――夜の闇。静まりきったはずの空間は微かなざわめきに満ちていた。
月も星もない漆黒の中で彼はその手に剣を携え、ただその一点だけを凝視している。
夜は人外の物の時間だった。
例え文明の光が世を照らそうとも、はるかな昔から変らずそれらはそこにいる。
そして、それを狩るものもまた……。
闇が動いた。
同時に彼も剣を振る。闇の中で白銀の刃が閃き、次の瞬間にはもう決着がついていた。
奇声とともに闇の中で気配が霧散し、それきり静かになった。
軽く息を吐くと、彼は優雅ともいえる無駄のない動きで剣を鞘に収めた。
その姿が途切れた雲の隙間から差し込む月明かりの中に浮び上がる。
彼は少年だった。
年の頃は十五、六。だが、青く輝くその右目は明らかに人間のものとは違っていた。
そう、彼は半妖――人間と妖怪のハーフ――なのだ。
闇を狩る半妖の少年、その名は優斗。――草薙優斗である。
第1話 朝
気がつくともう朝だった。
窓から差しこんでくる強い陽射しが顔に当たって痛みすら感じる。
誰かが彼の名前を呼んでいた。声は遠く。だが、気配はすぐ側にある。
そこまで考えて優斗はハッとして飛び起きた。
全裸の少女が彼のトランクスに手を掛けていた。
「なっ!?」
「おはよう、優斗」
少女は顔を近づけてにっと笑った。
「お、おはようじゃないだろう。何をしてるんだおまえは!」
「朝のご奉仕」
「よせ、俺はたった今起きたばかりなんだぞ。また別世界に旅立たせるつもりか!?」
「大丈夫。あたしも一緒にいってあげるから」
「おまえ一人でいけよ!」
少女の体の下でじたばたと暴れる優斗。
「あたしのこと、嫌いなの?」
少女は瞳を潤ませてまっすぐに彼を見つめた。
「あ、いや、そうじゃなくてだな……」
戸惑う優斗。
その隙に少女はトランクスを引き下ろすと、彼の上に覆いかぶさった。
「くっ、……騙しやがったな!」
優斗は表情を歪め、慌てて少女を押しのけようとした。だが、少女は微妙に体を逸らしてそれをかわす。反動で揺れる少女の胸。幼い顔立ちとは対照的に、それは十分過ぎるほど成熟している。少女を退かせようと伸ばした彼の手はその膨らみをしっかりと掴んでいた。
「あぁん」
少女が甘い声を上げ、優斗は慌てて手を引っ込めた。そして、今度こそ少女を退かせる。
「大体、どうしておまえが俺の布団にいるんだ」
「だって、一緒に寝てもいいって言ったじゃない」
「パジャマはどうした。ちゃんと夏用のを買ってやっただろう」
「動物に服着せるのってよくないんだよ」
「今は人間だろう!」
自分が素っ裸にされていることも忘れて優斗はヒステリックに叫んだ。
少女はまるで怯むことなく、再び迫ってくる。
「細かいこといちいち気にしないの。それより、あたしといいことしよ」
「おまえなぁ……」
呆れ果てた様子でそれを制しようとする優斗。
だが、それよりも早く別のところから声が飛んできた。
「美里、何をしているの!」
静かだが凛と張り詰めたその声に、美里と呼ばれた少女は思わずびくんと震えた。
部屋の入り口にエプロン姿の少女が立っていた。朝食の用意をしていたらしく、手におたまを持っている。
彼女は空いているほうの手を腰に当て、厳しい視線で美里を睨んだ。
「優奈、お姉ちゃん……」
美里は引き攣った笑顔とともに双子の姉の名を口にした。
「中々戻ってこないから様子を見にきてみればこの有様。まったくあなたって子は……」
素早い足取りで歩み寄ると優奈はあられもない姿の妹を立たせ、服を着るよう促す。
「もっとけじめのある生活をしなさいっていつも言っているでしょう」
「だって……」
「だってじゃありません。優斗さんもいつまでもそんな格好をしてないで早く身支度を済ませて朝ご飯食べちゃって下さい。学校、遅刻しますよ」
それだけ言うと優奈は部屋から出て行こうとする。
入り口では美里がまだ未練がましい瞳でこちらを見ていた。
そんな妹の側で優奈はそっと囁くように言うのだった。
「優斗さんが学校から帰ってきたら三人でお楽しみにしましょうね」
その言葉に美里は目を輝かせて頷き、優斗は蒼い顔になって項垂れた。
――季節は夏。
青い空はどこまでも高く、そこに昇る太陽はこれでもかというくらいに眩しい。
もっとも、だからといって彼らの日常の何が変るわけでもないのだが。
――あとがき――
龍一「どうも。安藤龍一です」
優奈「はじめまして。本編のヒロイン、草薙優奈です」
龍一「というわけで、第1話をお届けします」
優奈「少し短いんじゃありません?」
龍一「かも知れない。連載物は初めてなんで勝手が分からないんだ」
優奈「わたしは構いませんけど、これを読んでいただいた方が何ておっしゃるか」
龍一「うう。精進しますんで、今後ともよろしくお願いします」
優奈「というわけで、今回はこのあたりで」
龍一「感想などいただけると嬉しいです。それではまた次回で」
ああ〜、いい所で優奈の邪魔が〜〜。
美姫 「アンタ、何を期待してんのよ」
ま、待て、話せば分かる。誤解だ。
美姫 「どう、誤解なのかしら?」
え、えっと……。
美姫 「カチカチカチ。はい、ブッブ〜。時間切れです〜」
な、何だ、時間ってのは!
ち、違うぞ、俺は純粋に三人のやり取りが面白いなーと思っただけで。
美姫 「うんうん。確かに、面白いわよね。しかも、それぞれがどんな性格かも分かったし。
誰かさんと違って、上手よね〜」
うんうん、確かに。
って、いい加減、その尖ったものを退けて欲しいな〜とか思ったり……。
美姫 「ふふふ。どうしようかしらね〜」
お、お願いします〜。
美姫 「う〜ん、少し保留にしておいてあげるわ。先に第2話を読みたいしね」
うんうん。(た、助かったよ〜)