはないが、最終的にこの戦争の方向性は管理局の意向に沿った形になるということか?」

「我々もそこまで露骨なことはしません。当初、管理局が提示した条件を呑んでいただければ如何様にも」

「ふん、都合の良い話だな」

 

 

その条件を呑めない者達の首魁たる自分の前でぬけぬけと言ってみせる面の皮の厚さには脱帽する。

そして、呑めないがためにこの世界は戦争へ突入し、軍人・民間人を問わずに多くの人々が死に、難民生活を強いられている。管理局にとって所詮は外野の戦争に過ぎない。提督はその考えを察したのか、さも心外だという顔をする。

 

 

「気に入らないというのは理解できますが、管理局とて少なくない数の局員の犠牲を出しています」

「それは大変だったようだ」

 

 

特に感慨も見せず、言い捨てた。開き直った盗人の理屈に付き合いきれなかった。

 

 

「・・・自分の世界だけしか見ていない貴方がたには到底理解できることではないでしょう」

「“大局的見地”というのであれば、政治家は多かれ少なかれやっているものだ。私とて、自分だけを清廉潔白な政治家などと思ってはいない。だが、それ故にだ。貴様ら管理局は管理局の、我々は我々の理屈があり、大義があり、方向性がある」

「仰る通りです・・・・が、その曲げられないお互いに理屈のどちらかを決めなくては先に進めず、結果として決定手段に戦争を用いたのが、今回だったはずですが?」

 

 

憎たらしいほどに正論過ぎる。立場上、殺してやりたいほど腹が立つものの、この提督のことをそんなに嫌いではなかった。少なくとも行き過ぎた正義論を振りかざす阿呆や、専制的に管理局の支配を望んでいるわけではない。ただただ、確信犯的に正義の味方である管理局をやっているだけなのだ。

 

 

「我々統合派とて、好き好んで従っているわけではないのだよ・・・」

 

 

それまで黙っていた統合派の首魁が、再び絞り出すように話し始めた。

 

 

「だが、このワートアートの地下にある、あれを見てしまえば従わざるを得ない」

「地下?ここの地下だと?」

「・・・今となっては、隠しても無駄でしょう提督」

 

 

老け込み、衰えた視線ながら微かに提督はたじろいだ。疲れた者特有の捨て身が垣間見えたせいだろう。

打ち合わせにないことだったらしく提督は数瞬考え込んでから頷いた。

 

 

「どの道、条約締結後にはお知らせすることです。頃合いでもあります」

 

 

空間モニターを表示し、操作を進める。データリンクによって会議室内の中央に三次元映像として投影されたものは、発掘現場と兵器格納庫が混在したような場所だった。岩盤が剥き出しの部分もあれば、補強のために建材を打ち込まれた部分もある。掘削を続ける作業員がいる一方で、研究員らしきドクターコート姿の職員が数人で打ち合わせている。

 

 

その場所の中心。正確には、スポーツの競技場が二つ、三つとすっぽり収まりそうな広大な空間の中心。

あえて言われずとも、二人が口にしたあれがどのことを指しているのかすぐに解った。

 

鋏のない巨大な蟹、というのが一番近い表現だろう。甲羅部分―――背面というか、上面には錫色の球体が6個、しっかりと搭載されている。転げ落ちにそうないため、最初から搭載できるようになっているらしい。左右対称10脚の脚部による稼働を前提にした、兵器。

ただ、繰り返しになるがその大きさが普通ではない。次元航行艦の標準サイズとは比べ物にならないほどの大きさがある。1000mを優に超える大きさはそれだけで脅威であり、この大きさの兵器が動くこと自体が信じられない。

 

 

 

「古代魔法文明の・・・遺物か」

 

 

 

反統合派の首魁は呻く。現在の魔法文明にこれほどの兵器を開発する技術はないはずだ。

何より、質量兵器の使用は絶対的に禁じられており、そもそものノウハウが存在しない。

鋏のない蟹の周囲にはこちらが甲殻類ならば甲虫類によく似たほぼ同じサイズの兵器が4体も周囲を取り巻くように鎮座している。

 

 

「現在、調査継続中ですが、おそらく手順を踏めば起動させることが可能と思われます。そして、現状この兵器が稼働した際に及ぼす被害は―――ヨートゥン世界を灰燼に帰すことができるほどです」

「莫迦な・・・有り得ん」

「大破壊をお忘れですか?御伽噺になりつつある、過去の事象ですがこの遺物こそが事実であった証明です。間違いなく、この遺物にはそれだけの力があります」

 

 

お分かりになりますか、その危険性が。提督の語り口、そして眼はそう言っていた。

 

 

「・・・我々の手に負える代物ではない。そう言いたいことはよく解った。単純に世界支配を望む思い上がりの組織でもないこともな。だが、結局のところこれを手にした管理局とて人間だ。いつか、これを使うことになる」

 

 

だったら、そこにヨートゥン世界が自前で処理するか、管理局がその管轄下にあるのかで差異はない。ただ、それは他の次元世界の安全保障の名のもとに行使される、やはり内政干渉だ。

 

 

「それが、管理局の負うべき悪徳であれば喜んで」

「詭弁が巧いな・・・だが、大義のために小義が呑まれ、犠牲がつきまとうことは我々とて変わらない」

 

 

生きることに綺麗事は必要だが、生きて行くことには不要だ。

提督が言ったように、反統合派は事情があるにせよ戦争継続が困難になる前に早期決着をつけるべく、自分達の手で戦争の幕を下ろすことにしたのだ。今までの皮肉も、所詮は悪あがきに過ぎない。

 

 

「それでは」

「細かな条件は詰める必要はあるが、今日の調印式には協力しよう」

 

 

反統合派の首魁は、立ちあがる。他の二人も続いて立ちあがる。

提督が親愛の証にと差し出して手に、反統合の首魁は黙って首を横にする。

 

 

「実利上の選択と、私の信念は交わらんのだよ」

「だから、私も求めたのですが」

「はっ・・・とことん気に食わない人間だよ、君は」

 

 

負け惜しみだよ、と付け加え口の端を吊り上げた反統合派の首魁は出口から歩み去った。

統合派の首魁は、疲れ切ったようにどすんと椅子に腰かける。提督は心労を察して、あえて何も言わず空間モニターを操作する。見せてしまったとは言え、発掘された遺物に関しては極秘事項であり、管理局でもまだ一部しか知らない。

 

機密保持のためのパスワードを打ち込んでから、三次元映像を閉じた。

その時にもし、映像を見ながらであれば気付けたかもしれない。

 

 

 

―――鋏のない巨大な蟹の10脚が本体を浮かせている場面に

 

 

戦争終結の記念日が、この世界最期の日となることに気付けたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝。起きて、周囲を見回し、寝ていたベッドを触って確認する。

それでここが高町家の自分の部屋であると、なのはは安堵した。待機モードの[レイジングハート]と挨拶を交わし、身支度を整えて姿見の前に立つ。そして、溜息。

 

 

「あ、おはよう、なのは」

 

 

階下のリビングに入ると真っ先に美由希が挨拶してくれた。それに挨拶を返すと、士郎、桃子、美沙斗が続いてくれる。

配膳の手伝いをして、席に着いて、家族揃って「いただきます」と言ってから朝食が始まる。特に珍しくもない献立だが、家族で食べる風景に心が和む。

 

 

(これが・・・私の日常)

 

 

食べ終われば学校に行く。学校で勉強して、アリサや鈴鹿と遊び、家に帰ってからは塾に行くこともある。それでも最後に家へ帰るサイクルは変わらない。ルーチンワークのように同じことを繰り返されているように見えて、実際はちゃんと違う毎日。

ユーノと出会い、魔法を使うようになってからはそれも生活の一部となっていた。我武者羅に突き進んでフェイトと戦い、友達になった。今ではごく当たり前に魔法を使い、戦うようになっている。けれども、それは本当に日常たりえているのか。昨日の夜からずっと頭にこびりついて離れない。

手が自然に頬へと伸びる。化物のような容貌をしているドレットノートからビンタされた頬に、その跡は残っていない。9歳の子供らしい柔らかな頬に跡は残っていなくとも、張られた感触は思い出される。叩かれたことに不満も恨みもない。逆に感謝しなければと思っている。

あの一発がなければきっと自分は心の均衡を崩していた。その果ては―――プレシアのようになっていたかもしれない。ドレットノートのおかげで踏み止まることはできたが、あの時のことを思うと胸がギュゥッと締め付けられるように苦しくなる。

 

 

「なのは?」

「え?」

 

 

名前を呼ばれて気付いた。家族の視線が自分に集まっていた。

箸が止まっていて、物思いに耽っている姿が不自然に映ったらしい。

 

 

「顔色が悪いけど、気分が悪いの?」

「あ、え、ううん、そんなことはないよ」

「本当に?」

 

 

隣に座っていた桃子が額に手を当てて、自分の体温と比べる。

 

 

「んー、私より冷たいぐらいだから大丈夫かな」

「だから、大丈夫って言ったのに・・・」

「そうなんだけどねー。ウチの家族ってみんな倒れそうになってても平気な顔して嘘つくから心配なのよ」

 

 

ギクッ、と桃子以外の全員が震えてから箸を動かす手が全員止まった。胸に手を当てて考えると山ほど心当たりの出そうな面々ばかりだった。爽やかかつ、茫洋としていたはずの朝の食事風景が一気に気まずくなる。士郎らになのはも含めてみんな一斉に明後日の方角を見ながら、味噌汁を吸う。四人の共通認識として、一人ニコニコとしている桃子がやたらと怖く見えていた。

我が身が当事者となって初めて、なのはも桃子がニコニコしながら心は般若なのだと解った。恭也が小さく唸りながら嵐をやり過ごすかのように沈黙していた理由が痛いほど分かる。あの頃は何でかと思っていが、なるほどそれは一番無難な方法だ。

 

(ありがとう、お兄ちゃん………)

 

感謝するべきところではないが、内心には誰もツッコミを入れてくれはしない。恭也も好き好んで編み出したわけではなく、生来の口下手―――と本人が思っているだけで割と口は巧い―――であるため、無難な方法を結果的に選んだだけしかないのだが、それはこの妹に理解できるはずもなかった。

 

 

「ちょっと考え事してただけだから、本当に大丈夫だよ」

 

 

色々磨く羽目になった誤魔化しスキルで、体調不良説を打ち消しておく。

相談するにしても、内容が内容だけにし辛い。恭也はこういう時に、拙い比喩の話をしても適確に回答をくれていた気がする。改めて考えると成人したばかりでよくできたものだと感心してしまう。

 

出し巻き玉子を咀嚼しながら、なのはが思い返すのは戦いの記憶。悩みの根源はそれに尽きる。

フェイト、ユーノ、クロノと言った新しく“友達”になれた皆が属する“魔法が当然の世界”。自分も魔法を使い、当たり前のように魔法を鍛錬していた。元々、魔法の無い世界で生きていた自分が。

 

 

半殺しの目に合いながらも戦意喪失せず迎撃の構えすらとるザフィーラ。

瀕死を無視し迎撃の構えを瞬時に看破してなのはを止めたドレットノート。

存在するだけで殺されそうな程圧倒的なディアルムド。

勝てないと確信すれば仲間を置き石にして即座に撤退へ移る守護騎士達。

 

 

そう、生きる世界が違うのだと初めて肌で実感した。

願いや望みと言った純粋なものを剥ぎ落して、貪婪に手段である戦いの結果だけを追い求めた姿に当てられた自分に身震いしそうになる。恐怖や危険に対しての情緒がすべからく停止していく感覚は思い返すと、恐ろしかった。

そこには大切な人を想う心も、何かを護りたいと願う心も、ない。機械的に行動していき、きっと後戻りできないところまで突き進んでしまう。

 

けれども、高町なのはが彼ら、彼女らを超えられない理由はそこまでの覚悟がないからだとしたら?

 

なのはは、明後日の方向から戻ってきた美由希へ視線を移す。

恭也は、御神の剣士の才能において自分よりも美由希の方が遥かに恵まれていると語ったことがあった。恭也が十の努力を払って身に付けたものを、美由希は一とは言わないが三で身に付けることができる。有限である命において、その差が剣士の技量に齎す差は絶望して余りあるものだが、美由希は恭也に勝ったことは一度もなかった。そして、負けて愚痴る美由希に技術的な講評を美由希に対して特有の皮肉を交えて下した後に、必ず剣を握る者の心構えを説いていた。

心構え。魔法を使う者―――魔導士としての心構えが、高町なのはには欠けているから進歩を妨げているのではないか。だが、その心構えとは守護騎士やグラーバクのように人の死に対する感受性を鈍磨させるものなのか………そうであれば、なのはには受け入れられないかもしれない。

 

そこに至るということは、食卓を囲むこの団欒さえも楽しむ感受性を喪失するのではないか?

 

はぁ、と深刻な溜息で家族から心配の視線を受けることに気付かず、もしゃもしゃと朝食を咀嚼するなのはだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《アンタ、疫病神にでも憑かれてるんじゃないの?》

 

親友からの第一声に、リンディはどうリアクションを返したものか悩むことなく、笑顔で受け流した。そんなことは一々言われずとも分かっている、と。

定番になりつつあった地球の家ではなく、アースラの会議室。リンディはエイミィと二人だけで、本局のレティと連絡をとっていた。それでイの一番に言われたのが上の台詞。

 

《バーテックスの117部隊、それも特S級のディアルムド=ウア=ドゥヴネとユアン=オンリーの二人に、ガルム一党とか普通に考えて有り得ないわよ?》

 

資料をスクロールさせながら、宝くじに連続一等当選するぐらいの話よねと言いながら気遣うような笑みを浮かべているのが、いっそ腹立たしいぐらいだ。

 

「良ければ代わってあげるわよ?」

《謹んで遠慮しておくわ。私の処理能力じゃ、確実に手に余るもの………ホント、あのジジイ―――じゃなかった、長官も泡食ってるわよ、今頃》

 

良い気味だとも思うが、巡り巡っての尻ぬぐいは現場に回ってくるので諸手を上げて喜んでいる場合ではない。

それに事態は管理局の権力闘争の色合い帯びてくる。海軍が独断専行でバーテックスの最精鋭部隊討伐に動き、突いた藪からはただの蛇ではない、睨まれただけで殺されるような魔蛇が飛び出してきた。

 

「あの人が泡食おうが、泡を吹こうが知ったことでないけれど、本局はどう考えているの?」

《緊急の統幕会議を開いているみたいだけれど、具体的にはまだ。一人一人が、次元世界一つ分の軍事力を超越しているような化物なのに、それが最低でも三人以上出てきてるのよ?一朝一夕では、ってところよ》

 

本音としては、二人ともとっくに分かっている。

対処のしようがないのだ。魔導士ランクに換算した場合に、太刀打ちできる魔導士が管理局に居ないわけではないが。アライアンスもこれが一人だけであれば周到に準備を整え、討伐の可能性を引き上げる方法も使えるが、駆け引きまで込みにされて多人数ともなれば成功率は天文学的数値になる。

 

現状、手元にある戦力で拮抗できるのは絢雪御雫祇一人だけだ。

 

 

「正直、こちらは『闇の書』の守護騎士の相手が精一杯よ。その上で、あんな化物達と戦えなんて言われても到底無理ね。今でも死人が出ていないのが不思議なぐらいよ」

 

リンディは自分の不利な状況をしっかりと把握していた。

 

ディアルムドやガルムのような人間辞めた規格外ばかりが居るからパワーインフレっぽくなっているが、なのはやフェイト達のAAAランクでさえ次元世界広しと言えども少ない。Sランクともなれば更に数が減る。AAAランク以上ともなれば次元世界数千億の中でも、僅か四千人前後しかいない。

だからこそ、管理局は次元世界の軍事力にも戦力保有協定を締結させて偏りが出ないようにしている。実質的に教導十二課と武装七課は例外となっているが、それ以外は戦力保有協定に従っている。

 

それを考えれば、今のアースラの戦力は異常に過ぎる。それでもなお足りないほどの事態。

 

 

「上層部が、戦力増強をどうするかはまだ不透明だけど……貴女の置かれている立場は非常に拙いわよ」

「解ってるつもりだけど、改めて言われると重いわね。最初はこんなはずではなかったのだけれど………」

「ガルム一党は管理局の暗部に近過ぎる。バーテックスは強大な上に管理局と癒着している可能性が大きいから、裏取引が進んでいる。それとは別にドゥヴネ卿の身柄は聖王教会とベルカから圧力が掛ってる。その上、隠蔽した十一年前のヨートゥン戦争まで関わってくるなれば―――」

「私が詰め腹を切らされる程度で済めば良い方ね」

 

自然とこみ上げる苦笑い。けれども、レティは真面目にしなさいとは怒らずより苦々しげな表情を浮かべるだけだった。茶化しに失敗した後味の悪さに溜息を二人してつく。

 

「今更、リンディの覚悟を問うようなことはしないけど、あの子達は最低限守ってあげたいわね」

「それは当然よ!―――過程がどうあれ、フェイトさんやなのはちゃんをこちら側に引きこんだのは私なんだから」

 

魔法に関わることが、魔法の存在しない次元世界にとって幸か不幸かと問われれば不幸と答えることになる。地球において核兵器の管理が当然ではあるが、異常なまでの厳格さで管理されるように、魔法もまた厳重な管理体制が敷かれている。

常識としてそれらを知るのと、後発で組み入れられることには雲泥の差がある。特になのはに管理局の抱える負の側面で累が及ぶことは、憚られる。それは士郎と桃子に説明したものとしての後ろめたさであり、子は違えども同じ親として申し訳なく思うから。

そして、フェイトはただでさえ生まれが管理局の暗部によるものである。立ち直りつつある彼女が再び管理局によって居場所を奪われるようなことはあってはならない。

そう考えるほどにはリンディ=ハラオウンは常識人だった。同時に、夫の死から今までに至る管理局への不信感の原因を探る駒にしてしまっていることに対する、後悔と後ろめたさの発露でもある。

 

レティは長い付き合いでその辺のことをあえて口に出さずとも知っている。分かり易過ぎるというのもある。夫の不可解な死に対する行き場のない激情の捌け口を職務に向けた親友にとって、同じ状況を他人に与えてしまうことに耐えきれない。

理由はどうあれども、立派な心掛けだと素直に感心する。しかし、人と違うことをすれば何かしらの反作用がある。大なり小なりレティにも経験はあるが、親友ほど波乱万丈ではないため規模が違う。レティはその反作用が何かを肌で感じていたが、それを直接言ったことはない。

言えば友情に亀裂が入るから。それも大きな理由だが、言ったところでどうなるものでもないとも思っていた。けれども、なのはやフェイトに接する態度をこうして見せられると言わなければならないのでは、とも思うのだ。

 

「あの子達も、だけど他の部下もちゃんとしてあげなさいよ?」

「ええ、当たり前じゃない」

「………私があまり言えた義理じゃないかもしれないけれど、今回の件が本当に詰め腹では済まない可能性が高いのよ。関わった全員が路頭に迷うことだって有り得る。その意味は次元世界を知る私達にどれだけの意味があるのか分かる?」

 

次元世界を統括するための次元管理局は管理世界の社会に深く根ざしている。特にミッドチルダでは統治の行政府よりも上位の組織として君臨し、事実上の統治機関となっている。

そして、魔法を扱うことは本人の資質によってあらかじめ決まっているため、優秀な資質才能を持った者は他では考えられないほど早い段階で、青田刈りされる。なのはやフェイトは幼いが、それでも事例が過去になかったわけはなく、少なくも無い。クロノやエイミィ、セーラはそれらに含まれる。

管理局にとって有為な人材育成。聞こえは良いが、極論すれば“管理局という枠組みでしか生きていけないように教育を施す”ことに他ならない。如何に管理世界でも管理局の局員以外の職業がないなどということはない。しかし、特異な環境で生きた者がそれ以外の環境で生きて行くことの辛さは厳然としてある。施された英才教育は問題なく能力を付与しており、それを駆使すれば局員以外の職業でも十分通用するが、問題は能力的なものではなく、環境への精神面における適用能力に他ならない。

単純な言い方すれば、サッカー選手がサッカーしかできないために引退後の生活がままならなくなるように、管理局員は管理局での勤め方しかできないために思考停止に陥り、ばらばらと身を持ち崩していくということ。

 

そうなってしまうことは上官の責任ではないが、少なくとも上官が受ける処罰の巻き添えで管理局から居場所を奪われることには責任がある、

管理局の暗部に手を突っ込んだ代償は自分の火傷だけで留める。果たしてそれができるかすら怪しい雲行きになりつつあるが、全力を尽くす覚悟があってリンディは動いていた。

 

「出来得る限りのことはするわ………」

「そう。今更かもしれないけど、あえて言わせてもらったわよ」

「良いわよ。よかれと思って言ってくれたって分かってるから」

 

レティも他人事ではない。関係者では二人が盟友であることは周知の事実。

リンディが責任を取らされる時には恐らく、一緒に処罰を受けることになる。それは覚悟の上で、協力している。提督まで上り詰めたレティであれば管理局を辞めることになっても、身の振り方は考えることができる。

 

だからこそ、自分より他人のことが気になる。特に、近視眼的になっているような気がしてならないリンディのことは。

 

「それじゃあ、あえて聞くけれど………クロノ君はどうするの?」

「え?」

 

まるで埒外のことであるかのような反応に、レティは溜息を吐く。

 

「え、じゃないわよ。自分の息子のことよ。あの子の扱いはどうするつもり?」

「それは………あの子の決めることよ」

「杓子定規な答えが聞きたければ、私もわざわざ聞いたりしないわよ。クロノ君は執務官として動いているから、厳密には指揮下にあっても貴女の部下ではないわ。上官命令は通用しないのだから、一緒に詰め腹を切らされることになるわよ?」

「だからこそ、それはあの子が決めることなのよ。クロノは立派に執務官として務めを果たしている。確かに私は親であるけれど、だからと言ってあの子が全うしようとしていることに対して口出しをすべきではないと思うの」

 

それは聞こえの良い理屈だ。レティはそう思う。

親が子の職業倫理に口出しするのは野暮というよりも過干渉だ。しかし、それをしてしまうのが親だ。

我が子が可愛くない親など居ないと一般常識を振りかざすような真似こそしないが、“他人の子供”に対しては御節介なリンディが我が子に対してとるスタンスは乖離しているとしか思えない。

 

「………今までなら言うつもりはなかったけど、あえて言わせてもらうわよ」

「何を、かしら」

 

レティの瞳に宿る剣呑な光に、リンディも強張りを増す。

椅子の肘かけに立てた肘を置いた右手に顎を乗せて膝を組むレティは自分でも冷淡な雰囲気を醸していると自覚があった。

 

「アンタ、クロノ君から建前を使って目を逸らしてない?」

「………」

 

リンディは何も言わない。

 

「今までだったら、多少違和感っていうぐらいだったけど、事ここに至っての発言ではないわね。私もグリフィスが管理局を志望しているからそれなりの覚悟はしているわ。だけど、そんなものは“どこの親だってやってる”ことよ。社会人として自立したら、例え自分の子供であっても行動の責任は本人にとらせるべきものよ。その点についてはリンディの考えを尊重するわ」

 

だったら、何が問題なのか。答えを知りながら目で問い掛けてくる親友にレティは苛立ちと憐れみを覚える。

 

「リンディの問題はその前の時点ですら、何もしないこと。親子の関係が冷え切っていて、それが他の人の付き合いでも同じであれば私はわざわざこんなことを言わない。でもね、なのはちゃんや、フェイトちゃんに対する心配の度合いと、我が子へ向ける度合いに差があるのはおかしいと思わない?―――我が子だからこそ厳しくというのは分からないでもない。だから、私もこれまで何も言わなかった。ただ、今回の話は別でしょう。お互いに二進も三進も行かなくなる前には話し合いの一つでも済ませておくべきじゃないの?」

 

考えを尊重することと、立ち位置を外野にすることは違う。

純粋に協力し合って管理局の暗部に立ち向かう親子であれば口を挟まない。だが、レティの視点からは二人は一見協力し合っているように見えて、近似しているが別々のゴールを目指して、別々のやり方で迫るように見えていた。

 

リンディは唇が鉛になった気がする。レティの言葉の一つ一つが、確実に自分が気付いていたことを突きつけてくる。これまでは問題なかったとしても、ずっと問題ないままでいられないと知っていながら気付かないふりをしていた。

レティからは既に言われていたはずだ。今回の戦いが、ただの復讐でないのであれば協力を惜しまないと。そして、リンディは不正義を糺すよりも、救われるべき人を救うという亡き夫の理想を、かつて共に理想を掲げた者として叶えるためにと答えた。

 

けれども、救われるべき人の勘定に肝心の我が子を含んでいなかったのではないか。

どこかでクロノは大丈夫だとレッテルを貼り、眼を逸らしていたのではないか。

 

 

その歪さに愕然とさせられた。

 

 

 

―――僕はそれでも耐える!!

 

 

 

模範的管理局員として忠実に任務を遂行する。感情論ではなく、使命感で抑えつける。

それだけではなく、クロノもまた救われるべき人の勘定から母親を外していた。

 

 

「私達は、お互い分かったフリをしているだけなのよ」

「それに気付いたのなら、認識したのなら、向き合いなさい。それが嫌でも何でも貴女の果たすべき責任よ」

「大人として、上官としてのね」

「いい加減になさい!!!」

 

皮肉るリンディに、堪忍袋の緒が切れた。

 

「私は友人として忠告していることもあるわ。それ以上に、貴女は自分の親子関係の破綻に他人を巻き込むつもりなのかしら?」

 

だったらレティにはレティの考えがあった。

 

「エゴに付き合うのは甲斐性よ。でも、臆病からの現実逃避に付き合うのは自殺行為。貴女、その矛盾を埋められると、思い込もうとしているみたいだからこの際言っておくけど。本当に自分の行いが社会正義だけを理由にしているとか思わないようにしておきなさい」

「………」

 

今回に関して明確な訣別を突きつけるレティに対して、何も言い返すことができなかった。

閉じられたモニターを見続けることもできず、背凭れにだらしなく背中を預けて目元を掌で覆う。

 

「今更、どの面下げて任務なのに母親面するのよ」

 

互いに納得のいかないクライドの死。

自分はその真相に隠された何かを追うため、我武者羅にこの十年ちょっとを突っ走った。

クロノは死して英雄となった父を理想の姿に掲げて追いかけ続け、管理局の英雄の模範像を追い求める。

親子の意識がないわけではない。だが、それ以前に厳然と十年もかけて作り上げてしまった管理局の上官と部下―――親子である以上に、他の何かによる関係性を強く持ってしまった。

 

もう、過去を清算できることなどできない。

ただ未来へ歪みを抱えたまま進み続けるしかないところまできている。

 

 


あとがき

 

作風が変わっていないかの確認のため、分量は若干控えめです。

こんにちは、慣れない早起きに四苦八苦している作者です。

 

 

戦争――戦闘の極限状態に人間性は必要なのか。

熱血ものであれば肯定されるべき人間性ですが、実際のところは要らんのですわと。

現実の軍隊が人間性をまず削ぎ落すように、殊戦闘に関しては無い方が有効とされます。格闘技をやっているヒトなら解る理屈ですが、相手を思いやりながらやっているようでは到底勝てません。

 

ただ、どこまで削ぎ落すのかは個人差があると思います。その境界線がどこにあるのか。

それは言い換えれば戦う目的は何かに拠るのだというのが今回の高町なのはちゃんと、ハラオウン親子。

 

常に、目的と手段を確認していないと、ヒトは簡単に道を誤る。

極端な話、教育とは手段を与える術で、与える過程で目的設定を意識させておかないと身に付かないんですが、まあ、大抵そんなことを教えないのが世の中です。幸いにして、なのはには先駆者である士郎が居て、美沙斗が居て、美由希が居ます。

しかし、ハラオウン親子には居ませんし、大分こじらせてしまっています。

 

 

これが、アールズにおける悲劇の元凶と言えるのかもしれません。

 

目的と手段。忘れないようにしましょう。




悩むなのはは答えを出せるのかな。
美姫 「リンディの方も悩みを抱えているみたいね」
こちらは今まで考えないようにしていた所を突きつけられたみたいな感じで。
美姫 「こちらはこちらでどうするのかしらね」
後はなのはとリンディの環境の違いか。
美姫 「どのような形で答えが出るのか、非常に興味深いわね」
確かにな。次回も楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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