『聖りりかる』
第8章 〜片鱗の真実、世界の正体〜
「…神の…意思……?」
「ああ」
ユーノの呟きに望は同意を示す。
「そんなの……聞いた事もありませんよ」
「確かにそうだろうな。真っ当に生きてる人間であればその名を知る事も無いから」
何の事は無いといった風に望は飄々と言う。流石にユーノも訝しげになる。
「なら、何故望さんはその事を知っているんですか?」
「あー…そこに近い位置に居たから……かな。一応コレはトップシークレットの部分に当たるからそんなに深くは聞かないで欲しい」
「神に近い所に? …それこそ眉唾モノですよ。信じろってのが無茶な話です」
ユーノの言葉を受けて望は先程の剣幕が嘘の様に困った表情になる。
「……とりあえず『そういう物』だっていう知識として持っておいてくれ。他言は無用で頼むよ」
「…仮に貴方の言う事を事実とするなら」
今までの話を聞きながらユーノは望へ質問をぶつける。
「どうして『神』の結晶なる物が『神でないモノ』に反応したんですか?」
「……それは…」
答えに窮する望。
望自身すら先日に知ったばかりの為に、様々な仮説はあれどユーノの疑問を晴らす明確な解答を持ち合わせてはいなかった。
しかしそこに、全く唐突に助け舟が出される。
「それはこの世界に存在する生命、それらの一部に『神の欠片』が内包されているからです」
突然の声。第三者の介入に、望の意識は一気に警戒段階まで押し上げられる。
おかしい、未だレーメの張った結界は有効な筈だと可能性の提示と否定を繰り返す。しかし、その介入者の波動を察知した瞬間にそれらは一斉に霧散した。
ユーノと望が吸い込まれた視線の先には、一人の少女が佇んでいた。
「誰ですか!?」
ユーノが警戒心を全開にしながら、声を発した者へ向き直る。
そして望はその者を見ると意外そうに小さく呟いた。
「ナルカ……いや、イルカナか…?」
望が闖入者……小柄な黒髪の少女を見て呟くと、その少女は小さく微笑んで返答した。
少女の名前はイルカナ。ナルカナの一部から切り離され、それが独立した意思を持った存在だ。『とあるきっかけ』を境に顕現し、ナルカナが存在を認めて自らの想いを確信してからは、必要に応じて生み出せるナルカナの分体や名代としての役割を担っている。
「『イルカナ』としてはお久しぶりですね、望さん」
望はそんなイルカナに軽い笑みを浮かべる。
「そうだな……久しぶり、イルカナ。で、今のイルカナはナルカナとリンクしてるのか?」
「いいえ、つい先程切りましたよ」
「…なんで?」
半眼になりながら望は尋ねる。
「だって、こんなに可愛くなった望さんを見たナルカナの反応が自分で見れないなんて……面白くないじゃないですか♪」
チロリと小さく舌を出し、可愛らしい仕種で望に向き直る。望はそれに頭を抱えながら小さく零した。
「……相変わらずの小悪魔ぶりで…」
「褒めても何も出ませんよ?」
褒めてねーよ。
突然イルカナが少し内股になり太股を擦り寄せる………ってオイ
「あっ……でも…ちょっと…出てきたかな……んっ」
「何がだ!?」
「ナニって勿論あi…」
「言うな!? 言うなよ絶対!!!」
「んふっ、ちょっとした冗談じゃないですか…んぅ」
「嘘つけぇ!!」
「…くすっ、そこの彼の為にもこの辺にしておきましょうか……」
幼い見た目に似つかわしくない、妖艶な笑みを望に送りながら若干前屈みのユーノをちらっと見る。
「ぇぅあぅ!?」
バタバタと慌てた様に手を振るユーノ。悪戯な笑みに戻ったイルカナはくるりと一回、その場で回る。
「悪ふざけはそろそろ止しましょう。先の話に戻りますね」
イルカナが表情を引き締める。望たちの表情も自然と厳しい物へと変わった。
「まずはそこの……イタチさん…? の質問ですが……」
「…………もうイタチでいいです……」
あ、コイツついに投げやがった。
「…この世界の住人に、たまたまソレを扱う才能が備わっていた………今はそう理解しておいて下さい」
「いや、でもそんな…」
「貴方が我々を信頼していない以上、これ以上の問答に意味はありません」
イルカナがユーノの言葉をピシャリと断ち切った。確かに一理あると考えたユーノは渋々ながらも引き下がる。
「望さん………」
「いや、その前に」
言いながら望はパチンと軽く指を弾く。それを合図に周囲のマナが活性化し、場を覆うオーラフォトンがより強固な光を纏った。しかし、それに気付ける者は少なくともこの分枝世界には存在しないだろう。
「レーメが張った結界の強化をした。これで隠匿は大丈夫だろう」
(!?…魔法陣も展開せずにそんな真似を?)
ユーノは決して言葉には出さず、しかし内心で戦慄に震える。他者の施した術式に介入、その上で奪取した術を強化・最適化する技術をたったの一工程で行ったのだ。その驚きも無理からぬ事であろう。
実際の所、レーメは黎明、ひいては望の分身と言っても過言ではない為『自分の術に自分で力を注いだ』だけなのだが。
「ええ、ですが…彼は聞かせて大丈夫なのでしょうか…?」
言いながら、イルカナは訝しげにユーノを見た。思わずユーノは身構えようとするが、その前に視線を外される。
「ある程度関わっちゃってるし、核心に触れなきゃ大丈夫だろうけど…」
「…あまり大丈夫ではありませんね。この話は核心に触れてしまいます」
「そうか………」
どうしたものかと首を傾げる。結界の張り直しをしようにも、イルカナのこの様子だと気付く者がでてしまう可能性がありそうだ。
隠密性ではレーメに一日の長がある。イルカナは『何かと派手な』ナルカナの分身体なので、実は隠密は苦手分野だったりするからだ。
軽い沈黙を守っていたイルカナが、徐に口を開く。
《………そうですね、こちらの言葉で話します。これなら理解されないでしょう。大丈夫ですか?》
「?」
イルカナのその小さな唇から紡がれた言葉は、ユーノにとって全く未知の体系の言語だった。
人では決して届かない高みに在り、尚且つ時として扱う者への強制力すら有する言霊の極みとも言える言語。
それは、神剣言語と呼ばれている。
「???」
ユーノは突然に発された謎の発音に混乱していた。
《……精神への直接的な呼びかけじゃ駄目なのか?》
訝しみながらも望も神剣言語を話す。
《その手の物は世界によっては盗聴される可能性があります。得策とは言えません》
《そうか……で、ナルカナが直接出向かずにお前を使ったんだ………いや、ナルカナだから十分有り得るのか…面倒臭い〜とか思いっきり言ってそうだし……》
《……ナルカナは根源回廊に潜って一日も経たない内から十五分おきに貴方の名前を呼んでますよ?》
この男は……、といった様子でイルカナはやれやれと首を振る。だが、昔から言わないと分からない男だったと改めて実感し、何かを悟るとイルカナは思考の海にダイブしかけた望を現実に引き戻す。
《望さん、続けますよ?》
《…ぁっ! ああ、済まない》
コホンと軽く咳ばらい。仕切り直しを皮切りに、イルカナは話し始める。
《この時間樹には、致命的なバグが存在しています》
《ああ、それは来てすぐに思い知った……具体的な内容が判明したのか?》
イルカナがはい、と軽く頷く。
《ナルカナと沙月さんがログ領域から情報を収集していく内に、ある事実が判明しました》
《うん…?》
次の瞬間に発された言葉は望の想像を遥かに超えた物だった。
《この時間樹にはエターナルは愚か……転生体すら、いませんでした》
《………何だって?》
《更に言えば、この時間樹には殆どと言って良い程に…神剣が……無いんです…》