第1話 白夢

 優斗が朝の鍛錬に出掛ける少し前、美里はまだ夢の中にいた。

 それはとてもとても不思議な夢。

 見渡す限りの雪原と、オーロラを映す紺碧の空だけがある世界で、美里は一人だった。

 寒くはない。

 寧ろ不思議な暖かさすら感じる、夢……。

 夢と分かっていてもすぐに消えてしまうこともなく、現実と錯覚するほど確かでもない。

 そんな曖昧な意識の海を漂っているうちに、彼女は自然と目を覚ましてしまった。

 胸に少しのもやもやを残しつつ、それが不快かと問われればそうでもない。

 どうしたものかと首を傾げつつふと時計に目をやれば、いつも起きる時間になっていた。

 あまり遅くなって心配されたり小言を言われたりしても困る。

 そう思った美里はとりあえず適当な服に着替えて部屋を出た。

 顔を洗いに行く途中でリビングに顔を出すと、優斗がソファに腰掛けて新聞を読んでいた。

「おはよう。もう鍛錬は終わったの?」

「ん、ああ。おはよう。とりあえず、今日のところはな」

 優斗は読んでいた新聞から顔を上げてそう答える。

「おはよう美里。もうすぐ朝ご飯出来るから顔と手を洗ってらっしゃい」

「はーい!」

 キッチンから顔を出した優奈に元気よくそう答えると、美里はリビングを抜けて洗面所へと向かう。

 洗面台で顔を洗い、歯を磨いて、それから最近長くなってきた栗色の髪にもざっと櫛を通す。

 姉ほどではないが、これが中々手入れに時間が掛かるのだ。

 苦労して寝癖を直し、リビングに戻ると既に二人とも席に着いていた。

「それじゃ、食べましょうか」

「いただきます」

 三人の声が唱和し、それぞれに箸を取って食べ始める。

 草薙家の朝は純和風。

 偶に時間があるときや優奈の気紛れで洋風になったりもするが、基本的には和食である。

 今朝のメニューは炊き立ての白いご飯と鮭の塩焼き、味噌汁に青菜の和え物だった。

 捻りのない感想で褒める優斗に優奈が顔を赤くして照れたりと、これもいつもの風景である。

 そんな中、美里は一人、今朝の夢を思い出していた。

「どうした?変な顔して」

「変な顔なんてしてないよ」

「そうか?」

「もう。そんなこと言う優斗はあんまり好きじゃないよ」

「あはは、悪い。でも、どうしたんだ。おまえが食欲ないなんて。熱でもあるんじゃないのか?」

 少し心配そうに尋ねる優斗に、美里は小さく首を横に振った。

「別に、何でもないよ」

「ご飯、どこかおかしかったかしら?」

「ううん。優奈お姉ちゃんのご飯、いつも通り美味しいよ」

 そう言って美里は鮭の切り身に箸を伸ばす。

「何でもないならいいけど。具合が悪くなったら無理せずすぐに俺か優奈に言うんだぞ」

「うん。ありがと」

 美里はそう言って小さく微笑んだ。

 姉と恋人同士になっても、優斗のこういうところは以前と少しも変わらない。

 そういう人だってことは分かっていたけれど、改めて実感出来ると何だか嬉しい。

 だからなのだろう。

 あったかいご飯と気配りで心もお腹も一杯になった美里はえらくご満悦だった。

 学校へ行く優斗を笑顔で送り出した優奈はすぐにキッチンへ戻って朝食の後片付けを始める。

 美里も部屋の掃除などを少し手伝ってから自分の部屋へと戻った。

 最近の彼女は食後などに一人で部屋に篭る時間が増えている。

 その理由は彼女の机の上にあった。

 そこは彼女の領域の中でもこのところ特に変化の多かった場所だ。

 読みかけのマンガやイラスト集しかなかった正面の棚にはそれらに混じって数冊のノートやクリアファイルが並び、クッキーの空き缶をリサイクルしたものには数十本はあるだろうか。様々な色や形状のペンが立てられている。

 美里は棚から一冊のクリアファイルを取り出すと、中身を机の上に置いて椅子に座った。

 彼女が机の上に置いたのはA4サイズの紙だった。

 紙には色のない風景とそれを見つめる一人の少女の姿が描かれている。

 美里は手製のペン立てから数本を選び出すと絵の傍らに並べた。

 自分の描いたものの中では中々の出来であると思われるその絵をじっくりと眺め、彼女は徐にペンを取る。

 イラストレーションはマンガ好きの美里のもう一つの趣味であり、特技だ。

 最初は好きなマンガのキャラクターをトレースするところから始まって、今ではオリジナルも描いている。

 その実力はちょっとしたプロ並だが、それを家族以外に披露したことはまだない。

 美里は手にしたペンを抜くと、その先を絵の中の少女へと向けた。

 そういう絵にするつもりなのだろう。

 背景には目もくれず、美里はひたすら丁寧に少女だけを着色していく。

 そうして何度かペンを変えた頃、不意に扉がノックされた。

「美里。入るわよ」

 そう一言断って、お盆にティーカップを載せた優奈が入ってくる。

「やってるわね。どう、良い絵が描けそう?」

「うん、なかなか良い感じだよ。お姉ちゃんはもうお掃除とかお洗濯とか終わったの?」

「ええ、ちょうど今しがた。それで、少し休憩しようと思って。紅茶、美里も飲むでしょ」

「ナイスタイミングだよ。ついでに何か甘いものとかあると尚良いんだけど」

 そう言って上目遣いに見上げる美里に、優奈はにっこり笑ってお盆の上を指差した。

「ちゃんと用意してあるわよ。山陽堂のワッフル、美里はこれ好きでしょ?」

「わーい。お姉ちゃん大好き!」

 お盆をテーブルの上に置いた優奈に、美里がペンを放り出して抱きついた。

 その後、切りの良いところまで絵を進めた美里は優奈と二人でティータイムを楽しんだ。




 ―――あとがき。

龍一「草薙家の朝、美里編でした」

かおり「わ、わたしの出番が欠片もない……」

蓉子「あんたはプロローグで出てたじゃない。あたしなんか、あたしなんか……」

龍一「まあまあ。まだ始まったばかりなんだし、二人とも今回もばっちり活躍してもらうからそんな気を落とすなって」

蓉子「本当でしょうね」

龍一「お、おう。それはもうばっちりと……」

かおり「ばっちりと、どうなるのかしら?」

龍一「…………」

蓉子「あ、ここに構成を纏めたものが。どれどれ……」

龍一「わわっ、み、見ちゃダメ」

蓉子「…………」

かおり「き、城島さん?」

蓉子「狐流妖殺法究極奥義・邪妖炎殺・黒竜波!」

龍一「ぐぎゃらうわぉぉぉぉぉぉぉ!」

――影も残らぬ凶悪な一撃が作者を飲み込み、無へと還す。

かおり「わ、わたしは何も見てない。聞こえてない」

蓉子「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、…………ふっ、またつまらないものを燃やしてしまったわ」

かおり「………(恐ろしくて声も出ない)」

蓉子「では、作者もいなくなったことだし、今回はこのへんで失礼しますね」

かおり「で、ではでは」

 

 

 

 




ワクワク。
一体、何が書かれていたのか。
美姫 「話が進めば、そのうち分かるでしょうから、大人しく待っている事ね」
だな。
さて、今回は美里が出てきたけど。あの、夢は何かあるのかな。
美姫 「きっと、何かあるわよ〜」
それも楽しみにしつつ、次回を待つとするかのう、婆さんや。
美姫 「誰が、婆さんよ!」
ぐはっ!
美姫 「全く、この馬鹿だけは。いい加減、口は災いの元って言葉を覚えなさい」
あはははは〜。自慢ではないが、俺の鳥頭を舐めるなよ。
美姫 「本当に自慢にならないわね、それ」
あ、あははは……。
美姫 「それじゃあ、次回も楽しみにしてますね」
あはははは…(乾)



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ