『聖りりかる』
第12章 〜姫の不機嫌〜
むっすぅぅ〜〜〜〜〜……………
「なーにを怒ってんのよ、なのは?」
「朝ご飯食べなかったの?」
「……自分の浅はかさに憤慨してるだけだもん」
「難しい言葉知ってるわね…」
なのはが初陣を勝利で飾った翌日、彼女の機嫌は頗る悪かった。
原因がいくら自分にあるとはいえ、やはり不機嫌になる事は否めない。そんな不機嫌真っ只中のなのはに話し掛けるのは、親友であるアリサ・バニングスと月村すずか。
アリサとすずかの両名とは、とある揉め事を境にずっと友誼を結んでいる。
この二人になのはを含め、聖祥附属きっての仲良し三人組として名を馳せていた。
そんな中に居て尚、なのはを不機嫌にさせている理由が、目の前に広がっていた。
「まだまだ巻き返せるぞー!!」
「上がれ上がれ! キーパー止めろ!!」
高町 士郎率いる『翠屋JFC』、その試合日にアリサ達と一緒に応援する事を、なのははすっかり失念していたのである。
流石になのはも親友の手前で望にすり寄る訳にいかず、その望も折角の友情に余計な水を差すまいと、少し離れた位置からレーメと観戦をしていた。
それがまたなのはには面白くない。
結果として高町なのはの機嫌が底打ち状態となっているのである。
その内になのはから段々と無気力オーラが放たれ始めた。
「ガッツ見せなさーい!!」
「頑張ってー!」
「頑張れー…」
「…って、ちょっとなのは! アンタいくら何でもテンション低すぎよ!?」
「うにゅぅ………」
アリサがどれだけ檄を飛ばしてもなのははぐねぐねとした動きを止めない。
遂に業を煮やしたアリサが何処かに走って行った。その行き先は………………
〜〜〜〜〜
《……で、使い道が果てしなく難しいと》
《そうだな。カタストロフィに比べれば範囲を大幅に絞れるが……それでも撃滅型には変わりないぞ》
《技のプロセスとしては………》
《…ならばその段階で止めて…》
なのは達がモチベーションで言い合いを繰り広げている場所からフィールドを挟んで向かい側、望とレーメは神獣とその主の間にある意識共有を用いて、新しいスキルに対する評価を相談していた。
導かれた結論は『中規模殲滅型アタックスキル』
エクスプロード以上カタストロフィ以下と言う辺りで落ち着く。
しかしこのスキル、応用が利きやすい反面で「範囲内の敵を容赦なく挽肉にする」という物騒極まりない威力を持っていた。
範囲に融通は利くが、威力は減らし様が無いという異色のスキルだったのである。
結論としてここから先、当分は使わない事を決意。だが副産物である双刀型の黎明は使い勝手が悪くない為、これからの望の自主鍛練に双刀が追加された。
そんな取り留めも無い話をしている中、
「ちょっとアンタ!」
なのはの友達である女の子から声を掛けられた。
〜〜〜〜〜
「………あれ? アリサちゃんは?」
「それすら気付いてなかったんだ……」
やっと顔を上げたなのはが開口一番、そんな言葉を漏らす。流石にすずかもその言葉には苦笑いしか出てこない。なのははしばらくキョロキョロと周りを見渡し、ある一点でその視線が固定される。
「アリサちゃんならさっきね、なんか…」
「あ、うん。見えてるから大丈夫だよ」
口元だけ三日月の笑顔を作り、なのははベンチからゆったりと立ち上がる。そんな間も視線は全く外れない。
それどころか瞬きひとつしていない。
そんななのはの視線の先にはとある男女があった。
そこには、
自分の親友が、
自分の一番愛しい人と、
仲睦まじそうに、
顔を、
寄せ、
合って、
……………
〜〜〜〜〜
「なのはちゃんが全然モチベーション上がらない…か。俺でどうにかなるのか?」
「むしろアンタ以外考えられないわ。隣にいるだけで随分違うと思うから、悪いけどお願いできない?」
「レーメ?」
「吾は構わん。ナノハの所なら吾はおらん方が賢明だろう」
「そうか…」
「話はまとまった? じゃあ…」
アリサが望を連れ出そうと柏手を打とうとした瞬間、
ゾッ!!
「「…!!!」」
言い知れぬプレッシャーが望たちを包み込む。殺気とは違う、『刺し貫く』ではなく『閉じ込め縛る』ような歪な感覚。
すぐにスイッチを切り替え、周囲への警戒を最大まで引き上げる。
「いきなり何怖いして………ひぃ!?」
望たちのいきなりの雰囲気の変わり様に首を傾げたアリサが、その体勢のまま小さな悲鳴を上げる。
二人もアリサの視線の先を確かめる様に首を回す。
そして、
「ア・リ・サ・ちゃん?……何、してるのかな?」
過日に見せた『濁った眼』でありながら、その全身に奇妙な『氣』を漲らせた己の妹分がこちらに向かってゆっくりと歩を進ませていた。
なのはは望に眼もくれず、一直線にアリサへと進み、顔をアリサの鼻先二センチでピタリと止めて口元だけの笑顔を浮かべる。
「な、なのは…? どうしたのよ……そんな……」
「ねぇ」
「はいっ!?」
「望くんと何を話してたの…?」
「そ、それは……」
ここでアリサは選択を間違えた。素直になのはの事が心配だと言えば、何も問題は無かった。
が、生来のプライドがそれを拒否し、少々ませた事を言いたい年頃が完全な止めを刺してしまったのだ。
「あ、アンタに関係無いわよっ! 男女の会話に茶々入れないでくれる!?」
ぷっちん
「「あ」」
「え?」
加速していく刻の中
少女は世界の意思を知る
光が少女の世界を覆い
今日も、日々をきz「勝手に終わるななの」
……サーセンした………
〜〜〜〜〜
「…………何があったの?」
「何も無かったわよごめんなさい」
「アリサちゃんが私の為に何か考えてくれてたみたい」
「でも…」
「きっと大丈夫だよ」
何処かカクカクとした動きで受け答えをするアリサに、どこか遠くを見たまま視線を動かさないなのは。
やはり気にはなるが、開けてはならない扉だと分かってしまうすずか。そして月村すずかと言う少女は、決して好奇心という名のフロンティアスピリッツを持ってはいなかった。
「……ならいいけど」
日和見主義ともいう。
「…否定材料がないよぅ………」
〜〜〜〜〜
「……やはりモモコの娘、か…」
「遠い眼してまで言う事か?」
「様式美だ」
「違うからな」
アリサとなのはの介入でグダグダになった二人は、先刻より更に取り留めもない話を繰り広げていた。
最早討論を続ける気力もなく、何の気なしにサッカーコートに目をやる。
「「あ」」
ピピーッ!
瞬間、脚を押さえて倒れ込む我らが翠屋JFCゴールキーパーの姿を二人は確認した。
〜〜〜〜〜
「参ったな………」
そう言いながら士郎は思わず頭を抱える。
原因はフェイント。パス回しは敵ながら目を見張る勢いだったのだが、最後の瞬間にシュートの軌道を読み間違えたらしく、キーパーの膝に渾身の一撃が直撃したのだ。
士郎が診た所では軽い捻挫になっている。半月板に損傷が無いだけ僥倖だと見るべきだろうが、運悪くベンチにはキーパーがいない。代理を立てる事は出来るが、キーパーは読みの良さと何よりも度胸勝負が要となる。いきなり言ってもまともに機能しないだろう。
「だが…致し方無し……か」
多少のリスクは……と覚悟を決めた時、士郎の視界の端に、駆け寄って来る少年が写った。
〜〜〜〜〜
「………で」
「こうなった、と。似合っておるぞ?」
若干ニヤつきながらレーメが茶化す。望はユニフォームを合わせながらげんなりとした表情を見せると、頭に手をやった。
《…こんなにのんびりとしてて大丈夫なのか?》
《仕方あるまい。吾らは戦闘に特化し過ぎた。本格的な指針が決まるまでは何もする事が無いであろう》
《ナルカナと先輩に任せっきりってのが、どうしても引っ掛かるんだよ》
やはり罪悪感を残す望。それにレーメは暫しの間キョトンとすると、悪戯な笑みを見せて何もないかの様に返した。
《それは問題ないぞ。サツキもナルカナも進んでしておるのだ。献身、という意味ではあ奴らとしても本望だろう》
《そういう物なのか…》
《それに》
《?》
《私的な部分なら文字通り『喰われて』おるではないか》
《やめい!》
真っ赤になった望を意地悪く見ると、そのままレーメはなのは達のいるベンチまで駆けて行った。
二人が念話で会話している最中も士郎は解説を止めない。望は大きく息を吐くと、自分のポジションへと小走りに寄った。
「望くん、何よりキーパーは度胸勝負だ。上手い事止めてくれよ?」
道すがら、士郎が望に最終確認を取る。
「分かりました。ゴール周りは手を使ってそれ以外なら脚、と」
「基本それでペナルティは無い筈だ。期待してるよ」
「努力はしますよ。それじゃ」
試合終了まで残り十五分、望は遺憾なくその鉄壁ぶりを披露する。
〜〜〜〜〜
「のっぞむくーん!! 頑張ってー!!!」
「さっきまでの無気力どこに行ったのよなのは!?」
「あはは…まぁ、なのはちゃんらしい…のかな…?」
「みんなもファイトだよー!!」
先の無気力は何処へやら。先陣を切って応援するなのはにアリサは飽きれ、すずかは苦笑いだった。
……さっきと反応一緒じゃね?
「だったら語彙増やしなよ…」
…返す言葉もありません………。
「頑張れー!!!」
応援しているなのはは気付かない。
前のキーパーが付き添いの少女の前で、物憂げに懐から出したモノを。
蒼く輝くソレに、Xと刻印されている事を。
〜〜〜〜〜
「3-1で翠屋JFCの勝利っ!」
『『ありがとうございましたー!!』』
結局点を入れられたのはキーパーが望に代わる前の一回のみ。それ以降は望が城塞の如き完璧な守備力を見せつけ、あまつさえ自分のゴールポストから直接相手ゴールにシュートを決めるという離れ業をもやってのけた。この結果に士郎が再び目を光らせた事は言うまでもない。
「じゃあ皆! 翠屋に移動するぞー!!」
意気揚々と士郎が声を張り上げる。 それを合図に各々は荷物を担ぎ始めた。
〜〜〜〜〜
「なぁ、ナノハよ」
「どしたの、レーメちゃん?」
「汝の願い、日を改める事は考えなかったのか?」
「あ」
〜〜〜〜〜
翠屋は流石に貸し切りとなっていた。店内では少年達がひしめき、騒がしくも楽しい一時を過ごしている。
そんな中、なのは達は騒がしいのが苦手な様で、店の外にあるテーブルで少々の茶菓子を伴いレーメ、アリサ、すずかと共に会話に華を咲かせていた。
「名前が漢字のがおらんと言うのも、稀有ではあるな」
「確かにそうかも」
レーメの言葉に相槌を打つすずか。 その言葉を皮切りにアリサがズイッと身を乗り出す。
「で、なんでレーメが高町家に転がり込む事になったのかしら?」
「詳しい事はまた今度話す。今は勘弁して欲しいぞ」
「なんでよ!?」
「気力が持たんのだ」
「「「??」」」
「もう少しすれば判る。今はそれで納得せよ」
そんな事を言いながら、他愛もない雑談に転じ、それなりの盛り上がりをしていた。
「そういえば望は?」
「ノゾムならばシロウ達に用があると言っておった。厨房ではないか?」
「あそ。まあどうでも良いけどね」
「辛辣だね、アリサちゃん……」
少女達の午後は過ぎて行く。
〜〜〜〜〜
「じゃあこれで解散だ。各自気をつけて帰るようにな!」
『『ごちそうさまでした!!』』
祝勝会も解散し、翠屋からぞろぞろと少年達が出て来る。キーパーの少年は付き添いの少女と手を繋ぎながら帰って行った。
「……いいなぁ…」
「だったら相手見つけなさいよ」
「勇気を出した特権だと思うなぁ」
「にゅぅ……」
「度々思うのだが…汝ら、少しマセ過ぎだぞ?」
そんな事を言いながら、手を繋ぐ二人を見送っていく。
終始なのはが気付く事なく、蒼い宝石は人波の中に流れて行った。
間もなく、それは牙を剥く。
反応が違い過ぎるだろう、なのは。
美姫 「まあ、仕方ないわよ」
にしても、まだ発動していないからなのか、全く気付かなかったな。
美姫 「そうよね。でも、それがどんな結果を齎すのかよね」
気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ!」