第2話 銀の燐光
朝靄の立ち込める街外れの廃ビルに、それとは違う気配が二つ。
一つは人の姿をした妖狐族の少女、蓉子のものだ。
妖気を集束し、増幅する宝玉を片手に、今にも崩れそうな目の前の廃ビルを見上げている。
彼女の視線のその先に、もう一つの気配の源がある。
それは人の心から溢れてしまった思念の集合体、所謂怨霊というやつだった。
蓉子は姿の判然としない標的に視線を固定しつつ、手の中の宝玉へと力を込める。
それに呼応するように、廃ビルの中から毒々しい緑色をしたもやが姿を現した。
そこは日が昇り始めたばかりの郊外。周囲に人の姿はない。
改めて確かめるまでもなく、蓉子は手の中の力を解き放った。
赤い炎が怨霊へと伸び、揺らめくその体を拘束する。
怨霊は苦悶の声を上げて暴れるが、それくらいで逃亡を許す蓉子ではない。
炎の鎖で一気に締め上げると、彼女はその色を赤から銀へと変貌させた。
刹那、怨霊の上げた断末魔とともに銀の炎鎖が弾ける。
後にはただ、静寂と、銀の燐光だけが漂っていた。
彼女はほっと息を吐き出すと、肩の力を抜いた。
―――――――
――人気のない朝の氷上神社の境内に銀の炎が燃え上がる。
鍛錬を終えたかおりが汗やら埃やらで汚れてしまった自身の身を清めているのだ。
と、そこへ仕事帰りに通りかかった蓉子が声を掛ける。
「おはよう」
「城島さん。おはよう。あなたは今帰り?」
銀炎を消したかおりが蓉子の姿を見てそう尋ねる。
「まあね。今回は数が多かったから。おかげで朝まで掛かっちゃった」
「ご苦労様。あ、ここ汚れてるわよ」
そう言ってかおりは蓉子の肩へとそっと触れる。
その手に銀の炎が灯り、消えた後には彼女の服の汚れもすっかりきれいになっていた。
「これでよし、と。女の子なんだから、もう少し気にしたほうがいいわよ」
「相変わらず鮮やかだね。あたしにはとても真似できそうにないよ」
「そんなことないわ。あなたのシルバーブレイムはとっても純粋で透き通っているもの」
「あ、ありがと……」
耳元に顔を寄せて囁かれた蓉子は慌ててかおりから離れつつ礼を言う。
頬が少し熱い。
「じゃ、じゃあ、また学校で」
「仮眠しすぎて遅れないようにね」
そう言って駆け出す蓉子をかおりは笑顔で見送った。
……や、やばいよ。何かまだ胸がどきどきしてる。
自分にはそんな趣味はないはずだと頭を振りつつ、自宅に戻ってバスルームへと駆け込む。
冷水を頭から何度も浴びて、火照った身体を冷やすと何とか落ち着くことが出来た。
……何かどっと疲れた気がする。
げんなりした顔でソファに腰を下ろし、蓉子は菓子パンの一つへと手を伸ばす。
今日の彼女の朝食は紙パックのオレンジジュースと菓子パン3個。
自分の家で食べるときは大抵こんなものである。
いつもは朝晩草薙家におじゃましてご馳走になるのだが、今はそんな気にもなれない。
そのことで皆に心配を掛けることになるかもしれないとは思ったが。
仕事があるときは偶に行けないときもあるし、大丈夫だろう。
そう思うことにして、蓉子はお気に入りのクリームパンを一口齧る。
今日の天気は快晴。ニュースキャスターも自然界の精霊達もそう言っている。
いつまでも疲れているのも自分らしくないと思い、蓉子は朝食を平らげて立ち上がった。
―――――――
一方、神社での朝のお勤めを済ませたかおりは上機嫌で帰路に着いていた。
朝から意中の人に会えたのだ。しかも、中々に良い表情を見せてくれた。
それを自分が独占していたのかと思うと、自然に頬が緩んでしまうというものだ。
「おかえりなさい。何かいいことでもあったんですか?」
かおりがにやにやしつつ帰宅すると、早速そのことをファミリアに指摘された。
「別に。いつも通りよ」
明らかにそうではない様子のかおりに、ファミリアはにこにこと笑顔を浮かべる。
テーブルの上には二人分のベーコンエッグとヨーグルトサラダが並べられている。
そこにちょうどいい具合にトーストが焼きあがり、かおりはそのうちの一枚へと手を伸ばす。
「シチュー温めましたけど、食べます?」
「いただくわ」
トーストにバターを塗りつつ答えるかおりに、ファミリアは頷いてシチューを皿へと注いだ。
自分の分も皿に注ぎ、ファミリアもエプロンを外して席に着く。
「わたしがここに来てもう一ヶ月になるんですね……」
何気なくカレンダーへと目をやり、彼女はぽつりとそう漏らす。
「早いものね」
夏休みの間に起きたあの事件の後、ファミリアが昔死んだ猫の分霊だということが発覚した。
それでかおりの兄である刀夜が保護していたこともあって、今は一緒に暮らしている。
本当は彼女の姉のディアーナも入れて3人で暮らしたかったのだが。
彼女の通う養成所はここから通うにはあまりに遠すぎる。
かおりは転移を使えば良いと言ったのだが、当人がそれでは意味がないのだと言う。
仕方なくかおりは彼女が戻ってくるそのときをファミリアと共に待つことにしたのだった。
「ディアーナは、元気でやってる?」
昨夜電話していたことを思い出し、かおりはふと聞いてみる。
「はい。訓練は厳しいそうですが、仲間は皆良い方たちばかりだそうです」
「そう。よかった」
嬉しそうにそう話すファミリアに、かおりもほっとしたように息を漏らす。
「それで、あのことはもう話したの?」
かおりが少し表情を引き締めてそう聞くと、ファミリアは無言で小さく頷いた。
「あなたが決めたことだから、わたしは止めないわ。けど、本当に大丈夫なの?学業と仕事の両立っていうのは言うほど簡単じゃないわよ」
「分かってます。でも、わたしだけ何もしないというのは我慢出来ないんです」
確かな意思を持って見返してくるその瞳に、かおりは一つ頷く。
「面接、明日だったわよね」
「はい、土曜日の午後からです」
「そう……。わたしはその手の仕事の経験はないから何とも言えないけど、がんばってね」
「ありがとうございます」
笑顔で激励の言葉を掛けるかおりに、ファミリアはそう言って頭を下げるのだった。
「さて、わたしは用事があるからそろそろ出るわね」
「食器はそのままにしておいてください。洗い物はわたしがしておきますので」
「いつも悪いわね」
「いえ、好きですから。それに、来週からは当番制なのでかおりちゃんにもやってもらいます」
「はいはい。じゃあ、行ってくるわね」
そう言って微笑むファミリアに軽く手を挙げて、かおりは家を出た。
―――あとがき。
龍一「(きょろきょろ)…………よし、今のうちに……」
蓉子「逃がさないわよ!」
――がしっ。
龍一「わわっ、どど、どうして」
蓉子「よくも恥ずかしい想いをさせてくれたわね。この外道作者!」
龍一「ちょ、ちょっと待て。俺がいつ道を外れた!?」
蓉子「黙って歯食い縛りなさい。そんな作者、修正してやるわ!」
どかげしどごーーん!
龍一「そんな、バカな……きゅぅ〜」
蓉子「ふっ、修正完了。やっぱりあとがきはこうでないとね」
かおり「ふふふ、城島さん。見つけたわよ」
蓉子「え、ちょ、ちょっと」
かおり「さあ、こっちにきてわたしといいことしましょうね〜」
蓉子「そ、そんな笑顔で危ないこと言わないでって、きゃぁぁぁぁ!」
――そして、誰もいなくなった。
まさか、蓉子を待っていた恥ずかしい事が、こんな事とは。
美姫 「果たして、蓉子はどうなってしまうのかしら」
いやはや、何とも楽しみな。
美姫 「本人を前にして言ってみる?」
ブンブンブン。とんでもこざいません。
えっと、えっと、そうそう、次回はどんなお話になるのかな〜。
美姫 「わざとらし過ぎる話の変え方ね」
まあまあまあ。美姫も気になるだろう。
美姫 「まあね。当分は、こんな感じでほのぼので行くのかしら」
そういった楽しみも含めつつ、次回を待ってます!
美姫 「待ってま〜す」