TRIANGLE HEART BEAT 〜三人目の『不破』の物語〜




 

第二十三話 −KIDNAP AND RESCUE

 

 

 

 

 

 

 

 

「イチ、大変なことになった」

 

翌日、恭也、玲二、エレン、美由希は朝一番でフィリスの部屋に入り、奥の部屋のイチとフィーアに会いに行った。

イチは恭也達を一瞥するや否や目を閉じて一息はくと、

 

「藤枝さんか久保田さん、かな?」

 

と、まるで予想がついていたかのように淡々と言ってのけた。

口調は淡々としていたが、その言葉の端に無念さが滲む。

 

「ああ、もう少しあるかとは思っていたんだが……。しかも両方だ」

 

恭也も予想はついていたらしく、片手でイチに手紙のようなものを渡してもう片手で悔しそうに拳を握る。

 

「……俺が気をつけておかなければいけなかったんだ。俺の身近な人間が狙われるだろうなんて事、分かっていたはずなのに」

 

責任を感じて落ち込み気味の玲二。

エレンも言葉には出さないが、表情のなさに拍車がかかっていて、それがかえって自分の油断に対する腹立たしさを物語っている。

 

「ねぇお兄ちゃん、早く助けてあげないと……」

 

美由希が沈痛な面持ちでイチに声をかける。

ただでさえ正義感が人一倍強い上に、自分ではどうしたらいいのか思い当たらないことが、この場において比較的面識も浅く、客観的にことに当たれるはずの美由希から冷静さを失わせる。

イチは手紙の内容を読み終えると、いつも見せる優しげな笑みで、

 

「恭也、玲二、美由希ちゃんはそのまま学校に登校して」

 

と三人に告げる。

 

「な、なんでっ!? 早く助けてあげないと!」

 

イチの言葉に美由希が一人異論を唱える。

しかしすぐに他の二人、特に玲二からなんの異論の声も上がらないことに気付き、そちらを振り返る。

すると玲二は、心底悔しそうに顔を伏せ、口を真一文字に閉じて黙り込んでいた。

 

「美由希、イチの判断は正解だ。俺達は動くべきじゃない」

 

そんな玲二をみながら恭也は、いつもより少しだけ柔らかく美由希に声をかける。

 

「二人を誘拐したキャルという女性は明らかに玲二を狙っている。そして一度顔を合わせている以上俺も相手の計算の内だろう」

 

「で、でも私は!」

 

「お前のような正義感の塊が人質にされている人間をみて冷静ではいられないだろう? お前の力は後でいくらでも必要になる。それに……」

 

「二人は殺されない。これがはっきりしている以上、こっちも頭を冷やして事にあたらないと」

 

玲二が恭也の言葉を引き継いだ。

 

「俺を呼び出すために二人を連れ去ったんだ。危害を加えても意味がない。キャルだってそれくらいは心得ているはずだ。それになにより……」

 

「藤枝美緒、彼女はインフェルノとも繋がりのある梧桐組の現組長の隠し子」

 

今度はエレンが玲二の言葉を繋ぐ。

 

「つまりインフェルノはこの件に関わってない。あくまでもドライの単独行動のはず」

 

「だから組織によって酷い目にあわされたりってのはないはずなんだよ、美由希ちゃん。いってみれば日本史部長の娘って感じなんだから、その誘拐に関わっていたらそれはとんでもない裏切りになるでしょ?」

 

「まぁ、サイスがそう仕向けた可能性もなくはないが……、それでも手を下したりなしないはずだ」

 

いくらか冷静さを取り戻した玲二が最後の可能性も否定する。

 

「だから三人には学校にいってきちんと何事もないことを周囲にアピールしてきてほしい。あと少なくとも玲二と恭也がすぐに動くつもりがないことに対するアピールもね」

 

「私はその間に監禁場所の絞込みね?」

 

心得ているといったようにエレンはイチの前に一歩進み出る。

 

「うん、よろしくね」

 

「な、お兄ちゃん!? なんでエレンさんなの!?」

 

自分よりもエレンのほうが頼られているようで面白くない美由希が不満の声をあげる。

そんな声をエレンはしれっと聞き流し、恭也はまたかと頭を軽く抱える。

 

「友達二人が休んでるんだ。近い友達には病気とでも言っておけばいいし、ほかは多分勝手に友達三人でサボって遊びに行ったとでも思ってくれるだろうから」

 

「なら私……は駄目でも他にいくらだって……」

 

「それがさ、リスティさんは別の情報収集してくれてるし、美沙斗さんは別行動だから、ね? まさか恭也に頼んであとで恭也が二人連れてどこか行ったなんて噂、たって欲しくないでしょ?」

 

そう言われて黙り込んでしまう美由希。

 

「僕は家庭の事情で実家に帰ってることにしてくれてるから心配ないよ。二人の欠席のフォローだけ、美由希ちゃんは口下手な恭也のフォローもお願いね?」

 

そういってイチは恭也に視線を向ける。

それを受けて恭也は一瞬顔をしかめたが、すぐに諦めたような表情を浮かべると少し顔を寄せて、

 

「美由希、俺ではどういった誤解を受けるか分からん。今度ちゃんと礼はするから、今回は折れて俺のフォローをしてくれ」

 

と勤めて優しげに後ろから美由希の肩に手を置く。

いつも冷たく扱われている恭也が優しく声をかけ、しかも自分を頼ってくれているということに目を輝かせて振り返る美由希。そこにあるのは当然の事ながら恭也の顔。しかも耳元に口を少し寄せていたため、振り返るとその顔は目の前にアップになってしまう。

急激に顔が赤くなっていく美由希だったが、恭也はそれを少し訝しげに見ただけで、すぐにそのまま美由希の頭に手を置いて、

 

「よろしくな?」

 

と軽く撫でる。

美由希は気持ち良さそうに目を閉じて恭也の掌の温もりを感じながら、

 

「うん! まかせて、恭ちゃん!」

 

といつもの明るい調子で返事を返した。

 

「……やっぱりこの人が一番あなどれない……」

 

ほのぼのとしてきた空気の中、エレンだけは恭也にそれをやらせたイチに感嘆の呟きをもらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここが、イチ先輩の実家……。武家屋敷というものね……」

 

あの後エレンは一人残ってイチとフィーアと場所の特定作業に入った。

しかしフィーアから得た情報はあまりに候補地が多く、また範囲も広いため、イチは実家の人間に手を借りられるように手配した。

そしてエレンはイチに場所を聞き、より効率的な連携をするために協力者に会いにイチの実家にやってきた。

やってきたのはいいのだが、今まで面識のない人間の家に入るということは侵入するということだったエレンにとって、穏便に入れてもらうにはどうすればいいのかいまいち分からない。

玄関前でエレンが途方に暮れていると、背後に人の気配を感じて振り返った。

 

「お? アンタ、イチの仲間のエレンさん?」

 

いきなり振り返ったエレンにたいして驚きもせずに声をかけたのは、同年代の少し軽そうな少年だった。

その少年は、そのまま屋敷の中に足を進めていくと、門をくぐった所で振り返り、

 

「何してんの。早く着いてきな」

 

とエレンを促す。

しかたなくというか渡りに船というか、結果的にエレンは問題なく屋敷の中に通された。

暫く長い廊下を進むと、やがてこの屋敷には明らかに不釣合いな洋風の重々しいドアの前に行き着いた。

 

「親父さん、イチの仲間つれてきたっすよ〜」

 

「ありがと〜。入って入って〜」

 

よほど忍の頭に対するものとは思えない言葉に対して、同じく頭とは思えないほど軽い返事が返ってくる。

そしてなんの躊躇もなくドアを開けて中に入る少年の後にエレンが少し遠慮がちに入っていくと、背の低めの男性が膝の上の猫の前足をエレンにむけて振っていた。

 

「親父さん、初めての人にそれはインパクト強すぎですって」

 

先に入った少年が苦笑しながらそういうと、男性は残念そうに、

 

「そう? 可愛いのになぁ」

 

と呟いて猫を降ろし、エレンに向き直る。

 

「初めまして、エレンさん。イチの義父の狼村尚紀です」

 

席を立って丁寧に頭を下げたイチの義父に、エレンは戸惑いながらも日本流に頭を軽く下げ、

 

「吾妻エレン、です」

 

と短く挨拶を返した。

 

「事は急を要するみたいだから早速本題に入ろうか? じゃあマサル、ここからは君に任せるよ」

 

イチの父親がエレンをここまで連れてきた少年に一言かけると、少年が一歩前に踏み出して話を進め始める。

 

「んじゃとりあえず、俺は武部鼎(タケベ マサル)。マサルで通してるんでそれでよろしく。まあ短い付き合いになるだろうけどな」

 

そういいながら携帯電話をいじるマサル。

すると数秒でドアがノックされ、後二人の少年が入ってくる。

 

「この二人は右がアキ、左がオミ。本名は……まあ呼び方分かってりゃいいっしょ?」

 

軽い調子でどんどん話を進めていくマサルのペースを、エレンはようやっと飲み込んだらしい。

無駄な質問はせずに要点だけの話を進める。

 

「貴方達三人の信頼性は?」

 

いきなりストレートに聞いてきたエレンに、少年三人はおろかイチの義父も一瞬意表を付かれた様に驚きの表情を浮かべる。

しかしイチの義父とマサルはすぐにそれを感心したような表情と取り替えた。

 

「いや、本当にイチの言ってたとおりの子だな。一人に任せたのも分かる」

 

「俺とアキはここでイチと一緒に修行した仲間だ。オミはその少し後に生まれて、まぁ俺とアキの弟みたいなもんだ。本人はその頃高町の親父さんの所に入り浸ってたイチが目標らしいが」

 

ちくりと厭味をこぼしながら邪悪な笑みを浮かべるマサル。

エレンはその仕草になんとなくイチをみて、三人が信用に足ると判断した。

 

「これが病院でイチ先輩達と絞り込んだ候補。人数も四人、効率よくエリアを四つに分けて回ればいいわ」

 

「そだな。目的は偵察のみなんだったら一人で十分か。オミ、お前は一人で大丈夫か?」

 

「任してくださいよ。初めてイチ兄の役に立てるんだし、鍛えてくれたマサ兄とアキ兄の顔潰さんよう頑張ります!」

 

アキとオミも積極的に作戦会議に参加し、イチの義父が見守る中での役割分担と細かい任務設定を進めていった。

 

「よし、じゃあ各自写真はもったな? あとあくまでも俺達三人を信頼してくれた上での任務だ。たとえそれがどんなに仲の良い友人や家族であろうと任務ないような話さないこと、いいか?」

 

「りょーかい♪」

 

「オッケーです!」

 

「それじゃあ……」

 

「なになに!? イチの彼女が家に挨拶に来てるって!?」

 

マサルが話をまとめているところにいきなりドアを開けて入ってきた女性が叫ぶ。

その女性は室内を素早く見回すと、すぐにエレンのところで視線を固定すると、

 

「あなたね!? あなたがイチの彼女ね!? いやー、なかなか利発そうな美人のお嬢さんじゃないの!」

 

息もつかせぬ速さでエレンの目の前まで間合いをつめて勝手に盛り上がり始める。

思わず腰の後ろに手を回しそうになったのをエレンはなんとか押し留めるが、眼前でハイテンションでまくし立て続けるこの女性をどう扱っていいものか困惑していると、

 

「え!? エレンさんアンタ、イチの彼女!?」

 

「マジですか!?」

 

「へぇ〜、やるねぇ、アイツも」

 

と協力者三人組もエレンのことを詳しく紹介されていなかったのか、突然飛び込んできた女性の言葉を真に受け始める。

このまま収集がつかなくなりそうになった時、イチの義父がエレンに助け舟を出した。

 

「おいおい、エレンさんはイチの彼女じゃないぞ? 大体本当にそうなら一人で来させるような真似、アイツがするか?」

 

すると三人組は暫く思案の末、肩を少し落として残念そうに首を振った。

どうやら今ので納得したらしい。

最後に飛び込んできた女性も、やがて諦めたようにため息を一つつくと、

 

「……ごめんなさいね、エレンさん。あの子もてるのに全然そういった話がないからつい興奮しちゃって……。あ、私イチの義母の狼村洋希、ヨウさんって呼んでね?」

 

とセミロングの髪を揺らし、くりっとした瞳を細めて軽く首を傾げる様な挨拶をエレンに向ける。

桃子よりは年上に見えるが、それでもかなり若く見えるイチの義母は挨拶が済んだと同時にまたエレンに詰め寄るようによってきて、

 

「それでエレンさん、貴方はイチに彼女とかいないかどうか知らない? あの子ったら今まで全然女の子に興味がないみたいで親としては心配なのよ。ブリジットちゃんだってあんなにイチ一筋だったのに全然イチのほうからそんな素振りはなかったし……。そのくせ偶に傍から見ててもドキッとするようなこと平気で言うもんだから皆可哀想で、ねぇ? 多分あの調子で本人が知らない間に回りに女の子沢山集まってると思うんだけど…………」

 

苦笑いと諦めたような表情を浮かべる四人の男たちがエレンに同情の視線を向け続ける中、結局最後にイチの義父が人の命のかかった仕事だと説明をするまでヨウのマシンガントークは留まらず、エレンは自分を一人でここに来させたイチに少々の殺意を覚えたような気もしつつ、心のどこかでこういった空気の中に自然と自分を馴染ませてくれるイチや恭也のまわりの人間に凍っているはずの自分の心が溶かされていくような不思議な感覚を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

探索を始めて半日。一度経過確認と今後の打ち合わせのため、エレンと狼牙の三忍者はイチの病室を訪れていた。

 

「イチ兄! 大丈夫なん!?」

 

ベッドから上半身だけ起こして四人を迎えたイチに、オミが真っ先に駆け寄っていく。

 

「おぉ、また今まで見たことないくらいボロボロだな!」

 

「それもなんか女の子庇って銃弾受けたって、またお前らしいよ」

 

あとから入っていったマサルとアキは、全く心配するような様子もなく軽い感じで病室に足を踏み入れた。

最後に入ったエレンは、イチの横のベッドで自分達を伺うフィーアを一瞥してからイチの横に座り、備え付けのテーブルに地図を広げた。

 

「ここまでで海鳴市内の候補地を外側から潰していったわ。私は……大体この辺りね」

 

テーブルの横に置かれていたサインペンを手にとって自分の当たった場所を塗りつぶしていくエレン。

他の三人もそれにならって自分が回った場所を塗りつぶす。

残っている場所は十ヶ所程度までになり、商店街を中心にその範囲自体もかなり狭まっている。

 

「フィーア、ちょっと来て」

 

イチに呼ばれてフィーアは素直にエレンの反対側に腰をかける。

多少まだ動きが鈍いが、元々が刀傷なだけに傷の塞がりが早く、もう動き回れる程度には回復していた。

 

「さすがアインとイチのお仲間ですね。仕事が速い」

 

フィーアはそういって残った候補地の中の一つに大きく丸をつけた。

 

「アインが出た後イチと更なる候補地候補の絞込みを行いました。その結果、あらゆる点からここが一番可能性が高い」

 

「ここは……イチの通ってる学校の裏の廃墟、だよな?」

 

「……ああ、そっか」

 

「え? なんでです?」

 

三者三様の反応を見せる三忍者。

 

「つまりね、オミ、この場所なら玲二達の様子も見れるし、バイクでの移動を主にしている彼女にとっても一番都合がいいんだよ」

 

イチがそういいながら地図上で拉致されたと思われるポイント、学校、そして監禁場所候補地を指差していく。

小さな三角形を描いたイチの指をみて、オミは感心したように何度も頷いてみせる。

 

「それじゃこれからここに乗り込むわ」

 

エレンはそれを聞いてすぐに席を立ち、部屋を出ようとするが、イチがそれを止める。

 

「エレン、一人では行かないほうがいいよ。万が一待ち伏せみたいなことになったら二人にまで危害がおよぶかもしれないし」

 

「……わかったわ」

 

「ありがと。それじゃマサル、アキ、オミ、頼んだよ?」

 

「任せたってください、イチ兄!」

 

「おっけ〜任せろ。今度弁当つくってくれな」

 

「俺はとりあえずそのフィーアさんを紹介して欲しい」

 

オミ、アキと承諾の言葉が段々と砕けてきたところでキチンとマサルが落としてくる。

イチは苦笑いを浮かべながら、

 

「こちらはフィーア。元暗殺者で俺と相打ちになって入院中」

 

「相打ちといってもイチは後から銃弾を受けたわけですから、勝負自体は私の負けでしたが」

 

「……二人してまともに答えを返すな。軽い冗談だ」

 

「うん、僕も冗談だよ?」

 

「……私は冗談は言ってませんが?」

 

やはり感情を封印したのではなく押し殺していただけなフィーアはそれなりに馴染むのも早い。

もう三人のイチの友人達と普通に会話出来ているフィーアを見ながらエレンが少し複雑な表情をしていると、

 

「ああ、玲二がエレンに“無理するな、いつでも頼って来い”だって」

 

とイチがいきなり玲二の声色を真似る。

そんなイチをみて今度はそれをからかい始める三人は、エレンにも玲二のことでその矛先を向けてきた。

いつしかエレンも会話にぎこちなくながら溶け込んでいることを彼女自身感じながら、こういった人たちといれば、いずれ玲二のように自分もここを故郷として変わっていけるのではないかと思いつつ、突入前の三人の友人をリラックスさせるように会話をはこんだイチに感心したような視線を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでこんなことしてるつもりかわかんないけどさ、アンタ玲二にどうして欲しいの?」

 

エレン達が捜索を始めたその日の晩、海鳴市内のとある廃墟の中で早苗は窓際に膝を立てて座っているキャルに刺々しく言い放つ。

 

「玲二さんは今、私達と生きてるんです。貴方がこんなことした所でそれは絶対に覆りません」

 

普段は気弱な美緒の言葉に聞いていた早苗も一瞬驚いたような表情をするが、すぐに不適な笑みを浮かべてキャルに向き直る。

二人の強い意志の篭った視線を受けて、キャルは不快そうに顔を顰めると、

 

「それじゃあここでちょっと昔話だ。所詮アタシや玲二たちはあんた等平和ボケした馬鹿共とは住む世界が違うって事をよぉ〜く分からせてやるからちゃんと聞いてろよ?」

 

と普段の邪悪な笑みを浮かべながら二人の正面に座り込んで話し始めた。

 

「女の子が、ある日同居していた姉のような存在がギャングの抗争に巻き込まれて殺された後、東洋人の男が前に現れました。その男は敵を討ってくれるといって女の子に近づき、そして家のなくなった女の子を自分の家に快く住ませてくれました。初め女の子はその東洋人が姉の敵と関わりがあるんじゃないかと思って近づいたのですが、抗争の目撃者を探していたギャングのボスから庇ってくれたりするその男に女の子は心を許し始めました。そしていつしかそれが恋心になり、女の子は一緒にいたいと一世一代の告白をします。それを聞いた男は女の子を抱きしめ、何があっても絶対に彼女のもとに戻ってくると約束してくれました。復讐も成功して、男との楽しい生活に幸せを感じ始めていたある日……、二人の生活していた部屋は何者かに爆破され、少女はその部屋で一人、男を待ち続けました」

 

そこまで話してキャルは一息つく。

目の前の二人の自分に向ける視線が同情的になっていることに気付き、そして自分の表情がその頃の自分に戻ってしまっていることに気付く。

気まずそうに視線をそらしたキャルは、

 

「それで暫くしてきたアイツの上司ってヤツにアイツは裏切って女を連れて逃げたって聞かされた。アイツはアタシと約束しておきながら他の女と逃げたんだ」

 

と背を向けたまま今度は怒りを露にする。

 

「……そ、そんな……、玲二さんが……」

 

キャルの話にショックを受けた様子で言葉もない美緒だったが、早苗は比較的冷静だった。

 

「それでアンタは玲二をどうしたくてここにきたの? わざわざ私達を人質にして。殺したいの? それとも泣いて謝って欲しいの?」

 

いつまでも強気に言葉を発する早苗に、キャルは振り向いて声を荒げる。

 

「アタシはな! アイツを苦しめて苦しめて苦しめ抜いて、膝ついて泣いて謝ってきた所で絶望させてやる! アタシを見捨ててかわりに手に入れた女を目の前で殺して、アイツに自分の無力さを味あわせて!」

 

「……玲二さんは、貴方の思い通りにはなりません」

 

強気だった早苗を圧倒するほどの殺意の篭った言葉に対して、静かに反論したのは美緒だった。

 

「あの人は、今を生きています。今を何よりも尊いものだと思って……。たとえ玲二さんが昔貴方を裏切る形なってしまっていた所で、それは変わりません」

 

そして美緒は顔を上げ、普段からは想像もつかないほどの鋭い目付きでキャルを睨み付け、

 

「あの人は、振り返りません。絶対に」

 

静かに、しかし一変の迷いもなく今の玲二を信じきっている美緒の言葉に、キャルの苛立ちは頂点に達した。

 

「テメエらは……! そんな生意気な口利きやがって!!!!」

 

問答無用で有無もいわさずにキャルは美緒の頬を平手打ちにした。

乾いた音が冷たいコンクリートのうちっぱなしの室内に響き渡る。

 

「な!? アンタ! 美緒になにす、きゃ!」

 

返す手で早苗も殴り飛ばし、そこからは一方的な暴力が始まる。

顔を殴られ、腹を蹴られ、髪をつかまれて投げ飛ばされる。

そんな一方的な暴力の支配する中、それでもそれに耐え続ける二人の目に宿る強い意志の力は決して衰えない。

ぼろぼろになった二人が庇いあうように倒れ付しながらもそんな視線を向けてくることに、キャルは自分の破壊衝動が抑えられなくなっていく。

なんとかしてその目に絶望を。

そんな思考に駆られてキャルはジャケットからS&Wを引き抜く。

弾は抜いてあるが、もちろんそんな事とは思っていない二人は突然出てきたこの国では見慣れない武器に驚愕する。

二人の瞳に始めて恐怖が宿ったことに気を良くして、キャルは饒舌に二人に吐き捨てる。

 

「はっ! 偉そうに能書きたれたところでどうせテメエらは家畜みたいに過してきたこの腐れ果てた国の人間なんだよ! アタシ等はこれが飛び交う日常で日々生きてきたんだ。ぬるいこと言いやがって、結局テメエらは本当に殺されるって危機感が致命的にかけてやがる!」

 

邪悪な笑みを浮かべながらキャルは美緒に近づき、銃口を無理やり彼女の口に捻じ込む。

言葉にならない悲鳴と嗚咽を漏らし、初めて恐怖に顔を歪めて涙を滲ませる美緒。

 

「や、やめなさい。美緒を放して……」

 

「うっとおしーんだ、よ!」

 

すがり付いてきた早苗の腹に蹴りを入れて気絶させ、黙らせるキャル。

 

「ほれ! これが銃だ。この状態でアタシが引き金引いたらアンタの脳みそここにぶちまけることになるぞ! あ!?」

 

「や、やめてぇぇぇ、うっ、ひっ、ひぐっ!」

 

恐怖に顔を歪ませ、涙を流し、銃身と口を唾液だらけにしながら搾り出すように声を上げる美緒を暫くの間これ以上ないほどの優越感に浸りながら見ていたキャルだったが、ふとガラスに映った自分の姿を見てある光景が頭を過ぎる。

それはキャル自身が幼い頃、自分の父親に受けた仕打ちだった。

酒に酔い、部屋に帰るや否や自分に散々暴行を働いた父。

着の身着のままで家に置き去りにされ、ストリートで稼いだわずかな金もすぐに奪い取られて酒代に消える。

ついには実の父親に犯されそうになった時、キャルはついに逃げ出したのだが、それまでにうけた暴行、そしてその時の父の優越感に浸ったような表情は、今の自分そのものだった。

泣きはらして力なく横たわる美緒の口から銃口をゆっくり抜くと、心底バツが悪そうに、

 

「……悪かったね。心配しないでもそろそろ玲二と一緒にいる奴らがここを見つけてあんた等を助けてくれるよ。……あいつ等に伝えてくれ。玲二と決着をつけたい。明日16時、あんた等の学校の聖堂でまってるって。…………じゃあな」

 

と言い残して去っていった。

そしてその数分後。

 

「美緒、早苗……」

 

暗闇の中から自分達を呼ぶ中のいい友人の声を美緒は聴きつける。

 

「え、エレン……?」

 

なんとか声を出して自分がいることを知らせると、エレンがもう一人、少年とともに近づいてきた。

自分と早苗の今の状態を思い出した美緒は、少し身をよじる。

キャルに暴行を受け続けた二人は衣服もボロボロになっていて、男性に見られて平気でいられるような状態ではなかった。

 

「ほい、毛布だ。下がってるからこれかけてやってくれ」

 

美緒の仕草だけで大体の状態を掴んだのか、一緒にいた少年、マサルは持っていた鞄をエレンに渡して部屋の外に消えた。

そしてエレンはそれを美緒と早苗にかけると、

 

「ゆるしてとは言わないわ。たしかに貴方達は私が巻き込んでしまったようなものだから」

 

とつらそうに顔をゆがめながら美緒たちに独り言のように謝罪すると、外に合図してマサルを呼ぶ。

 

「どうやらキャルってのは立ち去った後らしい。とりあえず怪我もしてるみたいだし、病院に運ぶか」

 

「そうね。矢沢医師に連絡してもらえる? ここにはもう戻らないでしょうから車をまわしてもらうわ」

 

そうしてすべての連絡を終えた後、エレンは美緒の傍までやってきて告げた。

 

「恨んでくれても構わないわ。でも私達はもうすぐ貴方の前から消えるから、悪い夢だとでも思っていたほうがいいかもしれないわね」

 

そんな台詞に怒りを覚えながら、美緒は安心で緩めてしまった緊張に逆らえずにその意識を闇の中に沈めていった。

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

前回いつでしたっけってくらい久々かもしれないアインです

物事は何一つ予定通りになんて進みません。

私には予定などありませんが、それでもとりあえず環境は私がSSを書くことを快く思っていないのでは? と思うくらい時間が別のことに使われていきます

そんな中プロットつめたりをせこせことやりながら時間を見つけて勢いに任せても結局こんなに間隔空きました、といいわけ前回トークw

実は外付けHDが壊れまして、少々現実逃避しておりました。

なわけでそれと共にまとめてあったファントムの美緒ルートの資料が全部消えまして、もう九割以上オリジナルですw

新たに出てきたイチの友達も、扱い的にはFateの三人娘くらいですのでとりあえず本編にはそんなに絡んできません

てなわけでまたしても勢いに任せた23話でしたが、次回はもうちょっと自分の予定通りに行くことを自分自身ねがっております、いやほんとOTZ

それではまた





何とか人質の救出も済んで…。
美姫 「次回は玲二とキャルの戦闘になるのかしら」
どうなんだろうね〜。
美姫 「一体、どんな展開が待っているのかしら!?」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」



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