『聖りりかる』
第13章 〜重なる流れ〜
「レーメ! そっちはどうだ!?」
「一通りは見たが、人はおらん!」
「こっちにもいませんでした!!」
人気の無くなった住宅街、その十字路で落ち合った三人は相互確認を取る。
「一先ずは安心か……それにしても」
呟きながら望は十字路の先に眼を遣る。そこには幾重にも絡まった大樹の幹が姿を晒していた。
海鳴の街を巨大な樹が蹂躙する。ここに来ての原因など言うまでもないだろう。
「望くーん! こっちもいなかったよー!!」
バリアジャケットを纏ったなのはが駆け寄る。その姿を見た望は情報整理をする為に、再び散ろうとする全員を呼び寄せた。
「とにかく、情報の整理だ。レーメ、被害状況は?」
「範囲は約三キロ四方、今の所建物は一軒も倒壊しておらんが、それも時間の問題だろう。樹は全部で九本だ。 力の流れを読む限りでは、中心はあの樹だぞ」
そう言ってレーメは中央の樹を指差す。 望はそれに一つ頷き、今度はユーノに向き直る。
「ユーノ、お前達の魔法文化の中には認識阻害や視覚妨害の術はあるのか?」
「あります…けど…」
「どうした?」
「多分コレは認識阻害じゃありません」
「何?」
「僕達の魔法の中には空間を『切り取る』魔法があります。これだけの異常が起きながら、街に騒ぎが全く無い……でしたら、これは間違いなく空間隔離の魔法かと」
「軽い異次元空間か……」
言いながらも望の表情は益々険しくなる。レーメも何かを考える様に軽く目を閉じて腕を組んでいた。
「今は事態の収集が先、か……レーメ!」
望がレーメを呼ぶ。呼ばれたレーメはいつの間にか耳に手を宛てがい、静かに目を開いた。
「…探索完了だ。隔離されたのは半径約六キロ四方、樹を包みドーム状に展開されておる。人は吾らのみだがあの樹の中心部分に更に二つの生命反応があった」
「反応の質によって対応が違って来る。正確に分からないか?」
「暫し待て…………これは……人だな。ナノハとおそらく同年代の男女が一組、同じ場所におる」
「人か………」
望は軽く溜息を一つつき、徐に黎明の柄に手を掛けた。
「疾ッ!!」
ドフッ!!
鈍い爆音と共に手近にあった大樹の幹の一部が、荒々しい爪痕を残して大きく吹き飛ぶ。しかし吹き飛んだのも束の間、ごっそりとその身を削られた幹は瞬く間に細い枝を寄り合わせ、太い幹へとその姿を変えた。傍目には何事も無かったと言わんばかりに、大樹がその威容を覗かせている。
「予想通りの超回復か……強度は無いけど厄介だな」
「強度が無い分、再生に力を入れるか。いくらゴリ押しが可能とはいえ、中に人がいたのでは……」
「ああ、俺達だとどうしようもない……か」
「いやいやいやいや!!」
ユーノが慌てて手を振りながら望に詰め寄る。 望もレーメもキョトンとしてユーノを見た。
「「どうした?」」
「相手の魔力強度はかなりの物なんですよ! そんなのを軽々と吹き飛ばしておいてなにを諦めムードに!?」
混乱状態にあるユーノが支離滅裂に言葉を紡ぐ。二人は最初、何を言っているのか分からなかったが、やがてレーメが得心したかの様に手を叩いた。
「ああ、汝は『相手の魔力防御は並の強度ではないのにどうやって幹を軽々と破壊したのか』と尋ねたい訳だな?」
がくがくと首を上下させるユーノ。その横でなのはは先の斬撃に茫然自失と立ち尽くしていた。
レーメはうむ、と大きく頷く。そして人差し指をぴんっと立て、
「事態の収拾もあるから手短にな」
望に冷たくそう言われ、へなへなと脱力しながらも話し始めた。
「……まあ、今後にも関わる。手早くではあるが説明しよう」
ユーノは黙る事で先を促した。
「汝らの魔法障壁には『物理防御』と『魔法防御』の二種があるだろう」
「ええ、状況で使い分けたり両方の効果を持たせたりしています」
「あの樹は魔法防御にのみ重点を起き、物理面は樹の本来の硬さで補う型をとっておる。つまり、物理防御の障壁は働いておらず、言わば剥き身状態にある」
「……言いたい事は分かりましたが…どうやってその樹を?」
訝るユーノはまだ納得出来ない。なのははそもそも理解していない。
「ならば、魔力など使わず剣の衝撃波だけでも樹を吹き飛ばすには十分だ…というのも理解できよう?」
今度こそユーノが言葉を失う。なのはは元から聞いていない。
「レーメ、そろそろ動きがありそうだ」
望からの制止がかかる。レーメも潮時とばかりに切り上げた。
「ナノハにはまた詳しく話す。今は理解だけしておけ」
「そこはわかったの!」
……最近アホの子になってない?
〜〜〜〜〜
「で、今回の標的なのだが……」
レーメが切り出した言葉に一同が耳を傾ける。
「見ての通り…形態変化を始めて核となっている二人を中心に、包み込むような形を取りはじめた。判明したジュエルシード、パーマネントウィルの名前は『コバタの森の風』……相手が大樹の形をしているのはこれが理由と考えられる」
「で、ユーノに質問だ」
望がレーメの後を引き継ぐ。ユーノは頷く事で返事の代わりとした。
「ジュエルシードは力の発現に指向性を持たせる事が出来るのか?」
「ええ、ですがジュエルシードそのものは、望さんの説明にあった通りの力の結晶です」
その言葉にレーメが疑問を口にする。
「待て、ノゾム。パーマネントウィルの概念の書き換えなど不可能であろう?」
「既存のルールは通用しない。ユーノの一族にあった情報も、ある程度は実際に起こった事を元にして作られている筈だからな。無視は出来ないよ」
そう言われると否定出来ない。今はどんな些細な情報も見逃す事は出来ないのだ。
「すまぬ。吾のせいで話が逸れてしまったな。続けてくれ」
「わかった…で、ユーノ。今回、中心にいる奴らが『願った事』の検討はつくか?」
「願った事…?」
「『願望の実現』が力だっていうなら『実現』させる為の『願望』がある筈だろ?」
「確かに……『空間』を『隔離』して更にその身を『大樹』で『包む』……この条件を全て満たす願い事…?」
難しい顔をして一同は黙り込む。そんな中、これまで沈黙を守っていた少女がポツリと口を開いた。
「『二人きりの世界』……」
「「「え?」」」
「多分なんだけど……自分達だけの世界を望んだんじゃないかな…?」
なのはの言葉を受けて、瞬く間に疑問が氷解する。
「…確かに、それなら納得が出来る」
「身を包むのも二人きりの聖域を護る為……か。中々に浪漫を掻き立てる話だが、はた迷惑も良い所だな」
呆れ声でレーメがぼやく。
「どうしましょうか…?」
ユーノが対策指針を決める為の疑問を呈する。望がそれに簡潔に答えた。
「作戦は一応は出来てる。その為に……なのはちゃん、君の力が必要だ」
望はそう言ってなのはを見遣る。そしてそう言われたなのはは、
「なんでもするの!!」
かつて無い程の輝きを込めた瞳で大きく頷いた。
かくして、戦いは始まる。
〜〜〜〜〜
「いきなり使う羽目になるとは……」
うんざりした様に望が呟く横で、なのはが精神集中を極限まで引き上げている。
「なのはちゃん、最終確認だ。俺はこれからあの大樹に突っ込んで標的までの軌道を確保する。そしたら」
「私がこの魔法で一気にジュエルシードを封印する。だね!」
不敵に笑うなのは。 その表情はどこか頼もしげであった。
「よし、じゃあ行くよ……三、二、一…」
「「GO!!」」
そして、戦いは加速する。
〜〜〜〜〜
駆ける。
ただ、駆ける。
災厄の発生源までは二キロ以上の距離がある。ただ駆けるだけでは駄目だ。今回はなのはへの軌道の確保という任務がある。
自分では、中心にいる子供の命の保障が出来ない。普段なら賭けに出る場面だが、今回は確実な手段があるではないか。ならば使わない手は無いだろう。
そう思いながらも、少し彼女の成長に期待している自分がいる。その事を軽く鼻で笑うと、望は表情を戦いのそれへと変えた。
望が疾走しながら黎明を抜刀。その柄尻を合わせ、一つの双刀に姿を変えさせた。
そのタイミングを見計らい、追走していたレーメが声を張り上げる。
「『バルハの竜骨』限定六パーセント解放! 全長指定、四百メートル。効果範囲、剣先に固定!!」
レーメの言葉を受け、望が双刀となった黎明を高速回転させる。
すると黎明の鍔に当たる部分から黒白のオーラが溢れだし、瞬く間に黒白の渦が出来上がった。
「ふっ!」
速度を緩めない望が黎明の回転を止め、持ち直した黎明の剣先を渦の中心に突き立てる。
カッ! ビュゴオォォオォォォォ!!!
次の瞬間、黒白の渦は猛烈な黒白の竜巻へとその姿を変える!
「上手く調整できてるか…!?」
天に届かんばかりのその竜巻を刀身に纏わせた黎明を、望は大きく振りかぶった!!
「“テンペスト”!!!」
グォガギギギィン!!!!!!!
竜巻が大樹と激突し、その幹を容赦無く削り取る。テンペストの理力と、大樹が張り巡らせたシールドがスパークを起こし、耳障りな音が鳴り響く。
ベリィッッ!! ブチブチブチブチブチブチ!!!!!!!
しかし、理力の鬩ぎ合いも束の間、あっさりと渦に障壁を剥ぎ取られて大樹はその身を黒白の災禍に蹂躙される。予想以上の成果と確かな手応えを感じながらも望は油断なく周囲を見渡し、鋭い声でレーメに呼び掛けた。
「レーメ! 再生速度が予想より速くなってる。範囲をもう少し広げてくれ!!」
「了解だ!『バルハの竜骨』出力変更、十一パーセント解放! 全長指定七百メートル!!」
レーメに纏わせた竜巻の密度と大きさが膨れ上がる。その波動を受けて再生をしていた大樹の枝が一斉に望へとその先端を向けた。
「防衛本能もあるのか……!」
伸びる枝をかい潜り、目標のいる大樹の元へと辿り着く。
「ノゾム! ナノハへの軌道が確保できておらんぞ!!」
若干の焦りを含んだレーメの言葉を受け、望は一瞬だけ思案顔になる。しかしその態度もすぐに終わり、レーメに指示を出した。
「まずは“テンペスト”でなのはちゃんまで大まかな道を作る。直後に中心近くまで“ライトバースト”で一気に掘り抜いて届かせるぞ!」
「わかった! ……ッ!! ノゾム!!!」
方針を決めた瞬間、レーメから切迫した声が聞こえる。何事かと望が振り向いた瞬間に、それは視界に捉えられた。
「なに…っ………マズイ!?」
その先に、迫り来る枝を必死に避けるなのはの姿を写す。
ユーノが結界やなのはの死角を補う形でサポートしているが、チェックメイトは時間の問題だろう。
「…ッ! 一旦退く!!」
そう告げて踵を返そうとした瞬間、
「…この手合いの護衛対象が慣れないのは分かりますが、少し判断を誤りましたね」
斬! 轟ッ!!!
なのはを捉えかけた一際太い枝が綺麗に切断されて、切られた枝が瞬時に燃え上がり炭化する。
「「え?」」
自分の身に何が起こったのか理解出来ないなのはとユーノはその時間を停止させている。
「望さん、貴方の基準は少し高すぎます。相手は人間なんですよ? これからは求める強さの基準を少し下げるか…」
パンッという柏手を打つ渇いた音。
ガチィ…ン…!
直後、広範囲に展開されていた巨大な樹が残らず氷漬けにされた。
「でぇっ!?」
その余りの光景にユーノが表情を引き攣らせる。しかしまだ混乱の最中にいるのか、その表情はそれ以降は変化しなかった。
「望さんの基準にその女の子を届かせて下さいね。戦いに関わらせるなら尚更ですよ?」
氷の大樹が粉々に砕け散り、光球に包まれた男女がゆっくりと地面に下りていく。
光球が地面に触れた瞬間、視界が軽くぶれて、街に人の気配が戻ってきた。
「さて、望さん?」
「あ、ああ………え?」
「汝……来ておったのか?」
やっと少しだけ言葉を搾り出す二人。今はそれが精一杯だった。
そんな二人を前に先程なのはの窮地を救った少女は望に軽く近寄ると、脱力した望の頭をトスッと人差し指で軽く突いた。
「少し言いたい事もありますが、今はやめておきましょうか。ちょびっとお久しぶりです、望さんっ♪」
そう言って、くるりと一回り。
目の前の少女……イルカナは悪戯な笑みを浮かべ、直後に望へ抱きついた。
イルカナ早々に再登場。
美姫 「しかも、ピンチの時に現れるなんてね」
しかし、ただ登場ってだけじゃないんだろうな。
美姫 「調査の結果報告かしらね」
さてさて、一体何が分かったのか。
美姫 「非常に気になるわね」
だな。次回も楽しみにしてます。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。