第4話 平穏

 昼前になって優斗は蓉子と二人で駅前のファミリーレストランに入った。

 洒落た内装のそれなりに流行っている店である。

 店に入ると優斗はまず家に電話を掛け、昼食を外で済ませることを伝えた。

 電話に出たのは美里だった。不慣れなためか、ひどく緊張した様子でこちらの言うことに頷いている。

「……そういうわけだから。……うん、ごめんな。ああ、わかってる。それじゃあ」

 そう言って優斗は電話を切った。ホワイトカラーの携帯電話をポケットにしまう。

 テーブルを挟んだ向かいの席ではメニューを開いた蓉子がクスクスと笑っていた。

「何だよ」

「なんかさぁ、新婚夫婦みたいな会話してたから、おかしくて」

「……ほっとけ」

 優斗は憮然とした表情でそっぽを向いた。

「それよりさっさと注文済ませちまえ。おごってやるから、なるべく安いやつな」

「いいの? じゃあ、遠慮なく」

「だから遠慮しろって」

「はいはい」

 そう言いながらも彼女は一番高いロイヤルステーキをセットで注文した。

 一方の優斗は700円の日替わりランチである。

 まっすぐ帰るつもりが、気がつけばなぜかそういうことになっている。

 事の発端はやはりあの手紙である。迂闊にも彼は呼び出しに応じてしまったのだ。

 ラブレターを渡す瞬間の女の子の心境を味わってみたかったのよ。

 待ち合わせの場所で彼女の口から出た言葉、それが真相だった。

 まったく、タチの悪い冗談である。おかげで優斗はクラスメイト達に誤解され、あらぬ噂まで立てられるハメになった。

「そんなに気にしなくてもいいじゃない。どうせ夏休み明けには皆忘れてるって」

「だといいけどな」

 暢気に笑う蓉子に憮然とした態度で答える優斗。

 その表情をどう受け取ったのか、彼女は急に真剣な顔になっていた。

「……本気だったら」

「え?」

 思いがけない蓉子の言葉に、立ち去りかけていた優斗の足が止まる。

「もし、あの手紙が本物のラブレターで、あたしがあんたのことを好きだって言ったら?」

「そうだな……」

 一度は向けた背中を翻し、優斗は正面から彼女の顔を見た。

 改めて見るときれいな顔立ちをしていると思う。その年の娘にしてはおそらくかなり整った部類に入るのだろう。

 スタイルもいい。こんな子に好かれているのだとしたら、誰も悪い気はしないはずだ。

「まあ、悪い気はしないかな。おまえ、かわいいし」

「本当?」

「ああ。だから、俺なんかからかってないで早くいいやつ見つけろよな」

 そう言って優斗は笑ったが、蓉子はなぜか笑わなかった。

 その漆黒の瞳の奥に優斗は揺れ動く何かを見たような気がした。

「もしかして、もう彼氏がいるとか?」

「いたらあんたにこんなことしたりしないわよ」

「それもそうだな」

 我ながら間抜けなことを聞いたなと思う。

「でもね」

 と、苦笑する優斗に向かって蓉子は思わせぶりな表情を見せて言った。

「ちょっと気になってる人ならいるんだ」

「へえ、そいつ、カッコいいのか?」

「憎らしいくらいにね」

「なんだよそれ」

「それくらいカッコいいのよ。カッコよくて、優しくて、でも、すごく不器用なんだ」

 何を思い出したのか、蓉子は軽く溜息を漏らす。

 何となく、わかったような気がした。

 世話好きの彼女はそういう奴を見ると放っておけなくなるのだ。

 そして、あれこれ世話をやくうちにそいつのことが好きになって……。

「俺も会ってみたいな」

 その言葉がよほど意外だったのか、蓉子は目を丸くしてこちらを見ていた。

「いい奴なんだろ、そいつ」

「う、うん」

「興味があるんだよ。おまえが気に入った男ってのがどんな奴なのか見てみたい」

 そう言われて蓉子は少し困った顔になった。

 それから人差し指を顎に当て、何やら思案するような素振りを見せる。

「いいよ。これから時間ある?」

 ――というわけで、二人は今この店にいる。

 だが、それらしい人物が現れる気配はなく、彼女自身もそれを話題にはしなかった。

「なんか、あんたと外食するのもずいぶん久しぶりな気がするよ」

 水の入ったグラスに口をつけながら、蓉子が言った。

 よほどおごってもらえるのが嬉しいのか、彼女は実に上機嫌である。

 優斗はそんな蓉子の話に時々相槌を打ちながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 こうしていると、自分たちが人とは異質な存在であることなど忘れてしまいそうだった。

 普通に学校に通って、他愛のないおしゃべりをしながら幼馴染みと一緒に昼食をとる。

 そんな、何でもないことに随分と救われているような気がする。

 あるいは、妖の血なんてものはそれ程ちっぽけなものなのかもしれない。

 燦燦と降り注ぐ夏の陽射しは断熱ガラスを隔ててもなお眩しい。

 店に面した通りを行き交う人々は皆一様に汗をかき、暑さに顔を顰めている。

 そこにあるのはまったく平凡で何の変哲もない日常の風景だった。

 大人も、子供も、男も、女も。

 そして、優斗や蓉子もまたそんな日常を形作るピースの一つに過ぎないのだ。

「じゃあ、今のところあんたの方に予定はないのね」

 確かめるように尋ねる蓉子に、優斗はああと頷いた。

「なら、あたしと一緒に海行かない?」

「おまえと」

「いい場所知ってるんだ。あそこならあんまり人もいないし、くつろげると思うよ」

「そうだな……」

 優斗は少し考えた。

 正直、乗り気ではなかった。夏の海なんて大抵どこも人だらけで、行っても疲れるだけだ。

 ……しかし、そうだな。

 もし、本当に蓉子の言うような場所があるのなら、久しぶりに行ってみるのも悪くない。

「その場所って遠いのか?」

「遠いって程じゃないよ。そうね、早めに出れば日帰り出来る距離かな」

「そうか」

「家を空けること気にしてるの?」

「ん、ああ、まあな」

「だったら、あの二人も一緒に連れてけばいいじゃない」

「いいのか?」

「もちろん。せっかくの夏なんだから、あの子たちにも思い出を作らせてあげないとね」

 蓉子は一人でうんうんと頷くと、運ばれてきた料理に手をつけた。

 何か忘れているような気がする。

 そう思う優斗だったが、猛然とロイヤルステーキに挑む彼女を見て口を噤んだ。




 ―――あとがき

龍一「はい。第4話です」

優奈「蓉子さんのあれはそういうことだったんですね(ほっ)」

龍一「ん、どうした?そんなホッとしたような顔して」

優奈「な、何でもありません。そ、それより次回はどんな展開になるんですか?」

龍一「次は草薙家の夕方の一時だ」

優奈「ほのぼのとお夕飯の時間ですね」

龍一「そんな感じかな。それじゃ、次も続けて送りますので今回はこのあたりで」

優奈「失礼します〜」

 




海〜!
美姫 「海よ〜!」
いや、まあもう少し後でだろうけどね。
美姫 「まあね。でも、蓉子の好きな人って」
うんうん。多分、そうなんじゃないかな〜。
美姫 「でも、まだ分からないわよ」
確かにな。しかし、優斗は見事に、蓉子の好きな人についての追及を忘れてるな。
美姫 「やるわね、蓉子」
何か、悪戯好きの策士って感じだ。
美姫 「私もそんな印象を受けたかな」
この後、違った一面が出てくるのかどうかも楽しみだな。
美姫 「その前に、次回は夕飯のお話みたいよ」
そうか。なら、早速読むとしよう。
美姫 「そうしましょう、そうしましょう」



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