『聖りりかる』




第19章 〜魔法使いの夜〜













「…随分と豪勢ですね」

 用意された夕食に思わずといった感じでイルカナが呟きを漏らした。

「遠慮は無用! 料理として出された以上は食すのが礼儀だ!!」

 堂々と士郎がそう言い切る。それも尤もだと望は考えながら、それでも礼は弁えねばなるまいと士郎の正面に立ち、正式な所作に則って頭を下げた。

「………此度の家族旅行。我々のような流れ者を迎え入れるだけでなく、飛び入りの者すら受け入れて頂いた事……誠に有り難く思います。我々を代表して私こと世刻 望より、無上の感謝を此処に……」

 深々とした礼。その望の礼に引き続き、レーメとイルカナも頭を下げた。ナルカナは先に部屋で邪魔な髪を纏めると告げ、この場にはいない。

「ふむ。正式な御礼として、高町家代表、高町 士郎が確かに承った。なれば、此度の家族旅行に於いては君達に『無礼講』を課す事にしよう。今一度、我々に対する他人という『垣根』を取り払って貰おうではないか」

 厳めしく言った士郎はその表情を破顔させ、乾杯の音頭を取ろうとする。そこにタイミング良く髪を結い上げたナルカナが姿を現し、そのまま宴会はスタートした。







〜〜〜〜〜







「ぐーるぐーるぐーるぐるっとぉ」

 両手で別々の幾何学的な模様を器用に描きながら、ヨロヨロとした足取りで自分に宛がわれた部屋をめざすナルカナ。心配になった望が後を追っているが、余りのナルカナの惨状に頭を抱えて首を振る羽目になった。

「ナルカナ……呑み過ぎだよ…」

「…うぃ〜っくぅ」

「いつの間に呑んだんだお前」

 すっかり油断していたが、此処に来てレーメにも酔いが回り始めたらしい。目を回してふらついている。

 途中何度か柱にぶつかったりしたものの、なんとか部屋への誘導に成功した。面倒になったのでレーメも一緒に寝かしつけ、望はナルカナの部屋を後にした。







〜〜〜〜〜







「おや、望くん。ご苦労だったね」

 宴会モードから一転、静かに酒を嗜む月見酒に移行した高町、月村家大人組が望を出迎える。

「いえ、大丈夫ですよ………あれ? イルカナは?」

「なのは達と一緒に部屋に行ったよ。今頃はガールズトークの最中だろうさ」

 望がこの中に足りないメンバーがいる事を訝り、士郎がその疑問に軽く返す。

「そうですか、じゃあ『大丈夫』ですね」

 そう言って望は僅かに眼を細める。その眼光を合図に、取り巻く空気が軽く張り詰めた。

「さて……」

 一息つき、士郎が手元のグラスの中身を一気に飲み干す。ショットグラスを置いた次の瞬間、喫茶『翠屋』のマスターたる高町 士郎はそこから消え失せ、不破の姓を冠する歴戦の勇士と名高い『不破 士郎』がその姿を覗かせた。

「……良いんですか?」

「構わんよ。この場に居合わせているのは全員が『そう』だ」

 質問の意図が理解出来ている以上、余計な主語に意味は無い。その答えに理解を示した望は居住まいを直し、次の瞬間には全員に緊張が走る。

 そんな中、今回の催事を画策した本人である士郎が口火を切った。

「今回の小旅行、君が裏の意味を汲み取ってくれた事に感謝する。まずは紹介しよう、こちらは海鳴の『裏』を取り仕切る月村家現当主である月村 忍嬢だ」

「月村 忍です。不肖の身ではありますが、先代よりこの地を治める全権を委ねられました」

「月村家侍従長、ノエルと申します」

「同じく月村家侍従、ファリンです」

 士郎の言葉を引き継ぎ、忍が頭を下げる。それに伴い、忍の背後に控えていたノエルとファリンもそれぞれに名乗り、簡易の挨拶とした。

「今回、君達が当たっているトラブルの規模が中々に小さくはない様子なのでね。ならば責任者に話を通し、場合によっては民間人への配慮をしなくてはならない」

「道理ですね。なら、こちらも遅ればせながら……」

 そう言って望は姿勢を正し、畳に両手をついて頭を垂れる。

「こちらの勝手な都合の上、細に入った事情を明かす事が出来ない非礼を平に御容赦願います。姓は世刻、名は望。重ねて無礼ながら、根無しの旅人という事でどうかこの場は納得して頂きたい」

 そこで望は一旦言葉を区切り、下げていた頭を上げる。

「そちらの膝元であるこの地を騒がせたにも関わらず、今日に至るまで謝罪は愚か、面会すら能わなかった事を…深くお詫び申し上げます」

 そう言って再び望は頭を下げる。宴会の時もそうであったが、ナルカナと言う女性を差し置いて目の前の少年が彼らの代表であり、更にこれ程までに丁寧な挨拶が出る事に忍達は内心舌を巻いていた。

「顔をお上げ下さい。挨拶と謝罪、確かに受け取りました」

 そう言って忍は望に微笑みかける。その所作に望は眼光を緩めないまでも、軽く身体の力を抜く。

「挨拶は済んだね。では失礼ながら、望くんには少し、尋ねたい事がある」

 互いの挨拶が終了した事を見届けた士郎が、望に言葉を差し向ける。

「そう……君達を我が家に招待した時にも感じた事だ。私は君を子供だと到底思うことはできない…」

 少し、言葉を選ぶ様に軽く舌を転がす。考えを纏めるのにそう時間は掛からなかったらしい。

「ふむ、やはり回りくどいのは性に合わない。あの時に有耶無耶にすべきではなかった分も含めて単刀直入にいこう、望くん…君は一体何者かね?」

 その言葉に、望は逡巡する。あくまで一般人である彼等に神剣使いの情報を流した所で、彼らが出来る事など高は知れている。それにエターナルである自分達がこの時間樹を離れた時、彼等は望達の記憶の一切を失うのだ。

 しかし、この時間樹に於いては迂闊な行動を取れない。取る訳にはいかない。





 第一の理由はミッドチルダ。

 あの分枝世界の枠を超越する程の力を持った世界が、人の心を盗み見る技術が無いとは言い切れない。そんな彼等がエターナルの情報を入手した時に取る行動など容易に想像できるだろう。


 第二に、目の前の彼等が部分的にであるが内抱している神剣の欠片。

 これに余計な情報を流し込む事で、神剣使いとしての覚醒が始まってしまえば彼等がどうなるのか解った物ではない。神剣使いとは人間ではなくマナ生命体なので、最悪この時間樹に消化される可能性もある。沙月と合流して最終的な進路を決めない限りは下手を打つ訳にいかないのだ。




 最後に、個人的な感傷がある。

 頻繁に時間樹に出入りをするならば、記憶など気にする必要は無い。だが、望はそれをどうしても認める事は出来なかった。エト・カ・リファを出ていく瞬間、エターナルである『ノゾム』として歩き始めた第一歩。

 あの時によぎった、『人間、世刻 望』としての最後の未練。黄昏の校舎で笑い合う、顔も、交わした言葉すらも思い出せなくなってしまった親友。

 しかし、それがどうしたというのだ。

 彼らの顔は思い出せずとも、誓いを立てた時計は今でも懐に忍ばせている。交わし合った最後の言葉を思い出さなくとも、あの時に笑い合い、別離の涙を分かち合った事実はこの胸に鮮烈なまでに焼き付いている。

 それを、『エターナル、世刻 望』は出来る限り否定したくはなかった。






 踏みにじるのは、一度きりだ。







「望くん?」

 士郎の呼びかけに、望は一気に意識を現実に戻す。

「あ、すみません…えぇと、その件は……」

「いや、その眼で十分だよ。君なりの考えがあるなら無理強いはしないさ……忍ちゃん達にも事情は説明してある。悔しい事だが、この件については君達が適任だ」

 笑顔の中に憂いを混ぜて、士郎が笑う。いや、自嘲すると言った方が近いのかも知れない。やる瀬ない怒りのやり場に困っているのだろう、握り締めた拳から血が滴っているのが丸分かりだ。

「あなた」

 そう言って桃子が士郎の手を包む。指摘された士郎は初めて己の拳の状態に気が付いたらしい。ファリンが慌てて持ち合わせの道具で手当をする。

「望くん、時間を取らせて済まなかったね。風呂はまだなんだろう?」

 場の空気を敢えて壊す為に士郎がそう言う。対した望もその意志を感じ、それに返答した。

「ええ。折角だから浴衣にも袖を通し――――」



――キィン―――――!!



「…の前に、ちょっと野暮用らしいですね。終わったら、入らせて貰います」

 表情はそのままに、纏う空気は戦士の物に変わる。

 魔法使いの、夜が始まる。








〜〜〜〜〜












「くぅ………くぅ………」

「…あ、やべ……望に夜這いかけないと………」












〜〜〜〜〜







「あった…!」

 闇に紛れて、少女の声が僅かに響く。側には紅い狼が控えて、辺りを警戒していた。

 視線の先には蒼く輝く神秘の結晶。それを封印処理する為に、機械的な黒い錫杖を構え、

 刹那、

「!! フェイト!」

「!?」

 狼の呼びかけに、少女が咄嗟の反射で飛びのく。




バチン!




 すると少女の立っていた場所に、桜色の光が弾けた。

「……!」

「あの、チビ…!!」

 鋭い嗅覚で狼が瞬時に相手の居場所を掴む。念話で傍らの少女に警戒を呼びかけ、一気に魔力の発信源に近付く。



グルル……ガァァァッ!!!



 相手への牽制も兼ねた唸りを上げて、死角となる茂みから飛び掛かる。

「!?」

 宵闇に馴れた視界に捉えたのは、昼に生意気な事を言われたあの小娘の驚いた顔だ。一緒にいた女は匂いも気配も一切ないから、この場所には来てないのだろう。だったら多少痛い目を見て貰おうと、肉球に引っ込めさせた爪を出す。

 が、しかし




ざっ、ガギィン!!




「ちぃっ!?」

 思考に気を取られたからか、少女はその一撃をバリアでいなして手に持ったデバイスを片手でスイング、回避が間に合わないと判断した狼は『姿を変えて』飛びのいた。

「貴女は昼の!? …えっと、アルフさん?」

「……」

 狼から変身した女性、アルフは沈黙を貫くが、なのははお構い無しに言葉を続ける。

「貴女が此処にいるなら、あの娘も此処に!? お願い、お話しをさせて欲しいの!!」

 その言葉に再びアルフが激昂する。人間の状態ながら、犬歯を剥き出しにして唸り声を上げる。

「どこまでもナメた真似を…!」

 なのはに怒鳴ろうと息を大きく吸い込み、声帯を震わせようとした瞬間、自分の主である金髪の少女から声がかけられた。

「アルフ」

「こむぐっ…! ふ、フェイト!? 終わったのかい?」

 一瞬言葉に詰まりかけたが、なんとか持ち直したアルフがフェイトと呼んだ少女に向き直る。一方の少女は、その視線の先になのはを捉えていた。

「キミは……」

「あの時の娘……だよね」

 なのはが少女の言葉を引き継ぎ、確認を取る。僅かに細められた眼がその答えである事の証明だった。

「教えて。どうしてジュエルシードを集めるのか…」

「フェイト、聞くんじゃないよ!!こんな…」

 罵りの言葉を吐こうとするアルフを手で制し、少女がなのはと正面から向き合う。

「…キミこそ、どうしてコレを集めようとしてるの?」

 そう言って少女は構えたデバイスから、先日獲得したXIVの字が浮かぶジュエルシードを取り出す。

「コレの危険性はキミだって理解出来る筈だ……酔狂で集めるには、リスクが過ぎる代物だよ」

 物憂げにジュエルシードを見遣り、なのはに忠告する。ひとしきり眺めると満足したのか再びデバイスに吸い込ませ、なのはに向き直った。

「それでもキミが集めるって言うなら、それはきっと私と同じくらいに強い意志なんだと思う」

 そう言われたなのはは、無言で端を握っていたレイジングハートをクルクルと回し、構え直す。その反応に少女は一つ頷くと、そのデバイスを展開、光の鎌を出現させた。

「……そうだ。理由は分からなくても、私達の意志の強さは同じ。だったら………」

「フェイト……」

「アルフ、この戦いは、きっと必要な戦いだ。これは私が乗り越えるべき試練だって、私の中で何かが叫んでる」

「貴女が負けたら、理由を話して貰うの」

「足りないよ。自分の決意をさらけ出すんだ」

 言外に、ジュエルシードを賭ける様に少女が促す。しかし、なのはにはそれに応じる資格が無い。

「……私は今、ジュエルシードを持ってないの」

 宛てが外れた少女は、軽く舌打ちをする。と、そこに闖入者が現れた。

「……構図は掴めたが、状況はイマイチ分からないな…」

「「っ!?」」

「望くん!?」

 この中で、唯一その人を知るなのはだけが名前を呼んだ。それに望が片手で軽く応じると、なのはと対峙していた少女達を見遣った。

「話は途中からだが聞かせて貰った……君達が何故コイツを狙うのかという理由、そしてコイツそのものを今回の対決の賞品にしたんだろ?」

 そう言って望は先日レーメに渡しそびれていたジュエルシード……パーマネントウィル『コバタの森の風』を指先で軽く弾く。何度か弾くと、それをそのままなのはに投げて寄越した。

「無理矢理にでも聞き出したい所だけど、あの眼は絶対に納得するまで喋らない……そんな眼だからね」

一拍、

「なのはちゃん、頑張って。君は戦うことへの『答え』を知っている。あの娘に、それを見せ付けてやるんだ」

笑顔でなのはにそう告げて、下がって行った。

「……うん!!!」

 満面の笑みを湛えたなのはが、改めて少女に向き直る。少女は表情を崩さないまま、そのやり取りを見つめていた。

 やがて二人は、どちらともなく距離を取る。ゆったりとした歩みで離れ、二十メートル程の間隔で以って互いに向かい合った。

 堂々とした雄叫びを上げ、戦いの火蓋は切って落とされる。




「私立聖祥附属小学校三年、高町なのは!!」



「フェイト・テスタロッサ」





「いざ!」





「尋常に…!」














「「勝負ッ!!」」



今回の旅行には裏の理由もあったんだな。
美姫 「みたいね。普段は親バカな士郎の真面目な剣士としての顔が」
まあ、それも僅かの間でジュエルシードが見つかったみたいだな。
美姫 「まだ戦闘には入らなかったけれど」
次回は二人の対決かな。
美姫 「どんな展開になるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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