『聖りりかる』




第17章 〜果たせし再会〜














ぐいん



「おふぁ」



ぎゅん



「むぎゅぅ」



「…………レーメ、無理するなよ?」

「…だ、大ジョうぷっ………」

「最後の二文字が完全にダウトじゃないか…」

 山道を行く車内で望は溜息を一つ吐く。

 理由は自分の右側にいる『黎明の神獣』であるレーメの存在だった。



 なんとコイツ、車に酔ったのである。



 いくら山道とはいえ、傾斜はなだらかでありそれほど曲がりくねっている訳でもない。それでもこれ程までグロッキー状態なのには明確な理由があった。

「…うぉぉー…」

「無理すんなよ。考えてみりゃ初めてだったよな…お前がちゃんと乗り物に乗るってのは」


 そう。


 レーメは乗り物に乗った事が無い。

 厳密には『入った』だけで『乗った』とは言い難い。彼女は本来であれば身体のサイズが十八センチに満たない為に、普段の移動は浮遊と飛行が主体となる。浮いていなければ望の頭や肩…もしくはポケットか、最悪黎明の中に潜り込んでいるので、まともに乗り物に乗った事が無いのだ。

 故に、

「…ぬぁー……」

 このグロッキーである。

 どうしようも無い事ながら、心配そうに目を伏せていた望がふと前を走っている車へと視線を向ける。視線の先には女性だけで彩られ、その姦しさが見ただけで伝わるなのは達が乗り込んだ車があった。
 女性同士ならばと、イルカナもそちらに乗り込んでいる。そんな中、段々とレーメの呼吸が浅くなりだした。

「……レーメ、此処からならそんなに遠い訳でもないから十分に歩いて行けるぞ?」

 ついに見兼ねた望が妥協点を探る為の交渉を始める。幸いな事に、事前に渡されていた『旅のしおり』の予定時間によるとここからであれば歩いても二十分かからない。

「どうする?」

「……………」

 最早言葉を返す事も叶わずに、力無く手をひらひらと振るう。しかし長年に渡った相棒の仕種を見逃し、しかも意味を汲み取れない望ではない。

 運転席にいる士郎に向かい、望は申し訳なさそうに降りる旨を告げる。レーメを心配していた士郎もこれに快諾し、レーメと望は車を降りる事となった。






〜〜〜〜〜






「ふぬっ…、くぁぁ〜……!!」

 車を見送り手を振る望を尻目に、大きく伸びをするレーメ。その様子に先程の不調は全く見受けられない。

 ジト目になった望がレーメを睨むが、当のレーメはどこ吹く風である。

「さて、こうして体調も戻った事だ。さっさと合流して堪能するぞ!」

「……ま、それがベストだな。折角の温泉旅行だから皆で楽しみたい」

 柳眉を和らげ、望はそう口にする。



 高町家主催の温泉旅行。場所は近いが、親睦を深める意味合いも籠め、年に何度か催される。

 今回、望たちも家族の一員としてその旅に同行する事になったのだ。



「温泉など、随分と久々だな……」

 どこかそわそわとしながら若干歩調を早めるレーメ。広い浴場の至福の刻を待ちきれない事は、望の目にも明らかだった。

「レーメ、そんなに急がなくても温泉は逃げないぞ?」

「愚か者! 温泉は逃げずとも時間は逃げるではないか!!」

 のんびりした望を一喝し、小走りに坂道を駆け上がる。そんな己の相棒に微笑ましい表情を浮かべた望も、レーメに追いつこうと歩くペースを上げた。









……――――ィィイイン―――!!!!









「「!?」」

 突如として、二人に降り懸かる圧力。並の物では無い、それこそエターナル…もしくは『第一位クラスの神剣』に匹敵する強固な波動を確かに感じる。

「「……!!」」

 そして、それほど時間を置いた訳でも無いのに何故か無性に懐かしさを感じさせる『彼女』の波動。

「……まさか」

「あ奴が…来た……のか…?」

 二人が結論に至り、気配を感じる方角に向き直ったその時、











「…のっぞむぅー!!!!」



ガッコォーン!!










「げっぼふぅあ!!?」

「ノゾム!?」

 弾丸よろしく飛来した『彼女』に直撃され、錐揉み回転をしながら弾き飛ばされるナルの担い手、世刻 望。

「逢いたかったよー!!………って、あれ? いない…望の気配…この辺りに確かに……」

「愚か者がぁ!! たった今すっ飛んで逝きおったわ!」



 いや、まだ逝ってないからね。逝ったらこのお話終わるからね。



「あら? チビスケが此処にいるって事は……」

「チビスケいうなぁ! 後、汝は人の話をちゃんと聞けい!!」

 そんなレーメの話も聞かずに、思考の世界に沈む女性。尚もレーメは噛み付いて行くが最早聞こえてはいないだろう。

 考え事の最中の女性に小さな女の子が食ってかかるという若干シュールな構図に、先程吹き飛ばされた被害者から声が掛けられた。

「ぁたた……レーメ…怪我は…?」

「汝へのピンポイント爆撃なのだから負傷する道理が無かろう。吾ならば問題ない」

「そか……じゃあ大丈夫だな」

「全く…その言い草だと汝も問題あるまい」

 互いの安否を確かめ合い、改めて女性の方を見る。

「……相変わらずか」

「ま、その方が『らしい』よ」

「………あれ、望じゃない? そんな、気配は確かに」

「ナルカナ」

 再び考え事に集中しようとする女性を遮り、望がその名前を告げる。ナルカナと呼ばれた女性はポカンと呆気にとられた表情となった。

「……あや? なんで私の名前知って…」

「愚か者めが、ちゃんと見れば解るであろう」

「…ってチビスケが大きく……小さく…膨らんで…縮んで………」

「…言い方が一々腹立たしいな」

 片眉をヒクつかせながら絞り出す様に呻くレーメ。そして望は苦笑いでそれに応じるしかない。

「ナルカナの呆け顔なんて珍しい物見れてるんだから、それで相殺しよう」

 呆気にとられながらも、やがて一つの結論に至ったかの様にピンとした表情になる。それでも自信は持てないのか、おそるおそるという、正しくナルカナらしくない様子で尋ねた。









「………………………………………………………もし……かし…て………………………………………………のぞ、む……?」









「「うん」」







〜〜〜〜〜







「「…ハッ!!」」

「どうしたのよ、なのは?」

「イルカナちゃんも…?」

「大切な瞬間を見逃した気配が…!」

「新しいハードルが出現した気配が…!」

「「?」」






〜〜〜〜〜






「きゃー! なにこれ、ナニコレ!? ちっさ、ちっさ可愛いー!!! 望なんだ!望なんだよね!?」

 テンションが一瞬にして限界を振り切り、ナルカナが暴走状態に陥る。止めに入ったレーメはとっくに弾かれて目を回し、望はナルカナにわやくちゃにされていた。

「いや、ムグっ。原い…ぷはっ…わからモガっ」

「きゅぅぅ〜……」

「これは、これはもうテイクアウト決定よね!? お持ち帰りの為のサイズよね! 堪能しちゃって大丈夫よね。吸い放題で食べ放題よねぇ!!?」

「なるッカナっ!? 人のぐみゅっ話をうぶっ! ムグぐぐぐぐ……」

 ついにナルカナの豊満すぎる胸元に抱き込まれ、呼吸すらままならなくなる望。必死に抵抗を試みるも、子供の状態では体型は疎か、筋力すらもナルカナに劣る。

「あーもぉーっ! 可愛いカワイイ可愛いかーわーいーいー!!」

 やがて胸の谷間から僅かに顔を覗かせた望の顔色が蒼白になり、だらりと全身から力が抜ける。

「……おゃ?」

 己の胸元からの抵抗が無くなった事にはたと気付いたナルカナ。

「…………………」

 ぐったりとした望を近くの茂みの中に連れ込み、ナルカナがその小さくなった最愛の人を静かに横たえる。



 そのままゆっくり膝枕。



「はふぅ…♪」

 ふにゃっとした笑みを浮かべ、至福の刻を堪能する。ふにふにと頬をつついては更に相好をだらしなく崩す。

「………そうだ…!」

 何かに閃いたらしい。頻りに周囲を確認する。

 右、適度に整備された森。

 左、気絶したレーメと岩。

 正面、道路から見え辛い様になった茂み。

 後ろ、やっぱり森。

 上、青空。

 下、望。



「…じゅるっ…………」





 ………あぁ、そういう事ね。





 ふと、ナルカナの眼がそれまでのふざけていた色合いを排除し、鋭い眼光で正面を見据えた。



 ざわめいていた木々が鳴りを潜め、静謐な空間がナルカナを中心に広がる。



 静かに、そして丁寧に己の両手を合わせて何かを崇拝するかの如く、無心の瞳を貫き通す。



 その姿は正に聖女と呼ぶに相応しく、見る者を跪かせる神々しさを持っていた。




 やがて、その口から放たれるたった一言。










「―――――いただきます」










 次の瞬間、意識を取り戻したレーメが『ナルカナ用』と見事な崩し字で書かれた巨大なハリセンを、力の限りに振りかぶった。







〜〜〜〜〜







「遅い!!」

 旅館の入口の前でなのはが吠える。その隣ではアリサもなのはと同じ仁王立ちの姿勢で、未だ到着しない子供組の緑一点を待ち構えていた。

「ほんっとに遅いわね! これは着いたら罰ゲームかしら!?」

「なのはちゃんもアリサちゃんも先に入っちゃおうよ……」

 二人が入らずに待っている事に負い目を感じているのか、すずかも旅館に入らずに先程から旅館の入口でうろうろしている。

 なのはとアリサが喚いている中、ついに坂の下から歩いて来る『三つ』の人影がなのは達の目に写り始めた。

「「「………え?」」」

 やがて人影がはっきりとし、顔が確認出来る様になった頃、望に連れ添っている見慣れぬ女性にアリサとすずかが疑問を浮かべる。

「…………くけけけ……」

 なのはは着実に、道を踏み外していた。






〜〜〜〜〜






「…流石は望だわ。私には到底至れない境地ね」

「痺れも憧れもしないがな…」

 場所は旅館の部屋の中。ナルカナとの情報交換を兼ねた現状報告を行っていた。



 望の正座はデフォである。





 望の正座はデフォである。





 大事な事なので(ry



「ナルカナよ、汝が来れたと言う事は、根源回廊の問題が解決したと見て良いのか?」

「話せば長くなっちゃうけど……そうね。水車小屋を造ったから粉挽きが終わるのを待つ感じかな?」

 逆に分かりにくい表現で説明するナルカナ。

“『根源変換の櫃』を造ったからマナ変換されるのを待つ”と言うニュアンスが一番分かり易いだろう。

「…そうか。サツキはどうなのだ?」

「後一ヶ月は掛かるんじゃない?」

「……中々の重労働だな」

 その言葉に罪悪感を滲ませる望。

 しかしその表情は罪悪感の暗さに痺れた脚の感覚から来る半笑い、更にレーメとナルカナのプレッシャーを受けた冷や汗がミックスされて面白い事この上ない。

「ま、詳しい話なら夜にだって出来るわ。今は楽しみましょう」

「汝が仕切るな! とにかく温泉だ!!」

 言い合いながらナルカナとレーメが部屋を出ていく。二人から解放された望は大きく息を吐き、痺れ切った脚を大きく伸ばしてゴロリと転がった。

「はぁ……やっと」




ガラッ!




「話は終わった!?」

「…解放されないなぁ……」

 鼻息荒く望の元に訪れたのは高町なのは。先程の黒いオーラが嘘の様にその表情は輝いている。

「どうしたの?」

「お風呂なの!」

「?」

「この前のお願い!!」

「…あぁ、あれか……で、何をお願いするんだい?」








「望くんと一緒にお風呂に入るの!!」



ナルカナの合流までは良かったけれど。
美姫 「望の姿を見た途端に暴走したわね」
レーメが気付かなかったらどうなっていたか。
美姫 「まあ、特に害もないでしょうけれどね」
いや、今のなのはから考えるに恐ろしい事になった可能性も。
美姫 「否定できないわね」
さて、ようやく人心地かと思ったんだけれど。
美姫 「まだ災難は過ぎてなかったみたいね」
さてさて、どうなる。
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ。



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