第16話 戦いの後には休息を……

   * * * * *

 ――日曜日。

 優斗から今朝の鍛錬を中止する旨をメールで受け取ったかおりは久しぶりにのんびりと朝の一時を過ごしていた。

「でも、珍しい事もあるものね。あの草薙君が仕事中に失敗して知り合いに怪我させるなんて」

 色鮮やかな赤いジャムをたっぷりとトーストに塗りながらかおりが言った。

「実力を出せなかったんじゃないですか?その知り合いという方が側にいらしたとかで」

「それはないわね」

 何となく思いついたことを言ってみたファミリアに、かおりは即座にそれを否定する。

「だって、一緒にいたのって、あの四天宝刀の一人、アカツキの雪那なのよ」

「四天宝刀って、あの列島の旧退魔連のトップのですか?」

「そう。中でも彼女は剣術と退魔術に優れた本物の狩人よ」

「そんな人がどうしてこの街に……」

「さあ。それは本人に聞いてみないと何とも言えないわ」

 そう言ってトーストを齧るかおり。

 よほどジャムの味がお気に召したのか、一口食べて表情を綻ばせている。

「そういえば、面接のほうはどうだったの?」

「はい。何とか合格出来たみたいで、今度の土曜日から来てほしいって言われました」

「よかったじゃない。頑張ってね」

「ありがとうございます」

 そう言ってにっこりと微笑むと、ファミリアも自分のトーストにジャムを塗って食べる。

 こちらはまた種類が違うのか、色は柑橘系のオレンジである。

 他にもテーブルの上には数種類のビンが載っていて、その日の気分で使い分けているようだ。

 基本的に少食な女の子が二人の食卓では、朝が和食になることはあまりない。

 それでも栄養バランスはきちんと考えられているあたり、さすがファミリアである。

 今朝もトーストと紅茶の他にベーコンエッグとフレンチサラダが用意されていた。

「そういえば、刀夜さん今朝は来ませんね」

 ふと思い出したようにそう言うファミリアに、かおりは思わず表情を顰めた。

 昨夜、散々からかわれたこともあって、出来れば今は顔を合わせたくない。

 そうでなくても自分に着せるコスプレ衣装を買う為に生活を切り詰めているような兄である。

 ――あれさえなければ、二枚目でそこそこいい人なんだけどな……。

 氷上神社の社で服をすり替えられたときの事を思い出し、かおりはそっと溜息を漏らした。

   * * * * *

 ――一方、その頃草薙家では……。

「ちょっと雪那、それどうしたの!?

 着替えるために服を脱いだ雪那の背中に、李沙が大きな痣を見つけて悲鳴を上げていた。

「李沙、とりあえずドアを閉めてもらえませんか。その、見られると恥ずかしいので……」

「あ、う、うん」

 着替えを手にして困った顔をする雪那に、李沙は慌ててドアを閉めた。

「で、どうして?そんな痣、一昨日一緒にお風呂に入ったときはなかったよね」

「実は昨夜少し散歩に出たのですけど、そのときちょっと事故にあってしまいまして」

「事故って、まさか車に跳ねられたの!?

「まあ、似たようなものです」

「ダメだよ、ちゃんと治療しないと」

「大丈夫です。これくらい何とも……っ!」

 そう言って軽く腕を動かした途端、不意に走った痛みに雪那は思わず顔を顰めた。

「雪那、どうしたのかな?」

「な、何でもありません……」

「ふーん、その割には腕が止まってるみたいだけど?」

 少し意地悪な表情を浮かべてそう尋ねる李沙に、雪那はうっ、と唸って視線を泳がせる。

「はぁ、痛いなら痛いって、素直に言えばいいのに。ちょっと、そこに伏せて」

 呆れたように溜息を漏らすと、李沙は裸のままの雪那をベッドの上にうつ伏せにした。

「ちょっとくすぐったいかもしれないけど、我慢してね」

「……あっ、り、李沙……、そ、んな、ところ……」

「大人しくしてて。最初は辛いかもしれないけど、すぐに良くなるから」

 せつなげに眉を寄せる雪那の耳元へと、そっと囁くように李沙が言う。

 ……30分後。

「あ、ああ、……も、もっと優しくして……」

「こうかな?」

「……あっ、……そ、そうです。……はぁ、気持ちいい……」

 廊下まで聞こえてくる艶っぽい声に、二人を呼びにきた美里はドアの前で固まってしまった。

   * * * * *

 ――綾香市高級住宅地・氷瀬邸。

 テラスでお茶を飲んでいた美姫は、視界の隅に蠢く物体を捉えて思わず眉を顰めた。

「あのバカは、朝っぱらから何やってんだか……」

 呆れたように溜息を漏らすと、美姫は徐に小刀を取り出してその物体へと投げた。

「うぎゃぁぁっ!」

 ぶすっ、という刺さった音の後にそんな悲鳴が聞こえてくる。

 通用門の傍らに小刀で壁に縫い止められた浩の姿があった。

「まったく、抵抗すれば無駄に傷を増やすだけだって、何で分からないのかしらね」

「うう……、日曜くらいは遊びに行かせてくれよ」

「そういうセリフは一度でもちゃんと締め切りを守ってから言うことね」

「執筆が滞ってるのは美姫がおしおきばかりして、その度に再生に時間を取られてるからじゃ」

 うっかり本音を漏らしてしまった浩は、先のおしおきを受けて思考力が落ちていたのだろう。

「ほう、まだそんなことを言う元気が残ってたのね」

 美姫はそう言って椅子から立ち上がると、腰に差している二本の愛刀のうちの一本へと手を伸ばす。

 既にボコられていた浩はそれを見て震えあがったが、もう遅い。

 素敵な笑顔を浮かべて紅蓮を抜き放つと、美姫はその峰を浩の脳天目掛けて振り下ろした。

 峰打ちだったのは、刃でやると冗談ではなくしばらく再起不能になりかねないからだ。

「これ以上、原稿が遅れるとわたしの首も危ないから、今回はこれくらいで許してあげるわ」

 ピクピクと痙攣して倒れている浩を腰に手を当てて見下ろしながら、美姫は言う。

 そのまま椅子に戻って紅茶のカップに口をつけた彼女は思わず眉を顰めた。

「もう、あんたのせいでせっかくの紅茶が冷めちゃったじゃない。淹れ直してきなさい」

「は、はぃぃ!」

 問答無用で淹れ直しを命じる美姫に半ば条件反射で返事をすると、浩は急いでキッチンへと向かう。

 何気に走れているあたり、彼もそうとう打たれ強いのだろう。

 そんな浩の背中を見送りつつ、執筆のほうもあれくらい早ければなと美姫は思う。

 再び庭へと視線を戻すと、昨日の戦闘の影響か、若干形の変わった植え込みが目に入った。

 それで思い出したのか、美姫は悔しそうに表情を歪める。

 ……このわたしが、しかもあのタイミングで取り逃がすなんて、普通じゃあり得ないわ。

 つまりは向こうも普通じゃないってこと。

 ……ふっふっふ、面白いじゃない。

 もしも再び出会うことがあったなら、そのときはたっぷりと教えてあげないといけないわね。

 愛刀紅蓮を手に、不敵な笑みを浮かべる美姫。

 そのときキッチンで紅茶を淹れ直していた浩は強烈な悪寒に背筋を襲われ、思わずカップを取り落としそうになったとか。




   * * * * *

  あとがき

龍一「ども。最近あとがきをサボってる安藤龍一です」

蓉子「本編で力尽きて、ここでのトークのネタが浮かばないのよね」

龍一「ああ。まあ、作品の余韻を壊さないようにあえてやらなかったときもあったけどね」

蓉子「ふーん、まあいいわ。それで、今回のこれは何?」

龍一「今回は小休憩みたいな感じで日常の風景をお送りしました」

蓉子「それにしては短い上にあたしの出番がないってどういうことよ」

龍一「まあ待て。次回から学園祭編でおまえの出番も多くなるから」

蓉子「本当でしょうね?」

龍一「たぶん」

蓉子「他に言い残すことは?」

龍一「誠心誠意努力いたしますので、どうか妖術だけはご勘弁を」

蓉子「ったく、ちゃんと頑張りなさいよ」

龍一「ほっ」

蓉子「それではここまで読んでくださった方、ありがとうございました」

龍一「次回も頑張りますのでどうぞよろしくお願いします」

ではでは。

   * * * * *

 

 




シクシクシク……。
美姫 「もう、いきなり鬱陶しいわね」
だって、だって、俺の扱いって、俺の扱いって……。
美姫 「いや、とても妥当だと思うけれど。ううん、寧ろ、正解?」
うぅぅぅ。で、でも、まだあっちの方がましかも……。
美姫 「へ〜、そんな事言うんだぁ〜」
ひ、ひぃぃぃぃ! ゆ、許して! つ、つい口が滑って…じゃなくて、本音じゃなくて、心にもない事を…。
美姫 「クスクス。お・し・お・き、決定〜♪」
…………ああ、口は災いの元。昔の人はいい事を言ったな〜。
美姫 「それをいかせないアンタは、単なるバカね」
グシュグシュ。
美姫 「それよりも、続きが楽しみね」
だな。次回からは学園祭編みたいだし。
美姫 「一体、どんなお話になるのかしらね〜」
やはり、ここは学園祭定番のメイド喫茶…」
美姫 「んな定番はない!」
ぐうぅぅ。
美姫 「とりあえず、次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは。



美姫 「クスクス。それじゃあ、お仕置きタ〜〜イム♪」
な、何で、そんなに嬉しそうなんだ〜〜!!



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