『聖りりかる』




第21章 〜急展直禍〜








 言葉として言い表すことを拒ませる、暗く長大なトンネル。強いて表現するなら赤黒いベースにライトパープルをぶちまけた様な、そんな混沌とした壁が筒状に果てしなく続いていた。そのトンネルの内部を、悠然と銀色の『船』が進む。



『巡航L級8番艦アースラ』



 ミッドチルダを統べる時空管理局が保有する戦艦の一隻であり、現在は哨戒任務を終えて帰還の為に進路を転換した所であった。

「艦長」

 粛々としたアースラのブリッジ、その沈黙に若い女性の声が響く。

 エイミィ・リミエッタ

 若くして時空管理局執務官補佐の地位に就き、アースラではオペレーターを担当する将来を期待された少女である。

「これ……いや、でも…あれ?」

 そんなエイミィが言葉を濁し、眉をしかめる。普段ではあまり見掛けない仕草に、艦長と呼ばれた人物が続きを促した。

「エイミィ、報告があるなら正確に。些細な事であろうと、無視出来ないのなら伝えなさい……私達の仕事はその積み重ねで成り立つのよ」

 嗜めた艦長と呼ばれた女性、リンディ・ハラオウンはそう言うと視線を和らげ、改めてエイミィに報告を続けさせる。

「はい!……で、報告なんですけど。 ちょっと来てください……で、ココと…ココの次元振動計の値なんですけど。なんて言うか…………」

 そう言って計器の一つを指差し、ログを呼び出す。データの内容を次元安定の規準値と照らし合わせ、報告は続いていく。

「…『安定しすぎ』じゃないですか?」

 そろりとした、自信のなさ気な声色だが、その異常さを確かにこの少女は読み取っていた。計器に目を遣るリンディもそれを見逃さない。

「そうね……でも…」

「範囲も狭すぎて明言は出来ないんですけど、偶然にしては…ちょっと」

 あくまでもエイミィの私見でしかないので明言は避けているが、リンディから見てもその値は無視できる範疇を超えていた。そんなリンディの気配を察知したエイミィが、素早く必要な情報を洗い出す。

「エイミィ」

 視線を計器に固定したまま、報告を上げたオペレーターに声をかける。

「『第97管理外世界、地球』です。管理外なので次元交流はありません。アースラのエネルギー残量は79パーセント、一応、今回の哨戒任務の結果報告の予定は二週間後を期限としています」

 己の有能な部下を内心で誇りに思いながら、リンディは声を張り上げた。

「いけるわね……アースラはこれより第97管理外世界、地球に向かいます。総員、第二種態勢を維持…アースラ、転進!」



「「「「了解!!」」」」









〜〜〜〜〜









「ぬぅぅ………」

 レーメは非常に苛立っていた。理由は先日の温泉宿での一件、ナルカナが敵にジュエルシードを四個も渡したと言うのだ。

「でさ、この装置なんだけど」

「…カートリッジシステム……?」

「これは…場合によっては切り札に成り得ますね」

 先程から部屋の中をうろつき、頻りに眉間を解しながらも、その柳眉からは険の取れる気配が無い。

「……むうぅぅ………」

「そうそう。今まで単なる予備弾倉だったヤツを押し込めてさ」

「確かに低級ならまだしも……いや、低級ですらこの時間樹じゃロストロギア扱いなんだぞ…?」

「でも望さんが全面的にバックアップするなら大丈夫ですよ。付加無しの基礎スキルだから余計に相性が良いですし」

「今は無理でも将来的には可能性アリか…………」



「貴様らぁっ!! 少しは話を聞けぇぇぇいっ!!!」








〜〜〜〜〜








「記憶にございません」

 ヨレヨレになったハリセンを構えたレーメに、ナルカナがしれっと言う。当然そんな抗弁が通用する訳も無く、結果としてナルカナの言葉はレーメのハリセンを更にヨレさせる理由にしかならなかった。

「……吾の持っていた分からは減っておらぬ。ナルカナはアレを何処から入手したのだ?」

「望の所に行く時に邪魔したから」

 あっけらかんと答えにならないような理由をナルカナが宣い、その返事に溜息をつく。どうせ渡してしまった分は戻って来ないのだとレーメは見切りを着け、必要な情報を抜き出す為にナルカナへと向き直った。

「……とにかくだ。ナルカナよ、汝が持っていたあのパーマネントウィル……名前を覚えている限りで良い、教えてくれ」

「んじゃ見返りちょーだい……そうね、望の抱き枕とか!」



 この瞬間、五分ほど前に制作されたハリセンが早くも寿命を迎える事となる。









〜〜〜〜〜









「あたた………取り敢えずは『黄道宮の供物』と『忘却神殿の姫巫女』……後は新種が『彷徨う絶対座標』だったわね。……残りの一つはまだ解析してないから分からないわ」

 打たれた後頭部をさすりながら、ナルカナがレーメに報告する。直接的な破壊力に繋がらない内容だと知ったレーメはひとまず肩の力を抜いた。

「ナルカナ、後一個について何か分かる事は無いか?」

 望がレーメの後を引き継ぎ、ナルカナに質問する。多少の油断が命取りに成り兼ねない現状を望は警戒していた。

「うーん……多分なんだけど、オンリーワン系のだと思う。階級は低いし、多少帯電してたけど、暗いオーラだったから青か黒…少なくとも、私達には適性が無いことは確実だわ。危険な物じゃ無かったから解析サボったんだし、その辺りは大丈夫よ」

 顎に手を宛がいながら、望の疑念を払拭するナルカナ。そんな三人の後ろでは、イルカナがユーノから受け取った研究レポート等を熱心に読み込んでいた。



「で、此処からが本題だ」



 その一言に、場が凍りつく。

 眉をしかめていたレーメの眉間からは皺が消えるが、その気迫は先刻と比にならない程の規模を誇っている。イルカナもレポートから視線を外して虚空を睨み、ナルカナは気怠い仕草でテーブルに肘をついた。それぞれが聞きの姿勢に移った事を確認した望は、緊張感もそのままに口火を切る。

「俺としては、先ずナルカナの見解を聞きたい。アレは………」

「映像で判断は出来ないわ。でも望の話と併せて考察するなら、ほぼ間違いなくミニオンでしょうね」

 あくまで考察だと言っているが、望はそれが正解だと確信していた。

「でも、あのミニオンには間違いなく『意志』の光があった……」

 望の独白に、レーメ達は神妙に頷く。

「うむ。それが真ならば、吾らは大きな『鍵』を見付けた事になる」

「アレの動向を探って、製作者の足取りを掴む所から…かしらねー」

 今後の方針の大綱をまとめようと、ナルカナが話をまとめにかかる。しかし、それは望によって遮られた。

「ナルカナ、そこなんだけどな」

「?」

「どうも彼女は自身を人間だと思っている節がある」

「……何よそれ。厄介窮まりないじゃない…」

 どんよりとした視線を望に向け、思わずといった風にごちる。望は苦笑しながらも、己にとって譲れない意志を伝えた。

「神剣のシステムでこのザマだしな。ミニオンとは言え人間に近い物だから、場合によっては……」

「人間のまま一生を過ごさせる……か。イルカナ、あんたの意見は?」

 望の意思を汲み取り、後を引き継いだナルカナが、一応はと静観を決め込んでいる己の妹分に視線を移す。

「望さんに一票を投じましょう。命に格差は付けませんよ」

「吾は言うまでもないな」

 イルカナに次いで、レーメも意思を表明する。ここに、一応の方針は決定した。



「ミニオンとの対話、魂の解放……か」


 ボソリと、望がそんな言葉を呟いた。

 その瞬間、

「のっぞむくーん! あーそーぼー!!」

 けたたましく扉を開き、テンション最高ななのはが突撃してくる。最近は身体の使い方が巧くなったのか、トレーニングをしても余力を残す様になってきた。

「で、その皺寄せがこっちに来る訳か…」

 一種の諦観を伴い、なのはを受け止める。望は軽く頭を振って、なのはの相手をする為に座布団から立ち上がった。

「了解りょーかい。何して遊ぶ?」

「お医者さんごっこ!!」



 ……流石にちょっと幼すぎない?



「だから、そこはちょっと大人っぽく産婦人科ごっこなの!!」


スパァン!!


「アホかぁ!」

 思わず言葉より先に手が出てしまったレーメだが、生憎とそれを咎める者はいない。

「……でももう分娩台も用意したし…」

「「「何処から!?」」」

「え……もちろんお『キィン!!』「「「「!!!」」」」

 もはや馴染みつつある感覚に、全員が反応する。一旦この事を頭の片隅に追いやり、望は鋭く指示を飛ばした。

「なのはちゃんは今回、レイジングハートが破損してるからお休みだ」

「フェイトちゃんが来るなら私も…!」

 先日の少女を思い、なのはが食い下がるも望はその願いを一蹴した。

「ダメだ。危険が伴うなら連れては行けない……この前の樹の時に痛感したからね」

 思い起こされるのは『コバタの森の風』の折、なのはがピンチに陥った瞬間。イルカナの介入が無ければと思うと、やはり後悔が滲み出る。

「…イルカナはなのはちゃんの護衛を兼ねて待機。ナルカナとレーメは俺と来てくれ」








〜〜〜〜〜









 フェイト・テスタロッサは戸惑っている。アルフはそれに気付いている物の、下手につついてモチベーションを下げなくても良いと思い、咎めようとはしなかった。

「フェイト、アタシが先に仕掛けるから早めにケリを着けちまおう」

「うん……」

 アルフがわざと明るく振る舞うが、フェイトの表情は中々に晴れない。その原因と思われる少女、そして己が主の実母を苦々しく思いながらも、目の前の標的に意識を向ける。

「……シィッ!!」

 狼の状態にて牽制を開始。肉塊を植物で人型に固定させたような醜悪な外見をした暴走体に対して、その爪を突き立てた。








〜〜〜〜〜









 フェイト・テスタロッサは戸惑っていた。己の内側から溢れ出る、不可解な『力』に対して。

「……?」

 思い当たるとすれば、母親からの『しつけ』だろうか。意識を取り戻してから、何故か己の力が増幅された感覚がある。気絶した後に治療を施してくれたのかと、そんな考えが脳裏を過ぎった。

「…まだ……」

 フェイトがその雑念を振り払い、戦いに集中しようとアルフに意識を向ける。再生力が尋常ではないらしく、有効打らしき跡は見受けられなかった。

「っ…しゃらァアアッ!!!」

 肉塊が木の枝を振るった決定的な隙を見計らい、限界まで伸ばした爪を見舞う。それを好機と取ったフェイトがバルディッシュを構えた。

「よし…!!」

 ぞぶり、と生々しい音をたてながら、アルフの爪が肉塊の腹らしき部分に深々と突き刺さった。



その瞬間、



「!!?」

肉塊だった部分が瞬時に強張り、堅そうな木へと変貌してアルフの爪を固定する。

「くっ! このォ…!!」

 必死に離脱を試みるも、暴れるアルフに肉が絡み付き、それを木に変える事でジュエルシードは完全にアルフの動きを封じ込めた。


がぱァ……


 何もないツルリとした顔面が縦に裂け、中からジュエルシードらしき蒼の塊が姿を除かせる。絶好のチャンスではあるが、至近距離にアルフが捕まっている為にフェイトは迂闊に手を出せない。葛藤している間にも、露出したジュエルシードの光が輝きを増していく。

「…って、アレは…!?」



カッ!!



 直後、閃光。








〜〜〜〜〜









「……………」

「…………そんな…」

「……莫迦な…ッ!!」

 三者三様に、その光景を黙視する。視線の先には、件のフェイト・テスタロッサ。

 左肩にアルフを抱え、バルディッシュを杖にしながら、ピクリとも動かない。身体から命のマナを感じ取れる事から、本能に則した急激な稼動に頭が追い付かず意識が朦朧としている様だ。目立った外傷は無いが、ソニックムーブの反動かバリアジャケットがボロボロになっていた。

 しかし、問題はそこではない。

 そんな所に問題など無い。

 望達が凝視している対象であるフェイトの右腕、指先から肘の手前辺りまでに、



 青白い紋様が浮き上がっているのだ。



「……ナルが…この時間樹に………!?」

 呆然と呟いた言葉に反応出来るだけの者はいない。

「…レーメはサポートに徹してくれ。ナルカナはあの娘の解析を最優先に、最悪戦闘に参加しなくて良い……仕掛ける!」

 なんとか思考を切り替えた望は動けないフェイトを護るべく、レーメとナルカナに指示を送りながら第二射を放とうとしているジュエルシードへと駆け出した。


管理局も遂に動き出したか。
美姫 「とは言え、まだ何かあるかなって所みたいだけれどね」
だな。現状、一番の感心事としてはフェイトの身に何が、って方か。
美姫 「この状況が果たしてどう影響してくるのか、よね」
非常に気になる所だな。
美姫 「そんな気になる続きは……」
この後すぐ!



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