第26話 激突、四天宝刀
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――空中を飛び交う無数の黒い靄、幽魔。
それの出現により、祭の賑やかさから一転して学園内は混乱の坩堝と化していた。
いたるところで悲鳴と怒号が飛び交い、人々が傾れを打って逃げ出した。
そんな人間たちを嘲笑うかのようにそれらは宙を飛び交い、時折気紛れのように物を壊す。
そして、それは優斗たちの前にも姿を現していた。
大きさは人間の大人ほどもある黒い靄のようなものだった。
「――幽魔が十数匹か。誰が操っているのかは知らないが、大した数だな」
「優斗、来るよ!」
こちらへと向かってくる不定形に美里が声を上げ、優斗が即座に刀を抜いて切り捨てる。
その幽魔は断末魔を上げることもなく、蒸発するようにしてその場から消えた。
すぐに近づいてきていた別の幽魔も倒すと、優斗は二人を庇うようにして徐々に動き出す。
どこが安全かなど分からないが、少なくとも例の衝撃の中心からは離れたほうが良いだろう。
しかし、校舎の外に出ようとした優斗たちの前に一人の青年が立ち塞がった。
「おまえは、いつかの魔剣使いか」
「よお、覚えててくれたとは光栄だね」
「そんな毒々しい気配を放つ剣を持ってる奴なんてそうはいないからな」
軽口を叩く青年に、優斗は油断なく蒼牙を構えながら言葉を返す。
「まあ、こんなところで出会ったのも何かの縁だ。ついでにこの間の決着でも着けとくか」
「俺は遠慮したいな。連れもいることだし」
「そう言うなって。おまえもそっちのお嬢ちゃんたちにかっこいいとこ見せたいだろ?」
「何かのアトラクションか、これは」
ニヤニヤと笑いながらそんなことを言う青年に、優斗はげんなりした様子で後ろの二人を振り返った。
「二人は先に行け。俺はこいつにちょっと聞きたいことがあるから」
「え、でも……」
「大丈夫だ。こいつを持ってれば下手な奴には手出し出来ないから」
不安そうに見てくる美里に優斗はそう言って蒼牙の鞘を渡した。
昔の偉大な術師が列島の守りとして作った四天宝刀の鞘だ。
それが作り出す結界は半端な存在など寄せ付けるはずがない。
「美里、行きましょう」
「お姉ちゃん」
「わたしたちがいたら優斗さんが思い切り戦えないでしょ。足手纏いにならないうちに」
「分かった……」
不安そうにしている妹にそう言い聞かせると、優奈は優斗のほうを振り返った。
「あまり無茶なことはしないでくださいね」
「ああ、分かってる」
「本当ですよ」
頷く優斗にそう念を押すと、優奈は美里の手を引いて駆け出した。
「さてと、これで心置きなくやり合えるな」
「二人に手を出さなかったことには感謝するが、やり合うからには手加減はしないからな」
「それで良い。寧ろ、望むところだ」
不敵な笑みを浮かべてそう言うと、青年は背中の大剣へと手を伸ばす。
優斗もそれに合わせるように蒼牙を大剣へと変化させると、それを横一文字に構えた。
両者の構えは全く対照的だったが、どちらも何か技を放とうとしているのは明白だった。
青年が背中から大剣を引き抜き、そのままの勢いで優斗目掛けて振り下ろす。
それに対して、優斗は体のバネと回転の勢いを利用して斜め下から切り上げた。
二人の剣が激しくぶつかり、同時に弾かれたように両者は後ろに跳んでいた。
――こいつ、この前とは全然違う。前は手加減してたとでも言うのかよ。
大剣を握る青年の手に汗が浮かぶ。
魔剣の封印を解かせたときとはまるで別人のような気迫が目の前の少年からは感じられた。
「どうした。瘴気の魔剣ベルフェルムを従える剣士の実力、そんなもんじゃないだろう」
「調子に乗るなよ小僧!」
「甘い」
青年の大剣から立て続けに放たれる衝撃波を剣の一振りで打ち消すと、優斗は床を踏む抜く勢いで蹴って飛び出した。
その加速は凄まじく、青年の目には一瞬彼が消えたように見えたほどだ。
「なっ!?」
青年は驚きの声を上げ、同時にベルフェルムを縦にして防ごうとする。
「遅い!」
だが、青年が握った柄に力を込めるよりも早く、懐へと飛び込んだ優斗の剣が閃いていた。
青年は辛うじてそれを受け止めるが、思った以上に重い一撃に剣を握った手に痺れが走る。
「くっ、まさか、これ程とは……。四天宝刀の力、少々見くびっていたようだ」
「分かったのならさっさと大人しくしてもらおうか。これ以上の抵抗は無意味だ」
「確かに、今の俺じゃおまえを倒すのは無理だろうな。だが」
そう言った青年の顔にニヤリと笑みが浮かぶ。
「こっちの用が終わるまで引き止めておくくらいは出来るぜ」
「何っ!?」
「気づかないか。このあたりを飛び回ってる奴ら。こいつらを操っているのは俺じゃねえ」
青年の言葉に優斗はハッとしてあたりを見回した。
その隙に優斗から距離を取った青年はまだ痺れの残る腕に顔を顰めつつ軽く剣を振ってそれを振り払った。
「ま、気づいたところで今からじゃ間に合わないだろうよ。悪いが、今回は俺らの勝ちだ」
哄笑を上げながら背後の壁に溶けるように消えていく青年に、優斗は小さく舌打ちした。
だが、青年も気づいてはいなかった。
恐ろしいことに、この学園には現在四人の宝刀使いのうち三人までが揃っていたのだ。
*
そして、そのうちの一人、アカツキの雪那の前にそれは現れていた。
赤いコートを着た女性。顔は同じく赤いフードで隠されているが、体の線からそうと分かる。
「こいつ、何だかすごく嫌な気配がするよ」
自分と同じくらいの背格好の相手を前に、李沙が身構えながら雪那にそう言った。
「李沙、あなたは下がっていなさい。ここはわたくしが」
「ダメだよ。だって、あたしは雪那のマスターなんだから」
「主を守るのは従者の務めです。良いからわたくしを信じてお任せなさい」
「でも、雪那一人に危険なことはさせられないよ!」
敵を前に言い争う二人。そこへ頭上から楽しげな声が降ってきた。
「あははは、心配しなくてもちゃんと二人とも遊んであげるよ」
「なっ、もう一人いたのですか!?」
突如出現したその気配に、雪那は驚いて宙を仰いだ。
彼女の視線の先、地上から数メートルも離れた空中に一人の少女が浮いていた。
「雪那、やっぱりあたしも」
「いけません。あんな得体の知れない娘とあなたを遊ばせるなんて!」
「そこ、論点がずれてると思うんだけど」
そう言って苦笑しながらテントの陰から現れたのは蓉子だった。
「蓉子、受け付けにいなくて良いの?」
「ついさっきクラスの他の子に変わってもらったとこよ」
これまたずれたことを聞いてくる李沙に、蓉子は軽く手を挙げてそう答える。
「あれって侮られてるのかしらね」
「さあ、どうだろうね」
どう言って良いか分からないというふうにそう漏らすコートの女に少女が面白そうに答える。
雪那はもちろん、李沙も蓉子もこの奇妙な二人組みに対する注意を怠ってはいなかった。
「で、あんたたちはうちの敷地内でこんな騒ぎを起こしてただで済むとは思ってないわよね」
「では、どうなると?」
不敵な笑みを浮かべてそう言う蓉子に、コートの女が問い返す。
「営業妨害につき、強制排除させてもらうわ」
「ちっ!」
言い終わるが早いか、一足飛びに距離を詰めてくる蓉子に女は小さく舌打ちした。
牽制に赤光を二発放つが、照準を付けていない射撃などそうそう当たるものではない。
お互いの手に武器は無く、蓉子は飛来する赤光に構わず一気に踏み込んで拳を叩き込む。
女はそれを軽く身を捻って避けると、蓉子の胴目掛けて回し蹴りを放った。
女のしなやかな脚が唸りを上げて風を切る。
だが、蓉子は自分の体に蹴りがヒットする直前で強引にそれを止めてしまった。
「なっ!?」
「甘いよ!」
そのまま女の脚を抱え込むと、後方へと投げ飛ばした。
「きゃっ!?」
堪らず女の口から小さな悲鳴が漏れる。そこへ蓉子が容赦なく指先から火炎弾を放って追撃する。
女は何とか身を捻ってそれを避けると、まるで猫のように半回転して足から地面に着地した。
「あなた、人間じゃないわね」
「あら、とっくに気づいてたと思ってたけど。案外洞察力ないのね」
明らかに挑発と取れる態度でそう言う蓉子に、女の肩が僅かに跳ねる。
「あんな無茶苦茶な攻撃をしてくるなんて思わなかったのよ」
「だったら覚えておいたほうが良いわね。戦場ではそういうことも起こるって」
「くっ、女狐が……」
余裕を見せ付ける蓉子に、女はぎりっと奥歯を噛み締めた。
*
一方、少し離れたところでは雪那と紫の髪の少女、エオリアとの戦いが始まっていた。
あたりを飛び交う幽魔の一体を引き寄せて放ってくるエオリアに、雪那がそれをアカツキで切り払いつつ距離を詰める。
「なかなか早いね。でも、こうすれば届かないよ」
右から振るわれた刃を軽く後ろへ跳んで避けると、エオリアはそのまま空へと舞い上がった。
そこから新たに呼び寄せた幽魔を放つべく、雪那目掛けて腕を振り下ろす。
雪那は返す刃でそれを切り捨てようとして、大きく後ろに跳んだ。
放たれた幽魔の影に隠れるようにして、エオリアが雪那へと迫っていたのだ。
それを見抜いた雪那はすぐさま後退し、着地と同時に冷気の波を放った。
エオリアは自分が隠れていた幽魔を盾にしてそれをやり過ごすと、砕けた幽魔の残骸を突き破って雪那に飛び掛る。
「無謀ですよ。素手で飛び込んでくるなんて!」
「あはは、そんな大昔の刀じゃあたしは切れないんだよ」
雪那が牽制のつもりで振るったアカツキをエオリアは何と素手で受け止めてしまった。
彼女の指には鋭い爪が生えており、それがアカツキとぶつかって火花を散らしている。
「このっ、雪那から離れなさい!」
大切な人の危機に、とっさに懐から取り出したナイフを投げつける李沙。
それはアカツキから離したエオリアの片手に弾かれてしまったが、そこに隙が生まれた。
それを見逃す雪那ではなく、強引に刀を押してエオリアを突き飛ばす。
突き飛ばされたエオリアは空中で体制を立て直すと、面白そうに李沙を見た。
「そういえば、もう一人いたんだよね。良いよ。二人一緒に遊んであげる」
そう言うと、エオリアは両手を宙に掲げた。
同時に周囲に漂っていた幽魔が崩れ、瘴気となってエオリアの両手に集まり出す。
「雪那!」
「分かっています。精霊たちよ、氷の結界陣を我が手に!」
李沙が叫び、それに雪那が頷いて精霊力で防護壁を展開する。
「アハハハハッ、そんな壁一枚で防げるわけないよ!」
嘲笑高らかにそう言いながら、エオリアは両手を掲げたまま更に上空へと舞い上がる。
「だって、あたしは…………悪夢を統べるものなんだから!」
言葉と共に、エオリアの両手が勢いよく振り下ろされた。
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あとがき
龍一「夢魔、エオリア。その力は圧倒的で、雪那たちは徐々に追い詰められていく」
李沙「ちょっと待ちなさい。まさか、このままあたしたちやられちゃうんじゃないでしょうね」
龍一「絶体絶命の危機を迎える中、現れた助っ人は意外な人物だった」
李沙「えっ、ちょっと、この人って……」
龍一「次回、愛憎のファミリア2〜第27話。夢幻のエオリアでお会いしましょう」
李沙「あたしだって、負けるわけにはいかないんだよ!」
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戦闘が始まる!
美姫 「各所で起こる戦闘」
果たして、その結末や!
美姫 「季沙がピンチよ!」
一体、どうなるのか!?
美姫 「次回が非常に気になるわ〜」
次回も楽しみに待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」