第7話 水着を買いにデパートへ

 

 その夜、優斗の携帯に蓉子から電話が掛かってきた。

 特に用事があったわけではなく、単に何となく暇だったから掛けてみたのだという。

 ちょうど美里に押し倒されそうになっていた優斗は窮地に一生を得た思いだった。

 当然美里は面白くないといった顔をしたが、何を思ったのかすぐに機嫌を直していた。

 夜はまだこれからだもんね、などと呟いているあたり、どうやらまだ諦めてはいないらしい。

 気づかれないようにそっと溜息を漏らしつつ、優斗は受話器の向こうの幼馴染の声に耳を傾けた。これはこれで結構疲れたりするのだが、本人にそれを言うのはまた別の意味で恐ろしい。

 結局、彼は解放されてなどいなかったのである。

 他愛のないことを延々と聞かされているうちに話題は海のことになっていた。

 優斗はふと水着のことを思い出して蓉子に尋ねた。

「そうだ。おまえ、予備の水着とか持ってないか?」

「え、あるけど」

「2着ほど貸してくれないか。今度海に行くときだけでいいんだ」

 それを聞いて蓉子は呆れたように溜息を漏らした。

「あんたねぇ、水着くらいちゃんと買ってあげなさいよね」

「俺も出来ればそうしてやりたいんだが……」

 優斗は二人に聞こえないように声をひそめてそう言った。

 女性の水着というものは実はかなり高価な代物なのである。

 それが二着となると、正直かなり厳しいものがある。

「あたしの貸してあげてもいいけど、たぶんサイズ合わないと思うよ」

「胸のことか?」

「…………」

「あ、いや、何でもないです」

 険悪な空気を感じ取って優斗は慌てて謝った。

「とにかく、何とかしなさいよ。あんたの家族なんだからね」

「待ってくれ」

 言うだけ言って電話を切ろうとする蓉子を優斗は慌てて押し止めた。

「なに、お金なら貸せないわよ」

「そうじゃない。そっちは自分で何とかするから、その……あれだ」

「はっきり言いなさいよ。あんたらしくない」

「そうか。なら、言うけど……」

 優斗はそこで一度言葉を切ると、軽く深呼吸してから言った。

「あいつらの水着を選ぶのを手伝ってくれないか」

 ―――――――

「じゃあ、明日。十時に駅前でね」

 そう言って蓉子は電話を切った。

 ――まったく、とんだ甲斐性なしである。

 あんなかわいい女の子二人と同棲しているくせに、水着一つろくに選べないなんて。

 あんな奴の彼女になった子は苦労するんだろうな。あたしだったら、その、平気だけど。

 そんなふうに一瞬でも考えてしまったことに蓉子は大いに動揺した。

 あいつのことは別に好きでも何でもない。ただ、不器用だから放っておけないだけ。

 慌てて自分の心に言い訳する蓉子。そんな必要はないことにすら気づいていない。

 でも……。

 蓉子は思い出していた。あの日、終業式の日の放課後にあの場所で優斗が言ったこと。

 もしかしたら、からかわれていただけなのかもしれないけれど。

 ……あいつは、あたしのこと好いてくれてるのかな。

 ―――――――

 ――翌日。

 蓉子はデパートの水着売り場の試着室にいた。

 傍らには真っ白なビキニを身につけた優奈の姿。

 恥ずかしいのか彼女は少し顔を赤くして俯いている。

「ど、どうですか?」

「うーん。あんた、いい体してるわねぇ」

 しなやかな身体をしげしげと眺めつつ感想を漏らす蓉子。

「そういうことを聞いているんじゃありません。……もう、あまり見ないで下さい」

 優奈はますます顔を赤くして下を向いてしまう。

「自分で選んどいてそれはないでしょ。それとも優斗以外には見せられないっての?」

「そ、そんなことは……」

「心配しなくてもよく似合ってると思うよ」

「そうですか?」

「大丈夫。優斗だってきっと気に入ってくれるって」

 そう言いながら蓉子は優奈の背中を押して試着室を出た。

 外では優斗と美里が椅子に腰掛けて待っていた。

 デパートが珍しいのか、美里はしきりに優斗に話し掛けている。

 優斗はうんざりした様子でそれを聞いていた。

「お待たせ」

 蓉子が二人に近づいて声を掛けると、助かったとばかりに顔を上げる。

「遅かったな」

「女の子の買い物ってのは時間が掛かるものなの。これでも早いほうだよ」

「……そうだったな」

 優斗は終業式の日のことを思い出して苦笑した。

「それで?」

「ちゃんと驚きなさいよ。……ほら」

 そう言って蓉子は自分の後ろに隠れていた優奈の腕を引っ張って優斗の前に立たせた。

「あ、あの、どうですか?」

 優奈は恥ずかしそうに頬を染めながら聞いた。

「…………」

「あ、あの、優斗さん?」

 優斗は固まっていた。まるで何かにとり憑かれたようにじっと優奈の体を見つめている。

「いや、綺麗だなって思ってさ」

 素直な感想を口にすると、途端に優奈は赤面した。

 毎日裸を見せられてはいるものの、優斗はそのときのことをほとんど覚えていない。

 そのため、彼女の体をじっくり眺めたのはこれが初めてのようなものだった。

 優奈の肌は雪のように白く透き通っていて、優斗は思わず本気で魅入ってしまっていた。

 もちろん水着も似合っていた。

 白一色という飾り気のないデザインが、却って彼女の魅力を引き立てている。

 元々美しい娘なのだ。プロポーションも抜群で何を着せてもOKという感じである。

「ほらね、あたしの言った通りでしょ」

 蓉子は誇らしげに笑い、優奈も嬉しそうに微笑んだ。

「じゃ、次はあたしの番だね」

 そう言って美里が椅子から立ち上がる。容姿はそっくりの姉妹だが、雰囲気の違いから同じものを着せてもどちらかが似合わないということが多い。水着にしてもそれは同じである。

 美里は気に入ったものを幾つか持って試着室に入り、優奈も着替えるために後に続いた。

 二人の背中を見送りながら優斗は軽く伸びをした。

 柱に設置された時計が目に入る。もう昼前だった。

 ……ついでだから、昼飯食っていくか。

 そんなことを考えているときだった。優斗は不意に視線を感じて表情を強張らせた。

 ほんの一瞬だったが、確かに見られていたのだ。

「……優斗」

「ん、何だ」

「今、誰かこっち見てなかった?」

「ああ、一瞬だったから相手がどんな奴だったかはわからなかったけどな」

 そう答えつつ優斗は視線を感じた方向へと目を向ける。

 向かいの売り場にも通路にも人はたくさんいたが、こちらを見ているものは誰もいない。

 気のせいかとも思ったが、それにしては奇妙な感覚だった。

 獲物を狙う肉食獣か妖のようなねっとりと絡みついてくる視線。

 強いて形容するならば、そんな感じである。

 こんな昼間の人間の多い場所にいるとも思えないが、それでも不安は拭えなかった。




 ―――あとがき。

龍一「……はぁ、はぁ、よし。生きてるぞ俺」

美里「あんな状態から復活してくるなんて。あなた本当に人間?」

龍一「失礼な。浩さんは異空間に飛ばされても平気なんだ。俺だってこれくらいは耐えてみせないと」

美里「いや、あれは平気じゃないと思うんだけど」

龍一「と、とにかく、今回もまた不穏な気配が」

美里「あたしたちを見ていたのって一体何だったんだろう」

龍一「そんなこんなで次回へ」

美里「次はあたしの水着だね」

龍一「ではでは」

 

 




優奈の水着姿の巻!
美姫 「アンタ、何でそんなに力説を」
水着、水着〜。出切れば、蓉子の水着シーンも欲しかった。
美姫 「あ、アンタね〜。でも、アンタって、水着よりは…」
うむ、メイドさんだな。って、それは良いだろうが!
美姫 「……って、何、普通に復活してるのよ。あまりにも自然だった為に、気付くのが遅れたじゃない!」
ふっ。あれぐらいの攻撃、躱す事はできなくても、復活するぐらいなら。
嘘です、かなり復活するのに力を使いました。
美姫 「全く。でも、今回はほのぼのとした感じよね」
だね。まあ、ちょっと怪しい気配はあるみたいだけどね。
美姫 「果たして、何が起ころうとしているのかしら」
全てはまだ、序章に過ぎない……。ぬぁぁんちゃって。
美姫 「と、まあ、バカは放っておいて。また次回〜」
シクシク。



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