第25話 イリュージョンゴースト
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体育館脇のスペースに陣取ってホラーハウスをやっているのは蓉子のクラスだった。
テントに暗幕を張ったものを幾つもつなげてかなりの空間を闇に閉ざしている。
その中では都市伝説を題材にした7つの怪奇を体験出来るようになっていた。
演出は数々の本物を知る蓉子自らが手掛け、かなりリアルな仕上がりとなっている。
そのせいか、時折暗幕の向こうから聞こえてくる悲鳴は本当の恐怖に彩られたものが多い。
受付のカウンターでパイプ椅子に腰掛けてそれらを聞いていた蓉子は自分の仕掛けが上手くいっていることに満足そうだった。
今も蒼ざめた顔で一組のカップルが退場していったのを見て、彼女の表情に笑みが深まる。
悪戯好きの蓉子にはたまらないのだろう。
……この企画に協力してくれた演劇部の友人には感謝しないといけない。
そんなことを考えながら次の来客を待っていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「こんにちは」
振り返るとそこには雪那と李沙の二人が立っていた。
雪那は珍しく和服ではなく、薄い青のブラウスと紺のタイトスカートという格好だ。
髪型こそいつもと変わらないが、それを纏めているのは和紙ではなく赤いリボンだった。
新鮮な彼女の洋服姿に目をぱちくりさせている蓉子。それを見て、李沙が得意げに説明する。
「あたしがこうでねいとしたの。どう、似合ってるでしょ?」
自慢げに胸を張る李沙。しかし、見事にカタカナ部分を間違えている。
「それを言うならコーディネイトでしょ。でも、そうね。良いセンいってると思うわよ」
蓉子も律儀に訂正してやってから、改めて雪那の姿を見てそう言った。
「あまりこういうのは恥ずかしいのですけれど、李沙がどうしてもと言って聞かないものですから」
「何言ってるの。雪那だってこっちくる前、あたしにいろんな服を着せて楽しんでたじゃない」
「それは……ほら、かわいい子には服を着せろというではありませんか」
「そんな真顔でさも本当のように嘘を吐かないでください」
平然と諺だか慣用句だかを歪めてくれる雪那に、蓉子は苦笑しながらそう突っ込む。
「雪那は偶に真剣な顔してとんでもない嘘を吐くからね」
「あら、李沙がかわいいのは本当ですよ。その証拠にこちらに来てからは随分と多くの殿方に声を掛けられたではありませんか」
「あんなの鬱陶しいだけでちっとも嬉しくない」
「あらあら……」
言いながらそのときのことを思い出したのか、嫌そうに顔を顰める李沙。
雪那はそんな娘の様子に、少し困ったように頬に手を当てながら首を傾げている。
「えっと、とりあえず、せっかくだから二人とも中を見ていってよ」
機嫌を損ねてしまった李沙を宥めるように、蓉子がそう二人に声を掛ける。
「こちらはどのような催し物なのですか?」
「お化け屋敷っていうのとは少し違うかな。まあ、アトラクションみたいなものですよ」
そう言って蓉子はパンフレットにも載せてあるホラーハウスの紹介を二人に話して聞かせた。
――綾香市に伝わる一つの伝説。
挑戦者は二人の案内人とともにその伝説をなぞるように発生する怪事件を追うことになる。
これは過去に実際に起きた事件を元に作られた精巧なシミュレーションゲームだ。
プレイヤーは何も知らないまま第一の現場へと迷い込み、そこで共に事件に立ち向かう仲間たちと出会うことになる。
この二人が主催側のスタッフで、探偵気取りの若者と新米の新聞記者という設定だ。
コンピューターゲームが普及した現代、本物の恐怖と緊張感を肌で感じられるこのアトラクションは学校の学園祭とは思えない演出で若い世代を中心に多くの客を集めていた。
*
雪那たちがホラーハウスへと入っていった頃、学園の一角では奇妙な影が動いていた。
文字通りの『影』である。
それらは普通の人の目には映らないのか、誰に気づかれることもなく学園の外周をゆっくりと回っていた。
影の数は全部で40にも登るだろうか。
よたよたと宙を漂うそれらを魔剣ベルフェルムを携えた青年は見るともなしに眺めていた。
「本当にこんなので使い物になるのかよ」
胡散臭そうに漏らしたその言葉は独り言だったが、意外にもそれに返ってくる声があった。
「心配しなくてもちゃんと言うことは聞いてくれるよ。あんたの使う人形よりは強いしね」
「エオリアか」
声のしたほうへと青年が顔を向けると、そこには柔らかそうな紫色の髪を風に遊ばせながら一人の少女が宙に浮いていた。
「エオリアか、じゃないよ。さっきからぼーっとしちゃって。大事な作戦前に不謹慎だよ」
「作戦ったって、いつもみたいに適当に暴れて住人の不安感を煽るだけだろ」
面倒くさそうにひらひらと手を振る青年に少女、エオリアは厳しい視線を向ける。
「気軽に言わないで。今回のは向こうへの挨拶も兼ねてるんだから」
「油断してるつもりはないよ。この間の奴はそこそこ強かったしな」
「だったらもう少しちゃんとしてよね。あんまりだらけてると優李に言いつけちゃうよ」
「やれやれ」
面倒だというふうに溜息を漏らすと、青年は背を預けていた壁から離れる。
「その優李とシルフの坊主もいるんだ。失敗するなんてことはまずないだろうよ」
「だと、良いんだけどね」
あくまで気楽な青年の言葉に、エオリアは小さく肩を竦めた。
この二人も怪しさでは先の影に負けていないのだが、こちらもやはり周囲の人間には見えていないようで、誰も彼らの存在に気づいていない。少なくとも二人の目にはそう映っていた。
*
「学園内で不審な気配が動いている?」
部下から報告を受けた男はその内容に僅かに眉を顰めた。
「はい。今のところさほど目立ったことはしていないようですが」
いかがいたしましょうと聞いてくる部下に、男は顎に手を当てて僅かに思案する。
「今日は一般の人も多く出入りしているからな。彼らに不信感を与えない程度にその気配の主とやらを見張っておいてくれ」
「了解しました」
彼の指示に短く返答すると、その人物は音も無く部屋から出ていった。
「さて、どうしたものかな」
生徒会室の窓から外を眺めつつ、男――小早川博信は誰にともなくそう呟く。
彼の視界には祭りに彩られた人々の楽しそうな光景が広がっている。
――わたしとしては誰であろうとこれを不当な理由で壊してもらいたくはないのだがね。
口元に不敵な笑みを浮かべつつ、メガネの似合う生徒会長はゆっくりと背を翻す。
その知的な銀縁の向こうで細められた目が鋭い光を放っていた。
*
――学園内に不穏な空気が漂い出した頃。
優斗たちは特別教室の一つを使って開かれたフリーマーケットの会場にいた。
「さすがにこの時間だとほとんど残っていませんね」
品物の一つを手に取りながら優奈が少し残念そうにそう言った。
3時から体育館で催される舞台系の出し物の関係で、すべての模擬店は2時には閉店となる。
その閉店時間が迫っているせいか、この会場にも人の数は疎らであった。
「もうすぐ2時だ。何か買うんなら急いだほうが良いぞ」
「あ、はい。じゃあ、これとこれ、後これも買おうかしら」
優斗に急かされ、優奈は手早く幾つかの品物を選び出すと篭に入れてレジへと持っていった。
美里もいつの間にか何か買っていたようで、二人とも外に出る頃には袋を持っていた。
「やあ、草薙じゃないか。どうしたんだこんなところで」
「こよみ先生」
買い物を終えて廊下へと出た優斗たちにそう声を掛けてきたのは彼の担任のこよみだった。
「何だ。また女の子を侍らせているのか」
「人聞きの悪いことを言わないでください」
呆れたように見てくるこよみに、優斗が慌てて否定する。
隣に立っている優奈の視線が急に冷たくなったのは彼の気のせいではないだろう。
「また、ということは優斗さんは学校ではよく女の子を侍らせているんですか?」
「そんなわけあるか。この人が言っているのは蓉子とかおりのことだ」
「他にもこの間来た転校生とも随分親しくしているみたいだがね」
「先生は黙っていてください」
「おお、怖い怖い」
わざとらしく肩を竦めてみせるこよみに、優斗は呆れたように小さく息を漏らす。
「とにかく、俺は他の女の子に手を出したりはしていないからな」
「本当ですか?」
「ああ。誓っても良い」
「じゃあ、証拠を見せてください」
そう言って目を閉じる優奈はここが学校であることを完全に忘れてしまっているようだった。
優斗は優斗で躊躇無く目を彼女へと近づくと、右手で抱き寄せながらもう片方の手でそっと顎を持ち上げている。
そのまま軽く触れるだけの口付けを交わして離れると、優斗は優奈の肩に手を置いて口を開いた。
「これで信じてもらえたかな」
「も、もう、こんなところでしなくても良いじゃありませんか」
「何を言う。誘ったのは君のほうじゃないか」
「だって、まさか本当にしてくれるなんて思わなかったんですもの」
赤くなった顔を隠すように彼の胸に抱きついて顔を埋める優奈。
優斗はそんな彼女を黙って受け止めている。
そのまま自分たちだけの世界に入る二人に美里が苦笑し、こよみは感嘆の息を漏らした。
「草薙がこんな奴だったとはねぇ」
「割といつものことだよ。恥ずかしいから人のいるとこじゃしないようにって言ってるのに」
「いやいや。わたしは教え子の意外な一面が見られてなかなかに楽しいよ」
溜息を漏らす美里とは対照的に、こよみはどこか嬉しそうにそう語る。
二人の視線の先では完全にお互いしか見えなくなったらしい男と女が見詰め合っている。
「まあ、あいつは根は良い奴だから彼女を不幸にしたりはしないだろうさ」
「知ってる。いつも近くで見ているから」
「そうか。なら、いろいろと歯痒い思いをすることも多いんじゃないか」
「優斗は優しいくせに鈍感だから」
そう言った美里の言葉には一体どれだけの思いが込められていたのだろうか。
言葉とともに漏れた溜息は小さく、その重さを計ることはこよみには無理そうだった。
「さて、それじゃあわたしはそろそろ行くとするかな」
「あれをどうにかしてくれないの?」
「ああいう色恋沙汰は遠くから見ているくらいがちょうど良いんだ。面白いからな」
「元はといえばあなたが変なことを言ったからでしょ。ちゃんと、責任取って……」
言いかけた美里の言葉が途中で止まる。
――感じたのは、夢の中にいるような不思議な浮遊感……。
だが、それは直後に粘着質の酷く不快な何かへと変わる。
美里がそれに眉を顰めていると、突然何かが墜落したような轟音があたりに響き渡った。
「きゃっ!?」
「何だ!?」
思わず悲鳴を上げて身を震わせる優奈を咄嗟に腕の中に抱きしめながら優斗は厳しい表情であたりへと視線を飛ばす。
轟音とともに来た衝撃で美里は床に尻餅を着いてしまっていた。
「地震……じゃないな。何かが近くに落ちたのか」
壁に手を着きながらよろよろと立ち上がってあたりを見回すこよみ。
だが、ここからでは状況を把握するのは無理そうだった。
そうこうしていると今度は遠くで悲鳴が上がり出し、こよみはただ事ではない様子に思わず顔を顰めた。
「ったく、せっかくの学園祭だってのに何だって言うんだ」
「とりあえず火事や地震ではないようですね。警報装置が作動してませんから」
「立て付けの悪かった看板でも外れたんじゃないの?」
「今のがそんな程度で済んでいるものか。とにかく、わたしは状況を確認してくるから君たちはあまり動かないように。良いね」
一転して真剣な表情でそう言うと、こよみは音がしたらしい方向へと駆けていった。
「優斗さん……」
「大丈夫だ」
不安げに見上げてくる優奈の頭をそう言って安心させるように撫でる優斗。
「でも、優斗も感じたよね。これって普通じゃないよ」
「ああ」
切羽詰った声を上げる美里に驚きつつも、優斗はそれに頷いて気配を探る。
感じるのは怨霊に似た異質な存在。
陽炎のように立ち昇ったそれらが幾つもこちらへと向かってきていた。
迷っている暇はないか。
心の中でそう呟くと、優斗は周囲の人に気づかれないようにそっと手元に蒼牙を呼び寄せる。
「二人とも絶対に俺から離れるなよ」
「はい」
「分かったよ」
やがて彼らの前にそれが姿を現すと、優斗は愛用の刀の柄に手を掛けた。
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あとがき
龍一「人々が学園祭を楽しむ中、ついに事件が」
李沙「巻き起こる混乱と悲鳴の中、姿を現した敵の正体とは」
龍一「次回、第26話は激突の四天宝刀でお会いしましょう」
李沙「ところでホラーハウスに入ったあたしたちはどうなったの?」
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楽しい学園祭に忍び寄る影。
美姫 「そして、その影は遂に動き始める」
って、いいところで次回〜。
美姫 「いや〜ん。続きが気になるわ〜」
ううん、あの生徒会長も美味しそうなキャラだな。
美姫 「一体、どう動くのかしらね」
ホラーハウス組みはとりあえずは置いておいて(笑)
美姫 「アンタ、後でぼこぼこにされるわよ」
あ、あはは〜。えっと、次回が楽しみだな〜。
美姫 「それは確かにね」
次回も待っています。
美姫 「待ってま〜す」