第9話 闇を切るもの
東の空が微かに色付きはじめる頃、四人は帰路についていた。
一体どれだけの時間デパートにいたのか。
結局蓉子は何も注文しなかった。時折水のグラスに口をつけてはひたすら外ばかり見ていた。
優斗が何か見えるのかと尋ねても、彼女は上の空で別にと答えるだけだった。
気になるお願いというのも今は秘密なのだといって教えてはくれない。
隣では美里がつまらなそうに頬を膨らませ、優奈も少し陰りのある表情になっていた。
どうして蓉子だけ。二人ともそんな顔である。
――こうして優斗は三人のお願いを一つずつ聞かなければならなくなったのだった。
……果てさて、一体どんな無理難題が飛び出すことやら。
溜息を漏らしつつ、それを楽しみにしている自分に気づいて、優斗は思わず苦笑した。
少女たちはまだまだ元気なようで、優斗一人を置き去りにして三人で楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。ここでも蓉子だけは微妙に口数が少なかった。姉妹の会話に時折相槌を打ってはいるものの、意識はまったく別のところへ向いている。優斗はそんな彼女の後ろ姿を気にしつつ、背後につきまとう気配にも注意を払っていた。
おそらくは蓉子もそれに気づいているのだろう。寧ろ、彼女の方が自分よりもずっと敏感なはずだ。
思えばレストランで昼食を摂らなかったのも万が一に備えてのことだったのだろう。
……誰かに見られている。
最初にそう感じたときからずっと、それは優斗の感覚につきまとっていた。
尾行されているのだ。誰か、おそらくあまり友好的でない相手。
そして、間違いなくそれは人以外の『何か』だった。
一度自宅に戻ると、優斗は蓉子を家まで送るために再び外に出た。
相手は一人。仕掛けてくるとすれば、こちらが一人になったときだ。
そのあたりの考えは蓉子も同じだったらしく、優斗の申し出を素直に受け入れた。
優奈と美里には自分が戻るまで大人しく待っているようにと釘を刺しておいた。
場合によっては一戦交えることになる。気配から察するに、相手は相当の使い手だ。
繊細な彼女たちにあまり血なまぐさい場面を見られるのは好ましくない。
無論、蓉子の身を案じての同行でもある。
未熟な彼女が妖怪としての強大な力を持て余していることは優斗もよく知っている。
そのことに対するコンプレックスから無茶をするような娘でもないのだが。
何事もなく彼女を家まで送り届けると、優斗はようやく安堵することが出来た。
二人に付きまとっていた奇妙な気配もいつの間にかどこかに消えていた。
軽く挨拶を交わして別れると、優斗は早足で帰路についた。
最近は夜の巡回を怠っていたせいか、雑霊や低級妖怪の姿が目に付くようになっていた。
大抵の奴は優斗の姿を見ただけで逃げ出してしまうのだが、たまにそうでないのもいる。
自信過剰なのか、力の差をまるで理解していないのだ。
今日の気配もそんな連中の一人だったのかもしれない。
そこまで考えたとき、ふと前方に人影を見つけて優斗は立ち止まった。
人影は男だった。長身の黒ずくめで、腰には刃渡り一メートル程の刀を携えている。
男の名は綾崎刀夜。邪気を専門に狩る人間の退魔師だ。
妖術の類を一切使わず、真剣の一太刀ですべてを両断する。
その鮮やかな仕事ぶりを、優斗は何度も間近で見せ付けられていた。
刀夜は電柱の影に隠れるようにして立っていた。
こちらに気づいているはずだが、向こうから話し掛けてくるような気配はない。
色白の無表情がまるで意思を持たない能面のようで不気味だった。
優斗の知る限り、この男はいつも同じ顔で、何を考えているかわからない。
それだけに、警戒しなければならない相手でもあった。
優斗はあえて無視して脇を通り抜けようとした。
「白いビキニが好きなのか?」
優斗の足が止まった。
「今日、おまえがデパートで女に買った水着だ。あれはおまえの趣味なのかと聞いている」
「いや、そういうわけじゃ……」
答えかけてふと優斗は気づいた。
「どうしてあんたがそのことを知っているんだ」
「…………」
「見ていたんだな。そして、ずっと俺たちの後をつけていた。そうなんだろう?」
問い詰めるように懐疑的な目を向けて優斗は言った。
「別におまえたちを尾行していたわけではない」
「だったら、どうしてあんたはこんなところにいるんだ」
「仕事だ。おまえと同じくらいの年頃の女を探している」
「そいつが邪気を伴っているのか?」
「確証はない。危険な感じはするが、それだけだ」
そう言って立ち去りかけた刀夜だったが、ふと思い出したように足を止めた。
「赤い髪の女に気をつけろ。おまえ、狙われているぞ」
「何だよそれ」
「忠告だ。そういう姿をした奴が一人、おまえの命を奪いたがっている」
「はぁ。女に恨まれるような覚えはないんだけどな」
軽く肩を竦める優斗に、刀夜は冷たい目を向ける。
「……本当に自覚していないのだな」
「何を」
「それはわたしの口から言っても意味がないだろう。いずれその身で知るがいい」
言いたいことを言うだけ言うと、刀夜はさっさと歩いていってしまった。
「お、おい。ったく、何なんだよ」
残された優斗は戦友の不可解さに顔を顰めつつ、仕方なく自分も自宅へと向かって歩き出す。
その背後をずっと追ってくる視線があったことに彼はまだ気づいていない……。
―――あとがき。
龍一「新キャラ登場です」
美里「あんな人いたっけ?」
龍一「本編中で最も出番の少ないと思われる人物だ」
美里「なんだかかわいそうだね」
龍一「いいんだよ。野郎のことなんてどうだって」
美里「うわっ、言い切ったよ」
龍一「だって、俺フェミニストだもん」
美里「本当?」
龍一「ああ。その証拠に女性キャラは全員出番多いし、それなりの役割も与えているじゃないか」
美里「あ、本当だ」
龍一「おまえの出番もまだまだあるぞ」
美里「だったらこんなところで油売ってないで、早く本編に戻ろうよ!」
龍一「あっ、ちょっと待て。……行ってしまった。というわけで、続けて第10話行ってみたいと思います」
新キャラ登場〜。
美姫 「でも、出番が少ないみたいだけどね」
まあ、男だしね。
美姫 「アンタも同じ事を…」
あ、あははは〜。
は、旗色が悪そうなので、今回はここまで!
美姫 「あ、こら!」