第24話 学園祭、当日の模様は・・・
*
かおりは走っていた。
両手に下げた近くのコンビニの袋にはあるだけ買い占めた小麦粉が入っている。
その後を追いかける少女二人の手にもかおりと同じコンビにの袋が二つずつ。
こちらは卵と牛乳、それにバターがやはり袋一杯に詰まっている。
彼女たちのクラスが運営する喫茶店は予想以上に盛況だった。
そのため瞬く間に材料が底を尽き、急遽買い出し部隊が編成されたのだが。
一般来校者のおかげで普段より多い人込みの中を縫うように疾走する。
彼女たちは全員メイド服姿で、頭にはネコ耳のカチューシャを着けている。
そう、かおりたちのクラスの模擬店はネコ耳メイド喫茶だったのだ。
その日常ではあまり見られない姿に、自然と多くの人の視線が彼女たちに集中する。
それを見越した上で、かおりたちはあえてそのままの格好で買い出しに出たのだった。
目立つ衣装はそれだけで宣伝になる。
しかし、注目されている理由はそれだけではなかった。
フロアでの動きやすさを重視した彼女たちのメイド服のスカートの丈は割りと短い。
普通に動き回る分には問題ないのだが、今のかおりたちはほぼ全力疾走に近かった。
「おおっ!」
時折翻る紺色のスカートとその上の白いエプロンドレスの下から健康そうな太股がチラリと覗くたび、周囲から幾つかの歓声が上がる。
それを殺気を載せた視線で黙らせると、かおりは赤い顔をしながら自分たちの教室へと駆け込んだ。
「いや、なかなか良いものを見せてもらったな」
模擬店へと駆け込んでいったネコ耳メイド少女たちを見送りながら、浩は一人そう呟いた。
「バカなこと言ってないで、ほら、さっさと入るわよ」
「わ、分かったから、剣で突っつくなって」
美姫に抜き身の刀で背中を突つかれ、浩は慌てて模擬店の暖簾を潜った。
「お帰りなさいませ。二名様ですね」
そう言って二人を出迎えたのはファミリアだった。
彼女も今日はここのウェイトレスということでネコ耳カチューシャのオプション付きである。
「…………」
「お席にご案内いたします。こちらへどうぞ」
ぽけーっとしている浩に一瞬だけ苦笑を覗かせると、ファミリアはそう言って二人を空いている席まで案内した。
その後を追うように、すぐに別の少女が水やらお絞りやらを持ってくる。
「こちら、メニューになります」
「へぇ、結構本格的なのね」
差し出されたメニューを受け取って眺めながら、美姫が感心したようにそう漏らす。
それに気を良くしたのか、少女の顔に営業用ではない笑みが浮かぶ。
「ご注文がお決まりになりましたら、どうぞお気軽にお申し付けくださいね」
「あの、佐伯さん。こちらのお二人はわたしの知り合いなんです」
「え、じゃあ、ここは任せても良いかな」
「はい」
「後で抜けられるかどうか、聞いたげる」
こちらに一礼して去っていく少女に、ファミリアはありがとうございますと言って会釈する。
「別にわたしたちのことなら気にしなくても良かったのに」
「いえ、ご招待したのはわたしですから。ご迷惑でなければこちらにいらっしゃる間だけでもお世話させてください」
「そう。じゃあ、このマロンショコラと紅茶のセットをもらえるかしら」
「はい。えっと……」
美姫の注文を伝票に書き止め、ファミリアはチラリと上目遣いに浩を見た。
「ほら、あんたも何か注文しなさいよ。いつまでも引き止めてちゃ悪いでしょ」
「あ、ああ、そうだな……」
美姫に殺気を向けられ、ようやく浩は我に返って渡されたメニューへと目を向ける。
「あの、わたしは構いませんのでどうぞごゆっくりお選びになってください」
「ありがとう。でも、もう決めたよ。俺はこのフルーツタルトと紅茶のセットを。後、単品でシューを一つもらえるかな」
「畏まりました」
そう言うと、ファミリアはメニューを回収して去っていった。
「それにしても、男ばっかね。この人たち、みんなあんたの同類なのかしら」
ざっとあたりを見渡して、美姫が呆れたようにそう言った。
「いや、どうだろうな。っていうか、女もちらほらいるじゃないか」
「そりゃ、喫茶店だもの。普通にお茶を楽しみにくる人もいるでしょ」
「おまえのその言い方だと、男はみんなメイド目当てみたいじゃないか」
「あら、少なくてもあんたはそうでしょ」
「良いじゃないか別に。特定の誰かと付き合ってるわけでもないんだし」
そう言って、浩は視線を店内で忙しく動き回るネコ耳メイドたちへと向ける。
「そうしている間に特定の誰かからの好意を見逃してなきゃ良いけどね」
「何か言ったか?」
「べっつに」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、わざとらしく視線をそらす美姫。
そうこうしているうちに、ファミリアがトレイに注文の品を載せてやってきた。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
そう言って持ってきたものをテーブルの上に並べるファミリア。
美姫は礼を言ってその様子を見ながらふと、自分達の注文したものとは別にトレイに載っている品があることに気づいた。
「それは?」
「わたしの分です。もうそろそろ交代の時間なので、一足先に上がらせていただきました」
言いながら並べ終わると、彼女は浩の向かいの席に腰を下ろした。
「あれ、ファミリアもフルーツタルトなんだ?」
「あ、はい。その、準備のときに試食したのが美味しかったものですから……」
何気ない浩の指摘に、何故かファミリアは顔を赤くしてそう答える。
その様子に何事かと首を傾げるあたり、彼は気づいていないのだろう。
それを見て美姫はやれやれというふうに溜息を漏らすと、傾けていたカップをソーサーへと戻した。
「ファミリア。あなた、この後何か予定ある?」
「いえ、特にはありませんけれど」
急にそう聞かれて、ファミリアは一瞬チラリと浩のほうを見てから答えた。
「だったらあたしたちを案内してくれるかしら。パンフだけだとどうも良く分からなくて」
「構いませんよ。」
「助かるわ」
快く承諾するファミリアに美姫は軽く感謝の意を示すと、不意に彼女の耳元へと顔を寄せた。
「あんなののどこが良いのか全く理解出来ないけど、好きならはっきりとそう言ったほうが良いわよ。あいつ、あの通り鈍だから」
「あ、あの、わたしは別に……」
顔を真っ赤にして否定しようとするファミリア。だが、そんな顔で言ってもまるで説得力がない。
美姫は確信したように一つ大きく頷くと、その口元にいつもの不敵な笑みを浮かべて言った。
「まあ、頑張りなさい。あたしはいろいろと楽しませてもらうけど、一応影ながら応援もしてあげるから」
「は、はぁ……」
何ともあれなことを言ってくれる美姫に、ファミリアはどう答えて良いか分からないという顔でそう答える。
「おい、二人して何を話してるんだ?」
「ああ、あんたは気にしなくて良いの。今はまだ知らなくても良いことだから」
訝る浩を追い払うように手を振りながらそう言う美姫。
それに浩はやや憮然とした様子で押し黙る。
「まあ、そのうち分かるわよ。今はそこはかとなく気にしながらお茶を楽しみましょう」
「……分かった」
イマイチ釈然としないながらも下手に突っ込むとこちらの身が危ないのでとりあえず頷いておくことにする。
そんな彼の気配が伝わったのか、軽くこちらを睨んでくる美姫に浩の頬を一筋の汗が流れた。
気にしないというのは無理だが、あえて気づかないふりをして黙々とケーキを口に運ぶ浩。
その浩を散々視線でいたぶってから、美姫も自分のケーキを食べに掛かる。
マロンショコラはしっとりとした舌触りのクリームとビターなチョコの程好い苦さが上品な一品だった。
*
「あ、いたいた。おーい、優斗〜!」
校門へと向かって歩いていた優斗に、美里が手を振りながら大声でそう呼び掛けた。
たちまち周囲の視線が集まるのを感じて、優斗は慌ててそちらへと駆け寄る。
「こんなところでそんな大声を出すな。恥ずかしいだろうが」
「あはは、ごめんなさい……」
小声でそう注意する優斗に、美里は小さく舌を出して謝る。
「優奈も見てないで止めてくれれば良かったのに」
「まあまあ。今日はお祭りなんでしょ?なら、少しくらいはしゃいでも良いじゃありませんか」
「ったく……」
笑顔でそう言われて、優斗は少し憮然としたように視線をそらす。
「優斗は相変わらず、お姉ちゃんには弱いんだから」
「おまえは少しは反省しろ」
「はぅ」
美里はうっかり余計なことを言ってしまい、優斗に軽いげんこつをもらって呻いている。
そんな二人の様子を優奈は楽しそうに笑みを浮かべて見ていた。
「さて、どこから見て回ろうか」
実行委員会が作成したパンフレットを片手に優斗が二人に尋ねる。
「あたし、お腹空いた。何か食べようよ」
「となると食べ物系だな。ちょうどもうすぐ昼だし、優奈もそれで良いか?」
「はい」
パンフレットをめくりながらそう尋ねる優斗に頷くと、優奈は彼の腕に自分の腕を絡めた。
「お、おい」
「ダメですか?」
「い、いや、ダメじゃないんだが……」
自分の腕を胸元に抱き寄せながら上目遣いに見上げてくる優奈に、優斗は困ったように頬を掻いた。
先程から周囲が騒がしいのだ。特に男子からの視線がきつい。
そんな中、優斗はそれらの嫉妬とは別に自分へと向けられている感情に気づいて眉を顰めた。
……何だ。
このねっとりと絡みつくような視線。まるで獲物を値踏みするハンターのような……。
「優斗さん?」
気がつくと、いつの間にか腕を放した優奈が心配そうに彼のことを見上げていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、何でもないよ」
「本当に?」
「ああ。それじゃあ、行くとするか」
疑わしいという目を向けてくる美里に苦笑すると、優斗は今度は自分から優奈の手を取った。
それに少し頬を染めつつ、嬉しそうに微笑む優奈。
「ほら、美里も行くぞ」
「あ、うん……」
そう言って優斗は空いているほうの手で美里の手を掴んだ。
美里はそれに釈然としないながらも頷いて歩き出す。
彼女は感じていた。
日常にはない気配。それはあの子と出会う夢の中にも似た少しの浮遊感……。
それを優斗も感じているのかと少し期待したのだが。
*
あとがき
龍一「学園祭開幕〜」
美里「結局分けることにしたのね」
龍一「これまでとのバランスを考えるとそのほうが良いと思ってな」
美里「それはさておき、今回もまた何か起きるの?」
龍一「さぁ、どうだろうな」
美里「あたしの感じているものって何?」
龍一「それは次回で明らかになるかもしれない」
美里「はっきりしない人だね。それとも本当はまだ決めてないとか」
龍一「まさか。さすがに今回はちゃんと考えてるって」
美里「なら良いけど」
龍一「というわけで、今回はここまでです」
美里「読んでくださった方、ありがとうございました」
龍一「次回も楽しみにしていただけると幸いです」
二人「ではでは」
*
いや、なかなか良いものを見せてもらったな。
美姫 「って、同じ台詞を言うな!」
ぐぅ。……ミニも良いけれど、ロングも良い!
あの、スカートがふわりと浮くような感じでくるりとターンする姿なんかは特に…。
美姫 「黙れ!」
がっ! ……かといって、ミニも決して嫌ではないがな。
ああ、人は何故、たかが服にこんなにも心を奪われるのか。
いや、それがただの服ではないからだ!
そう、それはまさに…。
美姫 「だ・か・ら、黙れ!」
ぎゃぁっ! ……な、何故、行くのかと問われれば、こう答えるであろう。
そこにメイドが居るから、と。
美姫 「いい加減に、その口を閉ざしなさい!」
ぐげぇぇぇぇっ!
美姫 「ったく、今回はいつになくしぶといんだから」
……漆黒や濃紺といった落ち着いた色…、ごめんなさい、もうやめますです。
美姫 「ったく。って、もうこんなに無駄なページを」
あ、あはははは〜。
美姫 「笑って誤魔化さないでよね!
もう、他にも、優斗や美里が感じたモノに関してとかいろいろあったのに」
確かにその辺も気になるところだな、うんうん。
美姫 「わざとらしいのよ」
いやいや、そんな事はないぞ。
一体、何が起こるのか。次回も非常に楽しみです。
美姫 「楽しみにしてますね〜」
やはり、今回の功労はネコミミだな、うんうん。
美姫 「って、まだ言うかぁっ!」
ぐげろびょみょにょーー!!