『聖りりかる』
第3章 〜来訪、高町家〜
和を感じさせる家の造りに、洋を匂わせる内部の装い。昨今の日本の住宅様式に見られる和洋折衷然とした家屋の中を、一人の青年がひっきりなしに歩き回っていた。
「……ああもう、なのははまだ帰ってこないのか!?」
青年は苛立たしげにそう声を上げ、意味も無く握りしめた拳を己の太腿へと打ちつける。そんな落ち着きの無い青年に対し、ソファで本を読んでいた眼鏡の少女がやれやれと溜息をついた。
「恭ちゃん、そんな気の揉み方したってなのはが帰ってくる訳でなし。ちょっとは落ち着きなよ」
「でもな!」
「恭也、美由希の言うとおりよ。一応は忍ちゃんの所にも連絡を入れたんだから、少しは落ち着きを持ちなさい」
そう諌めるのは今しがたリビングへと入ってきた女性である。二人への呼び方とその物腰から、この家の中で二人よりも確実に地位は上の方であろう事が推察できた。
「……あれ? 母さん、確か父さん呼びに行ったんじゃなかったっけ?」
ふと、違和感を感じた美由希と呼ばれた少女が、母親と呼ばれた女性へと尋ねる。確かこの人は父を呼びに行くと言ってリビングから出て行った筈だ。
「ああ、士郎さんなんだけど……なのはがまだ帰ってこないって取り乱しちゃってね。現役だった頃のありったけの伝手に声をかけようとしてたものだから」
そう言って、半ばから折れ曲がったステンレス製の室内用箒を見せる。それを見た美由希は「あー…」と呟きながら、それ以上の反応は面倒だと言わんばかりに読書に戻った。
ピー…ン…ポーン………
そんな折、インターホンから電子音が鳴り響く。時間帯から考えても、我が家の騒動と無関係なただの来客とは到底考えられない。
「!!」
ダッ!
その音に恭也は反射的に身を翻し、玄関への突進を試みる。
が、
「ハイ残念!」
ピーン!
「ぐえっ!?」
いち早く恭也の挙動を察知した美由希が、彼の首に鋼糸を絡ませて機先を制した。そんな様子を見届けた母親の女性は、我が家の恥すべき末っ子への溺愛ぶりを一通り隠せたことに対し満足げに一つ頷き、来客対応の受話器へと手を伸ばす。
しかし、彼女は恭也を止めた事に安堵してしまったが為に失念していた。
今しがた、箒一本を犠牲にしてまで誰を黙らせたのかを。
黙らせたその者こそ、家族の中で誰よりも末娘の為に見境が無くなる『狂戦士の因子』を有している事を。
ヒュッ…!
〜〜〜〜〜
ピー…ン…ポーン………
「はーい!」
インターホンから若い女性の声がする。
「すみません、高町さんのお宅で間違い無いでしょうか?」
「ええ、そうですが…」
「実はそちらのむす…」
ドタドタッ!!
娘という単語を告げるまでも無く、複数の足音が玄関口まで慌ただしく鳴り響く。その足音を聞いた望は“あぁ、やっぱりこの娘は心配されてたんだな”と自分の行いを少し誇らしく思ったりもした。
ドガァンッ!
ギャリギャリギャリギャリ、ズズン!!
そんな望のささやかな満足感も、門の中で響いた謎の轟音と、ひしゃげた引き戸によって無理やりにこじ開けられた門扉を見た瞬間に吹き飛んでしまったが。
レーメ、なのはと共に目をまん丸にした望が現状を分析しようとする前に、何やら玄関口から慌ただしい気配が伝わってくる。
「あなた、ちょっと落ち着いて頂戴!」
「止めるな桃子! 俺は修羅道へと身を堕とす!!」
「ちょっと恭ちゃん! こんな事で金剛功なんか使わないでよ!!」
「なのはの為に戦うのなら、今がその時だ!!」
そんな喧騒を伴いながら、やがて土埃が晴れる。そこから見えてきたのは、男性二人と女性が一人……更に、片方の男性に引き摺られた少女が一人。男性の方は体格や顔つきなどから父親と兄かと予想はついた。女性陣は双方見た目が若すぎて姉妹か親子か少し判断し辛い。そんな面々は暗闇に佇む望達を視界に収めると、ピタリと動きを止めた。そして刺さるは値踏みの視線。
女性は頬に手を当てて微笑ましい物を見るような生暖かい視線を送り、
少女は引き摺られた埃を払いながら何気なく此方を見遣り、
男性陣の二人は、
現代の日本において、一般的とは言い難い怪しげにも見える出で立ちの望たちを見て、
そんな少年に背負われ、頬には痛ましい涙の跡がありありと見て取れるなのはを見て、
改めて怪しさに満ち溢れた望たちを見て、
大きく一つ息をつき、
「「貴様、娘(なのは)に何をしたァ!!」」
次の瞬間、修羅と化し望へと襲い掛かって来た。連れてきた筈の望に襲いかかる辺り、どうも脳内で都合のいい変換が行われているらしい。
「は、えぇっ!?」
戸惑いもそのままに、取り敢えず望は二人の突進を右に回避。
「ッし!」
が、その回避は相手も予想済みだったらしく、強襲の勢いそのままに青年の左脚が望の肩口を捉えようとしなやかに伸びる。
「…!」
その蛇蝎が如き足技に対し、咄嗟に望は己の右脚を出す。青年が繰り出すのは右腕を基軸に両脚を活用した、カポエィラにも似た格闘術。そんな青年の両脚の不規則な軌道を、股関節の動きから足先へとなぞるようにトレースすることで先読みする。
「よっと!!」
軌道を読み切り、青年の両脚を右脚一本で絡め取った望は、そのまま踵落としの要領で地面へとその攻撃の衝撃を叩きつけた。
流石にこのカウンターは予想外だったらしく、青年はそのままバランスを失い、地面に左手をつく。追撃を避ける為に青年はその場に留まらず、痺れた両足をカバーするように両手足を駆使して望のリーチから離脱した。
(闘い慣れてる!?)
警戒もそこそこに、望はその事実に戦慄する。今の青年の足運び、判断、離脱…全てに於いて凡そ並の鍛え方では到底至れない。
……それこそ、命のやり取り、ないしはそれに準ずる事を経験しない限りは今の動きは有り得ない事を、望は己の経験則から容易に察していた。
不意に月影が暗やむ。その瞬間に望の全身が粟立ち、そして重大な事実を思い出す。
―――襲撃者は二人ッ――!
本能の叫ぶまま後方へ跳び、前を見る。
視界に飛び込んで来たのは、今さっき自分がいた地点に肘の半ばまでを地面へとめり込ませた、もう一人の壮年の男性だった。
「ノゾム!!」
我に帰ったレーメが叫ぶ。だが、望は危なげなく体制を立て直すと、改めて男性を見た。
青年はアウトレンジからこちらの気配を伺っているが、時折殺気を飛ばして此方の読みを牽制している。
そんな青年にも警戒を払いつつ、男性の気配を油断なく探り、
そして知る。
先程の青年も、今目の前にいる男性も、よくよく気配を探り見れば
ほんの微かにだが、神剣の気配を纏っているのだ。
「…………ッ…!!!」
此処へ来て望たちの疑念はいよいよ確信に変わる。この時間樹は決定的に何かが狂っている、と。
転生体しか持ち得ない筈の神剣。その気配をを彼等は確かに持っている。しかし、それはほんの僅かに過ぎず、神剣第十位の転生体が持ち得る最低限の力の二割にも満たない。
だからこそ、その二割という事実が望たちにとっては大問題なのだ。
転生体としての最低限の条件を満たせない力しか持たないとは則ち、彼等が転生体ではないという決定的な証明である。たかだか二割程度では、神剣の輪廻転生や所有者へ力、ないしは記憶を流し込む為のエネルギーすら満足に確保できない。
彼らのソレが神剣の体を成していない以上、それは神剣とは言い難い。しかし、最弱クラスのミニオンですら、第九位から第十位相当の力を保有している。ならば何故、これほどに微弱ながらも純度の高い『匂い』がするのだろうか……。
一瞬ではあるが、思考の海に埋没しかける。だがこの二人を相手取っての一瞬の隙とは、十二分な決定打を放つ機会を供する事に他ならない。
「…フッ!!」
その隙を最大限に活用し、念入りに気配を殺した男性の手刀が望の喉元へと伸び―――
「やめなさいっ!!!!」
―――切る前に全ての動きを止めたのは、玄関口にいた女性の一喝だった。
「あなた、恭也…少しお話しがあります。こちらへ」
口元に笑みを浮かべ、それ以外は全くの無表情という不安極まりない顔をした女性に、二人は真っ青になりながら何とか弁明しようと口を開く。
しかし、女性の対応は迅速だった。
「なのは、そろそろその子の背中から降りてあげなさい? 貴方達もわざわざこんな遅くにすみません。良かったら上がっていって下さいな。あなたと恭也は早くあちらへ。これからの都合がおしてるわ」
早口で一気にまくし立てると、女性は望へと向き直る。改めましてと前置きを入れてから、望に深く頭を下げてきた。
「主人と長男が大変な失礼を。私から、後ほど改めて謝罪を致します。私の名前は高町 桃子…その娘、高町なのはの母親に当たります。あちらは主人の高町 士郎と長男の高町 恭也。それと長女の高町 美由希……私達の家族構成は以上になります」
年端もいかない子供に対して、少々大袈裟すぎる言葉と物腰ではある。だが、先の五秒にも満たない戦闘を眼にすれば、この少年が只者ではないことを察するには容易に過ぎる。それを踏まえた上で、桃子は望に対する態度を決めていた。
「娘をわざわざありがとうございました。もしご迷惑でなければ家に上がって頂けませんか?」
言いながら、一段と深く頭を下げる。その腰の低さに若干戸惑いつつも、望は何とか言を返した。
が、ここで思わぬボロが出る。
「ご…ご丁寧にどうも。せっかくですが、お断りさせて頂きます。まだ旅の途中ですし、少し確かめたい事なんかもありますので…」
ピクリ、と桃子の頬が引き攣る。
「…あらあら、そんな旅を二人だけで……?」
「今は、ですかね。ちょっと別行動でして、再会がいつになるかは分かりません」
「…その別行動のお友達は貴方達と同じくらいの年頃の?」
「ええ、まムグッ」
言いかけて突如として口を塞がれる。見るとレーメが必死の形相をしていた。
「…愚か者! 今の吾らの状況を忘れたか!? このような法治国家だと子供は守られる存在だと言うたのは汝ではないか!!」
言われて、気付く。
今、俺達は子供なのだと。
物腰の低さからつい忘れてしまっていたが、今の自分たちはティーンにも満たない餓鬼の姿なのだと。
焦りを抑えつつも、望は桃子へと向き直る。
「………………」
先程見せた口だけの笑顔を張り付けた桃子がいた。どうやら先程のレーメの言葉も筒抜けだったようだ。
「…えっと」
「あがるわよね?」
「………その」
「あがりなさい」
「……………はい」
こうして、望の高町家への来訪が半ば無理やりに決定した。
うん、結構、重要そうなワードが出てきたけれど。
美姫 「それ以上に恭也と士郎の暴走に目がいってしまうわね」
だよな。ちょっと過保護すぎるよな。
美姫 「それにしても、その二人を押さえ込む辺り、流石は桃子さんって感じよね」
おまけに望も逆らえないという。
美姫 「でも、恭也たちからも神剣の匂いという事は」
うーん、この世界はどういう形なのかな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。