第17話 季節外れの……
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夕方の商店街というのは大抵買い物客でごった返しているものだ。
それは日曜日であっても変わらないものらしく、今も通りは大勢の人々で賑わっている。
そんな中を、優斗は優奈と美里の二人を連れて歩いていた。
何のことはない。
いつもより少し早い食料の買い出しに、今日は美里も付き合っているというだけなのだが。
思わぬ客人たちの来訪で、予想より早く食料が足りなくなったのである。
ちなみに、その客人二人だが、雪那が昨夜の傷跡を李沙に見つかって謹慎を言い渡されてしまったため、現在は草薙家にて留守番中だったりする。
お客に留守番をさせて家人が全員出掛けるというのもどうかと思うのだが、彼女たちは信頼出来る人たちなので問題はないだろう。
――しかし……。
先程からこちらに向けられる視線の中に粘ついたものが多く混じっているのは何故だろうか。
主に羨望と嫉妬なのだが、夜の巡回のときに同類から向けられるそれとはまた異質のものだ。
中には敵意や殺意に近いものもあり、優斗は自然と体に力が入るのを自覚していた。
「優斗、どうしたの?急に怖い顔したりして」
いつの間にか立ち止まっていた優斗の正面へと回り込んだ美里が下から見上げるようにして聞いてくる。
それを受けて優斗は少し考えた後、大したことじゃないんだが、と前置きしてから答えた。
「いや、少し嫌な視線を感じたもんでさ。まあ、放っておいても大丈夫だとは思うんだけど」
「ふーん。それって、嫉妬とか羨望とかって種類のものだったりする?」
「分かるのか?」
「うん。優斗と一緒に歩いてるときには割りとよく感じるから」
「わたしもです。何ていうか、こうねっとりした感じの視線」
それぞれそんなことを言う姉妹に、優斗は顎に手を当てて考える。
「二人ともかわいいからな。一人で出掛けるときは気をつけないとダメだぞ」
「いえ、どちらかというと優斗さんに向けられていると思うんですけど」
少し呆れたようにそう言いつつ、かわいいと言われたことに優奈は嬉しそうに頬を染める。
美里はまた優斗の悪い癖が出たとばかりに、盛大に溜息を漏らしていたが。
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スーパーに着くと、3人はまず今日の特売品のコーナーへと向かった。
そこは時間的に戦場となっており、非力な少女が生き残るには少々辛いものがある。
この戦場を勝ち抜くため、優斗は単身主婦たちの揉み合う中へと突貫していくのだった。
その結果、お一人様一本限り半額となっている酒と醤油と味醂を3本ずつ手に入れることに成功した。
優斗の活躍で第1目標を果たした3人は次に生鮮食品のコーナーへと向かった。
新鮮な野菜を幾つかと、後は保存の利く肉や魚を少し多めに買っておくことにする。
「あら、草薙さん。お宅も今夜はお魚ですか?」
そう声を掛けてきたのはファミリアだった。
ちょうど美里が鮮やかな輝きを放つ秋の味覚を眺めていたところで、優斗は思わず苦笑する。
「いや、どっちにするかまだ決めかねてるんだ。けど、うちもってことはかおりのところは魚なんだな」
「はい。この次期の秋刀魚は脂が乗っていて美味しいってかおりちゃんが言ってましたから」
そう言うと、ファミリアは活きのよさそうなのを一匹選んで自分のカートに入れる。
「ファミリアは秋の秋刀魚って食べたことないんですか?」
「はい。実体化してからまだ数ヶ月しか経ってませんから」
「じゃあ、わたしたちと同じですね。わたしと妹も人間としての秋はこれが初めてですから」
ファミリアの言い方に引っ掛かるものを感じた優奈だったが、その答えを聞いて納得した。
「では、お互いいろいろ経験しないといけませんね」
「そうですよね。いろいろイベントもあるようですし」
そう言うと、優奈はにっこりと微笑みながら優斗を見た。
「ま、まあ、時間が取れたらな」
「うふふ、楽しみにしてますね」
冷や汗を浮かべてそう言う優斗に、優奈は嬉しそうに頷くと美里が見ている先にあった秋刀魚を取って篭に入れた。
美里はそれにあっ、と小さく声を上げて振り返ると、何だか嬉しそうな姉の顔を見た。
その目は買うの、と聞いている。
それに優奈が肯定の意味を込めて頷くと、途端に美里の顔にも笑みが広がる。
と、そこでようやくファミリアの存在に気づいた美里は、慌てて頭を下げて挨拶した。
「あ、こ、こんにちは。ファミリアも夕飯の買い物、だよね?」
「こんにちは。美里さんはお変わりないようで何よりです」
「あ、あう……、恥ずかしいとこ見られちゃったよ……」
にっこりと微笑みながら挨拶を返すファミリアに、美里は真っ赤になって萎縮してしまった。
* * * * *
「では、わたしはこっちなので」
レジにて会計を済ませて外へと出たところで、ファミリアがそう言って3人に別れを告げた。
「ああ、かおりによろしく。明日から通常通りに鍛錬するからそのつもりでって伝えてくれ」
「あの、あまり酷なことは……」
「大丈夫だ。ちゃんと配慮して壊れない程度にやってるから」
「それでもかなりきついってかおりちゃん、言ってましたよ」
「ああ、彼女はよくついてきてくれてるよ。こっちとしても教え甲斐がある」
そう言って笑う優斗はどこか嬉しそうで、それを見た優奈は少し複雑な表情を浮かべていた。
「優斗、早く帰らないと二人とも待ってるんだし、せっかくのお魚が痛んじゃうよ」
「おっと、そうだったな。じゃあ、ファミリア。またな」
「ええ、また明日……」
そう言って軽く手を振ると、ファミリアは何だか含みのある笑みを残して駅のほうへと歩いていった。
……さて、早く帰って明日の準備をしないと。足りないものはなかったですよね。
――マンションへの帰り道。
彼女は終始楽しそうだった。
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――綾香市内某アパート。
廃屋と化して久しいその建物の一室に、魔剣ベルフェルムを携える青年の姿があった。
彼は部屋の中央にて座禅を組み、軽く柄に添えた手から刀身に波打つ波動を感じ取っていた。
閉じられたカーテンのせいで、外光の入らない室内に横たわる闇は深い。
だが、それもこの部屋の本来の主である少女が帰ってくるまでだった。
玄関のドアが開く音に、青年が帰宅した人物を出迎えるべく腰を上げる。
さほど広くない室内を数歩歩くと、すぐに少し怒ったような少女の視線と目が合った。
「もう、勝手に部屋に入らないでってあれほど言ったのに」
「悪いな。こいつを早いとこ大人しくさせないとならなかったんで、場所を使わせてもらった」
眉を吊り上げて怒る少女に、青年は軽く肩を竦めると、手の中の魔剣を指差してそう言った。
「ちょっと、そんな物騒な物、家に持ち込まないでよ」
「心配しなくてもちゃんと再封印してある。勝手に暴れられちゃかなわんからな」
「……はぁ、それを先に言ってよね」
少女は脱力してがっくりと肩を落とすと、のろのろと手を伸ばして壁際のスイッチを押した。
かちっ、という小さな音がして、点くはずのない蛍光灯に明りが点る。
浮かび上がった室内は割りと普通の女の子の部屋だった。
「でも、本当に大丈夫なの?それ、かなりやばいものなんでしょ」
買ってきたものを冷蔵庫に詰めながら少し不安そうに少女が聞いた。
「まあな。けど、クラリアの封鞘紋は完璧だ。仮に暴走したとしても大した事にはならないさ」
「なら、いいけど……」
楽観的な調子でそう答える青年に、少女は別の意味で不安を覚えた。
「さて、あんまり遅くまで女の部屋にいるのもあれだからな。俺はそろそろ帰るとするかな」
そう言って剣を手に再び立ち上がる青年。
「勝手に入ってきておいて、今更何を言ってるんだか」
「そう言うなって。それともおまえは俺みたいな男がいつまでも部屋にいても平気なのか?」
「別に。あなたなら襲われる心配もないし」
そんな度胸ないから、と付け加える少女に、青年の目つきが鋭くなった。
次の瞬間、少女は青年の太い腕によって壁に押し付けられていた。
「……何の真似よ」
「舐めるなよ。俺だって、その気になればこれくらいのことは出来るんだからな」
「あなたこそ、自分の首をよく見てみるのね」
言われて少し視線を下げた青年は、自分の首筋に押し当てられている物に気づいて蒼褪めた。
「…………冗談だ。悪かったよ。だから、早いとこそいつをどけてくれ」
「そう。わたしもそうじゃないかと思って合わせたんだけど」
少女は何でもなかったかのようにそう言うと、凶器を下ろして青年から離れた。
「いや、さすがに魔剣使いが長ねぎで殺られたらシャレになんねえって」
少女の手に握られたものを見て、青年が冷や汗を浮かべつつそう漏らす。
少女は聞こえていないのか、そのまま長ねぎを俎板の上に置くと包丁を出して刻み始めた。
それに軽く肩を竦めると、青年は今度こそおやすみと声を掛けて出て行った。
* * * * *
――翌日。
鍛錬を終えた優斗は、石段の下でかおりと別れて一度家に戻ってきていた。
一日休んだにも関わらず、彼女の動きは相変わらず鋭い。
それどころか、以前に増して意気込みのようなものを強く感じられるようになっていた。
この休日の間に、何かが彼女を変えたのだろうか。
優奈が沸かしてくれた湯を浴びながら、優斗は何となくそんなことを考える。
かつては復讐心に刈られて刃を振るっていた彼女だが、その剣に今は一点の曇りもない。
その決断に多少なりとも関与したものとしては、それは嬉しい変化だった。
優斗が風呂から上がってリビングへ行くと、制服姿の蓉子が当然のように寛いでいた。
しかも鞄持参で、朝食をたかってそのまま学校へ行こうという算段を隠そうともしていない。
「おまえさ。いっそのこと、うちに下宿したらどうだ」
「え、何で?」
呆れたようにそう言う優斗に、蓉子が塩焼き秋刀魚をぱくつきながら聞き返す。
「おまえ、朝晩ほとんどうちで食ってるだろ。寝泊りするだけの部屋に毎月3万5千円は幾ら何でももったいないと思うんだが」
「それは、そうなんだけど……」
「何を今更遠慮してるんだよ。それとも男の俺と同じ屋根の下は不安か?」
「……それこそ今更だよ」
そう言って俯いた蓉子は金曜の夜の事を思い出してしまったのか、真っ赤になっている。
「ま、まあ、とにかくだ」
周囲の視線を痛く感じながら、優斗は少し強引に話を進めた。
優奈や美里もそれには賛成で、蓉子は結局、断りきれずに申し出を受けることになった。
それからは特に変わったこともなく、いつも通りに時間が過ぎていった。
優奈に見送られて、優斗と蓉子は今日もバイトに行くという雪那と3人で家を出る。
その雪那とは駅前で別れ、代わりに少し歩いたところでかおりと合流する。
そうしてまた3人での登校となった彼らは他愛のない話をしながら学園へと向かうのだった。
クラスの違う蓉子と途中で別れ、優斗が教室へと入ると何やら騒がしくなっていた。
聞けば今日、このクラスに転校生がやってくるのだという。
優斗は初耳だったが、特に気にするでもなく、いつも通り自分の席に着いた。
そんな彼へとかおりが声を掛ける。
「転校生、女の子らしいわよ」
「なるほどな。男子連中が騒いでるわけだ」
「草薙君は興味ないの?」
「異性としては、な。でも、そうだな」
こんな時期に転校というのも珍しい。
大方親の仕事の都合か何かだろうが、ご苦労なことである。
とりあえず一時間目の授業の準備をしながら、優斗は土曜の夜に出会った男のことを考える。
――魔剣ベルフェルム。
瘴揮の剣とも呼ばれるその危険な刃を解き放った以上、彼は追われる身となるだろう。
そして、再び自分の前に立ち塞がるのであれば、そのときは今度こそ斬る。
予鈴が鳴り、優斗は殺伐とした思考から現実へと引き戻された。
教室のドアが開き、担任のこよみが出席簿を手に入ってくる。
「はい、みんな席について」
軽く手で出席簿を叩いて生徒たちを静かにさせると、彼女は一つ咳払いしてから口を開いた。
「もう知ってるかもしれないが、今日からこのクラスに新しいメンバーが加わることになった」
そう言って一同を見渡すと、こよみは廊下で待たせているその女生徒に入ってくるよう促す。
「……失礼します」
こよみに言われて入ってきた少女を見て、優斗は思わず目を見開いた。
聖流学園の女子の制服に身を包んだ赤い髪と瞳の少女。
彼女はこよみの隣に立って一礼すると、にっこりと笑みを浮かべて自己紹介するのだった。
「はじめまして。ファミリアレインハルトです」
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あとがき
龍一「季節外れの転校生はファミリアだった」
美里「学生さんが一人増えて、いよいよ学園祭編スタートだね」
龍一「次回は早速学園祭での出し物を決めるクラス会議だ」
美里「ネコ耳メイド喫茶じゃないの?」
龍一「さて、どうだろうな」
美里「ところで舞台が学校中心になるってことはあたしやお姉ちゃんの出番は?」
龍一「それも次回だな」
美里「それじゃ、また次回で」
龍一「ではでは」
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ファミリアの転校〜。
美姫 「これで、学園生活が更に賑やかに」
華やかに、だな。
さて、次回から学園祭編らしいけれど…。
美姫 「一体、どんな出し物になるのかしら?」
えっ!? ネコ耳メイド喫茶なんだろう?
いや、この際ネコ耳は泣く泣く断腸の思いで諦めたとしても、メイド喫茶なんだろう?
美姫 「いや、私に聞かれても…。って言うか、アンタは口出すな!」
ふごっ、ふごっ。ふぃふふぁ、ふぁんふぇふぉひゃひふひぃひゃぁ!(幾ら何でもやり過ぎだ!)
美姫 「さて、バカの口はガムテープで封じたし、これで静かになったわね」
ふごっ! ふごっ!
ふぃ、ふぃひのぶぁぁぁふぁ!
美姫 「何ですって! 誰がバカよ!」
ふぇ、ふぇぇぇぇぇぇ!
美姫 「くすくす。お仕置き決定ね。それじゃあ、次回も楽しみに待ってるわね」
ふぁ、ふぁひが、ふぉへひゃぁびゃあ!(何が、それじゃあ、だ!)
美姫 「くすくす♪」
ふぃ、びぃぇぇぇぇっぇぇ!!