ゲームセンターを出た優斗たちは、優奈の提案でその向かいにある衣料品店へと入った。
野に生きる李沙には服を着るという習慣事態があまりない。
それをもったいなく思った優奈はこの際、彼女を徹底的に着飾ってやろうと考えたのだった。
――そして、一時間後……。
試着室のカーテンを開けて出てきた李沙の姿に、優斗は思わず目を奪われてしまった。
上は海を思わせるコバルトブルーのノースリーブ。
下は明るい空色のホットパンツで、健康そうな白い足を惜しげもなく曝している。
活発な性格の彼女には寧ろこういうののほうが似合っていると思わなくもないが、男として目のやり場に困ることこの上ない。
李沙自身はそんなことを気にしたふうもなく、単純により動きやすくなったことに満足しているようだったが。
「じゃあ、そろそろ昼飯にするか」
そう言って優斗が二人を連れて行ったのは、彼が李沙たちと再会したあの喫茶店だった。
――そして、再現。
ドアベルを鳴らして店内に入ったとき、優斗は激しく嫌な予感がした。
ほとんど直感と言ってもいいだろう。それは幾らも経たないうちに現実のものとなる。
注文を取りにきたウェイトレスに、李沙は軽いセットメニューの後にあれを注文してくれたのだ。
――即ち、ジャンボミックスパフェデラックス……3500円である。
更にはその名前に惹かれるものを感じた優奈が同じものを注文したため、彼の懐はいよいよ氷河期を迎えてしまった。
帰りの道中、すっかり軽くなってしまった財布を手に、優斗はそっと溜息を漏らす。
尤もそれが隣を歩く少女たちの笑顔の代価だと思うと、不思議とそんなに腹も立たなかった。
優奈は一番大切な女性だし、李沙も共有した時間は少ないが今はもう大事な友達の一人だ。
そんな彼女たちが笑顔になれるのなら、偶にはこんな休日も悪くない。
そう本心から思える優斗だった。
駅前の通りを抜け、住宅街へと差し掛かる。
偶には違う道を通って帰ろうと言ったのは果たしてどちらだっただろうか。
きっとほんの気紛れで、何も深く考えたりなんてしていない。
そんな提案に異論を挿むものもなく、三人は旧市外の近くを通って帰ることになる。
そして……。
街が夕暮れの光に包まれる頃、李沙は一軒のアパートの前で足を止めていた。
一見、どこにでもありそうな古びた外観の建物だった。
白かったであろう壁は所々塗装が剥げ落ちて灰色のコンクリートが剥き出しになっている。
正面の扉がノブまで錆びているところを見ると、もう何年も人の手が触れていないのだろう。
そんなボロアパートの一角を食い入るように見つめている李沙に、優斗がそっと声を掛ける。
彼女は軽く頭を振ってそれに答えると、促されるままにその場を後にした。
* * * * *
第14話 李沙
* * * * *
「では、わたしはこれで」
そう言って係員に頭を下げると、かおりは資料館を後にした。
共存者連盟における警察機構であるところの保安局にはその手の資料が五万とある。
中でも特異事象に関するものには専門の研究部署があり、かなり詳しいことが分かった。
ちなみに、彼女は連盟の構成員ではない。
では不法侵入かといえばそうでもない。早い話が個人のコネである。
彼女は優斗からの依頼を名目に、ここの資料館の利用許可を取り付けたのだった。
無論、依頼内容である蓉子へのサポートもきっちりやるつもりだ。そのための調査でもある。
このとき彼女が見たのは過去一ヶ月の霊気象データと怪現象との関連を示したグラフである。
そこから得られた情報は二つ。
まず日を追うごとに陽気が現象し、それに伴って現象の発生頻度が徐々に増えてきている事。
これは自然の現象であり、別段注意すべきものではないので構わないだろう。
次にその分布だが、日を追うごとに幾つかの地点に向かって集束しつつあるように見える。
そのうちの一つは彼女も通っている私立・清流学園だった。
これはこの場所が霊的に特殊な環境にあることに原因があると考えて間違いないだろう。
そして、もう一つの集束点である氷上神社もまたしかり。
しかし、その両方ともが自分と関係のある場所というのが彼女にはどうにも面白くなかった。
これではまるで自分が災厄を引き寄せているようではないか。
……とりあえず、神社周辺の結界を強化して。城島さんへのフォローも考えないと。
今日の成果も含めてかおりが歩きながら今後のプランを立てていると、不意に目の前を一台のスクーターが横切った。
乗っていたのは白い和服の上にエプロンを着け、長い金髪を後ろで束ねた日本人顔の異邦人女性だった。
何か相容れない物同士が幾つも同居しているようなその光景に、かおりは思わず唖然とした。
だが、すぐにそれが見覚えのある顔だったことに気づいて、あっと小さく声を上げる。
お好み焼き屋のデリバリーなんて格好をしていたから気づくのが遅れてしまった。
そのことを口惜しく思うものの、既に走り去ったスクーターを追う術はかおりにはない。
仕方なく彼女は止めていた足を神社の方角へと向ける。
しかし、どうしてあの人はお好み焼き屋のデリバリーなんてしていたのだろうか。
あれほどの気界を作り出せるのなら、自分のような退魔稼業のほうが向いているだろうに。
あえて危険から離れた生活に身を置こうとしているのだとしても、それは無理な話である。
得てして力というものは相対する存在を呼び寄せてしまうものだ。
いくら自分から避けていようとも、向こうはお構いなしに寄ってくるというわけである。
――そう、ちょうどこんなふうに……。
神社の石段を登って境内に入ったかおりは、そこに漂う微かな気配に思わず眉を顰めた。
……何か、いる。
結界と一緒に張り巡らせてあった妖怪探知用の霊気の糸が切られている。
そのことから何者かが侵入したのは明白だった。
社に近づくにつれて強くなってくる気配に、かおりは自然と駆け出していた。
「――瑞希、麻奈!」
社の前まできたかおりはそこに血と何か紫色の液体に塗れて倒れている二人の少女を見つけて駆け寄った。
「二人ともしっかりして。何があったの!?」
必死に呼びかけるかおり。だが、二人は視線を宙にさまよわせるばかりで答えない。
その目は虚ろで生気がなく、助け起こそうと触れた体は異常なほど熱かった。
すぐに危険な状態だと判断したかおりは即座に浄化の炎で応急処置を施そうとした。
――しかし。
意識を集中させかけた途端、不意に殺気を感じて彼女は慌ててその場から飛び退いた。
刹那、たった今までかおりが立っていた場所に紫色の球体が幾つも着弾する。
水音を立てて弾けたそれは妖気を帯びた生物の卵のようなものだった。
「ふっ、避けられましたか。ですが、そこから離れていただくことには成功したわけですね」
そう言って木の陰から姿を現したのは、全身を紫色のローブで覆った一人の女だった。
「妖怪……」
「まあ、そんなようなものですわ。あなたは退魔師の方ですか?」
「だったらどうする?言っておくけど、わたしはあなたみたいなのに容赦ないから」
懐へと手を伸ばしつつ、かおりは霊気を解放して女を牽制する。
「そうですわね。そこのお二人のようにわたしの種を増やすための苗床になっていただく、というのはどうでしょう?」
「なんですって!?」
女の言葉にかおりは驚愕に目を見開き、慌てて瑞希たちを見た。
よく見るとゲル状の液体に混じって細長い糸のようなものが無数に蠢いているのが分かった。
それが女の言う『種』だと気づいたかおりは急いでそれを除去しようとした。
「無駄ですわ。既にその娘たちの生殖器にはわたしの放った種と融合した卵が着床していますもの」
「くっ、なら生まれる前に浄化するまでよ!」
かおりは両手の平に銀色の炎を纏わせると、それを二人の少女へと掲げる。
「させませんわ。せっかく根付いた種、みすみす失うわけにはいきませんもの」
女はそう言って右手を軽く掲げると、そこから無数の紫色の礫を放った。
その一つ一つにあの生殖細胞が含まれていると察したかおりはとっさに右手を横に薙いだ。
音もなく燃える銀色の炎が飛来した礫をすべて飲み込んで一瞬で蒸発させる。
それを見た女はすぐさま次の礫を放った。
かおりはそれを左の炎で迎撃しつつ、後退しながら右手を懐へと伸ばす。
女は更に立て続けに礫を放ちながら、間合いを詰めるべくその後を追ってきた。
それを確認したかおりは懐から右手を抜き、同時に左手を腰の後ろへと伸ばしていた。
――破邪真空流抜刀術・紅蓮閃(ぐれんせん)……。
右手を引き抜くと同時に、放たれた炎を追ってかおりが前に踏み込む。
その左手は腰の後ろに差した小太刀の柄をしっかりと握り締めていた。
突然向かってきた炎に女は驚き、慌てて後ろに跳び下がる。
だが、そのとき炎を突き破って飛び出したかおりの刃は性格に女の胴を捉えていた。
「くっ、……やりましたわね」
切り裂かれた箇所を手で押さえつつ、女は苦痛と憎悪に満ちた目でかおりを睨む。
だが、かおりはそんな女の視線など意に介さない。
一気に距離を詰め、左とは別に右手にも小太刀を抜いて左右から連撃を叩き込んでいく。
反撃の暇すら与えない高速連続攻撃に、女はすべてをその身に受けて倒れた。
「わたしの同僚に手を出した罰よ。さあ、眠りなさい。永遠に」
倒れた女へと無表情に宣告すると、かおりはその手に灯した銀の炎を振り下ろした。
そこには断末魔さえない。
静かに消えていく女の骸を一瞥すると、かおりは急いで二人の元へと駆け寄った。
だが、そこで彼女が見たものは額に脂汗を浮かべて喘ぐ二人の少女の姿だった。
その下腹部が異常な速さで膨らんでいるのを見てかおりは思わず絶句した。
そして、いつの間にか彼女自身の体にもそれは忍び込んでいたのだ。
突如全身を襲ったおぞましい感触に、かおりは思わず鳥肌が立った。
慌てて自分の体をまさぐるが、既に遅い。
まるで女の執念がそうさせたかのように、最後の種はかおりの体内へと侵入を果たしていた。
* * * * *
「ねえ、雪那」
リビングで今日一日のことを話していた李沙が不意に真面目な顔になって彼女の名を呼んだ。
呼ばれて編み物をしながら彼女の話に耳を傾けていた雪那はその手を止めて顔を上げた。
「あたし、赤ん坊の頃に旭川の森の中に捨てられてたんだよね」
「ええ、李の木の下で泣いていたのをわたしが見つけて、白流殿と二人で育てたのですよ」
「だから、あたしの名前は李沙なんだね」
「そうですよ。ですけど、それがどうかしたのですか?」
不思議そうに尋ねてくる雪那に、李沙は少し考えるようにしてからその口を開いた。
「今日帰りにね。ちょっと気になる建物を見つけたんだ」
「気になる建物、ですか?」
そう聞き返す雪那に、李沙は姿勢を正しつつ頷いた。
「アパートっていうのかな。2階建で平たい屋根の窓が沢山ある奴」
「ええ、たぶんそうだと思いますよ。それで、そのアパートがどうかしたのですか?」
「そこの部屋の一つにあったんだ。あたしにそっくりな女の子の写真が」
そう言った李沙の言葉に、雪那の表情が微かに揺れる。
「それは、すごい偶然ですね」
「家族と3人ですごく幸せそうに写ってた。でも、その部屋には誰もいなかったんだ」
「………」
「ねえ、雪那。いなくなっちゃった人たち、どこに行ったのかな……」
独り言のようにそう漏らした李沙はもう雪那のほうを見てはいなかった。
ただ、ぼんやりと日の落ちて暗くなった窓の外を眺めている。
「きっとどこかに引っ越したのでしょう。新しい場所で新しい生活を始めるために」
編みかけの毛糸をそのままに、雪那はそう言ってソファから立ち上がった。
自分の言葉がこんなにも空虚に感じられたのはいつ以来だろう。
それは実の娘同然の彼女に対して常に真実を教え続けてきた雪那が吐いた最初の嘘だった。
リビングを出て玄関へと向かう彼女に、優斗がそっと声を掛けた。
「行かれるんですか。あの場所に」
「わたしは四天宝刀。迷えるものがいるというのなら、その使命を果たさねばなりません」
「なら俺も行きます。こっちの地元ですし、俺も一応宝刀使いですから」
そう言って靴を履く優斗に、雪那は小さく会釈を返すと自分も後に続いた。
他の者、特に李沙には気づかれないようそっと草薙家を離れる二人。
向かった先は優斗が彼女たちと再会したあの交差点だった。
そこは今も警察による現場検証が続いているらしく、関係者以外立ち入り禁止となっていた。
「では、始めるとしましょうか」
雪那の言葉に優斗も頷き、二人はそれぞれの剣の力を解放した。
* * * * *
あとがき
龍一「ついに本作初の具体的な犠牲者が」
かおり「わたしの同僚で名前もあるってことは今後新キャラとして登場するのかしら」
龍一「いや、そこんとこはどうだろう。ほら、今回ああいうことになっちゃってるわけだし」
かおり「…………」
龍一「あれ、どうかしたの?」
かおり「どうかしたの、じゃないわよ」
龍一「うぎゃっ!?」
かおり「どうしてわたしまであんな訳の分からないのに寄生されなきゃならないのよ!?」
龍一「そ、そんなこと言われても……」
かおり「ちゃんと大丈夫なんでしょうね!?もし、わたしまであの二人と同じ末路だったら」
龍一「だったら?」
かおり「消えなさい。破邪真空流抜刀術・氷雷閃(ひょうらいせん)!」
龍一「うぎゃぁぁぁぁぁっ!」
かおり「こうなるわ。って、あれ?」
…………。
かおり「えー、何故か作者がいなくなってしまったので今回はこのあたりで失礼します。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。では、また次回で」
かおりんピンチ?
美姫 「勝手に、そんな風に呼んでると、刺されるわよ」
……かおり、ピンチ?
美姫 「いや、別に言い直さなくても…。って、まあ良いわ。うーん、どうなんでしょうね」
一体、どうなってしまうのか!?
美姫 「次回が非常に気になる〜」
雪那と優斗の行動も気になるけどな。
美姫 「確かにね。本当に次回が楽しみだわ」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「じゃ〜ね〜」