『聖りりかる』




第10章 〜決意の証、罪の眠り〜







「……………で」

「うゅ……ナノハの説得に失敗した…」

「どころか火に油を注いだ、と」

 場所は望とレーメに宛がわれた部屋。向かいあった二人は情報交換も兼ねて、今後の方策を話し合っていた。

 そんな中、レーメは己の失策を望に伝え、望は腕を組みながらレーメの話を聞いている。その表情も厳しい物ではなく、決して起こっているわけではないようだ。

「ノゾムよ……無鉄砲なところもあろうが、汝とて…」

「言わなくても分かってる。胸倉掴んだ時にも気丈にこっちを見続けてたんだ………色々と、俺に似過ぎだよ…あの子…」

 一通りの話を聞いた後に頭を抱えながら、それでも何かを懐かしむように望は目を細める。

「……どうするのだ?」

 たまり兼ねたレーメがなのはの今後について尋ねる。 望はそれに軽く腕を伸ばしながら応じた。

「しばらくは様子を見よう。見込みの種はあるんだろ?」

「無い事はないのだが……」

 レーメが少し言い澱(ヨド)む。

「…?」

「ナノハの奴……どうも運動神経が切れておるというか…」

「…運動音痴、と」

 黙ったまま、レーメがコクリと頷く。対する望は別段に気にした風も無く、気軽に言い放った。

「そこらへんは問題無いさ。俺だって力を手に入れる前は、運動出来た方じゃなかったしな」

「だが…」

「レーメ、忘れるなよ。俺達は今までスタンドプレーでやって来たから、最終的な戦力に総合力を求めてきたんだ。でもなのはちゃんは違う…あの娘には、あの娘をアシスト出来る存在がいる。だから彼女には死角があっても、ある程度までは問題無いんだよ」

 望の言う事にレーメは軽い衝撃を受ける。確かに望の言う通りだ。自分達も複数人で行動しているが、望が本気で戦う時は必ず一人になってしまう。故に、いつの間にかレーメは戦闘力を総合で見てしまう癖がついてしまっていた。

「…うむぅ…一理あるな…」

「だったらそれでOKだろ?」

「確かにノゾムの言う通り…なのだが…」

 その理論は今、現在進行形で根底から覆されようとしている。



「そろそろ助けに行かんとあのイタチが三枚おろしになるぞ?」



 望が疾走の構えを取るのには、二秒と掛からなかった。





〜〜〜〜〜







「殺ァっ!!!」



シャン!!



 銀光一閃。

 恭也の腰元から放たれた白銀の煌めきは、音すらも置き去りにして白い軌跡を描く。だが恭也自身は納得がいかないらしく、顔をしかめるばかりだった。

「まだだ! まだ切先の疾りが甘い!!」

 先の一撃を放った恭也は苛立つように道場の隅へ行き、刀の手入れを始める。

 小太刀による技を主体とする御神流にしては珍しく、それはいわゆる『打刀』と呼ばれる、現代に於いて一般的とされる形状・刃渡りの日本刀であった。

「…恭也、何をしているんだ」

 鬼気迫る勢いで刀を研ぐ恭也に、道場に上がって来た士郎が静かに声をかける。その威厳と重さに、恭也はまるで幼子が親に悪戯を咎められたかのようにビクリと肩を震わせ、それでも己が父たる士郎に己の心根を告げた。

「父さん…ごめん……でも、俺は父さんみたいに冷静でいられないから…」

 刀を研ぐ手を止め、恭也は士郎に己の心情を吐露する。懺悔をする迷える子羊が如く、揺れた眼差しで士郎を見た。

「俺が未熟なのは十分に分かってる! …でもっ、それでもこれだけは!!」

 そんな恭也の肩を士郎は静かなままにそっと叩く。恭也は思わず顔を上げると、そこには全てを含んだ、己の『父』であり『師匠』である高町 士郎の柔らかな表情があった。

 やがてゆっくりと士郎は口を開く。

「恭也………今はそれで良いんだ」

「父さ…師匠………でも…」

「人とは誰しも未熟なのだよ。私とて、まだまだ人として至らないさ……だが、その未熟さ故に人は上り詰める事が出来る」

「………」

「己が未熟である事を忘れるな。そうすればお前は、更に強くなれる……」

「……ありがとうございます…師匠……」

 恭也の頬から一筋の光が滑り落ちる。しかし、恭也はそれを否定はしなかった。

 御神の師弟は互いを見合い、志も新たに次なる力へ至る決心を確かめあう。

「さて…」

 不意に士郎が沈黙を破る。視線を道場の中に遣り、目標を確認すると満足そうに微笑んだ。

「恭也、師弟としてはここまでだ」

 言いながら士郎は蝋燭を付けた純白の鉢巻きを頭に巻き、どこから出したのか『五寸釘をしこたま打ち付けた金属バット』を腰だめに構える。



 製法は永遠の謎である。



「…フッ、分かったよ…父さん」

 軽く笑いながら恭也も刀の水気を綺麗に拭き取り、丹念な手つきで仕上げを施す。

そんな道場の中央には、







 ぐるぐるに縛り上げられたまま天井から吊され、泡を吹きながらピクリとも動かないユーノ・スクライアの姿があった。








 そう、師弟としてはここまで。

 これからは、

 ここから先は、

 娘を愛する家族(修羅)の領域だ……!!




「「まずは皮から、だな」」




 落ち着け、お前ら。



〜〜〜〜〜



「ストォォォォォォッップ!!!!」

 望が道場に着いた瞬間は正しく間一髪だった。士郎がバットを振り上げた姿勢のまま固まる。それを横目に確認しながらも、慌てて望はユーノへと駆け寄った。

「おい! ユーノ!?」

「ぶくぶくぶくぶく…」

「……手遅れ…だったか………」

 ユーノをそっと縄から外し、望は士郎に向き直る。

「……士郎さん…何故……?」

「…家族を想う事は、罪なのかね?」

 士郎はその瞳に僅かな罪悪感を滲ませながら返す。しかし望は己の情を押し殺し、追及の手を緩める事はない。

「……彼も…家族でしょう……貴方は受け入れたんじゃないんですか!?」

「だがそいつは娘を危険に晒した!! だからっ!………だか…ら……」

 血を吐くが如く、士郎は胸の内を打ち明ける。

「それを危険だと思うなら、他にやり様はあったでしょう?」

「私は……不器用だったんだ…それしか知らなかったんだよ……」

「そんな事を言っても…ユーノはもう戻っては来ないんですよ!?」

「……私は…わたしはぁぁ……っ!!」

 ついに士郎が泣き崩れる。そんな士郎を庇う形を取りながら、恭也が二人に割って入った。

「やめてくれ!! 父さん一人だけじゃない、俺だって一緒に殺ったんだ!」

「…恭也さん、でもそれは………」

「恭也……下がれ…! このような場に情けなど無用の長物でしかない!!」

「父さん、でも!!」

「…お二人の言い分は分かりました……詳しくは…」

「ああ…すまない………罪には然るべき罰がある……そうだな…」

「俺も行くよ……父さん……」

 娘を愛し、愛するが故にその手を狂気に染め上げた。過ちを知った親子は手を取り合い、その場を静かに去ろうとする。そんな二人の背中を望はただ無言で追いかけた…………。







「……ドラマの見すぎだ、アホどもめ!!!」








〜〜〜〜〜




「………ってな感じで術の発動を促す訳なんだけど」

「…自分の魔力タンクを開くパスワードみたいな?」

「そうそう。そんな感じかな」

 時間は経ち、なのはの自室。なのははユーノから本格的に魔法の講義を受けていた。


 あれから結局、望を仲介に置いたなのはと士郎・恭也の愛娘連合軍は実に三時間にわたる攻防戦を繰り広げた末に、





「お父さん達なんか大っ嫌い!!!!」





 という核爆弾を落とされた連合軍の惨敗に終わる。

 二人は断腸の思いで望に全てを託すと、心の荒野を潤す為に缶ビール片手になのはのアルバムを引っ張り出して自室へと引き上げた。

 さっきから啜り泣く声が鬱陶しい。

 そんな野太い呻き声をBGMに、望はなのは育成計画を練り上げた。娘の決意を肌で感じた桃子による全面監修の下、

 技術面は持ち込んだユーノに、

 戦闘面は要員の恭也・士郎・望に、

 戦いの心構えはレーメに任せて、なのはの育成計画は始まった。

 桃子にしてみても、元よりなのはの成長の仕方に思うところがあったらしく、多少の歪さはあれどもカンフル剤としての効果を期待しているらしい。元々が責任感の強い望の性格もあり、この期待に応えるべく随分と入れ込んでいた。

 今はユーノによる座学の時間。フィーリングで適当に使う力の危険性を指摘する目的だったが、なのはは驚くほど真剣な姿勢を見せていた。

「……とまあ、こんな所かな。次の講義は明後日だからね」

「ありがと、ユーノくん!」

 やがてユーノの講義が終わる。夜も良い時間なので寝る事になるのだが………





「そういえば望くんって何処で寝てるの?」





 騒ぎの火種は、尽きそうに無い。



ノリノリだな、この三人。
美姫 「妙に息が合ってたわね」
だよな。まあ、ユーノには災難としか言いようがないけれどな。
美姫 「ともあれ、なのはも話し合いの末に参戦が決まったみたいね」
話し合い……なのか、あれ。
美姫 「まあ、娘に甘いからこそ反対したんだろうけれど、それ故に一言で撃沈だものね」
さてさて、なのはの参戦によってどうなるか。
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ!



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