第12話 アシスタントはメイドさん
* * * * *
優斗達が街へと繰り出した頃、かおりとファミリアもまた自宅のマンションを後にしていた。
「わたしは多分夜まで戻らないと思うから、とりあえずこれ渡しておくわね」
そう言ってかおりは鞄からスペアキーを取り出すと、それをファミリアへと渡す。
「承知しました。夕食はどうします?」
「出来れば一緒に食べたいわね。ファミリアの料理はとても美味しいから」
「そう言っていただけるとこちらとしても作り甲斐があります」
そう言って微笑むファミリアは本当に嬉しそうだった。
姉の件が一段落してからというもの、この娘もよく笑うようになった。
まだまだ問題はあるものの、彼女のこういう表情を見るとかおりは少しほっとする。
「本当、いつもありがとうね」
「いえ、こちらこそ……」
照れたように小さくそう言って俯くファミリアに、かおりは思わず胸が高鳴るのを感じた。
「そ、それじゃあ、そろそろ行きましょうか。遅れるとよくないし」
チラリと腕時計に目をやってから、かおりはごまかすようにそう言って歩き出す。
……まったく、どうしてわたしはいつもこうなのかしら。
半歩遅れてついてくるファミリアに気づかれないよう、彼女はそっと溜息を漏らす。
自分が同性しか愛せないことはもうずっと前から知っている。
それが異常なことだとは理解していたし、直そうと努力してもいる。
しかし、それでも魅力的な一面を見せられるとつい手を出してしまいそうになるのだ。
……これも皆蓉子が悪いのよ。
あなたがあんまり魅力的過ぎるから、わたしはどんどんおかしくなってしまうじゃない。
そんな理不尽なことを考えながら歩いていると、いつの間にか十字路に差し掛かっていた。
「じゃあ、わたしはこっちだから」
「お仕事、がんばってくださいね」
「ありがとう。あなたもね」
そうお互いを励まし合い、二人はそれぞれの道へと分かれていった。
かおりはこれから保安局へと赴き、そこで幾つかの事柄についてリサーチをすることになる。
その中には金髪の和服美人、雪那の特異点とも言うべきあの清浄な気のことも含まれていた。
一方、ファミリアはある人物の元を尋ねようとしていた。
今から一ヶ月ほど前、彼女は忙しかったかおりに代わって夜の巡回をしたことがある。
そのとき出会ったその人物は迷える彼女を見て一つの道を提示してくれたのだ。
さすがに最初は胡散臭いと思った。
そこでかおりに頼んで調べてもらったところ、二週間ほどで社会的に信用のある人物である事が判明した。
「済みません。ただでさえ、忙しいのにこんなこと頼んでしまって」
「別に気にしないで。これはこれで楽しかったから」
そう言って笑うかおりの表情は恰も一仕事終えた職人のように満ち足りた輝きを持っていた。
仕事事態には興味があった彼女がそれならばと電話を掛けたのが今から一週間前のこと。
そして、それから一週間後の今日、彼女は採用試験を兼ねた面接を受けることになる。
駅へと向かう道すがら、ファミリアはポケットから一枚の名刺を取り出した。
そこに書かれている住所を確かめ、頭の中で地図と照合すると、それをしまう。
名刺にはよくある明朝体でこう書かれていた。
――綾香市物ノ怪1−13−4
作家 氷瀬浩――。
* * * * *
「じゃあ、とりあえずこのあたりから回ってみるか」
優斗がそう言って振り返ると、そこには何やらオーラを放っている李沙の姿があった。
――繁華街。
ショッピングモールの一角にて、彼女はひたすらあるものへと視線を注いでいる。
その温度は今の気候に負けないくらいに、熱い……。
そんな李沙の様子を、優奈はやや引き攣った笑みを浮かべて見ていた。
「あれが気になるのか?」
少し呆れたような口調でそう尋ねる優斗に、彼女は無言でこくこくと頷いた。
「ああいう騒がしい娯楽はあんまり好きじゃないんだけどな」
そう言いつつも、優斗は二人を促してその建物、ゲームセンターの中へと入っていった。
――せっかくの機会なのですから、なるべくいろいろなことを体験させてやってください。
そう雪那に頼まれていたこともある。
優奈にとってもそこは初めての場所で、彼女は物珍しそうにあたりを見回している。
「さて、何からやる?」
そう問い掛ける優斗に、李沙は真っ先にある台へと駆け寄った。
「あたし、これがいい」
「UFOキャッチャーか。何か欲しいものでもあるのか?」
「うんとね。あたし、あの白い猫がいい」
「どれだ?」
「ほら、あれだよあれ。どことなく白に似てるやつ」
「本人が聞いたら怒るぞ、きっと」
「いいからやり方教えてよ。あたし、どうしてもあれが欲しいんだから」
そう言って台に手をつく李沙に、優斗は仕方なさそうに溜息を漏らした。
「……いいか、一回だけだからな」
「任せて」
そう言って意気込む李沙。
だが、こういうものには大抵コツがあり、初心者は失敗するものである。
案の定、ぎこちない動きで操作された彼女のクレーンは目標を大きく外れてしまった。
「うっ」
悔しそうに顔を歪める李沙。
本当は次をねだりたいのだろう。
一回だけという約束を守ろうと必死に我慢しているその顔は見ていて微笑ましい。
「ったく、しょうがないな。ほら、ちょっとどいてろ」
そう言って項垂れている李沙を押し退けると、優斗は自ら台の前に立った。
「こういうのは、こうするんだよ」
慣れた手つきでクレーンを操作し、彼女が欲しがっていた白い猫のぬいぐるみを掴み上げる。
「ほら」
「わぁ、ありがとう」
優斗は取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、それを李沙に手渡した。
受け取った李沙はまるで子供のようにはしゃいでいる。
「上手なんですね」
「蓉子の寄り道に付き合わされて学校帰りとかによくきてたからな。優奈も何かいるか?」
「では、その黄色いイルカのぬいぐるみを」
「これだな、よし」
そう言って優斗はそれも難なくゲットしてみせる。
その後幾つかの台を冷やかして回ってから、三人はゲームセンターを後にした。
* * * * *
「えっと、確かこのあたりのはずなんですけど……」
脳内マップと名刺の住所を交互に見比べつつ、ファミリアはきょろきょろとあたりを見回す。
――綾香市物ノ怪。
そこは庶民が気後れしそうな邸宅ばかりが立ち並ぶ高級住宅街である。
以前に出会ったあの人物はとてもそんなところに住んでいるようには見えなかったのだが。
……って、今はそんなことを考えている場合じゃないですよね。
自分自身にそう突っ込みを入れてから、ファミリアは改めてあたりを見渡した。
余裕を持って出たはずの彼女だったが、気がつけばもうぎりぎりの時間になっている。
このまま遅刻でもしてせっかくの採用を取り消されては目も当てられない。
と、そのとき不意に大気が振動した。
何物かが編み上げた刹那の法則。それにこのあたりの風が強引に従わされたらしい。
誰だか知りませんけど、随分と自分勝手なことをしますね。これでは風がかわいそうです。
微かに怒りを覚えつつ、ファミリアは注意深くあたりを探る。
気配は目の前の邸宅の中にあった。
そのせいか周囲を似たような屋敷に囲まれた中、そこだけが異彩を放っているように見える。
チラリと表札に目をやったファミリアはそこに目当ての名前を見つけて驚いた。
言動からしてまともな人ではないとは思っていましたけど、まさかこれほどとは……。
などとなかなか失礼なことを考えていると、不意にその屋敷から奇声が上がった。
「ぐげろきゃぁぁぁっ!」
およそ人のものとは思えない悲鳴に続いて何やらがらがらという崩壊の音が聞こえてくる。
チャイムに手を伸ばそうとしていたファミリアは思わずそのままの姿勢で固まってしまった。
「ったく、あのバカはいつもいつもどうしてああなのかしら」
そこへ勢いよく玄関の扉が開かれ、中から一人の女性が姿を現す。
かなりご立腹の様子で、何やらぶつぶつと呟いている。
考えるまでもなく、声を掛けるべきではないことは一目瞭然だった。
しかし、実戦経験の少ないファミリアにはそこまでだった。
彼女はその女性が発する怒りのオーラに圧倒されてしまったのだ。
「あら」
門のところまできた女性はそこに硬直しているファミリアを見つけると途端に笑顔になった。
「あなたが今日からうちで働いてくれる人ね」
「え、あ、はい」
「話は聞いてるわ。大変だろうけど、がんばってね」
突然話しかけられて慌てて返事をするが、それにも女性は表情を崩さない。
「わたしはこれから出掛けないといけないから詳しいことは中で聞いてちょうだいね」
そして、言うだけ言うとまだ困惑しているファミリアの脇を抜けて行ってしまった。
それからしばらくして、ようやく硬直から解けた彼女はとりあえず屋敷の中に入ったのだが。
……怖い人。姉さんでもあそこまですごくはなかったのに。
屋敷内の惨状を目の当たりにして、ファミリアは思わず天を仰いだ。
――エントランスから続く長い廊下。
そこに敷かれた絨毯には奥の部屋に向かって何やら赤黒い染みが点々と続いている。
天井から吊るされた豪華なシャンデリアは鎖が老朽化していて今にも落下してきそうだった。
ホラーハウスと見紛うばかりの屋敷の中をファミリアは慎重な足取りで奥へと進んだ。
やがて辿りついた扉にもノブはなく、いよいよ怪しさを増してきたそのときだった。
「誰かそこにいるのか」
不意に聞こえたその声に、ファミリアは思わずびくりとした。
「あ、あの、先日お電話差し上げた者ですが……」
「おお、来てくれたのか!」
扉の向こうからしたあからさまな歓喜の声に、ファミリアは思わずたじろいでしまう。
「今ちょっと身動きが取れないんだ。済まないけど、扉を開けて中に入ってきてくれないかな」
「は、はぁ」
言われるままに扉を開けたファミリアはそこに広がっていた光景に我が目を疑った。
地震か台風の後のようにタンスや書棚が倒れ、小物などが床の至るところに散乱している。
机には起動させたままのPCと、数冊の本。
そして、この屋敷の主らしき椅子に拘束された20代前半の青年の姿があった。
「新手の冗談ですか?」
そうとしか思えないような光景に、彼女は思わずそう聞いてしまった。
「まさか。とにかくこれを解いてくれないかな」
そう言って縛られた両手をばたつかせる青年に、ファミリアは慌てて駆け寄ると縄を解いた。
「ったく、美姫の奴、少しは手加減しろっての。俺が死んだら原稿も何もなくなるじゃないか」
ぶつぶつと文句を言いながら、青年は椅子から立ち上がると軽く伸びをして硬直を解す。
「大丈夫ですか?」
「あー、いや、助かったよ。ところで、君誰?」
応接間へと移動しつつ、青年は改めてファミリアへとそう尋ねる。
「ファミリアレインハルトです。先日お電話させていただいた」
「ああ、そうだった。俺のメイド」
「それは一先ず置いておいて。先に幾つかお伺いしたいのですが……」
通された応接間の状況を目にして、ファミリアはその言葉を飲み込んだ。
「まずはお部屋を片付けたほうがよろしいかと」
「……だな」
さすがに散らかったままの部屋でというのは気が進まないのか。
青年はぽりぽりと頭を掻きつつそれに頷く。
「手伝いますね」
「済まないな。せっかく来てくれたのに」
「いえ、慣れてますから。それに、こういうのが仕事なんでしょ?」
「いや、まあ、そうなんだけどな」
適当に床の上を片付けながらそう尋ねるファミリアに、青年は曖昧に頷いた。
「あー、そのへんにあるものは適当にソファの上にでも積み上げておいてくれればいいから」
「はい。そういえば、お名前珍しいですよね」
「よく言われる。名刺のほうにはルビ振ってあったよね」
「はい。氷に瀬戸の瀬で氷瀬さん。お名前は浩然の浩さんでよかったんですよね?」
一字ずつ確かめるようにそう言うファミリアに、青年は嬉しそうに笑った。
「嬉しいね。早速名前を覚えてくれたんだ。ま、そういうわけだから、一つよろしく頼むよ」
そう言って青年、氷瀬浩はぽんと彼女の肩に手を置いた。
* * * * *
あとがき
龍一「とまあ、こんな感じになりました」
李沙「浩さん、美姫さん、いかがでしょうか?」
龍一「とりあえず、今回は顔見せってことで」
李沙「でも、これからどうするの?」
龍一「ふっふっふっ。それはな」
李沙「うんうん」
龍一「秘密だ」
李沙「…………」
龍一「な、何だよその目は」
李沙「別に。ただ、何も考えてなさそうだなって思っただけだから」
龍一「ぐさっ。そ、そんなことは……」
李沙「はいはい。分かったからさっさと次を書きましょうね〜」
龍一「しくしく」
李沙「鬱陶しいわね。えいっ!」
龍一「ぐげろ〜」
李沙「それじゃ、また次回で〜」
シクシク。本編でも、変わらないこの扱い。
美姫 「それはそうじゃない。ああでないと、私たちじゃなくなるでしょう?」
まあ、確かに、らしいと言えば、らしいな。
美姫 「うんうん。よく特徴が出てると思うわよ」
という事は……。俺がボコボコにされるのは、既に決定事項なんすね(涙)
美姫 「当然♪」
……まあ、良い!
それよりも、次回も楽しみだな。
美姫 「そうよね〜。次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは。