第7話 不可解な事故

 李沙が喫茶店でパフェと格闘している頃、事故現場では警察による現場検証が始まっていた。

 ――現場は見通しの良い交差点。

 何かに衝突したらしく、そのほぼ中央で一台の普通乗用車が派手に横転している。

 問題はその状況だ。

 横転するほど激しくぶつかったにしてはあまりに破損箇所が少なすぎる。

 ドライバーに至っては既に意識を回復し、警察の事情聴取に答えているのだ。

 その証言によると、突然少女が飛び出してきたのだという。

 数人の通行人からも同様の証言が得られたことから、警察はこれを人身事故と判断した。

 だが、果たして本当にそうだろうか。

 警察はなるべく早急に事を処理しようとする傾向があることをかおりは経験から知っている。

 それが屡冤罪に繋がることを考えると、彼女は素直にその判断を信じる気にはなれなかった。

 それに、この場にはもっと人間の常識の範疇には納まらない何かがあるような気がするのだ。

「城島さんはこの状況をどう思う?」

 少しでも判断材料を増やそうと、かおりは隣で同じように現場を見ている蓉子へと声を掛ける。

「うーん、普通は人を撥ねて車のほうがああなるってことはないんじゃないかな」

「同感ね。霊障にでも見舞われたのなら、話は別だけど」

「その可能性は、なさそうね。死の匂いがしないし」

「わたしもそれらしい気配は感じないわ。ただ、少し水の因子が多いのが気になるわね」

「雨が近いからじゃないの?ほら、夕立が来るかもって朝天気予報でも言ってたし」

 そう言って空を見上げた蓉子の視界には、早くも雨を含んだ黒い雲が見え始めている。

「帰りましょう。どの道この人込みじゃこれ以上のことは分からないわ」

「賛成。濡れて風邪でも引いたら嫌だもんね」

 かおりの言葉に蓉子も頷き、二人は並んで駅のほうへと歩き出す。

 尤もそこから電車に乗らなければならないほど二人の家は遠くないので素通りするのだが。

「そういえば草薙君、戻ってこなかったわね」

「知り合いって人と話し込んでるんじゃないの。放っとけばいいのよ、あんな奴」

 歩きながらふと思い出したように言うかおりに、蓉子は何故か不機嫌そうにそう答える。

「妬かない妬かない。あなたにはわたしがいるじゃない。愛してるわよ、蓉子」

「あー、はいはい。分かったから腕を組もうとしないで。人が見てるから」

「ちぇっ」

 冷たくあしらわれたことにやや不満そうな顔をしつつ、かおりは大人しく蓉子から離れる。

「別に嫉妬してるわけじゃないよ。ただ、誠意を疑われるような行動が許せないだけ」

「確かに優奈さんは誤解するでしょうね」

 ぼそりと言った蓉子の言葉に、かおりも神妙な表情で頷く。

「あいつに限ってそんな事はないと思うけど、やっぱ不安になるじゃない。女の子としてはさ」

「本人に自覚がないっていうのも問題だと思うわよ、わたしは」

 二人して顔を見合わせ、はぁ、と溜息を漏らす。

 何だかんだ言っても根は友達思いの二人である。

 特に蓉子は自分が仲を取り持ったようなものなので、出来ればずっと幸せでいてほしいのだ。

「大体鈍感すぎるのよ彼は。城島さんの好意にも結局気づかなかったし」

「あ、あたしは別にあいつのことそんなふうに見てたわけじゃないよ!」

「そうかしら。わたしには結構大胆にアプローチしていたように見えたけど」

 慌てて否定する蓉子を見て、かおりはにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。

「態々教室まで来てラブレターを渡していたのは誰だったかしらね」

「も、もう、あれはちょっとした悪戯だったって何度も……」

 声を荒げてそう言いかけた蓉子だったが、ふとそれに気づいて足を止める。

「どうかした?」

「あの人……」

 自分も足を止めつつ何事かと尋ねるかおりに、蓉子は通りの向かい側を指差してそう言った。

 彼女の指差す先にあったのはアルバイト募集の貼り紙がされた一軒のお好み焼き屋。

 そこから出てきた一人の女性の姿を見て、かおりは思わず息を呑んだ。

 そこにいたのが絶世の美女だったから、ではない。

 いや、確かに鮮やかな金髪とその怜悧な美貌は道行く人を振り向かせるに値するものだ。

 問題なのはその女性、雪那があの事故現場にいたということだった。

 彼女を追っていったはずの優斗の姿は今はその周囲には見えない。

 一緒にいたもう一人もいないところを見ると、二人でどこかへ行ったのだろうか。

 ふと横を見ると、女性を凝視していた蓉子の表情に困惑の色が浮かんでいた。

 どうしたのかとかおりが問い質そうとするよりも早く、彼女の口から言葉が漏れる。

「……何なのよ、あれは」

 信じられないと言わんばかりに大きく見開かれたその目はどこか虚ろで危うい。

 因果直視の眼を持つかおりにはすぐにそれがここではないどこかを見ているのだと分かった。

 眼という機関は通常最も日常的に見ている世界にフォーカスされているものだ。

 その多くは一個の集団において共通であるが、稀に例外が生じることもある。

 例えば霊能者と呼ばれる者たちは普通の人間には見えない霊を見ることが出来る。

 彼らは自らの意思で視界を霊の属する世界にフォーカスすることが出来るのだ。

 城島蓉子は人間ではない。

 普段こそ普通の人と変わらないが、その正体は強大な妖力を持つ銀狐なのだ。

 その彼女が普段は使わないもう一つの視界に何を捉えたのか。

 気になったかおりは自分も直視眼を開いてその女性を見てみた。

 ……なるほど。確かに普通じゃないわね。

 幽霊とは違う。もっとずっと自然な何かが女性の周囲を取り囲んでいる。

 彼女のその存在があの事故を引き起こしたのだろうか。

 それにしては邪気のような禍々しさは感じられない。

 寧ろ清浄なそれは巫女であるかおりに好感を与えるものだった。

 あの人自身に危険はなさそうだけど、あの清気は邪気を呼び込みかねないわ。

 草薙君はこのことを知っているのかしら。

 携帯電話のカメラに女性の姿を納めつつ、かおりはふと無愛想な友人のことを思い出す。

 彼もまた邪気と相対する存在だ。

 それであの女性とも知り合いだったのかもしれない。

 兄さんも最近何かと動いているようだし、少し調べてみるのもいいかもしれないわね。

 そう思うと、かおりはそっと携帯電話を懐に仕舞うのだった。

    *

 時は少し遡る。

 蓉子たちが帰途に着いた頃、優斗はまだ喫茶店の中にいた。

 本当は他人のふりをしてすぐにでも出て行きたいのだが、体面に座った雪那の必死の形相がそれを許さない。

 何でもここに来るまでに旅費をほとんど使い果たしてしまったのだという。

 その原因がもう一人のほうにあることは聞かずとも容易に察しがつく。

 ――お願いです。どうかわたくしたちを見捨てないでください。

 そんな縋るように見つめられてはさすがに知らんふりも出来ない。

 結局、見るだけで胃が痛くなりそうな量のパフェを李沙は一人で平らげた。

 ――その所要時間、僅か30分。

 優斗は思わずまじまじと彼女の腹を見詰めてしまった。

 決して太っているわけではない。

 寧ろ、無駄なく引き締まったその体のどこにあれだけの食べ物が収まっているのだろうか。

「ふう、こんなに甘いものばかりたくさん食べたの初めてだよ」

 優斗の考えを他所に、一人満足の吐息を漏らす李沙。

「俺もパフェに3500円も払うのはこれが初めてだよ」

「申し訳ありません。まさか、それほど高価なものだとは思わなかったものですから」

「いや、いいんだけどな」

 恐縮する雪那に、優斗は軽く手を振って顔を上げさせる。

 だが、その顔にはしっかりと苦笑が浮かんでいて、彼女に再度深々と頭を下げさせてしまうのだった。




 ―――あとがき。

龍一「というわけで」

美里「どういうわけよ」

龍一「お、中々良いツッコミだね。君もようやく芸人魂に目覚めたか」

美里「バカなこと言ってないでさっさと次を書いてよ」

龍一「おまえまでそんなことを言うのか」

美里「だって、今回もあたしの出番なかったんだもん。このまま脇に追いやられちゃうんじゃないかって思うと、うう……」

龍一「わわっ、分かったから泣くなよ。まるで俺が泣かせたみたいじゃないか」

美里「うう、ぐすん、……次はちゃんとあたしの出番もあるの?」

龍一「お、おう。それは間違いなくある。だから、安心してくれ」

美里「その言葉、信じていいんだね?」

龍一「もちろんだ。何なら賭けてもいいぞ」

美里「そこまで言うんなら信じてあげる」

龍一「ふぅ」

美里「というわけで、次回、嵐の予感で会いましょう」

龍一「で、ではでは」

 




パフェで3500円か……。
美姫 「え、浩が奢ってくれるの?」
何でじゃ!
美姫 「中々いいツッコミよ」
ふふん。だてに鍛えられてないぜ。
美姫 「じゃあ、そのお礼に奢ってね♪」
何で、そうなる!
美姫 「ケチ」
誰がじゃ。
美姫 「じゃあ、奢って」
いや、だから、何で?
(スラリ)
美姫 「奢って♪」
あ、あはははは。勿論さ。オフコースだよ。
だから、剣は仕舞おうね。
美姫 「うんうん、それじゃあ、レッツゴ〜♪」
シクシク。
美姫 「あ、美里ちゃんも呼んであげないと」
な、何で!?
美姫 「だって、今回、出番が無くて可哀相だったじゃない」
う、うぅぅ。俺の財布の中身は可哀相じゃないのか…。
美姫 「浩だもん。それに、前々々回にケーキを貰ったでしょう」
うぅぅ(泣)
美姫 「それじゃあ、また次回を待ってますね〜」
さめざめ(涙)



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