『TRIANGLE HEART BEAT 〜三人目の『不破』の物語〜




第七話 −BLACK KNIGHT AND SILVER TRICKMASTER

 

3人がいつもの神社裏に到着すると、薫と耕介がすでに体を動かしていた。

 

「耕介さん、薫さん、お待たせしました」

 

一番初めに到着した恭也が真っ先に謝罪するが、二人とも笑顔で気にしていないことを告げるとまた体を動かし始める。

イチと美由希も謝罪し、美由希は恭也とともにウォームアップの素振りに入る。

しかしイチは暫く目を閉じてその場に立ち尽くすと、恭也と美由希に

 

「ねぇ、ここ僕たち以外に誰かいる...」

 

と呟く。

 

「どういうことだ?」

 

「なんだか強い気配がもう二つあるんだよね。あの二人のほうだと思うんだけど...」

 

「ちょっとお兄ちゃ〜ん、怖いこといわないでよぉ...」

 

少し怖がる妹を訝しげに見ながら恭也は少し考えるそぶりを見せると、やがて思い当たったのか顔を上げる。

 

「...いや美由希、たぶんそれはあの人たちだろう」

 

「え?...ああっ!そうか、お兄ちゃんまだ会ってなかったんだっけ?」

 

傍から見ると不可解としかいえないような会話を不思議そうに聞きながら、イチはとりあえず自分の準備を整える。

すると体を動かし終えた薫と耕介が3人のもとにやってくると、考え込んでいるイチを見て、

 

「イチ君どうかしたと?」

 

「なんか考え込んでるみたいだけど?」

 

と不思議そうに問いかける。

 

「ああ、お二人とも、ちょうどいい。イチに十六夜さんと御架月さんを合わせてくれませんか?」

 

恭也の突然の提案に首をかしげる二人だったが、恭也と美由希が理由を説明すると

 

「あらあら、私たちのことわかるんですか?」

 

「すごいですね、あなた」

 

といいながら勝手に二人が出てくる。

 

「あ、こらっ!二人ともいきなり出たらおどろくじゃろ!」

 

あわてて嗜めながら近寄っていく薫だったが、イチは二人をまじまじと見つめると、

 

「こんばんは、狼村一太郎といいます。イチって呼んでください」

 

とにこやかに挨拶を始める。

さすがにそのリアクションは想定外だったのか、薫は思わず足を止め、恭也たちは唖然とし、そして当の二人は

 

「あ、僕は御架月です。耕介様の霊剣をやっています」

 

「わ、私は十六夜です。薫の霊剣と親代わりのようなことをやっております」

 

と、少し驚いたような表情をしながら自己紹介をすませる。

 

「十六夜さんと御架月さんですね。よろしくお願いします」

 

「「...はい、こちらこそ」」

 

少し驚かせようとしていたのが、当てが外れた形になった二人は何か釈然としないような表情で薫たちのところに戻っていく。

 

「薫、イチさんおかしいです。驚いてくれません」

 

「耕介様、あの方はなにものですか?」

 

二人ともなぜか悔しそうに持ち主に訴えるが、その持ち主たちも同じ気持ちなのか反応がいまいちだ。

そんな中、比較的イチを理解している恭也が復活すると

 

「イチ、お前はあの二人を見てなんとも思わないのか?」

 

「そ、そうだよ!人間じゃないんだよっ!?」

 

美由希も復活し詰め寄っていくが、イチは少し顔をしかめると

 

「美由希ちゃん、二人は人間だよ。失礼なことはいわないで」

 

と美由希を嗜める。

はっ、と気づいたような顔になって申し訳なさそうにうなだれる美由希の頭をイチは軽く撫でると、

 

「あやまってきな、ね?」

 

と美由希の背中を押す。

 

美由希は駆け寄っていって二人に謝罪するが、二人はな心なしか嬉しそうに平謝りの美由希をなだめている。

美由希が戻っていって恭也に小突かれるのを見ながら二人は嬉しそうに微笑みあう。

それをみていた耕介が

 

「なんだかすごいね。あの子」

 

と二人に話しかける。

 

「ええ、心がとても強いです」

 

「そうね、それに私たちをなんの躊躇もなく人間といってくれる人がいるなんて...うれしいものですね」

 

「そうですね...でもなんで私たちのことが分かったんでしょう?」

 

御架月はいわば当然の疑問を持ち上げるが、それに答えられるものは誰もいなかった。

4人が頭をひねっていると、恭也がやってくる。

 

「?どうかしましたか?あ、あと十六夜さん、御架月さん、美由希がすいませんでした。まったくアイツは...」

 

「いえ、お気になさらず。謝っていただいて嬉しかったですから。それよりもイチさんはなんで私たちのことわかるのでしょう?」

 

「たぶん感が鋭いんでしょう。俺もたまに驚くくらいですから...」

 

「そう、って恭也君。むこうの二人、何かやっとるよ?」

 

薫の声で皆がイチと美由希の方を見ると二人は鞄を漁って何かしていた。

 

 

 

「うわー!お兄ちゃんの刀、なにそれ!?忍者刀じゃない!?」

 

何をしているのかと思いきや、イチの刀を見ていた美由希。

そこに薫たちから離れた恭也も来る。

 

「二刀の内の一刀は忍者刀か。だがそれにしては鍔はないし、なにより刀身が黒くないか?」

 

「うん、これはオーストラリアでいろいろあって使ってた刀が折れたときに代わりを向こうの人にもらってね。なんでも名のある刀匠に最先端の技術で作った金属を特別に打ってもらったらしいんだけど...まあぱっとみ装飾刀だけど、使いやすいよ。銘は...なぜかドイツ語なんだよね。『ヴォルファイン』っていってたしか『狼』と『一』のドイツ語の組み合わせ」

 

「...まさにお前専用ってことじゃないか、それ...」

 

「で、もう一刀は...あれ?これみたことあるよ?」

 

首をかしげる美由希の手元を覗き込んだ恭也は思わず大声を上げてしまう。

 

「お、おい!これ一臣さんのじゃないか!?」

 

それに対し、イチはとくに気にした風も無く、

 

「そうだよ、二等一対の片方。銘は『月影』...一臣さんにいただいたものだよ」

 

「ほう、すると最新技術の忍者刀と不破の正統後継者から渡された小太刀か」

 

「すごいね〜、どっちもとってもきれい...」

 

素直に感心する恭也と危ない目でうっとりとしている美由希を苦笑いを浮かべながらみるイチ。

そこに痺れを切らした薫たちがやってきて、

 

「ちょっと恭也君、うちらは刀みにきたんじゃなかとよ!」

 

「そうだよ、鍛錬なんだから...」

 

少し怒った感じの薫と、呆れている耕介を見て恭也は気持ちを切り替え、

 

「すいません。それではイチ、始めは美由希相手でいいか?」

 

「いいよ、獲物は?」

 

「真剣、投げ物はなし。純粋に刀と体術のみで勝負、でいいか?」

 

「かまわないよ、美由希ちゃんは?」

 

「私はそっちのほうがよかったから...投げ物はまだちょっと苦手で...」

 

申し訳なさそうに告げる美由希の頭をポンポンと軽く撫でて自分の刀を握り、歩き始めるイチ。

それをみて美由希も自分の小太刀を手に取ると、恭也たちから距離を置き始める。

十分に離れたところで二人同時に立ち止まるのを見て、恭也たちも動きを見ることに集中し始める。

手合わせに開始の合図などない。

それをその場の全員が理解しているゆえの静寂が辺りを包む。

いつもしている様に相手の隙を探る美由希。

それに対してイチは二本の刀を逆手にもってただ立っているだけだ。

 

(??隙だらけ...いや、でも...)

 

そんな葛藤で美由希が切り込めないでいると、イチは突然目まで閉じてしまう。

それをみた美由希はあせりと不安感も手伝って強引に斬りこむ。

それでも直目をあけようとしないイチを見て湧き上がる不安感を、美由希は払い去ろうとするかのように右の小太刀で胴を凪ぐような一撃を打ち出す。

するとそこでイチは分かっていたかのように地面すれすれを軽く後ろに跳躍することでかわし、そして直も食い下がろうとする美由希に対して目を開ける。

やっと目を開けたイチにむかって今度は左を斜め下から振り上げるが、それも軽くのけぞってかわされる。

しかしそこから美由希は回転し、遠心力を利用しつつ身を低くし、また右を真横に繰り出す。

のけぞった格好のままだったイチは、足元を襲ったその一撃をその体制のままなんと後方に回転しながらジャンプして空を切らせる。

着地したイチはそのままもう一足後ろに飛びのいて美由希との距離をとり、また目を閉じて腕を下げる。

そこに美由希がまた、今度は先ほどよりも早く飛び掛る。

しばらく似たようなやり取りが続き、イチはだんだんと後ろに追い詰められていく。

 

「恭也君、どう思う?」

 

似たような展開に多少飽きを感じ始めた薫が恭也に意見を求める。

 

「...美由希の負けだ」

 

少し考えた挙句に恭也は一言だけそういった。

 

「なんでか聞いてもいいかな?僕には美由希ちゃんが押しているように見えるんだけど...」

 

耕介が口を挟むと、

 

「たしかにそう見えるんだけど...恭也君、彼一度も手を出してないよね?」

 

「はい、それどころか刀を一度も使っていない。」

 

と達人二人は似たような見解を示す。

それに耕介は驚いたように、

 

「でもそれって手を出せないんじゃ...」

 

「いえ、防御にすら一度も使ってないんですよ。刀がぶつかり合う音、一度もなっていないでしょう?」

 

「そうなんよ、彼全部すれすれでかわしてる。」

 

「でも...美由希ちゃん相手じゃ恭也君だってそんなこと出来ないだろ?それがなんで...」

 

何度か恭也たちの鍛錬を見ている耕介は美由希の実力を見たことがあるだけに恭也たちの言葉が信じられていない。

 

「それは美由希さんが普段どおりではないからです、耕介様」

 

「ええ、心が乱れております」

 

霊剣二人の言葉に恭也がうなずく。

 

「はい、美由希は始めから様子がおかしい。集中しきれていないんです」

 

「それがなんでかは終わった後にでも...っと彼、あとがなくなった」

 

薫の声に耕介たちが目を戻すと、神社の端の方にイチが立っており、10メートル弱あけて美由希が対峙していた。

美由希は肩で息をし、なんでか分からないといった表情でたっており、対してイチは相変わらず目を閉じ、腕を下げたままだ。

そこで美由希が構えをかえる。

 

−御神流奥義之参 射抜−

 

御神流の奥義の中で一番の射程を持ち、美由希がもっとも得意とする技である。

美由希がこれを使うということはここで決める、ということだ。

美由希が今までで最高の殺気を放ち始め、イチはようやく目を開ける。

それをみて美由希はさらに重心を下げ、爆発的なスピードを得ようとする。

神速が自在に使えない美由希にとって、この技の特性、つまりスピードと射程を最大限に発揮するための方法は己のスピードを高めること。

そして集中力を高めながらあらゆる場面を想定し、そしてそれに応じてどう派生させるかを想定すると、足に全力をこめて体を前へと押し出す。

 

「早いっ!」

 

傍から見ていた薫が思わず声をあげる。

耕介はやっと目で追っている状態だ。

一人冷静にこれを見ていた恭也は、止まったままのイチから目を離さない。

 

(一撃で仕留めようとするならアイツの性格ならここしかない。さあ、どうかえす?)

 

あっという間にイチを射程に入れた美由希は、そのまま恐ろしいほどのスピードで右腕を伸ばす。

そしてそのままのど元で止める、もしくは動いた方向に派生させて首に刃を向けて勝ちだ。

そう思っていたのだがイチはいつまでたっても動こうとしない。

あと10センチ...

 

(え?ちょっとほんとにこれで決まり!?)

 

あと5センチ...

 

(ほ、ほんとに何もしないつもりなの!?)

 

そしてあと3センチ、もう少しで美由希が刃を止めるというところでイチが突然動いた。

なんと左手を美由希の小太刀の内側にいれ、そのままほぼ伸びきった腕を絡めとって美由希の腕の外側を回転する。

 

「えっ!?」

 

突然のことで思考の付いていかない美由希。

絡めとられている腕はもう伸びきってしまい、どうすることも出来ない。

軽く混乱している間に丁度背中合わせの状態になり、イチはその状態で止まる。

美由希の右手首はイチの左手首と小太刀で固定されて腕が横に伸びた形になり、そして喉元に右手の『ヴォルファイン』が突きつけられていた。

 

 

 

「...そこまで」

 

恭也の声とともに美由希を解放するイチ。

すると美由希は支えを失ったように地面にへたり込んでしまう。

 

「美由希、どうした?」

 

歩み寄ってきた恭也が少し心配そうに声をかける。

 

「え?あ...手も足も出なかった...」

 

やっと気がついたようにそう呟く美由希に苦笑いを浮かべて頭を小突く。

 

「本当だ、馬鹿弟子。熱くなってどうする。それにしてもイチ、ずいぶんと意地の悪い戦い方じゃなかったか?」

 

美由希が大丈夫そうだと分かり、今度はイチに矛先を向けようとする。

と、そこにはすでに薫に詰め寄られているイチの姿があった。

 

「いったいどげんつもりか、君は!?美由希ちゃんに失礼じゃろ!?」

 

完全に憤慨している薫をなだめつつ、耕介も控えめに不満を口にする。

 

「でも...一度も剣を交えないっていうのは剣士の美由希ちゃんにはショックなんじゃないかな?」

 

「いえ、あれは勉強になったはずです。イチ、そのつもりだっただろ?」

 

恭也がイチをかばうような発言をすることに二人が驚いていると、その二人を所有者とする霊剣も恭也に同意する。

 

「そうですね、薫の言いたいことはわからなくもないですが、あれから学べることは多いはずです」

 

「そうですよ、耕介様。あれが“誰かを護るもの”、“勝たねばならぬもの”としての究極です」

 

「どげんこと?」

 

「イチの戦い方みてれば分かりますよ。決して相手に実力を発揮させず、決して傷つくことなく勝つ。まさにそれです」

 

「褒めすぎだよ、恭也」

 

黙って聞いていたイチが口を挟む。

 

「所詮剣士の人たちから見れば汚い戦い方なんだからさ。でも美由希ちゃんには知っておいてほしかったんだ」

 

そういってへたり込んでいる美由希を正面から見つめる。

 

「ああいった戦い方をする人もいるってこと、そしてそうやって戦ってでも僕らは勝って帰らないといけないってこと」

 

そこまでいうと急にいつもの微笑を浮かべ、

 

「とりあえず美由希ちゃんは精神鍛錬だね。あれは心に隙をつくるものだから、ひっかかっちゃった美由希ちゃんはかなりメンタルが安定してないって事だよ?」

 

「はぁい...」

 

「美由希、自分が冷静さを失ったところ、あげていってみろ」

 

突然の恭也の言葉にうろたえながらもなんとか思い出そうとする。

 

「...ほとんど全部だ...始めに隙だらけで目を閉じられたところから、一度も刃を交えなかった事、あと最後ぎりぎりまでまったく動かなかったところ、かな?」

 

あげ連ねるのを聞いていた恭也はイチに目線で確認する。

 

「うん、僕が仕込んだのはそんなもんだね。あとわざとアクロバティックによけて追撃の気を殺いだりとかしたんだけど、それには美由希ちゃん、引っかからなかったしね」

 

「それはふだん、恭ちゃんの動きを見慣れてるし...」

 

「あと最後の射抜、あそこでの集中力の持ち直しは結構見事だったよ、ね?」

 

「あ、ああ。そうだったな」

 

と勢いに促されて多少やりにくそうに美由希をほめる恭也。

と薫たちが近づいてきてイチの前に立つ。

 

「イチ君、もうしわけなか。うち、いいすぎた」

 

「俺も、生意気なこと言ってすまない」

 

突然誤りだす二人に少々うろたえるイチ。

それを少し珍しそうに恭也たちが見ていると、視線を感じ取ったイチが

 

「そこ、見てるんじゃない。恭也、次は君とやらないといけないんだろ?」

 

と多少強引に話をそらす。

が、恭也も沸き立つ血を抑えられずにうずうずしていたクチだ。

振られた話題のほうがありがたいらしく、八景を手にとって皆から離れていく。

 

「恭ちゃん、ごめんね。何にも引き出せなかった」

 

申し訳なさそうに声をかける美由希に恭也は、

 

「そうだな、全く役に立たなかった。しかしまあ一つ分かったことがある」

 

「なに?恭ちゃん、わかったことって」

 

その美由希の声に恭也は珍しく満面の笑みでこたえた。

 

「イチは...今までで最強だ...」

 

 

 

 

「投げ物もあり、要するに不破のルールだ。いいか?」

 

尋ねる恭也にイチは微笑んで返す。

 

「いいよ。僕の方は狼牙の武器や技も使っていいの?」

 

「ああ、とにかく全力で、だ」

 

そういって八景をかまえる恭也。

 

「そうだね、恭也こそ...」

 

そこまでいってイチも、美由希の時には見せなかったかまえを見せる。

 

「手加減はいらないよ。僕はこれでも不破のすべてを本当の意味で知っている唯一の人間だから...ね!」

 

言い終わると同時に駆け出すイチ。

先ほどとはうって変わって攻撃的に出るその姿に、美由希たちは息を呑む。

ほぼ一瞬といってもいいようなスピードで恭也の正面まで駆け込んだイチは、そのまま右手の忍者刀を首めがけて一閃する。

それに対して右の八景をぶつけ、力を計ろうとする恭也。

しかし先に繰り出さされ、しかも逆手のイチはぶつかる直前に手首をひねって忍者刀を腕のほうに引き寄せると、自分の攻撃を空振りさせる。

完全に肩透かしを食らった恭也は、それでもその後に備えるべく右足を前に出してフォロースルーを最小限に留めようとする。

しかしその出した右足に、空振りの回転力をそのまま使ったイチの足払いが襲い掛かる。

恭也は出した右足のつま先に力をこめて後ろにステップしてそれをかわすと、さらにもう一足後ろに跳躍し、同時に飛針を二本、時間差をつけて投げつける。

足払いをかけた体勢で低く沈んでいたイチは一本目を弾くと、二本目を後ろに飛んでよける。

しかしそこに恭也がもう一本投げていた。

目の前に迫る飛針を右手を振って弾くと、その一瞬に恭也が懐に飛び込んできて右手を一閃する。

イチはそこで初めて防御に出ると左手の月影をそれにぶつけて相手の刃をその上を滑らせて同時に屈み、頭上へとさばく。

とそこに屈みこんだイチにむかって恭也は蹴りを繰り出す。

しかしイチはそれを読んでいたかのように右手で受け流すと軸足の踵に蹴りを入れる。

咄嗟に体を浮かしたものの軽くかすってしまい、恭也の体は若干その勢いに流される。

が恭也はそのまま振り上げていた右足を地面に叩きつけるようにすると、その勢いで後方へ宙返りしてみせ、そのまま距離をあけて対峙する。

と今度はそこにイチが飛び込み、

 

「......何なん...彼...」

 

薫は目の前の光景を信じられないものでも見るように、唖然と呟く。

 

「恭也君相手でもほとんど刀つかわんなんて...」

 

「...恭也君相手に互角に渡り合える子が同年代にいたなんて...って美由希ちゃん?」

 

同じく唖然と呟いている耕介が美由希のおかしな様子に気づいて声をかける。

それに対して美由希は呆然としているかのように力の入らない声で、

 

「互角じゃないです...少なくとも体術では恭ちゃんの方が不利...」

 

それを聞いて愕然とする二人と黙ってみている霊剣二人の下に、それを肯定するかのような恭也の声が聞こえてくる。

 

「さすがにやりにくいな。お前戦ってるときも普段と変わらんぞ」

 

「受け流すのと煙に巻くのは僕の得意技だからね」

 

そういってイチは少し楽しそうに構えなおすと、

 

「さて、ここからが本番なわけだけど...さすがに『閃』は使えないよね、この状況じゃ」

 

と少し考えるそぶりを見せながら確認する。

 

突然出てきた奥義の極の名に美由希は一人驚いたような表情をするが、言葉を向けられた当の本人はいたって気にする様子も無く、

 

「そうだな。おいそれと見せるものでもなし...第一あれを自分の意思で寸止めなんてしたら腕がいかれてしまうだろう」

 

「うん、じゃあそれ以外なら何でもありってこと?」

 

そんなすでに常人を超えた会話をしている二人を見ながら十六夜が口を開く。

 

「なんだかお二人とも楽しそうですね、薫」

 

「そうやね、なんかここでうちらが気をもんでるのがあほらしくなる」

 

「耕介様はこの戦いから学ぶには、まだ少し早いと思いますよ」

 

薫たちがそんな会話をしているとき、御架月は見入っている自分の所有者に声をかける。

しかし耕介もそれは理解しているのか、

 

「わかってるよ。あの二人には遠く及ばないことくらい。でもこの空気に体を慣らすのはマイナスにはならないはずだろ?」

 

と真剣な顔で御架月にかえす。

きちんと自分の実力をわきまえ、それでいて上に行こうという心構えを忘れない自分の主に、御架月は嬉しそうに、

 

「それでこそ我が主です」

 

とだけ告げる。

それを聞いていた十六夜も、

 

「耕介様も、もうすっかり剣士ですね」

 

と嬉しそうである。

 

そんな半ばほのぼのとしかけた空気の中、美由希だけは動作一つも見逃すまいとして真剣に、食い入るように恭也とイチを見つめる。

 

(お兄ちゃんも実力は間違いなく恭ちゃん並。それなら私が今しなきゃいけないことは、一つでも多くをこの二人から盗むこと!)

 

そう思いながら心のどこかでまだ自分が恭也とともにお互い高めあえる者でないことを自覚してしまい、焦りが芽生える。

 

「「美由希(ちゃん)」」

 

そんな心の動きを読み取ったように、対峙する二人が声をかける。

二人とも同じ理由から声をかけたのだが、そのあとの二人は対照的だった。

イチは、

 

「平常心だよ。けして焦らず慌てず...今の自分を知り、そこから上を目指す...わかった?」

 

と微笑みながら声をかけ、恭也は

 

「余計なことを考えるな...お前は今のまま、頑張っていてくれればいい...」

 

と眼を向けず、ぶっきらぼうに告げる。

その二人の言葉に同じ優しさを感じ取った美由希は、力強く頷いてみせる。

それを見た二人は互いに視線を戻し、

 

「さて、馬鹿弟子がもとに戻ったところで...」

 

「そうだね。いくらでもやっていられそうだけど、時間も限られてるし...」

 

そういって二人の声がそろう。

 

「「次で最後だ(ね)」」

 

そういうと恭也は構えなおし、神速の領域へと入るべく精神を極限まで集中させる。

それに対してイチは重心を低くすると、腰の後ろにつけた鞘に納刀して構える。

刀を納めたイチを一瞬いぶかしげにみた恭也だったが、美由希と同じ轍は踏むまいとすぐに思い直し、見据えなおす。

 

ゴクッ

 

誰かの喉が鳴る音がしたとき、二人が同時に神速の領域に入った。

色の無い世界の中で二人の差は一瞬にして縮まり、として二人同時に同じ技を仕掛ける。

 

−御神流奥義之六 薙旋−

 

一撃目で決めにかかった恭也の最速の斬撃はイチの一撃目によって受け流される。

もともと一撃目を防御用に繰り出していたイチは二撃目を最速とし、恭也に襲い掛かる。

がしかし、恭也も一撃目の威力の無さからそれを感じ取り、二撃目こそが最速と見抜いてそれを相殺する。

とお互い次の一撃を相手の刃にぶつけるだけで滑らせ、遠心力を利用して最後の一撃に力をこめる。

全く同時に放たれ、ぶつかりあった最後の一撃だったが、恭也の右手は大きく弾き飛ばされていた。

 

−御神流奥義之肆 雷徹−

 

イチは薙旋の最後の一撃を両手で打ち込み、さらに徹をこめて雷徹に派生させた。

大きく弾かれた恭也はそのまま回転しながら後方に体を流し、着地と同時に地面をけって雷徹を放った状態のイチと間合いをつめる。

 

−御神流奥義之壱 虎切−

 

御神の技の中でもっとも出しやすく、派生させやすいこの技で決めに入った恭也は、その時違和感を覚える。

 

(なぜイチは動かない...いや、迷いは禁物だ)

 

思い直して切りかかった恭也の目の前で信じられない事が起こった。

自分の放った虎切を寸止めしようとした瞬間、目の前のイチが歪んだ。

 

「なっ!?」

 

思わず驚愕の声をあげてしまう恭也だったが、同時に背後に気配を感じて振り返る。

そこにイチが右手を振り込んでくるのを見た恭也は、追い詰められながらもそれを弾くべく、左の小太刀をあてに行く。

しかし恭也の小太刀はイチのは当たることなく空を切る。

イチの振り込んできた右手を驚愕とともに見ると、そこに握られていたのは『月影』だった。

そしてイチは『左手』に握った『ヴォルファイン』を恭也の喉下に突きつける。

 

 

 

「勝負あり...だな」

 

長い沈黙のあとに恭也が口を開く。

それを聞いてイチは忍者刀を下ろし、息をつくと軽く微笑んでそれに答える。

その事実をその勝負を見ていた誰もが信じられなかった。

 

「「「恭ちゃん(恭也君)が、負けた...」」」

 

美由希、薫、耕介が呆然と呟く中、近づいてくる二人にいくらか冷静だった十六夜と御架月が話しかける。

 

「お疲れ様でした、恭也様、イチさん」

 

「早速で申し訳ないのですが恭也様、最後のあれはあなたらしくなかったように見えたのですが...」

 

ねぎらいの言葉をかける十六夜とは違っていささか聞きにくそうではあるが革新を付いてくる御架月に苦笑いを浮かべながら、

 

「あ、あれはな...完全にしてやられた」

 

と恭也は短く、しかしどこか嬉しそうに答えた。

 

「ど、どういうことっ、恭ちゃん!あんなやられ方するなんてらしくないよっ!?」

 

「そうよ、あんなの恭也君らしくなかっ!いったい何があったと!?」

 

詰め寄ってくる美由希と薫にたじろぎながら、恭也はイチのほうを見て苦笑し話し始める。

 

「あれはな、完全にイチの術中にはまってた」

 

「どういうことかな?恭也君」

 

神速の領域での出来事がほとんど見えていなかった耕介は、それでも女性二人に比べると落ち着いていた。

そんな三人の様子を微笑ましげにいていた霊剣二人だったが、やはり二人とも気になるのか続きを促すように聞きに入る。

 

「俺は完全に御神の剣士を相手にしてるつもりだったのが一つ、そしてもう一つが...間合いだ」

 

一つ目と違って少し言い難そうにする恭也。

それを聞いた美由希は、

 

「恭ちゃん、間合いって...初歩中の初歩だよ!?そんなの計り間違えたの!?」

 

と本当に信じられないといった風に声をあげる。

 

「計り間違えたのではなくてだな...騙されたんだ」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

「始めからそれを決め手にするつもりだったんだろ、お前。だからあんな技までおとりにして見せた...ちがうか?」

 

「そうだよ。結構苦労したし、一応ばれる可能性もあったから心配ではあったけど...」

 

「騙されたってどういうことなの、恭ちゃん?」

 

多少落ち着いてきた美由希が事の詳細を尋ねる。

多少恥ずかしくもあったが、弟子の成長のためにと恭也は重い口を開く。

 

「始めお前と戦った時、イチは右に忍者刀、左に小太刀だったよな」

 

「そうだったよ。結局ほとんど使わすことも出来なかったけど...」

 

そういって多少気落ちする美由希を軽く小突いて恭也は話を続ける。

 

「俺のときもそうだったんだが、それが最後の最後、逆になっていたんだ」

 

「持ち替えてたってこと?」

 

「そうだ。あの二本、実は結構長さに差があってな、しかも逆手に持たれてると直前まで見えないんだ」

 

「そうか!それで恭也君、右手だから忍者刀だとおもって切っ先を流そうとしとったのに...」

 

「...いつの間にか小太刀に変わってて切っ先に当たらなかったってことか」

 

今まで黙って聞いていた二人も口を挟む。

 

「でもそれじゃあお兄ちゃん...」

 

美由希が唖然としてイチを見る。

それに対して申し訳なさそうな苦笑を浮かべるイチをちらっとみて、

 

「そうだ。始めから俺を騙すつもりだったってこと」

 

そのあまりの事実に全員が開いた口が塞がらないといった状態でいると、恭也がイチに話しかける。

 

「たしか...嘘をつくときはなるべく事実を織り交ぜる、だったよな?この場合の事実はどこにあったんだ?」

 

そういって多少問いただすようなきつい口調の恭也にイチは笑顔で答える。

 

「覚えてないの?僕、左利きだよ。攻撃の主体の忍者刀を右に持つわけないじゃない」

 

それを聞いた恭也は暫く唖然としていたが、やがて思い出したのか頭を抱えると、

 

「まったく...お前と何かするときは一瞬も気が抜けん...」

 

そういって愚痴をこぼす、と思い出したように質問を投げかける。

 

「それはいいとして...あれはなんだったんだ?お前が突然歪んだんだが...」

 

それを聞いた皆は、まだ何かあるのかと聞き耳を立てる。

 

「あ、あれうまくいった?よかったぁー」

 

「...だからあれはなんだったんだ」

 

嬉しそうにしているイチを呆れたように見ながらもう一度問いただす。

 

「あれはね、狼牙流歩術 月歩(げっぽ)っていって、簡単に言えば蜃気楼みたいに自分の残像を見せる移動術。神速の発動中に使うと分身みたいにして残るのは分かってたから、お互いが神速の領域にいるなら神速の二段目でおなじことができるかなぁ〜、と」

 

「あの状況でためしたのかっ!?」

 

「うん、だって恭也は僕が御神の剣士だと勘違いしたから薙旋から雷徹なんて派生のさせ方、考えてなかったでしょ?それで隙が出来たからやってみた♪」

 

「...はぁ〜、まあいい。とにかく俺も鍛錬不足だし、お前がそこまでやるなら嬉しい限りだ。毎晩付き合ってもらいたいのだが、いいか?」

 

そういって頼むような仕草をする恭也にイチは、

 

「あのね、恭也。僕がなんで御神を仕込まれたのか忘れたの?」

 

「ん、いやしかしそれはとおさんが勝手にやったことだし、お前の都合も...」

 

「だ〜か〜ら〜、言ったでしょ?僕が望んでなったって。僕は教育係で君と高めあう者。わかった?」

 

笑顔でそういうイチに恭也も笑顔で返す。

二人の笑顔に美由希、薫、そして十六夜が顔を赤くして見惚れていると、恭也がいぶかしげな顔をしながら美由希に声をかける。

 

「美由希、そういうことだからこれからイチにもお前の指導をしてもらおうと思う。いいか?」

 

「えっ?あっ、はい!よろしくお願いします!」

 

我に返った美由希は、高みを目指すものとしてこれ以上ない環境に嬉しくなって返事を返す。

するとそこに薫と耕介が遠慮しがちにイチに声をかける。

 

「イチ君、できればうちらの相手もしてほしいんじゃが...」

 

「お願いできないかな、イチ君。君の気づいた点とか教えてほしいんだけど」

 

そういって頼み込んでくる二人に笑顔で承諾の返事を返し、

 

「恭也、美由希ちゃん消化不良そうだから一本やってあげたほうがいいと思うよ」

 

と声をかけると、離れた空きスペースに薫たちと歩き出す。

 

「すっかり人気者だね、お兄ちゃん」

 

そういって準備をする美由希に恭也も同意の返事を返す。

そうしてイチが初参加となった夜の鍛錬は全員新しい発見が多く夢中になってしまい、心配した桃子とフィアッセがくるまで2時間近くオーバーで続けられた挙句、その後二人に説教を食らって結局深夜3時近くまで帰れなかった。

しかしそんなことになりながらも全員満足げに帰路についた。

 

 

 

 

 


あとがき

 

今までにいなかったタイプ、嘘吐き忍者・イチの初戦闘シーン

いつも思うけど俺、二話分書いてるよね?まぁ、いいか

ってことでどうでしょう?はじめての戦闘シーン

ブリジット「自己採点は?」

スレスレで落第を免れた...かな?

ブリジット「まあショウジンするです!」

なんでそんな日本語おぼえてんだ?

ブリジット「次は戦闘もっとながくするですよー!」

おー!ってなんで勝手に決意してんだ?まあそのとおりなんだが...

まあ実践のシーンを書くときはもっと長くしないとな

ブリジット「観客いるわけないですしー」

...ごもっともです。まあとりあえず今回はこんなところでお許しください

ブリジット「...そういえば明日って...それではバイバイですー!」(走り去る)

おいおい...

 

 





イチ強いな〜。
美姫 「本当ね〜。にしても、恭也を騙すとは中々やるわね」
うんうん。イチとの鍛錬で、恭也も美由希も更なる高みへと。
美姫 「それも楽しみよね」
ああ〜、次回も楽しみだ。
美姫 「本当に。次回も待ってますね〜」
ではでは。



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