第5話 迷走の旅路
早朝の駅に一際目を引く二人の女性の姿があった。
一人は腰まで伸ばした金髪を首の後ろで束ねた白い和服姿の女性。
その金色の髪にも青い瞳にも派手さはなく、寧ろ清楚な雰囲気が和服によく似合っている。
それとは対照的に、隣を歩くもう一人はまだあどけなさの残るごく普通の少女だった。
と言っても、その顔立ちはかなり可愛い部類に入る。
尤も本人にはその自覚があまりないのか、何度も軟派されそうになっては首を傾げている。
保護者として少女に同伴していた女性のほうはその都度相手を威圧して追い払っていたが。
「まったく、これだから人間の男は……」
「あはは、あたしが知ってる人はすごく優しい良い人だったんだけどな」
男嫌いの定番のようなことをぶつぶつ呟く女性に、少女は苦笑しつつそう話す。
「そういう方ばかりではないということです。そもそも、彼らがもっと我を律しないから世に歪みが生じるのです」
過去に何か嫌なことでもあったのだろうか。厳しい表情をして女性はそう批難する。
「それ、ちょっと違うと思う。だって、他の種族の中にも良くない人はいっぱいいるもの」
「それは、その通りですけど……」
「雪那は知ってるはずだよ。人間たちの中にも優しい人はちゃんといるってこと」
柔らかな微笑を浮かべてそう言う少女に、雪那と呼ばれた女性はしばし言葉を失った。
それはほんの少し前まで自分が彼女に対して言っていたことそのものだった。
――実の親に捨てられた経緯から人間不信に陥り、逆に人の世を捨てた少女。
その彼女があるとき内職をしていた雪那に向かってこう言った。
――あたし、人間の街に行こうと思う。会いたい人がいるんだ。
自分や周囲の者達が幾ら勧めても頑なに拒み続けていた彼女が自分からそう言ったのだ。
雪那は一瞬我が耳を疑った。
少女はその理由について多くを語ろうとはしなかった。
ただちょっとあって、雪那の言うこと少しは信じてもいいかなって思えるようになったんだ。
そう言ってはにかむ少女に、雪那もそれ以上の追求はしなかった。
彼女にもプライバシーというものはある。
それにどんな形であれ、ようやく分かってくれたのだと思うと雪那は正直、ほっとした。
この娘には自分のいた世界を誤解したままでいてほしくはなかったから。
それからしばらくは大変な日々が続いた。
聞けば少女の目指す街はここから随分と遠い。
それでもう一人の保護者からの依頼もあり、雪那がその旅の世話をすることになったのだが。
旅に出るにあたって、少女には足りないものがふたつあった。
まず一つはその身を包む衣類である。
人間の世界ではその皮膚の大部分を布製の服で覆うのが常識である。
しかし、森での暮らしが長い少女にはそれを実行するための装備も習慣もない。
そして、もう一つは旅支度を整え、その目的を完遂するための資金だ。
雪那はこれらをすべて一人で用意しなければならなかった。
彼女は最初街に出て稼ごうとしたのだが、少女はその提案に激しく首を横に振った。
「雪那一人に無理させられないよ。ここは一つ、近くの人間の宿を襲撃して……」
「お嬢様、それは犯罪というものです。下手をすれば警察に捕まってしまいますよ」
「雪那、あたしのことは」
顔を顰めてそう窘める少女に、雪那は慌てて頭を下げた。
「申し訳ございません。……って、そうではなくてですね」
「いいからちゃんと呼んで。でなきゃ、もう雪那の言うこと聞いてあげないよ」
「わ、わかりました」
少女にぷいとそっぽを向かれて、雪那は仕方なくそれに頷いた。
「……李沙、……様……」
「うん。今はそれで許してあげる」
そう言って李沙は嬉しそうに笑った。
「でも、襲撃がダメとなると、やっぱ地道に稼がなきゃいけないのかな」
「ですから、最初からそう申し上げているではありませんか。わたくしなら大丈夫ですから」
「うーん、でも、それだとものすごく時間が掛かるんじゃない?あたし、そんなに待てないよ」
よほどその誰かに会いたいのだろう。切り株に腰掛けて足をぱたぱたさせながら李沙は言う。
「わかりました。わたくしが何とかいたしましょう」
「本当!?」
「その代わり、旅の間はちゃんとわたくしの言いつけを守ってください。いいですね?」
「うん、わかった」
保護者の顔になってそう言う雪那の言葉に、李沙は元気よく頷いた。
こうして二人は旅立ち、幾つかの交通手段を乗り継いで、今ここにいる。
その道のりは決して短いものではなく、道中様々なトラブルにも見舞われた。
多くは初めて眼にする人間の街に対する李沙の旺盛すぎる好奇心に端を発しているのだが。
今はまだ笑えない数々の失敗談を思い出し、雪那は少々苦い顔になる。
それでもめげずに旅を続けるあたり、その人物は李沙にとってよほど重要な存在なのだろう。
……果たして彼のものとこの娘の間に何があったのか。
雪那がそんなことを考えていると、不意に服の袖を引かれて足を止めた。
見ると数人の男が自分と李沙を囲むようにして立っている。
見るからにチンピラといった風情の連中で、李沙は怯えて雪那の後ろに隠れてしまっている。
「わたくしたちに何か御用ですか?」
一応丁寧な口調で雪那が尋ねる。だが、その内心はあまり穏やかではない。
ここに来るまでにこの手の連中に何十人と声を掛けられ、いい加減うんざりしていたのだ。
「何、あんたたちが困ってるみたいだったんでね。声を掛けたのさ」
下心見え見得の男の態度に、雪那の中で何かが切れた。
途端に彼女の周囲の気温が一気に下がった。
比喩ではなく、本当に水蒸気が結露を起こしている。
やがてそれらは氷の粒となり、唖然として動けない男達の間を通り抜けていった。
「どうかなさいました?」
極寒の冷機が去った後、何事もなかったかのように雪那は笑みを浮かべて男たちに問う。
「おい、行くぞ」
「あ、ああ」
只ならぬ気配に危機感を覚えたのか、男たちは足早にその場を去っていった。
その背中を忌々しげに見送り、雪那はふっと息を吐いた。
それから二人は手近な店で遅めの昼食を摂り、更に歩き回ること約2時間――。
駅に程近い交差点の一つで李沙はようやく目当ての人物を見つけることが出来たのだった。
―――あとがき。
龍一「今回は謎の女性にスポットを当ててお送りしました」
蓉子「っていうか、読まれてたんじゃないこの展開って」
龍一「……ま、まあ、いいじゃないか」
蓉子「さて、これからこの二人がどうなっていくのか」
龍一「それはまだ誰にも、作者にも分からない」
蓉子「おい」
龍一「だって、おおまかな流れだけしか決めてないんだもん」
蓉子「威張って言うことじゃないでしょうが!」
龍一「いいじゃないか。物語はちゃんと進行しているんだから」
蓉子「と、それもそうね。これであたしの出番が多ければ言うことはないんだけどね」
龍一「結局はそれですか」
蓉子「何か言った?」
龍一「いえいえ。と、まあ、そんな感じで今回はこのあたりで失礼します」
蓉子「また次回で〜」
ではでは。
李沙が再び!
美姫 「次回は、再会する所かしらね」
わざわざ遠い地から、優斗に会うために、はるばるやって来た李沙。
美姫 「優奈の反応が楽しみね」
二部の初めの方で、早くも修羅場か!?
美姫 「楽しみに次回を待ちましょう〜」
本当に楽しそうだな、おい。
美姫 「それでは、次回を待ってま〜す」
待ってます。(蓉子の出番が増えますように)